『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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気合と心とアレが込められたパンツ

中御門邸宅内、南無瀬組専用の『離れ』。

 

冬の終わりを告げる暖かな朝陽が窓から降り注ぐ。食卓の上には、組員さんがこしらえた朝食が並び、美味しそうな匂いを立ち上らせている。

 

「みんな、おはようさん。今日は午前十一時から東中御門市の観光名所を紹介するロケやさかい忙しくなるで。どんなに極秘で行っても、拓馬はんの匂いに釣られて一般人が湧いて出るのは必然や。各自迎撃のためにしっかり食べて気合入れてな」

 

料理が冷めないよう、真矢さんが簡単に今日の予定を喋り、最後に「ほな拓馬はん。よろしゅー」とこちらに振る。

 

毎度の流れだ。俺が手を合わせて「いただきます」と言うと、全員が「いただきます」と(なら)った。日本流の食前の挨拶はすっかり南無瀬組に定着している。

 

「もぐもぐ。やっぱり朝はお肉に限りますねぇ。なんかこう、血が補充されていく気分です」

 

「肉を卑下するつもりはないが、健康には野菜が一番。ダンゴは身体が資本なのだから、バランスを考えるべき」

 

「う、静流ちゃんの言うとおりかも。最近、胸の方にお肉が寄っちゃって、バランスが悪くなってきたんだよね」

 

「ピキピキッ。それは良くない。私が削ぎ落とす」

 

「ナイフ持って殺気立つのはやめぇや、椿はん! 音無はんも煽るんやないで!」

 

穏やかなやり取りが続く、いつもの朝食の風景。

そんな中、俺の心は穏やかではなかった。昨晩、紅華と咲奈さんからGOサインをもらったパンツァー対策を発表しなければならないのだ。

南無瀬組の面々は、祈里さんの件をまったく知らない。そんな人たちにいきなり「俺印のパンツを作りたいです」と言うのは心苦しいな。

 

しかし、先伸ばしていたら祈里さんが下着泥棒で逮捕されるかもしれないし、早めに告げた方がいいだろう。ほら、飯を食べながら不機嫌になる人は少ないから、今が絶好のタイミングではなかろうか。

 

「あー、そういえば」

俺は何気ない調子を装って口にした。

 

「次のファンクラブ会員特典って、何でしたっけ?」

 

「特典? 新しい音声ドラマかブロマイドにするつもりやけど」

急にどないしたん? という顔をする真矢さん。その顔を崩す一言を俺は放った。

 

「次の特典は、俺の下着にしてくれませんか? 出来ればインナーパンツで」

 

 

 

その時、世界は凍結した。

 

 

食卓の全員が硬直し、大きく口を開け、瞳孔開きまくりで俺を凝視する。

「ちょおまっ! おまっ!?」との動揺がありありと顔に浮き出ていらっしゃる。

手にしていた食器を落とす人が続出して、テーブルが大惨事になっているが誰も気にしていない。

 

オーケー、想定内の反応だ。

俺はあらかじめ考えておいた言い訳をまくし立てることにした。

 

「東山院で知り合ったトム君から、俺を身近に感じられるグッズが欲しいとのリクエストがあったんですよ」

 

祈里さんのパンツァー化を抑えるために下着を作りたい。と、言えば彼女の名誉は地に落ちるどころか地中へ突き抜けていくだろう。それは不憫なので、トム君を出汁(だし)にさせてもらう。実際、トム君が俺を求めているのは嘘ではないし。

 

「数少ない男子のたっての願い。同性として出来るだけ叶えたいんです。それで、俺のロゴやイラストの付いたパンツを作りたいんですけど……いけませんか?」

 

怖々(こわごわ)と様子を窺うと。

 

「逝けますよ! 宇宙より遠い場所までひとっ飛びです!」

バンとテーブルを叩いて音無さんが立ち上がった。

 

「同じ男性のためにパンツを作ろうだなんて、三池さんの心意気に拍手喝采です! 感動でむせそうです。げへげへ、じゃなかった、げほげほ。ところで、そのパンツって女性ももらえますよね? もらえないわけないですよね? もらえないなんて無慈悲なことがあってたまるかですよね!?」

 

「凛子ちゃん、落ち着いて。三池氏の話しぶりからして、男性ファン限定のプレゼント」

 

「あーあー、聞こえない。今のあたしの耳には都合のいいことしか入ってこない」

 

音無さんが手で耳を塞いで、嫌々と顔を横に振る。そんな相方に椿さんは優しく囁く。

 

「だが、考えてほしい。三池氏印のパンツという危険物。とても市井(しせい)の人間に製作全てを任せられない。ここは、南無瀬組が率先してプロジェクトを進めるべき。その過程で出た採寸のズレた不良品を自分のポケットに入れるのは自然な行為。資源を無駄にしない尊い行為」

 

「やだ静流ちゃんってば天才! とってもエロ、じゃなかったエコ!」

 

ダンゴたちだけでなく、組員さんたちも色めき立ち、何とか俺のパンツをゲット出来ないかと密談を交わす。そこへ――

 

「みんなアホぬかすんやないっ!」

真矢さんが周囲を一喝して、難しい顔をした。

 

「なあ、拓馬はん。ええんか? 拓馬はん印のパンツは、かなりヤバい代物や。男性に渡すだけにしても、こないなモノを世間に流したとなったらどないな混乱が起こるか分からへん」

 

人の口に戸は立てられない。

タクマパンツの情報は確実に漏れてしまう。

 

これまでのグッズの中でも極めて刺激的な一品。しかも男性限定という希少性。

タクマコレクターなら、有り金全部を費やし、どんな手段に訴えても欲しいだろう。

 

出来上がった俺印のパンツを男子のお宅に配達しようとすれば、配達便が襲撃を受けることは火を見るより明らか。そうでなくても、配達業者がパンツを持ったまま失踪するかもしれない。

最悪、男子宅に強盗が侵入してパンツ強奪もありえる。

一着でも闇に消えれば、幻の一品として非合法オークションを湧かせ、回り回って経済を混乱させる可能性もある。

 

計画の危険性を次々に挙げた後、真矢さんは念押しで尋ねてきた。

 

「もう一度聞くで、ほんまええんか、拓馬はん?」

 

「……うっ」

 

俺は言葉を窮する他なかった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「無理かぁ」

 

自室に戻って途方に暮れる。紅華と咲奈さんに大見得切ったのに、パンツ生産の前に話が頓挫してしまった。二人になんて謝ろう……それにパンツァー問題についても一から考え直さないと。

 

悩んでいると、コンコンとドアをノックする音がした。

 

「はい、どなたですか?」

 

「あたしです、三池さんの愛するダンゴ、音無凛子です」

「ラブユーオンリー、椿静流参上」

 

「今、開けます」

珍妙な名乗りにいちいちツッコむほど浅い付き合いではない。俺はスルーしてドアを開け、二人を招き入れた。

 

来客用の椅子に座らせて。

「どうかしました? まだロケへ出発するには早い時間帯ですけど」

 

「先ほどの三池氏の提案。その真意を訊きに来た」

「いっ?」

「男性へのプレゼントと三池さんは言っていましたけど、別の目的があったんじゃないですか?」

 

な、なぜ分かったし。

 

「三池氏の口ぶり。そこには緊急性の高いものを感じた」

「事情があるなら教えてください。同じ南無瀬組員だろうと漏らしたりしませんから」

 

相変わらず恐ろしいほどの観察眼である。こういう時のダンゴたちは驚くほど優秀で信用できる。

俺一人では解決の糸口が見えないし、頼ってみるか……

 

「降参です。二人にだけ本当のことをお伝えします。察しの通り、俺がパンツを渡したいのはトム君じゃありません」

 

俺は、祈里さんが下着求道者になってしまったこと。

今は未使用のパンツをクンカクンカするだけで留まっているが、いずれは使用済みに手を出すのが容易に想像出来ること。

このままでは祈里さんはパンツ泥棒として逮捕され、天道家は変態一家のレッテルを貼られて芸能界から追放されてしまうこと。

 

それらを説明した。

 

「……言葉に出来ない」

 

椿さんが俯いて、深く、それはそれは深くため息を吐いた。

 

「静流ちゃん、大丈夫?」

相方の背中を優しく(さす)る音無さん。

 

「……うむ、嘆いていても仕方ない。それで、三池氏は祈里氏の狙いを自分に向けさせたいと?」

 

「パンツァーを完治させる方法が見つからない以上、現状はこの手しかないと思います」

 

「パンツに拘らなくても、三池さんのグッズを贈って中毒者にしてしまえば良いんじゃないですか?」

 

「それも考えましたが、仮にタクマ中毒者になったとしても、パンツァーを卒業するとは限りません」

 

タクマグッズに快楽を抱きつつ、見果てぬ使用済みパンツへ思いを寄せる変態が生まれたら一大事だ。中毒者とパンツァー、ドきつい二足の草鞋を履いた天道祈里なんぞ見とうない。

 

「なるほど、パンツァーには真正面からパンツで対抗する。三池氏の考えは理解した。てっとり早いのは、三池氏の使用済みパンツを贈る方法だが……」

 

「そ、それはちょっと」

インモラル過ぎて、俺の心に大きなダメージが残ってしまう。

 

「静流ちゃん、冗談でもその方法は言っちゃいけないよ。三池さんのお宝パンツを他人に渡すだなんて絶対認められないから!」

 

「軽率な発言だった、謝罪する。そうなれば、三池氏の取る選択は……」

椿さんは指先を顎に当てて、しばらく沈黙した後、こう言った。

 

「やはり、イラスト入りパンツを作ってプレゼントすること」

 

「で、でもそれだと製作や配送時にファンの襲撃がある、って真矢さんが」

「真矢氏の発言は、タクマパンツをファンクラブ特典にした場合のこと。そうではなく、祈里氏のみに宛てたオリジナルパンツを、ここにいるメンバーだけで秘密裏に作って渡せばファンの介入を防げる」

「っ!?」

 

椿さんの言う事はもっともだった。いや、そもそもこんな簡単なことになぜ気付かなかった、俺!

 

「じゃじゃ、あたしが作りましょうか! これでも裁縫は得意なんですよ!」

 

音無さんが大きな胸を張った。料理の他にも裁縫までこなせるとは、セクハラな性格さえなければ無敵な人である。

 

しかし。

「いえ、音無さんのお気持ちは嬉しいんですけど、自分のパンツは自分で作ります!」

 

俺は毅然として言った。

 

恥ずかしかった。祈里さんのパンツァー化は俺が原因だと言うのに。パンツの製作も配送も全部人任せにして済ませようとしていた。

まるで責任感がない。だから、パンツを自作して贈ればいい、という簡単な方法を思いつかなかったのだ。

こんな恥ずべき己を拭い去るためにも、パンツ作りは俺自身が行わなければならないと思った。

 

「三池さん、刺繍(ししゅう)の経験はあるんですか?」

「ありません。小学校の時に、雑巾を縫ったくらいです!」

 

「では三池氏。イラストやロゴを書いたことは?」

「ないです。美術の成績はクラスで後ろから数えた方が早かったですけど、そこは練習で何とかします!」

 

我ながら頼りない言葉だったが。

 

「分かりました。あたしが刺繍を」

「私がイラストを指導する。無問題、絵はそれなりに出来る」

 

音無さんと椿さんは呆れることなく、俺を後押ししてくれた。

 

「ありがとうございます、よろしくお願いします!」

 

「ちゃんと手取り足取り教えますからね!」

「身も心も委ねること推奨」

 

「ありがとうございます、過度な接触には防犯ブザーを押させてもらいますが、ともかくよろしくお願いします!」

 

 

 

こうして、タクマパンツ製作プロジェクトがメンバー三人だけで始まった。

真矢さんには経緯をこっそり伝えたが、プロジェクトの危険性から携わるメンバーは極少の方がいいだろう、という判断の下、三人で行う。

 

早速、ダンゴたちが刺繍針や刺繍枠、色彩豊かな糸、ハサミ、チャコペン、それに刺繍に適した素材のパンツを用意してくれた。

 

アイドル・タクマとして忙しい日々を送りながら、空いた時間に縫い方(ステッチ)を学ぶ。

刺し縫い、返し縫い、かがり縫い、十字縫いなどなど。

刺繍と一言で言っても、技法は細かく多岐に渡る。

「ゆっくり焦らずやりましょう。三池さんの綺麗な指に針でも刺さったら、あたし発狂しますから」

音無さんの懇切丁寧な指導で、俺は徐々に技を修得していった。

 

同時に、椿さんとイラストの製作もする。

「三池氏の顔をデフォルメした絵を作る。三池氏のように整った美はイラスト化しやすい」

自分の顔を鏡で何度も見ながら、絵に起こしていく。

似ているだけではダメだ、刺繍しやすいよう線は少なくしないといけない。

何枚も紙を消費しながら、俺は描きまくった。

 

 

ある程度、技術が形になれば、それをパンツへと反映していく。

チェコペンでパンツにイラストを写し、上から縫っていく。一回で上等な物が出来るとは思っていない。納得するまで二枚目三枚目のパンツに手を伸ばす。

 

この時点になると、もう祈里さんやパンツァーのことは二の次で、ひたすらクオリティの高い一品を創造してやる、と意気込みが俺を支配していた。意外と俺は凝り性なのかもしれない。

 

南無瀬組が寝静まった夜でも、机に向かって一人、針と糸を持ち作業に励んで――

 

 

製作を始めて半月ほど経った朝。

 

「――はっ!?」

 

やべっ、机に突っ伏して眠っていた。

刺繍はどうなったんだっけ? たしか、ようやく満足な出来のイラスト付きパンツが完成したはず。

パンツ、俺のパンツはいずこに?

 

「って……げっ!?」

 

パンツはあった、俺の(よだれ)付きで。なんてこった、パンツに突っ伏して寝ていたのが悪かった。

 

「やり直すか……でも、幸いシワにはなっていないし、また一からこのクオリティを出せるかな」

 

洗濯機に入れると、せっかくの刺繍が崩れてしまうかもしれない。

悩んだ挙句、俺はウェットティッシュと消臭剤で、涎の跡を消すことにした。

不知火群島国の女性は匂いに敏感だ。丹念に丹念にパンツを拭いていく。

 

「こんなもんだろう」

 

最後にパンツを両手で持ち、窓の外からこぼれる陽光に照らす。

 

「素晴らしい」

思わず自画自賛する一品だ。素人ながら味のあるイラストを縫えたと思う。

これなら無差別パンツァーの祈里さんも、一点集中型パンツァーに鞍替えしてくれるんじゃないか。

 

「…………」

 

でも、これちょっと気合入れ過ぎじゃね? 心を込めまくりじゃね?

と一抹の不安がよぎるが、俺は考えないことにした。

ネガティブよくない。これを天道祈里宛てに送れば全て解決だ。

 

祈里さんはこのパンツをクンカクンカする日常を送りつつ、いずれは婚活を成功させて、めでたしめでたし……になるはずだよな?


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