『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【拷問】

ジュンヌ氏の犠牲という予測可能・回避不可能な悲劇に見舞われた撮影現場は、かつてない緊迫感に包まれている。

 

多くの者は三池氏の変貌ぶりに戦々恐々だ。防御力無視のメンタルアタックで、どんな重装甲をも無用の長物にするチートボス。それが今の三池氏である。狙われればハートブレイクは避けられない。

 

果たして第二の被害者は出るのか、出るとすれば誰なのか。

暗雲立ちこめる中、パイロットフィルムの冒頭シーンが撮影されることになった。

早乙女たんまと姉妹たちの日常であり、作中唯一の平穏な場面だ。

 

「みんな~、お仕事お疲れさま~。今日の夕食の目玉はね、キノコとタケノコをチョコで()えた一品だよ。みんながリラックス出来るように、山里の素朴な感じを盛り付けで表現してみました」

 

早乙女たんまがテーブルに料理を並べていく。

芸能活動で多忙な姉妹を家事で支える。姉妹ラブ勢のたんまにとって生き甲斐である。

 

たんまの手料理から漂う融和的な香りも手伝い、長閑(のどか)な雰囲気が現場に広がり、スタッフの張り詰めた心を癒やしていく。

無論、あの料理を作ったのは三池氏ではない。中御門の有名店から取り寄せた物である。

新生・三池氏はリアリティを追求するべく自分で食事を作りたいと、バッドエンド氏歓喜の申請を出してきた。それを「あかんあかんあきゃんっきゃん!」と、吠えまくって止めた真矢氏の功績は大きい。

もし三池氏の説得に失敗していたら、祈里姉さんたちは三池氏の手料理を堪能しただろう。

待ち構える未来は、紅華と咲奈がクラスを変態からバーサーカーに変えて暴走、祈里姉さんは幸せのままグッバイ現世となるのは明らか……いや、その前に見守るスタッフらの堪忍袋の緒がプッツンして暴動になるか。

 

それにしても、先ほどから何か引っかかる。この違和感は……むっ。

 

リハーサル時、早乙女一家のイチャイチャシーンは南無瀬組とスタッフの不興を大いに買った、大人買いだった。血の気と性の気が多い者は、ストレス発散用サンドバッグに飛び付き、皮が裂け内部の砂が漏れ出すほどキックとパンチに励んだものだ。

その筆頭だった凛子ちゃんが嘘みたいに静か。憤死でもしたのかと横を確認すると。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

なん……だと。

見る者を嫉妬に狂わす光景を前にして、凛子ちゃんは憤怒するどころか盛大にアヘっていた。

これは、ネトラレ? 私の相棒はネトラレ属性を身につけてしまったのか。

 

「いいね~、タクマ君は深いよ、めっちゃ深いよ。僕の言いたい事を全部言っちゃうくらいポイズンだよ。紅華君と咲奈ちゃんはメスッ気が出ているね、家族設定なんだから欲望は下着の内側に留めてね。祈里君は心臓の負担にならない距離を保って健康第一に。各自反省を踏まえて、三分後にもう一度撮るよ」

 

寸田川氏が寸評している間に凛子ちゃんに話し掛ける。

 

「ネトラレ良くない。ネトラレに目覚めると負け癖が付いて戦力外通告」

「へっ?」凛子ちゃんはポカンと一瞬呆けて「やだなぁ~静流ちゃん。そんなんじゃないって」と、ドヤ顔になった。控えめに言ってムカつく。

 

「嫉妬なんて不毛な感情に呑まれるあたしじゃないよ! せっかく三池さんがエプロン姿になって家事しているんだから興奮しなきゃ損! そのために大事なのは『全は一、一は全』!」

「……?」

「ほ~ん、どういう意味なん?」

 

理解不能発言を聞き返すかスルーか一考していると、真矢氏が拳のグローブを外しながら会話に加わった。早くもサンドバッグでいい汗をかいたようである。南無瀬組随一の頭脳派な真矢氏だが、血気盛んな領主一族に名を連ねている事を忘れてはいけない(戒め)

 

「むっふふ! 鳥が先か、卵が先か。この世界は一つの存在が組み合わさって全になっています。一があるから全がある。全があるから一がある。そう考えれば、あたしも食卓に座って三池さんの料理を食べているんですよ!」

 

なるほど、分からん。

 

「つまり『全』である世界の構築要素として、早乙女家の女性も音無はんも同じ『一』。同存在なら早乙女たんまにアプローチされているのは彼の姉妹――と見せかけ音無はんかもしれへん、ちゅうことやな」

「その通りです! あたしがあいつで、あいつがあたしで的な!」

 

凛子ちゃんと真矢氏がなに言っているのか分からない。なに通じ合っているのかも分からない。

心が逝く前に頭が逝った疑惑の二人。

いつも変な凛子ちゃんはともかく、真矢氏の変人化は重く受け止めねばならない。

 

「……もぐもぐ。焼き加減が絶妙ですね」

「……あかん。さりげないボディタッチ、たんまはんスケベ過ぎひん?」

 

謎理論『全一』を活用して、再開した撮影を楽しむ凛子ちゃんと真矢氏。無理、高レベル過ぎて勝てる気がしない。

 

一連の怪現象は三池氏のヤンデレオーラが原因だろうか。

 

撮影場所が忌むべき古巣という事、演技に関しては一歩引いて観れる事。この二点で私は冷静さを保っているが周りはヤンデレの影響が酷い。想像以上にタクマニウム(闇)やタクマフェロモン(闇)が屋敷内を満たしているらしい。

早くパイロットフィルムを撮り終えねば、全員が頭から逝く。

 

「早乙女たんまと姉妹の団欒シーンはOKだね。お次は婚約者が出来たことで、ギクシャクし始めた一家の場面をやろうか」

 

寸田川氏が平穏終了のお知らせを告げる。ここからはバッドエンド氏の独壇場である。

 

「よっし、猛ってきたわよ! あたしの凄さを見せてやるんだから!」

「タッくんがこんなに頑張っているもの、お姉ちゃんも負けられないよ~」

「ふっ、皆さんの私を見る目が厳しめですが、現時点から天道祈里の真骨頂ですわ!」

 

紅華、咲奈、祈里姉さんが気負っている。三人の役者魂が感じているのだろう、これより先は油断した者から堕ちていくのだと。

 

「寸田川先生、ちょっと相談があるんですけど」

「な、なにかなタクマ君。出来ればちょっと離れてくれないかな……今の君、凄んでいるようで怖いんだけど」

「それより脚本のこの部分なんですが……弱くないですか?」

「よわい?」

「はい、愛する姉と妹が別の男に夢中になっているんです。奪い返そうとするならもっと過激な発言や動きをするはず。脚本のたんまは危機感がなくて弱いです」

 

三池氏の傍で相談事に耳をすませ――私は肝を冷やした。

 

「す、素晴らしいアイディアだ……でも、いいのかい? 効果は大きいけどリスクを伴うよ」

「愚問ですよ、たんまなら必ずコレをします。たんまである俺がやらないわけにはいきません」

「君はそうでも、祈里君たちへの影響が」

「祈里さんたちは不知火群島国を代表する名役者です! 俺なんかよりずっと演技に命を賭けていますし、きっと受け入れてくれますよ」

 

三池氏からの熱い無茶振りである。彼の期待を拒否する事は出来ないだろう、私の元姉妹が死地の奥深くへと誘われていく。

 

「……ま、まあ一度やってみようか」

「ありがとうございます! 早速、準備してきますね!」

一礼してその場から離れる三池氏。彼を護衛すべく後を追おうとすると。

 

「僕は、煽りすぎたのかもしれない」

寸田川氏の懺悔(ざんげ)の呟きが聞こえた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「お待たせしましたっ!」

 

「どこ行っていたのよ、タクマ……ぶっ!?」

「きゃあ!? タッくん! きゃっは!」

「……こひゅー……こひゅー」

 

準備を終えて、三池氏は撮影現場に舞い戻った。服装を裸エプロン――風にして。

最高級の美男子が、最高級のサービスファッションでご降臨。

花柄エプロンから美しく伸びる三池氏の生手足は健康的な色を放ち、丁度良く引き締まっていて美味しそう。

神話級の光景に、いろんな体内物質が(ほとばし)るのを止められない……ふぅ。

 

紅華や咲奈のように赤面するのはデフォルト。全身が茹で上がってふらつく者も多数いる。

祈里姉さんは「今より真骨頂ですわ!」発言が嘘ではなかったらしく呼吸困難になりながらも倒れていない。短時間で気絶しまくったおかげで各種タクマ因子への抗体が生まれたのだろうか。

 

「あ、あ、あんたねぇ!! 大勢の前で裸になって、そんなに襲われたいのっ! 薄い本展開希望なの!」

「タッくんの身体が汚されるなんてお姉ちゃんは見たくないよ。綺麗なタッくんでいて……まだ」

 

「まあまあ皆さん。よく見てくださいよ」

三池氏がクルッとターンし、背中をスタッフらに晒した。

タンクトップにハーフパンツ。三池氏は裸ではなく、エプロンを掛けることで裸風に映るファッションをしていたのである。

 

三池氏の裸を大衆に拝ませ、カメラに撮影保存する。そんな非道を許す南無瀬組ではない。この裸風エプロンでさえ本音では認めたくなかったが、三池氏の意向を汲んで発情しながら了承したのだ。

新生・三池氏は下半身に悪過ぎるのではないか、ありがとうございます。

 

「あっ……ああぁ……ああはぁ!」

誰が上げた声かは分からないが、複雑な女心を見事に表現している。

実は裸でなかったことに驚いた「あっ」。

それを残念がる「ああぁ」。

でも、これはこれでチラリズムが楽しめヤッターの「ああはぁ!」。

 

早乙女たんまは、姉妹の心が婚約者の方へ向かうのを全力で止めにかかる。そのためなら色仕掛けも辞さない。たんまに感情移入する三池氏は、そう分析して提案したのである。

 

三池氏のアイディアは現場に受け入れられた。受け入れない女なんているわけないので当然の流れだ。

 

たまらないのは祈里姉さんたち。裸風エプロンの三池氏が身体をくっ付けて誘惑してくるのだ。女なら辛抱たまらず押し倒す、誰だってそうする。私もそうする。

しかし、早乙女姉妹は『血の繋がる異性に肉欲を抱かない』という特殊性癖を持っていた。人間としては合格かもしれないが、女としてはヘタレの極地。

 

「あのさぁ、暑苦しいから離れてよ」

グイグイ迫るたんまを迷惑そうに押し返す早乙女家次女。脚本ではそう書いてあるが。

 

「カット!!」

監督が撮影を中断した。止めた理由は言わずもがな。

 

次女役の紅華の演技が、てんで話にならない。

「あ、あのねぇ、暑苦しいからダメ、なんだってばぁ」

台詞は間違えているし、拒否感まるでないし、押し返すどころか抱きしめにかかっているではないか――元姉であり元役者であり現三池氏のダンゴとして私はキレてもいい。

 

監督の叱責を受けて、肩身を狭くする紅華がボソッと泣き言を吐く。

 

「そう言われても、あんなに求愛する男を拒めるわけないってぇ」

 

うっ。現場の全員が気まずそうな顔になった。

この脚本は、歴代の天道家が演じた創作物の中で最も難易度が高い。断言していい。

なにせ男性から放たれる深い愛を跳ね返さねばならないのだ。良心を痛めつける悪質な拷問である。


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