『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【たとえ逝ってしまうとしても】

「カメラの扱い方が完璧じゃないか。家庭用とは操作が異なるのに……もしかして経験があるのかい?」

 

「ふっ……人に歴史あり、でございます」

 

渋々代役を引き受けたメイドだったが、あっさりとカメラマンポジションに収まった。ゴテゴテしたレンズと集音マイクの付いたハンドヘルドカメラを肩に担ぐ姿が様になっている。相変わらずの多才ぶり。メイド職が持ち得ないスキルやコネはどこから仕入れたのか。【歌流羅】の頃より疑問に思っているが、下手な詮索は愉悦の餌食になりかねないためNG。

 

「考えてみれば、主人を盗撮ではなく合法●Rec出来るのは僥倖です。祈里様のお姿はしっかり記録させていただきます、それはもう包み隠さず」

 

「紅華、咲奈、それにメイドまで命を張ると言うのなら私も覚悟を決めます……いいですわ! 天道家長女・天道祈里、ここにあり! 国内を制して早数年、この技巧は磨かれ()び知らず! さあ! さあ! とくとご覧あれ!」

 

急逝の恐怖から奮起し、祈里姉さんが啖呵を切る。その力強い視線は半減したスタッフ一人一人に向けられ、最後に私で止まった。

 

『よく見ておきなさい、歌流羅。あなたについぞ勝てなかった、愚かな姉の一世一代の意地を! 天道家の生き様を!』

「……姉さん」

聞こえたわけではない。しかし、祈里姉さんの悲壮な表情がそう語っている気がした。

 

「タクマさんの準備はよろしいかしら? 私は出来ておりますわ!」

「あっ、こっちもオーケーです」

「か、軽いですわね、ノリが」

「スタートの合図があるまで、(りき)む必要はありません。だって俺は思うままに『たんま』ですから」

 

おおう、三池氏がまた自然体を気取っている。この圧倒的強者感よ。

祈里姉さんの勝つ未来はどこ……ここ?

 

 

「スタート!」

監督の合図で、撮影は再開された。

 

ソファーでくつろぎながら、婚約者と電話する早乙女家長女。

幸福に浸った表情が気に入らないのだろう。たんまは妨害するべく動く。

 

「ねっ! 明日の朝食なんだけど、食べたいものある?」

「うふふ、次にお会いするのは来週になるかしら」

「姉さんさぁ、僕の話をちゃんと聞いてよ」

「ああもう、うるさいわね。朝食なら適当にお願い……あ、ごめんなさい、弟が話しかけて……姉離れの出来ない困った子なのよ」

 

姉に塩対応されて、たんまは悲しい表情を浮かべながらトボトボと歩き去って行く。

 

『はっ? なにこの女。処す? 処す?』と視聴者のヘイト充填100%のシーンである。

早乙女家長女が現実にいれば、未婚者の手によって死すら生ぬるい拷問の末に抹殺されるに違いない。

 

 

――と、脚本では軽くあしらわれた『たんま』だが、三池氏inの彼は一味違う。

 

「ねっ! 明日の朝食なんだけど、食べたいものある?」

 

まず、脚本通りに長女に近付き話し掛けるのだが、その体勢が頂けない。

前屈みになって胸元をアピールする。裸風エプロンの先のタンクトップの先にある胸が垣間見えてしまう。

あざといさすが三池氏あざとい。

 

セックスアピールする男子を無視して電話など不可能の極み。祈里姉さんは血走った目で三池氏の胸をロックオンした――が。

 

「うふふ、次にお会いするのは来週になるかしら」

 

頑張る。祈里姉さん、頑張って耐える。

亡き妹たちに出来て、自分に出来ない道理はない。宣言通り、長女としての意地が理性と心臓を支えている。

 

しかし、これで終わる三池氏なら犠牲者はもっと少なかっただろう。

一度、無視されるたんま。脚本では食い下がるのだが――おや?

 

三池氏はその場を離れ、ソファーの後ろへと回り込んだ。早乙女家長女の背後を突く絶好の位置取りである。そこから。

 

「姉さん! ちゃんと聞いてよ」

「!!!???」

 

や、やりおった!?

祈里姉さんの首に両手を回し、もたれかかり、電話していない側の耳に唇を接近させて台詞を吐いたのだ。甘い吐息もプラスされて破壊力抜群である。

 

終わった。逝去直結の極悪コンボ、いったい誰が耐えられると言うのか。チキンハートの祈里姉さんならば尚更――

 

「ああもう、うるさいわね」

 

逝かない……だとっ。奇声を上げることも、口から泡を噴くことも、全身をビクンビクンすることもなく、祈里姉さんは生きていた。

 

そんな馬鹿な! AEDが友達のチキンハートに耐えられるわけが……はっ!?

 

たんまの腕を(わずら)わしそうに外そうとする長女。よく見れば左手でたんまの腕を振り解こうとする一方、右手は自分の心臓を何度も叩いていた。周囲とカメラに気付かれないようさり気なく、こっそりと。

 

もしや心臓が止まりかけている? それを叩き起こし意識を繋いでいる?

祈里姉さん……あなたって人は、まさに命懸けでそこにいるの?

天才と言われた【歌流羅】でも、さすがに命を代償に演技をしたことはない。

これが天道家の矜恃。祈里姉さんの本気。初めてかもしれない尊敬の念を、私はかつての姉に抱いた。

 

「朝食なら適当にお願い……あ、ごめんなさい、弟が話しかけて……姉離れの出来ない困った子なのよ」

早乙女家長女の心ない台詞を、心(の鼓動)ない祈里姉さんが熱演する。

 

「くっ……ぅぅぅ」

姉の興味が完全に自分から離れてしまった。悔しさと悲しさをないまぜにして、たんまはソファーを離れていく。メイドがその寂しい後ろ姿を撮り切ったところで。

 

「カット!」

終了の声が響いた。出したのは監督ではなく寸田川氏。その横で監督はうずくまって動かなくなっていた。

 

 

終わった。多くの人が、色々な意味で。

 

 

「無事な者は手を挙げてくれないかい?」

 

寸田川氏の呼びかけで、スタッフの四分の一がよろよろと反応を示す。

戦争映画で観た光景である。あれは敵の爆撃が部隊を襲い、必死で難を逃れた後、部隊長が残存兵を点呼したシーンだったか。『たんま』キメた三池氏は爆弾と同等、それが数回爆発すれば惨憺たる結果になるのは当然か。

 

百戦錬磨の南無瀬組も半壊状態である。まともに直立しているのは私くらい。今回の中御門遠征のメンバーがほぼ未婚者だったことも被害の増えた原因だろう。

 

残念ながら生存者の中に祈里姉さんは入っていなかった。姉さんはソファーに座ったまま微動だにしない。傍らには演技で使っていた電話の子機がぞんざいに放り出されている。

 

「祈里様、ご立派でございましたよ。およよよ」

カメラをテーブルに置き、メイドが燃え尽きた主人をソファーに寝かせる。丁寧に丁重に大切に、その動きは感動三割、愉悦四割、疲労三割と言ったところか。

メイドの頬がワンシーンの撮影で随分コケている。三池氏という太陽を直視してしまったのだ。愉悦の権化だろうとダメージは負ってしまう。

 

「ええと、次は『たんま』の慟哭シーンなんだけど。これじゃあね……」

 

寸田川先生が辺りを見回して肩をすくめた。

考えるまでもなく、これ以上の撮影は不可能。多くの人間が天に召され、地上の者も立っているのがやっとである。

 

そうだ、もう止めよう。命を大事に!

スタッフや南無瀬組員からそんな空気が出ているが、それを読まない人物がいた。もちろん『たんま』吸引の常習犯でラリッている三池氏だ。

 

「諦めたらそこで撮影終了ですよ」

諦めなかったらそこで人生終了なんですがそれは……

 

「タクマ君の殺る気は買うけど、もう無理だよ。僕の見立てでは次の慟哭シーンが最も毒を含んでいる。君は皆逝賞でも狙っているのかい?」

 

寸田川氏の言うとおり、たんまの慟哭シーンは危険が危なくてデンジャラスに猛毒な一幕である。

 

婚約者に姉妹を盗られて、たんまは自室で暴れ慟哭する。狂気に犯され、彼は誓うのである。『婚約者を消し、姉妹を永遠に自分のモノにする』――と。

 

リハーサル時の未熟な三池氏が演じても心臓に悪かった。今の特級たんま師の三池氏では心臓がパァンである。

 

「俺に良い考えがあります」

三池氏が自信ありげに言い放った。悪い予感しかしない。

 

「慟哭シーンはたんまの独演です。撮影場所のたんま自室に入るのは、俺と最低限のスタッフにしましょう。他の人は部屋の外に避難すれば、被害は少なく済みます」

「逆を言えば、たんまの自室に入ったスタッフは、逝くのが確定のように聞こえるけど」

「ヤンデレの前では多少の犠牲は仕方ありません」

「さも当たり前のように……ヤンデレか、僕は手を出してはいけないモノに手を出してしまったのか」

 

寸田川氏が額を押さえて(かぶり)を振った。

「もっと人間の闇を! 毒のある物語を!」深さを求めた浅はかな行動が、予想だにしなかった惨劇を生んだ。普段フリーダムな彼女だが、さすがに反省しているらしい。

これは教訓となり、脚本家・寸田川(すんだがわ)虚十実(ことみ)を成長させるだろう。長期的に見れば良いことかもしれない。だが、惨劇のまっただ中にいる私たちはたまったものではない。

 

「タクマ君には天道美里さんとの撮影もある。たんまの出演シーンは本日中に撮っておいた方がいいか」

「はいっ! ですからガンガン行きましょう!」

 

ガンガン逝かせる気の三池氏を一瞥(いちべつ)し、寸田川氏がスタッフの方を向いた。

 

「みんな、今日は僕の拙い脚本に付き合ってくれてありがとう。一緒に仕事が出来たことを誇りに思うよ」

共に死線をくぐり抜けた戦友たちへ、寸田川氏は感謝と労いの言葉を遺す。

 

「たんまの慟哭シーンは、可能な限り機材を固定して撮影する。照明、美術、アシスタントスタッフは居間で待機だ。現場の指揮は監督に代わって僕がやろう。こんな事をしでかした責任として、僕は最期まで現場にいなきゃね。でも、みんなまで命を賭けることはない、ゆっくり休んでくれ」

 

「先生だけを犠牲にすることは出来ません!」

「そうです、ここまで来れば一蓮托生です!」

「逃げ回りゃ死にはしない!」

 

「気持ちだけ受け取るよ。無駄に命を散らせるもんじゃない」

 

なに、このクライマックス感……

ストーリー以上に撮影現場が熱く盛り上がっている。

 

引き留めようとするスタッフたちを優しく諭し、最後に寸田川氏は言った。

 

「心配いらないさ。後は僕と、メイド君に任せてくれ」

 

「ファッ!?」

 

まさか自分に飛び火するとは思っていなかったのだろう。メイドがあんぐりと口を開けた。

 

「な、な、なぜでございますか! なぜ私が冥土行きの刑に!?」

「はは、カメラだけは固定するのが難しくてね。タクマ君はミスなく演じたけど、ちゃんと撮れていませんでした――では済まないじゃないか」

「……ぐ。ぐぬぬぬ」

「それにヤンデレの修羅場が見られるんだよ。君だって人の暗部に興味があるクチじゃないのかい?」

「そ、それはそうでございますが」

 

メイドが苦悩している。ヤンデレ男子の本気を見たい。だが、見ればやられてしまう。生きるべきか、逝きるべきか。それが問題だ。

メイドは沈思黙考の末に。

 

「我が身が堕ちるのもまた愉悦でございます、うぷぷぷ」

命より欲望を優先した。筋金入りだ、この堕メイド。

 

 

 

『たんまの自室』で最終チェックを行う。

どう暴れるのか、何を壊すのか、そのために小道具をどこに配置するのか。綿密に打ち合わせる。

 

「段取は決まったね。じゃあ、僕とタクマ君とメイド君は残り、それ以外は避難するんだ」

寸田川氏の指示で、不服な顔をしながらスタッフたちは出て行くが。

 

「――ダンゴ君は残るのかい?」

動かない私に語り掛ける寸田川氏。その表情に驚きはなく、予想していた展開のようだ。

 

「私はタクマ氏のダンゴ。護衛対象から離れるわけにはいかない」

「平気な素振りで健気だねぇ。君だって心臓や下半身を負傷しているんじゃないのかい?」

「護衛対象を護って受けたダメージはダンゴの勲章。護衛対象から受けたラメェ〜ジは女の勲章」

 

「ダンゴ様……」

メイドが熱い眼差しで私を見つめ、いそいそと自前のカメラを本棚の空いたスペースに固定し始めた。レンズはこちらを向いている。私がたんまショックで逝く姿を録画するつもりなのだろう。撮影前に破壊しておこう。

 

「くどくど言ったが、結局のところ私がここにいるのは――」

「いるのは?」

「タクマ氏を見届けたいから。それだけ」

 

たとえ逝ってしまうとしても三池氏の活躍を記憶できるだけ記憶したい、三池氏の成分を吸収できるだけ吸収したい。三池氏といられる時間は、もう長くないかもしれないから。

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