『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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思いがけぬ助っ人

由良様の正論攻勢を前にして、パンツァーはついに『おパンツ様』なる最終兵器を持ち出した。

 

 

「――――おパンツ様? それは如何なる物でございますか?」

たっぷり時間を空けて由良様が尋ねる。おそらく口にするのに勇気が必要だったのだろう。お顔の色が困惑と羞恥で優れない。

 

「おパンツ様の滋養強壮効果は抜群! 寝たきりの老人がダンスホールで喝采を浴びるほどです! さらにおパンツ様から迸る包容力は揺りかごの如く! あらゆる精神的ショックから着用者を守護します! ランジェリー界を飛び越えて人類社会に変革をもたらす可能性の塊ですわ!」

 

もうパイロットフィルム対決に勝とうが負けようが、祈里さんは芸能界にいられないんじゃないかな……?

パンツに憑りつかれた変態の宣伝文句に、会場の皆さんが引き気味になっている。

 

「す、素晴らしい下着のようですが……どのようにして『おパンツ様』は稀なる効能を発揮していらっしゃるのですか?」

 

由良様は誠に律儀なお方。会場から叩き出すことも、病院に電話を入れることもせず、パンツァーのお相手を続けてくださる。

 

「ふふっ、簡単なことです。おパンツ様にはタクマさんマークが施されています。まさに刻印されし秘術。現代に蘇った神秘ですわね!」

 

「――――拓馬様のマーク。聞き捨てなりません。一般販売・ファンクラブ特典・限定品問わずタクマグッズの中にそのような物はなかったはず……ワタクシ、気になります」

病人ケア用に柔らか対応していた由良様が、急激に硬質化した。

 

ヤバい! ぼんやり変態観察している場合じゃねぇ! 早くあの超特急パンツァーを止めなきゃ!

恐怖で抜けていた腰に喝を入れ、俺は気合で立ち上がった。

 

「ああああのののの!!?? 皆さん、休憩しませんか! 議論が白熱し過ぎて疲れちゃいました。祈里さんも一旦落ち着きましょ、そうしましょ!」

 

「だね! 祈里姉さん! 水でも飲んでゆっくりしよ」

「祈里お姉さま……オイタが過ぎるんじゃないかな、ねっ」

 

有難い、紅華と咲奈さんも追従してくれる。彼女らも察知したのだろう。祈里さんが最高潮にテンパっていると、現在進行形で天道家の看板をズタズタにしていると。

 

「大丈夫よ、紅華、咲奈、それにタクマさん! ここで退いてはみんなが逝く思いをして作った傑作が、日の目を見ない場所にお蔵入りしてしまいます。そんな事させませんわ!」

 

いやいや、ここで頑張られると祈里さん自身が日の目を見ない場所にお蔵入りしちゃうから! 主に特殊な病院か刑務所に!

 

「ご覧ください、由良様! これがタクマさんマークですわ!」

俺たちの気遣いをガン無視して祈里さんが黄泉路へと歩を進める。スマートフォンを取り出し、俺が贈ったパンツの写真を会場中へ見せつけたのだ。

 

「そ、そのデザインは!? プロが作ったものではありませんね……ですが、どこか男性的な温かみを感じます。ま、まさか!?」

変態の雰囲気に当てられたからか、若干由良様がおかしくなってきている。

 

そもそも祈里さんと由良様の立ち位置って10メートル近く離れているんだけど。それなのにスマートフォンの小さい画面内の、これまた小さい俺のマークを由良様はよく視認なされたもんだ。俺の目ではパンツが映っているのを何とか認識出来るくらいなのに。

 

そういえば以前、音無さんが口にしていたな。

 

「三池さんって目に良いですよね~。眺めていると視力が上がる気がします。特に薄着の時なんか身体の節々が鮮明に見えますもん!」

肉食女性にとって俺は山の緑的なモノなのか……本当にこの世界の人々の生態は不思議に満ちている。

 

なんて事を思い出していたのが悪かった。俺の回想中でもパンツァーは元気に暴走していたのだ。

 

「由良様はお気付きになったようですわね。ええ! このマークはタクマさんが考案して、タクマさんがご自分で縫った至高の品ですわ! 私のために!」

 

その瞬間。体感的に会場の温度が10℃下がった。

『はっ? なにそれ? えっ、こいつ何言ってんの?』

両チームのスタッフや審査員、中御門家の使用人たちが人ならざるモノに変わっていく。

 

人心を失っていないのは事情を知っている俺と音無さんと真矢さん、それにファザブラコンと僅かだ。味方であるはずの南無瀬組お姉様方もアウトレイジな殺気をプンプンに放ち、カチコミに走るのは時間の問題である。

 

だが、そんな組員さんをも凌ぐ迫力を出しているのが――

 

「………………あらあら、ワタクシの知らない所で拓馬様と祈里様は何やら深い交流をなされていたようですね。お二人が仲睦まじくてヤイてしまいそうです」

 

強固なスマイルの由良様だ。俺と祈里さんの仲に「妬く」とおっしゃっているが、俺の耳には「焼く」に聞こえて仕方ない。

 

「差し支えなければ、お話しいただけませんか? お二人の馴れ初めを」

 

「ま、ま、まってください由良様、それに皆さん! 誤解です! これには話せば超大作のワケがありまして」

 

アタフタしていると、真矢さんが南無瀬組の方を向いて啖呵を切った。

「みんなええか! 頭冷やして考えてみ、拓馬はんが何の考えも無しにパンツに自分をデフォルメ刺繍をするわけないやろ。そない殺る気満々になっとったら拓馬はんに嫌われるで」

 

真矢さんのフォローにより、組員さんたちは幾分か冷静になったようだ。バツが悪そうに警棒やテーザー銃を懐に仕舞う。

 

「ふむ! 黙って成り行きを見ていたが、さすがに脱線が激しいのではないか! 今日ここに集まったのはフロンティア祭の出展作を決めるためだ! 世界に披露する我が国の代表作を煮詰めるためだ! 諸君は崇高な使命を帯びてこの場所にいる! それをどうか思い出してほしい!」

 

意外な助っ人も場の鎮静化に当たってくれる。審査員の一人である炎情社長だ。ヒーローマスクをずっとしているので今の今までどういう状態か分からなかったが、理性を手放してはいなかった模様。まあ、炎情社長は元天道家で美里さんと同じ先代でもある。今代の責任者が脇目も振らずに地獄へ突っ走っていたら、おいそれとトリップもしていられないか。

 

真矢さんと炎情社長の説得もあり、会場の温度が5℃くらいは戻った気がする。その好機を見逃さず、俺はなぜ祈里さんに自家製パンツをプレゼントしたのか説明する。

 

不幸な事故により俺のパンツを顔面に受けてパンツァーに目覚めた祈里さん。彼女が無差別下着泥棒にならずターゲットを俺に絞るようパンツを与えました。

などと事実を包み隠さず説明すると、すでに社会的瀕死なパンツァーへトドメを刺してしまう。故に事実と虚実をミックスしてみる。

 

新しいタクマグッズとして俺のマークの付いた下着を考案した。祈里さんにそのモニターになってもらった。なぜ、祈里さんに依頼したのかと言うと、前に俺の不手際で彼女を病院送りにしたので、その罪滅ぼしを兼ねて――と。

 

 

「ま、まあまあ。そのような経緯(いきさつ)があったのですか……ですよね、祈里様が拓馬様を射止めるはずがありませんもの。ワタクシったらつい熱くなってしまって、はしたない」

 

即興の言い訳だったが由良様を始め、皆さん納得したようだ。さりげなく由良様が祈里さんをディスっていた気はするもののまあいいか、パンツァーだし。

ともあれ修羅場を乗り切った。安堵感で一杯だ、ふぅ。

 

「ところで拓馬様、おパンツ様はいつ頃に市場へ出回るのでしょうか。個人的興味ではございません。ワタクシは中御門の領主として市場の動向を把握する義務があります」

「いいっ、ど、どうでしょうかね? 祈里さんを見るかぎり、ちょっと効果が高過ぎるようですし、グッズ化するかはまだ何とも」

 

くっ、平和になったはずなのに由良様からの圧力が弱まっていないぞ。なんでだ!?

 

「前向きに考えるべきです。祈里様が挙げた効能があるのなら精神が安定し、ヤンデレ作品の鑑賞が可能となります」

 

由良様の目力が大変なことになっている。気を強く持たないと絶対遵守の呪いを掛けられそうだ。

俺のマークの入ったパンツを世界中の人が、文字通り服用するだとっ……アカンでしょ。んな事になったら世界の人々の精神と引き換えに俺の精神がやられるわ。またジョニーがお蔵入りしてまうわ。

 

「その件に関しましては南無瀬組の中で慎重に議論を重ねて……現実的か判断を、ですね……ほ、ほら製造するにしてもコストが」

 

「言われてみればそうですわね。大量生産には適さないかもしれません」

 

おやっ? これまでおパンツ様推しだった祈里さんが俺の意見に理解を示したぞ。

 

「祈里様? 唐突に主張をご変更するとは、おパンツ様に何か問題が?」

 

「おパンツ様の御威光は希少性を加味して実現するもの。一朝一夕で量産出来るはずもありませんでした。私ったらつい先走ってしまい……申し訳ありませんわ」

 

「し、しかし、拓馬様のマークを下着にプリントするくらいでしたら工業用の印刷機を使えばよろしいのではありませんか?」

 

「事はそう単純ではありませんの、由良様」

 

何だか由良様と祈里さんの主義が先ほどと反転してしまった。推奨派の由良様と反対派の祈里さん。人の業の深さを感じずにはいられないな……

それにしても祈里さんが俺の擁護に回るのは意外だ。この炎上魔パンツァー、焼く物がなくなってきた段階でようやく心を入れ替える気になったのか。遅過ぎる改心だが、まともに戻ってくれて良かった――というこちらの期待を裏切るのが、ムードブレイカー天道祈里である。

 

「おパンツ様は、パンツにマークだけ付ければ顕現するものではありません。『タクマさんのDNA』が必要不可欠なのですわ!」

 

――あ、終わった。

 

「タクマさんは自分のDNAをパンツに付着させて私にプレゼントしました。いじらしいですわねぇ……と、いう事でタクマさんのDNAは安売り出来るものではありません。由良様や皆さんは諦めてくださいね」

 

おパンツ様という光を見せつけ、相手が希望を抱いた上で没収する。鬼の所業である。

 

当然、会場中を怒りの炎が包んだ。

愚かなり、パンツァー。辺り一面を焼け野原にしないと気が済まないのか。

パンツを議題にしている中で、いきなりDNAを持ち出すとか最悪な手である。DNAは俺の涎を指す言葉だが、肉食の女性陣は産地がジョニーだと勘違いするだろう。

 

「タクマ、どういうこと? はっ? 出血大サービスならぬ出精大サービスって、自分を安売りしてんじゃないわよ。それに売る相手が致命的に間違っているし」

「弟のシモの世話は姉の務めなのに……タッくんは常識ってものを知らないよね。保健の授業をしなくちゃ」

 

ストッパーであるはずの妹たちがブチ切れだ。すんごい視線が祈里さんと俺を射貫く。自分、「ヒエッ」いいっすか?

 

「みんな、臨戦態勢を取るんや」

これから吹き荒れる嵐を想定し、真矢さんが南無瀬組に指示を出す。

 

ダメだな、これは。とでも言うように炎情社長が肩をすくめて両方の手のひらを上に向けた。ヒーローマスクも相まってアメコミヒーローっぽさが出ている。

俺も炎情社長に同意だ。

 

「…………ワタクシの――に――ない」

能面のような表情で何かを呟く由良様を見て、俺は諦めの境地に立った。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

それからの惨劇については、多くを語るまい。

結果だけ述べるとパンツァーは簀巻きになって床に転がされ、俺はDNAの件の説明責任を果たし胃をゴリゴリ削った。

 

 

「ふがふがふが」

聞くに堪えない妄言対策としてパンツァーは口に手ぬぐいを噛まされている。芸能界の重鎮である天道家の長女、その威厳は地に堕ちるどころか地中深くに潜ってしまった。

 

 

「パイロットフィルムの投票に移る予定でしたが、祈里様チームの作品は鑑賞に向いていないと判断いたしました。拓馬様やスタッフの方々には大変申し訳ありません。しかし、映像データ自体は非常に歴史的価値がありますので、南無瀬組様のお許しをいただけるのであれば国宝として保存に努めたいと存じます」

 

壇上に立った由良様がパイロットフィルム上映会を締めにかかる。祈里さんを黙らせて気分が落ち着いたのか、いつもの清楚スマイルだ。

国宝云々はさておき、勝敗について異議を唱える人はいない。そらチームの代表者が簀巻きにされれば、何を言っても無駄だと思ってしまうだろう。

ファザブラコンが沈痛な様子で顔を伏せる。

 

まずい、このままでは今代の天道家の婚活に終止符が打たれてしまう。

それに祈里さんたちが敗北すると、この後の展開がやりにくくなる。

俺にとって今日は勝負の日なのだ。しかも二番勝負、パイロットフィルム対決よりもこの後に控える戦いこそ俺にとって『()()』なのだ。

ここでケチが付くのは何としても防がねば。

 

由良様たちを説得するにはどうすれば良いか――必死に頭を捻っていると、思いがけない所から救いの手が伸ばされた。

 

 

「天道美里様。不知火群島国がフロンティア祭に出展するのは『親愛なるあなたへ』に決まりました。おめでとうございます」

 

「――――お待ちください、由良様。結果を出すのは早計です」

 

えっ?

 

まさかの異議。それも祈里さんにとって母であり最大の敵でもある美里さんから飛び出たとあって、会場中が拍手の手を止めた。

 

これまでの騒動で沈黙を保っていた美里さん。我が子が恥を撒き散らす光景に悶絶でもしていたのかと思っていたが違うようだ。

彼女は席を立ち、拘束中のパンツァーの下へ向かった。

床に片膝を突いて、娘の口に施された手ぬぐいを取り去り、美里さんはどこか吹っ切れた様子で――

 

「成長したわね、祈里。見直したわ」

 

『今までのやり取りのどこにそんな感想を抱く余地があった?』とツッコミを入れざるを得ない言葉を告げるのであった。

 


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