『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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世界の中心で、かつてと今のあなたに

自分の中の『自我』を信じられず、ロボットと自称する椿さん。

彼女を諭し導くには――裸になるしかない! 

 

 

『お薬をキメていらっしゃる?』と誤解されそうだが、俺は正常だし自棄にもなっていない。これは熟慮に熟慮を重ねた末の行動だ。

 

『飾らない』気持ちを胸に『腹を割って』言葉を交わし、『裸同然の付き合い』で相手との信頼を育む。

慣用句が示すように古来から『裸は人間関係の特効薬』と謡われている。丸腰だから最強なのだ!

 

よし、脱ごう。後先考えずにシャツをたくし上げよう。倫理や理性はベルトと一緒に外してしまおう。

 

 

 

――と逸るものの、親しき仲にも礼儀あり。

いきなり全裸はマズい。瞬間最大淫速の刺激は椿さんの脳をパァンして、廃人か獣人かに進化してしまう恐れアリだ。

それに、倉庫の柱に縛られた女性を前にして生まれたてスタイルの俺――と言うのは絵的によろしくない。

どこをどう見てもレ〇プ現場です。こんなん客観視したら俺のメンタルがティウンティウンと爆散してまう。

 

そういうわけで、インナーシャツとトランクスだけは死守する。

(ぬる)いと思うこと無かれ。男を知らない肉食女性には、この装備でも十分に最終決戦仕様として使える。

 

「ミミミミみみみみいけCが意味不明のきょきょ極地だが、しょの意気は尊重してししし然るべきぃでは?」

 

狙い通り、椿さんは簡単に出来上がった。

いつもの半眼は全開で血走り、呂律の回らない口からは涎が溢れかえっている。

「私はロボット」と超合金製の頑なだった態度は、ドラ焼きを目の前にしたタヌキ型ロボットと大差ない軟化っぷりだ。

 

 

「俺の身体、こいつをどう思います?」

 

「すごく……美味しそう。じゅる」

 

「手足が自由になったら、まず何をやりたいですか?」

 

「作法に(のっと)るなら、抱き着いてからの舌ペロ。三池氏の艶々の全身に舌を走らせるのは冒涜的だが冒険心に満ちた摩訶不思議アドベンチャー」

 

一頻(ひとしき)り不思議な旅を楽しんだ後のご予定は?」

 

「上の口で楽しんだら下の口で愉しむ。実に淑女的なツアープラン」

 

「なるほどなるほど……」

 

俺は椿さんのセクハラな妄言を嫌な顔一つせず聞き終えてから。

 

「だったら、やってみますか?」

 

文字通り、椿さんの目と鼻と舌の先まで距離を詰めた。

 

「ファッ!?」

 

「さすがに手足を自由には出来ませんけど……ほら、これくらい近付けばどうです? 頑張って舌を伸ばせば、俺の胸やお腹をペロることが出来るかもしれませんよ」

 

椿さんの口の高さに、自分の胸板が来るよう位置を調整する。

 

「何という小悪魔ムーブ……っ! 唐突な展開だが、これまでの私の献身が三池氏の好感度を知らず知らず爆上げしていたのだと好意的解釈」

 

「細かい事は考えずにいきましょう。いけば分かります」

 

「んごごご、濃厚タクマニウム一番搾りの中を行軍するのは脳と股がガバガバ状態不可ひぃぃ……はっふはっふ! くっ、しかし、ペロリストの矜持の見せ所。気張るなら今!」

 

椿さんは内股をモゾモゾし擦り合わせ、拘束された胴体や四肢を無理やり動かしながら、上半身を前のめりにピンと張る。

性欲には無限の力を生み出す可能性があるのか、椿さんの動きに合わせて拘束に使う縄と鉄骨の柱が軋んでいく。この人外っぷりにはヒエッを禁じ得ない、底ビエッである。

 

「ふしゅーふしゅー」

 

椿さんの舌が蛇リスペクトで伸びに伸び、ついには俺の胸板へ接触しそうになった。まさにそのタイミングで。

 

「っと、いくら椿さんが頑張ったとしても、不健全な摩訶不思議アドベンチャーは認められませんけど」

 

俺はスッと身を引いた。無慈悲なまでの後退だ。

後に残るのは、だらんと舌を垂れ下げて茫然とする椿さんだけ。

 

「なん……だとっ。小悪魔ってレベルではない。うごごご、訴訟も辞さない。理由はもちろんお分かり? 三池氏が私をこんなデーモンムーブで騙し、ピュアハートを破壊したから。覚悟の準備をしておくべき。ちかいうちに訴訟。裁判も起こす。裁判所にも問答無用で来て、どうぞ」

 

「いくらスゴ味のある口調をしても無駄です。先ほどの会話を椿さんは覚えていますか?」

 

「ぬっ?」

 

「俺は、こう尋ねました。『椿さんが自身をロボットと主張するのなら俺たち南無瀬組と居た時も作っていたんですか? 感情を、椿静流というキャラを』――って。それに対する椿さんの答えは」

 

「『肯定する。全ては管制室が決めていたこと。私の中身は空っぽ。何も感じていない』――仔細は異なるが、このような発言をした」

 

「そうです。椿さんの主張通りなら、本当の『あなた』は俺の身体には興味がなく、ただ管制室の指示に従っているわけです。そんな人にアドベンチャーさせるほど俺の身体は安くありません」

 

「…………」

 

過去の発言を忌々しく思って自己嫌悪に陥った顔――椿さんはとても読み取りやすい顔芸を披露してくれる。

 

「ちょ、ちょっと待つよろし」

 

「言葉遣いがエセ外国人っぽくなっていますけど、なんですか?」

 

「えー、えーあー、おほんほん。い、今の欲求行動は管制室の指示。一般的な女性ならこう動く、という常識に照らし合わせたもの。私の中身は依然として空っぽのまま」

 

「あくまで管制室とロボットのスタンスですか。なら、舌ペロの件は無かった事で」

 

「アイヤ、待つね。そ、それはそうと、騙されて些か傷ついた。ここは一ペロを許すのが人道的ではないか」

 

「自認しないクセに、しっかり肉食ムーブを……」

 

端から見れば自主的に興奮していたのは明らか、なのに椿さんはまだ自我を拒絶する。なぜ、そこまでして認めない? いっそ認めて楽になったところで椿さんにデメリットなんて……

 

「私はロボット。管制室に従うだけの存在。そうでなければならない。自分が無いからやってこれた。姉や妹たちを捨て、みんなの期待を裏切って、のうのうと生きて来たのも自分が無い為。仕方ない、だって私は欠陥品だから――お願い、三池氏。今更、覆さないで」

 

「椿さん……」

 

こんなに弱弱しく見える椿さんは初めてだ。

俺は椿さんの根底を覆そうとしている。もしかしたら彼女の人生を全否定しようとしているのかもしれない――だけど。

 

 

椿静流の意思を尊重すれば、椿静流と永遠に別れることになる。

俺の知らない土地で、俺の知らない役柄にリセットしてしまう。

 

ムッツリスケベで、解説ポジションで、正統派肉食女性の相方をオトリにセクハラする狡猾さを持っていて、でも居ないと物足りなくて。

椿さんを失ったらと思うと、気の早い喪失感が胸を締め付ける。こんな悲しみを味わうくらいなら――俺は。

 

 

説得作戦は第三段までしか用意していない。ここが正念場だ。

穏便よ、さらば。過激よ、ようこそ。

もうこれで(椿さんが)終わってもいい。だからありったけを――

 

「おらぁ!」

 

俺は死守していたインナーシャツを豪快に脱ぎ、高らかに放り投げた。

それなりに鍛えている胸筋やシックスパックの腹筋が露わになる。

 

「ファッ? ファアアアアハァハァアンンンンッッ!!??」

 

「お静かに!」

言語化不可能な声を上げる椿さんをパンツ一丁のまま一喝して。

「もう一度尋ねます。俺の身体、こいつをどう思います!?」

 

「……くわっ……くわぅ……ふぁふぅ……ふぁぅ」

椿さんはアヒルめいた奇怪な鳴き方をしつつ、顔色を赤に全振りした。

 

男性の上半身裸。不知火群島国ではR-15に相当するエロである。もっともR-15の作品群で扱われる男性の裸はイラストや造り物であって、リアルはお目にかかれない。男性アイドルがいなかったのに、男性ヌードモデルいるわけないだろ、いい加減にしろ! そんな世知辛いエロ事情を鑑みるに、俺の半マッパの威力は推して知るべし。

なお、『上半身裸の男性』創作物はR-15と指定されているわけだが、誰も守っていない模様。

 

 

「あ、ありがとう、みいけ、し……そ、それ以外の、ことばが、みつからな……」

椿さんは滂沱の涙と鼻血を垂れ流しながら、幸せのまま旅立とうとしている。浄化されている、高ぶり過ぎたんだ。

 

「椿さん! まだです! まだ逝くな!」

 

「フエッ? ヌガファアアアアア!」

 

拘束されている両腕を掴み! 真正面から! 互いの息が触れる近距離で! 椿さんと相対する!

 

過度な刺激は感覚を麻痺させるという。そんな理論を聞いたことのあるような気のせいのようなまあどうでもいいか。

過度なタクマニウムを一気に流し込めば、椿さんは意識を繋ぎとめる事が出来るッ――これぞ逆転の発想だ。

 

「俺を見ろ! 俺を嗅げ! 俺を聴け!」

 

「……アァ……Aaぁ……アアッ……フリュゥ……ゥゥ……」

 

「どうだ!? たぎるモノがあるんじゃないか! (ほとばし)るモノがあるんじゃないのか!」

 

「……アァ……Aa……ヒィィ……オジュル……ル……ル? ……ルルルルウリュユユウィィリリィィ!!」

 

下腹部を中心にすんごく振動し始める椿さん。激しいバイブレーションで血や涙やその他液体を撒き散らす様は、怨霊だって恐怖で成仏を選ぶほどホラーだ。

 

逃げ出したいが、踏ん張るしかない。椿さんの中にコビり付いたシガラミをぶち壊すんだ! すでに人間性がぶち壊れた気はするが、ともかく中途半端で終わらせるわけにはいかない!

 

「自分の事だろ! 分かるはずだ! 気付くはずだ! 管制室とか設定じゃなく、本心とか本欲から溢れ出すモノを感じるんだ!」

 

「…………あつっ……あつっ……」

 

「ちゃんと言うんだ! 宣言するんだ! 恥ずかしがらず赤裸々に!」

 

「あ……熱いィィ!! ナカから沸き立ってくりゅゆうゆ」

 

「そうだ、そのまま感じながら聞いてくれ! かつて【天道歌流羅】と名付けられ、今は【椿静流】と名乗る【あなた】に問う!」

 

俺は腹の底から力を入れ、椿さんの身中をブチ抜く勢いで叫んだ。

 

 

 

「あなたは、誰かに命令されなきゃ発情一つ出来ないのか!? 俺を食べたいと思わないのか!? なんて情けない、性欲旺盛な女性の風上にも置けない(てい)たらくだ! そんなヘタレで悔しくないのかぁぁぁぁぁ!?」 

 

 

迫真の大音声。

しばらくの間。倉庫の中は静まり返った……そして、たっぷり時間をかけて返事が届く。

 

「………く、ぐ、ぐく゛やじぃぃぃぃ」

 

女泣きである。大粒の涙を(手足が拘束されている関係上)拭うことなく泣き続ける肉食女性が、そこにいた。

ようやく会えた。椿さんの中の本当の彼女に。

 

俺は一転して優しい声で。

 

「さっきの質問をもう一度。手足が自由になったら、まず何をやりたいですか?」

 

「……うう、み、みいけしを倒す。 決まりぃ手は押し倒し。肌と肌を心逝くまでスリスリして。それからぁ、濃い口づけぇして、さすれば――――」

 

椿さんは涙弁した。嗚咽で舌が上手く回らない中でも欲望をまくし立てた。

話はどんどんアウトな方向に突っ走っていく。その卑猥さは下ネタ好きの中学生がショックで引きこもるほどディープで、口にするのもはばかれる。

それにしても『VS三池氏 (ポロリしかないよ)』プランか。椿さんがここまで完成度の高い妄想をしていたとは。攻め方のレパートリーが広く深くで手の付けようがなく、ついでに計画者の頭は手の施しようがない。

 

自分がヤラれる情景を熱く激しく延々と聞かされる。これ、なんてMプレイ?

ジョニーはすっかり消チンしてしまった。俺自身も先ほどの熱血モードは影も形もなく、へっぴり腰、及び腰、逃げ腰の三重苦である。

 

 

 

「…………在った。私にも在った。本当の私が」

 

「うん、そうだね」

 

泣き疲れと欲の出し疲れの影響か、椿さんは幾分か冷静さを取り戻した。

やつれているが、どことなくスッキリとしていらっしゃる。

 

「役柄が混在して面倒くさい私の中だけど、確かに在る」

 

「うん、そうだね」

 

椿さんを掴んでいた自分の両手をそっと離す。

 

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「う、うん、そうだね」

 

ミシ。

対象を刺激しないよう後退を開始。細心の注意を払って。

 

「三池氏こそ私の存在証明。ハッキリ分かる」

 

「うん? そうかなぁ」

 

ミシミシ。

距離を取る途中で床に落ちているインナーシャツを発見。

ゆっくり拾い上げ、整然と着る。

 

「私の心をこじ開けてくれた三池氏。お礼に私の敏感な部位をこじ開けてオーケー」

 

「うーん、そこまでは」

 

ミシミシミシ。

静かに感涙していた椿さんが、だんだんと上気していく。肉食女性の通常形態に近付いていく。

残された時間の少なさを実感し、俺は急ぎ脱ぎ散らかした服をかき集めにかかった。

 

「これが恋愛ドラマなら大団円のシーン。実に感動的と思う。思わない?」

 

「ううん、それはどうかと」

 

これが恋愛ドラマだったなら――長年苦しんでいた問題が解決し、嬉し泣きするヒロイン。主役としては彼女の肩を後ろから優しく抱いて、愛の言葉の一つや二つ吐くべきだろう。

だが、んな男気を見せたらジ・エンド。生貞与奪の権利を譲渡するも同義だ。

 

ジーンズを穿き、アウターを着込む。間に合ったか……?

 

ミシミシミシミシミシミシィィ。

椿さんが復調すればするほど、耳障りな音が大きくなっていく。現実逃避せずに言及するなら椿さんを縛る縄が悲鳴を上げている。絶命寸前だ。

 

「私と三池氏、とても良い雰囲気。このまま二人は幸せなキスを交わし、すかさずシッポリ逝くべき」

 

「うん、ダメだよ」

 

俺が拒絶した瞬間、椿さんを縛る縄が千切れた。

覚醒した獣が野に解き放たれる――と同時に、俺は世界の中心で叫ぶかの如くSOSを発した。


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