『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【椿静流のケジメ】

「思い出すのも辛いです。悪夢の一言で片付けられない禍々しさがありました」

 

被害者・三池拓馬は語る。

 

――椿さんが異常であるのは誰の目から見ても明らかでした。人間の殻を一つや二つは破っていましたね、あれは。

えっ? いつも殻を破っているんじゃないかって? そ、それはそうですけど、あの破りっぷりは尋常ではありません。それはもうバリバリ破って、ヒエッヒエッの野生解放でした。

 

椿さんが獣化したことは今までにもありました。真っすぐ行ってブッ犯す! と理性蒸発した暴挙の数々はご存知の通りです。しかし、あの時の椿さんは極めて悪質で狡猾! 

俺の悲鳴を聞いて駆け付けた南無瀬組を前にしても。

 

「すでに三池氏は私ルートに入った。私たちの恋路&性路を阻むお邪魔虫の方々は、すごすごと退散すべき」

と、余裕を崩しません。

 

当然、音無さんを筆頭に組員さんたちはブチ切れましたが「私は寛容。敗北者の遠吠えを許可。好きなだけワオーンしてどうぞ」と煽る始末です。

 

いよいよ南無瀬組の殺意が高まった時、椿さんは動きました。何をしたと思います? ただのケモノなら多勢に無勢で即ハントされるところを……なんと椿さんはシダンを繰り出したのです!

 

あっ、すみません。シダンと言うのは指弾。石を指で弾く技です。倉庫の床はきちんと舗装されていなくて、半ば砂利になっていました。石ころを入手することは可能だったのです。と言っても、普通の人間が指弾をやっても石は飛ばず指を痛めるのが関の山でしょう。それなのに椿さんときたら……目にも止まらぬ速度かつ百発百中の精度でスナイプしやがりました。しかも狙いは組員さんたちではなく……倉庫の照明です。

 

元々、倉庫は広さに対して光量が不足気味でした。ただでさえ薄暗いのに、あの性獣は視界の生命線を断ったのです。指弾を用いて『バリン!』『バリン!』と天井の蛍光灯を撃ち抜くデタラメさときたら……椿さんの実力を低く見積もっているつもりはありませんでした。けれど、あの椿さんはバトル漫画の主人公のように覚醒していましたね。やっていることは悪役のソレでしたが。

 

倉庫の中は暗闇に染まり、ケモノの狩場と化しました。真っ暗な世界で椿さんが俺たちの様子を如何にして把握したのかは分かりません。まあ、あの人は不思議生物ですからね。夜目とか嗅覚とか動物的勘とかを駆使したのでしょう。考えるだけ無駄です。

ともかく、狩るはずの南無瀬組が狩られる立場に逆転しました。俺の周りを固めていた組員さんたちが、短い悲鳴とドサッと倒れる音を立て、一人また一人と気配を消していく。その恐怖は筆舌に尽くし難し、と言えば良いでしょうか……

 

「正気になって、静流ちゃん! どうせ三池さんの浅はかな行動を自分の都合良いように解釈して正ヒロイン面をしているってオチなんでしょ! 今ならまだ勘違いの痛キャラで済むから! 静流ちゃんに勝ち組は似合わない。あたしを差し置いて三池さんとゴールインはさらに似合わない! ほら、落ち着いてみんなに謝ろっ。こっち側に戻って地道な好感度稼ぎからやり直そっ。心配しないで。あたしは静流ちゃんの味方だから。最終的には静流ちゃんを出し抜いて三池さんをゲットしてやるとかコレっぽちも思っていないから」

 

音無さんが懸命に説得らしきナニかを試みますが、もちろん火に油です。

 

「天地創造以来の至高カップルに対して酷い侮辱。これは討伐案件」

 

ただ、椿さんのターゲットを一時的に音無さんに固定できたのは幸いでした。その隙に俺は倉庫から脱出して……

 

「まだ安心できひん。拓馬はんは、性獣駆除が終わるまで退避したってや!」

 

と真矢さんの指示を受け、南無瀬組の黒塗り車でその場を離れようとしました――でも、発進と同時に車の屋根に衝撃が走ったのです。まるで、誰かが屋根に飛び乗ったような揺れで……

 

「ハロー、三池氏。いずこへお出かけ? 妻を置いて一人ハネムーンはNG」

 

俺の頭の上から椿さんの声が聞こえてきました――

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

三池氏に興奮している時、私は私でいられる。三池氏こそ私の存在証明。

人生を変えるパラダイスシフト……もといパラダイムシフトの翌日。

 

私は、南無瀬邸の組長室を訪ねた。

 

「早い再会だねぇ、辞意を撤回に来たのかい?」

 

辞表を提出した昨晩と同様、妙子氏は執務机に深く座り、真正面から私を見つめてくる。

 

「肯定する。昨日の今日で申し訳ない。何卒、ご容赦願いたい」

 

可能なら土下座してでも誠意を示したい。だが、諸事情によって現状不可能。

 

「組を辞めたいと言って、翌日にはあっさり意見をひるがえす。舐めた態度だねぇ。椿、あたいら南無瀬組の仕事を言ってみな」

 

仕事。決まっている、三池氏のアイドル活動をねっちりサポートすること……いや、話の流れを察するに。

 

「南無瀬領の治安維持」

 

「そうだ。誰からも好かれる治安維持部隊はいない。あたいらの仕事は畏怖されるくらいが丁度いいのさ。分かるかい、南無瀬組は下に見られたら終わりなんだ」

 

「私の舐めた態度は南無瀬組の看板に泥を塗った。ケジメが必要」

 

「察しが良くて助かるよ。とりあえずヤキを入れるかねぇ。南無瀬組式ヤキ入れの上級編が適当か」

 

「じょ、上級?」

 

「椿や音無が月に一度は体験するヤキ入れは初級さ。苦しみはそれなりだが、業務に差し支える後遺症はないだろう?」

 

簀巻き状態で逆さに吊るされ火と水のコラボレーションを味わう。あれが初級だとっ……。

 

「上級のヤキは、あたいでも直視するのが辛い責め苦になる。後遺症も人によっては負うかもねぇ、身体と精神にバッチリと」

 

妙子氏のドスの利いた声に、私は背中に冷たいものを感じた。と、言っても秋に吹く微風程度の寒気。大したことはない。

 

ヤキ入れ? それが何か? 後遺症だからそれで?

私は三池氏の近くに居なくてはならない。三池氏産の性的な興奮が、私を『ロボット』ではなく『人間』だと教示してくれる。好きな人の××を弄んで快楽に耽る――そんな普通の『人間』だと証明してくれる。

逆を言えば、三池氏の傍に居られない私は『人間』ではない。ロボットか、あるいは死んだ人間。死んでいる、朽ちている、終わっているモノ。

 

南無瀬組の面々、祈里姉さんや紅華、咲奈、凛子ちゃん、そして三池氏。

大切な人々の献身の果てに、私は『三池氏ロス=死』『三池氏ゲット=生&性』という当たり前の真実に辿りつけた。

 

「構わない。煮るなり焼くなりご自由に」

 

最早、妙子氏の脅しは意味を為さない。私の心は揺らがない。

 

「ふっ、迷いない啖呵じゃないか……ヤキ入れは無しだ。覚悟と反省した者に時間を費やすほど南無瀬組は暇じゃないのさ。それに」

 

妙子氏は会話中ずっと続けていた腕組みと仏頂面を解き、ニヤリと笑った。

 

「全身を包帯でグルグル巻きにした姿。すでに地獄の責め苦は十分みたいだしねぇ」

 

妙子氏が指摘するように、私はもうボロボロ。土下座出来なかったのも直立して口を開くのが限界だったため。正直、気を抜くと失神する自信がある。

暴行犯は言うまでもなく、凛子ちゃんを筆頭とした南無瀬組員の方々。

 

「人を拉致監禁した挙句にこの始末、さすがにやり過ぎではなかろうか?」

 

「捕縛時の抵抗及び、車の屋根にしがみ付いて三池君にトラウマドライブを味わわせた代償さ。安いもんじゃないかねぇ」

 

うろ覚えながら思い出せる。私としては三池氏と楽しく南無瀬市を縦横無尽にドライブデートしたつもりだった。三池氏は乗って、私は載ってと一般的なドライブデートとは少し違ったが。

 

車体越しではなく直接三池氏とくっ付きたい、と純粋な欲求から手刀で後部座席のドアウィンドウを切り取ろうとしてしまった。明らかな隙、それを見逃すほど南無瀬組髄一の運転手・タカハシ氏は甘くなかった。『車道最速理論』を追求する彼女は『せいなる夜』時に南無瀬領を爆走して、サンタクマースを未婚女性たちの元へ送り届けた猛者である。タカハシ氏は私の体幹が崩れているのを察知するや、ここぞとばかりに脅威のドラテクを披露した。

 

高速スピンが生み出す遠心力に屈し、私は車から落下して電柱に激突。足の小指をタンスにぶつけるレベルの痛みに「うむむむ」と難儀していたのが運の尽き。気付けば南無瀬組に包囲され、四方八方から電気銃で一分間ほど撃たれたあげく、ケモノに死んだフリは付き物――ということで念入りにフクロにされた次第である。

 

「思い返してみれば、我ながら愚かすぎる。凛子ちゃんの言う通りだった。私は三池氏の献身を都合よく解釈して、身勝手に暴走していた」

 

「三池君の献身か……詳細は聞いているよ。ほぼ全裸で説得とはな、あたいも話を聞いた時はぶったまげたもんさ。旦那に至っては泡噴く一歩手前だった。そりゃあ、椿の理性が(ころ)っと逝ってもおかしくはない。が、一方で『タクマさんに裸で誘惑されたとか万死! いやそれ以上の死を!』と激怒している組員たちもいる。一応、あたいが一喝しておいたから表面上大人しくはなったがねぇ」

 

妙子氏が目頭を押さえながらため息をつく。怒れる組員を抑えるのにかなり腐心した模様。

 

「特に音無は怒りのスーパーモードに成りかかっていたんで、三池君の子守唄CDを聴かせて強制的に眠らせた」

 

「凛子ちゃん……見ないと思ったらそんな事に」

 

「なんにせよだ。本来なら男性への暴行未遂を問うんだが、当の男性から情状酌量の嘆願が来ている」

 

「そ、それは三池氏から?」

 

「『椿さんに南無瀬組へ戻ってほしかったから脱いだのに、豚箱に入れられたんじゃあ、俺は何のために脱いだのか分かりません!  俺の浅はかな行動がそもそもの原因ですし、どうか寛大な処置を』だとさ。羨ましいねぇ、男からこれだけ思われるなんて」

 

三池氏……散々迷惑をかけ、トラウマまで植え付けた私を庇ってくれるなんて。感謝の念で胸が熱くなる。下半身も一緒に熱くなっているのは言わずもがな。はぁはぁ。

 

「そういうわけだ。組員たちの心が落ち着くまで椿は南無瀬邸から離れて治療に専念しな」

 

「その前に一言、三池氏にお礼を。はぁはぁ」

 

「不許可だ。しばらく三池君と会うのは禁止とする!」

 

「なぜに!? なぜ、私と三池氏の間に障害を設けるのか! はぁはぁ」

 

「今、三池君を目の前にしたらお前は間違いなく襲う。三池君の裸を思い出して、童心に帰るノリで獣心に帰るだろ?」

 

「ま、まったくもって酷い偏見! な、なにを証拠に? はぁはぁ」

 

「その沸騰した顔と荒い息が何よりの証拠だ。ええい、とっとと屋敷から出ていけ! いや、あたいが直々に摘まみだす!」

 

妙子氏は容赦がなかった。包帯を巻かれた私の首根っこを掴むと、そのままズシンズシンと魔神の行進の如く廊下を進み、玄関を出て――

 

「いいかい、怪我が治りきるまで南無瀬邸の門を跨ぐんじゃない。もし、入ってきたらクビだからねぇ!」

 

小動物を扱うように私をポイッと放り投げた妙子氏。その声色からして、彼女の言う『クビ』には制度的と物理的の両方の意味が含められていた。

 

「……承知した。しかし、南無瀬邸に居を移している手前、私には行く宛が」

 

「あるじゃないか」

妙子氏はもう屋敷の中に入ろうとしていた。こちらに目を向けず、広々とした背中で語ってくる。

 

「お前にだって生まれた家があるだろ。今回の件、迷惑をかけたのは南無瀬組だけじゃないはずさ。あたいらは職業柄ケジメを重要視する。あえて昔の名前で呼ばせてもらうが、天道歌流羅。お前はお前のケジメをちゃんと果たしな」

 

私はすぐに返事ができなかった。もっとも返事をしても意味はなかっただろう。言うべき事を言い終えた妙子氏は、私から関心が失せたように泰然たる足取りで南無瀬邸内に消えていった。

 

ケジメ。天道歌流羅のケジメ。

そうだ、私は姉や妹からビデオレターをもらっていた。レターをもらいっ放しなのは薄情というもの。

 

これまで逃げていた天道家と向き合い、ケジメを付けなければならない。

私の病気が治ったと知れば、祈里姉さんたちは天道家に戻るよう説得してくるだろうか?

姉や妹を傷付けるのは忍びないが、私は三池氏から離れられない。やんわりと天道家への復帰を断りつつ、積もり積もった心無い対応の数々を謝罪しよう。

 

おっと、その際に

「私はこれからも男性身辺護衛官の椿静流。裸の三池氏からラブコールされた故に申し訳ない。むっふぅ~」

などと誤解を与える発言をしないよう注意せねば。

 


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