『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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失敗から学ぶ男

『センパイ! 由乃の血は危険です! 由乃の血縁者に会ったら絶対近付いちゃダメです! どんなに無害そうでも速やかに退避してください! 間違っても誘惑してはいけません! 彼女たちは変貌するんです!』

 

時を超えた不意打ちに、口からプピュゥと変な音が出る。

ヒロシこの野郎! ヒロシお前よぉ! 俺をビビらせる事に生涯をかけるのも大概にしろ!

 

だが、残念だったな。

初代・由乃様の血が危険? 中御門家の者はヤバい? 

ふん! んな真実はとっくの昔に知っている。頭だけでなく、下半身と魂で理解している。情報が古いと言わざるを得ないぜ、ヒロシ。

 

とは言えだ、俺は慢心しない。

ヒロシがどんな経緯で俺へ警告を発したのか、日記を読み解いてあいつの心情を量るのも(やぶさ)かじゃない。決してヒロシの警告で不安になったのではないからあしからず。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

11月10日 晴れ

 

 

二日間の船旅を終え、北大路へとやって来た。

由乃と視察で赴いた時よりも港や馬車道が整備されている。不知火群島国はようやく国として形を成してきた。

 

北大路邸までの道のり。

馬車の中には私と由乃と、マイ・フェイバリット・ミカエルの由紀(ゆき)たん。

 

由乃が「家族三人水入らずの時間はこれが最後かも」と世迷言を吐くが、パパは認めないぞ!

由紀たんはまだ10歳、お婿を取るには早すぎる!

 

北大路邸では由紀たんの婚約者が待っているそうだ。相手もまだ10歳の少年らしい。早婚にもほどがある!

私の目の黒いうちは、由紀たんに指一本触れさせない。由乃に無理言って同行したのは、少年に因縁をふっかけて婚約にケチを付けるためだ。

 

由紀たんは生粋のパパ大好きっ娘! 物心ついた頃から私の寝床に忍び込む可愛い娘なのだ! 

どこの馬の骨とも分からない少年に……一応、北大路の分家筋らしいが、うるさい知ったことか! 由紀たんはパパが守ってみせる!

 

そんな私の誓いは、北大路邸での顔合わせで崩壊した。

 

出会い頭にイチャモンを付けてやる、そう思っていたのに。

問題の少年は北大路領主の背に隠れ、酷く怯えていた。

まるでイケニエだ。昔話でお馴染みの、怪物の怒りを抑えるため年に一度差し出されるイケニエ。そう見えた。

 

おどおどしながら、たどたどしく自己紹介する少年。私の因縁衝動は向かう先を失ってしまった。

 

少年の挨拶が終わり、由紀たんの順番になった。

今回の顔合わせは中御門家と北大路家の結び付きを強くするもの。

由紀たんのスピーチ内容は、両家のメンツを潰さないよう由乃の部下によって作成されていた。なのに。

 

「きゃはぁぁあ!!」

 

由紀たんの開口一番は肉体言語を伴っていた。その俊敏さは常人の目には留まらず、由紀たんの狩りは成功するかに思われた。この場に常人しか居なければ。

 

「こ~ら! 興奮するのはもっともだけど、大事な初体験を衆目に晒すのはダメでしょ」

 

同じく目には留まらぬ速度で由乃が由紀たんの首根っこを掴んだ。

 

「でもぉぉ、身体の奥からドッカンって熱が飛び出しそうなんだよ! イキ場を求めちゃう!」

 

「気持ちは分かる、お母さんにもそんな時代があった。熱を発散するために騎士宿舎が半壊したっけ……まっ、それはそれとして。時と場を選びなさい。アブノーマルは時々やるからスパイスなの、最初は王道でイキなさい」

 

な、なんだ……これは。

由紀たんの豹変に私は動揺した。

 

「パパだぁい好き!」と目に収納しても痛くなかった由紀たんの顔が、夫婦の寝室で由乃が浮かべる顔と瓜二つだった。

獲物を前にして興奮を抑えきれない肉食獣のソレだ……

 

由乃もそうだった。会ったばかりの頃は風紀と規律を重んじる女騎士だったのに、気付けば国家級のテロリストになっていた。

由乃の残した傷は、今なおブレイクチェリー女王国を苦しめている。

 

「見て、あなた。主食は草ですって顔の由紀がようやく人並の()を得たのよ。子どもは一瞬にしてアダルトになるものね」

 

由乃の言う通り、本当に一瞬だ。昨日までは教育テレビの子役の如く穢れ知らずの由紀たんが、私の由紀たんが一瞬にして変わってしまった。

 

 

 

襲われかかった北大路側は憤慨して抗議を――しなかった。

「由紀ちゃんったらとっても元気ねぇ、さすがは次期国主様」と、あの暴行未遂を笑顔で流している。

 

今の事態はスルーできる程度なのか? 私の常識が揺れた。

 

舌舐めずりの混じった由紀たんの挨拶も済み――『じゃあ、あとは若い二人に任せて』との空気が周囲を包む。

 

「いやいやいや、イカンでしょ。任せるには何もかも早いでしょ」

 

気付くと、私は少年を庇うように立っていた。

少年が私のシャツをギュッと掴んで、すがる目で見つめてくる。

対して由紀たんは『パパどいて! そいつ襲えない』と狂暴な目で睨んでくる。

 

 

想定とは真逆の状況だ。

どうして、どうしてこんな事に……

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

顔を上げて、何とも言えない溜息をつく。

 

ヒロシは純粋過ぎたんだ。妻の由乃様はヒロシを溺愛し、自分以外の女性を近付けなかったという。ヒロシは長く肉食世界に居たのに、次代を遺そうとする世界の狂気を知らな過ぎた。

そんなあいつは、他ならぬ自分の娘から肉の(ことわり)を学んでしまった。たぶん、娘さんは婚約者の少年との出会いをキッカケに、唯一理性が本能を上回る『キセキの年代』を卒業してしまったのだろう。

 

俺にとってヒロシは時空犯罪者であるが、あいつに降りかかった悲劇には同情する。世界って残酷だよな、ヒロシ。

 

 

日記を読み進める。

娘の『出会って30分で合体』をファインセーブした後、ヒロシたちはしばらく北大路邸に滞在した。

日が経つに連れて離れていく娘との距離、何故か深まっていく少年との絆。

文章の節々からヒロシの心が不安定になっていくのを感じる。

 

日記の中で、ヒロシは『キセキの年代』や『思春期』について学習していく。

 

『普通の女性は第二次性徴期に合わせ、だんだん異性に執着するらしい。しかし由乃の血筋、ブレイクチェリー女王国の王家は特定のパートナーとの出会いを契機に突然覚醒するとのこと。逆を言えば覚醒前は理性的、性に関して閉鎖的という』

 

有用な情報だな、これ。

突然の覚醒。それまでは閉鎖的……ってことは清楚?

 

由良様を思い浮かべる。

あの御方が男性目掛けてダイブする光景は想像できない、明らかに覚醒していない。

だけど、覚醒前特有の閉鎖的な性格かと言えば違う。ほら、由良様って空間をバリバリ割るほど開放的だし。

 

中御門家の血の特徴を由良様は引き継いでいない、俺はそう思いたかった。

 

 

ヒロシの心が病めば病むほど日記中の『センパイ』の登場頻度が増えていき、『センパイ』が神格を帯びていく。

文体は『センパイ』へ語りかける依存形式になって、その狂気性たるや永世狂信者の片鱗が見え見えだ。

 

『今朝、センパイからの神託を受けました。【由乃や由紀と対決する勇気が湧かない? 逆に考えるんだ。逃げちゃってもいいさ】。さすがセンパイ! 目の覚めるアドバイスありがとうございます!』

 

目を曇らせた人間は幻聴まで聞こえるらしい。精神的に追い詰められたヒロシは家出を敢行し、匿われた家庭で芸術にのめり込み、やがて時間差(数百年)トラップの制作を始めるのであった。

 

 

んっ? そういや、日記の途中から少年が出て来なくなったな。たまたま書かれなかったのか、それとも書くのも(はばか)られる目に遭っ……やめよう。少年はなんだかんだ幸せになった、そうに違いない。

 

キンキンに背筋を凍らせ、俺は日記をテーブルに置いた。

窓の向こうからは未だに爆撃音と地響きがする。燃料を供給し過ぎてしまったのか今夜のロボット()は、いつも以上に高ぶっていらっしゃいます。

 

 

――もうしばらく、この部屋には俺一人か。

 

 

本棚を見る。

あの中の一冊が隠し扉を起動させるスイッチになっている。

ここが異様に簡素なのは、隠し扉の先にこそ由良様のプライベート空間があるから……特別危険区域な乙女の花園が広がっているかもしれない。

 

「中御門家の血筋は覚醒する……だとしたら」

 

由良様はすでに覚醒済みで清楚な仮面の裏で舌舐めずりしているのか。それとも超人パワーが玉(惑星サイズ)に(きず)なだけで心根は清楚100%なのか――ハッキリさせたい。

 

好奇心は猫をもコロコロすると言う。

北大路の神降臨からの二ヵ月間、俺は『自重』を学んできた。ここで取るべき選択は、静かに由良様の帰還を待つこと。それ以外はありえない。

 

俺は失敗から学ぶ男。周りの人々を、世界を、自分の貞操を危険に晒す行為はコリゴリだ――――けど。

 

「危険を遠ざけるには、危険を知らないと」

 

由良様の本性を見極めてしまえば、今後の付き合いの参考になる。ヒエッする機会がグッと減って、夢の快適ライフを手に出来るかもしれない。

 

それに、部屋主が不在の僅かな合間を狙ってもたらされた過去からの警告。神がかったタイミングにはセンチメンタルな運命を感じずにはいられない。今は亡きヒロシの想いが、俺を救おうとしているかのようだ。

 

 

座布団から腰を浮かして、けれど立ち上がると言うには中途半端な体勢のままで。

 

「どうする、どうするよ……危険を避けるか、危険予知に取り組むか」

 

うんうんと唸る俺の頭に、格言めいた言葉が舞い降りた――それは。

 

 

 

『先っちょだけならバレへんやろ』

 


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