『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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大胆な告白はアイドルの特権

「ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……」

 

ワタクシは祈り続けました。この願いは叶わない、そう分かっていても打つ手のない人間に出来るのは祈る事だけなのです。

 

「ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……っ……っっ!?」

 

遺憾ながら中断を余儀なくされました、部屋の外から人の気配を感じます。それもただの気配ではございません……この彩色豊かで芳醇な気配の持ち主は……拓馬様!?

 

見つかるわけにはいきません! ワタクシは不知火の像を収めたショーケースの裏に身を潜めました。

幸い、部屋は消灯しております。誰かが居たと気取られることはないでしょう。

夜目がきくと申しますか、物を認識するのに視覚が必要ない体質に感謝です。

 

ドアが開き、二人の人物が入室します。自己主張の強い気配からして音無様と椿様に相違ありません。

ワタクシを捜索にいらしゃったのでしょうか。お二人はともかく、部屋の外の拓馬様には合わせる顔がございません。

 

『隔絶』を使用しましょう。

 

息を殺すのではなく、元から『無い』ものに置き換える。空間湾曲力のちょっとした応用です。

一般の方がお相手でしたら姿を隠さずとも『隔絶』したワタクシを認識しなくなるでしょう。しかし、お相手が音無様と椿様となれば……

 

 

「…………ハズレみたいだね」

 

「またしても徒労。由良氏はいずこへ」

 

お二人の言葉とは裏腹にワタクシは警戒を強めました。気付かれています、音無様と椿様はワタクシが隠れていることを察知した上で、あえて凡愚を演じているのです。

そうでなくては、部屋の中を調べもせずに『異常無し』の判断は下さないでしょう。

一旦退出して、ワタクシの説得、あるいは捕獲のプランを拓馬様と話し合うつもりです。

 

どうしましょう!?

 

ワタクシは選択を迫られました。

逃亡するにも出入口は拓馬様一行に塞がれています。その辺の壁を壊すのも恥に恥を塗るだけですし……

 

いっそ自死を――出来れば苦労はありません。人間は頑丈に出来ているものです。刃物にしろ毒物にしろ数と時間を掛けなければ命の炎は消えないでしょう。

舌を噛み切って死ぬ、などという冗談が巷にはあるようですが、柔軟性と伸縮性と粘度を高レベルで共存させている舌を断つとは面妖な話でございます。

 

ああ、しかし拓馬様に心底失望され、邪険にされるどころか無視を決めこまれましたら即死です。拓馬様は守りを固めれば耐えられるような相手ではありません。あの御方が持つ超常の力にワタクシは屈するしかないのです……もっとも超常の力は二の次。拓馬様が持つ最凶の武器は――

 

 

「三池さん!」「三池氏!」

 

 

音無様と椿様の驚愕の声。一層強まる色彩豊かで芳醇な気配。

ワタクシは死を覚悟しました。

拓馬様の最凶の武器……自身への被害をも顧みず、衝撃と影響力を追い求める『やらかし』。それが発動してしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、やっと会えたな――ずっと逢いたかった。お前が欲しくて欲しくて、眠れなかった夜もあるくらいだ。」

 

 

ええっ!? これはどういう事で、ございますかぁぁぁぁああああぁぁ!?

 

逝き先は死地のはずが、まさかの桃源郷?

 

ワタクシは耳と頭を疑いました。

都合が良過ぎるのです。ワタクシの秘密を目撃した拓馬様が愛を囁いてくださる?

百冊を超える妄想小説の中にも、このような荒唐無稽な展開はありません!?

 

 

「ずっとお前の事が頭から離れないんだ。あの授与式の映像を観た時から、ずっとな」

 

 

授与式!? 不知火の像(レプリカ)を渡す式典でございますか!?

ワタクシの記憶領域に電流が走ります。

拓馬様に関するあらゆる情報を仔細にわたって報告するよう、南無瀬組の妙子様に()()()したレポート。

その中に『三池拓馬が授与式の映像を鑑賞』という記述がありました。

映像とは言え、記念すべきワタクシとの初お見合いでございます。残念ながらレポートにおいて、拓馬様がワタクシをどのように評したのか記されていませんでした。

 

ですが……幻聴でないとすれば……拓馬様のご感想は『中御門由良(お前)の事が頭から離れない』と。

 

 

で、ではではでは! これまで拓馬様は()()()()()()でワタクシを見ていたのですか!?

 

アッアッアッアッアッアッアッアッアッ――想ぞうしただけで、あたまがフットーしま……いいえ、騙されてはいけません、中御門由良。

これは罠です! 話が美味です! きっと現実逃避がもたらした幻聴か妄想でしょう!

 

 

「――まくし立てるように喋って、緊張してんのかな、俺。せっかくの機会なんだ、もっと落ち着かないと」

 

 

そうです、もっと堕ち突いて。

ここは拓馬様式『やらかし』の術中。我を失えば、必ず手痛いオチが……

 

 

「う~んんぅ、やっぱダメだ。熱くなるわ、そらそうだ。お前をこの手に掴むために、俺はアイドル活動をしているんだからな! 高貴な物だろうと諦めずに頑張ってきたんだから!」 

 

 

オチが怖くて拓馬様のお傍に居られるものでしょうか!

 

ワタクシに近付くためアイドルになられたという拓馬様。ご自分の貞操を懸けてでもワタクシを欲していただけたのですね。

想い人へ向けて全力でアイドル活動をこなす拓馬様と、全力で監視体制を敷くワタクシ。

あらあらあら、結ばれる前から()()り夫婦のよう。

ワタクシ、嬉しさのあまり脳トロです。が、ご心配なく。頭は逝っても愛の作法はこの身が覚えています。

 

うふふっ、愛する二人の間に言葉は不要。ここをキャンプ地としてワタクシとネンゴロに――

 

 

「けど、悪い。まだお前を掴むわけにはいかない」

 

 

――あらっ?

 

 

「こんな邪道はダメなんだ。無理をすれば、またロクでもない事態になる。やっぱりお天道様に顔向けできると言うか、皆に認められる形でないと」

 

 

――あらぁあらぁあ?

 

 

「だからもうちょっと待ってくれ。俺が大手を振ってお前を掴める日まで」

 

 

――あらあららぁぁああああああ!?

 

生殺し!? 嘘でございましょう!? もう精神的には先端が挿入されていますのに!?

幼児向けの絵本でもここまで描けば朝チュンは必至! それを覆すとはあまりにご無体でありませんか拓馬様ぁぁぁああ!?

 

 

 

「ほら、俺を支えてくれる南無瀬組やファンの皆を放って、自分の欲求だけを満たすのは人としてどうかと思うしさ」

 

 

今更ですか!? ご気分のままに国家騒乱しておいて今更気にしますか、人道!?

もうワタクシ、限界です!

据え膳喰わぬは女の恥。社会的と物理的な死が待っていようとも、拓馬様を押し倒したいこと山の如し!

いざ、御覚悟を!

 

 

「誓うぜ、決行は不知火の像の授与式! トップアイドルの称号と共に、正々堂々とお前を手にする!」

 

 

えっ……不知火の像の授与式!?  

国営放送されるあの場所で、衆目に晒されながらワタクシをモノにする……っ!

 

とても蠱惑的な申し出です。

衆人環視の中でそのようなプレイが可能なのでしょうか……溶解していた頭を凝固し、急ぎ計算します。

 

授与式までの日数。

拓馬様が選定される可能性、厳しい場合のご支援方法。

授与式の警備と、暴徒からの逃走ルート。

 

一歩間違えれば……いいえ、何も間違わなくても不知火群島国は存亡の危機に陥ります。

即刻棄却すべきです。

 

 

(でも、ノリ気なんでしょう?)

 

 

獣のくせに聡いですね。

拓馬様と結ばれれば、どう繕いましても血は流れます。

泥沼の長期戦になるくらいでしたら、ワタクシと拓馬様の愛で電撃戦を敢行し、皆様を脳破壊した方が被害は少ないかもしれません。

 

 

(建前はええねん。意中の相手とラブチュッチュしたい、考えるべきはそこだけでは?)

 

 

ラブチュッチュ……なんて甘美な言葉。

 

今、ここで拓馬様を襲いましても途中で邪魔が入ってしまいます。数秒の天国を味わった後、永久の地獄へ堕とされるは確定的。

でしたら、もう数ヵ月間だけ由乃の血に耐え、我が世の春を待つとしましょう。

拓馬様とのあらゆるプレイが爛漫と咲き乱れる春……うふふふ、性を謳う最高の季節です。

 

 

(精を枯らさないよう注意して、どうぞ)

 

 

 

「拓馬様の想い、(しか)と受け止めました」

 

ワタクシはショーケースの裏から立ち上がりました。

 

「――――――はぇ?」

 

なぜか拓馬様は数秒固まり。

 

「――い゛い゛っ!? 由良様!? 由良様ナンデ!?」

 

(まなこ)を大きくして後ずさりました。

よく分かりませんがお元気な拓馬様へ、一語一句丁寧に胸の内を表明します。

 

「ワタクシ、中御門由良の身も心も()うに貴方様のモノです。すぐに愛し合えないことが口寂しい……もとい口惜しくありますが、結ばれるその日を心の支えにしてお待ちします……待つだけとは限りませんが(ボソッ)」

 

「……あう……っぅ……くぅぁ……」

 

お口をパクパクされる拓馬様。ヘンテコな仕草も愛おしいです。

そのようなお可愛らしい姿をまざまざと見せつけられますと……うふふふ。

 

ラブチュッチュのような平和的な擬音で満足できるか……ワタクシ、自信が無くなってしまいます。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

『おはようございます、拓馬様。

本日が良き日である事を、海をへだてた地からお祈りしております。

うふふふ、ワタクシたちの間に距離は無いもどうぜんですが、あなた様の気配を感じられない朝はやはり心さむくなるものです。

いけませんね、ひかん的になるのはワタクシの悪いくせです。

明るい話題を……そうです、中御門邸の畑に新しい命が芽ぶきました。自分が耕した畑ですから喜びもヒトシオです。

毎日水を上げ、気を送って、大切に育てたいと思います。

それにしても命が着床……誕生するのはかんどう的ですね。ワタクシもいつかは拓馬様と――申し訳ありません。拓馬様はトップアイドルを目指す道のとちゅう、余計な圧を掛けてはいけませんね。

そうそう、今日のお仕事は――』

 

 

 

 

「……ううぅ」

 

顔を上げて、携帯の画面から視線を逸らす。重い文面は胃に悪い。

 

「今日も来たみたいですね、『朝かん』」

 

「はい、今日もボリューミーです」

 

南無瀬邸の居間、朝食後の弛緩した雰囲気は由良様の『朝かん』によって砕け散った。

ちなみに『朝かん』とは音無さん命名で『朝の怪文書(かいぶんしょ)』の略である。

もちろん『夕かん』もある。

 

俺が不知火の像へ決意を告げた、あの夜から毎日届くようになったお気持ちメール。

気遣いの出来る由良様らしく、不知火群島国語に疎い俺に伝わるよう文体は優しい。内容は恐ろしい。

読むのもキツイし、返信するのに知恵熱が出る。

好意的な返事で由良様の好感度をこれ以上アップさせたら攻勢が激しくなるし、逆に塩対応すれば由良様の闇度がアップして、それはそれで身を滅ぼしそうだ。

延々迷って返信が遅れると、今度は電話が掛かってきたりする。

たすけて。

 

 

「三池氏のストレスがマッハ。やはり事の真相を由良氏に告げるべき」

 

「そうしたいんは山々やけどな……妙子姉さんから泣きつかれてん。由良様の精神が安定するまでは秘密にしてほしいって」

 

「エログッズの山をオカズ対象の三池さんに見られて。その後、まさかの三池さんから逆告白で大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ! が勘違いだと知ったら壊れますよね、由良さんの心も中御門邸も」

 

「邸内だけで済めばまだええわ。中御門領や不知火群島国全土にも被害が拡大するかもしれへん」

 

「むぅ、三池氏の『やらかし』、ここに極まれり。国宝とは言え、物に向かっての独白はドラマの中だけにしてほしい」

 

「あははは、そういう時期は誰にでもありますけど、三池さんはもう大人ですからね。自己陶酔はほどほどに」

 

「すみません……何から何まですみません」

 

俺はうな垂れ、詫びるしかなかった。

 

 

 

不知火の像が日本帰還への重要アイテム、という情報は明かしていない。ただ、トップアイドルの証でもある像を目撃したらテンション上がって(ポエ)ってしまった、と南無瀬組の人々には説明している。

 

 

不知火の像の後ろからヌッと由良様が登場した時は止まったね、脈拍。

そんで自分が口走っていた内容を思い返して縮こまったね、ジョニー。

トドメで由良様が二人の未来計画を喜々と喋り出して見えなくなったね、明日。

 

 

南無瀬組のドンこと妙子さんの厳命もあり、由良様には真実を打ち明けず、様子見することになった。

組員の中には、この決定に不満が出ているようだが……

 

「人生ってのは困難の連続だねぇ。次々と現れる強敵に沸き立つ血すら空っぽになっちまった……がふっ」

 

「妙子ぉぉーー!! しっかりしたまえ! 鉄分豊富な僕の料理を喰らいたまえよ!」

 

夫の陽之介さんに介護される妙子さん。いつもの豪気さが見る影も無くなった組長へ、キツイ忠言を吐ける組員さんは居なかった。

 

まあ、妙子さんはまだマシな方で。

見る影どころか見る本体も無くなったテロリスト娘の陽南子さんの影響もあり、南無瀬組は疲弊中だ。しばらく大きな行動は取れないだろう。

 

 

逆に大きな行動を取っているのはマサオ教、特にクルッポー母娘は厄介だ。

 

アイドル・タクマの活動再開に興奮する(男女問わない)ファンの皆様も一層怖い。

 

『深愛なるあなたへ』の撮影が本格化することで、手ぐすねを引いてそうな変態一家こと天道家も要注意だし。

 

そして、なんやかんや吹っ切れた由良様の大侵攻には絶望しかない。

 

 

 

 

――なあ、ヒロシ。

俺はこの先、やっていけるのかな。お前のように肉食世界に骨を埋める未来しか見えねぇよ。

 

どうすりゃいいんだ……

 

 

助かる方法はまだ分からない。

 

でも、助からなくなる方法、やっちゃいけない事は分かる。

 

それはヒロシと同じ轍を踏むこと。

 

ヒロシは不知火の像を手にしていながら日本へ帰らなかった。

像が願いを叶える物だとするなら、ヒロシの中で『日本帰還』は願うものでは無くなっていたのだ。

 

――おそらく、妻である由乃様や娘の由紀ちゃんが居たから。家族を残して元の世界へ帰る気にはなれなかったのだろう。

 

 

この世界に心残しを作ってはいけない。

だから俺が絶対にやっちゃいけないのは『家族を作る』こと。

もっと言えば、『結婚』しないことだと思う。

 

 

肉食世界は一触即婚、一度でも関係を結べば逃げ場は無くなる。

 

 

神様、仏様、ついでにヒロシ様。

 

どうかお願いです。

 

俺は誰かの夫ではなく、みんなの黒一点アイドルとして頑張りたいんです。

いずれ日本に帰るまで『独り身』で居させてください。

 

 

どうか、よろしくお願いします!!

 

 

 

 

 

 

 

第五章『国教レ〇プ! 神と化した黒一点アイドル』 終

 

 

 

 

 

→ 第六章『黒一点アイドルの結婚(狩り)』

 

 




国教がレ〇プされたり、主人公がレ〇プされそうになったり(日常茶飯事)ありましたが、つつがなく五章を終えることが出来ました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回からは六章! と行きたいところですが。
そろそろ300話ですし、キリも良いですし、先に最近出番のない性癖密林一家の番外編をやるかもしれません。

どちらにしろ、今後ともお付き合いの程よろしくお願い致します。

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