『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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運営と特典問題

日本にいた頃、事務所の先輩アイドルの幾人かがファンクラブを持っていた。

一番凄い先輩になると百万人近くの会員を抱え、その追っかけや親衛隊の応援ぶりは苛烈の一言だったそうだ。

 

アイドル未満の研修生としては雲の上の話過ぎて嫉妬の感情さえ湧かなかった……そんな俺の。

 

「ファンクラブ」

 

胸の奥からこみ上げてくる想い、これはきっと歓喜。

ファンクラブを持てるところまで、ついに来た。

肉食女子の舌なめずりに怯えながら頑張ってきた日々は無駄じゃなかったんだ。

 

「南無瀬島をファン倫理なき抗争の舞台にするわけにイカンやん。この手がうちが出せる最善策や」

 

ファンクラブ設立理由がすんごく物騒なのは気にしないようにしよう。今こそ不知火群島国で培ったスルースキルの見せ所だ。

 

「あたし、ファンクラブには、とんと縁がないんですけど具体的に何をするんですか?」

 

音無さんの素朴な疑問に姉妹や姉小路さんが『同じく』とボディランゲージをする。

 

「ここは、私に任せてもらおう」

ツヴァキペディアが眼鏡を掛けてないのにクイッと眼鏡を持ち上げる仕草をして、解説を始めた。

 

「アイドルファンクラブには、アイドルが所属する団体が作る『オフィシャル』と、熱狂的なファンたちが作る『私設』がある。真矢氏が設立しようとしているのは前者に当たる。両者とも『応援する』という目的は同じだが、オフィシャルの方が提供できるサービスが多い」

 

「サービス……それってコンサートのチケットが優先的に買える、とかですか?」

 

委員長さんの意見に「それもある」と肯き、ツヴァキペディアは饒舌に語る。

 

「大きい特徴として挙げられるのがファンクラブ会員特典。キーホルダーやタオルなどの小物、他にアイドルの日々の活動をまとめた会報誌。これらを定期的にファンに向け送る」

 

特典については、どこのファンクラブでもやっている。

会員になって年月が経てば経つほど特典が豪華になる、といったやり方で退会者を抑えようとするファンクラブも多い。

 

「他に会員限定の情報を配信。また、サイン会や握手会などファン限定のイベントを開催。これらを出来るのがオフィシャルこと公式ファンクラブの強み」

 

コンサートに、サイン会や握手会か……

 

「解説おおきに。ってことでや、会員になれば拓馬はんのグッズや情報が入ってくる。しかも一般に出回らない会員限定! 南無瀬領の未婚女性が、こぞりまくって入会するのが目に浮かぶで……そんで、ここからが肝な」

 

盛り上げ口調を一転、真矢さんは声を硬くした。

 

「ファンクラブやから当然、会員規約があんねん。その中で、登録情報の虚偽や会員費の不払い、それに――拓馬はんに関わる品物の許可なき販売、ファン及び関係者への迷惑行為を禁止する、ってハッキリ明文化するんや」

 

「そっか、禁止行為を働いた人はファンクラブから退会させられる……そうなったら、喉から手が出るほど欲しい三池さんの情報やグッズが手に入らない。おおっ、巷で危険視されている人たちは何も出来なくなりますね。さっすが真矢さん!」

 

音無さんが手をポンと叩いて感心している。

もし、音無さんがファンクラブに入ったら即退会だろう。迷惑行為をファン及び関係者どころか、アイドル本人に日々こつこつ行っているからな。

 

「ただなぁ……困ったことがあって公式ファンクラブを設立するのに難儀してんねん」

 

「困ったこと?」

みんなが口を揃える。

 

「そうや……ん~なあ、あんた」真矢さんが、委員長のお姉さんの方を向いて事も無げに言った。

「ファンクラブを運営せえへん?」

 

「う、うんえい!? わ、私が、ですか!?」

お姉さんが仰天して腰を浮かせた。

 

「ファンクラブの運営は会員の管理から会報の作成、グッズの企画製作販売、ホームページ管理、電話やメールの対応、ファン向けイベントの統括、とやることが多岐に渡んねん。南無瀬組は南無瀬領の治安維持と、拓馬はんのアイドル活動支援で一杯一杯。せやから、ファンクラブを運営する人材を一から集めてる。公募はどえらい人数が来るんで却下、なんでうちや妙子姉さんの知り合いに直接声を掛けてるところや」

 

「お、お姉ちゃん!? マネージャーさんと面識あったの!?」

 

「な、ないわよ! いえ、ない、ですよね? えーと……」

 

お姉さんが額に指を当てて、必死で記憶を掘り起こしている。

 

「まっ、そんな悩まんといて。うちが一方的に知っとるだけやから。前にな、あんたをショッピングモールのグッズ販売で見たんや」

 

「あ、あの時ですか!」

 

「あんた、なかなか度胸があるし、ファン倫理もしっかりしとった。大したもんや。やから、こうして勧誘してんねん。ちなみにパソコン関係には強い方?」

 

「ええ、一応ウェブデザインの会社に勤めています」

 

「そりゃええ! ファンクラブの運営になれば、膨大な会員の管理が必要になる。多くのパソコンスキルを持った人は大歓迎やで!」

 

「わ、私がタクマさんのファンクラブ運営の一員に……」

 

お姉さんが黙考を始めた。

ファンクラブの運営とは言え、立派な仕事。副業で出来るものではない。

真矢さんからの誘いを受けるということは、転職をするということだ。

今の仕事に誇りや、やりがいだってあるかもしれない。そう簡単に決断は――

 

「お姉ちゃん! 考えるまでもないじゃない。タクマさんのお仕事を手伝えるんだよ。圧倒的天職だよ!」

 

「分かってる、枕持参を強要してくる会社に未練はないわ。ただね、私の上司、凄く勘が良いの。あの人を上手く出し抜いて華麗にアディオスするのは至難の業よ。バレたら全社員から闇討ちされるわ」

 

――もうやだ、この国の人たち。

 

 

上司に蹴りを入れてでも今の会社にケリを付ける、と吐く息を荒くするお姉さん。

それを羨ましそうに眺めながら、

「あの、あちきにもタクマさんのために出来ることありませんか?」と姉小路さんが申し出た。

 

「学生にファンクラブの運営は任せられんで」

 

「そ、そうですか……そうですよね」

 

「せやけど、モニターならどうや?」

 

「「モニター?」」

 

姉小路さんだけでなく、委員長も真矢さんの言葉に食いついた。

 

「拓馬はんが提供するファン向けサービスを、他の会員より先に体験するんや。知っての通り、拓馬はんは存在自体が世の女性にとって刺激が強いやろ?」

 

「確かに、下半身に悪い」

「うん、いつもお世話になっています」

 

人を卑猥なものみたいに言わないでほしい。

 

「そのグッズやイベントが人の理性で耐えられるかどうか判断するためにな。まず年齢、職業関係なく複数人の一般女性にモニターをやってもらう予定や。どうする、お二人さん?」

 

「「やります!!」」

 

姉小路さんと委員長は、大声と共に挙手した。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「三池氏、どうかした?」

「元気ないですよ」

 

盛り上がる訪問者たちと、彼女らを相手にする真矢さんを傍観していると、椿さんと音無さんが話し掛けてきた。

 

ほんと、この二人はポンコツかと思ったら驚くほど俺のことを見ている。隠し事出来ねぇなぁ。

 

「ファンクラブ設立の話を聞いて、最初は嬉しかったんですけど、色々と考えちゃうんですよ。会員のみんなが満足するサービスを提供出来るのかって」

 

委員長が言っていたように、ファンクラブに入ればコンサートのチケットが優先的に手に入るようになる。

 

アイドルのコンサートと言えば、歌って踊るのが定番だ。

しかし、俺は歌えない。

幼女を扇動し、ナッセープロダクションの収録スタジオを崩壊間際まで追いやってしまった一件が尾を引いて、未だに真矢さんから歌の許可が下りないのだ。

 

これではコンサートが開けない、その分ファンクラブに提供出来るサービスが減る。

 

それに加えて――

 

「ダンゴの立場から言って、俺のサイン会や握手会は?」

 

「「ない」です」

 

ですよねぇ。

 

俺を巡って抗争が起こりそうな南無瀬島。そこに住む血の気の多い住人たちと俺が接触するのは、護衛として見過ごせないらしい。

こちらとしても、サファリパークのバスの窓から手を出すような行為は嫌だ。ジョニーの再起不能待ったなし。

 

コンサートやファン参加イベント。

ファンクラブ特典の代表的なものが、俺のファンクラブでは利用出来ない。

これは由々しき問題だ。

 

「はぁぁ……孤高少女の中毒問題もあるっていうのに、どうしたもんか」

 

「三池氏は中毒を治療出来ると考えてる?」

 

「う、そりゃあ劇的な方法はないかもしれませんけど、時間をかけて辛抱強く頑張れば……」

 

「あたし、三池さん漬けの身体になって後悔なんて微塵もありません。毎日が幸せそのものです! 禁断症状に苦しみながら時間をかけて元の身体に戻る? 絶対に無理ですよ。きっと孤高少女のみんなも同じ気持ちだと思います」

 

自信満々の重中毒者を前にして、言える言葉は何もない。

しかし中毒の治療は、俺が後顧の憂いなく日本へ帰るために絶対やっておきたい事だ。

何とかしないと。

 

「三池氏が孤高少女愚連隊を心配しているのなら、すべき事は中毒の治療ではなく、中毒の重ね掛け」

 

「中毒の重ね掛け?」

 

「彼女たちは空気漬けという幸福感の持続時間が短い割高な中毒に掛かっている。それを長く楽しめる財布に優しい中毒に変えれば良い」

 

どうしよう、椿さんの言っていることに付いていけない。

 

「良いこと思い付きました! どうせですから、ファンクラブの特典を使ってリーズナブルな中毒を世間に広めてはどうでしょ? 中毒者は間違いなく三池さんのファンクラブに入るはずですし、みんなを救うチャンスですよ」

 

さっきから中毒を割高やらリーズナブルやら世間に広めるやら言っちゃって、なにこの狂気の会話。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

整理しよう。

今の俺にコンサートやファン参加イベントは難しい。

出来ることは、ファンクラブ会員に向けて限定グッズを送るくらいか。

グッズねぇ……

空気中毒を取っ払って新たな中毒を生むほど刺激的で、リーズナブルなグッズ。

 

何か良いアイディアはないか?

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