桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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ろくのに.よかったり悪かったりする再会

 

 

 

 小さな『姉』はほっとしたように息を吐いて、とても嬉しそうにふわりと微笑った。

 

「そっか、うん、そっかそっか。ありがと、ドフィ」

「フッフ、どういたしまして」

 

 そうだ、ずっとその顔が見たかった。

 

 雪みたいな髪をした、妙な子供がアジト近くをうろうろしていたという報告を聞いた瞬間、ドフラミンゴは椅子を蹴立てていた。

 トレーボルがドフラミンゴの名前を出した途端、ディアマンテの問いに入団希望はしていないと告げ、頭を下げて立ち去ったという。

 

「おい、そのガキの目の色は?」

「え? ああ……そうだな、ピンクが近いか?」

「べっへへへ、キャンディみたいだったなー」

「そうか。今すぐ探し出せ」

 

 ドフラミンゴの常にない厳命に、束の間動きを止めた二人だったがそこは幹部。すぐに部下たちを手配してきびきびと動き出す。

 姉だと半ば本能的に直感していた。報告を待つ間も惜しかった。

 

 真っ先に海岸線を封鎖して四方に部下を散らし、逃走を防ごうとしていたら近所の店にそれらしい姿を見つけたという急報。

 現場に駆けつけ、店主と店員を追い出して店の外に幹部を配置。

 念のため連れて来た二人に確認すると間違いなく本人だと言ったので、ドフラミンゴはひとりで店に入った。

 

 生存は絶望的でせめて遺骸を見つけようと血眼になって探していた姉が、五体満足でらーめん食ってやがる。

 

 夢中で麺を啜ってる姉に、身体のよくわからない部分から力が抜けるのを感じる。

 無残な死体を見つけたいとは思っていなかったが、浪漫もくそもない再会だった。

 

 ほんの少しばかり成長したようにも見えるが、記憶に残る姉の最後の姿は血と泥で汚れたあの時のままだ。自信が持てない。

 

 何も言わずに向かい側の席にどかんと腰を落とすと、びっくりしたように顔を上げた。

 

 さらりとして指通りのよさそうな初雪めいた髪に、ごく繊細に配置された目鼻立ち。際立って美しい瞳は飴玉のように愛らしいチェリーピンク。

 ただし口はもぐもぐ動いていたし、食事を止める気はさらさらないらしかった。

 無難なところから一人かどうか尋ねところ、ナンパを通り越して真っ先に人買いと疑われた。

 危機管理的には合格点だが、甚だ遺憾である。

 

 空になった皿がひとつとらーめんしかないので、それで足りるのかと聞いたら悪態を吐かれた。

 小さいのを気にしているらしい。このふてぶてしさ、間違いない。

 

「ドフィ?」

 

 ろくでもない確信だったが、名前を呼ばれて内心浮かれた。

 

 姉は小さかったはずのドフラミンゴが予想外に大きくなっていて混乱していたが、それはこちらも同じである。

 怪我と服装を除けば記憶とそう差異がないことを問えば、どうやらあの襲撃の日から十数年ほど凍結されていたとのこと。

 悪魔の実は時に人知を超える。

 姉の説明は雑にもほどがあったが、本人にも未だによく分かっていない部分が多そうではあった。今はそれでいい。

 

 顔も出さずに逃げるようなマネをしようとした事には純粋に腹が立ったのでなじったら、しぬほどくだらない理由で謝られた。

 相変わらず、奇天烈な論理で動く姉である。そこじゃねぇよ。

 ともあれ、再会が叶ったのだから逃がすつもりは毛頭ない。あんな思いはもうまっぴらだ。

 

「さて、行くか」

 

 食事も終えているので問題はないだろう。ガタンとドフラミンゴは立ち上がり、ミオに手を差し出した。

 

「お会計まだなんだけど」

「済ませてある」

「それはまた……ご馳走様です」

 

 なぜか上司に奢られた新人の風情で頭を下げるミオである。

 そのまま傍らに置いてあったリュックサックを背負って、特に何か考える様子もなくドフラミンゴの差し出した手に自分のそれを乗せた。

 ぎゅっと掴む。あちこちに胼胝(たこ)があって硬い、けれど小さい手だった。

 

 あの頃、こんなにも細い指で姉は家族を守っていたのだと思うと、過去の自分に腹が立って仕方がなかった。

 

 けれど、今日からは違う。

 

 ドフラミンゴは大きくなって力を手に入れた。もう、このちまっこい姉が肩肘を張る必要はない。

 時間に置き去りにされて、自分が十近く年上になっているのも素晴らしい。好都合だ。

 

 姉は報われるべきで、それは自分が与えればいいと疑いなく思う。

 

「ロシナンテにも挨拶してやるんだろう?」

「? それはもちろん」

 

 やんわり手を引くと頃合いを見計らったのか、すいっとドアが開く。うちの部下どもは優秀だ。

 外に出ると、控えさせていたトレーボルとディアマンテが既に待機していた。

 

「フッフッフ、聞いていたとは思うがおれの『姉』だ」

 

 二人が同時に頷いた。身長の多寡や年齢は関係ない。ドフラミンゴが言えばそれが正解なのである。

 

「あ、先ほどはどうも」

「んねーんねー、ドフィの身内だったの? ならそう言ってくれるー?」

「ええと、その節はすみませんでした。あといつもドフィがお世話になっているようで、ありがとうございます」

 

 ミオが二人にぺこりと頭を下げるとトレーボルが「うわーやめてー! 鼻でるわー!」とぶんぶん手を振った。本当に鼻水を出していたので「鼻炎……?」とかつぶやいている。

 ティッシュを出そうとするミオを制し、ドフラミンゴは眉間に皺を寄せる。

 

「おい、うちの幹部連中にいちいちやるつもりか?」

「やるつもりです」

 

 即答である。

 だって絶対迷惑かけ通してるだろう、と言外に告げる顔だった。

 

「やめろ」

 

 ボスの威厳とか沽券を切々と説き、ディアマンテが「そういうのいらねぇから」と言うとしぶしぶ諦めたような顔をした。

 しかしドフラミンゴには分かる。これはあとでこっそり言えばいいか、とか考えている顔だ。しばらくは監視していた方がいいかもしれない。ドフラミンゴの心の安寧のために。

 

 ああ、けれど、心が躍る。

 

 この煩わしささえも愛おしい。

 

 手を繋いだまま歩いていると、ミオはしっかりと絡ませた手をじーっと見て、それからドフラミンゴを見上げてぽつりとつぶやいた。

 

「ドフィ、でっかいなぁ。いいなぁ」

 

 十年の間に成長期を越えたドフラミンゴは体格もさることながら身長も高い。

 並んで歩くと大人と子供だ。どういう遺伝子の悪戯なのか、ミオの身長はさほど伸びていないようだった。

 それとも、これからなのだろうか。見たところまだ十代半ば、二十歳はいっていない。

 

「これからに期待か?」

「いや、どうだろ……どうかな? だったらいいんだけど」

 

 ドフラミンゴの成長ぶりに期待を抱いたのか、少しばかりわくわくしているようだ。これにはドフラミンゴの頬も自然に緩む。

 

「フッフ、そんなに大きくなりてェのか?」

「そりゃあ、そうだよ。このままずーっと弟たちを見上げ続ける生活じゃ、首痛くなっちゃう」

 

 すでにじゃっかん痛いのか、空いた方の手で首の後ろ辺りをさすっている。

 

「なら、抱えてやったっていいんだぜ?」

 

 迎え入れるように片腕を広げると、ミオはぱぁっと顔を輝かせた。

 

「ならおんぶして! おんぶ! 3mの視界ちょう見たい!」

 

 ミオがジャンプするたびに、繋ぎっぱなしの手がびよんびよんと跳ね踊る。

 あれ、姉はこんなんだっただろうか……実家でふざけてる時はこんなもんだった。

 プリンセスホールドを決めて華麗にアジトへ凱旋する、というドフラミンゴの構想は粉々に粉砕された。

 

「……」

 

 言い淀むドフラミンゴを、自然と上目遣いで期待するチェリーピンクの瞳には、きらきらとした星屑がたっぷり詰まっているようだった。

 

「…………アジト近くまで、だな」

「やったああ! ありがとドフィ! らぶ!」

「やっすいラブだなァ、おい」

 

 何か言いたげな幹部と部下をひとごろしの視線で黙らせ、ひょいとミオをおんぶしたドフラミンゴはコレジャナイ感を存分に味わった。

 

 そして当の本人はといえば。

 

「おお、もふもふ! もっふもふ! めっちゃ身体埋まる! 視界、高っ! でも安定感すごい! あははは!」

 

 ハイテンションが留まることを知らず、天井知らずに上がっていった。ついでに、おんぶのはずが肩車になっていたのはどういうことだろうか。

 

「すっごい、すごいよドフィ! ありがとう!」

 

 ドフラミンゴの後頭部にしがみついているミオは弾けるような笑顔で、昂奮で頬には朱の差し色。

 

 全身で喜びを表しているミオに笑みが漏れる。

 そういえば、自分は『弟』なのだったと今更理解する。

 姉の無茶な理不尽による被害を被るのは、弟の背負った宿命だし、この姉の理不尽なんて可愛いものだ。

 

 

──この世でいちばん愛しい姉を捕まえた。

 

 

 ここにはドフラミンゴがいて、ロシナンテがいて、新しい家族がいる。

 もう寂しい思いはさせないし、苦労なんて以ての外だ。欲しいものはすべて与えてやる。

 邪魔をするものはすべて押し潰して粉砕しよう。

 

 今なら分かる。心の底から理解ができた。

 

 

 この世界もそう──悪くはない。

 

 

「ところで、ドフィのコートすっごいね。ピンクでもふもふしててフラミンゴみたい」

「フッフ、似合うだろ?」

「着こなしてるのがすごいと思う。ファッションセンスの塊」

 

 真顔で頷いているが、それは果たして褒めているのだろうか。

 ミオの分のコートも誂えようとドフラミンゴは思った。

 

 

 


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