知りたがりのウィズ   作:氷の泥

3 / 5
03 n個目の名はウィズ

 布団は魔女が片付けてくれた。そしてそのままの流れでいろいろ話を聞いてしまっていたが、まだ一つ重要な工程が消化されずに残ったままになっている。

 パジャマのままなんですよ、俺。

「あの、ところで魔女さん」

「うん?」

「話も一段落したし、俺そろそろ着替えます」

「ああ」

 テキトーな返事を返されて、しばらくこの部屋の時が止まる。凍り付いたというわけではないけれど、何秒かの間お互い頭上に「?」マークを浮かべたまま静止していた。

 あっ、と先に頭上に電球マークを浮かべたのは魔女の側だった。

「席外した方がいいか?」

「あ、はい」

「じゃあ終わったら呼んでくれ」

 また声だけが残って、魔女の姿は跡形もなく消え去った。離席の方法がファンタジックすぎる。

 待たせてはいけない……と思ったわけではなかったが、なんとなくものすごく急いで普段着に着替える。いや、待たせてはいけないと思えよって話だけれども、普段から気を遣えないタイプの人間の思考なんてこんなものなので。じゃあ何が俺を焦らせているのかというと、それは俺にもわからなかった。

 着替え終わって、はたと疑問が浮かぶ。終わったら呼んでくれって、どう呼んだらいいのだろう。誰もいない部屋の中で「おわりましたよー」と声を上げればいいのか。……それしかないように思える。

「お、おわりましたよー?」

「うむ」

「うおっ」

 おそるおそる虚空に向かって呼んでみたら本当にパッと現れた。現れてくれなかった場合俺はなんだか自分がすごくアホなことをしているような気分に陥っていただろうが、現れたら現れたで慣れない登場方法すぎてびっくりする。魔女からすればひどいダブルスタンダードだ。

「あ、すまん。驚かせたか」

「いや、すみません。俺が慣れるの遅いだけです」

「いや、次から私が気を付けよう」

 どこまでも友好的、というか人間に気を遣ってくれる魔女。我々人間のイメージする「魔女」とはかなり違った人物像と言わざるを得ない。人間の創作する話の中では、魔女は基本悪役だもの。

 まあ、それはともかくだ。実は俺には使命がある。ほんの数分前に生まれた使命だ。

「さあ、ところでですよ魔女さん。魔女さんが現代のことを知りたいというなら欠かせない物が、それでいて死ぬほど便利な物があるんですけど、見ますか?」

 その時の魔女のリアクションは、なかなか衝撃的なものだった。人の目というのは、興奮すると本当に輝くのだ。いや、魔女の目だったからかもしれないけど。

「見たい!!」

 目を輝かせる魔女は、おもちゃを買ってあげると言われた子どものようだった。実際にそんな子どもを見た経験はないが、なんとなく子どもの頃の俺も、期待値マックスな出来事があるとそんな感じで目を輝かせていた気がする。

 期待はずれなことになってしまうと申し訳ないけれど、いくら人外といえども相手は馬が道を走っている時代から来た人だ。まずウケるだろう。

「これです」

 俺は隣の部屋から持ってきたノートパソコンを見せた。

「おお……!!」

 目の輝きは依然失せず、それどころかむしろ増す一方。見ている方としてはちょっと楽しくなってくる。

「パソコンっていう物なんですけど」

「聞いたことはある。何やらあらゆる情報を知り得ることのできる現代技術の結晶だとか……!」

「まあ、大体そんな感じです。ここを押すと電源が入るので押してみてください」

「さ、触っていいのか……!?」

 魔女なのに死ぬほど腰が低い。触っちゃダメと言ったらおとなしく諦めるとでもいうのだろうか。……いや、こんなに目を輝かせている少女に、そんな残酷なこと俺にはできない。

「どうぞ」

「ほ、本当か……? 壊してしまったらどう責任をとればいい……?」

「いや、壊れませんって。というか仮に壊れても魔法で直せるでしょう」

 電源ボタンに触れただけでパソコンを壊すのは至難の業だと油断しきっていた俺は、なんとはなしに「魔法で直せる」と口走った。

 その瞬間、魔女の目から輝きが消えた。

「直せないぞ」

「え?」

「パソコンとやらは、壊れてしまうと直せない」

 わくわくを隠そうともしない魔女を見ていて、俺自身もちょっとわくわくしていたのだな、ということをようやく自覚する。高ぶっていた鼓動がどんどん静まっていくのがわかった。頭が冷えていく。

「え、なんで……? 知ることのルールには触れないし、目の届く範囲ならなんでも思い通りになるのでは……?」

「そうだ、思い通りになる。逆にいえば、思い描かなければ魔法は使えない。パソコンを直すといっても、無知な私には「直った状態」がわからない。だから、いつか私がパソコンについて熟知すればその時は別だけれど、今壊れてしまったらそれはもう直せない」

「……な、なんと」

 思わぬ落とし穴、魔法の隠されたルール。思い描けることなら人間はいつか技術を発展させて必ず実現することができるなんて言うけれど、根本的なところでは魔女もそれと同じだったということか。

 想像さえできないことは絶対に実現できない。人間も魔女も、そのルールは共通らしい。すると現代に詳しくない魔女は、もしかしてこの時代においてそれほど強力でもない可能性が出てくるのか……?

「だから念入りに確認している。いいのか? 私が電源を入れてもいいのか……!? 直すという形での責任はとれないぞ……!?」

「いや、いいですよ。普通にボタン押して電源入れるくらいで壊れたりはしないので。賭けてもいいですよ」

「ふ、普通にってなんだ!? どういう力加減で押せばいい……!?」

 だんだんと、俺の脳内に一つの仮説が浮かんできて、それがどんどん確かな形を成していく。……もしかしてこの魔女、ポンコツなんじゃないか……?

「じゃあ、魔女さんが普通だと思う力で一回テーブルを指で押してみてください」

 まさかこれでパソコンの乗ったテーブルが真っ二つになることはないだろう。と高をくくってはいるが、万が一そうなってもそれはそれで平気だ。テーブルを元の形に戻すくらいは魔法でなんとかなるはずだから。

 そうなってくるとむしろ指一本でテーブルが壊されるところを見て、悟空が道着を脱ぎすてたのを見た時みたいな気持ちになりたい気もしてくる。一方、そんな俺の目の前では、美少女が体を震わせながらおそるおそる何もないテーブルの上をプッシュしていた。

「……お、押した」

「今の無理してます……? すごい頑張って力を調節してたとか」

「いや全然、完全に私なりの普通の力で押した」

「じゃあまったく問題ないので電源入れてください」

 さっきよりもさらに緊張した様子で、必要以上にゆっくりゆっくり魔女は電源ボタンを押した。ざわ……ざわ……という音が聞こえてきそうな、謎の緊張感があった。

 結果、当然ながら普通にパソコンが起動した。

「お、おお!! 点いたぞ!」

 俺の今までの人生で、これほど何かに熱狂している人を生で見るのは初めてだった。

 というかたぶん、熱狂した人を見たことがあるかどうかならともかく、現代でパソコンを起動するだけでここまで騒ぐ人を見た人は全人類にまで幅を広げても他にはいないだろう。

 初っ端からこの調子で、精神エネルギー的な意味でお互いの、特に俺の身は持つのだろうか。ちょっと不安になってきたが後には引けない。

「点きましたね。じゃあ次は、このマウスという道具を使います」

 無線式のマウスを取り出して見せる。パソコン本体まで含めて、言うまでもなく俺が普段使っている物である。

「あ、それも見たことだけはあるぞ。右クリックとか左クリックとか、ドラッグとかそういうやつだろう?」

「そうです。よく知ってますね」

「魔女だからな。知識の吸収力には自信がある」

 それは確かに、自信を持つだけのことはあると思う。ただ、だからこそだ。だからこそ、そこまで異次元の優秀さを見せつけてくる人が、パソコンの電源を入れるだけで阿鼻叫喚の大騒ぎをしているとギャップがすごい。

「えーとですね、基本的に使うのは左クリックです。そこのアイコンをクリックしてもらえますか」

「おおー……動く動く……。…………あ、えっ、すまん今なんて言った……?」

 マウスカーソルを動かすことに夢中で人の話を聞きやしない。本気で子どもを相手にしているように思えてきた。魔女は化け物とポンコツを行ったり来たりするものなのだ、という事実に慣れるまでまだしばらくかかりそうだ。

 しかし懐かしき小学生時代を思い返してみれば、確かに俺も初めてパソコンに触った時にマウスカーソルを動かすのに夢中になっていた記憶がある。イライラ棒ゲームにハマっている時期があった。あとで魔女にも教えてあげるといいかもしれない。

「そこのアイコンを左クリックしてください。ブラウザというのが起動するので」

「これか。……あっ、これなんか見たことあるぞ! ここに知りたいことを入れて「検索」とやらをするのだろう!?」

「そうです。さすが詳しい」

 電源ボタンであれだけ騒げる人が検索エンジンの存在はなんとなく知っている事実。彼女に物事を教える時は、一度こちらの常識というか、想定している段階踏みのようなものを捨て去った方が良いと見た。

「さっそく何か検索してみましょう。……って、ローマ字は」

「知ってる」

「さすがです」

 見たことか、小学生にパソコンの使い方を教える気分でいたらこれだ。いや、こちらの負担が少なくなって話が早く進むだけだから良いことずくめなのだけれども。

「何か興味のある単語とかないですか? 検索してみましょう」

「うーむ……」

 夢中になっていたマウスから手を放し、その手をあごに当てて考え始める魔女。そのポーズが癖になっているらしい。

「あ、ゲーム」

「ゲーム?」

「ゲームという物があるのだろう? パソコンでも出来るとか」

「あー、PCゲームはこのパソコンじゃちょっとできないんですけど、でも検索すれば動画くらいは見れますよ」

 封印される前の魔女が生きていた時代でのメジャーな遊びがなんだったのかはイメージでしか知らない。ゴム毬とか、かるたとか、そういうイメージ。実際にどんな遊びをしていたのかは知らないが、そういうイメージがつく時代からやってきた人からすると、確かにゲームはその存在を聞いただけでものすごく興味を惹かれるものなのかもしれない。

「ゲーム……ゲーム……」

 拙いタイピングで検索バーに文字を入力していく。キーボードの上をきょろきょろしながら一文字一文字一生懸命に入力する様子は、なんというか微笑ましくて応援したくなるものだった。

「入力できたら、そこのエンターキーを押してください。一際大きいやつです」

「うむ」

 ターンッと気持ちよく押すことはなく、パズルで最後のピースをはめるみたいに慎重に、そーっとエンターキーが押された。

 ロード画面のような真っ白の状態を一瞬だけ経由して、入力された文字に関連する情報が次々並ぶ画面へと表示が切り替わる。

 それは魔女からすれば、新たな世界が開けていくような感覚だったのかもしれない。

「おおー!! おぉ、おおー!?」

 表示されたのは無料オンラインゲームがなんとかってサイトが複数個と、最近発売が決定したゲームについての記事、動画サイトの「ゲーム」タグの検索結果などなどだった。

「無料オンラインゲームとかいうのはクソなので、とりあえず動画サイトで動画見に行ったりしませんか?」

「わ、わかった!」

 魔女が純粋無垢かつ無知であることを利用して、持論を世の中の常識としてすり込んでいく。まったく躊躇することなくやってしまったが、冷静に考えるとなかなかエグいことをしてしまった。軽い洗脳じゃないかこれは。

 かといって魔女にオンラインゲームに夢中になられてもそれはそれで困る。この好奇心たっぷりな魔女が無料ゲームを無料のままで満足できるとは思えないので、ある意味今のは俺が当然の権利を行使しただけとも言える。

 最終的にこの魔女が社会に馴染んで働くようになったりすれば、その時はソシャゲのこととかも教えてあげればいいのかもしれない。そんな未来が来るのかはまったくわからない、予想できないけれども。

「これクリックしていいのか……?」

 動画サイトで適当に上位の物のサムネを見ていた彼女が、一つの動画に興味を示した。最近流行りのバトルロワイヤル型のTPSゲームだった。

「いいですよ」

 サムネをクリックすると当然動画の再生が始まる。開始早々に男性の肉声が聞こえてきたので、どうやらクリックしたのは実況動画だったようだ。

「わっ、声が。人間の声だよなこれ」

「そうですね。ゲーム実況っていって、素人が喋りながらゲームプレイした動画を投稿するのが結構前から流行ってるんですよ」

「へぇー、なるほど……」

 食い入るように画面を見つめる魔女。そのまま画面に吸い込まれていきそうだった。

「この動画の画面全部ゲームなのか? 真ん中で動いてる人間も」

「そうですよ。その動いてる人間はゲームをプレイしている人がコントローラーで操作してるキャラクターです。あ、このゲームだとパソコンのキーボードとマウスで操作してる可能性もありますけど」

 一応聞かれているので思いつく限りの答えを返すけれど、画面に釘付けになっている魔女の耳に俺の言葉が何割ほど入っていっているのかはわからない。さっきのマウスの件を参考に考えると、最悪一割も入っていないかもしれない。

「このゲームの目的はなんなのだ……?」

「他のプレイヤーが動かすキャラと殺しあって最後の一人まで生き残ることです」

「なっ、物騒だな」

「物騒なことを気軽にできるのがゲームの魅力ですから」

 銃火器を用いてバトルロワイヤルをするゲームも、戦車や戦闘機が登場する戦争のゲームもあるけれど、そういう物はすべて仮想だから楽しめる物だ。ゲームが生まれる前の時代にもチャンバラごっことかはあったと思うけれど、それとはレベルが違う。

「あっ、おい、この今バババババってなってるやつ。これもしかして銃か……!?」

 バババババって。伝わるけれども。

「銃ですね」

「今の銃って、もしかして現実の物もこんなに連射できるのか」

「できますよ」

 画面とにらめっこしたままポカンと口を開ける美少女がいる。俺のすぐ隣にいる。日曜日の過ごし方としてこれはもしかすると最高の贅沢なのかもしれない。

 と、思った矢先だ。

「連射ができるというのは知っていたが、ここまでとは。もっとこういう物を想像していた」

 言った魔女の右手には、いつの間にかマウスではなく銃が握られていた。現代人が想像するマシンガンやハンドガンではない。それは明らかに、誰もが教科書で見たことのある火縄銃だった。

 死をすぐ傍に感じて反射的に魔女の肩を思い切り掴んだ。

「ちょっと待った、なにしようとしてる」

「え、いや私が想像していた連射を見せようと思って」

「ぶっぱなす気ですか。ここで、それを」

「あ、誤解しないでくれよ。ちゃんと安全と防音には配慮するから」

 そういう問題か。仮に音が完全に消去されて、弾は豆鉄砲程度の殺傷力皆無な物になったとして、だからって部屋の中で銃を撃つやつがいるか……!? いるのか、ここに。我々の常識とは違った感性で生きる化け物が。

「いや、そういう問題じゃ」

「じゃあどういう問題なんだ……?」

 反論しているわけではなくて、純粋に疑問に思っているようで、魔女の瞳はビー玉のように澄んでいた。時代は違えども、たぶん俺より遥かに長く生きてきたであろう者が、いったいどうすればそんな瞳を持ったままでいられるのだろう。得体が知れない。

「いや、どういうって、なんかそりゃ、怖いじゃないですか。急に銃出されたら。いや急にじゃなくても」

「安全とわかっていても怖いのか?」

「怖いですよ」

 アメリカに住む人なら違うのかもしれないけれど、現代の日本人としては本物の銃はいくら安全が保障されていようと、発砲が可能な状態で目の前に現れたらその時点で怖い。ショーケースの中に飾っておいてもらわないと。

「そうか、わかった。それならやめておくよ。悪かった」

 使用を諦められた瞬間に、スゥーと空間に溶けるようにして消えた銃を見て、なんだか魔法みたいだなと思ってしまった。まだ頭が現実に適応しきれていないらしい。魔法なんだよ本当に。

「ありがとうございます」

 やり取りも早々に、魔女はまた画面の中の世界に夢中になっていく。ウチにあるゲームを実際にプレイさせたらしばらくぶっ通しで遊び続けそうだ、本人が興味を示せば遊ばせてあげることにしよう。

 ずっと動画を見ていると、いよいよゲームの試合にも一つ決着がついた。実況プレイヤーが生き残って勝利だ。

「……と、まあそんな感じで。動画を見たり調べものをしたり、なんでもできるんですよパソコンって」

「便利な物だな。すさまじく」

「便利ですよー。今の時代ほぼ一家に一台あるくらいで、便利すぎてみんな依存しているほどです」

 俺も割と、その依存している人間に含まれる。パソコンだけならともかく、スマホまで含めると完全に依存している。現代に来た以上、いやむしろ過去から現代に来たからこそ、魔女もきっと依存していくだろう。

「なるほど。魔法みたいだ」

「みたいって、魔法使えるじゃないですか」

「うん? だから似ていると言っている」

「……?」

 どういうことだ、と思ったけれど、すぐに少し意味が理解できたような気がしてきた。

 壊してしまったら魔法でも直せないとわかっている状態になると、普段は余裕にあふれる魔女があれほど精神的に弱っていた。魔法に依存しているのだ。人間がインターネットに依存するのとは、また違ったものだとは思うけれど、確かに似ているのかもしれない。

 ふと、動画に一区切りがついたところで時計を見るととっくに昼を過ぎていて、もはや夕方へ向かわんとする段階にまで針が進んでいた。当然といえば当然だ、俺が起きた時点で十二時を過ぎていたのだから。

「ところで魔女さん、お腹空きません?」

「ん、別に」

「あ、そうですか」

 …………特に話すことがなくなった。魔女は関連動画をどんどん漁って無言で視聴しているし、どうしたものか。俺だけ昼食なんだか朝食なんだかよくわからない食事を取ってしまってもいいのだろうか。

「あっ」

 突然魔女が声を上げた。

「やっぱりお腹空いた」

「え、魔女ってそんな、空腹感が0か1かでできてるんですか……?」

「いや違う。正確には、現代の食べ物を味わってみたくなった」

 なるほど、いかにも過去からの観光客らしい。いよいよお嬢様がインスタント食品を食べて感動するみたいな、そういう感じの展開が来るのか。

 ……と思ったが、しかしそれはどうなんだろう。冷静に考えて本当にインスタント食品でいいのかこの場合。まるでそれが現代代表みたいな扱いを受けないだろうか。最初なのだし、何かもっといいものを食べてもらった方がいい気がする。

 かといって、じゃあ俺が何か作ってお出しするのかといったら、そんなことをする覚悟もない。俺が自分で作れるものといったらカレーくらいのものだぞ。そんなやつが作る料理を、というかカレーを、現代代表として出してしまっていいのか……? すべてのカレーに失礼じゃないか……?

「……どこか食べに行きましょうか」

 結論、プロに任せることにしよう。責任転嫁とも言う。

「えー、私はあれが食べたい」

「あれ?」

 現代の知識を仕入れていた時に何か興味を惹かれる食べ物の情報でも見たのだろうか。パソコンを半端に知って興味津々になっていたみたいに、彼女の中で同じことが何かしらの食べ物で起こっているとか。

「マコトが最初に食べてた、あれ。カップラーメン」

「外のお店にラーメン食べに行きません?」

「いやだ」

 まるで俺の指示にはすべて従いますと言わんばかりの勢いで今まで従順だった魔女が、なぜか急にわがまま少女になってしまった。これがインスタント食品の魔力か……。

 というか、俺の認識もだんだんおかしくなってきている。正しくは魔女がなぜかわがままになったのではなくて、魔女がなぜか今まで従順だっただけだ。本来その気になればわがままじゃ済まされないことでも実行できてしまう力を持った人が、なぜか従順だったことの方がおかしかったのだ。

 人間はこうしていとも簡単に、与えられたぬるま湯的な環境に甘えて慣れて、それを当然のことだと厚かましくも思い込むのである。いい教訓になった、反省しよう。

「なんでカップラーメンを指名するんです……? 店でちゃんとしたのを食べた方が絶対おいしいですよ」

「味以外にも興味があるのだ。元々は食えたものじゃない物が、お湯を注ぐだけでおいしく食べられるようになるのだろう? そんな物が本当に存在するのか自分で確かめたい」

「なるほど」

 魔女様の現代観光へ対する好奇心の大きさは並々ならぬものがある。世界一臭いのきつい缶詰を渡せばそのまま秒で開けそうな恐れなき好奇心だ。

 ともかくご指名が入ったので、別にこの時のために取っておいたわけじゃないけどカップ麺のストックを開放する。俺は昨日ラーメンを食って飽きたので、焼きそばを持ってきた。

「はい、これです。お湯を入れてフタを閉じて三分待つだけで食べれるようになりますよ」

「ふむ」

 説明しているそばから、彼女は硬いままの面を指で取り出してかじった。そういうことするのが好きな子どもか。

「む、このままでも食えないわけでは」

「お湯入れましょ、お湯」

「わかったわかった」

 湯を沸かそうと席を立った瞬間に、何もない空間からカップ麺の容器にお湯が一筋降り注いでいく光景を見た。

「あ、自力でいけるんですね」

「湯は昔から変わらないからな」

 昔から変わらないものはよく知っていて、よく知っているものは自由に創造したり修復したりできる。理屈では魔女の魔法について理解しているつもりなのだけれど、それでもやっぱり無からお湯が注がれている光景にはどうも見慣れない。

「マコトのにも入れてやるから貸せ」

「あ、ありがとうございます」

 ソースとかその他もろもろを取り除いて魔女に渡す。

「なんだ、今何を取った?」

「あ、ソースです。あとから入れるんですよ」

「それが正しい作り方なのか?」

「そうです。ラーメンの方は特にあとから入れる物ないですけど」

 商品によってはそういう物もあるけれど、まあそんなことは後々知っていけばいいことだろう。重要なのは今目の前にあるカップ麺のことだけだ。

「ふぅん。面白いな」

 そうだろうか? 現代人にはいまいちわからない。

 カップ麺で思い出して、排水溝にぶちまけられた残骸を見に立った。斗真からもらった、魔女の封印されていたという石は、真っ二つに割れた状態でゴミとしてそこに残っていた。

「三分経ったぞ、フタを開けていいのか?」

 訊かれて、タイマーをセットし忘れていたことに気付いた。魔女には下手な時計よりも正確な腹時計が標準装備されているのかもしれない。

「どうぞ。あ、えーと箸は」

「持ってる」

「ですよね」

 持ってるというか、いま無から生成したのだろう。きっと食べ終わったら洗う必要もなく消滅させるのだろう。マイ箸の新たな定義が誕生している。

 とりあえず俺は焼きそばの湯切りをしてソースをかけ混ぜる。魔女から見た現代人代表として、彼女の目の前で湯切りに失敗するわけにはいかないのだよ……!

 そうして食卓と化したこの家唯一のテーブルに戻ってきた時には、すでに魔女が麺をすすっていた。そして一口食べたきり、微動だにしなくなっていた。

「…………あの、どうですか……? お口に合わなければ」

「マコト」

 俺の名前を呼ぶその声は、今日一番に深刻な声だった。

「は、はい」

「……私は、感動している」

「はぁ、なるほど」

 怒っているわけでも落ち込んでいるわけでもないらしいから、とりあえずはよかった。布団に入った時は期待はずれみたいな顔をしていたから、またしてもかと少し不安になってしまった。

 なぜそれで俺が不安になるんだという気もするけれど、でもなんというかせっかくなのだし、どうせなら魔女には楽しんでもらいたいと思う。

「人間はこんなに美味しいものを、ここまで手軽に食べられるようになったのだな。しかも安価なのだろう、知っているぞ」

「まあ、そうですね。めっちゃ気軽に買えます」

「いい時代になったなぁ……」

 その言い草が、なんだかものすごくお年寄りのオーラをかもしだしていた。この魔女が実際何歳なのかは、魔法で姿を変えられてしまう以上見当もつかない。

「気に入ってもらえたならよかったです。でもお店で食べるラーメンはもっとおいしいですよ」

「よし明日行こう。連れて行ってくれ、頼む、なんでもする」

 子どもの「一生に一回のお願い!」並みに軽いノリで登場する「なんでもする」というセリフ。たぶん本気でなんでもするつもりで言っているだろうから、軽いノリで聞かされるこっちはそのたびに理性が崩されそうになる。

 本当になんでも……? と聞いてしまった時が、俺が人間として堕ちる時となるに違いない。

「なんでもはしなくていいです。ちゃんと連れていきますから」

「無欲だなぁ。今まで私になんでもと言われて、そんなことを言ったやつはいなかったぞ」

 なにその、私がこうすることで喜ばぬ人間はいなかったみたいな、どっかの帝みたいなセリフは。

 しかし実際、絶大な力を持った美女ともなると、権力者に付け入ることで実質帝並みの権力を握っていた時期があったのかもしれない。魔女だもの、そのくらいの過去があっても不思議じゃない。

「別に無欲ってわけじゃないですけど、ラーメン食べに連れていくくらいで見返りを要求する人もそんな多くないですよ」

 ラーメンを「一食」として捉えると、パパ活とかいう闇の塊みたいな単語が頭をよぎるけれど、まあ基本的に人間はその程度のことで対価を求めないということにしておこう。現代人としてそういうことにしておきたい。

「そういうものか。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない」

「そうですよ」

「うむ」

「…………」

「…………」

 積もる話があるわけではないので、特に会話が続くこともなく、そのうち麺をすする音だけが部屋に響き始める。

 実はこの家にはテレビがない。そんな物よりもパソコンを用意するために金を使った結果だ。資金は無限じゃないから、何かしらを切り捨てる必要があった。

 一人暮らしをしているのだから当然今までずっと一人でいたわけで。食事も一人だったわけで。つまり会話に詰まって困るなんてシチュエーションに巡り合うこともなかった。こういう時にテレビがないとものすごく困るのだということに、俺は今初めて気付き始めている。

「そういえばずっと気になっていたのだが」

 口を開いた魔女が、俺に気を遣っていたのかはわからない。彼女ならそうしそうな気も、しなさそうな気もする。

「なんです?」

「マコトは私のことを魔女さんと呼ぶよな」

「他に思いつかなかったので」

「そうか。できればでいいのだけれど、何か名前を付けてくれないか? なんというか、魔女さんは個人的に違和感がある」

 そういえば名付けてくれだとか、そんなようなことを初めに彼女から言われていた気がする。

 どこぞの閣下が「お子さんの名前は悪魔ちゃんですか」と聞かれて「お前は自分の子どもに人間と名付けるのか」と返していた話があったけれど、それと同じでこれまで魔女にはかなり失礼なことをしてしまっていたのかもしれない。だとすれば呼び方に困ったから適当に呼んだというのは言い訳にならない。

「わかりました、命名します」

「うむ、なんでもいいぞ。ハム太郎とか」

 吹き出しそうになる。なんだそのチョイスは、現代のアニメについて調べている時に目について気に入ったりとかしたのか? さすがに魔女のことをハム太郎呼びする勇気はない。

 人間っぽい名前をまじめに考えようとすると、おそらく全国の親が最初に通るような底なしの悩みを経験することになる。そもそも人間の見た目をした魔女に人間の名前をつけると、いよいよふとした時に魔女が魔女であることを忘れそうだ。

 人間っぽいかはともかく、日本人っぽい名前だけは絶対に避けよう。そう方針を決めたら、そこから名前を思いつくまでは一瞬だった。閃きとはこういうことをいうのか、と自分でちょっと関心する。

「なんでもいいですか?」

「ああ」

「じゃあ、ウィズさんで」

「ウィズか。うむ、気に入った」

 じゃあそういうことで、といった感じで魔女はラーメンを食べる作業に戻った。もう麺はなくなったらしくて、容器を持ち傾けて汁を飲んでいる。健康に悪いんじゃないかと思ったところで、そもそも魔女に健康の概念はあるのかと疑問が浮かんだ。しかもさらにそもそもの話をするなら、カップ麺を食ってる時点で健康面はどっこいどっこいだろう。

 って、そうじゃなくて。

「えっ、由来とか聞かないんですか」

「うん? いや、なんでもいいと言ったからな」

 なんでもいいと言ったからには、由来を尋ねる権利は放棄したとでもいうのか。固いこと言わないでほしい。

「いや、聞いてくださいよ」

「聞こう」

 このやりとりいる? ってくらいあっさり聞いてもらえることになったので、俺は渾身の命名由来を語る。

「由来は二つあります。まず、Wizardのwiz」

「なるほど。魔法使いの意味だな。もう一つは?」

「ウィズさん、さっきパソコンに夢中だったでしょう?」

 たぶんその時の俺はものすごいドヤ顔をしていたと思われる。ウィズも若干困惑していた。魔女を困惑させるとは中々のことだ。

「まあ、そうだな。……それが何か関係あるのか?」

「Windowsの略でwis、つまりウィズです!」

 空っぽになったカップ麺の容器を勢いよくテーブルに置いた魔女は、それをサイコキネシス的な何かでゴミ箱まで美しいカーブを描いて飛ばした。当然ナイスインする。だが、それは完全にいらない物なので消滅させてもらって構わないとあとで伝えるべきだろう。

 容器は捨て、マイ箸は消して。完全に手ぶらになったウィズは俺の方をまっすぐ見つめてくる。愛くるしいとはこういうことを言うのかと思った。

 そして、彼女の口から恐ろしき一言がこぼれ落ちる。

「うぃんどーずってなに……?」

 知識というのは、こうして連鎖的に学んでいくものなのだ。俺は今日、身をもってそう知った。

 もう一つ学習したことがある。世の中には、なぜかハム太郎を知っていてウィンドウズを知らない魔女がいることだ。これは二度と忘れない。なぜそうなったのか問いただしてみると、パソコン関係のことはよくわからないので多少読み飛ばしたらしかった。

 さらによく聞いてみれば、彼女がハム太郎のことを桃太郎的な存在だと思い込んでいたことが判明した。

 が、それを笑おうとした時のことだ。

「ちなみに一応言っておくと、ウィザードは男の魔法使いという意味だがな」

「えっ!?」

「魔女はウィッチだ。まあ、どうでもいいがな。ウィズって名前気に入ったから、今さら変更とか言わないでくれよ」

 どっちもどっち、お互いさまだった。英語がどのあたりの時代から日本に伝わってきたのか詳しくないけれど、昨日現代に来たばかりの元々日本在住の魔女に英語を正されたのだ。もう俺も人にとやかく言えない。

 魔女の現代観光はまだまだ楽しみがいっぱい。俺も俺でまだまだ学ぶべきことがいっぱい。……できるだけ楽しんでいこう、そうしよう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。