【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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 「セントールの悩み」を知らない人の為の、簡単な解説。知ってる人は飛ばして下さい。

・とりあえず様々な種類の可愛い人外娘が出てイチャイチャする話、と思っとけば仔細なし。
 男もいるけど気にすんな。

・「セントール世界の人間」は、「現実世界からすると人外・亜人」。
 他は現代日本と概ね同じ。

・しかし一部の法律や制度が異なっている(国歌が君が代ではない、憲兵が存在する、等)。
 甚だしきは「形態差別罪」という超地雷罪状。詳細は本編で。


01話 『人間』の定義ってなんなんだろう

 転生。誰しも一度くらいは耳にしたことのある言葉だろう。世界各地で見られる概念であり、古くはインドの仏教や古代エジプト等に息づき、新しいところでは日本のサブカルチャーで一大ジャンルを築いている。

 

 言葉そのものは有名だ。だがそれは概念のみの話であって、現実に存在すると思っている者は少数派であろう。そして実際、大抵はインチキか思い違いだ。だがその中には、現代科学で説明できない事例があるのも確かである。

 

「あ゛ー……」

 

 口から意味のない音を吐き出した、通学路を歩くこの女子高生もまたその一例だった。

 

 この国では特に珍しくもない、黒い瞳と黒い髪。身長は女性という性別と、高校一年生としては高めの158cm。均整の取れたスラリとした肢体に、長い射干玉(ぬばたま)の髪が水墨画のような(いろどり)を添えている。

 

 十人中九人は美しいと認めるであろう、女性になりつつあるその少女。だがその美貌は、死んだ魚の方がまだ生気がある、ハイライトの無い一つきりの瞳によって全て帳消しにされていた。

 

「はぁ……」

 

 朝っぱらからダウナーな彼女には、「普通」ではない事が二つある。

 

 一つはいわゆる前世の記憶。と言っても大したものでもない。現代日本で平凡に生きていた、どこかの誰かの記憶があるという程度のものだ。

 

 単に年を重ねて記憶が薄れたのか、はたまた前世の記憶であるせいなのか、歯抜けで朧になっており、その実存の証拠は彼女の頭の中にしかない。彼女が幼い頃から年にそぐわぬ高い知性や豊富な知識を持っていた事と、その記憶と彼女の身体的特徴が奇妙な合致を見せる事だけが、客観的に見た事実であった。

 

 そしてもう一つが――――

 

「あ、おはよー」

 

「……ああ、おはよう姫」

 

 背中からかけられた声にうっそりと振り向く。その視界に入って来たのは、クラスメイトの君原(きみはら)姫乃(ひめの)だ。

 

 日本人としては珍しい赤毛を長く伸ばし、この年にしては高い彼女が見上げねばならない程の高身長。くりっとした垂れ目にはっきりとした目鼻立ちと、豊満な胸部装甲を有しており、性格や名前も合わせて『姫』というあだ名を奉られている。

 

 他にもおっとりとした外見に反して身体能力が高く、自覚なき天才肌で成績も優秀だとか、実は大名の末裔で世が世なら本当に姫だったという噂があるとかで、色々と目立つ人物ではある。あるが彼女にとってはしかし、最も目立っているのはそのどれでもなかった。

 

「何か元気ないみたいだけど、大丈夫?」

 

「…………大丈夫だから気にしないで」

 

 本来ならば上に向くべき目線が、どうしても下に向かってしまう。もちろん変な意味ではない。少なくとも彼女にとって変なのは、その下半身だ。

 

 アスファルトにぶつかりカツカツと音を立てる(ひづめ)。牛やら馬やらにくっついている、あの蹄である。なおどちらかというと馬に似ている。

 

 その蹄の先に鎮座まします四本脚と、これまた馬にそっくりな下半身。しかして上半身は、頭の上に生えた馬に似た耳を除けば人間のもの。人間の上半身が、馬の首部分から生えている、と言えば分かりやすいか。

 

 この世界では『人馬(じんば)』と呼称される形態ではあるが、彼女にとってはもっと馴染み深い名称が存在する。ケンタウロス(セントール)、だ。

 

「うぃーっす、お二人さん」

 

「おはよう」

 

「あ、おはよう!」

 

「おはよー……」

 

 並んで歩く馬と人に、挨拶を投げつけて来たのはこれまたクラスメイトだ。そのクラスメイト二人の身長は低いが、その雰囲気は正反対と言える。

 

 元気のいい方が獄楽(ごくらく)(のぞみ)。スポーツ万能の空手少女だ。もっと言うなら、体育だけ5で他が2とか3とかの典型的体育会系である。

 

 外見は、黒く短めの髪に、黒にも見紛う程濃い青の瞳。身長は低いため、特筆してスタイルがいいという訳ではないが、その体躯はレイヨウのごとく無駄なく引き締められている。

 

 全体的にボーイッシュな空気を纏っており、あと15cmほど身長が高ければ、同性からのラブレターで下駄箱が埋まるという伝説的光景が日常になっていたかもしれない。

 

 だが何より変わっているのは、尖った耳に蝙蝠に似た翼、先端が矢印状になった尻尾と、まるで悪魔の如きパーツが身体にくっついているところである。彼女の記憶する『前世』ならば、問答無用でコスプレと断ぜられたであろうが、生憎これは生まれつきで、付け外しが出来るような代物ではない。この世界において、『竜人』と呼称される形態であるがゆえの身体的特徴だ。

 

 尤も変わっているとは言ったものの、それはあくまで()()にとってだけの事であり、竜人は特に珍しい形態である訳ではない。獄楽以外にもクラスにはたくさんいる。

 

「どーしたのアンタ、今日はいつにも増してテンション低いね」

 

「あー、ほっといて……そのうち復活するから……」

 

 今話しかけてきた方が名楽(ならく)羌子(きょうこ)。学年トップの秀才少女だ。反面体力はクソザコナメクジであり、分かりやすくもやしっ子と言っていいだろう。

 

 糸目に薄い金髪と、獄楽以上に――ある意味では以下かもしれない――起伏の無い身体。良く言えば幼児体型、悪く言えば寸胴鍋かドラム缶である。何、良く言っていない? そんな事はない、特定層からは大人気間違いなしだ。

 

 一方見た目に反して冷静でしっかりした性格であり、家事も料理も人並み以上、包容力まで完備という、女子力を通り越してオカン力に達している女でもある。これで口調が『のじゃ』だったらロリBBAとして熱烈な信者を獲得していた事であろう。本人が喜ぶかどうかは知らんが。

 

 そして頭には、頭蓋骨に沿って緩く曲がった羊のような角に、ヤギにも似た耳。本来人間の耳があるべき場所には何もなく、腰からは尻尾が伸びている。『角人』と呼称される形態である。

 

「分かった! アレだろ、生理だろ!」

 

「死ね」

 

「おおう、端的で剛直球な罵倒だぁね」

 

「いつになく辛辣だなオイ!?」

 

「つってもねえ……今のは希が悪いよ」

 

「え、えと、そういう話題はデリケートだから、ちょっと気を付けた方がいいかなー、って……」

 

「姫までッ!?」

 

 『形態』。平たく言うなら、『人間』の種類の事である。この世界においては、白人やら黒人やらの他に、人間を大きく分ける軛があるのだ。

 

 見た目はケンタウロスの『人馬』、鱗やエラはないがまさにそのものの『人魚』。他にも『長耳人』『翼人』『牧神人』等々、『形態』は多岐に渡る。

 

 ならばそれらは別種なのかと言えばそうではない。この世界においては彼ら彼女らこそが人間、即ちホモサピエンスなのだ。

 

 同種であるため、形態間の交配も可能であり、きちんと生殖能力のある子が生まれる。またその場合、基本的に子は親のどちらかの形質のみを持って生まれてくる。奇形や、複数形態が混合した個体が生まれる事もあるが、それは稀だと言っていい。

 

 この世界の人間は、一人残らずいずれかの形態の特徴を持つ。

 だが彼女の『形態』は――――

 

「そこの君、ちょっといいかな」

 

「あ?」

 

 彼女が振り向いたその先にいたのは、天使であった。背中からは白い翼が生え、頭の上にはリングが浮いている。これで警察官の格好をしておらず、男でなければ完璧であった事だろう。

 

 『翼人』と呼ばれる形態である。天使とは言ったが、当然全く関係はない。この世界にも天使という概念は存在するが、翼人とは異なる姿をしている。

 

 なお頭の上のリングは頭髪の一部であり、よく見ると髪の一点が伸びて輪を形作っているのが分かるはずだ。見た目そのまま輪毛(りんもう)という名称がついている。これもまた生まれつきのものであり、進化の結果としてこうなったと言われている。

 

「君の形態は?」

 

「……またか」

 

 警察官が彼女の身体を、上から下まで()めつ(すが)めつ無遠慮に眺める。

 

 そう、これこそが彼女が抱えるもの。『どの形態にも属さない』という、特徴がない事が特徴であるその身体。

 

 翼もなければ角もない。当然尻尾もないし、耳は顔の横についていて尖ってもいない。脚の数だって二本だけで、蹄がくっついている訳でもないし、ヒレにもなっていない。

 

 『人間』が持つはずの特徴全てに当てはまらぬその姿は、この若い警察官にとってはさぞ異様に映った事であろう。その証拠に目線は鋭く、何をも見逃さぬという気迫を感じさせている。

 

「知ってると思うけど、例え自分の身体であっても、故意に損壊させる事は禁じられている。もしそうしたとしたのなら、特定の形態を否定したという事で形態差別罪が適用されるけど……証明書はあるのかい?」

 

 この世界においては、歴史的に形態間での強い差別があった。例えば人馬は、中世の欧州では奴隷だった。その反動として、現行法では差別が厳格に禁止されており、『形態差別罪』という罪状が存在するのである。

 

 それはそれは厳しいものであり、形態差別を行うと即時思想矯正所送りにされ、まず出て来る事は叶わない。実質死刑である。『平等は時に命よりも重い』は建前ではない。

 

 証明書とは、『故意に損壊させた訳ではない』と証明してくれる書類の事だ。翼人の輪毛は、散髪時に誤って切ってしまう事があり、そういう時にも発行されるため、特に珍しいものでもない。ただし必ず携帯していなければならないため、いちいち面倒くさいのが難である。

 

「で、どうなんだ――――」

 

「オイバカ、その子はいいんだよ!」

 

 年かさの警察官が横から割って入って来た。彼は大層慌てた風情で、質問から詰問に移行しようとしていた若い警察官を引っ張って行く。

 

「ワリィな、コイツにはきちんと言っとくから!」

 

「えっ、ちょっ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 それを見送る死んだ目の少女。その表情からは感情は窺い知れないが、こちらは全く慌てた様子がないところを見るに、特に珍しい事でもないのであろう。

 

「な、何するんスか先輩!」

 

「あの子のアレは生まれつきだ、形態差別にゃ当たんねーんだよ!」

 

「だったらそう言ってくれれば……」

 

「前に同じ事言った奴が、逆に形態差別罪でとっ捕まったからな」

 

 お前の性格だとうっかり同じ事をやらかしかねない、とは言わないだけの情けがその年かさの警察官にはあった。

 

「え?」

 

「まあそいつは証明書見ても偽造だと言い張って無理矢理捕まえようとしたアホだったから、当然っちゃあ当然だったんだが……」

 

 証明書の偽造や偽発行は、当然のように重罪である。その警察官が疑ったのも無理はないと言えば言えるが、『わざわざ角や翼等を削ぎ落とし、その上で証明書を偽造する』可能性が如何程かと考えれば、公僕として浅慮であったと言わざるを得ない。事故でそういった部位を欠損する者も皆無ではなく、その場合も証明書は発行されるのだから。

 

「それでも『あの子だけの形態を差別した』って事で捕まったんだ。突然変異だろうが何だろうが、生まれつきならそれは形態。なら平等なのは変わんねーからな」

 

「そ、そっスね」

 

「いいか、もう一度言うが、アレは生まれつきだ。偉い学者さんとやらのお墨付きもあるし、ここらの警官や憲兵は大抵知ってる。この事についてはもう触れるなよ?」

 

「ウ、ウス!」

 

「よし、いい返事だ。……まあ伝え損ねてた俺も悪いからな、今日は奢ってやる」

 

「マジっスか!? ゴチになります!」

 

「……仕事終わってからだぞ?」

 

 立ち去っていく警官達を彼女は、眼帯に覆われていない方の隻眼で見送る。その彼女に向けて、クラスメイトが口を開こうとしたその時、吠え声が響いた。

 

「ワン!」

 

「ひゃっ!」

 

 蹄を鳴らして飛びのき、思わず獄楽に抱き着く姫乃。獄楽の方は驚いてはいるものの、少し顔を赤くしてまんざらでもなさそうである。

 

 十数倍の体格差を撥ね退け、巨大な人馬を動かしめたその声の発生源は、何の変哲もない柴犬であった。薄い茶色の身体に、人懐っこそうな能天気な顔と、六本の脚。比喩でも何でもない。脇腹に脚が一対くっついており、計六本の脚が生えているのだ。

 

 どこが何の変哲もないんだと言うなかれ。この世界の動物は、六本脚こそがスタンダードなのである。これは古代魚類のヒレが突然変異で増え、それが全ての陸上生物の祖先たる両生類に引き継がれ、六本脚に進化したためだ、と言われている。

 

 尤も、現生生物で六本脚が残っているかは種族や形態による。例えば翼人の翼はその三対目の腕が変化したものだし、角人や牧神人では退化して消滅している。他の動物では、犬や馬等の持久走を得意とする種族では残り、猫や虎等の瞬発力を重視した種族では退化するという傾向がある。

 

「あらごめんなさいねぇ。コラリュウ、駄目じゃないの!」

 

「い、いえ、大丈夫です。ちょっと驚いちゃっただけですので」

 

「ワンワン!」

 

 ――――そしてこれこそが、彼女が抱える、二つ目の『普通ではない事』だ。

 

 彼女に前世の記憶があるのは前述の通りだが、その記憶の中には六本脚の動物など影も形もない。犬も牛も豚も四本脚。人間に形態など存在せず、差と言えば肌や髪の色に顔つきくらいだ。それはまるで、この世界における有名なフィクション、『四肢人類の世界』のように。

 

「おい、ちょっと急がねえと間に合わねえぞ」

 

「うわ、もうこんな時間か。早く行こう、遅れると面倒だよ」

 

「う、うん、そうだね。じゃあそういう事ですから」

 

「引き留めちゃったみたいでごめんなさいねえ」

 

「ワオン!」

 

 何を隠そう、朝からダウナーだったのもこの記憶が、『前世』の夢を見たのが原因だ。そこでは自身と同じ外見の『人間』が、こことは少しだけ違う社会の中で生きていた。

 

 『人間』。そう、『人間』だ。翼も角も尻尾もない、彼女が元から知っていた『人間』だ。

 

 だがそれはこの世界において、妄想や空想の域を出ることはない。彼女の記憶は歯抜けだし、辛うじて記憶にある地名も『現実』とは異なっていた。例えば今住んでいる場所は、前世では『茨城』と呼ばれていたが、ここでは全く異なる名称だ。即ち彼女は、彼女自身が納得するだけでいい程度の証拠を揃える事すら出来なかったのだ。

 

 こんな記憶さえなければ、と思った事がない、とは口が裂けても言えない。だがこの記憶と、記憶に伴い幼くして保有していた高い知性のおかげで命拾いした事があるのも事実。なければ良かった、と一概に言い切れるほど単純なものではないのだ。

 

 だからこそ、『前世』の夢を見た後は決まって虚しい気分になる。この世界では自身は異物なのだろうという思いと、こんな実存も不確かな、妄想かどうかすら分からない記憶に、無意識的に縋っている自分を自覚して。

 

 考えすぎという自覚はある。気にしすぎという自覚だってある。だが、そう簡単には割り切れないのだ。そぐわぬ記憶と高い知性を持ってはいても、彼女は未だ自らをも知らざる高校一年生で、結局のところ『人間』であるのだから。

 

「ほら、あやちゃんも! 急ご!」

 

「……ええ」

 

 君原に腕を引っ張られ、その勢いのまま走り始める。学校にはまだ距離があるが、程なく辿り着くであろう。

 

 彼女の名は皐月(さつき)菖蒲(あやめ)

 普通の高校に通う、普通ならざる事情を抱えた女子高生である。

 




 「セントールの悩み」の二次がハーメルンに一件もないのを見てむしゃむしゃしてやった。
 これを機に二次が増えてくれればいいと思っている。

 続きを書くべきか、書かざるべきか……。

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