【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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13話 元日は一月一日で、元旦はその日の朝の事なんだって

「今度流鏑馬やるんだけど、皆で見に来ない?」

 

 年の暮れも押し迫る、初雪が降ろうとしている冬。長期休暇も目前なとある一日の朝、君原がそんな提案をした。

 

「流鏑馬? こないだ見学に行ったよね?」

 

「実はね、たまちゃんの神社でやるコトになって――」

 

 本来は君原の師がやるところであったのだが、彼女が骨折してしまったため君原にお鉢が回って来たのだ。当初は辞退していたのだが、報酬につられてやる事にしたのである。

 

「委員長の神社かあ……そういえば行った事ないわねえ」

 

「いいんじゃねえか? いつやるんだ?」

 

「新年祭だから元日だよ」

 

「なら行けるな」

 

「私も大丈夫です」

 

「右に同じく」

 

「以下同文」

 

 そういう事になった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あけおめー」

 

「あけましておめでとう」

 

「おめでとー」

 

「おめでとう」

 

 新年一日目。初詣で人がごった返す御魂神社の鳥居前にて、四人が集まっていた。皐月、獄楽、名楽は私服だが、君原だけは流鏑馬用の巫女装束だ。

 

『あけましておめでとうございます。行けなくてすみません……』

 

「急な仕事なら仕方ないよ!」

 

 スマホの中の蛇に、馬が元気よく言葉を返している。サスサススールだけは、急な仕事が入ってしまったためこの場にはいないのだ。

 

『――――はい、分かりました。すみません、呼ばれてしまったので、また』

 

 またねと言葉を交わし合い、画面が暗転する。鳥居の外まで伸びる行列に並んでいると、皐月が君原に声をかけた。

 

「ところで姫」

 

「なあにあやちゃん?」

 

「この間聞きそびれてたんだけどさ、流鏑馬の弓と弓道の弓、何で微妙に形が違うの?」

 

 弓道の弓はいわゆる和弓で、中央の若干下が持ち手になっているタイプだ。しかし流鏑馬の弓は、素材こそ和弓と同じであるものの、中央が持ち手になっているのだ。和弓にもそういった種類のものは一応存在するが、本来流鏑馬では使わない。実際、皐月の『記憶』の中の流鏑馬は、普通の和弓を使っていた。

 

 また大きさそのものも、2mを超える和弓に比してかなり小さい。大体だが1m強といったところであろう。

 

「えっとね、流鏑馬の弓は、昔の人馬武士にあやかったんだって」

 

「というと?」

 

「人馬武士は、弓道の弓よりも小さくて強い弓を使ってたみたい」

 

「小さくて強い弓……複合弓とか合成弓?」

 

 複合弓とは、複数の材料を張り合わせて、射程と破壊力を向上させた弓だ。その中でも、木や竹の弓に動物の骨や腱、鉄や銅の金属板等を張り合わせた弓を合成弓と言う。合成弓は小さくて強力だが、その分使いこなすのが難しい。ただし馬上だと取り回しの良い弓が好まれるため、騎射なら世界的にはこちらがメジャーだ。

 

「あんまり詳しくないけど、弓の材料が昔とは変わってるって聞いたから、多分そうだと思う」

 

「合成弓は作るの大変らしいし、変わるのも仕方ないわね……。材料が変わっても、弓の形そのものは変わらずに今に至る、って事かしら」

 

「おかーさんは伝統だって言ってた」

 

「伝統かぁ……流鏑馬は儀礼的な意味が強いし、長いよりも短い方が使いやすいとなれば、変える理由もなかったんでしょうねえ」

 

 人馬が扱うにしても、走りながら射るのであるから、短い方が使いやすい。張りが強くとも、人馬は腕力があるので問題なく扱いきれる。

 

 合成弓は膠を大量に使うためカビやすく、高温多湿の日本では本来発達しなかった。だが、この世界では人馬のために発達したとしても、特におかしなところはない。痛みやすいといっても、手入れの方法がない訳ではない。要はその手間に見合うかどうか、が重要なのだ。

 

「おっ、あれ委員長じゃね?」

 

「お、ホントだ。巫女だね」

 

「巫女だな」

 

「巫女ね」

 

「巫女さんだね」

 

 七つの瞳の向いた先には、銀灰色の長い髪が装束に流れる巫女が。ここ御魂神社の実質的神主、委員長こと御魂真奈美である。巫女なのに神主なのは、母は()()で、父は入り婿だからだ。その彼女が君原達に気付き、近づいて来た。

 

「あけましておめでとう。よく来たわね」

 

「オメ」

 

「おめでとー」

 

「あけましておめでとう」

 

「おめでとう、たまちゃん」

 

「ちーすけ達は?」

 

 獄楽がきょろきょろと周りを見回しながら御魂に尋ねる。ちーすけとは御魂の三つ子の方の妹だ。名前が千草(ちぐさ)千奈美(ちなみ)千穂(ちほ)なので、三人合わせてちーちゃんやちーすけと呼ばれている。

 

「家の中ですえちゃんと遊んでるわ」

 

 すえちゃんとは末摘(すえつみ)という名の、御魂家末妹の事だ。翼人と長耳人の混合形態で、身体が弱い。その名の通り、末っ子でもある。

 

 ちなみに末摘花(すえつむはな)という女性が源氏物語に登場するのだが、醜女だと描写されている。いくら読みを変えたと言っても、よりにもよって何故そんな名前を付けたのかは謎である。

 

「んじゃ参拝終わったらそっち行くわ」

 

「ええ……サスサススールさんは?」

 

「急な仕事だってさ」

 

「そう、残念ね。じゃあ私は仕事に戻るから、また後で」

 

「おーう」

 

「後でねー」

 

 忙しいようで、挨拶だけ済ますと背中を向けて戻っていく御魂。年に一度の書き入れ時だ、当然と言えば当然であろう。

 

「お、ちょうど前空いたな」

 

「姫は何をお願いすんの?」

 

「えーっと、流鏑馬で外しませんように、かなぁ」

 

「『痩身美顔・無病息災・交通安全・家庭円満、特に学業に験あり』がここのご利益らしいけど、流鏑馬は該当するのかしら」

 

「それ委員長が前に言ってたヤツだろ? よー覚えてんな」

 

「まあこの程度はね」

 

 賽銭と二礼二拍一礼を済ませ、今度はおみくじの列に並ぶ。そこでふと思い立ったかのように、獄楽が言った。

 

「そういや」

 

「何?」

 

「いや、神なんていねーのに、どうして俺らはこうして初詣に来てるのかと思ってよ」

 

「そりゃそういう文化だからじゃないかね」

 

「そうねえ。私も神はいないと思ってるけど、それはそれとして文化や風習は尊重されるべきだしね」

 

 そういう皐月は、神がもし存在するのなら邪神かサディストだろうと思っている。根拠は言わずもがな、『前世の記憶』である。何者かが故意にこの記憶を与えたとしたら、それはそれはロクでもない者に決まっているからだ。

 

 きっと悩み苦しみ、それでも記憶を手放せない自身を見て嗤っているに違いない。まさに邪神と呼ぶにふさわしい存在だ。

 

 とはいえ神は存在しないのであるから、そんなものに当たっても仕方ないし意味がない。だからこそこうして初詣にも来るし、賽銭だって落としてやるのだ。一桁だが。

 

「あ、大吉だ」

 

「さすが姫、新年早々運がいいね」

 

「俺は中吉……これってどうなんだっけか」

 

「大吉の次だね」

 

「羌子は?」

 

「希と同じで中吉。菖蒲は?」

 

「凶」

 

「大凶じゃないからセーフ?」

 

「いやそのりくつはおかしい」

 

 君原の天然に皐月がツッコミを入れる。何にせよ一応平和ではあったのだ。そう、この時までは。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ガキの命が惜しかったら、五分以内にナンバー外した車持ってこい!!」

 

 右手に子供、左手にナイフを持ち、本殿の上で声高に喚き散らす竜人の男。どこに出しても恥ずかしい犯罪者である。

 

 この男は別の場所で犯罪を犯し、車で逃走中、運転を誤り止めてあった車に激突。そこから目の前にあった神社に殴り込み、目に付いた子供を人質にして、こうして逃走用の車を要求しているという訳だ。

 

「ウチの子放さないと殺すわよ!!」

 

「ウルセエ! ガキの顔にキズ付けてえか!」

 

 御魂が槍を構えて激高するがそれもそのはず、抱えられている子供は末摘なのだ。実に運のない事に捕まってしまったのである。

 

「チョイと奥さん、犯人を刺激せんでくれるかな」

 

「ていうか、何でケーサツ呼んで来たのがアナタ一人なんですか!」

 

 御魂は警察官相手に半ば八つ当たり気味の態度だが、警察を呼んだら来たのは定年間近の男が一人だけ、という状況では仕方のない事であろう。ちょうど同時に銀行で立てこもり事件が発生し、ドンパチをやらかしているそちらに人手が取られているので、それこそ仕方がない事であるのだが。

 

 兎にも角にも、スナイパーや特殊部隊が来れない以上、今は時間を稼がねばならない。警察官はメガホンを構えると、犯人に語り掛けた。

 

《あー、君、子供を放しなさい。罪が重くなるよ》

 

「るっせえ! 早く車を持ってこい! 三分以内に持ってこなかったら、一分ごとにガキを刻むぞ!!」

 

 まあそんな説得に応じるようなら、最初からこんな事はしていないだろうが。末摘も火が付いたように本格的に泣き始めてしまい、いよいよもって修羅場である。

 

 なお、やはり神はいないと納得しているのがいるが、口に出す事はなかった。一応搭載されているエアリード機能が仕事をしたようだ。

 

「ちょっと、銃持ってるんでしょ!? 撃っちゃってよ!」

 

「拳銃なんぞ当たりゃせんがな」

 

 彼我の距離は5mくらいなので、拳銃でも十分に射程圏内だ。が、素人に毛が生えた程度の腕しかない、ヒラの警察官が当てられるかは、微妙である。ましてや相手は、当ててはいけない対象まで所持しているのだ。銃は最終手段にしておいた方がいいだろう。

 

「サスサスがいれば良かったのにねえ」

 

「いねーモンはどうしようもねーだろ」

 

 もちろん目当ては体力が名楽以下のサスサススールではなく、その護衛の公安である。本業は護衛ではあるが、一応警察なので、こういう状況なら力は貸してくれるであろう。いつも車で尾行してるのがいるから、狙撃銃も持っているだろうし。

 

「こんな時に限ってお父様はいないし……ああもう、どうしたらいいか」

 

 狼狽える御魂の目が君原に留まる。流鏑馬の準備をしていたので、弓を持っている君原に。

 

「ちょっと来て」

 

「え? え?」

 

 御魂は君原を裏手に引っ張って行くと、キッと彼女を見据えて言った。

 

「犯人を射って」

 

「え!? そんな無茶な! せめてお母さんかおばさんがもうすぐ来るから」

 

「時間がないの! やるの! でも妹にはぜえったい当てないでよ!!」

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 津波のような勢いで畳みかける委員長に、皐月が横から割って入った。

 

「人に押し付けてんじゃないわよ。そんなに妹が心配なら自分でやんなさい」

 

「なっ……すえちゃんの命がかかってるのよ!!」

 

「姫が警察官や軍人なら何も言わなかったけどね。そうじゃないんだから『さあやれ』は通らないわ。姫はあなたの駒でも都合のいい道具でもないのよ」

 

 君原には、末摘を助ける義理はあっても義務はない。仮に何もしなくとも、道義的にはともかく法的に責められる事はない。皐月の言う通り、彼女は警察官でも軍人でもなく、単なる民間人であるからだ。何より失敗した時、君原では責任を取る事はできない。

 

 かと言ってこのまま放っておけば、末摘の命が危険で危ない事は明々白々である。時間がなく、即座に助けられそうなのが君原くらいしかいない、というのも事実だ。

 

 どちらの言い分も正しく、正しい分だけ間違ってもいる。不幸にもそれを一瞬で理解してしまい、結果として酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせる事しか出来なくなった御魂に、皐月は言葉を重ねていく。

 

「それに人質は生きていてこそだから、傷付けられても殺されはしないでしょ。眼が一つくらいなくなっても死にはしないわよ」

 

「なっ……すえちゃんがアナタみたいに捻くれちゃったらどうするのよ!」

 

「あーそーゆー事言っちゃうんだー。姫一人だけだと心もとないし、手を貸してもいいかなって思ってたのになー」

 

 実に鬱陶しい感じで皐月が煽る。とはいえこれは御魂も悪い。面と向かって捻くれていると捻くれた相手に言えば、このように捻くれた反応が返ってくるのは当然である。もちろん一番悪いのは皐月の性格であるが。

 

「ちょ、ちょっとあやちゃん、そんなイジワルしないでも……」

 

「じゃあ失敗してあの子に当てて殺しちゃったらどうすんのよ。責任取れるの?」

 

「そ、それは……」

 

 決してありえない、とは言えない未来を提示された君原は口ごもる。可能性は低いが、起きてしまったらどうしようもないのだ。それは何も言えないであろう。

 

「大体、政治家志望が利も誠意も示さずに人を動かそうなんて、片腹大激痛というものよ」

 

 片腹痛いと言いたいらしい。まあ言っている事は間違っていない。いくら妹のピンチだからといって、政治家志望が本来無関係な相手に向かって、ただ『やれ』と言うだけでは格好がつかぬし道理も通るまい。人を動かしたいのならば、利か情か、もしくはそれに代わる何物かが必要なのだ。

 

「それでもやって欲しいって言うんなら、通さなきゃならない筋ってものがあるんじゃないの?」

 

 一つきりの瞳が御魂を見据える。ハッと何かに気付いた顔の御魂は、一瞬だけよぎった葛藤を振り切り、躊躇なく頭を下げた。

 

「――――お願いします。妹を、助けて下さい」

 

「ん、いいわよ。姫と希はどうする?」

 

 軽く了承の返事を返した皐月が、君原と獄楽に水を向ける。二人はそれぞれの想いを込めて言った。

 

「やるよ」

 

「まー、ここで見捨てんのも寝覚めワリィしな」

 

「わ、私は――」

 

 残る名楽は歯切れが悪い。自分も何かしたいという気持ちと、何が出来るのかという気持ちがせめぎ合っているのだ。だが皐月も、体力クソザコナメクジな彼女に荒事方面での期待はしていない。だから一言だけ残して背中を向けた。

 

「羌子は祈ってて。ここの祭神以外の神とやらにね」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「妹を放しなさい!!」

 

「時間切れだ!! 今すぐ持って来い、でねえとこのガキを殺す!!」

 

「やめて!! やめなさい!!!!」

 

 再び犯人に近づいた御魂が、槍を振りかざし大声を張り上げている。言葉そのものは本心だが、勘のいい者が見れば、挙動が僅かにわざとらしい事に気づくだろう。

 

 『いい、委員長はとにかく目立って注意を引き付けて』

 

「もう終わ――――な、なんだ!?」

 

 たじろぐ犯人。2mほど離れた場所の扉がいきなり、破砕音と共に砕かれたのだ。それを為したのは、君原が射った矢である。

 

 『姫は電話で合図したら射って。意識を逸らせればいいから、誤射を防ぐため犯人には当てないで』

 

「がっ!」

 

 ナイフを持ったままの左手で、反射的に右目を押さえる犯人。獄楽が指で石を弾き飛ばし、正確に眼を打ったのだ。確かに指の力でも届く距離ではあったとはいえ、眼という小さな標的に狂いなく当てるとは、とてつもない精度であると言えよう。

 

 『希は確か指弾使えたでしょ。驚いて動きが止まった犯人の目を狙える?』

 

 『ああ、行けるぜ』

 

 『ならお願い。最後は――――』

 

「シッ!」

 

 ダンと足を踏み込み、皐月が犯人に向けてその全速力を開放する。空いていた距離は一瞬で詰まり、あっという間に犯人の足元に到達した。

 

 『――――私が行って、子供を取り返すわ』

 

 『なら俺も一緒に』

 

 『それも考えたんだけどね……訓練もしてないのに、ぶっつけ本番で連携出来る? 1+1で2になればいいけど、1-1で0になったら目も当てられないわよ』

 

 『それは……』

 

 『ここは少しでも足の速い私が行った方がいいでしょ。希は狙撃に専念して、私が失敗した時の後詰めに回って頂戴。ま、委員長に色々言った手前もあるし、何とかやってみるわ』

 

 犯人は本殿の建物内に立てこもっており、地面からは1mほどの高さに位置している。おまけにその間には柵があるが、皐月にとってはその程度の障害はどうという事もない。脚力に任せて飛び上がり、犯人の眼前に現出した。

 

「なっ!?」

 

 打たれた右目を押さえつつも、残る左目で事態を把握し、驚愕の表情を見せる犯人。それに構わず皐月は、末摘の着物の帯を左手で掴むと、そのまま引っこ抜くように柵を蹴って高く跳び上がった。

 

 いかな子供と言えど、15㎏前後の存在を抱え続けていた犯人の腕は疲労している。ゆえに大した抵抗もなく、末摘を奪い返す事に成功した。

 

「てめ――――」

 

 最後の悪あがきに、反射的に左手のナイフを突き出してくるが、そんなものが届くはずもない。皐月と末摘は重力に引かれて下に落ち、そのまま後ろに飛び退って距離を取った。

 

「この……!」

 

「貴様ぁ!!」

 

「死ねえィ!!」

 

 それでも諦めず腕を伸ばすが、人質という盾のなくなった犯人の末路など知れている。あっという間に前列にいた大人達に袋叩きにされ、ズタボロのボロ雑巾へと転職した。

 

「すえちゃん!」

 

 大人に交じって犯人をのした御魂が、柵から飛び降り妹へと向かう。その無事を確認するように、強く強く抱きしめた。

 

「良かった……無事で……!」

 

「ねーたん、くるしい……」

 

「ご、ごめんね。そうだ、皐月さ――――どうしたの!?」

 

 末摘に苦しいと言われて、ようやく他に気を回す余裕が出来た御魂が見たのは。右目を押さえ、歯を食いしばり蹲る皐月であった。

 

「まさか怪我したの!?」

 

「違う……わよ」

 

 じくりじくりと、無くなったはずの右眼が痛む。犯人の持っていたナイフの銀色が、存在しないはずの右眼に焼き付く。

 

「オイ、どーした!?」

 

 様子がおかしい事を察した獄楽が駆け寄って来た。

 

「何でも……ないわ」

 

「真っ青な顔で何言ってんだ! どっかケガしたのか!?」

 

「ちがう……って、言って……」

 

 痛みが強くなってゆく。眼前に銀と紅が散っていく。遠のく意識が最後に捉えたのは、慌てて走り寄って来る君原と名楽の姿であった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 『お、お前の存在は形態間平等に反している! ゆ、ゆえにこの私が裁きを与える!』『や、やった、私にだって出来るんだ! ざまあみろクソ課長!』『――――え?』

 

 

「……………………サイアク」

 

 目を覚ました皐月の視界に飛び込んできたのは、白い天井と、それをより白くしている蛍光灯の光であった。視線を少し横にずらせば、天井から吊られた薄いグリーンのカーテンが周囲を覆っている。どうやらどこぞの病院であるようだ。

 

「がんたい……」

 

 無意識のうちに右手が動き、眼帯を探す。枕元に置いてあったそれで右目を覆うと、ようやく頭の回転が戻ってきた。

 

「確か、あの後……ハア、ホントに最悪……。……………………振り切ったと、思ってたんだけど…………」

 

「菖蒲、起きたのか!?」

 

 勢いよくカーテンが開けられ、姿を見せたのは獄楽であった。その後ろには君原・名楽・御魂の姿もまたあったが、それを確認した皐月の口から出た言葉は、愚にもつかないものだった。

 

「……神社は放っておいて大丈夫なの?」

 

「お父さんが戻ったから任せて来たわ。バイトの子もいるし、短時間ならどうにかなるはずよ。……それよりもアナタよ! 身体は大丈夫なの!?」

 

「お医者さんは『身体に異常はない』って言ってたけど……」

 

「……何でもないわ。それよりさっさと退院しないと……」

 

 ベッドから身体を起こそうとするが、慌てた御魂に止められた。

 

「ちょ、ちょっと、まだ寝てなさいよ。怪我はなかったけど、倒れたのは確かなんだから」

 

「いや、そんな余裕は私にはないから……」

 

「入院費なら私が払うから。頼むから大人しくしてて」

 

「……はぁ? 自分の尻拭いくらい自分でするわ。いいから……手を離して」

 

「ちょ、ちょっとあやちゃん、寝てないと……」

 

 皐月は肩にかけられた手を押しのけようとするが、腕に力が入らない。それを見た御魂が言い募らんとした。

 

「ホラ、いつもなら私くらい――――」

 

「イインチョ、ちっと黙ってろ」

 

 そんな彼女を押しのけ、獄楽が前に出た。

 

「菖蒲、コイツはお前の言うところの『筋』ってヤツだよ」

 

「……筋?」

 

「そーだよ。委員長の妹を助けるために倒れたんだから、委員長が入院費を出すのが筋だ。違うか?」

 

「…………」

 

「後の事はこっちでやっとくから、とりあえず菖蒲は寝てろよ。妹も無事だったしな」

 

「ん……」

 

 一つきりの瞳がとろんとして、ゆっくりと瞼が落ちてゆく。程なくして、規則正しい呼吸が聞こえ始めた。

 

「……ったく、コイツも大概メンドクセー性格してやがんな」

 

「その……ありがとう。私じゃ多分上手くいかなかったわ」

 

「まーしょうがねーよ、委員長じゃあ微妙に相性ワリーだろうしな」

 

「ここだとなんだし、とりあえず外出ない?」

 

 名楽の提案で、ぞろぞろと連れ立って外に出た。ちょうど通りかかった看護師に皐月の様子を伝え、ロビーへと向かった。

 

「しっかし菖蒲が倒れるなんて……何があったんだ?」

 

「医者は『心因性のものかもしれない』っつってたが……」

 

 名楽と獄楽の言葉に、君原と御魂がどちらからともなく視線を合わせあう。御魂の方が一つ頷くと、重い口を開いた。

 

「…………多分だけど、トラウマがあるんじゃないかと思うわ」

 

「トラウマ?」

 

「アイツにか?」

 

「……ええ。二人は、皐月さんの右眼のコト、知ってるかしら」

 

 首を横に振る二人に、御魂は以前皐月から聞いた事を話していく。即ち、テロリストにナイフで抉られたという話を。

 

「んなコトがあったんか……」

 

「そのせいで、ナイフがトラウマになってるんじゃないかって事?」

 

「確証はないけれど、怪我もないのに右目を押さえてたから、そう間違ってはないと思う」

 

「でも前、家庭科で普通に包丁使ってたぜ」

 

「その程度なら大丈夫なんじゃないかしら。後ろから見てたけど、今回は目の近くにナイフが来てたみたいだから……」

 

「可能性は高そうだね……。それを『何でもない』とは、やっぱプライド高いね菖蒲は」

 

「いや、それはちょっと違うと思うぜキョーコ」

 

 獄楽の言葉に疑問顔を向ける名楽。そんな彼女に向かい、真剣さを増した顔で獄楽は言った。

 

「ありゃ野生の獣みてーなモンだ。いつでも心のどっかは警戒してて、『絶対に弱みを見せねえ』。弱みを見せたら付け込まれて死んじまうからだ」

 

「つまり、私達は信用されてないって事なのかしら……」

 

「だったら俺らの目の前で、無防備に寝たりはしねーだろ。一応信用はしてると思うぜ。ただ、それとこれは別ってだけだ」

 

「私達は、どうすればいいのかな……」

 

 君原が頭の上の耳をぺたりと寝かせ、沈んだ様子でぽつりとこぼす。それを見た名楽は、あえて普段通りの口調を保って言った。

 

「普段通りでいいんじゃない。希はああ言ったけど、菖蒲はやっぱりプライド高いとこがあるから。過剰に気遣われてると感じたら、侮辱だと思うんじゃないかな」

 

「だな。姫は細かい事気にしすぎなんだよ」

 

「希はもう少し細かい事気にしろよ」

 

「普段通り、か…………」

 

 パァン! という景気のいい音が響き渡る。御魂が両手を、自分の頬に叩き付けたのだ。通行人の目が集まるが、それを気にする事なく彼女は力強く言った。

 

「……よし! なら、私達は私達に出来る事をしましょう!」

 

「おっ、いい事言うじゃねーか。さすが委員長」

 

「三人は神社に戻ってもらえる? そろそろ流鏑馬の時間だし、二人には君原さんのサポートをしてもらいたいの」

 

「えっ、流鏑馬やるの!?」

 

「そりゃやるわよ、新年祭の伝統行事なんだから」

 

「委員長は?」

 

「私はこのまま病院に残って、皐月さんの保護者に事の次第を説明するわ」

 

「ああ、そういや電話してたね。菖蒲の携帯で」

 

「緊急事態だったんだからしょーがねーだろ。アイツも気にしねーよ」

 

「出たのは施設長さんだったけど、時間的にはそろそろ来るはずよ。説明が終わったら私も戻るけど、それまで神社の事はお父さんに任せるわ」

 

「その後はどーするよ」

 

「私は神社の仕事で動けなくなると思うから、流鏑馬が終わったら三人にはまた病院に戻ってもらうかもしれないわ。施設長さんと連絡先を交換するから、その時の状況で決めましょう」

 

「うし、なら行くか、姫!」

 

「えっちょっと希ちゃん、引っ張らないで~!」

 

「あっ待ってよ二人とも!」

 

 獄楽が君原の手を取り、名楽がその背を追って出口へと駆けて行く。病院内は走らない! という御魂の声を後ろから聞きながら、彼女らは神社へと走って行った。

 




 暑すぎてPCと作者の調子がやばたにえん。
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