【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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15話 過去は思いもよらない所からやってくるものなんだね

「私、どうしてここにいるのかしら」

 

 三月も半ばの新彼方高校。巨大な看板に紙が張り出され、その前に中学生……いや、ここの高校生になるかもしれない者達が群がっている。本日は高校の合格発表の日なのだ。

 

「そりゃキミも我がオカルト科学部の一員だからではないかね」

 

「たまにゃ働けって事だろ幽霊部員」

 

 そして在校生は、早速部活の勧誘に勤しんでいるという訳である。尤も、その自覚が薄い者も交じっているようであるが。

 

「部活に入るのはいいけど、あまり顔は出せないって最初から言っておいたじゃない……」

 

「最後来たのいつだっけ?」

 

 次のオカルト科学部部長に内定している朱池(あけち)が、げんなりしている皐月に問う。彼女は指を折って数え始めた。

 

一月(ひとつき)……二月(ふたつき)……三月(みつき)……」

 

「私が覚えている限りでは、新年に入ってからは来ていませんね」

 

 上から首をにゅいんと伸ばしたサスサススールが補足を入れる。朱池の恋人、犬養が苦笑いしつつ口を開いた。

 

「三ヶ月超えは、さすがにちょっとね……」

 

「元から数合わせなんだからいいじゃない……」

 

「センパイ、私合格しました!」

 

 その時横から、元気のいい声が飛び込んできた。君原の前ではポンコツになる事に定評のある後輩人馬、若牧綾香だ。両隣に友人を伴い、合格発表を見に来たのである。

 

「綾香ちゃん、おめでとー!」

 

「姫君の後輩?」

 

「うん、弓道道場の後輩なの」

 

「あ」

 

「あ」

 

 綺麗にハモり、見つめ合う獄楽と若牧。とは言え別に色気のある展開ではない。むしろ、三角関係の二角同士が顔を突き合わせてしまったに等しい。端的に言うなら恋敵の邂逅だ。

 

「あの…………あの時は、すみませんでした」

 

「お、おう」

 

 まあ精神年齢は高いので、どうこうなる事はないのだが。若牧は頭を下げたまま、獄楽への謝罪の言葉を続ける。

 

「頭に血がのぼってしまい、つい……」

 

「いやいいって、俺もあの時はちょっと冷静じゃなかったからよ……」

 

「二人とも、何かあったの?」

 

 ある意味元凶が尋ねるが、答えようのない二人は顔を見合わせて曖昧に笑うだけであった。君原は首を傾げるばかりであったが、まあ仕方ない。二人のデートを尾行して、それに気づいた若牧が鼻で笑った、とはさすがに言えない。

 

 そこから若牧が朱池達に折り目正しく挨拶したり、その朱池がオカルト科学部に勧誘したりと和やかに話が進んだのだが、君原が学校で弓道をやっていないと知ると一転、爆発した。

 

「センパイどうして弓道してないんですか!」

 

「この学校、弓道部なんてあったっけ?」

 

「ないな」

 

「だったら作ればいいだけじゃないですか!! 私、ずーっと思ってたんですけど! どうしてセンパイは能力があるのに大舞台を目指さないんですか! そんなセンパイに負けてる私の立つ瀬がないじゃないですか!!」

 

 言っているうちに興奮して来たのか、ガツガツと地団駄を踏んで悔しがる。その騒ぎを聞きつけ、御魂が姿を現した。

 

「騒がしいわね。どうしたの?」

 

「……そりゃこっちの台詞じゃね?」

 

「……両手に花?」

 

 ただしその両手には、女子生徒が二人ほど引っ付いていたが。

 

犬木(いぬき)っす!」

 

鴉羽(からすば)です」

 

 名前を聞いた訳じゃねえよ、という声にならない声は喉の奥に押し込まれ、皆の視線が御魂に集まる。その意味を理解した彼女は、溜息を一つ吐き出すと投げやりかつ雑な説明をした。

 

「どっちも中学校の時の後輩よ」

 

「おねーさまを慕ってここに来たっす!」

 

 敬語の『で』を省略する癖のある、犬木と名乗った方は、茶目黒髪の長耳人だ。ふわりとした髪を、肩に付くか付かないかの長さのボブヘアにしており、口調も相まって活動的な印象を与えている。分かりやすく裏表のない元気な少女、と言っていいだろう。

 

「よろしくお願いします」

 

 鴉羽は、薄い金髪に青い瞳の、角人と竜人の混合形態だ。長いウェーブヘアを背中まで垂らし、どことは言わないが豊満である。雰囲気はどことなく小悪魔めいており、良く言えば婀娜(あだ)っぽく、悪く言えば夜の街を“オジサマ”と歩いていそうな、一種の生臭い印象を与える少女である。

 男には好かれ、女には嫌われそうな感じ、と言えば何となく分かるだろうか。

 

「で、この二人の事は置いておいて」

 

「すげえ、この流れで強引に話を戻したぞ」

 

「さすが委員長の中の委員長ね」

 

 よく分からない納得の仕方をしている獄楽と皐月を無視し、御魂は君原に向き直った。

 

「全くこの子の言う通りよ。アナタには気概というモノが足りないわ」

 

「ですよね!」

 

「えー」

 

 詰め寄る御魂に困る君原、同意者を得て鼻息が荒くなる若牧。そんな三人を見ていた犬木の瞳が、眼帯に吸い寄せられた。

 

「あれ……?」

 

「ん? ……げっ」

 

 その記憶に引っかかるものでもあったのか、女子高生にあるまじき声を上げ、皐月が視線を横に逸らす。犬木の目がそれを追尾し、何かに気付いたかのように声を上げた。

 

「ひょっとして…………やっぱり!」

 

 御魂から離れ、皐月の手を取る犬木。だが皐月は意地でも目を合わせない。犬木はそんな空気を、ブルドーザーの如く完全に叩き壊して吶喊した。

 

「あの時助けてくれた人っすよね!? 覚えてるっすか!?」

 

「人違いです」

 

「なんだなんだ」

 

「どったの?」

 

 周囲の注目が二人に集まり、皐月の苦虫噛み潰し度数がぎゅんぎゅん上昇していく。お邪魔虫が離れたのをいい事に、御魂を独り占めしていた鴉羽が、顔だけを犬木に向けた。

 

「ひょっとして、中一の時にチンピラから助けてくれたって人?」

 

「違います」

 

「なんで否定するんすか!」

 

「別に隠すような事でもなくね?」

 

「そうだよあやちゃん、人助けだったんでしょ?」

 

「違います人違いです勘違いです」

 

 事情を知らない者から見ても割と一目瞭然なのだが、皐月は頑なに認めようとしない。それを見た鴉羽が、怪訝そうに犬木に問いかけた。

 

「ねえ本当にこの人なの? 金髪の長耳人とか言ってたわよね?」

 

「眼帯もしてなかったけど間違いないっす! この人っす!」

 

 自信満々に言い切る犬木。その自信は一体どこから来るのかという視線に応えた訳ではないだろうが、決定的な一言が放たれた。

 

「その死んだカブトムシのよーな左目! 見間違えるはずはないっす!!」

 

「ブフォゥ」

 

 一斉に噴き出すギャラリー。一つきりの瞳をぎらりと光らせ、彼女らを睨みつける皐月。それで大半は大人しくなったのだが、一人だけ笑いがやめられないとまらない、かっぱえびせん状態の女がいた。

 

「カブッ、カブ、カブトムシ……ッ!!」

 

「ちょっとミツ……」

 

「だ、だって、死んだカブトムシの目って……!! やば、お腹が……!」

 

 変なツボに入ってしまった朱池である。止まらない笑いに腹筋がピンチだ。尤もピンチなのは、腹筋だけではないようだが。

 

「朱池さん? 何がそんなにおかしいのかしら?」

 

「いやだってカブトムシ……カブトムシって……! ヤバイ、これはヤバイ……!!」

 

 誰に問いかけられたか気づいていない朱池が、腹を抱えながら答える。そして次の瞬間、当然のように頭を掴まれ吊り下げられていた。

 

「ああっ頭が頭が割れる割れちゃうぅぅ!」

 

「そう、そんなに喜ぶほど好きなのねカブトムシ……。ならとりあえず土に還って、カブトムシに生まれ変わってみましょうか。男の子に大人気になれるわよ」

 

「いや私にはミチがいればってちょっとマジヤバイヤバイ潰れる潰れる潰れるって!」

 

 九ヶ月ぶり二回目の感触である。回数が多いか少ないかは不明である。じたばたと手足を動かすが、やはりその程度ではどうにもならないのも変わっていない。片手で頭を掴んで人を吊り下げるという、リアル人間クレーンを見た後輩たちの目が点だ。

 

「え、片手で……?」

 

「ウッソォ……」

 

「さすが新彼方……」

 

「あやあやも支えられそう……」

 

「その怪力、間違いないっす!」

 

 これ以上ない証明を目の当たりにした犬木が、目を輝かせて飛びつく。珍しい事にうっかり墓穴を掘ってしまった皐月は苦い顔だ。

 

「あやちゃんって昔から力持ちだったの?」

 

「人馬を蹴りで2mくらい吹っ飛ばしてました!」

 

「ああ、そりゃ菖蒲くらいしかいねーな」

 

「てかどういう状況だったんだ?」

 

「昔街を歩いてたら、いかにもなチンピラに絡まれちゃいまして。一人だけだったら走って逃げられたんすけど」

 

 犬木は陸上部に所属しており、長距離では県の記録保持者である。短距離もまた非常に速い。相手に人馬が交じっていても、逃げ切る事は不可能ではなかっただろう。

 

「友達も一緒だったんで、逃げられずに困ってたんす」

 

「そこに菖蒲さんが来たという事でしょうか」

 

「はい! その人は、チンピラの一人を無言で殴り倒し」

 

 視線が無言で皐月に集まるが、彼女もまた無言を通す。意地でも目は合わせない所存のようである。

 

「うろたえる人馬を蹴り飛ばして、残りの二人もあっという間に畳んじゃったんす! その後すぐに行っちゃったんで、お礼を言えなかったのが心残りだったんす! あの時はありがとうございました!」

 

「分かった、分かったから。人違いだけど分かったから」

 

 90度に腰を曲げる犬木に、困りきった顔で対応する皐月。その様子を見た獄楽が、多少責めるように言った。

 

「そこまで否定しなくてもいいだろ」

 

「てかよく考えたら、菖蒲の中学時代のコトほとんど知らんな」

 

「藤本君が同じ中学校だったって聞いたけど……」

 

「ちらっと聞いた事はあるが、三年間ずっと違うクラスだったんだとよ」

 

「その辺り、どうなんでしょう菖蒲さん?」

 

 サスサススールに見つめられた皐月は、深い深いため息をついて言った。

 

「……今日は部活行くから。ここで話すような事でもないし、その時言うわ」

 

 なお、ぺいっと恋人に放り渡された朱池は、白目をむいて介抱されていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 路地裏の仄暗い通りを、一人の少女が歩いていた。身長は150cmあるかないかで、メガネとマスクをつけ、長耳人用の帽子を被り、その隙間から長い金髪がはみ出している。

 

 金髪が多少目立つ以外は、何の変哲もない少女と言えるだろう。いや、体格や身体のラインが出ない服からすると、少年にすら思えるかもしれない。その目さえ見なければ。

 

 右眼は特筆すべきところのない、極々普通の目だ。この国の人間に多い、黒い色というだけで特段変わったところはない。

 

 だが、左眼を見ても同じ事を言える者はいないであろう。それは、眼でありながら穴であった。今にも溢れ出さんとする昏い何かが、うぞうぞとのたうつ不吉な何かが、その穴から覗いていた。

 

 とても人の目とは思えない有様であったが、もしもその穴から感情を読み取れるのであれば、底なしの憎悪こそが見て取れたであろう。

 

 事実、彼女は憎んでいた。この世界そのものを。だからこそこうして、胡乱な場所をうろついているのだ。()()()()()()()()()()()()対象を探して。

 

「おい、もっとあんだろ?」

 

「ヒイッ!」

 

「さっさと出せや!」

 

 そしてその対象は程なく見つかった。いかにも柄の悪い三人が、気の弱そうな眼鏡を囲んで脅している。絶滅危惧種かもしれないが、特に貴重でもなんでもない上、図々しくも決して絶滅しない。絵に描いたようなチンピラが、カツアゲをしていた。

 

「…………」

 

「オラ、こんなんじゃ――――」

 

 そのうちの一人が、黒目を白目にしてばたりと倒れた。少女がそこらのガラクタを拾って、力一杯殴りつけたからだ。これがただの少女なら耐えられたのかもしれないが、生憎彼女は体格にそぐわぬ怪力だ。その腕力を無駄なく頭に叩き付けられたチンピラには、倒れるという選択肢しかなかった。生きているかどうか? それは彼女が関知するところではない。

 

「なっ、なん……」

 

 いきなりの意味不明な状況に思考が固まるが、()がそんな事を気にしてくれるはずもない。急所を蹴り上げられ、先程の焼き直しの如く地面に沈んだ。

 

「んだてめえええ!!」

 

 二人を落とされ、混乱しながらもチンピラ本能に従い、敵対者に殴り掛かる最後のチンピラ。彼女は何の工夫もなく、拳でそれを迎え撃った。

 

「んなぁっ」

 

 結果は信じがたいものであった。体格に劣るはずの少女の拳が、中身はともかく外側は成人男性とさほど変わらぬチンピラの拳を、力のみによって弾き飛ばしたのだ。

 

「死ね」

 

 その動揺に乗せて放たれた声は、存外にも若い――いや、幼いものであり。その幼さとは裏腹の重い拳が、チンピラのみぞおちに突き刺さった。

 

「おぐぅ」

 

 思わず膝をついたその頭を、遠慮会釈なしに蹴り飛ばす。最後のチンピラは吹き飛び、二人と同じように地に這う事となった。

 

「あ、あの……ひっ!」

 

 助けられた格好になった眼鏡が声を掛けようとするが、短く悲鳴を上げてしまう。ぎょろりと動いた、闇を押し固めたかの如きその左目を見てしまったのだ。

 

「ひっ、ひいいいっ!!」

 

 臓腑より湧きいずる恐怖に駆り立てられ、もつれる足をどうにか回して脱兎と化す。彼女は興味を失ったかのようにそれから視線を外すと、倒れているチンピラに目を向けた。

 

「ぅ……」

 

 この中で最もダメージが少ない、急所を蹴り上げられた男に馬乗りになり、そして。無言でその顔面に拳を叩き込んでゆく。彼女はここに、被害者を助けに来た訳でも喧嘩をしに来た訳でもない。ただ、()()()()()に来たのだ。

 

「ごふ」

 

 奇妙な声を上げ、顔面がひしゃげていくが、その手を止める気配はない。対象は別に誰だって良かったのだ。表沙汰にならないのであれば。まさに八つ当たりとしか言いようがない。

 

「ぅびゅ」

 

 年に比して不自然な程に聡明な彼女には、こんな事をしても何の意味もないと分かっている。分かっているが、それで止められるなら八つ当たりとは言わない。

 

 何故私が狙われるのか。

 何故眼を抉られなければならなかったのか。

 何故私には同族がいないのか。

 何故私にはこんな記憶があるのか。

 何故、何故、何故――――!

 

「あびゅ」

 

 何故と問う事に意味はない、そんな事は誰に言われずとも分かっている。答えが出るような類の疑問ではないし、仮に答えが出たとしても、彼女を取り巻く状況は全く変化しないからだ。

 

 テロリストに命を狙われた事実は消えず。

 右眼は喪われもはや戻っては来ない。

 この世界のどこにも、同族が存在しない事実は変わらず。

 あり得ざる『記憶』がなくなる訳でもない。

 

 高い知性は、その残酷なる事実をそのまま教えてくる。だが、いや、だからこそ。行き止まりの悪意は噴出する。行き場のない憎悪が、拳という形を取って振り下ろされる。

 

 何の意味もなくとも。虚しいだけだと分かっていても。傍迷惑と理解していようとも。そうでもしなければ、自分自身を保てぬがゆえに。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 年にそぐわぬ知性と理性と知識を持っていようとも、彼女は未だ中学生なのだ。ただの、とは到底言えぬがそれでも、自己の確立すら不確かなる年齢の。

 

「ハァ…………」

 

 荒い息を収めて立ち上がった彼女の帽子が、何かに引っかかったのか地面に落ちる。だが落ちたのは帽子だけではない。印象的だった、その金髪もまたずるりと落ちていた。そこから現れたのは、不自然な程に艶やかな黒髪である。金髪は変装であったのだ。

 

 知識や知性はこういった隠蔽工作や、この行為のデメリット、果ては戦い方まで教えてくれるが、本当に欲しい答えだけは教えてくれない。水に囲まれ渇き死ぬ、大海原の漂流者とはこのような心持ちなのであろうか。

 

「クソ……!!」

 

 バリッと歯を食いしばるが、それにもやはり何の意味もない事を理解してしまう。何も感じず考えず、ただ獣の如く暴れ回れるなら多少は違っただろう。しかし彼女の知性や理性は、それを決して許さない。その優れた頭脳は、完全に呪いと化していた。

 

 頭が良くとも力が強くとも、それで問題が解決するとは限らない。そんな事は分かっているし、解決策がないのも分かっている。だからこそ、こうして悪意を振り撒かずにはいられないのだ。

 

 何にしろ今日はもう終わりである。体力はまだ持つが、精神がもはや限界だ。制限時間だって押し迫って来ている。戻らなければならない。

 

「戻ら、なきゃ……」

 

 帽子を被り直し、ふらりとおぼつかぬ足取りで、その場を離れてゆく少女。彼女こそ、若かりし日の皐月菖蒲の姿である。いやまあ今でも十分若いので、幼いと言った方がいいのかもしれないが。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――そんな感じで、当時の私はちょっとやんちゃだったのよ」

 

 言えないところは削って語られたその内容はしかし、十二分に刺激的であった。放課後のオカルト科学部部室に集まる部員たちが、ドン引く程度には。

 

「小六の頃ちょっと大きめの襲撃があって、こりゃいかんと受け入れてくれる県外の施設を探してここに来る事になって……まあ若かりし頃の何とやらね」

 

 うんうんと一人頷いているが、同意する者は誰もいない。それはまあそうであろう、女子高生には少しばかり重い話であるからして。

 

「……金髪の悪魔って、菖蒲の事だったんか」

 

「えっ、何その厨二スピリット溢れる名前」

 

 比較的復帰の早かった獄楽が、自身の知る異名を出す。しかし皐月にとっては、全く与り知らぬ名であったようだ。

 

「本人の癖に知らねーのか? 通り魔みてーに不良連中をシメて回ってる、金髪のチビがいるって噂になってたんだよ」

 

「チビ……まあ当時は今より10cmくらい身長低かったし、変装もしてたしね」

 

「そういやあの後輩、金髪の長耳人とか言ってたね……。よく形態偽装罪で捕まんなかったな」

 

「抜け道があるのよ」

 

 形態偽装罪とはその名の通り、自分とは異なる形態に偽装するという罪状だ。特定形態への差別という事で、形態差別罪の一環として罰せられる。作り物の角や長耳等を着ける場合は、あからさまに偽物だと分かるようにしなければ、この法律に引っかかるのだ。

 

 が、これにも抜け道がある。別形態の格好をする事は許されないが、別形態用の帽子や衣服を身につける事は問題ないのだ。

 

 例えば、頭の上に耳がついている、長耳人や人馬用の帽子というものがある。長耳用の穴が開いているか、耳を収める三角形のスペースが存在するかのどちらかだが、この帽子を長耳以外の者が被っても違法にはならない。そして当然、普通の変装もまた違法ではない。

 

 従って、金髪のウィッグをつけ、伊達眼鏡をかけて長耳用帽子を被り、眼帯を外して傷痕を化粧で隠し、(存在しないが)尻尾が隠れる程の長さの上着を着れば、街を歩いていても警察に見咎められない変装の完成である。場合によってはマスクも追加する。

 

 なお金髪にしたのは、咄嗟に目を惹く特徴となる事を期待しての事だ。異名からすると、その思惑は上手く機能していたようである。

 

「そもそも、よーここに入学出来たね……」

 

「学校と施設には隠してたからね。ひょっとしたらバレてたかもしれないけど、証拠は残してないし」

 

 朱池の問いにあっさり答える。まあそうでなければ、いくら親しいと言えども決して口にはしないだろう。

 

「ホントオメーは悪知恵ばっか働くなオイ」

 

「今回ばかりはちょっと否定できないわねえ……」

 

「そ、その……今も、してるの……?」

 

 君原がおずおずと、傍から見たら微妙に勘違いされそうな事を言う。皐月はそれに、手をひらひらと振って答えた。

 

「中三になる前にやめたわよ」

 

「何か心境の変化でもあったん?」

 

「単に色々ヤバくなって来たからってだけ。一応受験もあったし」

 

 あるいは、彼女なりの厨二病であったのかもしれない。あまりにも血腥く暴力的で無意味ではあったが、今はそれなりに落ち着いているところを見ると、不要ではなかったのだろう。巻き込まれた面々は災難だったがまあ、自業自得という事で堪えてもらうしかない。

 

「言いたくなさそうな様子だったのは何故ですか? 菖蒲さんが証拠がないと言うのなら、おそらくその通りでしょうから、逮捕や補導を恐れて、という訳ではなさそうですが……」

 

「えーっと、その……」

 

 言い淀む皐月に首を傾げるサスサススール。皐月は意を決したように、しかしそれでもやはり言いづらそうに口を開いた。

 

「若さゆえの過ちを知られるのは恥ずかしいって言うか、若気の至りはあんまり公言したくないって言うか……」

 

「お前さんの羞恥心はよく分からんわ」

 

 呆れと共に放たれた名楽の言に、皆の頭が縦に振られた。

 




 気付けば15話で10万字を超えている。
 おかしい、予定ではそろそろ畳んで完結しているはずだったのに……。

 ところであんなテンプレみたいなチンピラって実在してるんでしょうか。
 少なくとも私は見た事がありません。

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