【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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17話 四方山話の山は、どこから来たのか不思議だよね

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

 新学期が始まり、二年生となった教室。今年度もまた委員長となった御魂が皐月に、おずおずと話しかけていた。

 

「この間はごめんなさい……少し言い過ぎたわ」

 

「いやあれは、あの変態が全面的に悪いから……」

 

「つい頭に血が上っちゃって……」

 

 この間の、皐月のルームメイトこと愛宕沙紀の乱行についてであった。あの後御魂は皐月にクレームを入れたのだが、頭が冷えると言い過ぎた事に気付いたようだ。というかむしろ止めてくれた相手にあの言い方はなかったのでは、と気にしていたのである。

 

「おっ、珍しい取り合わせだな」

 

 横から声をかけて来たのは、今年も同じクラスになった御牧(おまき)(まこと)だ。髪をベリーショートにした長耳人で、顔も中性的なため一見男にも見えるが、れっきとした女である。

 

「二人揃ってシケた顔してどうしたよ?」

 

「あー、ちょっとね」

 

 文字通りの恥を公言したくない皐月は口を濁す。それに首を傾げた御牧は、御魂の方に向き直った。

 

「ちーすけたちが心配なのか?」

 

「……そうね、心配ね」

 

 また変なのに集られてないか、という心の声が聞こえたのは皐月だけである。とは言え御魂も変態の話は出したくないらしく、御牧の勘違いをいいことに、本日から小学生となる自らの妹たちの話題に切り替えた。

 

「イジメられたりしてないかしら……」

 

「いや、大丈夫だろ」

 

「そうねえ。『いじめのない社会は健全ではない、いじめをする者は健全ではない』なんて言うけど、あの三つ子ならその辺りは大丈夫でしょ」

 

 いじめとは、『信頼関係が薄いが、共に行動しなければならない集団』で偶発的に起きる。いじめている間は、信頼関係のない者と共に過ごす不安を忘れられ、自分がいじめられる事もない。いじめそのものの暗い愉しさ、得られる優越感、仲間との連帯感、といった要素もまたいじめを助長する。

 

 であるからして、いじめは絶対になくならない。学校は『信頼関係が薄いが、共に行動しなければならない集団』そのものなので尚更である。もちろん、クラスメイト全員に信頼関係があれば別だが、それが可能なのは相当な小集団だ。そんな事になっているのは、進みすぎた少子化によって滅亡寸前な国くらいであろう。

 

 集団生活においていじめをゼロにしようと言うのは、マグロに泳ぐなと言うに等しい。止まったマグロは窒息して死ぬばかりである。

 

「不吉な事言わないでよ」

 

「まー心配ねーよ。あいつらがイジメられてるとこなんて、どーやっても思いつかねえしな。ちーすけたちなら、どこでも上手くやってくだろ」

 

「そうそう、子供の成長って思ったより早いものよ。ましてやあの三人なら、心配するだけ無駄じゃない?」

 

「そう……かしら」

 

 子離れできない母な御魂は憂い顔だ。正確には姉だが、まあ実質的なところを考えればどちらでも変わりないだろう。そんな御魂を尻目に、御牧は皐月に問いかけた。

 

「妹か弟でもいんのか?」

 

「どっちもいないけど、施設に小さい子はそれなりにいるから」

 

「あっ…………ワリィ」

 

「別に謝る必要はないけど……」

 

 不思議そうな顔だ。そもそも何故謝られるのか、よく分かっていなさそうである。御牧は自らのみが感じる気まずさを振り払うように、一つ咳払いをした。

 

「そ、そーいやよ、皐月の小学校の頃ってどんなんだったんだ?」

 

「小学校? 特に変わんないわよ?」

 

「いや、変わんねーってこたぁねーだろ。大体どこの小学校だったんだ?」

 

「県外だから知らないと思うわ」

 

 そのやり取りを聞いて地味に焦ったのは御魂である。彼女は皐月の詳しい事情こそ知らないが、今まで聞いた話から、大体のところは当たりをつけている。そしてそれは概ね正しい。こういう事に頓着しない皐月によって事情が明かされれば、真っ当な神経を持つ御牧は多少なりとも気に病むであろう。ゆえに話を逸らすべく、御魂は御牧に話題を振った。

 

「ア、アナタは小学校の時からほとんど変わらないわよね」

 

「そうか? これでも色々成長してると思うんだがな」

 

 無知なる御牧は、気遣いの女御魂によって知らぬ間に地雷を回避した。地雷原にその自覚がない辺り性質が悪い。

 

「そーゆータマこそ、かなり変わったよな」

 

「そうね……」

 

「そうなの? どんなふうに?」

 

「当時のあだ名が『お人形ちゃん』だった」

 

「嘘やろ工藤」

 

「ホンマや工藤」

 

「いや誰よ工藤」

 

 全く信じていない。衝撃に思わずエセ関西弁になってしまう程である。まあ現在は人形とは程遠いオカンだ、無理もなかろう。

 

「マジで小学校の頃は、人形みてーな感じだったんだよ。口数もあんま多くなかったし、表情もあんま変わんなかったし」

 

「想像つかないわねえ……」

 

「苦労してたかんなあ……」

 

 しみじみと言う御牧。彼女は小学校から御魂と付き合いがあり、色々と相談も受けている。ゆえに、色々と思うところがあったのであろう。

 

「……ん? その理屈だと、苦労してたのに全く変わってない私はどうなるのかしら」

 

 無自覚系自走式地雷が戻ってきた。焦る御魂が何かを言う前に、御牧が口を開く。

 

「苦労してたんか?」

 

「死ぬほどね」

 

 比喩でも何でもないのだが、そんな事は露ほども知らない御牧は笑う。

 

「なんだそりゃ、大袈裟だな」

 

「大袈裟だったら良かったんだけどねえ……」

 

「ホ、ホラ、それより!」

 

 少々わざとらしくも御魂が声を張り上げる。気遣いと苦労の似合う女、御魂真奈美である。オカン系JKは伊達ではない。

 

「そろそろ時間よ、席に着きなさい!」

 

「はいはい」

 

「委員長は二年になっても委員長ねえ」

 

 その時ちょうどチャイムが鳴り、二年生最初のホームルームが始まった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

『自由・民主・平等! 何故我らには、人類の普遍的原理が適用されないのか! このような不正義に対し、我らはやむなく立ち上がったのである!』

 

 放課後のオカルト科学部部室。名楽の持つスマホの長方形の画面には、カエル人間が吠えている様子が映し出されていた。ちなみに言語は、両棲類人のものでも現地のポルトガル語でもなく、英語である。

 

「センパイ、何見てるんです?」

 

「ニュースサイトだよ」

 

 君原を追って入部した、新入生の若牧(わかまき)綾香(あやか)が画面を覗き込む。

 

「これって両棲類人ですよね。何かあったんですか?」

 

「こないだからキナ臭かったが、ついに武装蜂起したっぽいな」

 

「へー、両棲類人ってネット使えたんですねえ」

 

 大して興味もなさそうに言ったのは、若牧を追いかけて入部した鴉羽(からすば)天音(あまね)だ。その少々迂闊な発言に、名楽が眉を顰めた。

 

「おい鴉羽、その言い方だと差別罪とられるぞ」

 

「あぁ分かってますよぉ、そういう意味じゃありません。両棲類人って現地だと動物扱いなんでしょう? なのに、どうやってスマホとかを手に入れたのかと思いましてぇ」

 

 態度は適当な割に、着眼点は適切である。確かに『両棲類人は単なる動物』というのが現地政府の公的見解なので、それがスマホの契約を出来るはずがない。盗んだところで、即座に契約を切られるのがオチだ。

 

「現地に協力者でもいるんじゃね?」

 

「交易をしてるって聞いた事があるから、そこから手に入れたんじゃないかな? 月々の使用料くらいなら交易で稼いで、代わりの人に払ってもらえばいいし」

 

 獄楽と君原が自然な見解を述べる。確かにそう考えるのが、最も無理のない流れであろう。

 

「いや、他にも可能性はあるわよ」

 

「てーと?」

 

「一つはジャン・ルソー氏ね」

 

 皐月が出したのは、以前この学校に講演に来た両棲類人の名前だ。確かに彼ならば、経済的には問題はない。動機にも十分なものがある。

 

「少数民族保護もやってるって話だし、オトモダチに融通利かすくらいはしてもおかしくないんじゃないかしら」

 

「あー、ありそうだな」

 

「そういう内容の話もしてたもんね」

 

「もう一つは、南極人ね」

 

 その言葉に、この場における唯一の南極人、サスサススールに視線が集まる。彼女は少々狼狽えた様子で聞き返した。

 

「わ、私達ですか?」

 

「南極人は両棲類人の神なんでしょ? だったら信者に応えてやろう、と考えるのが出る可能性はなきにしもあらず」

 

「と言われましても……。私達は基本的に政治には口を出しません。それが流血を伴うなら尚更です」

 

「つってもねえ……南極人にも色々いる、ってのは現在進行形で証明され続けてる訳だかんね」

 

 サスサススールをじっと見ながら名楽が言う。彼女の言う通り、南極人にも思想的多様性があるというのは、今まさにサスサススールが証明しているところである。その多様性が両棲類人に向けられたとて、不思議なところはどこにもない。

 

「うーん、決して無いとは言い切れませんが、中央の情勢はちょっと分かりませんし……」

 

「どっちにしろ、両棲類人に外部から入れ知恵したのがいるのはほぼ確実だし、それが南極人である可能性はゼロじゃないでしょ。確率が高いか低いかは知らないけど」

 

「入れ知恵?」

 

 分からない事があったら聞く、というのが条件反射になっている獄楽が首を傾げる。彼女も考えれば分かるはずなのだが、その気は全くなさそうだ。

 

「さっき鴉羽さんが言ってた通り、両棲類人は現地では動物扱い。当然国際情勢には疎いはずなのに、『自由・民主・平等が人類の普遍的原理』だなんて、一体どこから知ったのかしらね」

 

「それだけならまあ誰かから聞いたって事でもいいが、蜂起の名目にまでしてるんだからな。人類社会にかなり詳しいヤツが裏にいる、と見るのが自然だろ」

 

「さらに言うなら、それなり以上の信頼関係があると思ってもいいわね。じゃなかったら意見なんて受け入れないし、そもそも聞く事すらないもの」

 

「安易に種族間闘争にしなかったのもソイツの考えかもな。種族間の戦いは殲滅戦になりやすいし、そうなったら数に劣る両棲類人は勝てない。でもそういう冷静な意見は、中からだと中々出てこんからな」

 

 皐月と名楽が揃うと、こういう話はテンポよく進む。首を横に傾けたサスサススールが問いを発した。

 

「皆さんは、最終的にはどうなると思いますか?」

 

「どうっつってもなあ、普通に考えたら両棲類人にゃ勝ち目はねーよな」

 

「数が違い過ぎますからね。確か両棲類人は、老若男女全部合わせても数万程度でしたっけ?」

 

 サスサススールに答えた若牧が、無意識に君原の方を見る。

 

「ブラジル政府は戦車とか戦闘機も持ってるもんね」

 

「ジャングルで戦うなら地の利はあるだろうが、ランチェスターの法則を覆せる程とは思えんしな」

 

「ランチェスターの法則?」

 

 聞き覚えのない単語を聞きとがめた獄楽に、皐月と名楽が説明していく。

 

「『軍隊の戦闘力は武器効率と兵力数で決まる』という事実を法則化したものよ。

 第一法則が『戦闘力=武器効率×兵力数』。

 第二法則が『戦闘力=武器効率×兵力数×兵力数』」

 

「前者が接近戦、後者が銃を使う遠距離戦での話だな。ざっくり言うなら、戦いは数が多い方が勝ち、それを覆すには良い武器がいる。そんで銃で撃ち合うような戦闘だと、その傾向が顕著になる、ってコトだ」

 

 詳しくやり始めるとそれこそ本が書けるので割愛するが、今重要なのは第二法則の方である。数が少なく武器の質でも劣る両棲類人が正面から軍と戦えば、どうやっても勝ち目はない事を、この法則は証明している。

 

 これをひっくり返すには、何らかの『強力な武器』が必要となる。無論効果があるのなら、軍事的なものに限らず政治的な武器でもいい。それを用意できるかどうか、勝敗はその一点にかかっていると言えるだろう。

 

「なんつーか当たり前の話だな」

 

「まあその当たり前を法則化したモンだからな」

 

「でもよ、俺一人でも素人五人くらいなら畳めるぜ。菖蒲だってそんくらい出来るだろ?」

 

 言外に、『素手同士の戦いで人数差があるのに、どうして人数の少ない方が勝てるのか』という意を込めて尋ねる獄楽。その意図を正確に汲み取った皐月が答えた。

 

「『戦闘技術』も『武器効率』に含まれるのよ。この場合は、希が持ってる『空手の技術』という『武器効率』が人数差を覆した、という事になるわね」

 

「ほー、なるほどなー」

 

 もっと言うなら、その技術を用いて敵を各個撃破した、とも表現できる。一対五では勝つのは難しいが、一対一を素早く五回繰り返すなら十分勝てる、という訳だ。

 

 ちなみに互いの人数が多くなればなるほど、こうした技術で人数差をひっくり返すのは難しくなる。一人で数人倒せる達人と呼ばれる人間は存在するが、数が少ないからだ。そうすると必然的に、『大勢の中に達人が少数入っている』という形になる。その達人が何十人、何百人と倒してくれるのならともかく、実際は疲労するので上限がある。そうすると、達人と言えども少数では数の差に飲み込まれてしまうのだ。

 

 もちろん軍勢全てを達人にすれば、少数で多数を駆逐する事も理論上不可能ではない。しかし現実的にはまず無理なので、大人数同士の戦いでは数こそがものを言うのである。

 

「それでは、両棲類人には勝ち目はない、という事なのでしょうか?」

 

 逸れかけていた話を、サスサススールが自然に引き戻す。それに応答したのは皐月であった。

 

「そりゃこのまま正面から戦えばね。でも、何を勝利条件にするかによっては変わって来るかも」

 

「と言うと?」

 

「両棲類人の勝利条件は、自分達を人間だと認めさせ、各種権利を得る事。そしてそれは半分成功している」

 

「さっきの動画、英語で喋ってたしな。国際的なアピールって意味だろうし、ニュースで取り上げられてる以上、それは成功してると言える。大統領に国境を超えて批難が集まってるのも事実だ。まあ迂闊な発言をしたのも悪いんだが」

 

 『腰ミノつけたカエルなど、さっさと駆除してしまえ』と言い放ったせいである。平等を是とする国際社会でそんな事を言えば、そりゃあ批難もされるだろう。

 

「対して政府側の勝利条件は、今まで通り両棲類人は単なる動物であると通すか、残らず殲滅してしまう事。でも前者は実質的に不可能」

 

 先程の動画がネットに出た以上、両棲類人が知的生物であると世界が知ってしまった。もはや単なる動物であるという主張は通らない。

 

 また、単なる動物扱いに戻るようならば、両棲類人はそれこそ死んでも戦うだろう。かかっているものを考えるならば、彼らが引く事はありえない。

 

「そして後者は物凄く難しい」

 

「そーなんか?」

 

「ええ。ベトナム戦争を考えれば分かるけど、ジャングルに籠る戦力を排除する、ってのは非常に難易度が高いのよ」

 

 障害物の多いジャングル内だと、銃器の有効射程範囲が落ちるのだ。また、防衛側には地の利があり、罠を仕掛ける事も出来る。その結果、ランチェスターの第二法則ではなく第一法則に近い状況になってしまう。つまり、人数差が活かしづらくなる、という訳だ。

 

「じゃあ、枯葉剤とか……」

 

「自分の国でんなコトしたら、大統領の首だけじゃすまんかもな」

 

 ジャングルは水源地でもあり、その水を利用しているのは当然両棲類人だけではない。そもそも自国領土に枯葉剤など、ジャングルでなくとも国民が許すまい。ブラジルが民主主義国家である以上、民意を大きく無視した作戦は行えない。同じ理由で、大規模爆撃やBC兵器も不可である。

 

「まあそこまでしなくても、戦車とかを使えば最終的には政府側が勝つわよ。RPGとかの対戦車兵器があっても、今は対策もあるし。ただ」

 

「ただ?」

 

「被害がかなり出るはずだから、そこまでやる意義があるのかって問題が出て来るのよね。そもそも殲滅戦って効率悪いし、被害を出し過ぎたら国そのものが傾くわ」

 

 戦争が政治の一手段である以上、勝ったところで後に響くのなら意味がない。両棲類人は殲滅しました、しかし被害が出過ぎて国際社会での発言権を失った上、クーデターが起きて政権が崩壊しました、では割に合わないという事だ。

 

「つまり、どーなるんだ?」

 

「どっちも勝利条件を満たせず、ドロドロの泥沼になるかも、ってコト。両棲類人が都市を占拠するのも、軍がジャングルの両棲類人を殲滅するのも難しいかんね」

 

「決定的な勝利を収めるには、外部からの介入が必要って事でもあるわね。まあその前に、どこかでお互い妥協して落としどころを見つけるかもしれないけど」

 

 名楽と皐月が話をまとめる。今まで横で聞いているだけだった鴉羽が、半ば呆れたように口を開いた。

 

「センパイたちって、いっつもこんな話をしてるんですかぁ?」

 

「いつもって訳じゃないけど……まあ、それなりにね」

 

「ふーん」

 

「興味なさそうだね」

 

「そりゃあ、地球の反対側で起きてるコトですし? 私達にはもっと大切な事があると思うんですよねぇ」

 

 席を立ち、若牧に近づいていく鴉羽。その目はどこか妖しい光を湛えていた。

 

「例えば、来年あやかと同じクラスになれるのか、とか」

 

「ちょっと……」

 

 言葉と共に、若牧の首に両手を回し身体を密着させてしな垂れかかる。その仕草は随分と手慣れており、豹のように優雅で、遊女のように艶めかしい。残念ながら、同性の若牧には全く通じていないようであったが。

 

「センパイたちは今年も同じクラスだったからいいですけど。私は別のクラスですから、来年に期待するしかないんですよぉ」

 

「分かったから離れて」

 

「えぇー、いいじゃない」

 

「あなたがよくても私がよくないの」

 

「ケチー」

 

 ぐいっと力で押しのけられる鴉羽。若牧は一見華奢だが、人馬なので力はある。不満顔な鴉羽に、皐月がストレートに問いを投げた。

 

「鴉羽さんってレズなの?」

 

「ぶっ」

 

「レズじゃないですぅ、百合ですぅ」

 

「ちょ」

 

 噴いたのは君原で、焦ったのは若牧だ。特に若牧は、どう考えても狙われているので焦りも一入(ひとしお)である。

 

「同じじゃない」

 

「違いますー、百合は清純なんですぅー」

 

「レズでも百合でも、本当に清純なら自分ではそう言わないわ」

 

「ならセックスしてみます? 私がチョー清純だって分かりますよ。センパイは頭いーし美人だし、人間的にも興味深いので許容範囲内です」

 

「清純は清純でも、清純派AV女優の清純じゃないかしらそれ」

 

 職業に貴賤はないが、AVに出ている時点で清純ではあるまい。むしろ、たった七文字の中に矛盾を詰め込めるセンスを称賛すべきところなのかもしれない。

 

「私が抱く基準はお金じゃないし、AVにも出ませんからAV女優じゃないですよぉ」

 

「何でもいいけどノーセンキューよ。私レズじゃないし」

 

「そうですか? 気が変わったらいつでも言ってくださいねぇ」

 

「世界が滅んでもそんな日は来ないわ」

 

「なんでお前らコントしてんだ」

 

「掛け合い漫才というものでは?」

 

「スーちゃんスーちゃん、それ多分何か違うよ」

 

 むしろこのやり取りの方が余程掛け合い漫才なのだが、気付いていないようである。そこで鴉羽が、何かを思い出したような表情でパンと手を叩いた。

 

「そうだ、この前言い忘れてたんですけど」

 

「何?」

 

「オカルト科学部の名称変更を提案しまーす」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「だって先輩達、オカルトに興味ないでしょ?」

 

「ないな」

 

「ねーな」

 

「怖いのやだし」

 

「そもそもオカルトがよく分かりません」

 

「私もあんまり興味ないかな」

 

 二年生の四人と、若牧の意見が完全に一致する。だが一人だけ、意見を異にする者がいた。

 

「興味がない訳でもないんだけど……」

 

 言い淀んだのは皐月であった。神は信じていなくとも、現代科学で説明できない事象が存在する事は疑っていない。言うまでもなく、自分自身がその証明であるからだ。

 

「意外だな」

 

「菖蒲さんは、そういった事に興味がないと思っていましたが」

 

「……まあ色々あるのよ。でも改名には賛成するわ。最初に聞いた時、何の部活だかさっぱり分からなかったもの」

 

 なんせオカルト科学部である。これで何をする部活か分かるなら超能力者だ。それはそれでオカルト科学部にふさわしいかもしれないが。

 

「なら民俗研究部とかでいいですね。部費で物見遊山する名目も立ちますし」

 

「いい提案だね。まあ今日は部長の朱池と犬養がいないから、正式決定はまた後日として。民俗研究、早速行ってみようか」

 

 名楽がひょいと出したのは、ムンクの『叫び』のような顔をした、しかしどこかコミカルな印象をも与える女性が全面に印刷された、長方形の紙の束だった。

 

「何それ?」

 

「オヤジにもらった映画のチケット。『怨念おんねん』の最新作」

 

「ホラーかコメディか、いまいちはっきりしないネーミングねえ……」

 

 どうやら本日の『民俗研究』は、B級と思しき映画鑑賞に決定されたようであった。

 




 『よもやも(四方八方・四面八面)』がなまって『よもやま(四方山)』。
 なので四方山(よもやま)の山は、単なる当て字。

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