【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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18話 アイドルは元々崇拝対象って意味だから、南極人にはピッタリなのかも

「ここがニルちゃんの所属事務所かあ」

 

「なんつーか、エライ建物だな」

 

 いつもの五人が見上げるのは、四階建てのビルである。何の変哲もない……と言いたいところだが、獄楽の言う通り変哲のあり過ぎる建物だ。

 

 最上階に『リリスタジオ』という看板がかかっている、それはいい。が、その下の三階には『大惨寺』、二階には『大惨神社』という看板が出ている。

 

 何でビルに寺と神社が入っているんだとか、同じ名前なのは神仏習合の名残なのかとか、そもそも何故寺と神社の上に芸能事務所を入れてしまったのかとか、どこから突っ込んでいいのか分からぬ有様である。

 

「あの子がアイドル……心配です」

 

「上司のファルシュシュさんの許可は出てる、って言ってたじゃない」

 

「それは、そうですが…………心配です」

 

「姉は大変だぁね」

 

 そんなカオスなビルに来たのは、サスサススールの妹、ニルニスニルニーフがアイドルになると言い出したからである。任務も命令もなく、ぶらぶらしているところをスカウトされたとの事だ。そんな妹に不安いっぱいの姉は、それでも実質的ニート脱出を見守るべく、友人と共にその事務所を見学に来たという訳である。

 

「アイドル……枕…………生殖能力……というか、穴はあるのかしら……?」

 

 小声で皐月が呟く。初手で芸能界の暗黒面を連想する辺り、性格が透けて見える。

 

 それはそれとして、一般的南極人に生殖能力があるのかどうかは確かに気になるところだ。これがミツバチなら、女王が抑制しているだけなので働きバチにも生殖能力はある。だが南極人は、肉体をかなり直接的にいじれる技術を持っているようなのだ。それを用いて、一般的南極人から生殖能力をオミットしている可能性はある。

 

 これにはメリットもデメリットもある。デメリットは、女王に何かあった場合の予備が少なくなる、という点だ。その危険性は言うまでもない。

 

 逆にメリットは、生殖に使うはずのエネルギーを他に回せる、という点である。有名どころで例を挙げるならば、染色体を通常の二対ではなく三対持つ、三倍体であろう。生殖能力はないが、性成熟のためのエネルギーを成長に回せるため、巨大かつ長寿になる。三倍体のニジマスの中には、何と体重20㎏を超えるものすら存在したという。

 

 これと同じ事が、一般的南極人に起きている可能性は低くない。南極人通常種は、総じて高い知能を持つからである。7ケタの掛け算を一瞬で計算し、外国語を母国語と同等以上に使いこなし、一部では哺乳類人を超えた技術をも有している。分野によっては明らかに哺乳類人以上のその頭脳は、生殖能力と引き換えだとしてもおかしくはない。

 

 とはいえ、何らかの証拠や証明がある訳ではない。今現在、南極人の生殖について確かなのは、卵生でありその卵は女王のみが産む、という事だけだ。ゆえに、一般的南極人の生殖能力の真相は藪の……いや、蛇の卵の中である。

 

「おい、何アホな事言ってんだ。行くぞ」

 

「ごめんごめん」

 

 聞こえていたらしい獄楽に促され、皐月は皆と共にビルの中へと入って行った。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おー」

 

「うめーな」

 

「上手いね」

 

「ニルちゃん上手ー」

 

 巨大なガラスの一枚板の向こう側で、同じくアイドルを目指す事務所の同僚達と共に、ニルニスニルニーフがダンスのレッスンに励んでいる。初心者ながらその動きは非常に洗練されており、今すぐにも舞台に立てそうなほどである。

 

 芸能に直接携わる事自体南極人初らしいが、全くそんな事は感じさせない完成度だ。姉のヘロヘロダンスとは比べ物にすらならない。

 

「サスサスはワタシより体力ないけど、ニルニルは違うんかな」

 

「いえ、体力という面では、私と大きな差はないと思います」

 

「どっちかっつーと、運動神経の差だな。ダンスに必要なのは、思った通りに身体を動かす能力だろ」

 

「長丁場になるなら体力は必要だけど、踊るだけなら記憶力と運動神経の話になるものね。ああ、後は身体の柔らかさもか」

 

 記憶力が良いのなら、ある程度体力の代用にもなるだろう。常人が十回で覚える事を一回で覚えられるのならば、九回分の体力が浮く。もちろん長時間のライブ等では意味がないが。

 

「どうです、あなた方も芸能デビューしてみませんか」

 

 君原の方を見て勧誘するのは、この事務所の社長兼プロデューサー、権堂(ごんどう)リリ氏である。どう見ても芸名だが、れっきとした本名だ。四十代前半の翼人男性で、剃っているのかスキンヘッドで眼鏡でも、れっきとした本名だ。

 

「いえいえ」

 

「いやいや、十分イケると思うんですよ」

 

「校則がイケないと言ってますから」

 

「菖蒲はどーだ? バイトの許可は出てんだろ?」

 

「放課後に数時間ならともかく、アイドルはさすがに無理でしょ。仕事があるから学校を休みます、って言って通ると思う?」

 

「無理だぁね」

 

「だろうなぁ」

 

「それに私、今年の夏休み前でバイトは辞める予定だから」

 

「そうなの?」

 

「元々そういう約束だったもの」

 

 つまり二年生の夏休みから受験勉強に集中する、という事である。それまでになるべく稼がなければならないので、部活にはほとんど出なかったのだ。

 

「それでも物は試しです。折角いらしたんですから、レッスンを一度体験されてみては」

 

「姫ちゃんたちも踊ろーよー」

 

 ガラスの向こう側から、ニルニスニルニーフが大きく手を振っている。姉の威厳を理由に断ったサスサススールと、間違ってもアイドルというガラではないからと、右に倣えで断った名楽を残し、君原、獄楽、皐月の三人がレッスンルームへと入った。

 

「お、菖蒲もやんのか」

 

「アイドルになる気はないけど、どういう事をするのか興味がない訳じゃないから。要するに単なる好奇心」

 

「いやいや、そういう子が案外売れたりするのよ」

 

 長耳人のダンストレーナーが言う。皐月はそれに、右目を覆う眼帯をコツンと叩いて返した。

 

「いえ、どっちにしろこの目では無理でしょう」

 

 傷痕が残っているので、眼帯は外せない。ファンデーションで隠す事は出来るが、反対側の左目にはハイライトがないため、違和感が酷い事になる。顔こそ整ってはいるが、アイドルとしては少々厳しい条件であろう。

 

「そのくらいなら何とでもなると思うけどね。ま、今はいいわ。とりあえず最初に私がやるから、それを真似してみて」

 

 彼女の見本に続けて、三人がステップを踏む。君原はわたわたと、皐月は形は出来ているが少し硬く、獄楽は極々スムーズに。

 

「どーした、姫は演技得意だろ」

 

「ダンスとお芝居は違うよぅ。あと演技が得意って、性格悪いみたい」

 

「悪女の姫か……案外ハマってるかも?」

 

「もーあやちゃん、イジワル言わないでー」

 

「菖蒲の方は、あと何回かやればイケそうだな」

 

「記憶はしてるからね。再現には時間かかるんだけど。姫は何であんなにズレるのかしら」

 

「周り見て合わせてっからだな」

 

「そーは言ってもぉ」

 

「なんなら目ぇ閉じてやってみな。こんなカンジで」

 

 言うが早いか、本当に目を閉じてステップを踏み始める獄楽。その動きは素人目でも完璧であり、直すところが見つからない。プロのダンストレーナーすら感心して見ているほどだ。

 

「――――とまあ、こんなモンだな」

 

「すごーい、でも私にはムリー」

 

「やれば出来ると思うけどねえ」

 

「そうそう大丈夫よ、練習すれば考えなくても動けるようになるから」

 

「えー、ムリですよぉ」

 

「それなら君達、歌う方もちょっとやってみない?」

 

 いつの間にか部屋に入って来ていたリリ氏が提案する。人魚のボイストレーナーにニルニスニルニーフが付き、手本として歌い始めた。

 

「うめぇなオイ」

 

「ニルちゃん、歌も上手ー」

 

「へへー」

 

「サスサスも歌は上手かったわねえ……南極人の特性なのかしら」

 

 適切な例えかは不明だが、まるで写実画のような歌であった。ピントがボケておらず芯があり、かといって手本そのままでもない。自らの主観と感情が籠められた、人を惹き付ける『歌』であった。

 

「それじゃ、希ちゃんから」

 

「おう」

 

 獄楽がニルニスニルニーフを手本に歌い始めたが、何と言うかこう、微妙である。音痴ではない。音程が外れている訳でも、ズレがある訳でもない。だが、微妙としか形容出来ない、途轍もなく絶妙な下手さであった。

 

「希ちゃん、歌は下手だね」

 

「悪かったな」

 

「じゃ次は、そっちの人馬の子」

 

「私?」

 

 君原の歌は、一言で言って上手い。パステル画のように柔らかく、人に安心感を与える声だ。子供に読み聞かせる童話のような、寝かしつける子守歌のような歌である。

 

「上手いわね」

 

「えへへー」

 

「いいよいいよー、随分聞かせ慣れてるね」

 

「最後は菖蒲だな」

 

「ん」

 

 こちらもまた上手い。ただしプロのような上手さではなく、普通に上手いといった印象だ。カラオケでは高得点を取れるが、このままではプロとしては通用しない、という感じか。低めのハスキーな声も相まって、描き込まれた油絵のような、重さのある歌である。

 

「あやちゃんも上手だね」

 

「でも姫とニルニルのが上だな」

 

「まあそうね」

 

「歌は悪くないけど、声と曲が合ってないわね。曲を変えたらもっと良くなるわ」

 

 ボイストレーナーが提案する。確かに明るい曲調と、女性にしては低い皐月の声は合っていないと言える。

 

「というと?」

 

「そうねえ……この曲なんてどうかしら」

 

 椅子に腰かける人魚が歌うのは、低く重く、暗雲垂れこめるような歌だ。重厚で負の情念を感じさせる、低い音質に合った曲調である。ただ、彼女らを驚かせたのはそこではない。

 

「すごい、あやちゃんの声だ」

 

「人魚のプロ、パネェな」

 

 その喉から出て来たのは、皐月の声だったのだ。声帯模写である。人魚は先天的に歌が上手いとは言われているが、事実であったようだ。ここまで来ると努力云々でどうにかなるものではないだろう。凄いとしか言いようがない。

 

「ハードル上げられてない……?」

 

「大丈夫大丈夫、やってみれば案外できるものよ」

 

「と言われても……何かコツとかありません?」

 

「コツ? そりゃあ技術的なのは色々あるけど、すぐに出来るようなものじゃないし……。後はそうね、歌にどれだけの感情を籠められるか、というのが一つの指標になるわ」

 

「感情、ですか」

 

「ええ。感情を歌に籠めて、聞き手の感情を揺さぶるの。一流のプロは、どんな形であれ皆それが出来る人達よ」

 

「余計難しそうなんですが……」

 

「ま、物は試しよ。とりあえずやってみたら?」

 

「それもそうですね」

 

 深呼吸を一つして、歌い始める。重い曲調に合った感情。それはすぐに見つかった。

 

 この世界への憎悪、理不尽への嚇怒、自らの居場所はここではないという拒絶と閉塞。以前よりは落ち着いたとはいえ、決して無くなった訳ではない。むしろ普段は表に出ない分、薄皮一枚下ではより濃く、ヘドロのように蠢いている。煮え立つマグマの如き悪意は、今なお消える事なく燃え盛っている。

 

 重厚で重密な曲に、負の激情を乗せて歌う。重く、苦しく、それでもなお別ちがたい、己の一部を否応なく占める感情を。爛れた熱をひたすらに感じさせる、カンバスに硫酸をぶちまけたような、そんな歌と化した。

 

「―――どうかしら」

 

「重いわ」

 

 わざと軽くバッサリと言い切ったのは獄楽である。彼女に視線を合わせ、皐月は軽く首を傾げた。

 

「そう?」

 

「……なんか、背筋がぞわぞわってした」

 

「……そう言われると、私がゴキブリか何かみたいなんだけど」

 

「そ、そういう意味じゃないよぉ!」

 

「色は似てんな、黒いし」

 

「希ちゃん!?」

 

「いや、才能あるわよアナタ」

 

 割と真剣な表情で言ったのは、ボイストレーナーの人魚であった。お世辞を言う意味もない以上は、本当に何らかの才能を感じ取ったのであろう。

 

「ねえ、本気でアイドル目指してみない?」

 

「いえ、その気は無いので。それに、こういう風に歌うと――――」

 

 そこで皐月は、(おこり)のように大きく息を吸いこみ、それを吐き出すと共に言った。

 

「――――気分が荒みます」

 

 普段から死んだ魚の目であるが、今はそれより酷い。まるでタールか泥のような濁り具合である。それを見た人魚はびくりと体を固まらせ、獄楽が大きな溜息をついた。

 

「……しゃーねーなー。ちっと身体動かすか?」

 

「……ごめんお願い」

 

 社長にさっと許可を取ると、ちょうど休憩時間だったアイドル志望たちに場所を空けてもらい、二人は木張りの床の上で向かい合った。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「フッ」

 

 皐月の死角である右目側に回り込み、その勢いのまま獄楽が一足飛びに踏み込む。軽業師のように身軽で、風に舞う羽のように重力を感じさせない動きだ。

 

「シィッ」

 

 対する皐月は素早く顔をそちらに向けると、その場から動かず右拳を突き出す。本人としては軽く打った一撃であったが、それでも列車砲の如き一撃だ。体格差も大きい以上、当たればただでは済まないであろう。

 

「――っと!」

 

 防御しても上から叩き潰される、と一瞬で判断を下した獄楽は回避を選ぶ。獄楽からは左側、皐月からは右手の外側、即ち完全なる死角側に再度回り込まんとする。

 

 そうなれば完全に勝ち目は消えると理解した皐月は。右手を鞭のようにしならせ、思いっきり外側に反らした。

 

「捕まえたァッ!」

 

「うぇっ!?」

 

 目一杯外側に反らした皐月の右手が、獄楽の腕を鷲掴む。このまま力比べに持ち込めれば皐月が勝つ。何なら握力で握り潰してもいい。だがそうならないのもよく分かっている。技術では獄楽の方が上だ。

 

 だから皐月は。振りほどかれる前に、その腕を力尽くで、上に勢いよく振り上げた。

 

「マジかッ」

 

 カブのごとく引っこ抜かれ、冗談のように宙を舞う獄楽。いくら体格差があるからと言っても、それこそ冗談のような力だ。ちょっと、というか大分、人間離れして来ているような気がしないでもない。まあクラスメイトの小守は、150㎏越えの人馬相手に同じ事が出来るのだが。

 

 空中に放り出されてしまえば、技術云々は関係ない。落ちるところを狙われれば、どんな達人だろうが出来る事など知れている。

 

 だがそこは、転んでもただでは起きないならぬ、飛んでもただでは落ちない獄楽だ。空中で体勢を整えると、付き過ぎていた勢いを利用して天井に両足をつき、そのまま流星のように蹴りを繰り出した。

 

 天井まで3mはあるのだが、これは皐月の力が凄いのか、それとも獄楽の体捌きが凄いのか、判断がつきかねるところである。

 

「うりゃっ!」

 

「アァッ!」

 

 重力と脚力を味方につけた獄楽に対し、皐月はその場での迎撃を選ぶ。振り上げたままの右手を左側に振りかぶり、踏み込む右足と共にしなる裏拳を天に叩き込む。獄楽の足と皐月の拳がぶつかり合い、弾き飛ばされた獄楽が空中でくるりと回る。飛ばされた勢いを猫の如く殺し、獰猛な肉食獣のように彼女は四ツ足で着地した。

 

「お前また力強くなってねえか……?」

 

「成長期だからね」

 

「成長期のゴリラか。アイドルになったら、ゴリラ系アイドルのゴリラルか?」

 

「アイドルにはならないし、何よりゴリラから、離れろっつってんでしょうがッ!!」

 

「そいつぁ、悪かったなッ!!」

 

 虎と龍が再びぶつかり合う。それをガラス越しに見ていたサスサススールが、ただでさえ巨大な目を丸くした。

 

「お二人とも、スゴイですね……」

 

「あそこだけバトル漫画の世界だぁね」

 

 まるで月刊COMICリュウの世界から、週刊少年ジャンプの世界になったかのようだ。そのうちかめはめ波でもぶっ放しそうな二人を、社長が少し引き気味に評した。

 

「さ、最近の女子高生は凄いのですね……」

 

「あ、あの、あんなコトが出来るのは、あの二人くらいなので……」

 

 一緒にされても困る、という感情が見え隠れする君原が答えて言う。彼女は馬力こそあるが、運動神経はあまりよろしくないので、さすがにあのバトル漫画に付いて行くのは無理である。

 

「で、ですよね。いやしかし、本当に驚きました」

 

「あの二人、何か格闘技でもやってるの?」

 

「希ちゃん……えと、竜人の子の方は空手をやってます。あやちゃんは格闘技はやってないはずですけど、見ての通り力が強いです」

 

 ただし昔は荒れており、喧嘩も強いらしいとは口にしなかった。エアリード機能の賜物である。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あ゛ー…………」

 

 短いが濃密な数分間の後。床に倒された皐月は、そのまま起き上がる事なく仰向けに寝そべっていた。

 

「……やっぱり正面からじゃ、勝てないわねえ……」

 

「こっちも結構神経使ってんだけどな……」

 

「……そうなの?」

 

「一発食らったら死ぬかんな」

 

 正確には、耐えられるが体勢が崩れたところに追撃を食らって死ぬ、である。力は技術でいなせるが、それにだって限度はある。相手に戦いの才能があるなら尚更だ。

 

「一発だけなら誤射かもしれない」

 

「なーに言ってんだオメー……」

 

 床に座り込む獄楽が、某政治家の迷言を吐いた皐月を呆れ顔で見る。彼女は大きく息をつくと、膝を立てて立ち上がった。

 

「……もう大丈夫みてーだな」

 

「…………ごめん、ありがと」

 

「気にすんな、菖蒲がメンドクセー性格だってのは皆知ってる」

 

「素直に礼を言いづらい言い草ねえ……」

 

「何を悩んでんのかは知んねーが、相談くらいにゃ乗るぜ――――有料で」

 

「おい」

 

「冗談だって。……マジで大丈夫そうだな」

 

 答え代わりに一つ息を吐き出すと、勢いをつけてパンと跳ね起きる。その隻眼は、いつもの単なるハイライトのない眼に戻っていた。

 

「さてと……お騒がせしました、権堂社長」

 

「い、いえいえ、凄いものを見せて頂きました」

 

「二人ともスゴかったよー! あれがニンジャなんだね!」

 

「ちげーよ」

 

「違うわよ」

 

 ニルニスニルニーフが妙な勘違いをしている。何故外国人は忍者に拘泥するのであろうか。揃って否定されたが、そこで彼女はハッと何かに気付いたような顔になった。

 

「そっか、ニンジャだから忍ばないといけないんだね? ダイジョーブ、誰にも言わないよ! 秘密だね!」

 

「いやだから、そーゆーこっちゃ……」

 

「あーうん、実はそうなのよ、だから内緒にしててね?」

 

「ハーイ!」

 

「オイ」

 

 しれっと出任せを吐く皐月を、獄楽が肘で小突く。

 

「だって否定すると無限ループになりそうだったし……」

 

「面倒臭くなってくるとブン投げるのはお前の悪いクセだな」

 

「ニンジャだからカラテを使うんだよね。ボク知ってるよ、ノーカラテ・ノーニンジャ!」

 

 それは忍者は忍者でも、マッポー的サイバーパンク世界に生息する、全く忍んでいないニンジャである。ニンジャであって忍者ではない。ややこしいが、そういう事なのだ。

 

「オイどーすんだよコレ。思いっきり忍者を誤解してんぞ」

 

「最近の忍者漫画とかアニメが全く忍んでないのが悪い」

 

 某有名ジャンプ漫画の忍者など、どの辺りが忍者なのか全く分からない。例えば火遁の術は口から火を吐く術ではなく、周囲の可燃物に火をつけて逃げる術である。そもそも火遁の遁は遁走の遁だ。闘争ではなく、逃走の為の術なのである。

 

 まああの世界の忍者はあれでいいのかもしれないが、現実世界の忍者と混同してはいけない。

 

「あとはサスサスに任せましょう。姉の威厳で何とかしてくれるわよきっと」

 

「ブン投げるのはマジで悪いクセだな……」

 

「そ、それにしても、ニルちゃん凄いね」

 

 さすがに流れがよろしくないと思ったのか、君原が強引に話題を戻しに行った。皐月もすかさずそれに乗っかる。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 

「そ、そうね。歌もダンスも上手かったものね」

 

「もっとほめてー」

 

「お前らなあ……」

 

「希ちゃん、お願い」

 

「ニルニルはスゲーよ、俺らはどっちもそこまで上手くはなかったしな」

 

 コイツは……という顔を皐月がしているが、都合よく話が逸れているので口には出さない。

 

「へへー」

 

「アイドルなんて私達にはムリだよー」

 

「でも姫ちゃんたちがなれないのは、なる気がないからだよ」

 

 エアリード機能のないニルニスニルニーフが、突如として正論をぶっこんできた。どうやら話が戻り過ぎてしまったらしい。

 

「そりゃまあ、やる気もないのに出来る訳がないしね」

 

「ニルちゃんは、アイドルになりたい?」

 

「うん、なりたい」

 

「それなら、という訳ではありませんが、なりたい人達のパフォーマンスも見て行って下さい」

 

 トレーナーによって曲がかけられ、蛇・翼人・人馬・角人・竜人の合同ダンスが始まった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ミニライブの宣伝を頼むリリ社長を背に、カオスなビルを後にする。君原がサスサススールを見上げて言った。

 

「思ったより真剣にやってたね」

 

「でも何だか心配なんですよね……」

 

「まー人間関係で苦労しそう――というか、本人は苦労してる事に気付きもしなさそう、って感じはあったわね」

 

「詳しく」

 

 にょいんとサスサススールの首が伸びる。筋肉がないので表情は変わらないが、口ほどにものを言っている目は真剣だ。皐月は上から覗き込むその目に思わずのけぞった。

 

「近い近い」

 

「す、すみません。それで、人間関係に苦労しそう、とは?」

 

「何と言うか……そのつもりもないのに最短効率で嫌われて、本人はそれに気付かず余計嫌われる、ってなりそうなのよねえ」

 

「謎かけですか?」

 

「いや、そーゆーこっちゃないだろ。ワタシにゃ何となく分かるよ」

 

 サスサススールの頭が今度は、口を開いた名楽に向かう。かつてない速度だ。それほどまでに妹が心配なのであろう。

 

「ニルニルは遠慮なしに正論を吐くかんね。そりゃ嫌われるよ」

 

「正しいと嫌われるのですか?」

 

「そ。正論ってのは反論出来ないから、人によってはこれほど腹の立つモンもないのさ」

 

「正しい事が常に正しいとは限らない、って事ね」

 

 常に正論を吐く者が受け入れられるとするならば、その相手と余程親しいか、そうでなければ言われた方の善意や気遣いに寄りかかっているというだけだ。仮に悪気がなかったとしても、それは健全な人間関係ではない。

 

「分かってんだったら、直接言ってやったら良かったんじゃね?」

 

「大して親しくもない私が言ったら角が立つでしょうが。正しかろうが何だろうが、受け入れられなきゃ意味がないのよ」

 

「それこそ“正しい事が常に正しいとは限らない”だな。前も言った気がするが、そういうところだぞ希」

 

「ヤブヘビった……」

 

 “相手を黙らせたからといって、意見を変えさせたわけではない”というのはアイルランドの劇作家、バーナード・ショーの言葉だが、つまりそういう事である。おまけに黙らせた相手が持つのは敵意と恨みであって、間違っても賛意ではない。その辺りを上手く理解できないと、人間関係が複雑骨折する事になるのは請け合いだ。

 

「希は気遣いが出来るんだか出来ないんだかよく分かんないわねえ……」

 

「結構思った事をそのまま言うタイプだからな。近い相手ならそれが気遣いにもなるが、そうでもない相手だとな」

 

「キョーコは俺のオカンか」

 

「結構あってるかも……」

 

「姫!?」

 

 期せずして君原に背中をぐっさり刺された獄楽を尻目に、サスサススールは自分のスマホを取り出した。

 

「なんだかとても心配になってきました。とりあえず、ファルシュシュに連絡を取ってみます」

 

「お姉さんは大変ねえ」

 




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