【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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20話 最近の怪獣は、頭脳派だったんだね

「ふぅ」

 

「夏だけど、温泉はいいね」

 

「まさかこんなとこにあるとは思わんかったけどな。てっきり銭湯かと」

 

 夏休み後半。オカルト科学部改め、民俗研究部の合宿。建前となる民俗調査をぱっと終わらせ、海で遊んだ帰り道。街のど真ん中に温泉を見つけ、折角だからという事でこうして入っていた。

 

 夏休みとは言え、平日の昼間という事もあって人気(ひとけ)は少ない。年配の女性が数名、ちらほらと見受けられる程度である。

 

「ま、細かい事はいいじゃありませんか」

 

 鴉羽が驚異の胸囲を水に浮かべながら言う。中身は九割脂肪なので水に浮くという理屈は分かるが、こうして目の当たりにすると圧巻である。

 

「これだけいいお湯だと、お(ささ)が欲しくなりますねぇ」

 

「まさかお前、飲んでるんじゃないだろうな」

 

 糸目にじっとりとした色を帯びさせ、名楽が鴉羽を睨んだ。こちらは浮くどころか平坦としか言えない。涙を禁じ得ない光景だ。

 

「それこそまさかですよぉ、バレたりはしません」

 

「オイ」

 

「ジョーダンですって」

 

 鴉羽は軽く微笑むが、同性の名楽には当然効果はない。彼女は獄楽や君原達の方に目を向けつつ、呆れたように咎めるように言葉を吐いた。

 

「お前なぁ、酒があったらこいつらにも飲ます気じゃないだろうな。この連中が酒乱だったら手に負えんのか?」

 

「私も!?」

 

「センパイ、馬力はありますからね。酒癖が悪かったりしたら大変ですよ」

 

 驚く君原に若牧が顔を向けた。同じ人馬だというのに、貧富の差が酷い二人である。貴賤はなくとも格差はあるのだ。

 

「やめてよー、菖蒲が暴れたらまた私の頭がピンチじゃん」

 

「暴れないし、そもそもピンチになるような事を自重しなさいよ」

 

「死ねと?」

 

「あはは……」

 

 皐月に真顔で聞き返す欲望塗れの朱池に、その恋人は苦笑いするしかない。なおこの三人は、朱池・皐月・犬養の順で小さくなる。何の順かは言わずもがなだ。

 

「そーいえば菖蒲センパイ、片手でミツセンパイの頭を掴んで吊り下げてましたよねぇ」

 

「あれは驚きましたけど……先輩、握力何㎏くらいあるんです?」

 

 後輩二人の視線が自然に皐月に向かう。その問いに答えたのは皐月ではなく、名楽といい勝負になってしまっている獄楽であった。

 

「身体測定の時は50㎏くらいだったよな」

 

「それはそれで凄いんだけど……絶対手加減してたよね?」

 

 朱池の視線から皐月はあからさまに顔を背ける。答えになっていないが、答えているも同然である。まあ握力50㎏程度では、人一人を頭を掴んで持ち上げるなど不可能だ。ゆえに、沈黙こそが金であると判断したのであろう。

 

「希ぃ、どんくらい力あれば出来んだ?」

 

「いや、んなの分かんねえよ。重時の兄ちゃんなら出来たはずだけど……確か握力は100㎏超えてるって聞いたぜ」

 

 重時とは獄楽の空手道場に通っていた先輩で、現在は偶然にもサスサススールの護衛を務めている警察官だ。本人の言からすると、公安ではなくSP(スペシャルポリス)のようである。

 

「ひゃっきろ……」

 

「菖蒲はあんま筋骨隆々ってカンジにゃ見えねえのにな」

 

「生物学的にどうなんだよ。筋肉ってのは、太くないと力が出せないんだぞ」

 

「でもあやちゃん、腹筋凄いよね」

 

「姫!?」

 

 意外な相手に、フォローどころか崖に落とされる皐月。それを聞いた鴉羽が、興味津々な顔で彼女に近寄って来た。

 

「腹筋……どんなカンジなんですかぁ?」

 

「目が妖しいわよ」

 

「海では見れませんでしたし、ちょっとくらいいいじゃないですかー」

 

「まあいいけど……」

 

 ざばりと浴槽から上がり、その縁に腰かけ足を組む皐月。露になった腹筋を見た鴉羽が、感心したように息を吐いた。

 

「わぁ……」

 

「すっご……」

 

「なんか前見た時よりも割れてないか?」

 

「ゴリラ腹筋……いや、腹筋ゴリラ?」

 

「何でそんなに鍛えてるんです……?」

 

 口々に勝手な事を言うギャラリーを無視し、鴉羽が自然な動きでつつと近寄る。

 

「うわぁ、硬いですねぇ」

 

「勝手に触らないで頂戴」

 

 鴉羽が腹筋に手を這わせる。柔らかい鋼鉄のような、不思議な感触だ。ナメクジを思わせるその手が、艶めかしく這い上っていく。

 

「たまには筋肉もいいですねぇ……。なんだか興奮してきました。ゴツイ眼帯なんか取っちゃって、私とイイコトしましょう」

 

 無駄に色気たっぷりに、鴉羽が顔を近づけ眼帯に手をかけようとする。が、その前に、皐月の手が鴉羽の顔をがっしと掴んだ。

 

「所かまわずサカってんじゃないわよ」

 

「えー」

 

 反省するという機能が付いてなさそうな鴉羽に、皐月の額に青筋が浮かぶ。彼女はにっこりと笑顔を作ると、ただでさえ低い声を更に低くして言い放った。

 

「このまま握り潰されるか、物理的に頭を冷やすか選びなさい」

 

「ど、どっちもエンリョしたいかなあって……」

 

「そう、なら両方ね。なあに遠慮することはないわ、たっぷり味わいなさい」

 

「え、えーと、怒ってます? ひょっとしてその眼帯って、取ったらマズかったですか? そんなカンジじゃないと思ってたんですけど、菖蒲センパイって厨二の人だったんですか?」

 

「…………」

 

「ああっ頭が頭がぁッ」

 

 頭を掴んだまま立ち上がり、そのまま移動していく二人。入れ歯が取れそうな程にぽかんとしている老人がいるが、誰も気づいていなかった。

 

「…………まあ、あの二人は置いておきましょう。天音さんもいい薬になるでしょうし」

 

 何とも言えない表情で、しかし躊躇いなく見捨てるという選択肢を取る若牧。触らぬ神に祟りなしと判断したのであろう。若牧家は安泰だ。

 

「そーいや筋肉で思ったんだがサスサス」

 

「はい、何でしょう?」

 

「南極人って、鍛えたらあんな風なゴリラ筋肉になるんか?」

 

 獄楽の問いに、手を顎に当ててサスサススールは考える。授乳の必要がない……というか哺乳類ですらないので、その身体は平原だ。

 

「……前例がないので分かりかねますが、おそらくならないと思います」

 

「前例がない……? 南極人って、体を鍛えたりはしないんですか?」

 

 首を傾げて聞き返したのは若牧だ。その胸部は小高い丘であった。同じ人馬でも、隣のアルプス山脈とは大違いである。

 

「戦闘種がいますので、通常種が体を鍛えるという事は基本的にありません」

 

「形態単位での分業制ってコトですか」

 

「そういうコトですね。それにおそらくですが、通常種は鍛えても筋肉はつかないと思います」

 

「そーなんか?」

 

「私はこちらに来て多少体力はつきましたが、それでも皆さんには及ぶべくもありません。少々調べてみたのですが、筋肉がどれほどつくかというのは、生まれつき決まるようですね」

 

「そうなの?」

 

「そうだな。いくら鍛えても、つかねーヤツはホントにつかねーな」

 

 正確には、鍛えれば誰でも筋肉はつく。しかしその最大値は、生まれつき決定されている。いくら鍛えたところで、誰しもが200㎏のバーベルを持ち上げられるようにはならない。筋肉がどれほどつくか、それは完全に才能の世界である。

 

「南極人は、生まれつき筋肉がつきにくい体質、ってコト?」

 

「通常種に限って言うなら、おそらくは」

 

 朱池ににょいんと顔を向け、サスサススールが結論付ける。それにへーと感心する間も有らばこそ。いつの間にか上がっていた君原が、獄楽の後ろから手を脇に回して浴槽から引き上げた。

 

「おい姫、なにすんだ」

 

「希ちゃん、髪洗おっか」

 

「んなモン、自分で洗えるっつーの」

 

「いいからいいから」

 

 胸にうずもれ少しばかり顔が赤くなっている獄楽を抱きかかえ、そのまま運び去っていく。それを見ていた朱池が、自らの恋人の腰に手を回した。

 

「ミチ、私達も上がって洗おっか」

 

「洗うだけだよね?」

 

「そりゃあもちろん、言うまでもないよ」

 

「何しようとしてんだ朱池」

 

 表情と仕草が言葉よりも雄弁に語っている朱池に、名楽がツッコミを入れる。ドドメ色の欲望が透けて見えている彼女は、きょとんとした顔を見せた。

 

「え、そりゃナニだけど」

 

「こんなトコで何言ってるのミツ!?」

 

「こんなトコだからこそいいんじゃない、ミチは頭が固いなぁ」

 

「そういうコトは家でやれ」

 

「見られてると思うと燃えない?」

 

「さもないとああなるぞ」

 

 朱池を完全に無視して名楽が親指で示した先では。鴉羽が水風呂に突っ込まれ、物理的に頭を冷やされていた。

 

「…………大人しくします」

 

「そうしろ」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ちょ、ちょっとあやっち、これ見てこれ!」

 

 夏休みは過ぎたが、未だ残暑がわだかまる初秋の夜。皐月のルームメイトである変態もとい愛宕が、慌てた様子でノートパソコンを見せてきた。

 

「どうしたのよいきなり……また逮捕されそうな画像は止めてよ? いくらあなたの私物って言っても、回線はこの施設のを使ってるんでしょ? 警察には『いつかやると思ってました、犯人は間違いなくアイツです』って言うからね?」

 

「相変わらずの塩対応ッ……いや今回はそういうのじゃなくて! いいから見て! ほら!」

 

 その画面には、怪獣としか形容しようのない何かが映っていた。でっぷりとした、魚と両棲類の合いの子のような生物らしきもの、とでも言おうか。尻尾は一本、脚は二本、腕は四本、指は五本。色は赤黒く、鱗は無数に。そんな怪獣が、三階建ての建物の軽く倍はある巨体を揺らし、二本の足で直立して歩いていた。

 

「なにこれ? 映画の宣伝?」

 

 ヘリから撮っているのか、上空から見下ろす形の映像だ。よく出来ている映像であり、CGや特撮にありがちな“作り物”の感じがない。最近の技術は随分と進んだな、と気楽な事を考えていると、愛宕の声がそれを切り裂いた。

 

「違うって! ブラジル!」

 

「はぁ?」

 

「ブラジルで怪獣が出たの! 現在進行形で! 現実! リアル!」

 

「はぁ!?」

 

 現実は小説より奇なり、とは誰の言葉であったか。期せずして、それを証明する現実がパソコンの画面の中に現出していた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「皆怪獣好きだなー」

 

「あなたは呑気ねえ……」

 

 次の日。学校は休校にこそならなかったが、自習となった。授業をしようにも、世界史の教師を始めとした数人が『急病』で休んでいるため、どうしようもなかったとも言う。

 

「怪獣が実在したってのも驚きだが、喋った上に政治的要求をしたってのにも驚きだよ」

 

「怪獣映画みたいにはならないんだね」

 

 海から出て来た怪獣は、破壊活動を行うでもなく、人が逃げるのを待ち首都へと向かった。まあ道路は足跡の形に凹んでいたが、それはご愛嬌である。

 

 そして誰何(すいか)の声をメガホンで上げる役人に対し、自身は当地の住民であると主張。喋っているという時点で驚きだが、その後の要求に世界はもっと驚いた。なんと、人権と市民権、国民皆保険を要求したのである。

 

 驚きに動きが鈍い政府を尻目に、怪獣は『平和的デモ行進』を敢行。道中戦闘機に攻撃されるものの、空手でミサイルを弾き飛ばし、音波らしき謎の攻撃で戦闘機を落とし、首都の郊外に居座ったのだ。なお平和的というだけあって、死人は出していない。

 

 当然ながら、世界は蜂の巣をつついたような大騒ぎである。

 

「つーかあのデカさでどうやって動いてんだ。菖蒲、生物学志望としてはどう思うよ」

 

「んー……大きさに比して体重が軽い、既存の生物とは異なる筋肉を持っている、実は機械仕掛け、とかかしら」

 

 物体の体積は三乗で増えるが、筋力は二乗でしか増えない。従って、体重が重くなり過ぎると、自分の発揮できる筋力の上限を超えてしまい、動く事すら出来なくなる。

 

 最も大きい現生陸上動物はゾウだが、それでも最大12~13トン程度でしかない。あの怪獣はどう見てもそんなレベルではないが、それでも動いている以上、何らかの仕掛けがあるのは確実だ。

 

 そもそも生物だとするならば、恒温動物なのか変温動物なのか。人類と意思疎通可能な知能がある点を鑑みるに、前者である可能性の方が高い。変温動物だと、体温が上がり切っていないと頭も働かない。

 

 しかしそうなると、そのエネルギーはどこから調達しているのか、という問題が出て来る。要するに食料が大量に必要になる訳だが、あの巨体だ。草食だろうが肉食だろうが、1トン2トンでは到底足りまい。

 

 変温動物ならその辺りはまだマシだが、今度は脳を動かすエネルギーが足りなくなる。周囲から熱を吸収して動くという性質上、気温が下がると活動も出来なくなる。現地は熱帯なのでその辺りの心配はいらないのかもしれないが、今度は逆に熱中症の恐れが出て来る。巨体は熱がこもりやすいのだ。

 

 というかそれ以前に、怪獣が何かを食べている様子そのものがない。冬ごもり中のクマの如く、溜め込んだエネルギーで動いているのかもしれないが、さて。あの巨体を動かすのに、果たしてその程度で足りるものなのか。

 

 機械仕掛けならばその辺りの問題は解決する。しかし今度は、どうやって動かすのかという大問題が発生する。何となればあの怪獣は、ミサイルを叩き落としているのだ。ガソリンエンジンではどう考えても出力が足りないし、音がうるさいので周囲の人間が必ず気付く。

 

 燃料の問題だって無視は出来ない。あれだけのサイズなら、生物以上に頻繁に補給が必要になったっておかしくはないのだ。例えば原子力潜水艦なら、半年くらい無補給で動けるとも聞くが……あんなところでそんな物を使う考えなしもおるまいて。

 

「何にしても喋って政治的要求なんてしてる辺り、真っ当な生物とは思えないから、既存の生物の枠組みで考えても仕方ないでしょうね」

 

「だよなあ……」

 

「怪獣が人間の言葉を喋れるワケねーもんな」

 

 獄楽が尤もな事を言う。確かに海から出て来た怪獣が、人間の言葉を知りえるはずがなく、発声に適した喉の構造を持っているはずもない。その辺りをスルーするにしても、国民皆保険を要求するのはどう考えてもおかしい。

 

 つまり、あの怪獣の裏側には、人類社会に通暁した何者かが存在するという事である。言うまでもなく、それが哺乳類人である可能性は限りなく低い。どこの国であろうが、あんな怪獣を作れる技術を持っているとは考えにくいからだ。

 

 そこまで考えが及んでいたのか、それとも風説をそのまま口にしたのかは定かではないが、君原がサスサススールに問いかけた。

 

「スーちゃん、南極が関係してるってホント?」

 

「と訊かれましても、中央の事はちょっと分かりませんし」

 

 とその時、サスサススールのスマホが着信を知らせる。彼女はシューシューと南極語で何事かを話し、通話を切ると一言だけ発した。

 

「私はこれから欠席します」

 

 そそくさと荷物をまとめ、足早に教室を出て行くサスサススール。見送る君原がぽつりとこぼした。

 

「やっぱり、関係してるのかな……」

 

「このタイミングだし、そうなんだろうな」

 

「むしろ南極としても予想外なのかも」

 

「てーと?」

 

 首を傾げる獄楽に、皐月は答える。

 

「立場は特殊だけど、それでも留学生を呼び戻すって、どう考えても非常事態だもの。第三者の介入があったとか現場が暴走しているだとかで、人手が足りないのかもね」

 

 いくら南極人の数が少ないとはいえ、非常事態に対応出来ない程ではない。少ないのは、哺乳類人の言語を解し、その社会に詳しく、即座に動かせる人員である。

 

「学徒動員みてーだな」

 

「その例えはどうかと思うが……あながち間違っちゃいないのかもな」

 

「これから、どうなるのかなあ」

 

 未来は未だ決定されておらず、不確定の霧の向こう側に揺蕩(たゆた)っている。だが、怪獣の出現が、未来を決定づける一要素であるのは間違いないであろう。

 

 それよりも彼女達にとって重要なのは、サスサススールがしばらく学校からいなくなり、それに伴い護衛の警察もまた不在になった事である。それが如何なる影響を及ぼすのか、誰も知る事はない。今はまだ。

 




 次回、最終回。
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