【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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後日談03話 ヒャッハーで意味が通じるんだから、モヒカンってスゴイよね

 次の日の朝。三人は朝日に照らされながら、固くすっぱい黒パンと、昨日の残りを朝食としていた。名楽が持ち込んだペットボトルが、壊れにくく水に臭いも移らない水筒として、意外な活躍を見せていた。

 

「そういや」

 

「む?」

 

 半々くらいでハゲは逃げると思ってたけど結局そうしなかったって事は、結構追い込まれてるのかしら、何にしろ予備の魔術師は探さなければならないわね、と皐月が内心で黒い事を考えていると、名楽が何かに気付いたように口を開いた。

 

「昨日はバタバタして聞けなかったけど、これからどこに向かうんだ?」

 

 かなり大事な事だった。昨日はそれどころではなかったとはいえ、尋ねる事すらしなかったという事は、皐月も案外混乱していたのかもしれなかった。

 

 そういえば言っておらんかったな、と前置きして男は告げた。

 

「北の魔法帝国だ」

 

「魔法帝国?」

 

「魔法使いが貴族の国だ。いや、だった、と言うべきか。あそこは今、有翼の悪魔によって王が奴隷に、奴隷が王になり、混乱していると聞く。余所者の我らでも、入り込むスキはあるだろうよ」

 

 有翼の悪魔というフレーズに、皐月と名楽が目線を交わし合った。彼女らにとっては、とても心当たりのある言葉であった。具体的には翼人と呼ばれる形態だと思われ、それはとりもなおさず、有翼の悪魔は同じ世界の出身者であるかもしれない、という事であった。

 

「混乱、ね。大丈夫なのそれ?」

 

 そんな心中は一切出さず、皐月は男に尋ねた。混乱しているという事は治安が悪いという事でもあり、皐月はともかく名楽にとっては危険である可能性は低くなかった。

 

「何、地獄の悪魔たるお主らと、優秀なる魔法使いたるワシなら問題はあるまい。王が奴隷になったと言えど、魔術師の出番がなくなった訳ではない。むしろ分野によっては、今まで以上に求められているはずだ」

 

 男の答えは楽観的であったが、道理は通っていた。今まで皐月達が見た魔術は、召喚と使役に、焚火の火種になる程度の発火くらいであったが、それでも中世程度の技術しかないと推測出来る社会においては、非常に便利であろう事は予測がついた。

 

 それはそれとして、呼び方が地獄の魔獣から地獄の悪魔にランクアップしていた。昨日の一件が関係している事は明白であったが、彼女らがそれに気付く前に男は言葉を続けた。

 

「何より混乱しているのがいい。ツテを頼る事になるが、勝算は低くなかろうよ」

 

「要するにピンチをチャンスに変えるしかない、って事じゃない」

 

「何が悲しくて、異世界で万馬券に人生全賭けしないといけないのか……」

 

「まあこうなった以上は仕方あるまい。人生なぞある意味バクチのようなものよ」

 

「その原因が何言ってやがんだハゲ!」

 

「ハゲではないッ!」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おおっとここは通行止めだ。身ぐるみ置いてってもらおうか?」

 

 馬に乗り道なりに進んでいると、その道に障害物が置かれていた。撤去のため一旦止まると、それを見計らったかのように、男たちが森から現れた。

 

 ヒゲ面にボサボサの髪、ボロボロの服の成人男性が、前に四名後ろに三名、計七名。各々の手には剣や槍にこん棒。現代日本ではまずお目にかかれない、山賊であった。

 

「おぉー……」

 

 思わず皐月は、彼らをまじまじと見てしまった。チンピラや不良、銀行強盗ならともかく、ここまでコテコテの山賊を見るのは初めてだったからだ。危機感が足りないと言われればその通りだが、好奇心は止められないので仕方ない。

 

 騎士の時とは違って第六感は働かなかったが、元々頼りにしている訳でもないし、そもそも不確定なものなので、特に気にしてはいなかった。森の中で動かず静かに待ち伏せしていたのなら、名楽の聴覚に引っかからずとも不自然はない訳であるし。

 

「まずはその馬から降りてもらおう。商品()を傷付けたくはねえからな」

 

 馬とは臆病な動物であり、少しでも傷つけると暴れる危険性がある。そうなればこの場の全員が困るため、その要求は妥当なところであった。

 

 尤も、今乗っている馬は騎士達から貰い受けたものであり、おそらくは軍馬だ。ゆえにやりようによっては、山賊を踏み潰させる事も不可能ではないかもしれないが、騎乗者にそんな技量はなかった。

 

「お、おい、どうすんだ」

 

「一旦降りましょう。なるべくこっちで何とかするけど、銃の用意はしておいて。いざとなったら、躊躇わないで」

 

 小声で素早く意思を交わし、二人乗りをしていた皐月と名楽は大人しく馬から降りた。横で男も同じようにしているのが見えた。

 

 名楽はしっかりと押さえていた為そうはならなかったが、降りる時の風に煽られ皐月のローブがめくれ、その顔が晒された。それを見た山賊の頭と思しき男が、ヒュウと口笛を吹いた。

 

「ほぉ、こいつは上玉だ!」

 

 山賊はにたにたと品のない笑みを浮かべながら、皐月の顎に手をかけ上を向かせようとした。彼女は眼帯をつけていても、美人である事は一目瞭然。ゆえに顔をよく見ようとしたのだろうが、それは明らかな失策だった。

 

「バスケしようぜ」

 

「は?」

 

「お前ボールな!」

 

 意味の分からない言葉に山賊が一瞬呆けた。にっこりと笑顔を作った皐月はその隙を逃さず、山賊の首を素早く思いっきり掴み――ごりっと何かが砕けるような感触がした――その勢いのまま腕力任せに投げ飛ばした。

 

「ヘイパス!」

 

「んなっ!?」

 

 投げ飛ばされた山賊は、その場で唯一弓を持っていた山賊にぶち当たり、その体勢を大きく崩した。弓持ちが一人しかいない、という点が僅かに気にかかったが、弓は結構技術が要るので、当たらない弓は意味がない、という事かもしれなかった。

 

 皐月は吶喊しながら、騎士から貰い受けたメイスを抜き放ち、弓持ちの頭を躊躇なくカチ割った。技術など何もない一撃であったが、力尽くという単純だが強力極まりない一撃を受けてしまった山賊はそのまま地に沈んだ。

 

「ハゲ! そっちは任せたわ!」

 

『――――切り裂き地を駆け 敵を討て!』

 

 吠える皐月への返答は、後ろの三名の盗賊へと向かう竜骨兵とついでに、ハゲではないという渾身の叫びだった。超常の業を目にした盗賊たちに狼狽が奔った。

 

「骨!?」

 

「バカ、スケルトンだ! 魔術師だ!」

 

「何だとぉ!?」

 

「余所見してる暇があるのかしら!?」

 

 『囲んで棒で叩く』。人類の生み出した最強戦術である。原始時代のその前から現代に至るまで、洋の東西を問わず、チンピラから国家まで広く愛用する最強戦術である。数と武器を揃えて袋叩きにするという単純極まりない方法だが、これを超える戦術を人類は未だ見出してはいない。

 

 そういう意味では、山賊たちは実に正しかった。相手を上回る数を揃え、相手を上回る武器を用意し、前後から挟み撃ちにした。追いはぎという目的はともかくとして、戦略・戦術面においては王道中の王道で、完璧とすら言えるものであった。

 

「死ね!」

 

「ぐぁっ!」

 

 だがしかし、彼らは一つ見落としていた。人数の少ない戦闘においては、個人の武勇が大きな意味を持つという事を。

 

 訓練を受けた人間であっても、武器が互いに剣や槍ならば、一人で百人倒すのは困難の極みだ。だが百人ではなく十人なら現実的なレベルになる。十人は無理でも五人なら倒せる、という者はもっと多いだろう。少人数の戦いでは、個々の質が大きな意味を持つのだ。

 

 そして山賊が、まともに戦闘訓練をしているはずがない。しているのなら山賊などになりはしない。即ち彼らは、武器を持っていても技術が伴っておらず、力と多少の経験に任せて振り回すくらいしか出来ない。となれば、同じように技術こそないが怪力を有し、機先を制して二人減らした皐月に分があると言えた。

 

「はぁっ!」

 

「おげっ」

 

 山賊がこれを覆すなら、増援を呼ぶか、効率のいい武器――弓や銃などの飛び道具が有力――を持ってくるくらいしかないが、どちらも現状では期待できなかった。足の速さで劣っている以上、逃げるという選択肢も選び難い。それはつまりこのまま順当に行けば、決着がつく時は近いという事だった。

 

「…………」

 

 蛮族プレイが板につきすぎている、マッポーでヒャッハーな友人を背に、名楽は緊張を隠せない面持ちで眼前の戦闘を睨みつけていた。竜骨兵は機動力を活かして三人をよく押さえ込んでいるが、やはり多勢に無勢で、余裕はあまりなさそうであった。

 

「くっ、速い!」

 

「落ち着け、術者を潰せ!」

 

「俺とジョンで抑える! 行け! 魔法使いは近づけば倒せる!」

 

 尤もそれは、竜骨兵の能力が劣っているという意味ではなく、一人も後ろに通さないように戦っているからであった。ハゲが竜骨兵を追加したり、他の攻撃魔術を使えれば話は早いのだが、残念ながらそれは不可能であるようだった。竜骨兵の足の速さを見ている山賊は、逃げるという選択肢を選んでくれそうにもなかった。

 

「うむむ、いかん、こりゃいかん――――悪魔よ!」

 

「――!!」

 

 そうこうしているうちに、山賊二人が必死で竜骨兵を抑え、その隙を突いて一人が突進して来た。剣はボロく、みすぼらしい身なりに痩せた体だが、目だけがぎらぎらと病的に光っていた。

 

 そんな山賊を目にした名楽の脳裏に、昨夜の皐月の言葉がリフレインした。手の中の銃は、すでに安全装置が外され、初弾が装填されていた。

 

『足は肩幅より少し広く、腰を落として僅かに前傾、銃を目線の高さに』

 

 声に従い銃を構え、トリガーに指をかけた。引き金に指をかけるのは撃つ直前、最後の最後に行うべき動作だと聞いていた。

 

『狙うのは胸よ、外れてもどこかには当たる。頭はダメ、的が小さいし、頭蓋骨の丸みで弾が逸れる事がある。防弾ベストでも着てるなら別だけど、鎖帷子は貫通できたから気にする必要はない。必ず胸を狙って』

 

 拳銃の照準の向こう側に、必死に走って来る男の姿が見えていた。何故かそれが、驚くほど遅く思えた。

 

『10mも離れたら、素人じゃ連射しても当たらない。5m、出来れば2m以内に引き付けて、ダブルタップ――二連続で撃って』

 

 走っているとは思えない程もどかしい速度で、それでも確実に男の姿は大きくなって来ていた。なんだか水飴の海で溺れるアリみたいだな、と詩的な表現が他人事のように浮かんだ。

 

『まあ色々言ったけど、ネットからの知識だから本当に正しいかどうかは分からないわ。私別にガンマニアじゃないし』

 

 耳元がやたらとうるさいと思ったら、それは心臓が拍動する音だった。自らの意思とは関係なく、手が震えていた。今どこにいて何をしているのか頭では理解していたが、現実感というものが酷く薄かった。まるで綿菓子で出来た夢の中のような、ふわふわとした心持ちだった。

 

『重要なのはとにかく当てる事。残弾とか補給とかは一切考えなくていい。当てて、生き延びて』

 

 皐月の光のない、しかし真摯さを宿した瞳が、閃光のように目の前に呼び起こされた。浮ついた心地が、一瞬にして現実に引き戻された。

 

 血走った目で剣を振りかぶった山賊は、もうすでに目と鼻の先まで迫って来ていた。手と意思が連結された。震えはいつの間にか消えていた。名楽はトリガーに力を込め――――山賊の胸から血がしぶき、もんどりうって吹き飛んだ。

 

「…………は?」

 

 思わず手元の銃に目が行くが、何の変化も見られなかった。手に残るべき反動も、排出されるはずの薬莢も硝煙の匂いも何一つなかった。それらは全て一つの事実を指し示していたが、どう見ても目の前の光景と矛盾していた。訳が分からず混乱する名楽の耳に、その答えとなる声が飛び込んで来た。

 

「よし当たった!」

 

「おおよくやったぞ!」

 

 前方の四人を殲滅し終えた皐月が、走ったのでは間に合わぬと判断し、拾った剣を山賊に向けて投げ放ったのだ。その剣が山賊のハートをブロークンしたのである。

 

 投擲を馬鹿にしてはいけない。投石は中世までの戦争における死傷率のNo.1だ。威力射程共にそこそこ、補給が容易で訓練不要、そして何より元手のかからない石は、銃火器が本格的に発達するまで長く戦場のいぶし銀な仕事人だったのだ。

 

 また、アフリカでウホウホしていた頃の人類の祖先は、獲物を追いかけ追いかけひたすら追いかけ、熱中症に追い込んで動きが鈍ったところを、アトラトル(投槍器)を使って槍を投げて仕留めるという方法を取っていた。優れた排熱能力、そこから来る持久力、そして何より相手を一方的に攻撃出来る、生物界トップの投擲力が三位一体となった人類の大正義、持久狩猟だ。

 

 そんな偉大なる投擲力が宿ったのかは定かではないが、皐月が投げた剣は、見事に盗賊の胸に突き立っていた。剣は回転していたので刺さるかは運任せだったが、運命と投擲の女神は異邦人に微笑んだようであった。

 

 皐月はそのまま、その辺に落ちている剣やこん棒、石を片っ端から山賊に投げつけ始めた。竜骨兵はその程度の攻撃は意に介さず、仮に多少骨が砕けても動きに支障はない。反面、碌に防具をつけていない山賊に対しては効果覿面だ。隻眼で遠近感が掴みづらいため狙いは少々甘いのだが、矢継ぎ早に投げればいいだけの話である。

 

 『自分は攻撃されず、相手を攻撃出来る』。それもまた人類の持つ正義だ。全ての兵器はこれを目指して進化している。素手より剣、剣より槍、槍より銃で、銃より大砲だ。大陸間弾道ミサイルはその究極である。現在の技術においては、だが。

 

 『自分の肉体は一切傷つかずに思い通り動かせ、なおかつ一方的に敵をいたぶれる能力』が理想だと言ったジジイがいたが、人類的には実に正しいのだ。その手段として、『自分で殺した部下の死体を使った』事が悪かっただけである。

 

 相手から一方的に攻撃されるという、借金取りと債権者のような関係を覆すには、『間合いに劣る武器が有効な距離』まで接近しなければならない。要するに機動力で懐に飛び込めという事なのだが、当然至難の業である。『拳と槍』くらいならまだしも、『剣と機関銃』になるとまず無理だ。間合いを制する者は戦いを制するのである。

 

 兎にも角にも、今の皐月は間合いを完全に我がものにした上に、一方的に敵を攻撃するという人類正義を体現している。竜骨兵の活躍もあり、瞬く間に分かり切った結果が出来上がった。

 

「ぁ……」

 

 ようやく戻ってきた聡明な頭脳で、それら全ての状況を理解した名楽は、糸が切れたようにその場にへたりこんだ。使われなかった手の中の銃が、鈍い光を放っていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「大丈夫?」

 

「……ああ」

 

 戦いが終わり、周囲に危険が残っていないか確認して来た皐月が、未だにへたりこんでいる名楽に近寄った。皐月は下手な気遣いは逆効果だろうと判断し、あえて事務的に声をかけた。

 

「とりあえず安全装置だけかけて渡して。弾はこっちで抜いておくから」

 

「………………手が、離れない」

 

 祈るように銃を握りしめた手が、力を入れすぎて白くなっていた。皐月はそれを見とめると、何も言わず名楽の後ろに回り、抱きしめるようにしゃがみ込み、銃に安全装置をかけるとその指を一本一本丁寧に剥がしていった。

 

「…………撃て、なかった」

 

「最初は大体そんなもんでしょ。構えられただけ上出来よ」

 

 口調とは裏腹に、優しく取り上げたベレッタからマガジンを抜き、スライドを引いて本体から弾丸を抜く。それをマガジンに手動で戻しながら、彼女はぞんざいに言った。

 

「……いや、もう少しで、撃てそうだったんだ。でも、撃てなかった」

 

 あの時確かに、名楽は引き金を引こうとした。しかし今では、それが現実だったのかどうにも不確かで、曖昧な心地であった。僅か数分前の出来事だったが、いっそ不思議なほどに、リアリティというものがすっぽりと抜け落ちていた。

 

「撃たなかった、でしょ。撃つ必要がなかったって事よ。弾を節約できた、そう思っときなさい」

 

「…………そう、かね」

 

「そうそう」

 

「…………菖蒲、は――――」

 

「ん?」

 

「――――いや、何でもない」

 

 名楽の糸目が皐月を見上げたが、すぐに伏せられた。それがどういう意味を持っているのか察した皐月は、倒れている山賊に目をやった。その山賊は頭から『ゆめ』と『きぼう』をはみ出させて事切れていた。だがそれを見ても、湧いて来たのは罪悪感や憐憫の情などではなく、『同じ種族が減って残念』という感情だけだった。

 

 以前に殺した時も、やはり罪悪感を感じる事はなかった。それは相手が『人間』ではなかったからかと思っていたが、どうやら違うようであった。

 

 『殺人適性』という言葉が脳裏をよぎる。知識によれば、百人だか千人だかに一人か二人くらい、人を殺しても何とも思わない人間がいるらしい。数がえらく適当だが、統計を取れるような類ではないのである意味当然だろう。まさか実験の為に人を殺させる訳にもいかない。

 

 彼らは確かに存在するようだが、サイコパスとは少し異なる。普通の人間と何も変わらず喜怒哀楽があり、社会生活に適応して生きている。違いはただ一つだけ。人を殺しても何も感じない、という事だけだ。かと言って別に殺人を好む訳ではなく、『罪悪感を感じない事』そのものに罪悪感を感じる、という事すらあるという。

 

「あの時、私がどうして撃てたのか、って聞きたいの?」

 

 そこで思索を強引に断ち切った皐月は、名楽が言い淀んだ言葉をあえて形にした。再び皐月に向けられた糸目が、驚いたように見開かれていた。

 

「殺されるくらいなら殺す、それだけよ」

 

 そう、いくら思い悩もうが、結局のところはそこに帰結するのだ。彼女はそうやって生きて来たし、これからだってそうするだろう。そもそも殺すのが嫌なら、とっくの昔に死んでいる。皐月にとって殺しとは、軽くはないが重くもないのだ。

 

「…………そう、か」

 

「そうそう」

 

 肝心なところで躊躇って、自分と友人を守れないよりは遥かにマシだしね、という言葉は像を結ぶ事なく消えて行った。

 

「それに、殺しなんて生物は皆やってるわ。別に特別な事でも何でもない」

 

 肉食動物は獲物を殺さなければ飢えて死ぬばかりであるし、草食動物とて植物を食い殺している事には変わりない。アレロパシーというのだが、植物も化学物質を出して他の植物を枯らす、なんて事をやっている。

 

 シスデヒドロマトリカリエステル。呪文ではないし、どっかの暗黒卿の親戚でもない。セイタカアワダチソウという植物が根から出す化学物質だ。彼らはこれによって周囲の植物の成長を阻害し、ライバルを排除して繁殖するのだ。

 

 尤もこの物質は同種の発芽も阻害するので、最終的にはススキに負けちゃったりするお茶目さんなのだが、それはそれだ。『ライバルを蹴落とす為の工作がバレて落ちぶれたアイドル』とか言ってはいけない。

 

 生物とは基本的に、他の生物の屍の上に生きている。人間とてその例外ではあり得ない。ヴィーガンだろうがベジタリアンだろうが、農業は雑草を駆逐し害虫を潰し害獣を駆除せねば成立しないので同じである。

 

 殺すのが嫌なら、光合成()()で生きていけるミカヅキモにでもなるしかない。まあそういう生物は得てして食物連鎖の最底辺なので、スナックのように食われるばかりというオチがついているのであるが。

 

「だからまあ、あんまり考えすぎない事よ。考えすぎると碌な事はないわ、私達みたいなタイプは特にね……私が言うのもなんだけど」

 

「そうだな……マジでそうだな、実感籠ってるな」

 

「……少しは元気が出たみたいで何よりよ」

 

 皐月は何とも言えない顔になった。実に味わい深い顔だった。そんな微妙極まる空気を叩き壊すように、山賊からの喜捨を受け取り終わったハゲがやって来た。

 

「終わったぞ」

 

「あら、どうだった?」

 

「しけておったわ。持っておった物からすると連中、魔法帝国の方から来たようじゃな。やはりあちらは荒れておるようだの」

 

「これからそこに行くってのに、不安になる話だな……」

 

「今更じゃろうが、グダグダ言うでないわ」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ところで悪魔よ、その角を切り落とす事は出来んのか?」

 

「いきなり何言ってやがんだハゲ」

 

「ハゲではない」

 

 魔法帝国まであと僅かの距離に迫った、昼日中の休憩中。依然としてハゲだと認めようとしないハゲが、名楽に向かってそんな事を宣った。

 

「どうしたのよ急に」

 

「今向かっているのは魔法帝国の首都だが、入るに当たっては当然関所がある。足税を払えば旅人でも入る事は出来るが、さすがに角の生えた悪魔は通してくれん」

 

「そういう事はもっと早く言いなさいよ……」

 

 閉鎖的ではなく、だからこそ逃亡先に選んだのだろうが、考えてみれば当然であった。話によれば城郭都市であるとの事だし、出入りのチェックくらいはしているであろう。収入源にもなるし。

 

「つっても角を切るのはムリだぞ」

 

 角人の角や翼人の輪毛等を故意に損壊させると、『特定形態を否定した』という罪状で形態差別罪になる。それは自身の身体であってもだ。もちろんここではその法律は関係ないが、元の世界に戻った時の事を考えると取れる選択肢ではない。

 

 また、もっと単純な理由がある。角を切ると痛い上に血が出るのだ。牛やヤギの角と同じで、内部に神経と血管が通っているためだ。身近なところとしては、角ではないが、犬や猫の爪のようなもの、と言えばイメージしやすいかもしれない。

 

「ふむ……やはりそれは、悪魔的な理由によるものか?」

 

「まあそんなとこ」

 

 その二つの理由からして角は切れないのだが、説明する必要を感じなかった名楽は、男の思い込みをいい事に適当に誤魔化した。皐月の方は、ん……? 悪魔……? 魔獣じゃなくて……? と首を捻っていたが、二人はそんな様子を気にかけず話を続けた。

 

「で、何か案でもあんのか? 夜を待って壁でもよじ登んのか? ワタシにゃムリだぞ?」

 

「それは最終手段じゃが、そうはならぬよ。まあ任せておけ」

 

 男は自信ありげに口角を吊り上げ、したり顔で言い放った。

 

「ワシにいい考えがある」

 

 どうにも不安を禁じ得ない言葉であったが。

 




 リアル中世欧州ではなく、あくまでも中世っぽい異世界。
 なので、多少おかしなところがあったとしても優しい心で見逃してください。

 みえる様、誤字報告ありがとうございました。
 ですがニュアンス的にこちらの方が合ってるかなと思いますので、このままにします。あしからず。
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