・皐月と名楽、異世界に召喚される。
・騎士と山賊をヒャッハーしつつ、北の魔法帝国を目指す。
・『ワシにいい考えがある』
北の魔法帝国。正式名称、エイガム魔法帝国。皇帝を頂点に貴族制を布いている国である。それだけならば周辺諸国とあまり変わらないが、この国を特徴づける特色が存在する。それこそが、魔術師貴族制。この国では例外はあるが基本的に、魔術師が貴族となるのだ。
魔術の有用性は言うまでもない。発火程度でも火打石よりは手軽な火種になるし、例えば火球を飛ばす事が出来るのならば、戦いでも大いに役に立つであろう。他の魔術もまた、中世程度の技術力だと推測されるこの世界では、重宝される事は間違いない。
その利用を国家ぐるみで推し進めていたこの国は、歴史は浅いながらも、この一帯の覇者となり得る可能性が存在していた。そう、あくまで可能性、である。『有翼の悪魔』によって、皇帝を始めとする貴族のトップ連中が奴隷にされてしまった今となっては、全ては過去の可能性にしか過ぎない。
その政治的混乱は今もなお続いており、首都たるここエ・リオミーグは荒れている。だが、だからこそ機を見出し寄ってくる者もいるのだ。例えば今、大通りを歩いている、ハゲと片目と角付きという色物三人組のように。
「いまいち活気はないけれど、思ったよりも清潔ねえ……」
周囲を見回した片目こと皐月が感想を漏らした。確かに彼女の言う通り、地面は舗装こそされておらず剥き出しの土なれど、その上は割と清潔だった。欧州中世暗黒期とは明らかに異なる一面であった。
「ひょっとしたら『ハイヒール』が必要かもと覚悟してたけど、そうはならなくて何よりよ」
「ハイヒールとやらが何かは知らんが、確かに随分と小綺麗になっとるな。昔はもっと汚かったはずなのだが」
彼女の声に応えたのは、ハゲこと魔術師のハゲであった。彼もまた周りを見回し、以前との差異を実感しているようであった。尤も清潔になる分には文句はないようなので、単なる感想の域は出なかったが。
なおハイヒールの起源についての説はいくつかあるため、皐月が言うところの『用途』が必ずしも正しいとは限らない。だが、地域差はあれど、そんな説が生まれてしまう程には中世の道が汚かったのは事実らしい。
『用途』の具体的内容や、道が汚かった理由? 知らない方がいい事もこの世にはある。どうしても知りたいのなら、目の前の箱か板に聞くといいだろう。自己責任で。
「それはまた……
「そうじゃな、あっさりとこのあ……こやつが入れた事も含めてな」
二人の目が、角付きこと名楽に向けられた。その頭を覆い隠すローブの下で、彼女はぷるぷると小さく震えていた。
「まだ気にしとるのか。入れたのだからいいではないか」
「そうそう、無事入れたんだから良しとしときなさいよ…………ププッ」
「……オイ今笑っただろ」
地獄の底から響くが如き声が、ローブの内側から響いた。皐月を見上げる名楽の目が、奈落の底の悪魔のように、ぎんぎらぎんに光っていた。皐月は顔を背けると、口を手で覆った。
「いえいえそんな、笑うだなんてとんでもない事でございますわ……クプッ」
「やっぱ笑ってんじゃねーか!」
棒読みな丁寧語で煽る友人に、名楽の怒りの導火線に火がついた。激おこぷんぷん丸だった。そんな名楽に、ハゲが顔を向けた。
「騒がしいぞ静かにせい」
「元凶が何言ってやがんだハゲ!!」
「ハゲはおぬしじゃろうが」
と言っているが、もちろん名楽はハゲではない。それが何故ハゲなのかは、関所を通る時のやり取りに端を発する。
◆ ◆ ◆ ◆
色物三人衆が魔法帝国に着いた頃まで、時は少々巻き戻る。
『では次の者』
首都を守る関所に、ローブ姿の三人が入っていった。入国管理を行う役人は、そっけない定型句でそれを出迎えた。
『名前と入国目的は?』
『ワシはアルベルト・トクトー。親戚に会いに来た』
『私はアヤメ・サオトメ。こっちのキョーコ・ナラサキの友人で、彼女と目的は同じ』
さらっと偽名を名乗っているが、これはあらかじめ決めておいた事だ。本名を知られるとその相手に従わなければならない、という言い伝えを警戒しての事である。下の名前はもうバレているし、そんな魔術が存在するかも定かではないが、警戒しておいて損はあるまい程度の考えだ。
『外国人か。その目的というのは……いやその前にフードを外してもらおう。顔を確認せねばならん』
唯一ローブのフードを外していなかった名楽に向け、役人が妥当な事を言った。彼女は少しばかり躊躇う素振りを見せ、しかし素直にフードを下ろした。
『む? それはどうした?』
訝しげな役人の目は、その頭部に向けられていた。本来ならば角と獣耳が生えているべき頭部には、全体に布がターバンのように巻かれ、全てを覆い隠していた。角の部分がかなり不自然に盛り上がっているが、そこを突っ込まれる前にハゲが横から口を挟んだ。
『これこそが入国目的そのものなのじゃ』
『どういう意味だ?』
意味が分からないという顔の役人に対し、情感たっぷりの言葉がハゲの口から飛ばされた。
『実はな……この者は、この年にしてハゲてしまっての』
『は? ハゲ?』
名楽が下を向いてぷるぷる震えているが、ハゲの舌は止まらない。むしろそれを燃料にしているが如く、より一層滑らかになっていくばかりであった。
『うむ。何らかの病気のようなのだが、医者には匙を投げられてしまったのよ。この年でこれでは嫁の貰い手もないしの……いやそれは元からか……?』
『嫁の話はともかく。そういう訳で、魔法先進国と名高い帝国の首都たるエ・リオミーグなら、何か手段があるかもしれない、と藁にも縋る思いでやって来た訳です』
『な、なるほど。事情は理解した』
皐月の補足説明に、面食らいながらも役人は納得した。その彼に向かって、書類をめくっていた別の役人が頷きを送った。少なくともこの三人は、この国においては犯罪者として登録されていない、という合図であった。
『しかしだな。被り物は取ってもらわねばならんのだ、規定でな』
少々どころでなく都合の悪い言葉を役人が告げた。その言葉は一応真実ではあったのだが、それだけではない事を敏感に察したハゲが動いた。
『それは年頃の娘に対し、あまりに情が無いというもの。これで一つ、見逃してはもらえまいか』
じゃらりと金属の音が鳴る袋が役人の手に渡った。実に分かりやすい袖の下であった。その中身を確認した役人は、ごほんとわざとらしく咳払いをした。
『う、うむ、そういう事であれば仕方ないな。あちらで荷物の検査を受け、問題なければ足税を払って入るがいい』
『おお、話が分かる男じゃな』
『何、私とて年頃の娘に無体を働きたい訳ではないからな』
その後は足税を払ってすんなりと通れたのだが、名楽と皐月は終始ぷるぷると小さく震えていた。その理由が正反対だったのは確定的に明らかであった。
◆ ◆ ◆ ◆
「――――大体な、お前がアルベルトってどういうこった! 全世界のアルベルトさんに謝れ! 土下座してごめんなさいしろ!」
「ええい、何を訳の分からん事を言っておるかッ! ワシがアルベルトで何が悪い!」
「悪いに決まってんだろ、あのアインシュタインと同じ名前なんだぞ!?」
「アインシュタインが誰かは知らんが、ワシが負けるはずがなかろう!」
「負けとるわ! 戦う前から負けとるわ!」
ふと気付くと、ハゲと角の争いはよく分からない方向に飛んでいた。初対面が初対面だったので、名楽はハゲ相手だと、どうにも感情的になってしまうようであった。それはそれとして通行人の注目を集めていたので、皐月は手をパンと叩いて二人を止めた。
「はいはいそこまで」
一応二人は黙ったが、ふしゃーぐるると睨み合う事は止めなかった。そんな彼らを意図的に無視し、皐月は話題を振った。
「そういえば足税だけど」
「む?」
「足一本につき3銅貨って、そこはかとなく悪意を感じる値段設定よね」
人が三人で足が六本、馬が二頭で足が八本の計十四本だが、ハゲだけは正規の旅券を持っていた為半額となり、39銅貨であった。山賊からの喜捨を使用したので懐にダメージはないと言えばないが、問題はそこではなかった。
「あれ計算の出来ない人だと誤魔化されるんじゃない? 実際誤魔化そうとしてきやがったし」
詐欺とも言えない単純すぎる手口だが、識字率がお察しと思われるこの時代では効果は絶大だろう。政治的混乱の影響か、上も止められていないようだ。値段設定からして、むしろ一緒になって『アガリ』を徴収している可能性すらある。
「小役人の小遣い稼ぎなどよくある事であろうが。それよりワシとしては、お主らの計算の速さに驚いたぞ。計算棒も使わず瞬時に計算出来るとは、やはり悪魔なのだな」
「そんな変な納得の仕方をされても困るのだけれど」
計算棒とは詰所の役人が計算に使っていたもので、元の世界で言うところの『ネイピアの骨』もしくは『ネイピアの計算棒』に酷似したものだ。尤も彼女らはこちらの世界の数字はまだ読めないので、形状からの推測だが。
『ネイピアの骨』とは、ジョン・ネイピアというスコットランド人が発明した、掛け算や割り算を高速で行うための道具である。構造は割愛するが、これがあれば九九を覚えていなくとも、足し算が出来るのなら、掛け算割り算、応用で平方根の計算が出来るようになる。西洋には九九がなかったが故の発明とも言えよう。
史実ではこれが発明されたのは17世紀初頭で、中世を通り越して近世のはずなのだが、こちらの世界ではそれよりも早く発明されているようだ。作りそのものは単純なので、どこぞの天才が生み出したのであろう。
「ふぅぅ…………。ところで、目的地はまだなのか?」
大きく深呼吸して気を静めた名楽が、ハゲに向かって問いかけた。ハゲはそれを聞いてか聞かずか、とある場所で足を止めた。
「ここじゃ」
そこは何かの店のようであった。壁には、単純化されたタンスのイラストが看板としてぶら下げられており、彼女達には読めなかったが、その上には『トクトー家具店』と書かれていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「いらっしゃ――――なんや、アルベルトおじさんかいな。久しぶりやな」
「何だとはご挨拶じゃな」
古めかしいテーブルや椅子、棚等が陳列されている店内。そこで三人を出迎えたのは、名楽より僅かに背が高い、二十歳くらいに見える若い女性であった。ハチミツのような金髪と、トルコ石のような青色の、くりっとした瞳が特徴的だった。
なお金髪碧眼は劣性遺伝なので相当珍しいはずなのだが、通行人の姿からすると、ここではそこそこ存在するようだ。妙なところで異世界を感じる事象だった。
「最近調子はどうだ」
「ぼちぼちでんな……と言いたいとこやけど」
はぁぁぁぁ、と女性は重たい溜息をついた。それこそ冥府の底まで届きそうな程に。
「アカン」
「アカンか」
「貴族向けの方の売れ行きが落ちとるねん……。それに引っ張られるよーな感じで、一般向けのまで……」
「む? 上が変わったのであろう? ならば新たな上は、新たな家具を求めるのではないか? 貴族なぞ、見栄と虚栄心で生きているような生物であろうが」
「ウチもそー思っとったんやけどなぁ……どーも新しいお上は、
「ふむ……」
考え込み始めたハゲの後ろで、皐月が聞こえてくるイントネーションに首を捻っていた。よくある事なのか、それを察した女性が皐月を見た。
「ん? ネリシュ訛りが珍しいんか?」
「ネリシュ?」
「オカンの出身地や。この辺やとあんま有名やあらへんけどな」
「へえ……」
母親の訛りが娘に移った、という事らしかった。それが関西訛りに聞こえているのは、どうやら自動翻訳の都合のようだ。どういう仕組みかは不明だが、随分と高性能であった。
「おじさんって事は、お前の姪か?」
「そうだ、ワシの兄の娘にあたる。兄はすでに亡くなっているが、この店を残した。それを継いだのが、このマリア・トクトーという事だ」
「女性でも継げるのか」
「珍しいがない訳ではないな。そもこの国の初代皇帝は女だ」
「随分若いように見えるが……」
「兄が死んだのは急だったからな。店を潰すワケにもいくまいよ。まあそのうち婿でも取るのではないか?」
「立場的に苦労しそうだな」
ハゲが名楽に、女性との関係性を説明していた。叔父と姪という割には年が近い――ハゲが25という自己申告を信じるならだが――ように見えるが、ハゲが兄と年が離れていると考えれば、特におかしな事でもなかった。時代的に婚姻年齢は低いと思われるので、尚更に。
「ほんで」
「ん?」
「あんさんら、どちらさん?」
真顔が皐月と名楽の間を行ったり来たりしていた。割と今更感があったが、当然の疑問でもあった。ハゲが僅かに重みを滲ませてそれに答えた。
「その事について話がある」
「……なんや事情がありそやな、奥で話そか。クラウス、店番は頼んだで」
◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ…………。悪魔、なぁ」
自己紹介と事情説明も終わり、マリア・トクトーはじろじろと皐月と名楽を無遠慮に見つめていた。
皐月達としては、事情を明かすのはもう少し慎重に行きたかったのだが、『これから世話になる相手にいつまでも隠し通せまい』というハゲの意見に押し切られる形となった。止める暇も無くバラされた、とも言う。
ハゲにはハゲなりの成算があっての事であろうが、それにしたって心臓に悪い話であった。
「『有翼の悪魔』は一目で分かったけど、悪魔にも色々おるんやね」
「見た事があるの? どんな感じだった?」
「一度しか見とらんけど……背中から白い翼を生やして、頭に輪っかを乗っけた若い女やったな。翼は動いとったから作りモンやあらへんとは思うで。その時は『異形の幼子』の方はおらんかったけどな」
「『異形の幼子』? 初めて聞くけど、何それ?」
「悪魔が連れとった子供や。噂によると、小さな翼と犬のよーな耳と尻尾が生えとるらしいで」
「へえ……」
やはり元の世界における、翼人と呼ばれる形態のようであった。『異形の幼子』の方は初耳だったが、彼女の話が正しければ混合形態であろう。となれば、次に聞く事は決まっていた。
「その悪魔達って、今どうしてるか知ってる?」
「城におるはずやけど、最近姿を見ぃひんとか何とか。詳しい事は分からへんけどな」
「そう……」
病気で寝込んでいる、元の世界に戻った、『いなかった』事にされた等々、可能性だけなら色々と考えられるが、何一つ確証はない。そもそもその話が正しいかどうかすらも分からないのだ。何にせよ、後で詳しく調べてみる必要があるだろう。
「ウチからもええか?」
「何?」
「あんさん見た目はウチらと変わらんけど、何か悪魔って証拠はないんか? いやそらまあ、顔つきとか真っ黒な髪とかで、外国人っちゅー事は分かるけど」
「黒髪が珍しいの?」
「たまーにはおるけど、もうちょい色が薄いな。そないに黒いんは初めて見たわ」
『前世』の日本では髪色と言えば黒が大半だったが、今世ではアジア人でも結構カラフルだ。クラスメイトだけでも白や茶に赤、色は薄めとは言え金髪までいる。黒は数としては多いが、皐月ほどに真っ黒、となるとそうはいない。
この国の人間は色素が薄めのようなので、夜闇を溶かしこんだかのようなその黒は、物珍しく映ったのであろう。
「見た目に騙されてはならんぞ。この悪魔は、山賊四人を瞬く間に撲殺してのけたのだからな」
「そりゃまた……」
「人を血に飢えた悪魔扱いするのはやめて頂戴」
事実なので強く否定する訳にもいかず、さりとて思うところがない訳でもない皐月が、微妙な顔で微妙な牽制を放った。もちろん全く効かなかったマリアは、今度は名楽に目を向けた。
「そっちのコは? まさかホンマにハゲとる訳やあらへんのやろ?」
「……どーするよ」
「……もうこうなったら、見せるしかないんじゃない」
最悪口封じするけどお尋ね者になるのは覚悟してね、という言葉が聞こえたのは、耳の良い名楽だけであった。彼女は酸っぱくない梅干しを食べたような、何とも言えない表情で皐月を見つめ、何かを諦めたような溜息と共に頭のターバンを外した。
「…………おぉ」
露になった角と獣耳を見たマリアの目が点になった。彼女は吸い寄せられるように角と耳に触れ、それが作り物でない事を確認すると、ほーともおーとも付かない声を出した。
「顔の横に耳がない……ホンマに悪魔なんやな……」
「それで、話の内容なのだが」
おもむろにハゲが本題を切り出した。マリアは名楽の頭を撫でまわす手を止め、叔父の方に向き直った。
「ワシとこの悪魔達の面倒をここで見てくれぬか?」
「あー……そーくるかー……」
「駄目かしら?」
「優秀な魔術師のおじさんならいつでも歓迎やけど、悪魔はなぁ……」
悪魔を懐に抱え込むのはリスクが大きい。この国は宗教色が薄いとは言え、無視できるものではない。直接的な関係はないが、悪魔というだけで、『有翼の悪魔』を快く思わない者を敵に回す可能性もある。
「バレた時の事を考えると……」
「さっき言った通り、元の世界に戻るまでの間だけだから、そんなに長期にはならないはずよ。それに商売に使えそうなアイディアもあるし、私達は計算棒がなくても素早く計算が出来るわ」
「ほほう」
マリアの目がきゅぴーんと光った。『計算が出来る』というのは、それだけの価値があるものらしかった。
「なら、5643+678は?」
「羌子」
「うぇっ!? えーと、6321」
皐月のキラーパスに変な声が出たが、半ば反射的に答える名楽。それを聞いたマリアはますます目を光らせ、問題を追加していった。
「33248-9024」
「24224」
「989×631」
「あー……624059」
「5874÷22」
「267」
いつの間にか計算棒を持ち出していたマリアは、それをぱちぱちと並べ替え、答えを確認すると目を輝かせて宣言した。
「採用!」
「おいちょっと待て!」
華麗なる掌返しに、思わず名楽がツッコんだ。関西人の魂が宿ったが如き、実に見事なツッコミであった。
「私らはまだこっちの文字も読めないんだぞ!?」
「おいおい覚えてきゃええねん。人をつけるから、差し当たっては計算だけしてくれればええよ。あ、数字だけは早よ覚えてな」
「私が言うのもなんだけど、それでいいの……?」
「ハン、商売人舐めんなや。悪魔だろうが何だろうが、使えるモンは何でも使うわ」
「そうだ、計算といえば、ゲルトの奴はどうした」
「オトンが死んだ後、『女なんぞに従ってられるか!』ってタンカ切って出てったわ。田舎に帰ったんとちゃう?」
「ああ、やっぱりそういうのはあるのか……」
というか、経理は相当重要なポジションのはずなのだが、それを任せていた従業員に逃げられて大丈夫なのであろうか。大丈夫ではないので悪魔でも何でも使おうとしている、のかもしれないが。
「ほんで、片目のあんさんの方も同じように計算が出来る、と思ってええんか?」
「まああれくらいなら」
「お主はその腕力を活かせる仕事の方がいいのではないか?」
皐月の眉が歪んだ。余計な事を、と顔に書いてあった。それに気付かず、ハゲと関西弁の会話は続いた。
「山賊四人を撲殺したとか言う?」
「うむ、まさに瞬殺であった。あれなら用心棒でも務まるだろうよ」
「いや私は『強そう』には見えないから、用心棒は無理よ」
威圧感や体格というのも用心棒には重要な要素だ。『戦って勝つ』のも大切だが、『戦いを躊躇わせる』というのはもっと大切なのだ。孫氏の言うところの、『不戦而屈人之兵、善之善者也(戦わずして勝つのが最善である)』である。
そういう意味では、皐月は全くもって向いていない。身長163cmは時代的には大きい方だが、それを除けば見かけは単なる外国人の小娘にしか過ぎないからだ。中身がいくらアレだろうが、外からでは分からない。
「でもなー……今の状況からすると、戦えるヤツが多くて困る、っちゅー事はないねんなぁ」
「状況はそこまで悪いのか」
「どーもキナ臭い感じやな。警邏は役に立たへんし」
「ふむ……城への仕官も考えていたが……」
「そらおじさんは魔術師やからそれは簡単やろけど、今はオススメできひんなぁ」
雑談を始めてしまった二人を置いて、名楽が皐月を見上げた。
「菖蒲、用心棒は嫌なのか?」
「そりゃあね。危険を打ち払うのと、危険に飛び込むのは全く違うでしょ? 私には多分戦いの才能があるけど、だからって戦いに身を置かなきゃいけない、って事はないもの」
プロ野球選手は全員野球の才能があるのだろうが、野球の才能があるからといってプロ野球選手にならなければならない、という道理はない。ましてやそれが命懸けの仕事なら、尚更だ。
まあ仮に彼女が軍人にでもなったら、職務に則って容赦なくテロリストを消毒し始めるだろうが、それはそれである。そもそも隻眼では軍人や警官にはなれないので、そんな未来は多分来ない。
「そらそーか」
「そうそう。訓練も受けてないし、殺しが好きな訳でもないし。無駄に戦わずに済むんなら、それが一番いいのよ」
不良やチンピラを殴り倒して回っていた女の言葉ではないが、それはそれでこれはこれ。心に棚を作るのだ。楚人に足りなかったのは、『この矛で盾を突いたらどうなるか、それはお客様ご自身でお確かめ下さい』と矛と盾をセットで売っ払う図太さである。
「よし!」
その時、マリアがパンッと手を打ち鳴らし注目を集めた。彼女は腰に両手を当て、背筋を伸ばして皆を見回した。
「話をまとめるで! まずおじさんは、ここで働きながら皇城内部や貴族の情報収集と、地獄への送還術式の研究をする。それに付随して、魔導書をこっちのツテを使って探す」
「うむ」
「悪魔二人は、とりあえず計算棒」
「何だか語弊のある言い方だけど」
「まあ間違っちゃいないな」
「出来れば、用心棒とかもやって欲しいんやけど……」
「あんまり気乗りしないわねえ……」
「ほなその辺りは要相談ってコトで。細かい条件は後で詰めるとして、大枠はそれでええか?」
確認の言葉に頷きが三つ返され、マリアは満足そうに大きく頷いた。
「よし! ほな早速やけど」
彼女はずずいと皐月に顔を近づけ、好奇心と商売心と下心が入り混じった面持ちで問いかけた。
「商売のアイディア、ってどないなのがあるん?」
「あー、その件だけど」
極々自然な動きで、マリアの頭を掴んで遠ざけながら皐月は言った。
「明日以降でいいかしら? まだこっちに慣れてないし、とりあえず一日過ごして使えそうなのを考えてみるわ」
「んー……まぁそれでええわ、でもなるべく早く頼むで」
◆ ◆ ◆ ◆
夜。宛がわれた部屋で悪魔二人が、話し合いを行っていた。
「さて、これからの方針だけど。ここの従業員として働きながら、帰還の方法を探す、って事でいい?」
「ああ。そういう話だと、城の方の『有翼の悪魔』も気になるとこだが……」
「そっちは追々、ね。さすがに城に忍び込むのは無理だし」
「菖蒲でも無理か」
「いや私を何だと思ってんのよ。普通のJKにそんな事が出来る訳ないでしょうが」
普通のJKはテロリストを撃ち殺したり山賊の頭をカチ割ったりしないんじゃね、という言葉は喉で止まった。異世界でも
「段ボールがあれば別かもしれないけど。私も片目だし」
「なんで段ボール……?」
段ボールさえあれば、いかなる敵地にも、それこそ最新の軍事基地にも潜入する事が出来るのだ。中世の城なぞ余裕である。ただし段ボールを潜入に使用するには、性欲を持て余す者でなければならない。残念ながら皐月には使いこなす事は不可能であろう。
「まあ段ボールは置いといて。商売のネタの話なんだけど」
「ああうん……少しは思いつくが、私らじゃ大したモンは作れなさそうだな」
例えば名楽はスマートフォンを持っているが、どうやったって同じものは作れない。知識材料技術経験設備、ありとあらゆるものが不足している。だが、それでも。
「私達にとっては大した事がなくても、こっちの人達にとってはそうではない、って事がありそうなのよねえ」
「ああ……言われてみりゃそうだな」
「……羌子、疲れてる?」
普段なら言われずとも気付くはずだし、どうも元気がなさそうにも見える。それに気付いて問いかけた皐月に、名楽はあくびを噛み殺しながら答えた。
「……ちょっとな」
「旅の疲れね……ならもう寝た方がいいわ。でもその前に一つだけ」
「なんだ?」
糸目のせいで分かりにくいが、普段より明らかにしょぼくれた目を名楽が向けた。
「この世界に影響を与えすぎるような事は、避けようと思ってるの」
「……てーと?」
「例えば、火薬の作り方や四年制の輪作のやり方を伝えたりはしない、って事ね」
黒色火薬と銃は戦争を変え、四輪農法は生産性を上げ、産業革命の一因となった。どちらも世界を一変させるに足る代物だ。この時代では、工作精度的に銃は作れないかもしれないが、それでも概念を伝える事は可能である。
「まあもう存在してるんならそれでいいんだけど。この世界の事は、この世界の人間が何とかすべきであって、私達が横から割り込んでどうこう、ってのは筋が違うと思うのよ」
「あくまで私らは、いつかいなくなる
それは筋道の問題でもあるし、実利の問題でもある。世界を変え得る発明をぽんぽん世に送り出せば、未来の予測が全く出来なくなるし、巡り巡って反動が返ってこないとも限らない。その結果として目的を達する事が出来なくなれば、それこそ本末転倒というものである。
「……ん? じゃあ商売の方はどうすんだ?」
「それだけど、『缶詰に対する缶切り』を目指そうと考えてるわ」
「…………なるほどな。需要も技術も存在するけど、発想がなくて作れない物を作ろう、ってコトか。コロンブスの卵だな」
「話が早くて嬉しいわ」
缶詰が発明されたのは1810年だ。しかし発明者は缶切りまでは発明してくれなかったので、当時の人達はノミやナイフに銃剣、時には銃でダイナミック開封していた。缶切りが発明されたのは驚くなかれ、48年後の1858年である。
缶切りの需要そのものは当初から存在したはずだ。にもかかわらず、半世紀近くも発明されなかったのは、技術が足りなかったからではあるまい。少なくとも、銃を作れて缶切りを作れない、という事はなかろう。
では何が足りなかったのか。それこそが、名楽の言った通り、発想だ。需要もある、技術もある、しかし発想だけがなくて作れない、そういう製品は意外と多い。いや、
例えばティッシュペーパーが商品化されたのは1924年だが、当時は一枚一枚折らずにそのまま箱に入れていた。互い違いに折り畳んで箱に入れ、一枚出すと次の一枚が出て来る、現在のボックスティッシュの形になったのは、5年後の1929年だ。
「要するに、『ちょっとした工夫で皆様の生活を豊かに』って事ね」
「妥当っちゃ妥当だが、お前さんが言うと何となく胡散臭い詐欺師みたいだな」
「詐欺師は胡散臭くないわよ?」
「そうなのか?」
「信用させて金を出させないといけないんだから、胡散臭かったら意味ないでしょ?」
「それもそうか……。……お前が胡散臭いのは否定しないんだな」
「…………」
「…………」
何とも言えない空気が流れた。その空気を払拭するかのように、どちらからともなく毛布に手をかけた。
「……寝ましょう」
「……だな」
魔法帝国については独自設定。
だって原作で一ページしか出てないんだもの……。
関西弁がおかしかったら自動翻訳の仕様だと思ってください。