【完結】四肢人類の悩み   作:佐藤東沙

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04話 人魚は魚類じゃなくて哺乳類です

 潮の香りのする深い緑のトンネルを抜けると、そこは水没都市だった。所々が緑に侵食されている、水に浸かった校舎。水の中には魚が泳ぎ、うだるような暑さを少しでも忘れさせてくれる。

 

 水没都市、と言っても地盤沈下で沈んだのではない。最初からそうデザインされて造られた建造物なのである。

 

 ここは政府に厳重に保護された、人魚の居住区域。本日、新彼方高校の一年生は、形態平等政策の一環として、人魚形態との合同授業を行うべく訪れたのだ。

 

山人(やまのひと)の皆さん、第十四水人高校にようこそ」

 

 彼らを出迎えたのは、この学校の教師と学級委員長だ。教師はスーツ姿だが、委員長の方は水着で、その身体的特徴が殊更露になっている。

 

 人魚といっても、上半身は他形態とさほど変わらない。耳は翼人と同じだし、指に水かきがある訳でもない。あえて差異を挙げるなら、腰の横に申し訳程度の小さなヒレが生えているくらいか。あの大きさではほぼ役には立たないだろう、将来的には退化しているかもしれない。

 

 逆に下半身は、膝の辺りから両脚が融合して一体化し、ヒレになっている。その長さはかなりのものであり、他形態に当てはめた脚の長さからすると、概ね倍ほどもあるだろう。

 

「初めまして、委員長の御魂です」

 

「合同授業をさせてもらう、一組のクラス委員の美浦です」

 

 挨拶を交わし合う学級委員長の横で、双方の教師同士がどうもどうもと頭を下げあっている。日本人の習性はこんなところでも変わるところがないようだ。人魚の方はスーツだが、二足歩行の方は生徒共々水着なので、どことなくシュールである。

 

「すげー、人魚だぜ」

 

「ジロジロ見んなよ」

 

 小守(こもり)(まこと)がアホ面晒して人魚を見つめ、獄楽に窘められている。高一とは思えぬ長身と、筋骨隆々な体躯を併せ持つ、アメフト部所属の竜人の少年である。見た目に違わず怪力であり、その力は人馬にも決して引けを取らない。

 

 反面成績は非常に残念であり、この間の中間試験では900点満点中198点で、文句なしの補習と追試であった。そのせいで試合に出場出来なかったため、先輩にぶん殴られたほどだ。

 

 一言で表すなら、『アホだが悪い奴ではない』という、どの学校のどのクラスにも一人はいるタイプである。

 

「山人ってホント変な形してるわよね」

 

「胸ちっちゃい子、あれほんとに女の子かしら」

 

「では早速教室に移動してください」

 

 人魚の委員長が先導し、廊下にも入れてある膝丈の水を掻き分け、教室へと移動する。水がないと移動もできないための措置だが、陸人の感性だとそれでも浅すぎるような気がする。だが人魚は、泳ぐというよりは縦泳ぎの蛇のように身体をくねらせ、上手く移動している。これでも普段よりは水位低めなのだそうだが、器用なものである。

 

 キョロキョロとそんな人魚を見回していた小守が、半ば感心したかのように口を開いた。

 

「つーか皆美人だよな、オッパイでけえし」

 

「どこ見てんだアホ」

 

「でも確かにそうね、目もぱっちりしてる美形ばかりだわ」

 

 人魚の女子は皆美少女と言って差し支えない造形だし、男子も線は細いがイケメンばかりだ。アイドル事務所やジャニーズにスカウトされそうな顔、と言えば少しは分かりやすいだろうか。数は少ないが陸地で暮らす人魚は、実際にそういったところで働いている事もある。ダンスは無理だが、歌が非常に上手いので、需要は存在するのだ。

 

 そんなのが皆水着な訳だから、健全な男子高校生としては鼻の下も伸びるというものだろう。しかも全員紐パンである。脚の形状的に他のは履けないので仕方ないのだが。ウェットスーツなら着る事も出来ようが、この暑さでは熱中症不可避である。

 

「おっ、分かるか皐月。つか何か意外だな、お前でもそういう事に興味あるんだな」

 

「そこはかとなくいかがわしい言い方は止めて頂戴。というか小守君、私を何だと思ってたの」

 

 残っている左目だけが動き小守を捉える。その死んだ目に見つめられた彼は、少々うろたえた様子で、口早に言い訳ともつかない言葉を吐き出した。

 

「い、いや、なんつーかよぉ、皐月はそういう事に興味なさそうっつーか、超然? みたいな感じだったからよぉ」

 

「まあ恋愛に興味ないのは事実だけど」

 

 正確には、『人間』ではない相手にそんな気になれないだけである。それでも角や尻尾程度ならまだ無視も出来なくはないが、人馬ともなると完全に駄目だ。

 

 この世界の馬は六本脚だが、彼女にしてみれば四本脚こそが馬。つまり彼女からすると、人馬は下半身が完全無欠に馬なのだ。『船の中にヤギを繋いで航海した』という大航海(後悔)時代の如き趣味は皐月には無い。

 

「別に性欲がない訳じゃないし」

 

 喋りながら小守に近づき、見上げる位置にあるその顎に、右手の人差し指の腹を当ててつつとなぞり上げる。

 

「そういう気分になる時だって、あるのよ?」

 

「おっ、おう」

 

 口角を上げて笑みを作り、目を細めて流し目を送る。右目が眼帯に覆われ、残る左目が死んでいてもそれでも彼女は美人である。効果は抜群だ。

 

 小守は顔を赤くしてドギマギし、ものも言えぬ程の挙動不審に陥っている。筋骨隆々の偉丈夫がそうなってる姿は、ぶっちゃけ割とアレであった。

 

「ククッ、ウブねえ」

 

「おい菖蒲、あんまからかってやんなよ。コイツ単純なんだからよ」

 

「どっ、どういう意味だオメェ!」

 

「そういう意味だよ、サルみてーな真っ赤な顔で何言ってんだ」

 

「誰がサルだ!」

 

「少しは落ち着きなさいよ、本当に猿みたいよ?」

 

「お前が言うな!」

 

「オメーが言うな」

 

 期せず息を合わせたツッコミに、隣を泳いでいた人魚がプッと噴き出した。

 

「あはは、山人っていつも漫才してるんだね」

 

「いや違うから」

 

「そうそう、いつも漫才してるのはこの二人くらいのものよ」

 

「さらっとデマを飛ばすのは止めろよオイ」

 

「299点……198点……」

 

 ぼそりと呟かれた点数に、二人の顔が引きつる。まあ確かに漫才のような点数である。仮に試験勉強をせずとも、この点数を取るのは逆に難しいであろう。

 

「性格ワリーぞ菖蒲……」

 

「だったら少しは勉強しなさいよ、別に頭が悪い訳でもないんだし……体育だけ出来ても仕方ないでしょうが」

 

「そ、そうだ、体育と言えばよ!」

 

 小守がわざとらしい大声を上げた。誰の目にも明らかな、あからさまな話題そらしであった。

 

「人魚の泳ぎってスゲエんだよな? どんな感じなんだ?」

 

「え? そうだね、そりゃあ山人とは比べ物になんないよ」

 

 人魚は泳ぐために地を踏みしめる両脚という対価を払い、ヒレを手に入れたのだ。泳ぎという点で他形態と比較にならないのも当然である。

 

「後で自由時間があるから、その時に水人(みずのひと)の本当の泳ぎを見せたげる」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 人魚。この世界においては、魚類ではなく哺乳類、それもホモサピエンスの一形態である。従って鱗やエラもなく、肺呼吸を行う恒温動物だ。

 

 とは言え、体内まで他形態と全く同じかと言えばそうではなく、その身体には寒さに対応するための仕組みが備わっている。動脈の周りを螺旋状の静脈が取り巻いており、熱が体外に逃げづらいようになっているのだ。いわゆる『奇網(きもう)』と呼ばれるもので、潜水に適した構造でもある。

 

 そんな人魚だが、同じ哺乳類のクジラ類には泳ぎでは勝てず、かと言って完全に陸上に上がってしまえば満足に動けもしない。だが陸棲人類よりは泳ぎが巧みで、手や指も存在するため同じことが出来る。ゆえに彼らは、古来より沿岸というニッチに棲息して来た。

 

 そしてその立ち位置を活かし、古い時代において人魚は、交易を一手に担う事によって海や河川を支配した。その権威は絶大で、陸における最高権力者ですら(こうべ)を垂れる程であったという。

 

 だが時代が下ると、周囲から孤立して攻め滅ぼされたり、『人魚の角は不老不死の薬になる(昔は角のあるタイプの人魚が存在した)』というデマによって狩り殺されたりと、その権威には陰りが見えていく。

 

 そして陸で技術が進歩すると、彼らはより厳しい立場に立たされる事となる。戦争では魚雷を抱いて敵艦に突っ込まされたり、企業が汚染水を垂れ流して全滅寸前に追い込まれたり等散々だ。

 

 汚染水の際は、その企業の社長以下社員全員が大量殺人罪で絞首刑になったため絶滅する事はなかったが、それも政治家の計算だ。人魚を生かしておけば、戦勝国に対して道義面で大きな顔が出来、結果として国民からの支持も得られるという。

 事実、『平等』が世界的政治トレンドになっている現在、この政策は一定の成果を挙げている。

 

 そういった事情もあり、かつては世界中に棲息していたものの、現在では日本以外では絶滅している人魚は保護対象だ。軍に守られている居住地区に無断侵入した者は、警告なしで射殺される事がある程度には。

 

 だが人魚もまた、守られているだけではない。前述の歌の上手さを活かして芸能方面で活躍したり、水との飛びぬけた親和性を武器に水産業や海軍やらで働いたりと、陸との関係を深める方向に舵を取っている。孤立は滅びへの道だと分かっているのだ。

 

 そんな人魚の思惑と、平等を国是とする国家方針とが相俟って、水陸の合同授業は恒例行事となっているのである。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 他の場所と同じように、水が床を覆い尽くす教室。左手の窓から太陽光が入ってくる事もあり、非常に蒸し暑い。全員水着と言えど、結構きつい環境だ。

 

「席は決まってるので、黒板に書いてある通りに座って下さい」

 

 デコメガネ人魚委員長の言葉に従い、生徒達が三々五々散って行く。

 

「どうも」

 

「ども」

 

「よろしくねー」

 

「こっちこそ」

 

 そこかしこで挨拶が交わされ、人魚と山人が隣同士に座る。こういった細かいところまでの配慮によって、『平等』は成り立っている。ディストピアじみた面があるとはいえ、それを維持する努力は本物なのだ。

 

「うわ、すっごい腹筋ねえ……山人って皆こんなに鍛えてるの?」

 

「いやこれは、必要に駆られてと言うか何と言うか……」

 

 皐月の隣に座った人魚が、その腹筋を覗き込んで感嘆している。ワンピースではなくセパレート式の水着なので、素肌が晒されているのだ。

 

 総じて女性は筋肉が付きにくいものだが、皐月にはそれは当てはまらないらしい。縦にくっきりとラインが刻まれ、横にも僅かなへこみが見て取れる。筋肉の上にうっすらと脂肪がついているという、見掛け倒しではない、実戦的な体つきだ。

 

「必要? というか今気づいたんだけど、君の形態って何なの? 翼人……じゃないよね、翼も丸い毛もないし」

 

「あー、これは突然変異よ。で、鍛えてる理由はそれに関係するんだけど」

 

「ほうほう」

 

「この形態のせいで昔から事件に巻き込まれやすいから、いざという時動けるように鍛えてるの」

 

 未来の話になるのだが、御魂家の末妹が強盗に人質に取られたり、同級生が銃で襲撃されたり、学校がテロリストに占拠されたり、後輩が銃を携帯し、実際に人を撃ち殺すハメになったりと、何かと危険なのがこの世界だ。

 

 そんな世界で、ほぼ唯一と言っていい形態の皐月はとにかく目立つ。それも悪い方に。そのために差別主義者に目を付けられる事も少なくなく、実際に襲撃される事もまた稀とは言い難い。

 

 連中だって馬鹿ではないので、襲撃は警察の目の届かないところを選ぶ。ゆえに、自分の身は自分で守らねばならぬのだ。

 

 本来なら剣道なり空手なりを修めたいところなのだが、施設暮らしにそんな余裕はない。なのでこの筋肉は全て自助努力の賜物である。怠ると死ぬ可能性が割と無視できない確率で上がるので、文字通り必死だ。後は単にトレーニングが習慣化しているという事もある。

 

「おおう……陸ってズイブンと物騒なのね」

 

「いやそんな事は――――あるわね」

 

「あるんだ……」

 

 ないとは言えない、言えるのならば隻眼になどなってはいない。それを差し引いても、『前世』と比較すると明らかに治安が悪い。こう言っていいのかは分からないが、特別な動機ではない殺人や窃盗などの『普通』の犯罪はあまり変わらないように思える。

 

 だが、形態差別に関する犯罪、即ちテロが多い。これは形態差別罪で強く押さえつけている反動なのか、それともそこまで強く規制しなければならない程差別意識が強く、容易くテロに走ってしまうためなのか。

 

 卵と鶏にも似た問題であり、今更廃法にも出来ない以上、答えが出る事はないであろう。

 

「君、名前は?」

 

「なあなあ、自由時間俺達と()け出さね?」

 

「こっちが先約だって、色々街を案内してあげるよ」

 

「それより俺達と行こうぜ」

 

「えっ、えっと」

 

 そんな若干重い話題とは対照的に、非常に稀な事に名楽がモテモテだ。どうやら糸目と、控えめに言ってスレンダーな体型が物珍しいらしい。人魚の女性は皆お目目ぱちくりでグラマーなので、名楽は逆に新鮮なのであろう。

 

 彼女は別に顔や性格が悪いという訳でもないので、このまま上手く事が運び、双方の熱意が持続するのならば、男の一人や二人は作れるかもしれない。

 

 なお人魚相手でもきちんと子供は作れるので、その点は安心だ。万一奇形児が生まれても、形態平等の観点から、国が強制的に一生面倒を見てくれる。

 

「ねえねえアナタ、ホントに女の子なの?」

 

「は?」

 

「実は男の子だったりとか!」

 

 獄楽の方は、隣席の人魚に詰め寄られて困惑顔だ。引き締まってこそいるが、こちらも十分スレンダー。珍しい事は間違いないのだろうが、それだけでもなさそうだ。何となく妖しげな雰囲気が感じ取れる。

 

「んな訳ねーだろ、何言ってんだ」

 

「えー、だってだって、この本の主人公そっくりなんだもん!」

 

 嬉しそうにカバンから取り出した本のタイトルは、『イミテーションの恋人』。表紙絵には、やたらと線が細く、不敵な笑みを浮かべている男と、女の子と見紛うばかりに中性的な男の子が。後者は言われてみれば、確かに獄楽に似ていなくもない。

 

 右下に18禁と書いてある辺りで察しが付くだろうが、いわゆる一つのBL本である。腐った波は人魚をも容赦なく飲み込んでいたようだ。

 

「ブッフォッ」

 

「いややっぱ男の子でしょ、ちょっと確認させて!」

 

「ちょっおまっ」

 

 思い余って実力行使に出る人魚、必死に防ぐ獄楽。蒸し暑い教室は、超下らない事で突如として死地と化した。具体的には獄楽のパンツの危機である。

 

「オイバカやめろ!」

 

「ゴメン、でもさきっちょだけ、さきっちょだけだから!」

 

「騒がしいわね……」

 

「それでは授業を始めます」

 

 いつの間にか入って来ていた教師が授業開始を告げるが、当然のように誰も聞いていない。見かねた御魂委員長が注意しようとするが、人魚の委員長の方が動くのは早かった。

 

「お静かに」

 

 尾びれを水に叩き付け、一瞬でざわめきを鎮めてみせたのだ。まさに水を打ったように静かになる教室。御魂委員長が謎の敗北感を覚える中、ゴホンと咳払いをした人魚の教師が授業を始めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おー、凄いわねえ」

 

「ホントにすごーい」

 

 自由時間。水深が深く、ちょうどプールのようになっている場所で、二足歩行とヒレ脚が混ざって泳いでいた。

 

「さっすが人魚だな」

 

「羌子ちゃんも来れればよかったのにね」

 

「軟弱なんだよ」

 

「熱中症なら仕方ないでしょ」

 

 人魚はシャチやイルカといった、完全水棲哺乳類には泳力の面で劣る。それは単に身体の大きさから来る筋力や心肺能力に差があったり、上半身が流線形ではないため水の抵抗が大きかったりといった理由から来るものだ。

 

 だがそれでも、二足か四足歩行の人類とは比べ物にはならない。結果として、凄い速度で泳ぎ回る人魚と、それにどうにか追いつこうと無理をするか、完全に諦め小高い場所から見学に勤しむ山人、という図式が現出していた。

 

「わっわっ、今2mくらいジャンプしたよね!?」

 

「イルカみてーだな」

 

「凄いバネねえ」

 

 出せる速度が違うため、陸人ではオリンピック選手ですら難しい、そんな芸当も朝飯前なのだ。それを見ていた皐月が、顎に手を当て獄楽を見た。

 

「どーした?」

 

「ひょっとしたら希なら勝てるんじゃないかと思って」

 

「いや、さすがに無理だろ」

 

「そうかしら、やってみたら案外行けるんじゃない?」

 

 少なくとも一部では勝っている、水の抵抗的に考えて。いやまあ、女としては負けていると言えるのかもしれないが。

 

「そういう菖蒲はどうなんだよ、力ならお前の方が強いだろこの腹筋」

 

「水泳は力だけ強くてもねえ……」

 

 『前世』のおかげでクロールバタフライ背泳ぎ平泳ぎと泳げはするが、人魚にはちょっと勝てそうにない。それに運動神経や反射神経は獄楽の方が上だ。

 

「ちょっと待って今私罵倒されたの? 腹筋って新手の罵倒だったの?」

 

「姫はどうだ? 馬力あるんだし、行けるんじゃね?」

 

「うーん、ちょっと無理かなあ。人馬は泳ぐ速度は遅いから」

 

 形状的に水の抵抗が大きく、動力となるべき脚も細く、おまけに犬かきにならざるを得ないので、泳いでも速度が出ないのだ。いや単純な速度はそれなりなのだが、筋力相応か、と言われると首を傾げざるを得ない。当然ながら、速度は人魚に及ぶべくもないのである。

 

「水辺だからって流そうとしないで頂戴この貧乳」

 

「おまっ、言ってはならんことを……!」

 

 胸を抉られた獄楽と、腹を蹴られた皐月がにらみ合う。次の瞬間どちらからともなく両手が伸び、その真ん中でがっしと組み合った。

 

「希ちゃんあやちゃん、落ち着いて……」

 

「落ち、着いてる、わよ……!」

 

「ああ、落ち着いて、ない、のは、菖蒲の、方だぜ……!」

 

 ぐぎぎぎと双方の手が震える。拮抗してはいるものの、皐月の方が若干優勢だ。このままでは程なく押し切ってしまう事だろう。

 

「何やってんのよッ!!」

 

「痛っ」

 

「ぐぉぅ」

 

 だがその不毛な戦いは、後ろから現れた御魂が双方の頭に手刀を叩き込むことによって、強制的に中断された。

 

「まったくもうアナタたちは! わざわざ恥を晒しに来たの!?」

 

「だってコイツが」

 

「複数形にしないでよ」

 

「お黙りなさい、喧嘩両成敗!!」

 

 腰に手を当て仁王立ちで、ガミガミガミと説教のマシンガンが飛ぶ。それを苦笑いで見守る君原を横に、夏の日の午後は過ぎて行った。

 




 腹筋! 背筋! 大殿筋!
 ジェットストリームマッスルをかけるぞ!

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