「野球の応援? 明後日に?」
夏休みも明日に迫った、前期の終業式。その日は、名楽のそんな旨の言葉から始まった。
「兄貴が応援に来てくれってうるさくてね……悪いけど皆、付き合ってくれない? 後で兄貴には何か奢らせるからさ」
「お兄様がいらしたの?」
「一つ上で、
名楽がいつものメンバー+サスサススールを見回す。そこで真っ先に口火を切ったのは獄楽であった。
「何で俺らが羌子の兄貴の応援に行くんだ?」
「甲子園に行けるかどうかがかかってるから、どうしても勝ちたいんだと。女の子が応援に来れば勝てる、とか暑苦しく語ってたよ」
「それで応援に行ってあげようと。兄妹仲が良いのね」
「そんなんじゃないから」
「別に恥ずかしがることはないんじゃないの。私に家族はいないけど、それが大事にすべきものだとは知ってるわ」
名楽のツンデレに、皐月がさらりと鉛のような金言を吐く。重さに一瞬フリーズする三人に対し、最初に動いたのは南極人サスサススールであった。
「ご家族がいらっしゃらないのですか?」
「私は施設暮らしだから。南極にはないだろうけど、施設って分かる?」
「ええ。児童養護施設、保育者のいない子供を引き取り育てる場所、ですよね。確かに南極には存在しません」
「全員女王の子なら、孤児なんている訳ないもんねえ」
「ところで、哺乳類人はそういった施設で共に暮らす者を、血が繋がっていなくても家族と呼ぶ、と聞いているのですが……」
「そんなの人それぞれでしょ。同居してるだけで家族なら、ルームシェアしてる友人とか、寮の同室に入ったクラスメイトとかはどうなるのよ」
「確かに理屈に合いませんね」
「将来的に結婚でもするんならともかく、今の私に家族はいない。そういう事よ」
「なるほど……」
そこでとっくに解凍されてはいたが、口を挟むタイミングを窺っていた獄楽が割り込んできた。
「オイサスサス、コイツは間違っても一般的じゃねーかんな。あんま鵜呑みにすんなよ」
「そうなのですか?」
「そうかしら?」
同じタイミングで同じような反応を返した哺乳類人と南極人を、僅かに呆れた風情の糸目が見やった。
「相変わらず菖蒲はビミョーにズレてんね」
「その、あやちゃん……そういうのってちょっと、寂しくない?」
「……なんで?」
少しだけ物悲しそうに問いかけた君原に、心底不思議そうに皐月が返す。だが君原が口ごもり返答がないのを見ると、首を傾げつつも本題に戻した。
「で、結局応援は行くの? 私は行ってもいいわよ、明後日なら空いてるし」
「まあ奢ってくれるってんなら行ってもいいぜ」
「サスサスは?」
「私が行ってもいいのですか?」
「そりゃもちろん。親睦を深めるって事でどうかな」
「ではよろしくお願いいたします」
「サスサスも参加、っと。姫はどうすんだ?」
「え? えっと、うん、行くよ」
そういう事になった。
◆ ◆ ◆ ◆
「俺と付き合ってください!」
「は?」
試合当日。試合開始までまだ時間があるのでとりあえず挨拶に、という事で向かった常昭高校野球部。そこでいきなり、名楽と顔がそっくりな男が、皐月の手を取り言い放った。
あまりの展開にその場の誰もが固まっていたが、名楽(女)が最初に動いた。彼女はダイナミック告白をかました角人の腕を掴むと、有無を言わさぬ態度で引きずっていく。どうやら糸目の彼こそが、応援を頼んで来た兄で間違いないようであった。
「ちょっちょっとこっち」
「な、何だよ羌子」
「いいから来い!」
そして十分離れた場所に着くと、彼女はこれまた有無を言わさぬ態度で尋問を始めた。
「いきなり告白とかどういうつもりだこのアホ!」
「どうもこうもねえ、そういうつもりだ」
「マジか……マージーかー……。……一目惚れってヤツか?」
「そうだ……どうやら、惚れちまったらしい」
妹とそっくりな糸目がマジである。ぐっと拳を握りしめ顔を僅かに赤らめマジである。まあマジでなければ衆人環視で告白なぞ出来まい。
「正気か。菖蒲は兄ちゃんの手に負える女じゃねーぞ、悪いこたぁ言わんからやめとけ」
「あやめ、っていうのか……キレイな名前だ」
「キショイ」
「うぐっ……ほ、惚れちまったモンは仕方ねーだろうがよぉ」
兄の本気を感じ取り、妹は大きな大きな溜息をつく。さすがにこんな展開は予想外であったが、妹として最低でも収拾は付けねばならない。
「ったく……アイツのどこが良いんだ? 確かに美人ではあるが、顔見ていきなり告白とか、何か海より深く山より高い理由があるんだよな?」
「――――顔、かな」
「浅っ」
キメ顔と共に放たれた台詞は、水たまりよりも浅かった。妹の目がじっとりとした危険な光を帯びていく。それを感じ取った兄は、慌てて言葉を重ねた。
「待て待て待て、それだけじゃねえ。黒髪ロングにストレートもその理由だ!」
「確かに珍しいくらいのまっすぐな黒髪で、姫とは違うタイプの美人だな。姫を陽だまりとするなら、菖蒲は砂漠の太陽って感じだが」
「おっ、分かってくれるか妹よ」
「だがなぁッ、どっちにしても浅いわボケ!」
いつになく口が悪いが仕方ない。頼まれて友人を連れて来たら告白だ、これで微塵たりとも感情が揺らがぬ者は木石か何かだと思われる。
「あと、な……」
「もじもじすんな、キモイから言いたい事があるならとっとと言え」
「その……あの、光のない瞳で見つめられると、ドキドキしちまってな……」
「それ単に動悸じゃないのか。お化け屋敷で幽霊を見た的なドキドキじゃないのか」
「新たな扉を開いちまった気分だ……俺にこんな面があったなんて、一体どうすりゃいいんだ!」
「実の兄に性癖をカミングアウトされた妹こそどうすりゃいいんだ」
ついに頭を抱え込んでしまった妹。マジでこんな時どんな顔をすればいいのだろうか。だが舞い上がる兄は妹に詰め寄る。
「なあ羌子、あやめさんの好みのタイプってどんなのなんだ? スポーツマンはどうかな?」
「せめて告白する前に聞いて欲しかったよワタシぁ」
「そこはすまん! しかし身体が勝手に動いたんだ!」
「胸張って言うことかよ……」
本日何度目か数えたくない、しかしこの先何度も吐く事になるであろう溜息を吐き出す。それでも質問には答える辺り、義理堅いのかブラコンなのかは判然としない。
「菖蒲の男の趣味は知らん、そういう話はした事がないからな」
「そうなのか? JK三人寄ればコイバナ、ってイメージがあるが……」
「私も菖蒲もそーゆータイプじゃないんだよ。まだ三ヶ月ぐらいの付き合いだが、菖蒲はそもそも男にあんま興味なさそうだぞ」
「てーことは……百合!?」
「違う! ……なあ兄ちゃん、さっきも言ったけど、マジで菖蒲はやめとけ。悪い奴って訳じゃあないが、多分兄ちゃんの手に負えるような女でもねーぞ」
「……どういうこった?」
ようやく多少は頭が冷えたのか、怪訝そうな目を妹に向ける。妹は真剣さを増した顔でそれを迎え撃った。
「アイツはな、事情が重いんだ。本人は軽く扱ってはいるけどな」
「重い女って事か? そんなら大歓迎だぜ!」
「違う。性格はちょっとズレてるがむしろ軽いくらいだ。性格じゃなくて抱えてる事情の話だ。……その詳しい事情は私からは言えんけど、色々と重い人生を送ってるっぽいんだよ。その重さを一緒に背負えないのなら、悪い事は言わん。やめとけ」
真面目な顔での忠告だ。だから兄も、真面目な顔でそれに応えた。
「それは出来ん。一目惚れだったのは確かだが、俺は真剣だ。どんな事情があっても引かんし引く気もない」
「そう言うと思ったよ…………」
兄の性格を知る妹は、地の底まで沈み込みそうな勢いで再び溜息をつく。どうしようかと回転の速い頭で悩むが、どうしようもないという結論がすぐに出た。ならば仕方ない、ベストではなくともベターを目指すしかない。
「……多分菖蒲と兄ちゃんは、性格的な相性はあんまよくないな」
「マジかよそりゃねえぜ羌子!」
「私に言っても仕方ないだろ。アイツと相性がいいのは、希みたいに細かい事を気にしない奴か、サスサスみたいに感情的にフラットな奴だ」
「サスサス?」
「ケツァルコアトル・サスサススール。あの南極人だよ。誰かさんがいきなり告白なんぞしなきゃ紹介できたんだがね」
「す、すまん」
「で、相性の話だけど。兄ちゃんみたいに一見ガサツで単純なのに実は細かい事気にする、ってタイプだと、多分どっかで上手く行かなくなる……と思う」
何だかんだで周りをよく見ている。観察眼もあるし頭もいい。恋愛アドバイザー名楽羌子の誕生である。アドバイザーであってキューピットではないので、成功の保障はないが。
「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだ!?」
「感情的になるな、細かい事は気にすんな、事情を聞いても憐れむな。事情は聞けば教えてくれるだろうが、それで憐れんだりすんのは絶対NGだ」
「よく分からんが分かった」
「絶対だぞ、フリじゃねーぞ。アイツ意外とプライド高いとこがあるからな。少なくとも『上から』憐れんでくるヤツを恋人には絶対せんぞ」
「お、おう」
「いいか、仮に可哀想だとか感じても表には出すな、必ず隠せ、死んでも隠せ。菖蒲は頭もカンもいい、ちょっとでも表に出せばすぐバレるぞ」
「ハードル高くねえか?」
「いきなり告白なんぞしなきゃこんなハードルもなかったんだよこのアホ兄貴!」
◆ ◆ ◆ ◆
二人が戻ると、部長が問答無用で兄をぶん殴った。実に体育会系である。
「このアホが! 試合前に告白とか何考えてんだアホ!」
「す、すんません!」
「浮かれすぎで弛みすぎだこのアホ! テメーは次があるが、俺ら三年はこの夏で最後なんだぞ分かってんのかアホ!」
この短い台詞の中に、四回もアホという言葉を入れて来たが無理もなかろう。最後の大会、それも甲子園に出場できるか否かを決める大事な試合が目の前だ。そこで初対面の女子高生に告白なんぞしていれば、そりゃあ怒るに決まっている。
「すんません! でも真剣なんス! 俺はアホっスけど、マジなんス!」
「だったらせめて試合終わってからにしろやァッ!」
「マジすんませんっしたァ!!」
情熱を伝える熱い言葉に返されたのは、もっと熱い正論であった。思わず腰も90度に曲がるほどだ。
「ったくアホが………………すまなかったな、えーと……」
「皐月です。
ひとしきり怒鳴ると、部長は皐月に向き直った。そこで名前すら聞いてない事に気付いたが、皐月が自然にフォローする。
「丁寧にすまんな、俺はこの部の部長、鈴木健司だ」
顔はいかついが、存外にきめ細かい対応の男である。この兄よりよほどモテそうだ。
「では改めて。皐月さん、このアホがいきなりすまなかった。だがコイツはアホだが悪い奴じゃないんだ、許してやってはくれないか」
言葉と共に皐月に頭を下げる部長。出来た男である。ついでにアホこと名楽兄も、部長の手によって強制的に頭を下げさせられている。
「『いかに優れた者でも時には我を忘れます』。頭を上げてください、驚きはしましたが別に怒ってはいませんよ」
「ありがたい。コイツが優れてるかどうかは疑問だが、そう言ってもらって助かったよ。おう、お前からも言う事あんじゃねえのかアホ」
静かな声だが迫力のある部長に促され、名楽兄が顔を上げた。
「ウス! あ、あの、あや――皐月さん!」
「はい」
「いきなり告白なんてしてすんませんっした! で、でも俺……!」
「違うだろうがこのクソドアホ!!」
部長が名楽兄を後ろから再度ぶん殴った。アホの進化形の罵倒付きで。思わず振り返ったその目に映ったのは、鬼瓦と化した部長であった。
「まだ自己紹介もしてねえだろうが! 見てても言われなきゃ分かんねえのかァ!!」
「す、すんませんッ!!」
「俺に言ってどうすんだボケ!! だからテメエはアホなんだ!!」
部長の目が、これ以上言わせるようならどうなんのか分かってんだろうなこの頭ふわふわ野郎、と言わんばかりにぎらりと光る。その眼光に押されるように、名楽兄は改めて皐月に向き直った。
「あ、あの俺!
「先程も申し上げましたが、
「いきなりですんません! でも本気なんです! お、俺と、付き合って下さい!」
勢いよく頭を下げて再び告白する名楽兄。その超直球で男らしい態度に部員たちがざわめく。だが皐月の返答は、ある意味当然のものであった。
「ごめんなさい、初対面で告白する方は好みじゃないので」
「ぐはぁっ!」
「ぶ、ぶった切ったッ!」
「バッサリだッ!」
「ヤベエ、俺があんなん言われたら立ち直れねえかも……」
「な、なんか胸が高鳴るんだが……」
「病院行けや、頭のな」
更にざわめく部員たち。名楽兄はキレッキレのお断りに崩れ落ちそうになったが、不屈の闘志で踏みとどまった。
「じゃ、じゃあ、友達からお願いします!」
「すげえ、あそこから持ち直したぞ」
「パネエ……パネエっスよ名楽センパイ……」
「この攻めっ気の半分でも試合で上手く出せればな……」
「言ってやるな」
口々に感想をもらす部員たちが見守る中、皐月が笑顔と共に返事を返した。
「友達まででお願いします」
「そ、それは、友達ならオッケーってことっスか!?」
「それ以上には行きませんが」
「うおおおぉぉぉぉお!!」
両手を突き上げ、身体全体で喜びを表現する名楽兄。実質的に断られているのに、めげない男である。ちなみに妹の方は、皐月が了承した理由を察して両手で顔を覆い小さくなっていた。
「おいいつまで浮かれてんだアホ。アップ行くぞアホ」
「ウス!!」
「ホントに分かってやがんのか……? オイてめえらもだ! 腑抜けた試合しやがったら許さんからな!!」
『ウス!!!!』
声を揃えた部員たちが、ダッシュで校庭に向かっていく。名楽兄を小突いたり肘打ちしたりとからかいながら、彼らは部長を先頭に走り始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「その…………ごめん、菖蒲」
「別に謝る必要はないと思うけど。こんなの誰も予想できないでしょ」
「そーだぜキョーコ。南極人が転校して来るより読めねえって」
ばしばしと名楽妹の背中を叩きながら獄楽が気楽に言う。確かにこの展開を読めるのなら、預言者でもやっていけると思われる。
「痛いって……てかそういう意味じゃないよ。皆分かってんでしょ」
「どういう意味なのでしょうか?」
首を傾げつつ尋ねたのは、哺乳類人の流儀がまだよく分かっていないサスサススールだ。生態上、恋愛関係は特によく分からないと思われるので、当然と言えば当然である。
「えーっとね、あやちゃんがあそこで完全に断っちゃうと、羌ちゃんと気まずくなっちゃうでしょ?」
「だから菖蒲の好みに関係なく、あの場面で友達になろうって申し出を完全に断るのは無理、ってこった」
「そういうものなのですか? 羌子さんとお兄様は確かにご家族ですが、それぞれの人間関係はまた別物なのではないのですか?」
「理屈では確かにそうなんだけど……。何と言うか、うーん……理屈と感情は別物、って言うか……」
「そんな風に割り切れるヤツばっかじゃねえ、って事だよサスサス」
獄楽の端的な説明に、舌を出しつつシューシューと音を漏らすサスサススール。南極人のジェスチャーは分からないが、不思議そうにしているのは分かる。なので『割り切れるヤツ』筆頭の皐月が追加説明を入れた。
「まあ正直私は気にしないんだけど、羌子はそういうタイプでもないから」
「ええと……菖蒲さんが羌子さんのお兄さんの生殖の誘いを完全に断り、羌子さんと気まずくなるよりも、菖蒲さんが折れて彼の申し出を部分的に受け、羌子さんとの気まずさを幾分か緩和する方を選んだ、という理解でよろしいのでしょうか」
「大体合ってるけど……この場合気まずさを感じるのは私じゃなくて羌子だけね。性格的な話だから分かりにくいでしょうけど」
間違っていないが微妙にずれている理解だ。まだ出会って間もなく、哺乳類人と南極人ではかなり精神構造が異なるので、皐月の補足だけでは不足であったようである。
「後は生殖という表現を避けて、一連の流れを口にしないで理解できれば完璧だったわ」
「生殖とは真面目な表現だと思ったのですが、まずかったですか?」
「まずいって程じゃないけど、そういう直截的な表現はこの場じゃあんま相応しくないわねえ」
「難しいですね」
「異文化通り越して異種族コミュニケーションだもの」
どうやら名楽妹の言う通り、この二人は相性がいいようだ。まだ出会って僅かのはずだが、上手く
「ま、あんま小難しく考えることもねーだろ。で、菖蒲。どうなんだ?」
「どうって?」
「トボけんなよ、羌子の兄貴についてに決まってんだろ」
うりうりと皐月を突っつきながら、意地悪そうな表情を浮かべる獄楽。君原も口にはしないものの、興味そのものはありそうだ。慌てているのは名楽妹だけである。なお生来恋愛の分からぬサスサススールは静観の構えだ。
「断ったじゃない」
「あれは断るしかねーだろ」
あそこで受ける女は、同じように一目惚れしたか、よっぽど頭が緩いかの二択だと思われる。当然皐月はどちらでもないので、断るという選択肢しかありえなかった。
「でもよ、本当に嫌なら羌子は気にしねーで完璧に断るだろ。そうしてねえんだから、案外脈はあったりすんじゃね?」
「と言われてもねえ……」
腕を組んでうーむと考え込む。告白されたのが不快という訳ではない。それなら獄楽の言った通り関係そのものを断っている。かと言って
「その、あやちゃんの好みのタイプってどんな人なの?」
「姫もそういうのに興味あるんだ……なんか意外だね」
「私だって女の子だもん!」
上背があって他も色々と大きいのに、何故この子供っぽい台詞が似合ってしまうのだろうか。それがまたあざとくなっていない辺り、世の不公平さを感じざるを得ない。
「好み……考えた事ないわ」
「その割に結構手慣れた感じで断ってたけど」
「告白されるのは初めてって訳じゃないから」
つまり断るのも初めてという訳ではない、という事である。名楽兄はやっぱり泣いてもいい。
「それでそれで結局、羌ちゃんのお兄さんはどうなの?」
「いや好み以前に、私が求める条件に満たないっぽいって言うか……」
「条件?」
「最低でも私よりは強い事」
「何その蛮族的価値観」
うっかり名楽妹が突っ込んだが当然である。『俺より強い奴に会いに行く!』とか言って旅に出る格闘家でもあるまいし。
「いやそういうのじゃなくて。ほら私って、差別主義者に襲われたりするでしょ?」
「そこで同意を求められても困るぜ」
「……そういう事か、妹としては確かに困るな」
「そういう事ね」
「どういう事だよ」
頭は悪くないのに使わないせいで分かってない獄楽に説明が飛ぶ。
「そういう時、自分の身は自分で守って欲しい、って事。私もそこまで強い訳じゃないから人を守る余裕はないし、人質に取られたりしたら誰も得しない結果にしかならないから」
格闘という括りだと、獄楽の方が皐月より上である。その辺りはやはり経験の差や才能が出るため、力だけでは如何ともしがたい。
「誰も得をしない結果とは?」
黙って話を聞いていたサスサススールが、割と最悪なタイミングで割り込んできた。具体的内容を聞いても誰も得をしないからそんな表現にしているのだ。
「時と場合によっては人質を見捨てて犯人を殺すって事。私も人質も犯人でさえも得をしない。もちろん羌子だって得しない」
「なるほど。確かに誰も得をしませんね」
だが問われれば結構軽く答えるのが皐月である。気遣いはあえなくサスサススールの納得と引き換えになった。
「……てかそういう事なら、兄ちゃんは完全に諦めさせた方がいいな。菖蒲もそんな乗り気じゃないんだろ?」
「正直あんまり興味がないわね。それに――――」
「……ん?」
不自然なところで切れた言葉に、名楽が皐月の顔に目を向ける。形容しがたい何かが微かによぎったが、一瞬の後には普段の表情へと戻っていた。
「――――いえ、何でもない。でも私もちょっと軽率だったわ。ところで流れ的に連絡先は教えるしかないと思うんだけど、大丈夫かしら」
「そこは何とか誤魔化して……」
「あの調子だと羌子のケータイを無断で見かねないわよ」
「うっ」
そこで言葉に詰まる辺り、兄をよく理解している。実に麗しき兄妹の相互理解であると言えよう。
「ま、大丈夫よ。施設のケータイは全員で一台だから、かけても私が出る可能性の方が低いわ」
「そーゆー悪知恵はよく働くのな……」
「機転が利くと言って頂戴。先に言っとけば詐欺じゃないし」
「羌ちゃんのお兄さん、ちょっと可哀想かも……」
「と言ってもねえ。私と付き合いたいって言うんなら、まずは生き残ってもらわないと」
「哺乳類人の繁殖は、命懸けのサバイバルなのですね」
「オイサスサスが哺乳類人を早速誤解してるぞ」
「あのねスーちゃん、これはごく一部の特殊な事例だから……」
「というか繁殖って表現も直球すぎんね」
「哺乳類人情勢は複雑怪奇です」
「どーすんだ否定できる要素がいっこもねーぞ。しかもぜってー何か勘違いしてるぞコレ」
「もうほっとけばいいんじゃないかしら」
「面倒だからってブン投げるんじゃねーよ!」
◆ ◆ ◆ ◆
その後。いつの間にか妹が敵に回り、死ぬほど高いハードルを設定された名楽兄が、思いを遂げられるのかどうかはまだ誰も知らない結末である。
彼らが無事甲子園に行けたのか? それは想像にお任せだ。ただ一つ言えるのは、部長はやはり尊敬するに値する男であったという事だけである。
読者の皆様、感想評価その他諸々、ありがとうございます。
皆、やさしい……(トゥンク
名楽兄の下の名前は分からなかったので適当です。
判明したら修正します。しました。