異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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もう少し異世界編は続きます。




#13 今後

 夜明け。漆黒の夜空の片隅が、これから昇る太陽の光を浴びて白み始めた頃。布団からモゾリと這い出す影があった。

 

「あー、会社行かなきゃ……あ、そうか。今異世界に来てたんだっけ」

 

 モモンガは夜遅くまで起きていても、この時間帯には自然に眼が覚める。彼の会社は出勤時間が早く、夜明け前に家を出ることもしばしばある。休日でも同じ時間に目覚めてしまうのだから、習慣とは恐ろしいものだ。

 

 早く出社した分、早く帰れるかと言えばそうでもない。繁忙期ともなれば家に戻れない事もある。多忙な他の部署の応援に駆り出されるためだ。それも小さな会社の宿命か。

 

 ただ、個人の営業成績に応じて給料に色を付けてくれる。残業代はないが。上司は「君たちが帰れる時間が定時だから」というのが口癖で、残業を認めない。

 だから早く出社して、夕方までにその日の仕事を終わらせて帰る。彼は入社三年経つ頃にはそういうスタイルを確立していた。残業代が期待できないなら、さっさと帰りたかった。そしてユグドラシルに没頭するのだ。

 

 昨晩は珍しく酒を飲んで酔っ払った。会社の飲み会等では付き合い程度に僅かな量を飲むことはあるが、美味しいと思ったことはなかった。

 異世界へ来て初めて、酒や料理が感動するほど美味しい物だと認識できたのだ。

 

(料理も最高だったし、ついつい飲み過ぎちゃったなぁ)

 

 思わずモモンガの頬が緩む。昨日の食事を思い出すだけで、口内に涎が溢れてくる。

 

(だけど、いつまでもここで過ごすっていうわけにはいかないよなぁ。たっちさんは奥さんも小さな子供も居るし。茶釜さんだって、ペロロンンチーノさんだって、家族が心配してるはず。ウルベルトさんは……ウルベルトさん、大丈夫かな)

 

 ウルベルトについて知っていたのは、社会人であること、中二病だということ位で、昨晩話したような事は知らずにいた。

 昨晩ウルベルトが語った内容は、かなり重たいものだった。一緒にユグドラシル(遊び)に興じているときの彼からは想像もつかなかった。

 

 ウルベルトの職場は現場作業で、大企業から使い捨ての部品のように扱われている。危険な作業だが、十分な安全教育も受けられず、危険手当もなければ作業の安全基準もない。両親も、同じような過酷な環境で使い潰されて命を落とした。そうして命懸けで作業した成果が享受できるのは、一握りの富豪達だけ。何の苦労もせず、知る事さえなくただ座して利益を貪るだけの能無しばかりだった。

 

 両親が死んだ時の事をウルベルトは今でも鮮明に覚えている。見舞金を持ってきた企業側の男が、ゴミを見るような目で自分を見ていたこと。

 謝罪の言葉はなく、たった一言、慰労の言葉を口にしただけだったこと。それすらも煩わしいという思考が透けて見えていたこと。

 自分の都合で無茶な要求を通し、それで人が死んでも何の痛痒も感じてはいないであろうこと。

 

 両親の死を体を震わせながら語ったウルベルトは、状況を変えられない悔しさと、理不尽で傲慢な支配者層への恨みを滲ませていた。モモンガは彼に対して掛ける言葉が見つからなかった。

 

 燻っていたウルベルトの感情は、異世界へ来たことと、ある出来事がきっかけで変貌を遂げる事になるのだが……。

 

 

(帰っても辛い環境で働かなきゃいけないんだよなぁ。ウルベルトさんの場合、こっちでのんびり暮らせるならその方が幸せなのかも知れない。でも、それは本人が決めるべきことか……)

 

 本人の人生だ。心配ではあるが、他人である自分が余計な口出しをするわけにもいかない。今後については各々が考えて決断するしかないだろう。

 

(それでも、選択肢の一つとして提案はできる、かな。何時でも指定の日時に転移できるって言ってたから、慌てて帰る必要はないだろうけど)

 

 それでも余り長居するのもどうかと思い、早めに心を決めた方がいいかと考えをまとめる。

 

 

(取りあえず、リムルに相談してみようかな。

 ん?誰だろう?)

 

 部屋の外から誰かの話し声が聞こえてくる。

 

「頼むよぉ」

 

「知りません」

 

「そんな冷たいこと言わずに……お願いだからさぁ」

 

 モモンガがそっと開けた戸の隙間から見えたのは、シエルだった。そのシエルにリムルが縋るようにして何か頼み込んでいる。

 対するシエルはそっぽを向いている。何やらご立腹の様子だ。

 まるでダメ親父と機嫌を損ねた娘のようなセリフと構図になっているのだが、見た目は美女と美少女なので、違和感が凄い。

 

(どうしよう。出ていくべきか、何も見なかった事にして引っ込むべきか……)

 

 ずっと覗き見をしているのは気が引けたモモンガが、どうするか迷っていると、リムルに気づかれてしまった。

 

「んぁ?あぁ、モモンガじゃないか」

 

 モモンガはばつが悪そうに部屋から出る。

 

「その、話し声が聞こえたので……」

 

「聞いてくれ、シエルが意地悪するんだよぉ」

 

「人聞きの悪いことを言わないでください。ご主人様(マスター)が悪いです」

 

「ほらぁ、さっきからこんな調子でさぁ」

 

 リムルはモモンガにヨロヨロとしなだれかかる。モモンガはドキッとした。リムルはスライムなので性別はないが、見た目は絶世の美女なのだ。しかし、それは一瞬だった。

 

「うっわ、酒臭っ!」

 

 女の子のように良い匂いがするのかな、などと一瞬思ったが、強烈なアルコール臭に思わず声が大きくなってしまった。

 

「ぐぁ、大きな声を出さないでくれ。頭に響く……」

 

 そう言って両手で頭を抱えるリムルを見て、シエルと二人して呆れ顔をしてしまう。

 

(もしかして二日酔い?え、スライムって酔っぱらうの?フラフラしてるし。夜通し飲んでたのかな)

 

「えっと、何か頼んでたみたいだけど……」

 

「モモンガからも頼んでくれ。この頭痛を今すぐどうにかして欲しいんだ」

 

「ご自分で毒耐性を下げて酔っ払ったんですから、自業自得です」

 

「いや、おかしくない?俺は痛みを感じない筈なんだぞ?酔っ払ったからって、頭痛を感じるはずがないじゃないか」

 

 リムルはそう言うが、モモンガに言わせてみれば、スライムが人型になって喋っている時点で既におかしい。更には、酒を飲んでへべれけになっているのである。最早ついていけない。

 

()()()痛覚無効のスキルが弱まっていますね。酔っぱらったせいでは?」

 

「んなアホな。はっまさかシエル……?」

 

「心外です!私は何もしていません!」

 

 プク顔でシエルが言い返す。モモンガはそんなシエルの可愛らしさに身悶えしたくなる。

 シエルの声が大きかったためか、リムルがまた頭を抱えて蹲った。

 

「ちゃんと反省してください」

 

「くぅぅ、は、反省します…………しました。どうか痛みを和らげて下さいぃ」

 

 情けない声で幼女に懇願する魔王。威厳もへったくれもない。そんなリムルにモモンガは呆れながらも、助け船を出してやる事にする。

 

「まあ、リムルもこう言ってることだし、そろそろ許してあげてもいいんじゃないかな」

 

 モモンガの言葉に、同じく呆れていたシエルはわかりました、と呟き、額をリムルの額にくっ付ける。

 すると、リムルが安堵した表情に変わった。頭痛は和らいだようだ。

 

「いやー、助かったよ、モモンガ君」

 

 リムルが苦笑いしながら礼を述べる。先程までのへべれけっぷりが嘘のように、すっかり元気になっている。本当にコイツは魔王なんだろうか、とモモンガはついジト目で見てしまう。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「いや、何も……」

 

 今の情けないやり取りを見て、相談する事に不安を覚えたとは言えない。

 

(うーん……やっぱり他の誰かに相談した方がいいかな?)

 

 モモンガがそんなことを考えていると、客室の戸が開いた。

 

「おはようございます。早いですね」

 

「あ、たっちさん。おはようございます」

 

「いよっす。まだ夜更けだ。もっとゆっくり寝ててもいいんだぞ?」

 

「や、なんだか目が冴えてしまって」

 

「俺もいつもの癖で……」

 

「そうか?ならまあいいか」

 

 リムルは折角だから何か作ってやると言い出し、四人は食堂へと向かった。

 

 

 




ちょっと短いですが、一旦切って投稿します。
予定では異世界で交流を楽しんで、皆日本に帰ります。予定では・・・。

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