異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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異世界編は色々書きたくて、設定に悩みました。


#14 大魔王の理不尽

「『早起きは三文の得』なんて言いますが、何だか凄く得した気分ですね」

 

「いやー、朝食にウキウキするなんて初めてですよ。ところで、三文ってどれくらいの貨幣価値なんですかね?」

 

 

 モモンガとたっち・みーは食堂でテーブル席に付いて雑談をしている。リムルが手ずから朝食を作ってくれると言うのだ。シエルも一緒に座っていた。

 

「物価によりますが、安い小物が一つ買えるかどうか、と言う程度です」

 

「へぇ、シエルは物知りだね」

 

「たいしたものですね」

 

「この程度は当然です」

 

 シエルはリムルの究極能力(アルティメットスキル)『智慧の王( ラファエル)』に、リムルが気まぐれにも名前を付けたことで生まれた『神知核(マナス)』と呼ばれる存在だ。

 

 この世界では魔物は人間と違い、名前を持たないのが普通だ。人間で言えば、白人や黒人といった様な種族名しかないのだ。

 個体で名前を持つ魔物は名持ち(ネームド)と呼ばれ、人間のそれとは別の意味を持つ。名前を持つことでより強大な力を得るのだ。上位の種族に進化することもある。

 しかし、誰でも簡単に名前を持つことはできない。魔物の身体は人間と違い、魔素と呼ばれるエネルギーで出来ている。魔物の名付けには大量の魔素(エネルギー)を名付け親が消費しなければならない。消費したその魔素(エネルギー)は回復しない場合もあり、名付けによって名付け親が死に至ることさえあるのだ。

 

 転生した当初、そんな事情を知らなかったリムルは、初めての部下になったゴブリンたちに名前を付けまくり、魔素(エネルギー)がなくなりかけて休眠状態に陥った。能力(スキル)は使えず、動くことも喋ることもできない状態になったのだ。

 幸いにも数日で魔素(エネルギー)が回復して目覚めてみると、いかにも弱々しく身長も子供くらいだったゴブリン達が、大人くらいに大きくなり、強くなっていたのに驚いたものだ。ヨボヨボの老人だったゴブリン村の長老なんか、筋骨粒々のマッチョになっていて、「お前誰だよ!」と叫びそうになった程だ。

 

 さて、そんな世界で名前をつけられた能力(スキル)はと言うと……シエルがその答えだ。

 量子コンピューターの如き膨大な知識量や演算を行う能力(スキル)が、感情と意思を持ち、違ったベクトルに成長可能となったのだ。現在の精神年齢は子供のそれであるが。シエルの演算能力をもってしても、新たに生まれた感情の制御は難しいようだ。

 

 流石は魔王の子、英才教育を受けているんだろうな、などと微妙な勘違いをしている二人は、得意気に胸を張るオマセな女の子(シエル)を、微笑ましい目で見ている。

 

「待たせたな」

 

 料理の乗った皿を持ってきたリムルを見て、二人はぎょっとした。

 片手の指と腕とを使って器用に大小8枚もの皿を同時に載せ、更にもう一方の手には、人数分のコップと焦げ茶色の液体が入ったピッチャーが載った盆と、白い粉末や琥珀色の液体、ミルクの入った瓶が載った盆を持っている。まるで曲芸師でも見ているかのようだ。

 

「おぉ、凄い……」

 

「器用ですね」

 

「ん?まあな」

 

 そう言いながらリムルは手際よく皿をテーブルに載せ、各人に配っていく。その手慣れた手付きに感心する。

 メニューは焼きたてのトーストと、ベーコンエッグに生野菜の付け合わせ、飲み物はコーヒー。

 魔物の国(テンペスト)では別段変わったものでもないが、モモンガ達にとってはどれも高すぎて手に入れられない天然食材ばかり使っている。しかもベーコンは、嘗てネットで観た映画で登場する、魔法使いが住まう動く城で出されていたような分厚さだ。

 

「普段も朝からこんなご馳走を……?」

 

「何とも贅沢ですね……」

 

「え、そうか?お前ら普段何食ってんの?」

 

 リムルが驚いて尋ねた。本当に簡単に作った軽食のつもりが、ご馳走だの贅沢だのと言われてしまったのだ。リムルが前世、三上悟として生きていた時代には一般家庭にも普通に食卓に並ぶようなものだ。しかし、モモンガ達の時代には食材が手に入らず、一握りの裕福な者しか口にすることができないのだ。故にモモンガはいつも朝食を十秒チャージならぬ五秒チャージできる液体サプリで済ませている。

 

「普段は、液状のサプリメントとか……」

 

「あとは、合成加工食品ですね。栄養価は悪くないんですが味は……」

 

「うへぇ、マジかよ。そんなの一体何を楽しみに生きていけばいいんだ……」

 

 味気ない食生活をイメージし、リムルはげんなりとする。スライムに転生した彼は、睡眠も必要なければ、生殖器官もない。人間の三大欲求のうち、食欲はたった一つ残された、満たすことのできる欲求なのだ。厳密には、大気から魔素(エネルギー)を吸収しているので、食事も不要なのだが。

 

「ゲームみたいな娯楽はあるので」

 

「ああ、ユグドラシルみたいな?まあ、食べようぜ」

 

 いただきます、と日本人特有の挨拶をして食べ始める。ひとくちトーストをかじっては柔らかな食感に驚き、コーヒーを啜っては豊かな風味に感嘆する二人。リムルは苦笑いしながら食事を口に運んでいた。

 

 

 

 

 

「うわぁ!美味しそー!」

 

「モモンガさん、たっちさん!抜け駆けなんてズリィ!」

 

「二人だけ旨いもの食べようったって、そうはいきませんよ?」

 

 モモンガ達が半分ほど食べ進んだところで、寝ていたはずの三人が合流した。美味そうな匂いに釣られてやって来たようだ。先に食べていた二人を発見して、やいのやいのと騒いでいる。早朝だというのに騒がしい。

 

「慌てんなよ、ちゃんとお前達の分も用意してやるから」

 

 そう言うと、いつの間に平らげたのか、リムルは空になった皿を持って厨房の方へと入っていった。

 

 

 

 

 

「そうだ、今後の事を相談しませんか?」

 

 合流した三人も食事を済ませたところでモモンガが口を開いた。いつ帰るか、大まかにでも決めておきたい。シエルとの情けないやり取りを見た後で若干不安はあるが、一国の支配者たるリムルも居るので、話はまとまりやすいだろう。

 こういった日程や方針の決定時には責任者が同席しているときに一気に進めてしまった方が早い。部下だけで何十時間もあれこれ計画を練った後、上司の一言でちゃぶ台返しされることは仕事ではよくある事だ。

 

「まず、向こうへ戻るのは出発と同じ日がいいよな。帰ったら居場所がなくなってました、じゃ困るだろう。逆に此方に居すぎて年を取っても具合が悪いか。まあ、ひと月位だろうな」

 

「え、そんな泊めて貰っちゃっていいのかな」

 

「タダでそこまでお世話になるのは気が引けるっていうか……」

 

 リムルは何でもないことのように提案するが、五人がひと月も居座れば、その費用はバカにならないだろう。

 

「ん?誰がタダだと言った?」

 

「えっ……」

 

 モモンガたちは思わず身を固くする。これまで食べた分の金銭でも要求されるのだろうか。一体どれだけの額になるのか想像もつかない。目の前の絶世の美女は残念な、いや悪い笑顔になっていた。いかにも悪巧みしてます、と言わんばかりだ。嫌な汗が背中に流れるのを感じた。

 

「クフフフ」

 

「はっ!?」

 

 突然背後から耳元で囁くような声が聞こえた。驚いて振り返ると、ディアブロが笑顔で立っていた。笑顔と言っても悪魔らしい、ゾッとするようなソレだが。

 

「流石はリムル様です。これからが本番という訳ですね?」

 

「ふっふっふ……何も悪い話じゃないさ。キミ達がここにいる間の衣食住は面倒見るから、かわりにちょーっと働いてもらうだけだよ」

 

「は、働くって、一体何を……」

 

「クフフ、悪いようにはしませんとも」

 

「引き受けてくれるよね?」

 

 大魔王と悪魔による笑顔で説得(という名の脅迫)に、モモンガたちは頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

「うがっ」

 

 熊のようなモンスターに遭遇すると同時に先制攻撃を受けたモモンガは壁にドンと肩をぶつける。掠めただけであったのに、鋭い爪で引き裂かれ、顔からボタボタと血を流している。傷は深く、頬の骨にまで達していた。苦し紛れに細剣をふり回すが、ヒラリとかわされてしまい、空を切る。だが、一旦距離を取ることができた。その隙にウルベルトとたっち・みーが前に躍り出る。

 

「ヒィィィ!」

 

「ねーちゃん、しっかり」

 

 悲鳴をあげてガクガクと震える姉を、ペロロンチーノが支えている。彼も震えているが、無理もない。一般人である彼らに戦闘の経験などないのだ。モンスターを見慣れたとはいってもそれだけだ。襲いかかられて平然としていられるわけがない。

 

「はぁっ!」

 

 素早い踏み込みから剣を振り下ろすたっち・みー。しかし、横薙ぎに払われた爪に易々と弾かれてしまう。目を見開いて驚いたのは一瞬で、バックステップで距離を取る。隙を突いて懐に飛び込もうとしていたウルベルトは毒づきながら、距離を取って仕切り直す。

 たっち・みーが剣を立てて両手で肩口に構える。所謂上段の構えだ。対してウルベルトは腰を低く落として左手に柄を握り、肘を引いて鋒は前方に突き出した右手で支えている。両者はそれぞれ、「振り下ろし」と「突き」に特化した構えだ。

 

 グオォォォ!

 

 雄叫びをあげてモンスターが突進してくる。それに合わせてたっち・みーは渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

 ガキィッと金属音が鳴り響いた。たっち・みーの剣は爪で受け止められていた。一瞬の膠着。その隙を突いて、ウルベルトが突進し、剣を突き立てる。体重を乗せた突きはモンスターの脇腹に深くめり込んだ。

 次の瞬間、ウルベルトの体が宙に舞う。我武者羅に振り回したモンスターの腕が頭部に当たったのだ。

 受け身も取れず背中から落ちたウルベルトはそのままピクリとも動かなくなった。

 たっち・みーもまた、剣を弾き飛ばされ、続く腕の一振りで、壁に叩きつけられた。口からはゴポッと血が溢れ出る。そのままズルズルと座り込むような姿勢で事切れた。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 ペロロンチーノが声をあげて突進していくが、鎧袖一触にされ、床を転がった。生き残っているのは顔を押さえて蹲るモモンガと、腰を抜かして座り込んでいるぶくぶく茶釜しかいない。

 ゆっくりとぶくぶく茶釜に歩み寄る脅威。彼女は動くことが出来ない。目の前にあるのは、死。威圧感も殺気も、血の匂いも、ゲームではなく本物。このまま引き裂かれるか、噛み砕かれて死ぬしかないと本能が告げている。

 

「茶釜さん!」

 

 気付けばモモンガがモンスターの足にすがり付いていた。モンスターは鬱陶しいとばかりに足を振って振り落とそうとするが、なかなか離れない。

 

「逃げてください!早く!」

 

 はっとした彼女は急いで首に下げていた笛に手を伸ばす。帰還の呼子笛。この笛を吹けば緊急脱出来る。しかし震えてしまい、なかなか口に咥えられない。何とか口に咥えた時にはモモンガはモンスターの足に踏みつけられて、ボキボキと嫌な音をさせながら口からは血を吹き出していた。

 再び彼女に向けてモンスターが迫る。もう手が届きそうな距離だ。

 

(間に合って   

 

 モンスターが腕を振り上げた瞬間、笛の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 地下迷宮。それは、魔物の国(テンペスト)から10km程離れた衛星都市に存在する、とある巨大な扉の向こうに広がる空間である。入口の受付にて入場料を払えば誰でも挑む事ができ、さらに有料で、この迷宮内に限り死んでも自動的に復活してくれる腕輪を貸与してもらえる。

 その深さは地下50階層まで存在し、それぞれの階層には幾多の罠やモンスターが挑戦者を待ち受けている。深く潜るほど、罠やモンスターが凶悪になっており、難易度は高くなる。周期的に内部の構造が変化し、挑戦者を飽きさせない。

 迷宮内部には所々に宝箱があり、そこから入手できる武具はどれも通常の店では買えないような良質な物もある。因みに迷宮内で入手したものは持ち帰ることが可能である。

 このようないくつもの特典を設けて挑戦者を募り、入場料を取って魔物の国(テンペスト)の収益にしている。

 

「で、どうだった?」

 

 会議室では九人が座って打ち合わせをしていた。リムル、ヴェルドラ、ラミリス、モモンガ達未来人五人、ミョルマイルという人間の男である。このミョルマイルという男は、魔物の国(テンペスト)で財務管理を行っている。元は他国の商人で、リムルにその手腕を買われて幹部に引き入れられたらしい。

 

 今回の議題は迷宮のリニューアルについて。未来人のモモンガ達が持つ知識を活かして、マンネリ気味になっていた地下迷宮をリニューアル出来ないか、と考えたのである。

 

「あのクソ運営より理不尽な目に遭わされるとは思わなかったよ……」

 

 リムルの問いに、モモンガは恨めしげな視線を向けてこたえた。

 

「いやまあ、復活の腕輪着けてれば死なないし……いい体験だっただろ?」

 

「な訳ないだろっ!たっちさんはともかく、俺たちは剣を握ったこともないんだぞ!怪我はなかったけど、茶釜さんだってあんな辱しめ……あっ」

 

 そこまで言ったところでモモンガはハッとする。ぶくぶく茶釜は涙目で顔を赤らめ、プルプルと震えている。慌ててモモンガが謝罪する。

 

「あ、す、すみません」

 

 地下迷宮がどんなものか知るにはまず体験してもらうのが一番だと言って、リムルは装備だけ揃えさせてモモンガ達を迷宮に放り込んだのだ。結果、モモンガ達は地下迷宮で最初に出会ったモンスターにやられてしまったのだった。

 ぶくぶく茶釜だけは脱出アイテムを使い、無傷で生還できたのだが、そのあとが問題だった。先に戦闘不能になって入口の外で復活していたモモンガ達と合流できたところまではよかった。

 しかし、目を泳がせて挙動不審なモモンガ達の様子にどうしたのかと思っていたら、居合わせた他の迷宮挑戦者の一人に、ポンと肩を叩かれた。二十歳手前くらいだろうか。振り返ると、何故かとてもいい笑顔で丸めた何かを渡された。

 渡された物を広げた彼女はそこでようやく、自分の下半身の状態に気づいた。

 

「あんたら、駆け出しだろ?ネーチャン、次からは忘れずに付けとくんだな、ギャッハッハ!」

 

 丸まった何かはオムツだった。迷宮入口で(たむろ)していたゴロツキ達の嘲笑の中、流石のぶくぶく茶釜も大粒の涙を溢した。

 

 

 

「……つく」

 

「え?茶釜さん?」

 

「ムカつく~!!あの小僧、ぜってー泣かす!」

 

 突如、ぶくぶく茶釜がブチ切れた。

 

「ちょ、ね、ねーちゃん!」

 

「皆だってムカついたでしょ?このまま黙って引き下がったら『アインズ・ウール・ゴウン』の名折れよ!」

 

 そう言って捲し立てるぶくぶく茶釜に、たっち・みーとウルベルトが同意する。

 

「勿論、笑われたままじゃ終われませんよ」

 

「面白い。あの勝ち誇った若僧に吠え面かかしてやりましょう」

 

「たっちさん、ウルベルトさんまで?」

 

「モモンガさん、諦めましょう。昔から、あーなると誰もねーちゃんは止められないんです」

 

 ペロロンチーノはため息を吐きながら言った。

 

「モンちゃん!」

 

「アッハイ」

 

「モンちゃんもそう思うでしょ?思うよねえええ?」

 

(こ、こわいっ怖いよ~茶釜さん)

 

「そ、そうですね」

 

 モモンガはぶくぶく茶釜に気圧されて同意してしまった。押しに弱い男の典型であるが、この場の誰もそれを責められる者はいない。

 

「決まりね……リムルン!」

 

 バンッとテーブルを叩いてぶくぶく茶釜がリムルを睨み付ける。リムルもタジタジだ。

 

「お、おう」

 

「あたし達を強くして!」

 

「で、出た……暴君の無茶b「お黙り!」はいぃぃっ」

 

「ククク、クアハハハ、クアーッハッハッハ!よくぞ言った。我が手を貸してやろうではないか」

 

「アタシもついてるわ。大船に乗ったつもりでいなさい」

 

「オイオイ、お前ら勝手に……」

 

「リ、リムル様。どうしましょう?」

 

「うぅむ……」

 

 ミョルマイルの問いに少し思案顔をしていたリムルだったが、何やらピンッと思い付いたようで、深い笑みを見せた。その顔がどんなときにする顔か知っているミョルマイルは、不安げな表情を浮かべた。しかし、リムルが何やらゴニョゴニョと耳打ちし、わかるね?と、言うと今度はミョルマイルがリムルに耳打ちし、二人して時代劇の越後屋と悪代官宜しく悪いカオになっていた。

 

「よし、じゃあこうしよう!」

 

 かくして地獄の特訓ならぬ、大魔王のレッスンが始まるのだった。




茶釜「あんガキャ泣かしたる!」
モモンガ「えっ茶釜さん?」
ペロロンチーノ「出た暴君・・・」

リムル「ゴニョゴニョ・・・わかるね?」
ミョルマイル「ムッフッフ、ということは、ゴニョゴニョ・・・ですなぁ」
二人「うっひっひっひ」


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