異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
公衆の面前で大人として、女子としてとても恥ずかしい姿を晒してしまった。
ガラの悪そうな男達の嘲笑。知らない人が、遠巻きに此方にチラチラと投げ掛けてくる視線。弟まで、憐憫の目を向けてくる。
でもそれらは気にならなかった。聴こえていても耳には届かず、見えていても、見ていない。
正確には、
(やだ……モンちゃん、見ないで……)
私は彼に恋している。でも、叶いっこない。
(お願いだから、嫌いにならないで)
地面にへたりこんでいると、すがるような想いとは裏腹に、無情にも彼の足音は遠ざかっていく。後ろを振り返り、呼び止める勇気はない。
あぁ、嫌われちゃった。
そう思ったら、どうしようもなく悲しくなった。
視界が滲んで、涙がポロポロ溢れてきた。よりによってこんな終わり方なんて、こんなの、あんまりだ。股間から漂う忌々しい臭気が惨めな気持ちに拍車をかける。
「その……お気になさらず、えー……こういうとき何と言えば……」
「ふう、やれやれ。なにやってるんですか、たっちさん。……ドンマイ、あー、ええっと……」
「ウルベルトさんだってロクなこと言えてないじゃないですか!」
「たっちさんこそ。妻子持ちなんですから、既婚者の余裕とやらを見せてくださいよ!」
たっちんもウーたんも、なにしてんのよ。慰めようとしてくれてたんじゃなかったの?
まぁ、そんなことされても、余計に惨めな気持ちになるだけだけど。ていうか、なにさっきの。気の利いたこと一つ言えないなら弟を見倣って黙ってて欲しい。
そう内心で舌打ちしていたとき、後ろから何かを被せられた。ローブだった。誰かに借りてきたのだろう。
「震えていたので、寒いんじゃないかと。……立てますか?」
「う、うん……」
涙を拭い、鼻を軽く啜りながら立ち上がる。
(これを探してくれてたんだ……)
ローブは大きく、全身すっぽり隠せる。余計なことを言わず、包み込んでくれるような然り気無い優しさに、胸が高鳴った。
馬鹿だな、こんなことで嬉しくなるなんて。
彼にとっては特別でもなんでもない、誰にでも見せる程度の、ただの親切に過ぎないのに。
その時、周りがザワ、と騒ついた。「へ、陛下」とか「リムル様」という声がする。
振り返ると、彼の大魔王が、何とも気まずそうな顔をして立っていた。そんな顔する位なら早く迎えに来てよバカ!
「あー、落ち着いて。この人達は俺が預かるから、皆は普段通りに戻ってくれ。……一旦、部屋に戻るか。疲れただろ?」
戻った私は個室でシャワーを浴びた。そこでまた少し泣いた。そうしたら少し気持ちが落ち着いた。
どうして彼を好きになったんだろう。
少し年上で、物腰が柔らかくて、落ち着いていて、余り感情を前面に出すことがない。
弟と仲良く遊んでくれることには感謝しているけれど、正直タイプじゃないと思っていた。
自分のタイプは、たっちんみたいなイケメンで、堂々とした男らしい人だ。更に言えば、ノリの良い人。
ボッチプレイしていて、たっちんがギルドに誘ってくれたときは、憧れ以上の淡い感情を抱いた。付き合ってる彼女と結婚秒読みらしいと聞いて、ソッコーで萎えたけど。
(モンちゃんはどう見ても、タイプじゃないんだけどな……)
そんな彼を異性として初めて意識したのは、つい最近のこと。彼は今まで見たことがないくらい、感情を露にして怒っていた。あのいつもの柔らかい物腰とは打って変わって、激情を迸らせていた。怖かった。
普段との余りの落差にビックリして、そして、ドキドキした。
もしかしてこれが「ギャップ萌え」なの?なんて馬鹿みたいな考えをその時は打ち消そうとしたけど、あの時からこの気持ちは大きくなっていったんだ。直後の無双ぶりも相まって、モンちゃんは凄くかっこよく見えた。
リムルとディアブロに、一人で会うという彼を、本当は止めたかった。ディアブロの得体の知れなさが不安だったのもある。
でも本当は、あんなに彼に心配してもらえるリムルに嫉妬していたのかもしれない。私がやられちゃっても、あんな風に怒ってくれるのかなって。
それで
(はぁ、なにやってんだろ、私)
ため息を吐いて肩を落としていると、コンコンとノック音が聞こえた。
「ねーちゃん、入るよ?」
返事を待たず、無遠慮に戸を開いて入ってくる弟。
「……なに?」
「リムルっちが迎えに来てるよ。話し合いたいことがあるって。まだゆっくりしたいなら、俺たちだけで行ってくるけど?」
(どうしよう。どんな顔して会えばいいの……)
「あ、モモンガさんがスッゲー心配してたよ?」
(え?モンちゃんが?嬉しいような、申し訳ないような……)
「そ、そう。だから?」
「ふうん……」
「な、なによ」
「ねーちゃん、モモンガさんの事好きなんだね」
(え、バレてる?いや、カマかけてるだけかも。ここは平静を装って……)
「どど、どうしてそうなるのよ?」
(あああ、駄目だ)
「何年弟やってると思ってんの、それくらいすぐわかるって。ねーちゃん、分かりやすいから」
「う"っ……」
そうだった。子供の頃から何故かこういうことには鋭い子だった。そしていつも、背中を押してくれる。バカでスケベで変な趣味してるけど、優しい弟。
「モモンガさん、いいと思うけどな。難攻不落だけど」
「もう無理だよ……」
いい年して、あんな恥態を晒してしまっては、最早可能性なんて皆無としか思えない。
お漏らしを目の前で見せられても、好きになってくれるような奇特な人なんて……まさかモンちゃん、そういうシュミはないよね?
「まだわかんないかもよ?それに、今まで好きになった人とは全然違うタイプじゃん」
「……だから?」
「タイプだって言ってた人と付き合って今まで長続きした試しないよね」
「は?だから、何が言いたいのよ」
「うん、本物の恋、なのかもしれないって、思ってさ」
「本物の、恋?」
「ねーちゃん割と面食いじゃん?今までみたいに見てくれじゃなくて内面に惚れた事ってなんじゃないの?まぁ、難攻不落だけど。頑張ってみなよ、応援するから」
「……ん。アリガト」
弟の癖に生意気な。童貞の癖に。でも、随分心が軽くなったきがする。
「じゃあ、俺は行くけど」
「あたしも行く」
「どうだった?」って、怖かったわよ。チビったわよ。このスライムめ……
あぁ、モンちゃんが怒ってくれてる。もちろん、私のためじゃないって分かっているけど、ちょっと嬉しい。
「茶釜さんなんてあんな辱しめ……あっ」
いや、今思い出さないで!恥ずかしいから!
全く、何で私がこんな憂き目に……あぁ、しかも
「ムカつく……」
「え?茶釜さん?」
「ムカつくー!」
「はぁ……」
怒りに任せて暴走してしまった。お陰で地獄の修行を皆でするハメになっちゃった。その成果もあって凄く強くなった気がする。腕力だって、リアルの一般男性にはまず負けないくらいになってると思う。腕が太くならなくてよかった。
でも、しょうがないじゃない。花も恥じらう乙女の純情を、アイツが……アイツがぁぁっ!
握りしめたコップがミシリ、鳴った音を聞いて、慌てて我に帰る。
(はっ、だめ、だめよ私。皆(と言うよりモンちゃんが)居るんだから。少しは女の子らしく……食事時の話題提供しなきゃ)
「二人とも、今日も死にかけたね」
(あー、全然女子っぽくない話題だわ……)
「そうですね。流石、剣鬼と謳われるだけの事はあります。本当に強い……」
「孫にはあんなに甘々なのになぁ。俺たちと目が合うと豹変しやがる。くそジジイめ……」
ウーたんがまた愚痴をこぼしている。モンちゃんと弟は箸と茶碗を持ったまま舟を漕いでいる。何せここ数日は別メニューで
「何かごめんね、アタシのワガママで皆を巻き込んじゃったよね……」
「いえ、良き師匠と巡りあえてができてむしろ嬉しいですよ」
「げ、ドMですねたっちさん。まぁ冗談はさておき、いいんですよ仲間なんだから、ワガママ言っちゃえば。というか、一番ワガママ言っていい人は寝ちゃってますから、代わりに言っときましょう」
「ふふ、そうだね」
いつもギルドのためって言って頑張ってくれるモンちゃん。皆に、心から信頼されてる。皆に、あたたかい安らぎをくれる人。コクコクと舟を漕ぐ姿も、可愛くて、愛しく見えちゃう。はぁぁ、一旦好きだと意識しちゃうと、どんどん引き込まれちゃう。
「じゃあアタシはラミちゃんに会いに行って来ようかな」
「ライブの打ち合わせですか。もう明後日ですね。楽しみにしてますよ」
「うん、任せといて」
「ついでに誰かさんのハートもゲットしてくださいね」
突然ウーたんがとんでもないことを小声で言ってきた。危うく心臓が止まるかと思った。
「へっ!?な、ななななんの事?」
「私たちが気付いていないと思いましたか?」
え?うそ?バレバレなの?なんで?
顔があっという間に熱を帯びていく。
「気付いてないのは本人だけですよ」
「うそ……?」
「ホント」
気付いていないのは当事者だけと言う事らしい。熱い、顔の熱が体まで移ったように熱い。
「む、無理だよ……」
またあの日の恥態を思い出してしまう。
「まあ、難攻不落ですから、一筋縄ではいかないでしょうけど……」
難攻不落?そう言えば弟もそんなことを言っていたような。
「それって、どういう意味?」
「まぁ……そのうちわかります。応援してますよ」
「え?うん、ありがと……」
私は腑に落ちないながらも、部屋を後にしたのだった。
やっぱりライブは次回に回します。頑張れ、茶釜さん。
トラウマを思い出しては怒りを募らせたり、不安がったり、ポーッっとしたり・・・リムルが茶釜さんに見た悲壮感の様なものは、色々拗らせてるだけだったというオチです。
茶釜「まさかそんな趣味ないよね・・・?」
モモ「・・・?」