異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

21 / 90
#21 決着と後始末 ~上~

 地下迷宮中級クラスの最下層。そこには本来黒い大蛇が守る、洞窟じみた雰囲気の階層である。経路自体はわりとシンプルで、迷うことはないのだが、ゴツゴツとした岩がそこかしこに点在し、何かが身を隠すために潜むにはもってこいだ。

 かぜっちたちの後に続いて、他の挑戦者たちも迷宮に進入しているのだが、新しくなった迷宮はひと味もふた味も違うようだ。

 

 まず見た目。バリエーションが以前よりも増しており、階を降りる毎に壁や天井の雰囲気が変わる。内装が変わるのは目を楽しませてもくれるが、当然それだけではない。

 不思議な模様が描かれた壁には隠し扉や罠が巧妙に隠されていたり、模様そのものが暗示をかける効果を持っていたりする。中には模様に紛れて魔物が息を潜めていることもある。

 

 様変わりした迷宮は様々な顔を見せるようになり、間違いなくダンジョンそのものの攻略難度が上がっていた。あまりに以前との造りの変化のために、ここが魔物の国(テンペスト)の地下迷宮ではなく、本当に何処かに存在する別のダンジョンに転移したのではないか、と思う者も居たほどだ。

 

 各挑戦者達が苦労して地道に攻略を目指すなか、他の挑戦者達を蹴落としながら進む者達がいた。わざと危険な魔物を差し向けたり、利用した挙げ句に罠に誘導して嵌めたりと、悪辣な手法で、他の挑戦者を殆ど蹴落としてしまった。

 直接的に他の挑戦者達を攻撃し、害するのであれば、制裁処置を取れるのだが、直接手を下さず巧妙に偶然を装っている。ルール線上のグレーゾーンである。

 彼らは別に実力が全く無いわけではない。強者とまではいかないが、中級クラスで通用する程度の力はある。

 ただ、性格の悪さはダントツでトップクラスだ。彼らは現在モモンガ達が戦っているボス部屋の外に辿り着いていた。

 

「おい、扉の向こうからまだ戦ってるような音がしてるぞ。どうすんだ?」

 

 一人がそう仲間に訪ねると、一番若そうな男が答える。

 

「いいじゃないか、折角あいつらが俺達の代わりにボスと戦ってくれてるんだから、好きにさせときゃいい」

 

「戦いが終わって残った方が疲れきってるところを、俺たちが潰すって寸法だな?」

 

 もう一人の男がそう言ってほくそ笑む。そうやってここまで進んできたのだ。今さら卑怯な手段に躊躇う者はこの場には居ない。

 

「なるほど。どっちが勝っても、俺たちには得しかないって訳だ」

 

「そういうことだ。ま、共倒れになってくれるのが一番楽でいいんだけどな」

 

「違ぇねえ。だが、どんなからくりかは知らねーが、あの小便ネーチャン達がここまでまともに来れるわけがねえ」

 

「どうせ大魔王のヤローにケツでも振って媚び売って、イカサマしてやがんだろ」

 

「他の面子も全員男らしいじゃねーか。毎晩五人でよろしくヤってんだろうよ。とんだ好きモンだぜ」

 

 下卑た笑いを浮かべた三人組は、扉の前で戦いが終わるのを待つ間、かぜっち達を扱き下ろし、果てはラミリスやリムルの悪口まで飛び出していた。それがある者の耳に届いているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 凍り付いた部屋の中でヴェルドラとラミリスは、戦いの最中であることも忘れて、宙に浮かんだ銀貨を不思議そうに見入っていた。

 

「ほう……?」

 

「重力を無視して浮かんでる。どうなってんのよさ?」

 

 先程とは打って変わって、まるで緊張感のない二人に、モモンガは苦笑いする。

 

「さっきの魔法を食らってピンピンしてるとか、一体どんだけ頑丈なんだよ……」

 

「クアハハハ、仮初めの肉体であっても我にかかればこんなものよ」

 

「ま、アタシが本体だったら今ごろ、全員ワンパンで沈めてたどね」

 

(なんか、ルシ☆ファーさん思い出すな……)

 

 勝手に都合の良い解釈をして調子に乗る二人。誉めたつもりは全くないモモンガはギルドメンバーの一人、イタズラ好きなゴーレムクラフターを幻視し、イラッとする。

 あのヤロウも他人の迷惑を考えず、自分が楽しむ事だけを考えている。そしていつもシャレにならないイタズラを仕掛けてくるのだ。

 

(この人達も他人(ヒト)の話を全く聞かないんだよなぁ。人じゃないけど)

 

 はあ、と軽くため吐き、モモンガはある事を思い付く。

 

「ええ、本当に大した頑丈さですよ。素晴らしい」

 

「ラミちゃん、こんなに強かったんだねー」

 

「うんうん、ヴェルドラさんは偉大だなー」

 

 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノも狙いに気付き、一緒になって二人を持ち上げる。

 

「いやー、それほどでも……あるけどねえ、エッヘヘー」

 

「ふ、気づいてしまったようだな。仮初めの肉体でも隠しきれぬ我の偉大さに」

 

 気を良くした二人に、ぶくぶく茶釜が畳み掛けた。

 

「そんな凄い二人でも、次の攻撃は耐えれないんじゃないかな?」

 

 これは勿論、正面から攻撃を受けさせるための誘導である。そう簡単に避けられるとも思わないが、折角苦労して、ウルベルトとたっち・みーを犠牲にしてまで(死んではいないが)ここまで漕ぎ着けたのだ。最後の最後で万が一にも外してしまっては、目も当てられない。

 

「ほほう、我を挑発するか。だが、あえて乗ってやろうではないか!」

 

「ヨユーヨユー!真正面から受け切って見せようじゃない!」

 

「ホントにぃ?」

 

 親指を立てて快諾した二人に、念押しをする。

 

「ふふん、我に二言はない!」

 

「そこは信用して欲しいワケ!」

 

(チョロ……)

 

 こんな見え透いた手に乗ってくれるなんて、チョロいなんてもんじゃない。

 二人に感謝しつつ、言質は取ったとばかりに早速行動を開始する。

 

「じゃあ行くよー」

 

 とりあえずは一枚、試運転だ。

 

「ばっちこい!」

 

「いつでも来るがよい」

 

 ヴェルドラもラミリスも、仁王立ちで余裕しゃくしゃくだ。ぶくぶく茶釜の知るアニメの情報を元に、再現出来るか試してみたいという話は出ていたが、一度も試したことはない。迷宮最後のボス戦で出来そうならやってみようという事にしていたのだ。

 

 その為、再現できるかどうかさえもわからない。いきなりのぶっつけ本番だ。無事に再現出来たとして、果たして通用する威力なのか。

 不確かな手段だが、他にやれることはない。ぶくぶく茶釜は両腕に怪我を負い、モモンガは魔法と"魔素収束"の使いすぎで既に精神力の限界だ。

 ペロロンチーノは唯一元気だが、ヴェルドラ達に通用する攻撃手段を持っていない。これが通じなければ本当にお手上げなのだ。

 ぶくぶく茶釜がゆっくりとコインに手をかざす。そして   

 

「行け!」

 

 瞬間、細い一条の光が煌めいた。その光はヴェルドラの肩を掠め、そして背後の壁に到達していた。あまりの疾さに咄嗟に反応出来なかったヴェルドラがギギギと首を後ろに向けた。

 後ろの壁を見ると、コインほどの極小さな、しかし深い穴が開いていた。竜種たるヴェルドラの本来の肉体ならば余裕だろうが、現在の仮想体(アバター)では、反応さえ難しい。ラミリスに至っては……お察しである。

 

「なん、だと……?」

 

「ししょー、ヤバくない?」

 

 今更慌て出す二人であったが、モモンガ達は退路を断つ。

 

「あれれー?もしかしてビビっちゃってます?」

 

「ヴェルドラさん、さっき二言はないって……」

 

「……言ったよね?」

 

「ぐ、う、うむ。確かに言ったな……」

 

 ヴェルドラは迂闊な自分の発言にするが、後の祭である。最早退路がない事を悟った二人は覚悟を決めるしかなかった。

 気が変わらないうちにとモモンガがソソクサとぶくぶく茶釜の横に立つ。

 

「集まれ」

 

 モモンガが静かに呟くと、空中にバラバラに散らばっていた銀貨が、ゆっくりとある一点に向けて集まりだす。短時間だが濃厚な魔素にあてられていた銀貨は、僅かに魔素を吸収し、"魔素収束"の影響を受けていた。

 ヴェルドラ達も僅かに身体を引っ張られるような感覚を覚えるが、引き摺られる程ではない。

 コインが集まるその中心は、ぶくぶく茶釜の目の前だ。

 

「行っけえぇぇ!!」

 

 彼女が拳を突き出した瞬間、無数のコインたちは一気にヴェルドラたちに向けて殺到する。音速を越えたその弾丸は、レーザーのように無数の光の筋となって飛んでいく。

 撃ち出された数百もの超音速の弾丸を、避ける暇もなく浴びたラミリスは、無惨にも蜂の巣の如く穴だらけにされた。ヴェルドラも自慢の神輝聖鋼(オリハルコン)の骨がヒビだらけになり、所々砕けている。

 数瞬の静寂のあと、二人は光の粒子になって消えていった。

 

「や、やった……」

 

 フラフラになりながらも、力なく喜び合うモモンガとぶくぶく茶釜。しかしその喜びも束の間だった。

 

「よお、ごくろーさん」

 

 不意に、どさり、という音と共に背後からした声に振り向くと、ペロロンチーノが倒れている。傍らには三人の男がいる。完全に気を抜いていたとは言え、気配の察知に優れたペロロンチーノが背後を取られるとは、只者ではない。

 モモンガは素早くぶくぶく茶釜の前に立ち、ペロロンチーノと三人を交互に見やる。

 

「何をしたんですか?」

 

「いやー、()()睡眠毒を入れといた瓶の蓋が開いちまって、この人ににかかっちまったみてーだ」

 

 モモンガの問いに三人はにやけながら答えた。()()()やったことは明白だ。

 

「それで?我々が疲れた隙を狙って襲うつもり……ですか?」

 

「へへ、まさか。挑戦者同士で争うのは御法度なんで。けど、不慮の事故に巻き込まれたんなら仕方ないよなぁ?こんな風に!」

 

 男はナイフを上に向かって投げた。凍り付いた天井から伸びていた氷柱が一斉に落ちてくる。モモンガとぶくぶく茶釜は、すんでのところで氷柱を躱す。

 

「そらそら、ドンドン落ちてくるぜぇ?」

 

 次々に落ちてくる氷柱を避けながら、モモンガは疑問に思う。こんなに無差別に氷柱が落ちてくれば、自分達だって危険なはずだ。余程自分達に当たらない自信があるのか、それとも自分達の怪我のリスクを気にしない、狂人の類か。

 

(なるほど……躱し切る自信があるからこそ、無差別に氷柱を落とせるわけか。しっかし、こんなの有りか?どう考えても攻撃だよな、これ。

 直接仕掛けなきゃセーフなのか?)

 

 三人はかなり身軽で、凍り付いて足場が悪いにも関わらず、かなりの速度で動けるようだ。

 だが解せない。これほど動きが速いならば、さっさと出口へ向かえば、一番乗り出来るはず。

 態々モモンガ達を付け狙う意図が分からない。

 氷の粒子が舞い、濃い霧のような(もや)がかかった部屋は酷く視界が悪くなっている。激しい疲労で朦朧とする意識の中、モモンガが考えていると、一番若そうな男が、歪んだ笑みを浮かべながら喋り出す。

 

「数多の挑戦者がリタイアする中、俺達だけが攻略出来たとなりゃ、一躍有名人だぜ。つーワケでアンタ等もありがたく踏み台になってくれや、ギャハハハ!」

 

「チッ、クソが……」

 

 下らない。自分達の名声のために、他者を蹴落として回るなどという自分勝手な理屈に、怒りが込み上げる。

 だが、自分は満身創痍、魔法を使おうにも、詠唱の隙に詰め寄られてしまうだろう。

 ぶくぶく茶釜は両腕を負傷し、腕輪の効果で痛みが和らいでいるとは言え、腕を上げるのも辛いはずだ。コインも先ほど、全て撃ちきった。ペロロンチーノは眠らされている。

 

(くっ、何が最善だ?考えろ……)

 

 悔しいが今は逃げ回るしかない。ウルベルトとたっち・みーがそろそろ合流するはずだが、それまで持つかどうか。

 

(いや、持たせて見せる  っ?)

 

 思考を続けるモモンガだったが、彼の意識はここで唐突に限界に達した。視界がぐるりと回転したかと思うと、体勢を崩してそのまま床に突っ伏した。

 

「モンちゃん!」

 

「おっと、ぐへへ……」

 

 モモンガの元に駆け寄ろうとしたぶくぶく茶釜を、三人は下卑た笑みを浮かべて囲む。ウルベルトとたっち・みーはまだ戻って来ていない。靄となって辺りを包んでいた氷の粒子は、胸の辺りまで降りてきており、下の方の視界は遮断されている。

 

「いよぉ、ネーチャン。オムツ(プレゼント)は役に立ったか?大人しくいうこと聞いてくれりゃ、悪いようにはしないぜ?」

 

 三人は、彼女の全身を舐め回すような目付きで見ながら、じりじりと距離を縮める。その目には明らかに劣情の炎が灯っている。

 

「お仲間とも毎日よろしくヤってたんだろ?今日は俺達の息子も可愛がってくれよ」

 

「三人でたっぷり可愛がってやっからよぉ」

 

 ぶくぶく茶釜は俯いたまま動かない。バサリと垂れた髪に隠され、表情は窺い知れない。

 

「しおらしくなっちまって、たまんねぇなぁ、オイ。興奮しちまうぜ」

 

 靄が晴れていれば、男達のはしたない屹立が主張していることがハッキリと見て取れたであろう。最も、靄が晴れていても好き好んで見たがる者など皆無だが。

 

「ヒィヒィ言わせてやるぜ……ん?」

 

「きょうぞうちゃん……」

 

 何かを小さく呟いた彼女はゆっくりと顔を上げ、妖艶で扇情的な表情で男を見上げた。そして男の胸元にそっと手を置く。

 

「仕方ありませんわねえ、()()()()がまとめて遊んで差し上げますわ」

 

 濡れた艶っぽい声で囁かれ、ゆっくりと下へと滑っていく指に、男は理性を何処かに忘れて来てしまったようだ。だらしなく鼻の下を伸ばし、鼻息を荒くしている。淫靡な妄想に囚われた男達は、欲望で思考を埋め尽くされる。

 ゆっくりと降りていった手がベルトを掴む。更にベルトにもう片方の手もかかった。

 

「さあ、もっと腰を突きだしてくださいまし……」

 

「こ、こうかぁ?うへへ」

 

 ぺろりと舌舐めずりした彼女の顔がゆっくりと沈み込み、破裂しそうな下腹部の膨らみに向かっていく。

 膨らむ期待に、ゴクッと男の喉が鳴る。靄のせいでよく見えないが、吐息がかかりそうな位に近くに感じる。間もなく訪れるであろう至福の瞬間を夢想する。

 

(くぅ~、まさかこんな淫乱女だとはよぉ。俺はツイてるぜえ~)

 

 バチュッ!

 

「はうッ!?」

 

 期待していた快楽の代わりに訪れたのは、何かが潰れるような音と、同時にやってきた体を駆け巡る激痛であった。

 すぐ側で見ていた二人も、ナニが潰れた音なのか察し、顔を青くする。

 ぶくぶく茶釜の渾身の膝蹴りが、パンパンになったズボンの膨らみを思い切りかちあげたのだ。衝撃で内部の金の玉子が破裂し、皮の包みからこぼれだした。ズボンの中は、血の色で真っ赤に染まったミンチになっていることだろう。

 蹴られた男は体をくの字に曲げてパクパクと口を動かしている。顔は蒼白どころか土気色だ。ビクビクと全身痙攣しながら、そのままばたりと横に倒れた。

 

「いい音ですわねえ。さあ、お次はどなたでしょう?」

 

「「   ッ」」

 

 恍惚とした表情を浮かべる彼女に、思わず短い悲鳴が出る二人。目の前の女は笑っているが、瞳の奥には狂気を宿している。今直ぐにでも逃げ出したいのだが、どうしたわけか二人とも()()()()()()()()()()()。更には()()()目を逸らす事もできなくなっている。

 

「では、先に目が合ったアナタにしましょう」

 

「ヒッ、ヒイィィッ!」

 

「お、おい、やめろ!やめてくれ!」

 

 先に目が合った男は情けない悲鳴を上げ、もう一人も必死で叫ぶ。それに対し、彼女は楽しげに返事をする。

 

「あらあら、そんなに慌てなくてもいいんですのよ。ちゃんと順番に遊んで差し上げますわ。プレゼントのお礼も兼ねて、たっぷりと……。きひッ」

 

 ズンッ!

 

「ぐっは!!」

 

 二人目は仰向けに床に倒れた。股を開いたままビクビクと痙攣し、身動きが取れないようだ。彼女はそこへ優雅な足取りでゆっくりと歩み寄る。

 

「く、来るなっ、来るなあぁぁ!」

 

 倒れた男は必死で声を張り上げる。濃い靄の中、それが自分の居場所を知らせる目印になるとも知らずに。そして   

 

 ゴキンッ

 

「ぐわああっ!あ、足が、足がぁ!」

 

 気味の悪い骨折音と悲鳴が響く。足の骨が折られたようだ。靄が濃く、何が起きているのか音でしか窺い知れない。

 

「あらあら、外してしまいましたわ。次は外しませんわよ」

 

「ひぃっ、た、助けてくれぇぇ!!」

 

 パキュッ

 

「ぎいやあああああああッ!」

 

 小気味良い破裂音と共に、男の断末魔の叫びが響いたあと、辺りを静寂が包む。最後に残った若い男は既に顔面蒼白で、ブルブルと身震いする。あの女は一体何処へ行ったのか。胸の辺りまですっぽり隠すような靄のせいで、どこにいるか全く分からない。既にすぐ近くにまで来ているかもしれない。手足は未だに動かない。

 

「ばあっ」

 

 突然胸元から眼前に迫る女の顔に驚き、心拍が跳ね上がる。だが言葉だけでも抵抗を見せようと、強気に返す。

 

「お、俺様を誰だと思ってる!こここ、こんなことしてタダで済むとお、お思ってんのか!?」

 

「心配はいりませんわよ。綺麗に消して差し上げますから。ああ、いい表情になりましたわねぇ…!

きひッ、きッひひひひひひひッ」

 

 歪ませた口から狂気じみた笑い声が洩れ出し、室内に木霊する。見開いた黒く円らな瞳には爛々とした狂気を宿して見える。男の宝玉を戯れに潰して愉悦に浸るなど、狂気の沙汰だ。粟立つような恐怖を間近に感じ、男はガチガチと歯を鳴らして震え上がる。

 

(こ、この女、狂ってやがるっ)

 

 身動きできないままの男のベルトに手が掛かる。このあと訪れるであろう激痛を想像する。このまま意識を手放すことができればどんなにいいか。

 男はゴクリと喉を鳴らし、その時を待つしかなかった。

 

「さ、寒……」

 

「はっ、モンちゃん!?」

 

 急に彼女の声音が変わる。先程までの狂気染みた雰囲気が嘘のように霧散し、立ち上がったモモンガに駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

「茶釜さん……ええ、どうにか……っそうだ、さっきの男達は?」

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 いつの間にか来ていたウルベルトが答える。たっち・みーはペロロンチーノを助け起こしていた。実はこの二人、モモンガが倒れると同時に部屋にたどり着いていたのだった。姿勢を低くしてこっそり忍び足で近付き、不意討ちをかけようとしていたのだが、その必要はなかった。

 

「たっちさん、ウルベルトさん!良かった、二人とも間に合ったんですね?」

 

「え、ええ、まあ……」

 

 たっち・みーは曖昧に返事を返す。実際やったのはぶくぶく茶釜だが、少々過激な内容なので、事実を言いづらかった。

 

(モモンガさんは何も知らない方がいい……)

 

「うん……?って、寒っ!」

 

「ペロロンチーノさん、起きましたか」

 

「あれ、俺いつの間に寝てたんだろ?」

 

「ソコの三人に襲われたんですよ。ペロロンチーノさんは睡眠毒で眠らされてました。たっちさん達が助けてくれなかったら危なかったですよ」

 

 目を覚ましたペロロンチーノにモモンガ状況を説明した。気付けば靄は晴れ、部屋全体が見渡せるようになっている。

 

「う、これウルベルトさんが?いくらなんでもやりすぎでしょ。こわー」

 

「ん?そ、そうか?」

 

 制裁された二人を見て身を抱えて怖がるペロロンチーノ。先程からチラチラと目配せをしてくるぶくぶく茶釜にウルベルトは内心怯えていた。然り気無く、余計なことは言うなと目で訴えてくる。

 

(俺はお前の姉貴が怖えよっ)

 

 倒れた二人の男は股間は血で真っ赤に染まり、ピクピクと痙攣している。生命に関わる程の致命傷ではないので、腕輪の蘇生効果は発動していない。痛覚遮断の効果は如何程かは分からないが、それでも痙攣して気絶してしまうのだから、余程であろう。

 

「さて、残る一人はどうしましょうか」

 

 モモンガがまだ無事らしい男を見やる。腰を抜かして尻餅をついている若い男は、何故か呆気に取られたような表情をしている。モモンガとペロロンチーノ以外はその理由に察しがついているのだが、あえて何も言わない。

 

(まあ、怖い思いも充分したようだから、これ以上はやりすぎかな。茶釜さんも無事だったし)

 

「コイツら、茶釜さんに如何わしい事を仕出かそうとしてましたからねえ」

 

 モモンガはもう許してやってもいいと思っていたが、ウルベルトのその言葉を聞いて怒りが再燃する。

 

(茶釜さんに如何わしい……だと?)

 

 自分でも何故こんなにも腹が立つのか分からないが、未遂とはいえ、ぶくぶく茶釜に薄汚い欲望を向けられた。その事実に、怒りが込み上げてくる。

 

「…………」

 

 黙り込んで内心燃え盛っているモモンガの怒りに、ぶくぶく茶釜が更に油を注ぐ。

 

「こ、怖かったよぉ」

 

 いやいやいや絶対嘘だろう、と内心で突っ込む三人だが、彼女の言葉は本当である。複数の男に囲まれて歪んだ欲望を向けられれば、誰だって怖い。先程の別人のように豹変した姿は、決して別人格や彼女の本性等ではない。極限の状況に追い込まれた彼女が、必死で考えて思い浮かんだとある人物を演技(ロールプレイ)しただけであり、狂人染みた言動とは裏腹に内心では怯えていたのだ。

 モモンガは座った目で男を見つめる。表情の抜け落ちたような顔で静かに。完全にぶちギレている。

 

「皆さんお揃いですね」

 

 と、突然女性の声がした。皆が声のした方を見ると、見目麗しい女性が立っていた。




茶釜さんによるジャッジメントの回でした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。