異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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新章に入りました。
オーバーロード原作のスタート、異世界転移の前に、ユグドラシルのサービス終了日に向かって、リアルの出来事に触れておきたいので。

異世界転移を楽しみにして下さっている皆さん、すみませんがもう少しお待ちください。

サクッと三話位でこの章は終わっていくつもりです。


日常編 ~異世界転移序章~
#24 彼らの日常(リアル) ~1~


 モモンガ達が異世界から帰還した日の夜、モモンガの元に一通のメールが届いていた。差出人はユグドラシルの運営だ。

 

(うわぁ、やっぱり来たか。さて、鬼が出るか蛇が出るか……)

 

 モモンガは緊張しながら本文を開封する。

 

「これは   !?」

 

 

 翌日、モモンガの緊急召集により、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーはナザリック地下大墳墓の円卓の間に、都合がつかない数名を除いた全員が集まっていた。

 

「急な召集にも関わらずお集まりいただき、ありがとうございます。これからお話しする内容は、極秘事項としてくれぐれも他言は避けて下さい。皆さんも気にかけていらっしゃる、リムルとディアブロの件です」

 

 モモンガの言葉を聞いて、ギルドメンバー達に緊張が漂う。

 NPCどころか、プレイヤーでもあり得ないような奇天裂な行動の数々。討伐隊百人以上を相手に無双してのけたディアブロの圧倒的な強さ。それはチート意外に説明が付かないであろう。知らなかったとはいえ、不正(チート)プレイヤーを招き入れてしまったという事実と、このタイミングでギルドマスターからの緊急召集。否が応にもギルドの暗い先行きを想像してしまう。

 

不正(チート)だったということですか?運営の手入れ確定ですかね……」

 

 ヘロヘロが不安そうに発言する。皆が思っていても口には出せなかった言葉を聞いて、重苦しい空気になった。

 

「それについては、これから説明します。昨夜、運営からメールが届いていました。それが今回の召集の理由の一つです。リムルとディアブロについて、ギルドに責任を問わない、とのことです。その替わりに、二人に関する全ての情報の徹底した箝口(かんこう)を要請されました」

 

 モモンガの言葉に動揺し、ざわつくギルドメンバー達。ユグドラシルの運営が箝口令を敷くということは、何らかの圧力が生じているということは容易に想像がつく。しかし、いくら世界的人気を博するゲームの運営といえど、警察など捜査機関に求められれば当然情報を開示して捜査に協力しなければならない。にも関わらず、箝口を敷けるということは、捜査機関にも何らかの圧力がかかっているということだ。

 

 しかし、ユグドラシルの運営だけでなく、捜査機関に対してまでも圧力をかけられるような存在など、世界中探しても数える程だ。

 世界を牛耳る指折りの複合総合企業か、或いは世界的な影響力を持つ政治家や資産家。それぐらいしか考え付かない。いずれにせよ、絶大な権力の持ち主であることは間違いない。

 それほどの権力が重い腰を上げてまで隠そうとするリムルとディアブロとは一体何者なのか。背後になにか大きな陰謀めいたものを感じずにはいられない。

 

「実は先週末、私一人で本人達に現実(リアル)で会ってきました」

 

「「なっ!?」」

 

「「「えぇ!?」」」

 

 モモンガがとんでもないことを告げ、皆が驚きの声を上げる中、死獣天朱雀がゆっくりと口を開いた。

 

「モモンガ君、随分危ない橋を渡ってきたねえ。今回は無事だったからよかったようなものの、相手次第じゃ命に関わる可能性だってあったんだよ?」

 

 穏やかな口調で、子供を諭すように語りかける死獣天朱雀。周りの動揺とは対照的に、とても落ち着いた声である。

 彼の指摘は尤もだった。不正改造をするプレイヤーなんて大抵ロクな輩じゃない。一般人が法に触れる行為をしていることもあるが、そんなケースはごく一部で、大抵は何らかの危険な犯罪組織に関わる者だろう。そんな者に自分から関わりに行くなんて危険すぎる。

 

「すみません朱雀さん。危険は承知していましたが、どうしても会っておきたくて……」

 

「ふむ。気持ちはわからないでもないけど、モモンガ君。実は君の事を心配して、たっち君や茶釜君達が私のところに相談に来てたんだよ。知っていたかな?」

 

「え?そうだったんですか?」

 

「言ったでしょ?あまり深入りしてはいけないって。君は皆に心配をかけまいとして黙っていたんだろうけど……。君は自分が考えているよりもずっと皆から大切に思われてるということを自覚した方がいい」

 

「そうですよ。本当にビックリしましたよ」

 

「はぁ、マジでよかった。モモンガさんに何かあったら今頃ソイツん所に殴り込んでるとこだぜ」

 

「本当に、危ない事は今回限りにしてくださいね」

 

 死獣天朱雀の言葉に、餡ころもっちもちと武人建御雷、一緒に異世界までついてきてくれたたっち・みーを始め、皆が口々に暖かい心配の言葉をかけてくれる。

 モモンガは思わず胸が熱くなった。こんなにも自分の身を案じてくれるとは思ってもいなかった。

 

「皆さん……すみませんでした」

 

「モモンガ君、そこはありがとう、でしょう?」

 

「あ……そうですね。ありがとうございます」

 

 気を取り直して話を進めなければ。運営に圧力をかけたのが何処の誰で、何の目的かまではわからない。だが、この事はリムルが再び来たときに受け入れてくれるよう、皆を説得するのには好都合だ。

 モモンガはリムルと出会ったときのことを話し出した。もちろん、彼が考えた作り話だ。

 

 指定した待ち合わせ場所に来たのは"ディアブロ"を名乗る男性だった。彼に案内された邸宅で、一人の少女が待っていた。ディアブロは彼女の家の使用人で、まだ幼い少女がリムルだった。

 ディアブロの話によると、少女は病弱で家から殆ど出たこともなく、友人と呼べる相手は一人も居なかった。母は早世し、父は仕事で忙しく、三年ほど顔を会わせていないという。

 家を出られない彼女は孤独に耐えかね、オンラインゲームで繋がりを作る事を考えた。しかしまだ幼く、電脳化手術に耐えられる体力がないため、通常の手段では電脳空間にアクセスすらできなかった。

 そんな折、電脳化手術を受けなくても電脳空間にアクセス出来る改造端末をネットのジャンクショップで発見し購入したそうだ。

 

 NPCを装っていた理由や、今回会おうと言い出した理由を問い質したところ、少女は泣きながら滔々と語った。

 友達が欲しかったが、うまく話せる自信がなかった。正体がばれて、迷惑をかける前に辞めようと思ったが、楽しくてやめられなかった。会おうと思ったのはせめて直接会って謝ろうと思ったから。

 

 自分の作った嘘の設定をカンペも無しでスラスラと話していくモモンガ。営業職は伊達ではない。モモンガの言葉を、ギルドメンバー達もじっと静かに聞いていた。

 

「どうやら父親がかなりの権力者と繋がりがあるらしく、そのコネで箝口令を出させたそうです。しかし使っていた端末は取りあげられ、彼女はユグドラシルには電脳化手術を受けるまで実質ログインできなくなってしまいました」

 

 モモンガは皆に嘘を吐くのは胸が痛んだが、真実を話したところで、とてもではないが信じては貰えないだろう。(いたづら)に混乱させるよりは、リムルが再び戻ってこられるよう、みんなが納得できそうな落としどころを作った方がいいと判断したのだった。

 

「そこで皆さんに提案、というかお願いがあるんですが……」

 

 モモンガはここで本題を切り出した。

 

「もし彼女が、正規の手段でユグドラシルを再開する日が来たら、このギルドに迎え入れてあげる事は出来ないでしょうか?何年も先の話かも知れませんが……」

 

 友達を作りたくて不正な手段に手を出してしまった孤独な少女というモモンガの話は、ギルドメンバーに同情的に受けとめられた。

 しかし、簡単に受け入れる事も躊躇われた。一度不正に手を付けたものはなかなか全うな道には戻れない。今のところは箝口令のために情報が簡単には漏れないだろうが、もしどこからか情報が漏れ、収集がつかない事態になるかもしれない。ギルドに爆弾を抱え込むようなものだ。

 リムルの正体を知っているたっち・みーやペロロンチーノ、情に厚い武人建御雷等を含む賛成派。対して、ぷにっと萌えやベルリバー等頭脳派メンバー中心の慎重派が意見を戦わせ、会議は紛糾を極めた。

 

 途中、るし☆ふぁーが珍しく神妙な声色でモモンガに訊いてきた。

 

「モモンガさん、その少女は何歳位だった?」

 

 ペロロンチーノじゃあるまいし、何でそんなことを訊くのかと思いながら、モモンガはシエルをイメージし、おそらく10歳位だったと答えた。すると、るし☆ふぁーが驚愕の声を上げた。

 

「何だと!?まさか、まさかそんな……何ということだ!」

 

 普段ふざけてばかりいるるし☆ふぁー。そんな彼のただ事ではない驚きように、他の面々にも動揺が広がる。何かとんでもないことに気付いた様子だ。件の少女に何か心当たりがあるのか、などと周りが思い始めたその時。

 

「見損なったぞモモンガさん!」

 

「!」

 

 まさか作り話に気付かれてしまったのだろうか。リアルであればおそらくびっしょりと冷や汗をかいているだろう。動揺を悟られないよう取り繕うのが精一杯で、言葉を返せない。

 

「まさか、まさかモモンガさんがペドだったとは……!お巡り(たっち)さん、この人が犯人です!」

 

「……えぇー」

 

(一体何の犯人だよっ!て言うか何故たっちさんまでこっち見てんですか!?)

 

 とんでもない誤解をされているが、どういう思考を辿ったらそんな発想が出てくるのか、モモンガには全く理解できなかった。

 

「ぶっく……ぶわっはははは!ぺ、ペド……ひはっ、そ、そうきたか……ふっ、ぶは、ふ、腹筋がっ火ぃ噴きそうだっ」

 

「モモンガさん、確認ですが……違いますよね?」

 

「違うに決まってるじゃないですか!」

 

「え、何なの?ペドってなに!?」

 

 武人建御雷の大笑いを切っ掛けに、他の面々も一気に騒ぎだす。たっち・みーは念のためにと事実確認を取り、意味が分からず話に付いていけない餡ころもっちもちがしつこく尋ねる。ペロロンチーノは人差し指を立てて餡ころもっちもちに解説し始めた。

 

「ロリとペド、どちらも少女好きを指す言葉ですがそのアプローチが違います。親愛と性愛、まぁ簡単に言ってしまえばロリが正義で、ペドは悪です」

 

「うーん、たっちさんとウルベルトさんみたいな?」

 

「まぁそんなところです」

 

「何がそんなところですだ……焼き鳥にされたいのか?言っておきますが私にはそんな趣味はありませんからね」

 

 ウルベルトはペドと悪を同列扱いされて抗議をする。どうやら彼の中でも忌避すべき案件らしい。餡ころもっちもちに弁明しておく辺り、ペロロンチーノと違って女性の視線は気になるようだ。

 

「あはは、わかってますよ。ただの言葉のあやですって。ウルベルトさんは巨乳だーい好きですもんね?」

 

「ちょ、おまっ……ああああ、もう」

 

 女性メンバーの前で胸の好みを暴露されるウルベルト。餡ころもっちもちは生温い視線を向け、やまいこは腕を抱えて胸を隠して恥ずかしそうにしていた。ウルベルトは顔を背けて顔を覆い隠し、羞恥に悶える。こんなときにぶくぶく茶釜がいれば止めてくれるのだが、今日は生憎と欠席している。

 

「はぁ……」

 

 騒がしくなった円卓の間で、モモンガは草臥れたように肩を落とし、盛大にやさぐれた溜め息を吐いた。

 

 ピコン。

 

「うわっと?」

 

 欠席の予定だったが思いの外仕事が早く終わり、遅れてログインしてきたぶくぶく茶釜を出迎えてくれたのは、円卓の間で繰り広げられるカオスな空間であった。

 

 たっち・みー他数名から逃げ回っているるし☆ふぁー。大笑いして床を転げ回る武人建御雷と弐式炎雷。胸を隠すように腕を抱えるやまいこ。彼女の視線を受け、両手で顔を覆い隠すウルベルト。餡ころもっちもちが引いているのに気付かず、『ロリコンの正義』なるものを熱く語っている弟。そして、哀愁を漂わせて肩を落としてうなだれるギルドマスターであった。

 

 

 

 

 

 

 ぶくぶく茶釜と気を取り直したモモンガ、たっち・みー等によって騒動を収め、多数決が採られた。

 従来の二つの加入条件(1.社会人であること、2.アバターが異形種であること)のうち、社会人であることについては緩和しても良いが、その代わり不正(チート)を絶対にしないと誓うことを条件にギルド加入を認めてもいい、という話で落ち着いた。

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー数41人は他のギルドと比べて人数が少ない。元々少数派の異形種限定という加入条件に加え、情報系ギルド『燃え上がる三眼』によるスパイ騒動があって以来、新たなメンバーの加入はなかったのだ。やまいこの妹でさえ、人間種(エルフ)であるために客としてもてなしはすれど、ギルドへの加入を認められていない。そんな『アインズ・ウール・ゴウン』に、加入予定が出来たのだった。

 

 るし☆ふぁーのせいで途中おかしな一幕はあったが、モモンガが考えたストーリーは皆に受け入れられ、どうにか話がまとまった。たっち・みーやウルベルトはモモンガの辣腕ぶりに感心していた。

 ただ死獣天朱雀だけは、モモンガの嘘に気付いていた。会議後にこっそりと耳打ちして教えてくれたのだ。

 

「伊達に長生きしてないって事さ。何を隠しているのかはわからないけど、まあ多くは聞かないよ。僕は黙っているから、安心して」

 

 ごめんよ、この年になるともう腰が痛くて。そう言って静かにログアウトしていった。モモンガは嘘を言った自分を信用してくれる彼の度量の深さと優しさに感謝した。普段は「僕が学生の頃はまだ空が青い日もあってね、君にも話したかなぁ……」と何十回も同じ思い出話をする痛いところがあるが、こういうときにも揺るがない落ち着き払った態度はなんとも頼り甲斐がある感じだ。

 

「茶釜さん、うちの部長より断然怖かった……やっぱ彼女は怒らせちゃダメですわ」

 

 そう言って震えているのはフラット・フットだ。いつもより数段低い声で、調子に乗った弟を本気で叱る所を目撃した彼は本気で怯えていた。

 彼にペロロンチーノがホモ疑惑をかけたことから、弟を叱りつけるぶくぶく茶釜を目撃しているが、そのときより更に怖さが増しているようだ。実は言葉だけでなくリアルに腕力でも弟を組伏せる事ができる、とは言わない方がいいだろう。

 

「ところでその()、本当の所はどうなんですか?かわいいんですか?」

 

 彼は自らの武器に「つるん・ぺたん」と名付けている事からもわかるように、敬虔なヒンヌー教徒であり、ペドではない。そのはずだ。

 

「いい加減その話題引っ張るのは止めてもらえませんかね……」

 

 自分を揶揄っているだけだと思い直し、疑惑を思考から追いやったモモンガは、辟易したと言わんばかりに肩を落とし、やれやれと首を振った。

 

 

 

 

 

 

 それからひと月ほど経ったある日     

 

 モモンガこと鈴木悟は、いつものように会社を定時に上がり、帰路に着いていた。ペロロンチーノが親元を離れて職場の近くで独り暮らしを始めるのだ。その引っ越し祝いも兼ねてこれから『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバー有志でオフ会の予定なのだ。

 

「いよーっす」

 

「あ、どうも……」

 

 突然挨拶をしてきた男に愛想よく挨拶を返すものの、悟は内心慌てている。目の前の男に、全く見覚えがない。少なくとも得意先の人間ではないはずだ。もし得意先の人であれば、顔も覚えていないなど失礼にあたる。

 

(マズいぞ、誰だか全く思い出せない)

 

 このご時世にしては珍しく中肉中背の健康的な体型で、やや天然パーマのかかった黒髪黒目の男。悟よりは年上だろうが、色ツヤの良い健康的な顔をしている。

 

(顔色がいいところを見ると、裕福層の……ん?顔?)

 

 汚染された大気でガスマスク必須のハズの野外を、目の前の男は素顔丸出しで立っている。何処かで聞いたような馴れ馴れしい(フランクな)挨拶。この時点で悟は気付いてしまった。

 

「えー、もしやとは思いますが……」

 

「おっ察しがいいな、俺だよ俺」

 

「ああ、やっぱり……リムル()()、その格好は一体?」

 

 目の前でオレオレ詐欺のような科白を宣う、日本人男性にしか見えない何者かは、やはりあのリムル・テンペストだった。

 

「ああ、これか?ふっふっふ、実はな……」

 

 いつもの美女の姿ではなく、何故オッサンの姿なのかと問う悟に、勿体ぶったようにニヤリと笑うリムル。女性の姿のときより、今の方がこういう表情は似合っていると思う。

 

「俺の前世の姿だ。なかなかのナイスミドルだろ?」

 

「へ、へぇ。……それで今日は何をしに?」

 

 コイツ、最早何でもありか。悟は驚きを通り越して呆れてしまった。前々から常識はずれだとは思ってはいたが、前世の姿とは。リムルのいう通り、見た目も中々良い。たっち・みーこと近藤巽ほどではないが、悟よりイケメンである。あくまで悟の主観だが。悟は微かに嫉妬を覚えながらも、用件を聞いた。

 

「今日これからオフ会なんだろ?俺も  

 

「は?何でソレ知って   誰から聞いた!?」

 

「それぐらい聞かなくても、お前のメール履歴をチョチョイ、と」

 

「いやそれダメだから!プライバシーの侵害だから!」

 

 憤慨する悟を、細かいことは気にするなと悪びれもせずバシッと背中を叩き、笑い飛ばすリムル。端から見れば、気心の知れた友人に見えたかもしれない。片方がガスマスクなしで平然としている男でなければ。

 

「あ、鈴木先輩じゃないですか、お疲れさまです。……もしかして先輩のご友人の方ですか?」

 

 そう言って声をかけてきたのは、鈴木悟の職場の後輩、一条彩葉(いろは)だ。彼女が新入社員だった頃、少し面倒をみたことがある。高卒で入社してきた一条は、いわゆる小悪魔系女子というやつで、あざとかわいく男性社員を掌の上で転がすようなタイプだった。

 

 一条は悟をそもそも男性として見ていないのか、いわゆる裏の顔も悟には見え隠れさせていた。相手を慕っているような親しげな態度で会話していたと思ったら、相手が居なくなった途端に「何でどうでもいい会話をあんなに長く出来ますかね」等と辛辣な言葉を笑顔で吐く。

 親しい女性の居ない悟は、女の子って皆こんな風なのかと当時密かにショックを受けていたのだった。彼女曰く、建前と本音を上手に使い分けることで人間関係はうまくいくんだそうだ。悟には割と本性を晒しているのは、誰か一人は本音を知って貰えないと息が詰まってパンクしてしまうとも。

 そして悟なら「先輩なら信頼出来る」と言っていた。「先輩なら御し……」と言いかけて改めて言い直した事には触れない方が身のためだろう。

 

(一条さんに言われると言外に「お前友達居たのかよ」って言われてるように聞こえるなぁ……確かに会社で友達いないけど)

 

 一条の裏の顔を知る悟は内心で一人ごちながらも、リムルに彼女を紹介する。リムルを一条にどう紹介しようか迷ったからそうしただけだが、社会人のマナーとしては立場の低い人を先に紹介するものなので、矛盾はないといえる。

 

「ええっと、こちらは会社の後輩で、一条彩葉さん。一条さん、こちらは   

 

「三上悟です。鈴木くんとは昔の先輩後輩の仲でね、ついさっきバッタリ会ったんですよ」

 

「そうだったんですかぁ」

 

 リムルは空気を読んで自分から名乗ってくれた。言いながら上着の懐からガスマスク……ではなく仮面を取り出して顔に付ける。見た目はなんの機能も持たないお面にしか見えないが、素顔を晒しているよりはマシか。こういう機微を察してもらえるのは悟としてもやり易い。いきなり異世界ヘ連れていくなんて破天荒なことはしないようだと胸を撫で下ろした。初対面の女性との会話でも堂々としている辺り、出来る男っぽく見える。

 

「なるほど、君が一条さんか。お話はかねがね……」

 

 三上と名乗ったリムルは、今会ったばかりで名前しか知らないはずの一条の事を、さも知っているという素振りを見せる。

 

「え?何か言ったんですか先輩?変な事言ってませんよね?」

 

「いえ何も。一条さんをからかってるだけですよ」

 

「へ?」

 

「はは、ばれたか」

 

「も、もおぉ、三上さんたらぁ」

 

 表面上は可愛らしく怒ってみせる一条。悟は、私かわいいでしょ、と思っているのが透けて見える気がした。

 

「先輩、せっかくだから少しお茶していきません?三上さんともお話してみたいですし」

 

 一条の狙いはリムルだろう。一条は気になったらすぐに手を出……声を掛けるタイプだ。まだオフ会までは多少時間がある。リムルならこういうのをあしらう事にも慣れているだろうと予想し、了承した。

 

 

 

 

 

 

 近くに見かけた喫茶店に入った。店内は昔ながらのレトロな雰囲気だが、水に色を着けただけにしか思えないコーヒーが出てくるだけだ。嘗ては気にせず飲んでいたが、魔物の国(テンペスト)で本物を知ってしまった悟には、物足りなさを感じさせた。三上も一口飲んで「なるほど……」と言って残念そうな表情を浮かべた。

 

「そう言えば先輩、まだユグドラシルやってるんですか?」

 

「え?ええ、やってますけど。それが何か?」

 

 そう言えば一度だけそんな話をしたことがあったな、と思い出す。仕事が終わると自分を置いてさっさ帰る悟に一条が彼女でもいるのかと聞いてきたので、はまっているゲームがあると答えたのだ。

 当時ユグドラシルを知らなかった彼女に、丁寧にその魅力を語って聞かせたのだが、「なんですかそれ、もしかして、私の事口説いてます?てゆーかいきなりゲームの話を早口で熱く語って、なんかキモいですよ」と散々な事を言われたのだった。

 

「私一時期やってなかったじゃないですかぁ?でも最近になってまた再開したんですよぉ。そしたらスッゴいかっこいい人見つけちゃって」

 

(きみがいつの間にかやってたなんて俺は全く知らないじゃないですかぁ?)

 

 一条がユグドラシルをやっていたなんて初耳の悟は心の中で一条の真似をして嫌みを言いながら、聞いて欲しそうにしている一条を見て仕方なく話を掘り下げようとする。

 

「へえ、一条さんが格好いいと言うなんて、どんな男だろうな?」

 

 リムルがそう言うと、一条が頬に両手を当てて顔を隠した。

 

「三上さん、もしかして私の事狙ってるんですか?でも今は気になってる人が居るんでごめんなさい」

 

「え?いやいやそうじゃなくて、てっきり聞いてほしいアピールかと……」

 

「え、ああ、そうです、聞いてくださいよぅ」

 

 気を取り直し一条は、ユグドラシルで偶然遭遇したプレイヤーについて熱っぽく語りだした。気まぐれで久々にログインしたところ、数人に囲まれてPKに遭いそうになっていたところを助けられたのだとか。

 

「で、バサーッてマント?服……?を、バサーッてやって、フハハハーって不敵に笑うんですよ。見た目は悪者っぽいんですけど、それが何だか凄く堂に入ってて格好いいんですよぉ」

 

 説明がちょっとアレだ。雑というか、擬音が多くてわかりづらい。しかし、聞いている限りではかなり派手で芝居がかった言動をしている模様だ。そんなのを格好いいと思うなんて、一条は実は厨二病なのだろうかと思えてきてしまう。

 悟もそういうのが格好いいと思っていた時期があった。今となってはその熱も覚め、ちょっとした黒歴史だが。その黒歴史の集大成とも言えるNPCが宝物殿に配置してあるのを思い出し、一人羞恥に悶えそうになる。

 

 一条はおそらくそういった派手な動きとかが好きなのではなく、助けてくれた事が補正になって格好良く見えているだけだろうな、と悟は思うことにした。

 

「それで、どんな顔なんだ?イケメンか?」

 

「えっと、人間種じゃなくて異形……ってわかりますか?角が生えてて、毛むくじゃらで、世界征服を企む魔王って感じです。それでもし今度会ったら、気になってるアピールしようかなって思ってるんですけど」

 

「ん?アピールってどんな?効果あるのか?」

 

 三上の疑問に、コホンと咳払いをした一条は、三上を上目遣いで見つめる。瞳が少しうるうるとしているように見える。そして恥ずかしそうにしながら、おずおずと尋ねた。

 

「三上さん……いま、付き合っている人とか、いるんですかぁ?」

 

「え?ええっと……」

 

 三上が返答に詰まっていると、ふっ、と一条が口角を吊り上げ、どや顔になる。

 

「ざっとこんな感じですよ」

 

「フム、悪くないな。というか、グッと来たよ」

 

 悟は、グッと親指を立てるやり取りを交わす二人を見ながら、モテる男はこんな体験を実際にしているのか、などとボンヤリと考えた。こんなことを自分は言われることなんて一生無いだろうな、と。

 そう言えば、と湧いてきたある疑問をぶつけてみる。

 

「今のユグドラシルでやる気なんですか?アバターは表情が動かないですけど、効果薄くありませんかね?」

 

「「あ」」

 

 二人ともそこまでは考えが至っていなかったようである。しかし、そこで三上は良いことを思い付いたとばかりに問題発言をする。

 

「そうだ、せっかくだから一条さんもオフ会行かないか?」

 

「え、ちょ?」

 

「ええー、でも……男性が集まるところに行くのは危険じゃないですかね?」

 

「安心したまえ、女性もちゃんと居る」

 

「うーん、それなら……」

 

 いきなり一条を誘う三上と、それに乗る一条。しかも彼の中では彼自身は参加が決定しているらしい。本来の参加者である悟の意向を無視して勝手に話を進める二人。

 

「ちょっと二人とも、何勝手に話を進めてるんですか。大体、三上さんは呼ばれてませんよね?」

 

「え、そうだったんですか?」

 

 流石の一条も三上の非常識っぷりには若干引いたらしい。

 

「まあ、大丈夫だろ。俺とお前の仲じゃないか。聞いててみてくれよ、な?」

 

 そう言って悟のスマートフォンを勝手に取り出し、掛けろと促す。この男は自重しないと公言する程我が儘な奴だった、と思い出し、悟は諦めてペロロンチーノに電話を掛けるのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。

独自解釈、創作設定が盛り沢山です。

まず巨大複合企業だの政治家だのは、原作では詳しく明かされていないので作っています。

ギルドメンバーの人柄や口調は殆どが想像で作っています。ぶくぶく茶釜さんを散々いじり倒しておいて今更ですが・・・。

原作でリムルは何故か三上悟(前世)の姿にはなれなかったのですが、シエル先生の意図によるものなんだろうなと思っています。リムルの正妻の座を狙うメンバーが居ないときくらいは許してくれるんじゃないかなと。

一条はオリキャラです。鈴木悟がプロの独身を目指しているのは彼女の影響かもしれません。

オーバーロードの原作では「リアル」を現実と表記したと思いますが、転スラの世界が登場し、鈴木悟にとってはどちらも現実でややこしいので日常と表記しています。

他にも色々創作捏造があるかもしれませんが、「この設定原作と違うな」と感じたらそう思って頂ければと思います。

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