異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
だからというわけでもないのですが、後書きにオマケを付けてみました。
2138年某月某日。
鈴木悟たちが異世界より帰還して約一年が経った。悟は平日に休みを取り、ユグドラシルにログインしていた。この日はユグドラシルのサービス終了日。
「最後に皆で集まりませんか」
二週間前に、引退したメンバーも含めギルドメンバーだった全員に向けてそうメールを出した。わかってはいたが、返信どころか宛先不明で返ってきたものが殆どであった。
現在、午後11時過ぎ。
今日、これまでに彼の呼び掛けに応え、会いに来てくれたのは朝に一人、昼過ぎに一人。先程までいたヘロヘロ。三人だけだ。
モモンガは円卓の間で一人、思い出に浸っていた。こんな時間だ。もうこれ以上誰か来るとも思えないが、もしかしたら。そんな思いが、何となくその場を離れ難くしていた。
この一年は激動だった。様々な理由でギルドメンバーの多くが引退していった。
若くして異例の警部補に抜擢されたたっち・みーのように、仕事が忙しくなりログインすら難しくなった者。
転職して以前のように遊ぶ余裕が無くなった者。その中にはホワイトブリムのように夢を叶えた者、ウルベルトの様な勤め先の倒産により転職を余儀なくされた者もいる。
タブラ・スマラグディナのように健康を著しく損ね、プレイ自体が難しくなった者。
打倒たっち・みーという目標を失ってモチベーションを保てなくなった武人建御雷、その建御雷とよく一緒につるんでいた弐式炎雷。
不慮の事故で亡くなったベルリバーとるし☆ふぁーを除き、皆引退の時にはモモンガと別れの挨拶を交わし、アイテム装備品を預けていった。
モモンガは、また気軽に何時でも遊びにきて欲しいと、空元気でも無理やりに明るく言って見送ったのだった。一度でも戻って来る事が出来た者は一人も居なかったが。
そして半年前、テロリストによると思われる、大規模な爆破事件が相次いで起こり、巻き込まれた多くの人々が亡くなった。
ニュースで報道される度、モモンガは見知った名前がないことを祈りながら、死亡者の名前をぼんやりと見ていた。だが、見つかってほしくない名前を次々に見つけてしまった。
「フ、フラットフットさん!ガーネットさん、餡ころもっちもちさん……!そ、そんな……ペロロンチーノさんまで……!」
目の前が真っ暗になった。自分の拠り所が音をたてて壊れていく様に感じた。
異世界へ行って幾分成長したかもしれないが、所詮は一介のサラリーマン。出来ることなど無きに等しい。
後輩の一条は、8ヶ月前に突如失踪していた。前日まで何事もなく会社に出勤していたらしいのだが、何の前触れもなく、忽然と姿を消した。悟も担当した近藤警部補から聞き込みをされた。警察も手を尽くして捜索しているそうだが、依然として何の手がかりも掴めていないそうだ。やはり何らかの事件に巻き込まれたのだろうか。彼女のことは苦手ではあったが、先輩として心配もしていた。
彼女が失踪した数日後、ウルベルトが失業を理由にユグドラシルを辞めていったが、本当の目的は一条を探すためだったのかもしれない。今では彼とも連絡もつかず、安否も不明の為、確かめようもない。
そんな彼は今、とある場所で近藤龍巳
最早、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は実質壊滅状態だった。
件の連続爆破事件が切っ掛けなのかはわからないが、それ以降ユグドラシルもプレイヤー人口が急速に減少していった。皆生きるために必死で、遊んでいる場合ではないのだろう。
仕方がない事だとは分かっていても、暗澹とした気持ちは拭い去れない。鈴木悟にとってギルドメンバー達と過ごした思い出の詰まった場所であり、大切な拠り所だ。今は亡きギルドメンバー達を偲ぶ霊廟でもある。
その後もプレイヤー人口は減り続け、そして遂にサービス終了の知らせが届いたのだった。
午後10時半頃にログインして来たヘロヘロは、日々ブラック企業でコキ使い倒されているらしい。無理なノルマを押し付けて来るくせに達成できないとチクチクと追及してくる上司、毎日生き物のように変わる仕様書、報連相がお粗末すぎる後輩……ひたすら仕事の愚痴を垂れ流しまくり、漸く一息ついた。
「すみません。愚痴っぽくなってしまって」
「いえいえ、こうしてお会いできただけでも嬉しいですよ」
実際モモンガの言葉に嘘はない。ゲーム内で仕事の話をするのを忌避する者も居るだろう。ゲームの中ぐらい現実の世界の事など忘れていたいのだ。だが、モモンガはそういった忌避感はない。それに、ヘロヘロには悪いが、メンバーの訃報といったヘビーな話と比べれば、彼の仕事の愚痴も聞けた。
「もしかして、サーバーダウンまで居るつもりですか?」
「?ええ、そうですけど。よかったらヘロヘロさんも 」
「ダメです!」
「……え?」
一緒に残りませんか、と言おうとしたら、ヘロヘロが急に怒鳴った。普段柔らかい印象の彼が、急に強ばった声を出したことに驚き、慌てるモモンガ。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
「ああ、すみません……。
その、サーバーダウンまで居ちゃ駄目です。通常の強制終了と違って、何が起こるか分からないらしいんです。実際、他のゲームでサーバーダウンまで残っていた人が脳に障害を受けて意識が戻らなくなった人がいるみたいなんです。兎に角サーバーダウン迄にはログアウトしてください良いですね?」
「は、はぁ。分かりました」
急に早口で捲し立てるヘロヘロに、眉唾な話だと思いながらも気圧されてつい返事をしてしまった。
そのまま、彼は明日も朝早いからとそそくさとログアウトしていったが、引き留める気は起きなかった。
「茶釜さん、もう家に帰ってるのかな」
朝一番に来てくれたぶくぶく茶釜。
今夜男性と食事に行く事になっているらしい。相手は彼女が所属するプロダクションの、大手スポンサー企業の御曹司。先日のコンサートで歌う彼女を見て一方的に惚れられたらしい。コンサートが終わったあと、声をかけられたそうだ。
相手がスポンサーということもあり、気を遣いながらうまく食事の誘いを断っていたそうだ。しかし、あまりに何度も誘われるので、断りきれなかったらしい。
半年前の連続爆破事件で最初の被害にあった彼女は、家族を同時に三人失った。
コンサート会場で大きな爆発が起こり、建物が倒壊しかけた。彼女自身は奇跡的に無傷だったが、弟は彼女を庇い、崩落する天井の下敷きになった。体を太い鉄骨に貫かれ、彼女の目の前で冷たくなっていったという。
彼女は通夜と葬儀を済ませた彼女はすぐさま仕事に復帰し、ユグドラシルにも積極的にログインして気丈に振る舞っていた。
誰がどうみても無理をしているのは明らかだった。まるで家族の後を追いかけているような、死に急ぐかのような彼女を見かねて、死獣天朱雀、生前のやまいこと彼女を説得しに行った。その時会った彼女の顔は案の定、酷くやつれていた。
そんな彼女が今は立ち直ってきていることを感じ、また、新たな人生を歩む機会に恵まれた事は、喜ばしいことだ。
ペロロンチーノが生きていた頃、
円卓の間で彼女から直接誘われたとき、動揺のあまり絶望のオーラを無意識に誤発動してしまったのは今思い出しても恥ずかしい。
(絶望のオーラを出しながら嬉しそうな声でワタワタする骸骨。シュールだ……。でも、そんなにキモかったかな?『お母さん』て)
彼女は余程衝撃的だったのか、「お、お母さぁん」と呟いたのが耳に入ってしまった。そんなに本気で引かなくてもいいじゃないか。
気さくで、モモンガにも親しみを込めて接してくれるぶくぶく茶釜。明るくて、優しくて、頼り甲斐があって、そして時に怖くもある。天真爛漫な彼女は、悟には眩しいくらいに輝いて見えた。
『自分らしく生きること 何よりも伝えたくて 』
コンサート会場で歌う彼女を、
そして、見ないようにしてきた事実から目を背けることができなくなってしまった。彼女に恋をしているという事実。もう、認めざるを得ない。
しかし自分はどう贔屓目に見ても彼女の相手には余りに不相応だ。
自分が男性として愛されるような魅力は持ち合わせてはいない。つまりモテない。そんな事はとっくに自覚している。
叶うはずもない恋に期待して、勘違いして、傷ついて……そんなのは、不毛なだけだ。
ならば初めからそんな期待を抱かなければいい。それよりも、友人として、仲間としての付き合いを保った方が、波風が立たず平穏に日々を送れる。イケメンではなくても、仲間としてなら受け入れてもらえるんだ。それでいいじゃないか。
「よかったじゃないか……。相手は勝ち組の、それもスポンサーの御曹司だ。うまくいけばこのまま結婚して、子供も生まれて、幸せな家庭を築いていくんだろうな。
俺はプロの独身として、少しでも茶釜さんの背中を押してあげられたんだ。胸を張れ。よくやった、俺。
朱雀さんには気付かれちゃったかなぁ、やっぱり」
昼過ぎに会いに来てくれた死獣天朱雀。ぶくぶく茶釜が来ることを知っていたようだったが、既にログアウトしていることを告げると、残念そうにしていた。
「君はそれでいいのかい……?」
彼は何か言いたげだったが、一体何の事かととぼけて誤魔化した。彼は一つ溜め息を吐き、そのまま暫く黙ってしまった。
言いづらい事を言う前には押し黙る。彼が時折見せる癖だ。大体想像はついていた。入院生活をしていたタブラ・スマラグディナの事だろう。
「逝ってしまったよ。4日前にね……。モモンガ君に会いたがっていたよ。ログイン出来ないのをとても残念がっていた。
そうだ、知ってたかい?NPCのアルベドを君の嫁にと思って作ったそうだよ。性格が気に入らなければ、君の好きな様に変えていいよってさ。でも、さすがにNPCは嫁にできないよねぇ」
ふふ、とポツリと溢すように彼は笑った。長く生きてきた分、友人の死を受け止める事にも馴れているのだろうか。
「僕はもう行くよ。どうしてもやらなきゃいけないことがあるから。それじゃ、またいつか何処かで……」
まるで何処かへ散歩にでも出掛けるかのような気軽な口調で、彼は去った。
いつかどこかで。
そんな言葉に希望を見いだせるほど楽観的になれる世界じゃない。
ぶくぶく茶釜とは明日合う約束をしているが、いつかと言って別れた相手と次に会えた試しはない。モモンガは暫し寂寥感に浸っていた。
「っと、もうこんな時間か……」
時計を確認すると、午後11時半を回っていた。
流石にもう誰も来ないだろうことは分かっていた。
最後くらい、玉座で少し格好をつけて締めるとしよう。モモンガは歩き出す。手にはギルドの象徴とも言うべき、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを携えて。
ギルド武器。各ギルドがその象徴として作る事ができる武器で、その性能は
これを作り上げるためにみんなで冒険に繰り出した日々。まさにギルドの象徴に相応しい。
しかし強大な武器にはリスクも存在する。破壊されるとギルドが崩壊するのだ。そのため、おいそれと持ち運ぶ事など出来ないのだが、今日は最終日。安全な場所で眠らせておくのは勿体ない。
曇り一つなく磨きあげられた大理石のようなの床を踏みしめ、白亜の城が如き絢爛豪奢な第九階層を進む。
これまで敵に侵攻を許した最奥部は第八階層。一度たりとも敵にここまで侵入を許したことはない。
悪名高きギルドの拠点『ナザリック地下大墳墓』の最下層に、まさかこれ程までに見事な空間が広がっていようとは夢にも思うまい。
すれ違うNPCの一般メイド達の会釈に手を上げて応える。
「ご苦労」
NPC相手にこんな挨拶など何の意味も持たないのだが、ナザリックを治める支配者を演ずる、モモンガの楽しみの一つだ。
彼はそのまま第十階層へと階段を降りきった。
広間に控えていた執事服を着こなす白髪白髭の老人。老人とは思えないほどピンと伸ばされた背中。鷹のような鋭い目付き。たっち・みーが作ったNPC、セバス・チャンだ。
その後ろに影の如く付き従う6人のメイド。先の一般メイドと違い、金属製の手甲、足甲をはめ、メイド服をモチーフとした鎧を身につける彼女らは戦闘メイド『プレアデス』。武器もそれぞれに違った得物を持ち、6人とも様々なタイプの違いはあれど、非常に美人が揃っている。
「付き従え」
最後まで侵入者の撃退という与えられた使命を全うする機会を見ることの無かった彼らを連れ立って、モモンガは最奥、玉座の間まで来た。
「あー、待機……平伏せ」
モモンガの言葉に従い、執事とメイドたちが立ち止まって傅く。
NPC達はAIにプログラムされていない
玉座の横に控える、純白のドレスを纏った美女に目をやった。
気になる発言を残していった、タブラ・スマラグディナが作成したNPC、アルベドだ。
普段は玉座の間にはほとんど来ないため、まじまじと見たことは無かった。
金色の瞳、腰まで伸びた黒髪。こめかみからは角が突き出し、腰の辺りからは一対の漆黒の翼が生えているが、まさに絶世の美女だ。淑女然とした穏やかな微笑を湛えている。
「な、なんというワガママボディ……」
モモンガはついつい顔だけでなく胸や腰の辺りにも無遠慮な視線を向けてしまう。豊満な胸と微笑を浮かべる顔を何度も視線が往き来する。
自分以外はNPCしか居ないのだ。多少は多目に見てもらいたい。流石にお触りはしないが。
最終日はっちゃけ過ぎて垢バンなど笑えない。恥ずかしすぎる。
「ホント、美人だな……こんな美人が実際に居たら誰からも好かれるんだろうな」
自分にはない。他人に愛されるという経験が。唯一愛情を注いでくれた両親も、もう居ない。不意に押し寄せてくる寂寥に、つい本音を呟いてしまう。
「いいなぁ。愛される人は、いいなぁ……」
暫しの静寂。誰も居ない玉座の間で、彼はひっそりと涙を流す。
「ああ、そう言えば、性格がどうとか言ってたな」
気を取り直したモモンガはコンソールを開き、アルベドの設定を確認する。彼が知っているのは守護者統括という役職くらいだ。
「うわぁ、流石ば設定魔。びっしりだ……」
設定欄には一大叙事詩の如き文字の海が溢れている。時間があればゆっくりと読み込みたいところだが、やむ無く急ぎ足で読み始める。動体視力は常人のそれ以上に鍛えられており、かなり早くスクロールしても読める。思いがけず身に付いた速読術だ。
「ふーん、なるほど……ん?んんっ?」
長い叙事詩のような設定を読み切って辿り着いた最後の行を見て、思わず目が点になる。
『ちなみにビッチである』
「え?何で、こんな……?」
何度読み返してみても、読み間違いではない。紛れもなく『ビッチ』と明記されている。
(あのビッチ、だよな……?)
性悪、ヤリマンなど、女性に対する罵倒の言葉だったはずだ。他に何か特別な意味があるのかもしれないと思ったが、ネガティブな意味しか思い浮かばない。
こんなに美しく、上品で淑女然とした女性が、よりにもよってビッチだなんてあんまりだろう。確かに、目の前の美女にこんなワガママボディで迫られたら辛抱たまらん……ではなかった。
頭を振って下世話な想像を振り払う。そこで、ふと作成者の嗜好を思い出す。
「ああ、そう言えば『ギャップ萌え』だっけ、タブラさんは……ふふ」
しかしこれはちょっと不名誉に過ぎる。もう少し、こう、何かなかったのか。
時間は、午後11時45分を回ったところだった。
(まだ多少の時間はあるな)
ギルドマスターの権限を使い、設定の編集画面に移る。
取り敢えずビッチの一文は消して、何か代わりに入れるか。
「うーん……」
そのころ
あちこちに破壊の跡が見られ、まるで戦場のようなその場所で、血塗れになりながらヨロヨロと立ち上がる二つの人影。そのうちの一人が何かを見つけて瞠目する。
「な、なんでアンタがここに……?」
※歌詞の引用元
『Sister's noise』
作詞 八木沼 悟志
次回、モモンガさん、遂に異世界へ。
おまけ
「お母さん」発言の真相
モモ「え、ホントですか!?い、いいんですかね、俺が行っちゃって?」
茶釜(!?絶望のオーラ?絶望的なくらい嫌って事?え、でも声はなんだか嬉しそう?引いてる?どっち?どっちなの!?)
モモ(あっ、やっべ、いつの間にか絶望のオーラ出てた。うわー恥ずかし!動揺してるのがバレバレじゃないか・・・)
茶釜(うわぁああ、もう全然分かんないよぉぉお!助けてー!)「お母さぁん」
モモ「え・・・?」(ドン引きされた!ドン引きされた!)
茶釜「あ"っ・・・」(変なこと口走っちゃった!)
モモ・茶釜(うあああああっ)