異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
「はっ!?」
アインズが蘇生魔法を試そうと短杖を取り出したところで、アルベドが目を覚ました。
「ん?目が覚めたようだな……。アルベド、どこか痛むところはないか?」
アインズが歩み寄り、優しくいたわるように声をかける。だがアルベドの胸中はそれどころではなかった。戸惑った様子でアインズとディアブロ達を交互に見ている。
「ん?ああ、心配するな。皆敵ではない」
アインズの言葉に、アルベドは自分の失態を悟った。手を出してはいけない相手、アインズと縁がある者に刃を向けてしまったということに。アルベドは顔を青ざめながら慌てて跪き、謝罪を口にしようとする。
だが、先に口を開いたのはアインズであった。
「すまなかった」
「え?あ、アインズ様!?」
顔を上げたアルベドはあまりの事に瞠目する。至高の41人の纏め役たるアインズが頭を深々と下げていたのだ。
「私が彼らの事を前もって話していれば、お前をあんなひどい目に遭わせずに済んだだろう。許してほしい」
「アインズ様がお謝りになることなど!私が、勝手に勘違いをした私が悪いのです!」
アルベドは慌てるあまり声を荒らげてしまう。が、アインズは中々頭を上げようとしない。しもべたる自分などに至高の御方が頭を下げるなどあって良い筈がない。そうは思うが、無理矢理に主人の行動を止めさせるのも不敬にあたるのでは、とも思ってしまう。結局どうして良いかわからず、アルベドはボロボロと涙をこぼし始めた。
「モモンガ、部下を困らせてはダメだろう?さすがに私もフレイを泣かしたりはしてないのだ」
「そうだぞ、俺も泣かれたことは……無くはないけど」
アルベドの様子を見かねて、銀髪の少女と、何故か一人称が「俺」の青銀髪の女もアインズに声をかけた。
「二人に言われても説得力に欠ける……て言うか泣かせてるんじゃないか」
「い、いや、俺の場合はホラ、感激の涙とかで……リグルドとかが、な」
「あー、彼か……懐かしいな」
至高の御方もそうだが、随分と砕けた態度で会話する彼等にアルベドは戸惑いを覚える。至高の41人以外と話す時以外に、アインズのこんな姿を見たことがあっただろうかと。
「それはともかく。リムル、あなた達も彼女に謝罪するべきでは?」
青銀髪の女 リムルという名のようだ にサカグチが謝罪を促す。銀髪の少女もウンウンと首肯していた。
「そ、そうだな。申し訳なかった。ウチのディアブロが大変失礼をした」
「クフフフ。私としたことが、少々やり過ぎてしまいました。お詫び申し上げます」
黒い悪魔はディアブロというらしい。彼の態度は慇懃無礼というか、悪いと思っているようには全く見えないのだが、アルベドは気にしなかった。そんな事よりも、彼等のアインズとの関係が気にかかっていたからだ。
「あの、アインズ様?この……こちらの
「ん?ああ、そうだな。彼等は……うーん……恩人?と呼ぶには……仲間?と言ってよいものなのか……?」
アルベドが尋ねると、アインズは少し困ったように顎に手を当て、ブツブツと呟く。何か説明に困る関係らしい。そんなアインズに、銀髪の少女が屈託のない笑顔で笑った。
「わははは、そんなに難しく考えなくても良いのだ。友達で良いではないか!」
「と、友達、だと……?」
アインズが戸惑った様な声をあげて固まる。
「え?ち、違うのか……?」
「ふ、ふふ、違わないとも!はっはっは、そうだな、友達。我々は友達だ!」
眉尻を下げてじわりと涙を滲ませた少女に、アインズは機嫌良さげに答え、困惑して固まっているアルベドに三人を改めて紹介した。
「当時は異形種狩りが横行していてな。そんな折りに我々は出会い、友宜を結んだのだ。ナザリックにも一時期滞在していたんだぞ?お前達は誰も覚えてはいないだろうがな……」
かつてナザリックに居たという衝撃の事実を知り、アルベドは目を見開く。そして、自分達の不自然な記憶の消失にはリムルが関与していると確信した。そして守護者達の記憶を消してしまわなければならない何かがあったのだろう。
「アインズ様。至高の御方々が我々僕達の記憶をお消しになられたということなのでしょうか?」
「いや、リムルだよ」
アインズは短く答え、そして何か考える。
「詳しい事情は話せば長くなるが、ナザリックを、皆を守るために必要なことだったと理解してほしい。だが折角再会したんだ。彼等をナザリックでもてなそうと思っている。リムルはナザリックにとって、ある意味特別な存在だしな」
なにやら含みのある言い方をするアインズ。リムルという女性だけ何故か強調する。アインズは今それを明かすつもりはないようだが、その時アルベドの脳裡には、ある光景が鮮明に甦ってきた。それは今まで思い出す事が出来なかった、いや、蓋をして仕舞い込んでいた記憶。自分の創造主が姿を見せなくなる前の、最後の時。きっとリムルこそが、彼が別れの言葉と共に語った
「リムル様、先程は大変御無礼を……罪深き私めに何なりと罰をお与え下さい。自害せよと仰るのであれば目の前でこの首を切り落として 」
「え?ちょ、ターイムッ!」
「えっ?たいむ、とは……?」
平身低頭し、物騒な事を言い出しアルベドのある部分を見つめながら、リムルはアルベドを慌てて止めた。リムルの言葉の意味を理解しかねて困惑するアルベドを尻目に、周りにはアルベドの態度が急に変わったように映っていた。しかし、アインズの友人と知っただけで随分と対応が違うものだな、という程度にしか思わなかった。アルベドに、リムルはできるだけ優しく話しかける。
「誰だって間違うことはある。今回はアインズを守ろうと思っての行動だろ?その忠義に免じて今回は水に流そうじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「それで、頼みがあるんだ。君にしか出来ない事なんだ」
「は、はいっ!何なりとお命じ下さい!……?」
リムルに頼られる事が嬉しかったのか、パッと目を輝かせて顔を上げたアルベド。しかし、リムルと微妙に視線が合わない。その視線の先は……。
「「どこを見ているんだ?」」
と、アインズとヒナタの声が重なった。その声音はひどく冷たいものに聞こえる。
「ど、どこも見ていないぞ?」
アルベドは現在鎧を着ておらず、白いドレス姿になっている。そのドレスの胸元が乱れていることにアルベドは気付いた。
「あの、お、お望みでしたらお好きなように 」
「待て!そんなことはしなくていい!」
頬を赤らめ、恥じらいながらも胸を付き出すアルベドに、思わず大声で止めるアインズ。そして白い目を向けているヒナタ。ミリムは自分とアルベドの胸元を交互に見比べて唸っている。ディアブロはというと、一切の手出しを禁じられているため何も出来ず、ただ側に控えていた。
「……コホン。性格的に、ナザリックの皆はヨソ者は全く信用しないだろ?アインズが俺たちとの仲をとりなしてくれたとしても、命令だから言うことを聞くだけで、心からの信用を得ることは出来ないと思うんだ。そこでアルベドにも協力して貰いたいんだよ」
「ああ、リムル様、ご自身を余所者だなどと。……このアルベド、身命を賭してリムル様とナザリックの僕達の絆を構築すべく、粉骨砕身の働きをお約束致します」
アルベドに嘗て無い重圧がのし掛かる。自分の働き次第でナザリックの未来が大きく変わってしまうと理解したからだ。特にナザリックにおけるリムルの立場は極めて重要となる。
リムル本人に関する記憶は相変わらず思い出せない。消された記憶が元に戻ることは無いのかもしれない。また、あの気配も感じ取ることが出来ない。それは他の守護者達も同様であろう。そんな状況ではリムルと守護者達の間に絆を構築する事は容易ではない。
だがそれでもアルベドは、守護者統括としての矜持にかけて、断じて成功に導いて見せると深く決意した。創造主の残した言葉を信じて。
「さて、では止まっていた実験の方を初めるとしよう。まずは
アインズは陽光聖典の隊員に
「ふむ、全員蘇生成功か。すぐに起き上がれないところを見ると、レベルダウンが起きていると見て良さそうだ。〈
「む?どういうことだ?難しい話はよくわからないのだ」
「通常、蘇生時にはレベルダウン、つまり力が衰える現象が起こる。弱くなってしまうんだ。その下がり幅よりもレベルの低い 幼い子供の様に元々弱い者の場合はどうなるか、という疑問だよ」
ミリムの質問にアインズは丁寧に答えた。ユグドラシルの場合はレベルが1を下回ることなく、蘇生はいくらでも可能であった。しかし、この世界ではユグドラシルの魔法とは違う部分が幾らか確認されている。やはり村人の蘇生を試みるべきだろうか。アインズがそんなことを考え始めた頃、リムルがあっさりと答えを導きだした。
「その場合は蘇生出来ない。どうも"反魂の秘術"と"死者蘇生の法"の合わせ技に近いな」
そういってリムルは説明を始めた。リムルの世界では蘇生の前段階として"反魂の秘術"にて魂 魂とそれを包む
対して位階魔法による蘇生の場合、両方を一つの魔法で段階的に行う。魂の基本構造はほぼ同じで、核となる魂と、それを包み込む
ただし、魔法位階 消費する魔力に応じて魂を再生する度合いは決まっており、魔力で再生しきれない分を蘇生を受ける者の魂に負荷をかけてのエネルギーを取り出し、補わせる仕組みの術式になっている。
つまり術者と蘇生される側の魂のエネルギーで負担を分け合うのだ。これによって術者の消費魔力は少なくなる。魔法の位階が高ければ術者の負担が大きくなり、蘇生を受ける側は負担が小さくなる。逆に低い位階では術者の魔力負担が小さくなる分、蘇生される側の魂の負担が大きくなる、といった具合だ。位階によってレベルダウンの度合いにも差があるのはその為だ。
ここで注意しなければならないのは、蘇生される者の魂がどれだけの負荷に耐えられるか。魂のエネルギー総量はレベルによって差はないが、負担できるエネルギー量には差がある。レベルが高い者の魂は多くのエネルギーを負担でき、レベルが低い者の場合は、殆ど出来ない。負担するエネルギー量に魂が耐えきれなければ潰れてしまう。
「 というわけで、一度蘇生に失敗すると魂は霧散して、同時に肉体も灰へと変わってしまう。低位階の蘇生魔法では弱い者の蘇生は不可能ということだ。それから、蘇生直後に体が思うように動かせないのは、蘇生時の魂の負担が関係しているんだが 」
「ああもう、長い!長いのだ!」
長々と講義していたリムルを、途中でミリムが遮って止めた。最初こそ興味ありげに聞いていたのだが、段々頭から煙が出てきて、途中からは完全に聞き流していた。リムルの話を熱心に聞いていたアインズも、これ以上続けられても理解が追い付かないと思っていたものの、アルベドの前では言い出せずにいたので、正直助かった。
「おお、神よ……」
リムルの解説が止まったところで、ニグンが声を発する。あまりの光景に、暫し言葉を失っていたのだ。彼の目にした光景は、まるで神話の一
神話とはかくも麗しいものかと思わせる神々しさを放ちつつ、蘇生の妙について対話する二柱の神。その側に控える従属神とおぼしき存在達もまた、絶世の美を備えて佇んでいた。ニグンの双眸からは自然に涙が溢れ出し、やっとの想いで紡ぎ出した言葉はたった一言であった。それ以上は言葉にならず、神との邂逅に涙しながら祈りを捧げる。他の隊員達も同様であった。彼らは非合法の特殊任務をこなす、いわゆる特殊工作員であるが、単に戦闘能力が高いだけでなく、一人一人が篤い信仰心の持ち主でもあるのだ。
「なあ、どうする?」
当の本人達はどうしたものかと困惑し、思念伝達でコッソリ話し合っていた。
「どうするったって、会話しないと話が進まないんだが」
「俺こういう雰囲気は苦手なんだよ。だからお前に任せる」
「えっ、俺だってナザリックだけで胃もたれ気味なのに……。今胃袋ないけど」
「上手くそれっぽく演技してくれよ、俺と違ってそういうの得意だろ?」
二人とも神呼ばわりされる役を押し付け合おうとしている事など露知らず、純真無垢な信仰心で崇め奉る陽光聖典。
「別人だ。私はスルシャーナなんて知らない」
「し、しかし神よ!」
「い、いや、神ではないと言っているだろう」
結局アインズは他人のそら似だし神でもないと主張する事にしたのだが、ニグンは必死に食い下がってきた。スルシャーナとは別人だとしても、神の降臨には間違いないと言うのだ。
都合のいい話かもしれないが、彼等は姿を消して久しい神と、実際に目の前に顕現している神ならば、後者にすがるべきだと考えた。何故ならそれは、人類が今なお存亡の危機を脱する事が出来ていない為である。彼らのような強者に庇護を乞わなければ、現在の人類生存圏はいつ脅かされ、崩壊してもおかしくないのだ。しかしそんな事情を知らないアインズは……。
(はぁぁ、結局話が通じないじゃないか……て言うか会ったばかりの俺達をいきなり神様呼ばわりとか、ちょっとヤベー奴なんじゃないのか?あ、そういえば)
「ところで洗脳の方はどうなったんだ?まだ解けていないのか?」
「うーん、解けてるな。ん……?」
ゲンナリしながら溜め息を吐くアインズにそう答え、リムルはニグンに歩み寄る。ニグンはリムルに見とれてしまい、呆然とその光景を見ている。リムルが彼の顔に手をかざし、そしてまた歩いてアインズの前に戻る。その手には長さ数cmの針のようなものがあった。
ニグンの眼球の裏側、脳内に刺さっていたものを取り出したのだ。実際には眼球を抉り出して針を抜き取り、眼球を戻してポーションを流し込んだのだが、一瞬で全てを済ませたため、本人は痛みを感じてさえいない。
片方の先端は尖っており、反対側には極小さな珠が付いている。雑に接着しただけのようだ。見た目は裁縫に使うマチ針の様である。
「これがそうか?〈
アインズが魔法で鑑定したところ、針の方は予め設定した条件で、微弱な電気を発するものだった。ユグドラシルには存在しなかったものだが、特に希少な素材は使用していないためレア度は低い。これを頭に埋め込み、ある一定の条件をスイッチに電気的刺激を与えるようになっている。
その条件とは、異種族を目にした時。長期間に渡って何度も同じような場面で脳に刺激を与え、人格を少しずつ変化させていくのだろう。他種族への嫌悪、憎悪を募らせるという形で。そして、この方法にはいくつかメリットがある。
それは、低コストで量産できる事、特定条件で発動する為、普段の行動には影響が出にくい事だ。大量に使用してもコストは知れているし、少しずつの変化なら洗脳していると気付かれにくい。そして、この方法には凶悪な特徴がある。
魔法による洗脳ならば、術を解けばじきに元に戻るだろう。だがこれの場合は、ある程度洗脳が進んでしまうと、途中でやめても元に戻らない。思想、人格そのものが作り替えられてしまうからだ。状態異常ではないため回復魔法も意味を為さない。簡単に言えば人格そのものをねじ曲げ、改造していく装置である。
付いている珠の方は、魔法を込める事が出来るようで、ニグンの行動を操る〈
「スレイン法国か……」
「多少興味が湧いてきたな」
仕掛けられた洗脳装置に、隊員全員にかけられていた呪い。贔屓目にみても悪徳なやり方である。その背景に陰謀めいたものを感じ眉を顰めるヒナタ。一方、ゴミアイテムとは言えユグドラシルには存在しなかったアイテムを発見した事で、ニグンに興味を持ち始めたアインズ。もっとニグンを色々調べてみたい衝動に駆られたが、ヒナタもいるのであまり過激なことは控えるべきだと思い、抑え込んだ。
「さて、お前達には少しばかり話を聞きたいが、立ち話もなんだな」
アインズは彼等に向き直るが、場所をどうするか。こんな野原では落ち着かないし、どうせならゆっくり腰を据えたい。彼等を村へ入れるのは村人達の精神衛生上よくない。かといって、ナザリックへ入れていいものかどうか。ナザリックの僕達は属性が悪に傾き過ぎている。情報を引き出せと命じれば、喜々として拷問にかけるだろう。人間のヒナタの前でそれはまずい気がする。
一方ニグンはアインズの言葉を聞き、ごくりと唾を飲む。神の審問を受けるということであろうか。自分の返答、態度に人類の未来がかかっているかもしれないと思うと、嘗てない程の緊張を感じた。
「じゃあ、一旦俺が預かるか」
青銀の女神がそう言って再び歩み寄ってくる。彼女が手を翳すとニグン達は闇に飲まれた。気付けば何もない真っ暗な空間が拡がっていた。
「ここは……?」
《暫く待っていなさい》
脳に直接語りかけるような声が響き、ニグン達は驚くが、これは神の御業なのだと理解し、大人しく言われるがままにする。真っ暗闇のため姿は見えないが、隊員達も一緒にいるとわかる。ニグンは暗闇のなか再び祈りを捧げ、審問を待つ事にした。
外ではリムルがニグン達を食っただの食ってないだのとヒナタと押し問答をしているのだが、そんな騒ぎなど知る由もない。
ニグン、復活。取り敢えずあそこに居て貰っています。
この後どうなっていくかは神のみぞ知るという感じです。
蘇生に関しては色々勝手な解釈で創りました。
タブラさんは最後にアルベドに仕込みを入れて何か語っていた様です。アルベドに遺した言葉はそのうちに判明します。