異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
ナザリック地下大墳墓 アインズの私室
「もう大変だったんだよマジでっ!いきなりアルベド達が自由に動くわ喋るわ体は骨になってるわって言うか、アイツらヤバくないか?何なのあの社畜精神?まるでブラック企業じゃないか!休めって命令しないと休もうともしないし。それにあの俺への異様な高評価!俺なんかただのサラリーマンだぞ?いきなり至高の御方とか言われてもプレッシャー重すぎだろっ!だけど大事なギルメンの残してくれた子達だし、ボロ出してがっかりさせたくもないっていうか……ん?聞いてるのか?」
アインズはモモンガとして、いや、鈴木悟として、配下には決して言えない本音を濁流の如くぶちまけていた。勿論人払いをしたうえで、外にも音が漏れないよう魔法で対策してある。
「お、おう……大変だな?」
リムルは彼の勢いに、曖昧に相槌を打つのがやっとだった。モモンガは今まで誰にも言えなかった心の内を、マシンガンの様に一通り喋り倒したところで、急に落ち着きを取り戻し、謝罪する。
「んんっ、ごめん、ちょっとストレス溜まっててさ……」
「あ、ああ」
「モモンガも色々大変なのだな」
息が詰まる様な窮屈な思いをしていることにはリムルもミリムも心当たりがあるので、彼には同情的だった。
「改めて考えるととんでもない能力だな。"時空間転移"か。まさかこの世界まで来れるなんて……」
「クフフ、当然です。リムル様を超える存在などおりませんとも」
「うむ、そうだな。もうリムルには私が本気出しても敵わないのだ」
一通り愚痴を吐いて楽になったのか、話題を変えた彼に、ディアブロはウットリとしながら自慢気に、そしてミリムは胸を張って同意する。
「あー、まあ、どうだろうな?」
リムルは頬を掻いて曖昧に応える。ミリムの本気の強さを知らないアインズは、それがどれくらいすごいことなのかはイメージ出来ないが、とんでもないやつらと友達なんだよな、と改めて思った。
「それで、こっちにはいつまで居られるんだ?ずっと居るって訳じゃないんだろ?」
「んー、まあ2、3ヶ月位かな?でもナザリック以外に外の世界も見て回りたいからなぁ」
「はは、まるで観光だな……ところで、今からでも至高の42人目、ギルメンになる気はないか?元々予定はあったんだし、時々でも顔を出してくれれば……」
「いや、そりゃちょっと勘弁してくれ……。
リムルはアインズの申し出を断った。
(それに、アイツら外まで護衛とか言ってくっついてきそうだからな。それじゃゆっくり観光を楽しめない)
「そう、だよな……
「悪いな。まあ、ちょくちょく遊びには来るから。テンペストの住人とか連れてさ」
リムルに断られ、寂しそうに肩を落とすアインズ。予想していた返答だが、それでもショックを隠しきれない。
「ああ、そうだな……。俺もまたそっちに行きたいな、ナザリックの部下を連れて」
「いいねぇ。だがまずはこの世界でしっかりと、生活の基盤を築いておかないとな。ギルメンにはなれないけど、協力しようじゃないか」
気を取り直したアインズに、リムルも乗り気になり、協力を申し出る。
「そうか……!リムルが協力してくれるなら俺としても助かるよ。支配者としての行動とか俺一人じゃよくわからないし。それで、ナザリックでの待遇、立場はどう位置付けようか?しもべ達も気になってるだろうし、立場を明確にしないと、からみにくいだろうし……」
「ふふん、それなんだけどね、
リムルが美しい顔を残念な笑顔にして歪ませる。その表情には見覚えがあったアインズは、何となく嫌な予感がした。
「クフフフ、そう身構えなくてもいいですよ。至極簡単な事です」
ナザリック地下大墳墓玉座の間には、階層守護者とその選りすぐりの配下、セバスを筆頭とした戦闘メイドプレアデス達が集まっていた。玉座への段の一番近く、最前列には階層守護者が並んでいる。
「アインズ様がご入場されます」
玉座の側に立つアルベドの声と共に皆が跪き、ざわついていた玉座の間が、水を打ったように静まり返る。カツン、カツンと硬質な音が鳴らし、ギルドの証たる豪奢な杖を持った死の支配者が玉座へと進む。
「面を上げなさい」
号令と共に皆一斉に顔を上げて主人の威光に触れる。その目は一点の曇りもなく真っ直ぐに彼を見つめる。守護者達以外にもしもべ達が居り、総勢百名近くにも上る。玉座から見下ろす景色は壮観であった。いきなり精神が沈静化されたアインズは努めて支配者らしい威厳を見せるべく、重々しく口を開いた。
「まずは断りもなく外出した事を詫びておこう」
そう話を切り出すと、しもべ達が動揺から身動ぎするのが見える。主人が簡単に謝るのはやっぱりよくないらしい。
「んんっ……私は名を改める事にした。モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン・ナザリックとな。この世界に居るであろう他のプレイヤー達にとって、一つの分かりやすい旗印となろう」
おお、と控えめに声が上がる。興奮の色は見えるが、ギルドの名前を持ち出して名乗ることに反感は抱いていないようだ。
「とは言え、この世界にどの様な者が居るかまだ分からないうちは警戒も必要。しばしの間、対外的にはアインズ・ウール・ゴウンで通すつもりだ。アインズと呼ぶがいい!」
「アインズ様、万歳!」
「「「「アインズ様万歳!!」」」」
「
「「「「「栄光あれ!」」」」」
アルベドに続いてしもべ達が唱和し、玉座の間に地響きのような声が響き渡る。
(う、うおお、凄いな。けど恥ずかしい……)
二度目の精神の沈静化が仕事をする。これがなければ顔を覆って床に蹲っていた事だろう。便利な身体だと思いながら、再びアインズは口を開く。
「さて、ここでお前達にナザリックの外から連れて来た客人を紹介しよう。今日私が助けた人間の村付近で会ったのだが……百聞は一見に如かずだ」
ざわ、と一瞬ざわめきが起こる。アインズが態々招き入れる程の存在と対面するとあって、皆が興味を惹かれ色めき立つ。
アルベドが〈
そのため容姿はおろか、名前さえ知らされていない。この場で既に顔と名前を知っているのは、外で直接顔を合わせたアルベドとマーレ、セバス、ソリュシャン、ルプスレギナの五人だけである。
「さあ、迎えいれよ!」
アインズが合図をすると、開け放たれたドアからしもべ達の見知らぬ3人組が玉座の間に入ってくる。
最初に足を踏み出したのは、青銀の髪を後ろに束ねた美しい女性。襟付きの白いノースリーブに黒いスラックスというシンプルな装いだ。
彼女を先頭に、やや前髪の長い黒髪の男で、黒いスーツのような姿をした若い男が続く。セバスと似たような服装の組み合わせではあるが、ジャケットは短めで下に着込んでいる純白のシャツもスラックスから出しており、ラフな印象を受ける。
そして銀髪を左右の高い位置にまとめ、黒いゴシックドレスに身を包んだ人形のような可憐な少女。
いずれも姿形は人間のようである。いや、人間としか思えない。守護者と選りすぐりの精鋭が集められたこの場にいる者は、
その彼等の見立ては、取るに足らぬほど弱い、つまり弱者であった。
しかし、ソリュシャンとルプスレギナは違う。多くのしもべ達が客人の実力を推し量ろうとし、弱者と見誤る中、二人だけがその事実に気付き、戦慄を覚えていた。
魔法によって魔力と体力を偽装する方法、或いは情報を察知させず、完全に遮断する方法はある。だが、これは違う。アサシンの
(どうなってるっすか?)
(わからないわ……)
二人は小声で会話を交わす。実力を偽装していることには気付いたが、どうやっているのか、何故そんなことをするのか、皆目見当もつかない。
しもべ達が左右に道を空け、中央に道が出来る。普通の人間であればその偉容に恐れ
ほぉ、と何処からか小さな声が漏れ聞こえる。主人が招き入れた客人ならば、しもべ達は礼節を以て迎えるべき、という考えは当然ある。しかしそれでも、殆どの者が初めて見るナザリックの外からの奇妙な客人に興味を引かれる。
どうやら実力は大した事がなさそうだが度胸だけは据わっているらしい。流石はアインズ様に見込まれるだけはある。多くのしもべ達はリムル達をそう評していた。
セバスとプレアデスの面々は、主人の招いた客人に失礼がないよう、最高の持て成しをする心づもりで佇んでいた。例え相手が脆弱な人間であろうとも、その姿勢を崩すことがあってはならない。
力を見せるとは何も武力に限った話ではない。文化、知識、財宝等様々な分野があり、メイドがその力を見せる場は給事や掃除、身の回りの世話をする場。そこで如何に主人が偉大であるかを、客人をもてなす姿で示さなければならないのだ。
しもべ達からは少なくない好奇の視線を向けられているが、それを知ってか知らずか全く動じることなく進んでいく3人。だが玉座への段に足をかけた時、その歩みを止めに入る者が現れた。
シャルティア・ブラッドフォールンと、アウラ・ベラ・フィオーラ。階層守護者の女性2名だ。
「待ちなんし」
シャルティアが先頭の女性の行く手に体を割り込ませ、アウラも背後から睨み付ける。
いくらアインズの客人だといっても、ナザリックの支配者が座る玉座まで上がろうとするのは無礼であり、守護者として許容し難かった。もっとも、シャルティアは別の感情が丸出しであったが。
「アンタ達、何処の誰だか知らないけどさぁ、アインズ様にお呼ばれしたからって調子に乗ってんじゃ 」
「お、お姉ちゃん!!」
「な、何よマーレ?」
普段おどおどしているマーレが珍しく大きな声で呼び止める。あまりの意外さにアウラだけでなくシャルティアも驚いて動きを止める。
「だ、ダメだよ、お姉ちゃん。シ、シャルティアさんも、ややめ、てください……」
「はぁ?シャキッと言いなさいよ、男でしょ?」
段々と俯き言葉が尻すぼみになるマーレにイラつくアウラ。
「マーレ?ぬし、こな何処の馬のとも知りんせん者の肩を持つのかぇ?」
「玉座に上がろうとするなんていくらなんでも不敬じゃない!」
「あ、あの、その」
その場にピリピリとした張り詰めた緊張感が漂うが、アインズの側に控えるアルベドは全く動きを見せない。
(どうする、もう止めるか……?)
アインズが止めようか迷っていたその時、マーレが再び口を開いた。
「あ、あのっア、アインズ様がお、お止めにならないんだし、い、いいんじゃ、ないかなって。それに、アインズ様の前で、こ、こういうのは、よ良くない、と思います……」
マーレの言葉に2人がハッとする。ここは玉座の間であり、主人たるアインズの御前である。熱くなって仲間内でつまらない諍いを起こしては、主人の不興を買うというもの。
オドオドと頼りない口調で言うマーレに、シャルティアとアウラは先程までの張り詰めた空気を解いた。
「マーレ、君の言う通りだ。……アインズ様、どうか2人の出過ぎた行動を、そして即座に止められなかった私共の至らなさをお許しください」
「申シ訳ゴザイマセン」
デミウルゴスと同時にコキュートスも頭を垂れる。それに続くように2人の女性守護者も謝罪を述べた。
「す、すみませんでした」
「申し訳ありんせん……」
「うむ、マーレに免じて許すとしよう」
アインズは快く彼等の謝罪を受け入れた。リムルも守護者に一言謝罪を述べる。
「なんか、悪かったね?俺のせいで喧嘩させちゃったみたいで」
「あ"ぁん!?」
「「「シャルティア!」」」
思わず喧嘩腰な態度になるシャルティアを、アウラ、コキュートス、デミウルゴスが止める。シャルティアはぐぬぬと悔しそうにリムルを睨み付け、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「申し訳ありませんね。彼女は今、少々虫の居所が悪いだけなのです。どうか気を悪くしないでやって下さい」
「構わないさ、まぁそんな気はしたよ」
(シャルティアに睨まれても全く動じないとは……)
デミウルゴスは然り気無くシャルティアをフォローしたが、それはあくまで相手がアインズの客人であるためだ。が、目の前の女性はまるで怯える様子を見せていない事に内心で驚いていた。
「ちょっとマーレ!」
「は、はいっ」
アウラの鋭い声に、ビクッと反応するマーレ。姉に頭が上がらないのは創造者のぶくぶく茶釜の設定によるものなのか、それともあの2人の姉弟関係の影響か。
「アンタ良いこと言ってたんだから、もっと堂々としなさいよね……」
「あ、うん……!」
姉の意外な褒め言葉にマーレは控えめな、はにかんだ笑顔を見せた。その光景を、アインズとアルベドは微笑みを浮かべて眺めていた。いや、アインズは骨なので動かせる表情などないのだが。
(ふう、少しヒヤヒヤしたけど、どうにか丸く収まったか。でも意外だったな、真っ先にマーレが止めに入るなんて。てっきりデミウルゴスかコキュートスが止めるかと思ってたんだけど……)
武力行使に至らなかったとはいえ、
(うわ、相当我慢してたんだな。ホント、マーレ達が止めてくれて良かった……)
「さあ3人とも、此方に上がってきてくれ。皆に顔を覚えて貰いたい」
「ああ、わかった」
アインズの呼び掛けに応じ、3人はゆっくりと玉座へ向けて段を登っていく。今度はその歩みを阻もうとする者は居ない。守護者を含むしもべ達は、嫉妬や羨望の眼差しを彼らに向ける。主人が客として招いているとは言え、まだ名も知らぬような者が自分達よりも主人の側へと立つ事に、良い感情を持てない者がいるのは当然と言えば当然であった。
ギリギリと歯軋りするシャルティアを宥めるアウラも、やっぱり面白くないという顔つきであった。コキュートスは表情が読めないのでわからないが、デミウルゴスは難しい顔をして何か考えている。
段を登りきったところで3人が振り返りしもべ達を見渡す。そしてリムルが3人を代表して口を開いた。
「俺……私の名前はリムル・テンペストという。そしてこちらはミリム・ナーヴァ。彼は部下のディアブロだ。少しの間こちらにお邪魔する事になった。よろしく」
くだけた態度を少しだけ抑えたリムルの挨拶に、控え目な拍手が贈られる。先の地鳴りのような熱狂的な歓声と比べれば、何とも寂しいものだ。しかしアインズが客人と呼ぶ以外は何の信用もない今の段階では、これ以上を望むのは難しいだろう。しもべ達自身の判断で敵対を避けられただけでも良かったと言える。
「……ん?それだけか?」
「え?」
アインズの問いに、やっぱりダメか?とリムルが目線を返してくる。
(結局俺に丸投げかよ……)
「んんっ、私から補足しよう。先に伝えた通り私の招いた客人だが、あまり鯱張らず気軽に接して欲しい。堅苦しいのは好まない性格だそうでな。待遇は客将としておこう。他に何か質問したい者は挙手をせよ」
アインズは質問ががあれば出来る限り答えてやりたいと思っていたが、この場で手が上がることはなかった。
「まぁ、興味があれば後で個人的に話をしても良い。外の世界を知る彼等からは学ぶ事も多い筈だ」
こういった場では言い出しづらいのかもしれないと思い、アインズはそう言及しておくにとどめた。
と、近くできゅるると小さな音が聞こえてきた。音のした方を見ると、ミリムが支線を泳がせながら、虚空に向けて息をフーフーしている。口笛のつもりらしい。
「ふ……さて、挨拶はここまでにして、客人達に食事を振る舞うとしよう」
その言葉を聞いたリムルとミリムは嬉しそうに目を輝かせた。アルベドが前に歩み出し、号令をかける。
「アインズ様とお客様が御退場されます」
しもべ達は頭を垂れ、アインズ達の退室を静かに見送った。
リムルはギルメン入りを断りましたが、協力することにはなりました。
とりあえずリムル達は、実力を上手く偽装して弱く見せています。