異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
「うんまあぁぁい」
「はっはっは、そうか、旨いか」
リムルが満面の笑みで感激を表す。アインズは美味しそうにステーキを頬張る姿を眺めて、自慢気であった。
(澄ましていれば美女なんだけどな……)
(まあ、人の事言えないか。アンデッドでナザリックの支配者が中身は一般人なんだからな……)
「このステーキはウマイのだ!!一体何の肉なのだ?」
「エインシャントドラゴンの霜降りにございます、ミディアム・レアに仕上げました」
「ほお、そうかそうか。む、これもウマイ!こっちのは?」
「そちらはレイジングブルのローストでございます」
ナザリックの面々と顔合わせが終わったリムル達は、ナザリックの料理に舌鼓を打っていた。現在給事を担当しているのはプレアデスの副リーダー、ユリ・アルファである。
ディアブロは食事を遠慮し、張り付けたような笑顔を浮かべたままリムルの側に控えている。リムルも本来食事は不要なのだが、食事は俺の最大の楽しみなんだとか言って鱈腹食べていた。相変わらず自由なやつである。ミリムもまた、瞳を輝かせてあれこれユリに聞いては料理を頬張っていた。
(ああ、俺も食べたかったなぁ……アンデッドの体は便利だけど、旨い食事が食べれないのは損だよなぁ。そう言えばアッチはどうなったんだろう?)
旨い食事の楽しみを知ってしまったアインズは、しばらくの間この生殺し状態に苦しむことになるのだった。
「ところで、もうそろそろ終わったか?」
リムルが唐突にディアブロに尋ねると、ディアブロがいつもと違う、張り付けたような柔和な笑みを浮かべたまま、これまた普段とは違う口調で答える。
「フフフ、マスターの御用命通りに。あとは
「ふう、うまくいったか……」
アインズが安堵の溜め息を吐く。
(ていうか、その何とも言えないような、イヤラシイ感じの笑顔は何なんだ?)
意味不明のやり取りを聞いていたユリや、新たなワゴンを運んできたエントマが小首を傾げるが、アインズはこちらの事だと言葉を濁し、ユリ達も直ぐに気を取り直す。
「こちらはレインボーロブスターのスフレでございますぅ」
給事の為に支配者の後を追って出ていったプレアデス達。その後、平伏していた階層守護者とその直属のしもべ達が立ち上がり、自分の守護階層へと戻って行く。
「また定例会で会いましょう」
アルベドもその言葉を最後に、玉座の間を後にする。ナザリック随一の智者として生み出されたデミウルゴスは、しもべの三魔将と玉座に残り、先程の出来事について話していた。
「 成る程、参考になったよ。先に戻っていてくれ。私は寄るところが出来たのでね」
「「「はっ」」」
三魔将が礼をとり、守護階層へと戻っていく。
「さて、アルベドは部屋にいますかね」
アルベドは元々私室を持っていなかったのだが、至高の御方のはからいにより、現在は至高の御方々の私室と同じ階にある空き部屋を私室として与えられている。
大方、「休もうにも部屋を持っていないのでお部屋に泊めて下さい」と言って、強引に迫る算段があったのだろう。私室を与えようと御方に告げられたときの、悲哀とも喜びとも取れる笑顔は、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。
アルベドの部屋の前に着き、ドアをノックする。しかし返事がない。
「アルベド様なら、まだお戻りになっていませんが」
一人の一般メイドがデミウルゴスに気付き、声をかけてきた。至高の御方々の部屋の掃除を至上の職務とされている彼女達一般メイドはホムンクルス。種族は異形に分類されるが、レベルは1で、戦闘能力は全く持ち合わせていない。
「ふむ……守護者統括殿が今何処へ行っているか知らないかね?」
「い、いいえ、存じ上げません……」
一般メイドが申し訳なさそうに俯いて目を伏せる。が、直ぐに顔をあげ、何やら興味津々な様子で見つめてくる。デミウルゴスはやれやれと一つ肩を竦め、彼女が気になっているであろう事に答えた。
「なに、ただの仕事上の相談事ですよ」
「あっ、も、申し訳ありません!」
考えを見透かされた事に驚き、慌てて頭を下げる彼女に、気にしていないよと微笑みかける。デミウルゴスは最上位の悪魔であり、まさに悪魔らしい嗜好の持ち主であるが、非常に仲間思いでもある。
「わ、私はこれで、失礼します」
いそいそと、それでいて品位を害わない程度に早足で歩く彼女を見送り、デミウルゴスは再び思考を回転させる。
「アルベドが戻るのを待ちますか……」
デミウルゴスは強い引っ掛かりを覚えていた。それは先程の客将達に関して、そして支配者やアルベドの態度である。御方がお招きした客人に、危うく守護者が手を掛けそうになったと言うのに、まるで止めに動く気配がなかった。守護者達を信用して、ということも考えられなくはないが、もっと別の意図があるように思われた。
あの3名の戦力は、強者と呼べる者とは思えなかった。デミウルゴスはそういった
しかしそうだとすると、疑問が残る。仮に感じた通りの実力しか持たないとして、シャルティアに睨まれて平然と立っていられるだろうか。否、シャルティアがひと睨みしただけで震え上がり、下手をすれば意識を手離してしまうだろう。
ならば、何らかの方法で実力を偽装し、あえて弱く見せているという可能性は。
(それでも、至近距離で威嚇的行動をされれば、少なからず何らかの反応を見せてもいいはずですが……)
不意に誰かに押されたとき、か弱い者は転んでしまうが、ある程度強いものならば、咄嗟に踏ん張りを効かせて踏み留まるだろう。同じように、殺気を向けられれば強者であっても、無意識に殺気を洩らしてしまうものなのだ。
ところが彼女は全くそれが無かった。余程訓練されているか、或いは
(これはかなり不味いかもしれませんね……)
デミウルゴスはの頭脳は、無数にある可能性の中から、リムル達は少なくとも守護者と対等以上の強者であると導き出していた。恐らく、あの場にいた殆どの者がこの事には気づいてはいまい。強者を見抜く感覚が鋭敏な者程、欺かれてしまうであろう。
逆に、強さを測る
そして至高の御方とアルベドの態度。点と点が線で繋がった。
「プレイヤー。それも、飛びきりの強者、と言うことですか……!」
『あの言葉は忘れてくれ……』
デミウルゴスの脳内に、
(外の世界をまるで知らない我々では、どれ程気をつけているつもりでも、恐らく足を掬われて居たでしょうね……。既にあのときからアインズ様はこの事に気付いておいでだったのですか)
デミウルゴスは自らの短慮に、慢心に、不甲斐なさに歯噛みする。
「あら、デミウルゴスじゃない。レディの部屋の前で待ち伏せなんて、随分積極的ね」
デミウルゴスが苦い顔をしていると、何処からか戻ってきたアルベドが、本気か冗談かわからない事を言いながら歩み寄ってくる。デミウルゴスは小さく溜め息を吐き、用件を伝える。
「貴方に確認したい事がありましてね」
「そう。立ち話もなんだし、中に入ってゆっくり話しましょう」
デミウルゴスは一瞬だけたじろいでしまう。何とも云えない寒気がしたのだ。いつも通りのアルベドの笑みが、途端に怪しく見えてしまう。
「どうしたの?」
(気のせい……ですかね)
デミウルゴスは気のせいだと気を取り直し、招きに応じ、足を踏み入れる。
「では、失礼して…………ッ!?」
室内に入った瞬間、何とも形容しがたい違和感を感じた。そしてソレは突然現れる。濃厚な強者の気配を纏って。姿を現したのは
「クフフフフ」
深夜。階層守護者達は会議室に集まっていた。守護者間で情報を共有しよう、と言うことで開催することにした、定例会議である。第一回目の今日、既にアルベド以外の階層守護者達は集まってきている。
「ごめんなさいね、遅くなってしまって」
「アルベド」
「……何かしら?」
デミウルゴスが最後に入ってきたアルベドを呼ぶ。普段落ち着き払った態度の彼には珍しく不機嫌そうにしていた。対してアルベドは涼しげな微笑を崩さない。
「貴女は事前に知っていましたね?あの客人の事を」
「ええ、そうだけれど?」
デミウルゴスの問いにアルベドが答えた。デミウルゴスはピクリと眉を動かすが、そのまま言葉を続ける。
「そうですか……。何者かは知りませんが、アインズ様は本当にあの者達を客将として遇するおつもりのようだ。貴女はそれを分かっていながら、彼等に危害が及びそうになっても止めようとはしませんでした」
「……それが何か?」
アルベドはデミウゴスの真意がわからない、という素振りを見せる。だが実際には
「一体何故です!?本来なら守護者統括である貴方は真っ先にあの場面で止めに入るべきではないですか!指を咥えて見ているなどっ!万一、アインズ様がお迎えした客将を殺してしまうなどということになれば……何がおかしいのですか?」
堪えきれず笑みをこぼしたアルベドを見て、デミウルゴスが怪訝な表情になる。
「まさか貴方という
二人のやり取りを聞き、シャルティアとアウラ、マーレもアルベドとデミウルゴスを交互に見る。デミウルゴスが指摘した通り、しもべや守護者達が主人の意に沿わぬ動きをしたならば、アルベドは真っ先に止めなければならない立場だ。それは理解できるが、一体なぜそうしなかったのかが皆目わからない。
デミウルゴスはここで、アルベドがアインズに遇されるリムル達に嫉妬し、排除しようと考えていたのではないか、という推論を展開した。リムル達を助けず放置しておけば、自らの手を汚すことなく邪魔者を始末させることが出来る。
「勿論アルベドも立場上責任は問われるかもしれないが、最も怒りを買うのは直接手を出した者だ。それがもしシャルティアであれば……」
「そういう事でありんすか……この大口ゴリラァ!」
デミウルゴスの説明に理解が追い付いたシャルティアがアルベドに食って掛かる。
現在シャルティアとアルベドはアインズの正妃の座を争っている。尤も、本人達やしもべが盛り上がっているだけで、アインズ自身の預かり知らぬ話ではあるが。
もしシャルティアが失態を犯し、信頼を失墜すれば、その天秤は一気にアルベドに傾くことになるだろう。怒りを露にするシャルティアに対して、アルベドは落ち着き払った態度で淡々と答える。
「そうね、あえて誤解を恐れずに言うなら、あの3人の身を案じてはいなかったわね」
「え、じゃあやっぱり……?」
「イヤ待テ」
アウラの猜疑の声を、直ぐにコキュートスが待ったをかける。
「誤解ヲ恐レズニ、トイウ事ハ真意ハ別ニアルノダナ?」
アルベドの言葉の意味をそのまま捉えるなら、デミウルゴスの推論は誤解だ、ということになる。コキュートスの言葉を肯定するようにアルベドは笑みを深くした。
「その通りよ、コキュートス。私はアインズ様から、止めに入る必要はない、むしろ止めるなと命じられていたの」
「なっ!?」
デミウルゴスは目を見開き、困惑の表情を浮かべる。
「つまり、事前にシャルティア達のやり取りも想定済みだったと?しかし、客将として遇しようとしている相手を気遣われるどころか、危険にあえて晒すような事を何故……」
そのまま思考の海へと沈んで行くデミウルゴスを尻目に、今度はアウラが口を開く。
「で?アイツら結局何者なのよ?」
「う、うん、気になるなぁ。どうやってアインズ様と、お、お知り合いになったのか、とか」
「ふんっ、どうせ下らない何処かの馬の骨でありんしょう?あんな下品そうな女!」
「シャルティア、仮ニモアインズ様ガ招待シタ客人ニ、ソノヨウナ物言イハ不敬ダ」
毒吐くシャルティアをコキュートスが窘めた。アウラも謎の客人を何処と無く気に食わないといった雰囲気であったが、それをはっきりとは口にしていない。
(ヤツメウナギが勝手なことを……!)
「気になるなら本人に尋ねてみたらいいんじゃないかしら?アインズ様も個人的に話すことを許可しておられたのだし」
アルベドはシャルティアの不敬な物言いに内心殺意を覚えながらも、自分からはリムル達の事を教えず、直接本人と接触するよう促す。事実を明かし、シャルティアに吠え面をかかせてやりたいとも思ったが、リムルの要望に背くわけにはいかない。
「成る程、そう言うことですか。ようやく見えてきましたよ……。アインズ様は我々が彼等の様なナザリック外部の者と深く関わりを持つ事に意味を見出だしておいでなのだね?」
思考の海から一旦浮上したデミウルゴスが訳知り顔で語る。そんな彼に、アウラは率直な疑問を口にする。
「アイツらにそんな価値なんてあるの?ただの雑魚にしか見えなったんだけど。うーん、でも、アインズ様がそう仰るなら何かあるのかな……?」
「アインズ様は、この世界に来ているであろう他の敵対プレイヤーや、まだ見ぬ脅威を想定しておられる。そして、これは非常に情けない話だが……おそらく現在の我々ナザリックのしもべ達ではそれらに対抗するには力不足だとお考えなのだろう」
「ええっ!?」
「そ、そんな……!」
デミウルゴスの言葉に驚愕し、顔を青ざめるシャルティアとアウラ。マーレは今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。デミウルゴスは言葉を続ける。
「しかし、慈悲深きアインズ様は我々の成長を期待してもおられる。あの場で多くを語られなかったのは、我々が自ら考えて成長の鍵を見付けることを期待しておいでだからなのだよ。
具体的にはまだわからないが、恐らくあの3人は、この世界の脅威に対抗し得る術を何か持っているに違いない」
「ナント!ソレハ本当カ、デミウルゴス!」
「アインズ様がシャルティアの事を御止めにならなかったのは恐らく、本当に止める必要が無かったからだよ。つまり、仮にシャルティアが襲いかかっても彼等は切り抜ける術を持っていた、と言うことだろう」
コキュートスの問いにデミウルゴスは推論を展開し、コキュートスは興奮の余りフシューッと白い吐息を吐き出した。しかし、シャルティアは納得がいかない。
「デミウルゴス、オメー喧嘩売ってんのか?階層守護者最強の私が!あの雑魚を殺れないって言ってんのかああァ!?」
いつもの郭言葉も忘れて激昂するシャルティアに、デミウルゴスは若干気圧されながらも反論する。
「気付かなかったかい、シャルティア?貴方に睨まれたとき、彼等は涼しい顔をして平然と立っていました。本当にただの弱者が、そんな芸当出来ると思うかね?それとも君は弱者が気を失わないように、そっと睨んだのかな?」
「あ……っ!」
あり得ない。デミウルゴスでさえ、気圧される程の威圧に、弱者が竦み上がらないなど。シャルティアも、他の守護者達もその異様さに戦慄を覚える。
「そんな彼らの協力を得て、我々が成長すれば……分かるね?」
ごくり、と皆が唾を飲み込む。それほどまでに外は恐ろしい世界なのか。守護者達でさえも戦力として頼りない程に。しかし、あの3人が何らかのヒントを持っていて、協力してくれるというならばどうだろう。今は力不足でも、成長を遂げて至高の御方のお役に立てるようになれるかもしれない。ならば、どんな苦行も苦痛ではない。守護者達の目に希望と闘志が漲ってきた。
「ナルホド、アインズ様ハソノヨウニオ考エデアッタトハ……流石ハデミウルゴスダ」
「へぇ、じゃあまずはアイツらがどんだけのモンなのかこの目で確かめさせて貰おうじゃない」
「なるほど、そう言うことなら異論ありんせん。ああ、流石はアインズ様、わらわ達の為に、そこまでお考えでありんしたのねぇ……」
ウットリと呆けているシャルティアに、デミウルゴスは釘を刺しておく事を忘れない。
「ああ、わかっているとは思うが、くれぐれもあの3人に危害を加えよう等といった手段を取ってはいけないよ?アインズ様が迎え入れた客将に刃を向けたとあっては、アインズ様の顔に泥を塗る事になるからね。特に……シャルティア」
「うぎっ、わ、わかってるでありんす!」
「うーん……」
(普通にお友だちになってお話するだけじゃダメなのかな?アインズ様もお友達だって仰っていたし。アルベドさんは何故か皆さんにはこの事をしばらく内緒にしてて欲しいって言ってたけど……。でも、ちゃんと守れたらくれるっていう『ご褒美』ってなんだろう?)
「ん?どうしたのかね?マーレ」
「え?あ、えっと、その……じ、実は、わからないことがあって……」
「うん?何だね?私に分かる事なら答えようじゃないか」
「あの、その、き、客将って、何ですか?」
「そう言えば、わたしもよく知りんせんねぇ」
マーレの質問に答えようと口を開きかけたデミウルゴスと、他の守護者達はシャルティアの顔を見て数瞬の間、固まっていた。
「……うん、客将だったね、マーレ」
「なんでありんすか、今の間は?」
「いや、何でもないよ。気にしないでくれたまえ。それで、客将とは 」
「ふう、これで良かったですかね?」
「ええ、お陰で上手く行ったわ。ありがとう、デミウルゴス」
「いえいえ。これくらい、お安いご用で !?」
ちゅっ
「なっ……?」
「あら、驚いた?これくらい、ある国では日常挨拶らしいわよ?」
「そ、そうですか……」
デミウルゴスは頬に手を当てながら、アルベドに軽く戦慄を覚えたのであった。こうやって一体何人に手を出すつもりなのかと。
デミウルゴスにはすぐバレると予測して、初めから味方に引き込む作戦でした。アインズ様と一緒にいるディアブロは実は別人です。玉座に入る前に入れ替わりました。
アルベドは恋多き女なので、随所に暗躍しています。R18には行かない程度に気をつけながらやっていこうかと今のところは思っています。