異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
守護者達が黒と
ヴェルドラ達と別れてすぐに帰ろうと思っていたのだが、ネムから頭を撫でてほしいとせがまれたのだ。姉のが頭をナデナデされていたのを見て羨ましく思っていたようだ。ネムからのお願いを聞いたのを見て、村の子供達も集まり出した。全員行儀よく並んで待っている。
「す、すみません。ネムがワガママを言ったせいで」
「なに、構わないさ。……ん?」
「何してるのお母さん!?」
「え?うふふっ」
何故か子供達と一緒になって並んでいるアメリとアルベド。そこへ並ぶという事はつまり、そういうことだろう。
「アルベド。お前も、か?」
「「だめ、でしょうか……?」」
(いやだって……大人じゃん?)
瞳を潤ませて上目遣いで見つめてくるアルベドとアメリ。アインズに撫でられる子供達を見てしかめっ顔をしていたアルベドを大人げないと嗜めたのだが、意気消沈していたアルベドにアメリが何やら耳打ちしていたのを思い出す。子供の列に混じって自分も……というつもりのようだ。アメリ本人もちゃっかり並んでいる。しかし、大人と子供では事情が違ってくる。大人の女性の頭を撫でるのは如何なものか。
(これってセクハラなんじゃ?でも本人が希望してるんだし、この場合は問題はないか?むしろ据え膳食わねば何とやら……いや違う。違うよな?)
アインズの中で社会人の良識と、男の煩悩が同時に囁き合う。天秤は僅かに煩悩に傾きかけるが、しかしやはり人前でというのは気恥ずかしいものがある。
「んんっ、アルベド。ここではなんだし、お前は帰ってからゆっくりだな……」
「くっふー!ありがとうございますっ!」
「あ、うむ……」
すごい勢いで返事をされ、アインズは何だか余計に不味い事態になった気がしたが、深く考えるのはやめた。
「アメリさん、今回だけですからね?」
「ありがとうございます」
「ああ、そ、そんにゃトコロまでぇ……」
最早アルベドの脳内では色々な所を撫で回されているらしかった。腰をくねらせながら妄想の世界へと旅立ったアルベドは一旦放置して、アメリの頭を撫でる事にした。実年齢はともかく、見た目はエンリとそう変わらない。子供と同じだと無理やり自分に言い聞かせて、手を伸ばす。
「わぁ……」
童顔でまだ若く見えるアメリだが、子供のように目を輝かせて頭を撫でられる様は更に幼い印象で、本当に少女のようである。
「何だか安心しますね。子供の頃に戻ったみたい」
「あ、それ私も思った。凄く安心できて、小さいときお父さんに頭を撫でてもらったのを……」
アメリの呟きにエンリも同意するが、すぐに表情を曇らせる。亡くなったばかりの父の事を思い出してしまったようだ。しかしアメリからは悲しそうな表情は見られない。むしろ愛しい思い出を懐かしんでいるようである。夫を、大切な人を失ったのに、どうしてそんなに平然としていられるのか。自分はただ彼らの像の前で力無く蹲り、悲しむ事しか出来なかった。彼女のように前に進もうとなんて出来ず、ただ何かにしがみつくようにユグドラシルにログインを続けていた。いつかひょっこり彼らが顔を出してくれるような気がして。それは都合の良い幻想でしかないと解っていても。
「何故……」
アインズは撫でる手を止め、疑問を思わず口に出してしまった。アインズの意を汲み、アメリはエンリとネムの方へ向きながらゆっくりと口を開く。
「愛する夫を失って悲しくないわけはありません。でも、私にはエンリとネムがいます。いつまでも悲しんで立ち止まってはいられません。私はこの子達の母親なんですから」
彼女は自らに言い聞かせるように静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。
「お母さん……っ!」
「お母さんはずっと一緒だよね?」
「あらあら、エンリまで。そんなに泣いちゃ、お父さんが悲しむわよ?お父さんの分まで精一杯生きなきゃね」
涙を溢す娘二人を抱きしめて優しく宥めるアメリは、先程までとは違い、暖かく包み込むような優しい母の顔をしていた。
アインズはその姿を茫然と見つめながら、ある古い記憶を思い起こしていた。胸にチクリと痛みが走る。名状しがたい何かの痛み。それはあのとき ユグドラシルのサービス終了の瞬間に感じた痛みに似ていた。その痛みも一瞬で消え去る。気のせいかと思うくらいの小さなものであったが、それが何故かやけにはっきりと感じられた。
「成る程。母は強し、ですね……。さて、私はそろそろ行きます。行くぞ、アルベド」
「あ、はいアインズ様。では、ごきげんよう」
アインズは内心の僅かな動揺を悟られないよう、平静を装って平坦な声で別れを告げる。淑女然とした笑みでアルベドも別れを告げ、振り向いた次の瞬間には目を爛々と輝かせながらアインズに付いていく。
「……ね」
「え?何か言っ……」
アインズ達を見送った後、アメリは何事か呟いたようだった。聞き逃してしまった尋ねようとしたエンリが見たアメリの横顔はエンリが普段見たことのないような、悲しそうな表情をしていた。しかしその表情は一瞬で、すぐにまたいつもの優しい顔に戻っていた。
「何でもないわ。さぁ、お昼にしましょ。二人とも、お手伝いしてね」
「はーい」
「あ、うん……」
エンリは何となく違和感を覚えたが、気持ちを切り替えて昼食の支度を手伝う為にアメリの後をついていった。
「アインズ様、そ・ろ・そ・ろ。よろしいのでは?村からは見えなくなりましたし、この辺りで……くふ……」
情欲に目を血走らせたアルベドが、猛獣のような笑みを浮かべながら、然り気無く距離を詰めてくる。ここで頭を撫でて欲しいということだろう。しかしここでそれをするのが如何に危険かということはアインズにも想像がつく。昨日村に入った時の事を思い出す。あのときはセバスがいて助かったが、守護者達はリムルの授業に出ているはずだし、側に止めに入れる者が居ないこの状況では、助けを呼んでも駆けつけた頃には色々と失ってしまうかもしれない。
(俺は骨なのに、この反応はおかしいよなぁ。シャルティアなら
「ア、アルベド?……おち、落ち着け」
後ろへ付いてきていたアルベドは既に隣まで迫り、互いの距離は十数センチという所まで縮まっている。心なしか彼女に乱れた息遣いが耳元まで迫るように聴こえる。まるで捕食者に怯える獲物のような心地だ。
(こ、こうなったら……!)
「もう……もう辛抱たまりません!アインズさまぁ~ん!」
「
辛抱しきれずアインズに飛び付こうとしたアルベド。しかし、アインズの唱えた転移魔法によって二人同時に転移していた。
「アインズさまぁ~ん!」
ガシッ。
ナザリック地下大墳墓の表層に転移した瞬間アインズの目に映ったのは、自分に向かってダイブしようとするアルベドを、ジャージ姿のシャルティアが後ろからガッチリと掴まえる姿だった。
そしてそのまま
「おんどりゃー!!」
ズン、と大地が揺れる。シャルティアがアルベドを抱えたまま、後ろに体を反らせて叩き付けたのだ。不意にジャーマンスープレックスを極められたアルベドは、がに股で頭から地面に突き刺さっている。白いドレスの裾が重力でずり落ち、見えてはいけない部分が露になっていた。アインズはびっしょりと濡れて張り付いている部分を見てしまい、思わず目を逸らす。
(し、白っ!濡れっ透けっ!)
激しい興奮と動揺をしたことで、精神が強制的に鎮静化され、真っ白になった頭の中に思考を取り戻した。童貞の彼には刺激が強すぎた。どうにか心の叫びを口に出していなかったという奇跡に、安堵の溜め息を吐く。
「ふん、油断も隙もありゃしない!」
「ちっ……」
アルベドは半ば土中に埋まりかけていた頭を抜き取り、シャルティアを恨めしそうに睨む。
「はぁ、ほ~んとイヤねぇ、とうの立った賞味期限切れの
「そういう貴女の方は保存料を大量に添加しているようだけど、食べる所はあるのかしら?」
「……ぶっ殺されてーか、ああん?」
「誰が賞味期限切れだ、ゴルァ!」
互いに罵り合い、殺気を剥き出しにする二人。今にも血みどろの殺し合いが始まりそうな空気である。自分の正妻の座を争っている事を知らないアインズは、まさか自分が原因だとはつゆ知らず、この二人って仲悪いんだな、と呑気な事を考えていた。セバスが跪き、猛禽のような鋭い視線を向けて来ていた。よく見れば額に汗が浮かんでいる。
「アインズ様、お戻りになられたばかりの所を申し訳ないのですが、第六階層にてリムル様がお待ちでございます」
「ん、何か問題でも起きたか?」
リムルの事だ。きっと自重せずわがまま放題やってくれたんだろう。守護者が反発して喧嘩にでもなったのかもしれないと当たりをつける。流石にアルベドのような酷い目には遭っていないと思いたい。
「は、どうやらその様で。しかし、私も詳細までは……」
「ふむ、情報の共有は重要だぞ?まあ良い。アルベド、シャルティア。そろそろ児戯はやめよ」
「「は~い」」
アインズの一言で、先程の殺伐とした雰囲気が一瞬で消え、笑顔で返事をする二人。
(うーん、喧嘩するほど仲が良いってやつかもな。うん、そうに違いない)
セバスから受け取った
「申し訳御座いません。アインズ様のご要望に沿うことが出来ず、我が身を恥じるばかりに御座います。それに、闘技場も破壊してしまいまして……」
デミウルゴスに申し訳なさそうに言われ、改めて周りを見ると、壁に亀裂が走っていたり、地面に何かが這い回ったような跡があったりと、確かに破壊痕がそこかしこに散見された。彼らの着用するジャージもボロボロである。
(……やっぱり戦闘訓練か?それに守護者達の顔色も良くない所を見ると、ディアブロ辺りにコテンパンにされたって所かな。直接何かされたことは無かったけど、
アインズは
「ふむ、この程度であれば想定の範囲内だ。問題とはこの事か?」
これだけであれば許容範囲と言えるが、この雰囲気から察するに、そうでも無さそうだ。やはりプレアデスが居ないことが気にかかる。
「いえ、それが……」
「デミウルゴス!ここで起きたすべてをつまびらかにしなさい!」
「落ち着け、アルベド。……デミウルゴス、順を追って報告せよ」
若干興奮気味のアルベドを宥めつつ、デミウルゴスに報告を促す。
「あー、俺から話そうか?」
「いえ、これ以上あなたの手を煩わせるわけにはいきませんので……」
歯切れの悪いデミウルゴスを見兼ねたようにリムルが声をかけるが、デミウルゴスは断った。彼の詫びるような態度は、ナザリック側に何らかの瑕疵があるように思われた。
「如何なさいますか、アインズ様?」
「ふむ……」
アルベドに判断を求められたアインズは一旦鷹揚に頷き、どちらに説明を求めるべきか考える。リムルにはあとでゆっくりと補足も含めて聞くとして、まずは部下であるデミウルゴスから聞くのが無難そうだ。そう判断したアインズは、デミウルゴスに報告を促した。
「デミウルゴス。お前の報告を聞こう」
「はっ、畏まりました!」
デミウルゴスの報告によれば、起きた問題は二つ。プレアデスから途中で気絶者が出た事。これは何となく察しはついてはいたが、もう一つが問題であった。ナーベラル・ガンマがリムルに対し数度に渡り無礼を働いたというのである。
シャルティアやアウラも始めのうちはリムルを快く思っていなかったようだが、アインズの客将ということでそれなりに自制は出来ていたらしい。それなりというのがどの程度かは気になったが、今問題となっているのはナーベラルの方である為、触れずに後回しにする。
ナーベラルはリムルに対し、幾度も殺意を持って攻撃を仕掛け、或いは激しく罵倒したという。頑なにリムルを拒絶し、その動機についてはリムル本人は勿論、プレアデスの長女ユリが問い質しても口を割らなかった。結局コキュートスが彼女を拘束して第五階層の氷結牢獄へと連行された。ユリ達は彼女への付き添いを希望し、リムルがそれを許可したため、授業は一時中断していたのだった。
「成る程。動機は不明だが、ナーベラルが激しい拒絶反応を示したか。……因みに心当たりは無いのか?」
報告を聞き終えたアインズがリムルに問うが、首を横に振る。
「全く身に覚えはない。まさかあんなに嫌われるなんてな……」
リムルの台詞を聞いていたシャルティアとアウラがそれとなく抗議するような視線を向けていた。どの口が言ってるんだ、とでも言いたげである。アインズはそれに気付き、リムルに質問を重ねる。
「リムル……授業で具体的に何をやったか、訊いていいか?」
「何って言われても、鬼ごっこやっただけだぞ?最初は守護者とプレアデス全員が鬼、次に攻守交代して……」
「鬼はディアブロ殿と吾輩が努めました」
名乗り出たのは恐怖公だった。
「ほう……?面白い人選だが、階層守護者が相手では分が悪過ぎるのではないか?」
アインズの指摘した通り、階層守護者のレベルが軒並み100であるのに対し、恐怖公のレベルは30程。10違えば勝負を覆すことは殆ど不可能と言われるユグドラシルの常識に照らせば、レベルが50~60帯のプレアデスが相手でも勝負にならないだろう。
「って思うだろ?ところが……」
「吾輩もシルバーに跨がれば戦力となり得るということが此度証明されたのですよ」
「ん?」
誇らしげに胸を張る恐怖公の言葉に、アインズは疑問符を浮かべる。
(シルバーなんて奴、いたっけか?一応転移してから、ナザリックの全NPCの設定は確認したはずなんだけどなぁ……)
「シルバーか……」
アインズはどんなやつだったか聞くわけにもいかず、取り敢えず知ったかぶりをする。
「如何にも。るし☆ふぁー様が吾輩の為に作成して下さったゴーレム、シルバー・コックローチでございます」
「スターシルバーでコーティングされた体長3mのゴキブリ型ゴーレムなのだ。ふふふ、カッコ良いのが居るではないか。レベルは70そこそこだが、動きはなかなかのものだったぞ?」
(ゴーレムか、盲点だったな。て言うか
勝手にギルドの財産を使い込んでいたギルドメンバーに、アインズは若干に苛立ちを覚える。文句を言おうにもそれをぶつける相手はもう居ない。そう思うと込み上げる寂寥感を、誤魔化す様に口を開く。
「ディアブロとタッグを組んだ訳か。手応えはどうだった?」
「クフフフフフ、楽しませていただきましたとも」
ミリム一人テンションが上がっているが、それ以外の、特に女性達は顔を青ざめている。プレアデスより高レベルの巨大ゴキブリ。そんなヤツに追いかけ回されれば女性にとってはトラウマものだろう。ディアブロは良い笑顔で嗤っていた。
「はー、お前らは本当にやりたい放題やってくれる……」
アインズは思わず額に手を当て、溜め息を吐く。
「あー、うん。ちょっとやり過ぎたかも知れないけど、いくらなんでもあそこまで嫌われるなんて事はないはずだぞ?なんていうか、授業を始める前から執念めいた何かを感じたような……」
「……執念、か。わかった。ナーベラルとは直接私が話してみるとしよう」
いけ好かないと思っていたのが拗れたんだろうな、と予測を立て、少しばかり事態を軽く見ていたアインズは、この後ナーベラルからとんでもない爆弾を投下される事となる。
「モモンガを愛している」と設定していないため、アルベドが自分に恋しているとは未だに気付いていないアインズ様でした。