異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
モモンガは日本での出来事、ギルドメンバーの近況を知っている限りで話してくれた。そこで初めて俺は日本の出来事、そして『アインズ・ウール・ゴウン』の状況を知ったのだが……。
何となく察してはいた。仲間の話題に触れるときのモモンガの様子が、どこか寂しそうというか、悲しそうというか。そういう感情を無理矢理押し隠しているような感じがしたのだ。
ミリムはかぜっちが居ない事をしきりに気にかけていたようだったので、モモンガが話してくるまでは何も聞かず待とうと言い含めておいた。無理に聞き出すのではなく、話す気になるまで待つことも大切だと。うっかり地雷を踏み抜く気はないのだ。
とはいえ俺も少し楽観視していた。ゲームのユグドラシルがサービス終了した事は分かっていたし、ギルドが社会人で構成されている事も知っていた。皆色々大変で結局最後の瞬間を一緒に迎えられず、それが心残りだったんだろうな、という程度に考えていた。相談の内容もてっきり日本に帰れないかというような内容を予測していたのだ。異世界人の多くは大抵元の世界に帰ることを考えるものだからな。
しかし、いざ話を聞いてみればウルベルトもたっち・みーも音信不通で、ペロロンチーノを含む半数以上が死亡。正直こんな重い話だとは思っていなかったのだ。やっぱり地雷だったか。
再会してすぐこの事を話さなかったのは、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが自分しかいないと知ったら、俺がすぐに
「俺の力があれば、死んだ奴も含めて助ける事は出来なくもない。だけど、その後はどうするつもりなんだ?お前は日本に帰りたい、とかないのか?」
「……こんな姿で帰ってどうなるっていうんだ」
今のモモンガはアンデッドだ。つまり人間を辞めてしまっている。仮にあの世界の汚染を含めて何とかして、再び平和に暮らしていけるようになったとしても、それだけではモモンガはそこには居られない。アンデッドモンスターが人間と一緒にあの世界で暮らしていけるかと言えば、答えは否だろう。魔物の存在しないあの世界に、モモンガの居場所は既に無いのだ。
「なあ、『バタフライエフェクト』って知ってるか?」
バタフライエフェクト。それは『蝶の羽ばたきのような小さな変化を与えるだけで、その影響がないときとは全く異なった予測不可能な変化が起きる』というような物理に関する理論だ。
平たく言えば、過去を変える事で予測不能な別の何かが起きるかもしれない、ということだ。モモンガも俺の言わんとしている事は理解してくれた。十分に教育を受けられなかっただけで、地頭は悪くないんだよな。思考加速の補助があったとはいえ、魔法を尋常じゃない早さで覚えられたし。
「過去を変えた結果、今とは全く違った未来が待ってるかもしれない……っていう事だよな。結局皆死ぬとか、世界が滅びるとか」
随分想像が後ろ向きな気がするが、過去を変えるという事はそういうことだ。どんな未来になるか、正直未知数と言える。こいつが今こうしてアンデッドとして異世界に居る事自体、奇跡のような確率の上に成り立っているのだ。ちょっとした過去の改変で、それ以降の歴史は無かったことになり、別のものに書き変わるはずだ。
「もしもこの世界に転移するという未来が変わったとしたら、お前は人のまま日本で生きていける。仲間も死んでいない世界で。そこからまたやり直せるかもしれないぞ?」
時を遡り、過ぎ去った過去を、今を、そして未来を改編する。
モモンガが仲間達と心血を注いだユグドラシルは、遅かれ早かれ終わりの時が来る。ユグドラシルという繋がりを失ってしまえば、仲が良かったギルドメンバーとも疎遠になっていくかもしれない。それでも本人達の努力次第で、もっと悪くない未来にも出来るはずだ。その時は俺も住みやすい世界にするために多少の協力はしてもいいと思っている。
「その場合NPC達は……アルベドやデミウルゴス、シャルティア達はどうなるんだ?永久に戻ることの無い主人を、この世界で信じて待ち続けるっていうのか?そんな仕打ち、あんまりだろ……。今とは違う歴史を辿った俺はなにも知らなくても、
モモンガは若くして両親を亡くし、以来一人きりで生きてきた。社会へ出てようやく心を通わせた友も、瞬く間に失った。仲間と過ごした日々を取り戻せるものなら取り戻したいと願っているはずだ。だが、置いていかれる寂しさを身に染みて分かっているモモンガは、盲目的に自分を慕ってくれるNPCを置いては行けないのだ。
「それならこっちに何人か連れて来るか?」
「それは……駄目だろう。皆にはそれぞれの人生がある。恋人や家族だって。俺は家族も恋人も居ないから別に構わないけど。異世界なんてまず信じて貰えないだろうし、かといってだまくらかして連れてくるのはちょっと、な……」
然り気無くモモンガにディスられてるように聞こえるのは気のせいだろうか。そりゃ多少強引に
「じゃあ、
「無理だろう。たっちさんには家族があるし、責任感が強いから、リアルを捨ててまでこっちへは来たがらないはずだ。茶釜さんはスポンサー企業の御曹司と結婚できそうで。折角掴みかけた幸せを邪魔したくない。ペロロンチーノさんも、茶釜さんと日本に居た方がいいだろうしな……」
え、かぜっち結婚するのかよ。まあそろそろ適齢期だろうしな。しかも玉の輿っぽい感じじゃないか。
「へー、かぜっちが……ちょっと美人になったしなぁ」
「…………」
「どうした?」
「ん、何がだ?」
何がって、凄くへこんでるように見えたのは気のせいか?やっぱり寂しいんじゃ……あっ。
「お前さ……かぜっち達と会いたくないのか?」
「……はぁ?いきなり何を言い出すんだ?さっきもいったけど、茶釜さんは家族を亡くして色々大変だったんだ。やっと立ち直ってきて、結婚して幸せになるって時に邪魔してどうするんだよ?」
アレ?気のせいだったのか?もっと違う反応を期待していたんだけど、マジのトーンで返されるとは。俺の思い違いだったか?
「まあそうなんだけど……お前、ホントにそれで満足してるのか?」
「さっきから何が言いたいんだ?」
モモンガの眼窩に揺らめく炎がじっとりと此方を視ている。まるで心を見透かされるような感じがして焦りを感じる。そんなわけはないんだけど。
「いやなんかおまえってさ、色々我慢し過ぎじゃないか?どこか壁を作ってるっていうかさ。もっと素直に 」
「何が悪いんだよ」
「えっt」
「我慢して何が悪いんだ!何でもかんでもやりたい放題出来るわけないだろ!俺だって皆に会いたいさ!でも仕方ないだろ?こんな身体になっちゃったんだから!自分に言い聞かせて、現実と折り合いつけていくしかないだろ!」
口は災いの元と言うが、思い切り地雷を踏み抜いてしまったようだ。踏まないように気を付けてたつもりなんだけど、つい……。
「…………本当は怖いんだ。拒絶されたらどうしようって。人に戻っても、また失うかもって…………」
虚飾も何もない、鈴木悟の本音の部分をやっと聞けた気がした。これまでもこうやって一人で我慢して、孤独に耐えてきたのか。
「それで?お前の本当の望みは何なんだ?望んだ全部が叶うとは限らないけど、言うだけタダだろ?」
「リムル……っ」
堰を切ったように本音をぶちまけるモモンガ。最初に私室でぶちまけたときより更に勢いがいい。何とかしてやりたい。いつもなら自己責任だと切って捨てるところだが、何の気紛れか、その信条を曲げてもこいつの望みを叶えてやりたいと思った。俺ってやっぱり我儘なのかな?
《……》
あ、うん、だよね。わかってた。
《それが
……》
なんか誉められてる気がしないんだが。まあいいか、誉め言葉と受け取っておこう。
因みにモモンガの濁流の如き本音の吐露は加速した思考の中で数時間以上に及んだ。
「なんかその……ごめん」
「ホントだよ全く。女子かっ」
「うっ、言い返せない。けど、こんな姿さらしたの、お前だけだな」
「おう、遠慮すんな。
「アルベド達は何て思うかな……」
「あー、そうだな。ていうか、もし人間のままで至高の41人として受け入れられたら、それはそれで問題あるかもな。アルベドとかヤバそうだろ?」
「うっ、やめてくれ。でもそうか、そういう方面の心配もあるのか……はぁ」
女性とモモンガを除いた至高の37人がアルベドという名の
「とりあえずどう転んでも良いように、こっちの環境を整える方向で 」
「だな」
「では行くのだ!」
「ミリム様、ご飯粒が……」
ミリムが満面の笑みを浮かべ、出発を宣言する。朝からナザリックの美味しいご飯を食べて元気一杯だ。頬っぺたに付いたご飯粒をユリに取って貰っている様子は、まるで子供のそれだ。俺なんか微妙に距離を置かれてる気がするのに、ミリムとは明らかに打ち解けてるな。
「どうか皆様、お気をつけて。またいつでもお立ち寄りください」
「ああ、ありがとう」
セバス達に笑顔で見送られ、俺達はモモンガより先に出発することになった。
俺達が目指すのは王国ではなく、竜王国だ。ニグン達に色々情報を貰って、竜の子孫が女王をやっている国があると言ったら、ミリムが興味を持った為だ。途中バハルス帝国にも寄って行きたい。闘技場でひと稼ぎできれば、外貨獲得にも貢献できるだろうし、ポケットマネーも増やせる。国は潤ってるけど、俺の個人資産は多くはないのだ。
俺達は一旦結論を先伸ばしにし、情報を集めてこの世界の人間との関わり方を決めることにした。モモンガの部下達が人間を、ギルドメンバーの真実を受け入れる事が出来たなら、そのあとでギルドメンバーを連れて来るかどうか考えればいい。何年、何十年先の話かも知れないが、幸い時間は何とでもなる。
それにしても、ナーベラルを連れて冒険者をやることになったモモンガは色々苦労しそうだ。試しにニグン達と引き合わせてみたが、ナーベラルの口から飛び出したのは、一言目から目の覚めるような罵倒のオンパレードだった。あれは完全に汚物を見る目だった。
見た目は人間だから外見の問題はクリアできているし、人間に少しでも馴れさせるため連れていくらしいのだが、本当に大丈夫だろうか。今頃必死で
(うーん、名前もまともに覚えられないし、当たり障りなく接する演技もまるで出来ない……だけど、やる気だけは凄くある。そこは買ってやりたいんけどなぁ)
その頃、第六階層では
「カマドウマ」
「全っ然違うっす!」
「チャタテムシ?」
「……それも……違う」
「うーん、に、に……ニジイロクワガタ!」
「ほんの少しだけ近くなったわね」
「はぁ、本当に大丈夫かしら?」
本人のやる気とは裏腹に、ニグンの名前を未だに覚えられず、姉妹達に心配と呆れの目を向けられる。それを意に介すことなく、ひたむきに練習を続けるナーベラルの姿があった。
ようやく物語が動き出しそうです。
転移からちょっと間延びしてしまった感があるので、次話から新しい章にしようかなと思います。
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