異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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漆黒の剣の面々が登場します。


#51 漆黒の剣

 モモンは部屋へ入ってから一息つく間もなく、改めてここに来た目的についてナーベに説明した。ここで冒険者として名声を高め、外貨と情報の獲得、そして現地の人間との友好を図る事が出来るかどうかの調査だ。

 

 現地の人間と友好的な関係を築く事ができれば、まだどこに居るとも知れない、人間の味方に立とうとするであろうプレイヤー達も、いきなりナザリックに攻めてくるような事はしないだろう。だが、ユグドラシル時代の『アインズ・ウール・ゴウン』の悪名を思えば、それでも絶対とは限らないし、常識や良識の通じない輩も一定数存在するだろう。そんな存在に出くわしたとき、現地の人間が味方しようとしてくれるなら、ナザリック側に味方するプレイヤーも出てくるかもしれない。

 

 アインズ一人しかプレイヤーが居ない『アインズ・ウール・ゴウン』は、どうしても数に弱いと言わざるを得ない。それを克服するためには、自分達の強化だけでなく、味方を増やすことも必要だとリムルは言っていた。

 

 それに、人間を下等と見下し、あるいは嫌悪する今のナザリック地下大墳墓が変わることが出来なければ、たとえギルドメンバーを連れてくることが叶ったとしても、受け入れる事など出来ないだろう。最悪の場合、内部分裂して崩壊する羽目になりかねない。アインズはナーベラルのような、人間を下等と見下している者がその成否を握る鍵だと考えていた。

 

(それにしても……本当に大丈夫か?)

 

 人間と友好を築くと告げたとき、ナーベラルの顔を思い出し、不安に駆られる。街へ入る前にも同じことを説明したはずなのに、その時と全く同じ反応をしていた。

 

(アレか、ポンコツなのか?それとも、本来の役目とは勝手が違う事に戸惑っているだけか?まあ、馴れるまで根気強く待つしかない、かな……)

 

 いずれにしても、暫く様子を見守るしか無さそうだ。

 

(それにしてもアイツら、俺達には聴こえてないつもりなんだろうけど……)

 

 アンデッドの種族特性で睡眠をとることが出来ないアインズは、夜暇になった時間は〈兎の耳(ラビッツイヤー)〉で情報を収集しようと考えていたのだが、魔法を使うまでもなく下の階の酒場の声はほぼ丸聞こえで、どれも女子が聞けば顔をしかめるような下品な会話ばかりだったが、今ナーベラルの耳には届いてはいまい。

 

 先程からナーベラルはアルベドへ〈伝言(メッセージ)〉で定時報告をしているのだが、……長い。何時間喋ってんだ、と文句を言いたくなるくらいだが、男共の恥ずかしい会話がナーベラルに聞かれてしまうよりはマシである。

 

 少し離れた部屋からは、荒い息づかいとリズミカルな衣擦れの音が洩れ聞こえてきていた。壁が薄いというよりは、聴覚が人間であったときよりも格段に良くなっているせいもあるだろう。ナーベラルに何の音かと聞かれてしまった場合、どう説明しようかと悩む。

 

(「ナニを邪魔しないように」などとは言えるはずもない。「一人で()()でしているのだろう、気付かない振りをしておけ」とでも言って誤魔化すか……)

 

 それが()()でどれ程役に立つのかは彼自信にも未知であったため、詳しい説明は出来ない。色々突っ込まれない事を、いや、そもそも気付いていないことを祈るばかりだ。

 

昨夜(ゆうべ)のオカズを翌朝根掘り葉掘り訊かれるのは地獄でしかないってペロロンチーノさんも言ってたしな……。はぁ、さっさともっとマシな宿へ移りたい……早速だけど、明日辺りあのブリタとかいう女に聞いてみるか……人間の呼び方も……いや、そもそも名前覚えろよ)

 

 人の名前を覚えられないどころか、虫呼ばわりするナーベラル。相手は虫呼ばわりされて良い気はしないだろう。何か対処方法はないだろうか。表には出さないように、内心で唸りながらモモンは思い悩むのだった。

 

 そして、下世話な喧騒が続くなか、使用した空のポーション瓶を拾い上げ、口元を緩める者が居たことには気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 城塞都市エ・ランテルの広い通りには朝から多くの人が行き交い、商売人の威勢の良い呼び込みの声が響く。食材の買い出しに来ている婦人や、串に焼いた肉を刺したものを頬張る少年など、様々な人で賑わっている。

 通りに面した五階建ての建物。冒険者組合もまた、朝から賑わいを見せていた。ロビーの掲示板には種々の依頼書が張り出され、多くの冒険者がいち早く条件の良い依頼を探し出すために集まってくるのだ。

 基本的に依頼の受注は早い者勝ちであり、冒険者ランクを満たしていれば名指しの依頼でもない限りは誰でも受けられる。自分達に合った依頼を見つけ出す嗅覚も、冒険者として成り上がるためには必要な素養である。

 

 組合がある程度依頼の内容や裏取り、モンスター情報等を下調べして適正ランクを決定しているため、それぞれが自分で調べたりせずとも、依頼書のランクを見て自分達に見合った依頼を受けることが出来るようになっている。冒険者達が自分の実力に見合わないような高難度の依頼を受けてしまうと、多くの死者が出たり、依頼失敗による組合の信用の失墜を招く。そのため、組合が依頼金の一部を使って事前に調査をしっかり行うことで、生存率と組合の信用に繋げているのだ。

 

「じゃあ、依頼書を確認してみようか。どれがいいかな……」

 

 ブリタは掲示板の前で腕組みしながら依頼書を吟味している。その後ろにはモモンとナーベの姿があった。後輩のモモン達に仕事の受け方や選び方をレクチャーしてくれているのだ。冒険者として初めて出来た先輩が面倒見が良いようで助かった。

 

「あー、この辺はミスリル級の依頼かぁ」

 

「ミスリル級の?」

 

「うん、ランクが高い依頼は報酬もいいけど、その分難度も高くなってるから、受けれるのはミスリル以上の冒険者だけ。実力を付けて実績も積んで昇格しないと受ける事も出来ないってわけ」

 

 冒険者には階級がある。駆け出しの(カッパー)を一番下に、(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと上がっていく。

 

「ほほう、凶悪なモンスター討伐なんかもあるのか?」

 

「ええっと、それなんかまさに  

 

「よし!」

 

 ブリタが言いながら一枚の依頼書を指差す。するとモモンがニュッっと手を伸ばし、その指差された依頼書を引っ付かんで鼻唄混じりに受付へと向かう。

 

「あっ、ちょっと!」

 

「これを受けたい」

 

 ドン、と受付のテーブルに叩きつけるように置かれたそれは、ミスリル級の依頼書。受付嬢は目の前に立つモモンと依頼書を見比べ、困惑したよう声音で口を開く。

 

「これはミスリルプレートの方々への依頼です。残念ながら銅級(カッパー)プレートのあなたでは   

 

「勿論知っているとも。だから受けたいんだ。退屈でみすぼらしい仕事を何度も繰り返し、昇格試験を待つなど……馬鹿げている」

 

 最下級のプレートを首から提げる全身鎧の男の言葉に、受付嬢は眉間にシワを寄せ、固い表情を見せる。

 

「規則で冒険者のランクによって受けられる依頼は制限されています。もし失敗すれば、他の多くの命までも犠牲になるかも知れないんですよ」

 

 そうなった時、駆け出しのお前に責任が持てるのか、と責めているような言葉。周りの冒険者達も彼女の意見に同調し、我儘な主張を言う彼に非難の目を向けている。

 

「実力が不足だとでも?」

 

 後ろをクイッと指差し、不敵な態度で言い返す鎧の男。

 

「後ろの私の連れは第三位階魔法の使い手。私も彼女に匹敵する戦士だ。私は子供のお使い程度の容易い仕事をやって銅貨数枚を稼ぐ為に冒険者になったわけではない。実力に見合った、もっとレベルの高い仕事を受けたいのだ。実力を示せというならここでお見せしても構わない」

 

 周りから息を飲む様子が窺える。第三位階の使い手といえば、エ・ランテルの魔術師組合にも極少数しか存在しない。まだ二十歳前後の若い美女が、既にその域に達している事に誰もが驚きを禁じ得ない。

 

 それに合わせて男の纏う漆黒の鎧も、斜めに交差して背負った身の丈ほどもあるグレートソードも、紛う事なき一級品である。

 冒険者たるもの、実力に応じて装備も充実し、上級になっていくものだ。代々家に伝わるものを受け継いだだけ、という可能性もあるが、かなりの重量になるハズの全身鎧(フルプレート)を着込んでいるのに、よろめきもしなければ、疲れている様子もまるで見せない。

 冒険者がこれほどの装備を揃えるとなると、かなりの稼ぎ   つまり経験が必要だ。ただの銅級(かけだし)と侮る事は危険だと、鍛えられた生存本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 だが、だからと言って規則を軽視し、身勝手な言動をするのは見過ごせない。これまで培ってきた組合の信用を、自分達の地道な努力を馬鹿にし、唾を吐く行為だからだ。

 

 モモンとしても出来ればこんな聞き分けのないクレーマー紛いの事はしたくはなかった。だが正直なところ、雑用みたいなつまらない仕事を繰り返し、雀の涙のような報酬をチマチマ稼ぐのもゴメンだった。いち早くあの安宿生活を脱出したいのだ。

 

(それにしても、誰も突っかかってこないな?やっぱりヘイト管理は茶釜さんみたいに自在には出来ないか)

 

 モモンはそろそろ誰か止めに入ろうとしてきても良い頃だと思いながら周囲をチラッと見る。皆挑発的なモモンの態度に反感を抱いている様子だが、面と向かって突っ掛かってきたり、窘めようとする者もいない。

 

「はぁもう、何でそういう勝手な事するかな……。自信もやる気もあるのはわかったけど、いきなりミスリルなんて受けれるわけないでしょ?」

 

 文句を垂れながら、草臥れた様子で二人に歩み寄るブリタ。

 

「私の、いや私達の実力的には問題ないと思うんだが?」

 

 ようやく止めに入ってくれたブリタに内心でお前じゃないんだよな、と思いながらモモンはかたを竦めて言葉を返す。

 

「いやいやいや、実力とかの問題じゃないの。実績と信用!これ大事よ?」

 

「うーむ、それは分かってはいるんだが……少しでも早くレベルの高い仕事をしたくてな。だが、確かに地道な積み重ねによって信頼を築く事は大切な事だ。これはどうも私が悪いな。身勝手な我儘を言って申し訳なかった。貴女もどうか、許してほしい」

 

 モモンがあっさりと折れ、ブリタと受付嬢に頭を下げる。その一部始終を見ていた周りの冒険者たちは、どうやら有り余るやる気のせいで気が逸っているようだと納得し、一旦怒りを納めたようだった。その証拠に、モモン達に向ける視線からは既に敵意は薄れている。

 

「それにミスリルの依頼なんて、アンタ達がついて行けても私には到底ついていける気がしないわ」

 

「ちっ、役に立たない人間(コオロギ)ね……」

 

「ナーベ、然り気無く剣に手を掛けるのはやめなさい」

 

「はい、叔父様」

 

「アンタって、ホント叔父さんの言う事()()は素直に聞くわね……少しは先輩の言うことも聞いてほしいんだけど」

 

 何事もなかったかのようにポンポンと会話を弾ませる三人。周りも唖然とそれを見守っている。興味を抱きつつも声を掛けるべきか誰もが躊躇するなか、一番に声をかけたのは──

 

「あの、もし良ければ私達の仕事を手伝いませんか?」

 

(お、来たか!?)

 

 遂に目当ての獲物が掛かったか、とモモンは面頬着兜(フルフェイスヘルム)の下でほくそ笑む。ブリタには悪いが、鉄級の仕事はまだ雑用に毛が生えたレベルの仕事が殆どだ。

 あえて我儘な態度を見せてその場の注目を集め、誠実な謝罪を見せることで、周りの冒険者達にアピールしたのである。

 これに少しでも興味を持った上位冒険者が居ればしめたものだ。欲を言えば、仕事を手伝えと誘いを受けたい。そこで実力を示し活躍をすれば、そこから口コミで評判は広がっていくだろう。それが上位の冒険者の言葉ならば、より効果も高い。

 

 果たしてその作戦は功を奏したようだ。モモンは内心でガッツポーズを決めながら、逸る気持ちを抑えゆっくりと声のした方を振り向く。

 

「ほう……それはやり甲斐のある仕事でしょうね?」

 

「あるといえばありますね」

 

「詳しくお話を聞かせていただいても?」

 

 

 

 

 

 

「では、まずお互いに自己紹介から始めましょうか。私はこのチーム『漆黒(しっこく)(つるぎ)』のリーダー、ペテル・モークです」

 

 最初に挨拶をしたのは、誠実そうな若い金髪碧眼の男。鎖帷子の上に幾条もの金属製の細帯が重なりあうように覆っている。所謂帯鎧(バンデッドアーマー)を身に付けた彼が、詳しく内容を聞きたいと言ったモモンの言葉を受け、受付嬢に依頼して部屋を貸してもらったのだ。

 

 彼らは年の頃なら二十歳に満たないであろう若々しさだが、年相応の青臭さは感じさせない。彼を始めとした『漆黒の剣』の面々は、寛ぎつつも何時でも武器を手に取れるようにしていた。無意識のレベルでこれが出来るようになるには、幾つもの修羅場を潜り抜けてこなければ不可能だろう。それぞれの胸元には、ブリタの物とは違う白銀の輝きを帯びたプレートが掛かっている。(シルバー)級冒険者だ。

 

 ブリタも横に座っているが、やや恐縮した面持ちで、佇まいも隙だらけだ。一つランクが違うだけでこうも差が出るものなのかと感心してしまう。

 

「彼がチームの目であり耳である、野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ」

 

「ヨーロシクぅ!」

 

 ペテルが紹介すると、壁にもたれて立っていた男が軽快に挨拶をする。気さくというよりは、少し馴れ馴れしいくらいだ。男性にしては線の細い印象だが、アスリートのような引き締まった肉体をしている。目であり耳である、との言葉通り野伏(レンジャー)らしい佇まいだ。

 

「そして魔法詠唱者で、チームの頭脳。術師(ザ・スペルキャスター)、ニニャ」

 

「よろしく」

 

 続いてペテルに紹介されたのはまだ幼さの残る青年、というよりは少年に近い、恐らく最年少メンバー。深いブラウンの柔らかそうな髪と、くりっとした青い目が幼さを感じさせる。他の面々が程よく健康的に日焼けしているのに比べ、彼だけ肌は白い。顔立ちも一番美しく整っているが、男性的というよりは中性的な雰囲気である。

 

「ところで、その恥ずかしい2つ名はやめませんか……?」

 

「いいじゃねーか、せっかくの生まれながらの異能(タレント)持ちなんだし」

 

「ほう、タレントですか」

 

 横から口を挟んだルクルットの言葉に、モモンは強い興味を示した。ニグンからもある程度概要を聞いているが、生まれながらの異能(タレント)は人口の凡そ0.5%という一握りの者に発現する能力らしい。

 ガゼフ・ストロノーフはタレントを持っていないし、陽光聖典の中でもニグンだけだ。その稀少性は、レアと聞くとコレクションしたくなる彼の収集癖をくすぐった。

 

 単にタレントといっても、その能力はピンからキリまであるようで、明日の天気を約7割の確率で当てるものから、小麦の収穫を少しだけ早める事が出来る、など微妙なものも多いとの事だ。しかも生まれついての能力なので、自分で望んで習得することは出来ない。だから大抵はタレントが本人の職業や夢と噛み合わず、その人の人生の助けになるような事も殆どないらしい。

 

 どのようなものか詳しく聞いて良いものだろうか。しかし、いきなり初対面でそんなことを聞くのは失礼かも知れない。モモンが迷っていると、ブリタが噂を耳にしたことがあったのか、興奮気味に口を開く。

 

「も、もしかして魔法適正?習得に八年かかるのが、半分の四年で済むっていう?まさか噂の天才少年とこうして会えるなんて!」

 

「おっ、流石有名人だなニニャ」

 

 恥ずかしそうに身を縮ませるニニャに、ニヤニヤと揶揄うような視線を向けるルクルット。ニニャも本気で嫌がっている様子はない。兄弟のようで微笑ましい光景だ。横でナーベが嘲笑気味の表情をしていなければ。本人は気を付けているつもりでも、やはり見下した態度は時折顔を出してしまうようだ。モモンは気付かれやしないかと気が気じゃないが、相手に気付いた様子もないので、今は流しておく。

 

「いえ、その…………あっホラ、わたしなんかより、もっと有名な人がいるじゃないですか」

 

「ん?ああ、蒼の薔薇の?」

 

「いえ彼女(そっち)ではなく……」

 

「ああ、バレアレ氏であるな!」

 

 まだ紹介を受けていない最後の一人が声を発する。最年少のニニャよりも12才(ひとまわり)くらい上だろうか。口回りに貫禄のある髭を蓄えた男。力強く、低く通る声だ。体格も四人の中で一番がっしりしている。モモンが視線を向けていると、それに気付いたペテルが彼を紹介してくれる。

 

「えっと、彼は森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。自然を操る魔法や治癒魔法を使えます。薬草に関する知識も豊富ですよ」

 

「宜しくである!」

 

「どうも。それで、そのバレアレさん?はどんなタレントを持っているんですか?」

 

 モモンがそう聞いた瞬間、みんなが驚いた表情をする。どうやら知っていて当たり前の情報だったようだ。しかし、すぐにどこか納得したような表情になった。

 

「なるほど……。噂になりそうな程の美人と立派な鎧を纏う戦士の二人組を、私たちが全く知らなかった理由がわかりましたよ。遠方から来られたんですね」

 

「ふ、ご名答。つい昨日この街に来たばかりでしてね……」

 

 モモンは無理に隠すこともないか、と話を合わせる。それに、噂が届かないほどの遠方と思わせておけば、多少おかしな言動があっても、文化が違うからと誤魔化しがききそうだ。

 

「それで……なら知らなくても仕方ないのか。バレアレって人はね、この街一番の薬師で、地元じゃ名士みたいな凄い人らしいわ。冒険者なら覚えておいて損はないわよ。で、そのお孫さんが、凄いタレント持ちってわけ」

 

 ブリタは得意気に語りだす。先輩風を吹かせようとしているようにも見えるが、それなりに知識はあるようなので、好都合とばかりにそのまま喋らせておく。好きに喋らせておけば労せずして価値ある情報を洩らしてくれる可能性もあるとナーベにも事前に言い含めてある。

 

「……どのようなタレントなのですか?」

 

 ナーベが質問を口にした。初めて人間に対してまともな事を言ったところを見た気がしたモモンは、思わず感動にも似た気持ちがこみ上げる。

 

(いいぞ、ナーベラル。やれば出来るじゃないか。って親バカみたいだな……)

 

「ええっと、どんなマジックアイテムでも制限に関係なく使用することが出来るらしいです。魔法詠唱者(マジックキャスター)じゃないと使えない巻物(スクロール)や、人間には使用出来ないとされるアイテムも。王家の血筋でなければ使えないというような物さえも多分、使えるんでしょうね」

 

 それが事実だとしたら、とんでもない事だ。本当に何でも使用可能だというなら、特定の条件下を除き、ギルド長にしか使用できないギルド武器や世界級(ワールド)アイテムでさえ使える、ということだ。

 

(やはり厄介だな、タレント……早々に始末すべきか?いや、うまく味方に付けられないか……?)

 

 物騒な事を考えつつ、モモンは教えてくれたペテルに礼を述べる。ナーベも同じくタレントの危険性に思い当たった様子だった。

 

「では、私達の番ですね。先輩からどうぞ」

 

「え?ああ。私はブリタ……ですっ」

 

「私はモモン。見ての通り戦士です。こっちが姪のナーベです。魔力系の魔法詠唱者(マジックキャスター)で、第三位階の使い手です」

 

「ご親戚同士でしたか。成る程……」

 

 驚きと共に、感心しているような表情を見せている彼らだが、モモンはそれがどこから来ているものかはわからなかった。

 

「ところで、質問いいですか?」

 

「ええ、構いませんが」

 

 モモンは興味深げに訊ねてくるルクルットに承諾の意を示すが、すぐにそれを後悔した。

 

「ナーベちゃんって恋人とか居るんですか?」

 

(あー、嫌な予感……)

 

「居ませんが」

 

 涼しい顔で、とりあえずまともな返答を返すナーベだが、更に踏み込まれたらどうか分からない。頼むから手だけは出さないでくれとハラハラしながら見守るモモン。

 

「惚れました!付き合ってください!」

 

「は……?」

 

 あまりにド直球過ぎる告白をするルクルットに、モモンは面食らってしまう。ナーベはと言うと……。完全に見下しきった目で嫌悪感を顕にしていた。

 

「分際を弁えなさい、ダニが。目玉をスプーンでくり貫かれたいの?」

 

(ああ、やっちまった。彼の心は完全に砕かれて……)

 

「くっはー!キツイお言葉ありがとうございます!」

 

(えぇー!?)

 

 ナーベの酷い返しに心を砕かれたと思いきや、お礼の言葉を返してくるルクルットに、思わずモモンが声をあげそうになる。こっぴどい返しを喰らっておいて、全くへこたれないとは。そういう趣味を疑うレベルである。

 

「じゃあ、お友達かrぐえっ!」

 

 ペテルがルクルットの頭を思い切り殴り付け、無理矢理引きずってナーベから引き離す。目を鋭く細めたナーベからは殺気の込もった空気が洩れかけていたが、ギリギリのところで収まった形だ。あと一瞬遅かったらヤバかったかもしれない。

 

「どうも連れがすみません、は、はは……」

 

「ってえぇな、オイ!」

 

「これはルクルットが悪いね」

 

「うむ!」

 

『漆黒の剣』に彼の味方はいなかった。

 

「なんっでだよぉ!?俺は本気でナーベちゃんに   

 

「とにかく黙ってろって、もう!」

 

 ルクルットが頭を押さえながらペテル達に抗議するが、誰も彼の話をまともに聞こうとしない。どうも軽いのは見た目だけじゃないようだ。だが、何となく憎めないヤツだ。モモンは落ち着いた声を取り繕い、慰めの言葉を掛けた。

 

「まぁまぁ。私は姪を気に入ってくれたようで、少し嬉しいですよ。ちょっといきなり過ぎて驚きましたが……」

 

「あ、はい…」

 

「ナーベ、そう敵意を向けるものではないぞ、これから一緒に仕事をしようという相手に」

 

「はい。叔父様」

 

 そう言いつつも、ルクルットに鋭い視線を向けるナーベ。モモンは得意先で相手に無自覚に礼儀知らずな言動をやらかす部下を見る上司の気分だった。

 

(いや、だからさぁ……)

 

「はぁ……」

 

 モモンはつい、小さく溜め息を吐く。すると、ナーベの顔色が何かに怯えるようにモモンを見つめる。よく見ると若干震えているようでもある。

 

(まあ、フォローは出来るだけしてやらないとな)

 

「んんっ、見ての通りナーベは極度の()()()で、私以外には心を開こうとしません。今まではそれでやってこれていますが、将来を思うと少しばかり憂慮してもいるんです。まぁ、根気強く接してもらえれば……」

 

「あ…っ!はい!」

 

 少し申し訳なさそうにしていたペテル達が目を輝かせる。ルクルットも喜色を満面に、太っ腹だぜとモモンにサムズアップして見せた。そしてナーベにキツイ一言と、ペテルから拳骨を貰っていた。

 

「それでその……仕事の内容なんですが……」

 

「あ、ああ、そうですね。今回は仕事と言うより、モンスター退治です」

 

 気を取り直したペテルは仕事の内容について語り出した。モモンは疑問に思い首を傾げる。モンスターの討伐ならば、冒険者の仕事ではないかと。

 

「因みに、標的はなんというモンスターですか?ドラゴンとかですか?」

 

「えっ、ド、ドラゴン……?ええっと、そういうのではなくてですね……うーん、モモンさんの居たところでは何と言っていたんでしょうかね?」

 

「……?」

 

「依頼による討伐ではなくて、モンスターを狩って倒した分に応じて国から報奨金を貰えるというやつで、森から飛び出して街の周辺に出没するようなモンスターを減らす意味で行うんです」

 

「成る程、そういう……」

 

 納得がいった。要するに、治安維持のための()()()と言ったところか。鬱蒼と繁る深い森の中は、人間では太刀打ちできないような強大なモンスターが跳梁跋扈する人外魔境。そんな森の奥まで入り込む事は出来ないが、森からあぶれて出てくる雑魚モンスターを倒すことは出来る。戦う力を持たない一般人をモンスターの危険から守るためにも、そういった定期的な活動が必要なわけか。

 

「糊口を凌ぐのに大切な事である」

 

「成る程。しかし、治安維持の為に国から報奨金が出されるとは……」

 

 事前情報として王国は国政が腐りきってると聞いていた割には、そういうことには力を入れているのか。案外まともなんじゃないかと思いかけたが、それは勘違いだと気付く。

 

「もしや、黄金の姫君の?」

 

「ええ、そうです。流石にご存知でしたか……」

 

「まあ、噂くらいは……」

 

 黄金の姫君。リ・エスティーゼ王国の第三王女の事だ。黄金と称されるに相応しい美しい容貌と、民を思う優しさと智恵を備え、一般の国民から非常に慕われているらしい。ニグンから聞いた話では、実は相当頭の切れる曲者の可能性もあるらしいが……。

 

「お陰で俺たち冒険者も財布が潤うし、街の治安維持にも繋がって一石二鳥ってわけさ。第三王女様々だよな」

 

 慕われている人をわざわざ懐疑的な言葉で貶めるようなことをして不況を買うこともないだろうとモモンは黙って頷いた。

 

「第三王女様の行いは確かに立派ですね……まあ、私の夢の実現に役に立つものであれば大歓迎ですよ……」

 

 気付くとニニャが暗く、内側で激しく渦巻くような感情を湛えた瞳で、呪詛のような言葉をぶつぶつと垂れ流していた。その眼には何となく見覚えがある。()が時折見せたのと、どこか似ている気がした。

 

「んんっ、えっと、こういう感じなんですが、どうでしょうか?」

 

 ペテルがニニャのただならぬ空気に気付いたのか、誤魔化すように咳払いをして、モモンに尋ねる。

 

「勿論やらせていただきますとも」

 

「あ、私も是非……」

 

「叔父様がやると仰るなら」

 

「じゃあ決まりですね」

 

 こうして打ち合わせが終わり、早速出発の準備を整えようと部屋を出たところで受付嬢に声をかけられた。

 

「モモンさん、あなたに指名の依頼が来ています」

 

「私に?」

 

 モモンは首を傾げる。この街へ来たのは昨日の事だ。知り合いが居る筈もない。にもかかわらず、名指しで依頼をしてくるなど通常は考えられない。もしや自分を知っているプレイヤーがいて、何かの切っ掛けで正体がばれてしまったのではと、警戒心を強めた。

 

「ほぉ、お主がモモンかい。成る程、格好は一人前じゃな……ひっひ」

 

 待ち合いの椅子に腰掛けていた老婆が後ろから声をかけてくる。上背は低く年老いてはいるが、その眼光は老人とは思えないほど生気に満ちている。顔に刻まれた深い皺と相まって、一筋縄ではいかなそうな老獪な魔女のような雰囲気を漂わせている。

 

「すみませんが、私は今から別の仕事がありますので、すぐには……」

 

 モモンは下手に関わり合うのは危険だと判断し、先約を理由にその場での対応を断ろうとする。一旦街を出て距離を取ることさえ出来れば、準備や対策をゆっくり練ることが出来る。

 

「え、モモンさん、名指しの依頼ですよ!?」

 

「先に決めた仕事を放り出すわけには行きませんよ。たとえ条件の良い仕事であろうと、後から割り込みをかけられるのは嫌でしょう?」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 冒険者にとって名指しの依頼を受ける事は誰もが目指す、言わば一つのステータスだ。指名を受けるということは、それだけ知名度と、他者に勝る厚い信頼を寄せられていることに他ならない。ペテル達『漆黒の剣』のメンバーは、折角の名指しの依頼に素っ気ない対応を見せるモモンに驚くと共に、小さな仕事も疎かにはしないその真摯さに感動を覚えた。

 

「ふぅむ、まぁ、ワシはそう慌ててはおらんのじゃが……どうする、ンフィや?」

 

 老婆は少し迷った様子で、側に居た少年に話しかける。その表情はそれまで見せていた老獪な印象から大きく変わり、子供に息子に語りかける優しいものになっていた。

 

「僕は……そのお仕事からはいつ頃戻られるんでしょうか?僕は、僕はとても急いでいるんです!!一刻も早く……早く、行かなきゃ……!」

 

 目が隠れるほど前髪が伸びた少年は、切迫した様子で拳を握りしめて訴える。何やら分けありの様子だが、警戒していたものとは違うようだ。

 

「なぁ、モモンさん……」

 

 ルクルットが遠慮がちにモモンへと声をかける。話だけでも聞いてやってはどうかと。

 

「ふーむ、そうですね……。では、皆で一緒にこの仕事を受けませんか?」

 

「あ、はい!喜んで!」

 

 ペテルが嬉しそうに返事をする。彼らは気弱そうな少年の必死な訴えに絆されてしまっていたのだ。

 

「そういうわけですが、構いませんか?」

 

「あたしゃ構わないよ」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 少年は感極まった様子で頭を下げる。

 

「では、まずはお話を聞かせてもらえますか?詳しいことはそれから決めましょう」

 

「では、バレアレ様の打ち合わせの為のお部屋をご用意致しました。案内させていただきます」

 

 受付嬢の言葉に全員が絶句した。

 

(あれ、バレアレって有名な薬師の……なんだか知らんが、タレント持ちと二人も繋がりを持てたぞ。どうにかして引き込めないかなぁ)

 

 余りに都合の良い展開に小躍りしたくなる気分を抑え、ゆったりとした足取りで受付嬢の案内に付いていくモモンであった。

 

「ね、ねえナーベちゃ……さん?」

 

「……何か?」

 

「あんたの叔父様ってなんだか凄いわね……。まだ(カッパー)級なのに、あっという間に皆の注目を集めちゃうし、(シルバー)級の先輩にも物怖じしないで話すし、今だって大口の仕事を簡単に取り付けちゃうんだもん、やっぱり英雄になる人ってのは新人の時からすごいのかなぁ」

 

「叔父様ならばこれくらい当然です」

 

 人間の話していることに興味を持っていなかったナーベは赤い鳥の巣(ブリタ)に何を言われているかよくわからなかったが、主を誉められたことだけは理解できた。そして小さく笑みを溢した。

 それは、人間の前で彼女が初めて見せた笑みであった。

 

(へぇ、この娘もこんな顔するんだ……)

 

「何か…?」

 

「あ、いや、何も……」




『漆黒の剣』が登場しました。
バレアレ氏が二人とも来ちゃいました。
そしてちゃっかり巻き込まれちゃってるブリタさんです。
大所帯で目指すは、急ピッチで復興が進んでいる(魔改造されてしまっている)カルネ村……なんでしょうか?

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