異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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今回は旅に出たあの人達の回です。


#52 闘技場にて

「うおおおおおお」

 

「わぁぁぁぁ」

 

 バハルス帝国にある闘技場は、今日も熱気と興奮の渦が湧き起こっている。毎日様々な試合が組まれ、モンスターと闘う拳闘士や、多人数同時参加のバトルロイヤル、実力者によるトーナメント戦などが開催される。観客達は試合を観て、手に汗握りながら自分が賭けた選手を必死で応援している。

 

 俺達は出発から3日程で、既にバハルス帝国の首都へと足を伸ばしていた。首都というだけあって、街道は綺麗に石畳が敷き詰められ、馬車は走りやすく、また徒歩の人も通行しやすい様に工夫されている。街を行き交う人々の表情は明るく希望に満ちている。俺達は小綺麗に整備された活気溢れる街並みを眺めながら、あてもなくゆっくりと歩いていた。

 

「人が一杯居るのだ。あっ、あの店の串焼き、美味そうなのだ。ちょっと行って買ってくる」

 

 好奇心旺盛なミリムはキョロキョロと周りを見ながら、初めて訪れる街に興味津々の様子だ。油断するとすぐ何処かへ走っていって迷子になりそうである。

 

「おい、分かってると思うけど……」

 

「わ、わかっておるのだ。暴力は厳禁…だろ?わたしとて子供ではない。信用するのだ」

 

 まるっきり子供にしかみえないけどな、と思ったが、それは言わぬが華というやつだろう。

 それに今は俺も子供の姿だ。髪を黒くし、長さも少年に見えるように短めにしている。此処では金髪が多い為、逆に目立つ気がするが。

 

 北の市場でやるというフリーマーケットも気になるが、この国でメインの目的はやはり何と言っても闘技場だ。この世界の興行運営には興味があったし、モモンガ達に協力する意味でも、外貨獲得は重要任務であった。決して羽を伸ばして遊びたいだけではないのだ。

 

 元手となるお金をどうやって手に入れたかというと、模造(コピー)した。ぶっちゃけ偽造である。

 

 この辺りに流通している金貨はドワーフ金貨と違い、偽造対策(コピーガード)はされていないので、簡単に作れてしまう。ちょうど街道を通りがかった旅の商人に一緒に馬車に乗せてもらい、道中暇だからと、金貨を使ったちょっとした手品を見せると言って一枚借りた。そして右手に握り込んだ金貨を拳のなかで捕食・解析。解析が終わったところで今度は左手から出し、あたかも金貨が一瞬で右手から左手に瞬間移動したかのように見せた。

 

 受けはイマイチだった。魔法でも似たような事は出来るらしいから、別段驚くものでもなかったようだ。大人は無理でも子供は喜ぶよ、と微妙なフォローをされたが……別にショックでもなんでもないけどっ。

 

 まあ、何はともあれ目的は果たせた。あとはナザリックから拝借したユグドラシル金貨十枚を材料に、この世界で使える金貨を製造するだけだ。元手は最初少な目の方が楽しめるし、モモンガにも後で多目にして返せば大丈夫だろう。()()には文字通り山程積み上げてあったからな。

 

 俺達は街に入るまで他愛のない世間話に花を咲かせながら、ゆっくりと移ろう景色を眺め楽しんだ。こんなにホノボノと旅をしたのはいつぶりだろうか?

 

「ちょっとした旅行気分だわ」

 

「な?こうやってのんびり旅をするのも楽しいだろ?」

 

「まぁ、そうね…」

 

 そう言って穏やかに微笑むヒナタに俺は少し驚きつつも、最近は本当に丸くなったよなぁ、としみじみ思った。初めて会った時は命を狙われてたし、とても冷血なヤツに見えたが、今はまるで印象が違う。たまに怒ると怖いけど……。

 

 因みにヴェルドラ達も誘ったのだが、断られた。今研究の真っ最中らしい。一体何を熱心に研究しているのか知らないが、村を下手に改造してくれるなよと釘を刺しつつ、俺はヒナタを誘って連れ出したのだった。「一人で少し旅に出る」と言って出てきて貰ったのだが、村人達にはヒナタは強者と認識されているので、何も心配は要らないとばかりに笑顔で見送られていた。

 

 街で食料や衣服を買った後、俺達は闘技場を目指した。闘技場についた俺達は、中をゆっくり見て回る事にした。試合の様子を横目で見ると、そうレベルは高くないが、活気に溢れている。流石に俺達が目を見張る程の実力者はいないようだ。

 

「そうだヒナタ、出場してくれないか?そうすれば俺はヒナタに賭けてガッポリ……」

 

「嫌よ」

 

「何で?村では親切に手ほどきまでしてたのに」

 

「そんな目的で剣を振るうのは、ね……」

 

 お金のために見世物として剣を振るのはどうにも嫌らしい。ヒナタが出てくれれば間違いなく勝ち馬に乗れると思ったのに、残念だな……。

 

「きゃっ」

 

 闘技場に来たところで女の子の短い悲鳴が聴こえてきた。悲鳴が上がった方に意識を向けると、少女が頬を押さえ地面に蹲っていた。どうも一緒に居た男が手を上げたようだ。少女を見ると、耳の上側に切られたような傷跡がある。いや、意図的に切り取られている。途中で切れてはいるが、あの特徴のある耳は…エルフか?

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 少女は男に怯えた瞳を向け、震えた声で謝罪の言葉を口にする。対する男の方は蔑むような目を少女へと向けている。そこそこ立派な鎧を着込み、腰には刀のような武器を携えている。対して少女は襤褸きれのようなみすぼらしい格好だ。

 

「こんな程度の使い走りもロクに出来ないとは…やれやれ、本当に使えませんね。……ホラ、さっさと立ちなさい。それ以上顔を腫らしたくなければね。全く、これでは私が悪者みたいじゃないですか」

 

 いけ好かねぇ野郎だな。折角の観光気分が台無しだよ。顔立ちは整っているが、どうも癪に障る感じのイケメンだ。周りに居た人々も不快感を抱いている様子だが、どうしたわけか、誰も面と向かって咎めようとはしない。この男はそれなりに名の通る強者なのか?皆遠巻きに見ているだけで迂闊に手出しできないようである。

 

 ここで俺達が動くのも悪目立ちしてしまうし、問題を起こしてここを出禁にされては敵わないので、もう少し様子を見ようとして居たのだが……。

 

「おい」

 

 もう遅かった。既にヒナタが首を突っ込もうとしていた。

 

「?…私ですか?何か……ああ、()()ですか?女性の前で失礼しました。見苦しい所をお見せしてしまいましたね。ご不快だったでしょう?しかし出来の悪い奴はこうやって躾けてやらなくては、ね!」

 

「うぼっ」

 

 男が少女の腹に蹴りを入れる。少女は蹴飛ばされて3メートルほど地を転げたが、すぐに腕を地面に突っ張り、喘ぐように身を起こそうとする。しかしそれは叶わず、腕がガクンと崩れて再び倒れ伏した。

 

「あ、ぅ…」

 

 周囲には顔を顰めたり、少女へと心配そうに視線を送る者はいるが、誰一人彼女に手を差し伸べようとはしない。自分が当事者として巻き込まれる事を恐れているようだ。

 そんな中ヒナタは迷い無く少女に歩み寄り、街で買ったポーションを使って怪我を癒し、抱き起こす。イケメンだ。男じゃないけど、イケメンとしか言い様がない。

 

「す、すみません……」

 

「別に、普通の事をしただけでしょ?……従者を随分と粗雑(ぞんざい)に扱うのだな」

 

 ヒナタが振り返って男に非難の目を向けると、男から意外な反応が返ってきた。

 

「フッ、アハハハハ!貴女は()()が私の従者だと?私が買った奴隷ですよ、下等なエルフのね」

 

「奴隷…」

 

「おや、ご存知ありませんでしたか?しかし、折角安くない金額を払って手に入れたというのに、こうも使えないとは思ってもみませんでしたよ。全く不快極まりない」

 

 男はちらりと視線を後ろに投げ掛ける。その先には少女と同じ特徴の女性が二人、視線を落として身を縮こまらせていた。あの二人もこいつの奴隷なのか。希望を抱いていないような生気のない目。完全に反抗心を折られている。

 どうやら、この男がどうこうというだけではなく、彼女達が奴隷の身分であるということも、周りが何も言わない理由の一つらしい。ヒナタは僅かに眉を顰め何か言いたげだったが、そうか、と一言返すだけに留まった。詳しい事情もわからず首を突っ込むのはあまり良いことにならないと判断したのだろう。

 

「あなたも剣士なのですか?見たところ、ご立派そうな細剣を提げていますが…あなたのような美しい女性には、血生臭い戦いより、華やかな舞踏会の方がお似合ですよ。どうです?私にその剣を譲る気はありませんか?」

 

「断る。私はこれを手放す気はない」

 

「では、私の所へ来ませんか?そうすれば「嫌よ」」

 

 気障(きざ)ったらしい男の言葉をにべもなくヒナタは断る。男は少し面食らっていたが、気を取り直して別の提案をしてきた。

 

「ふ、勝ち気な(ひと)だ。では勝負しませんか?今度トーナメントがあります。互いに出場し、それで私が勝ったらそれを頂きましょう。剣士だというなら逃げませんよね?」

 

「……私が勝ったら?」

 

「ふ、そのようなことは有り得ませんが、まぁそうですね……貴女の言うことを何でも聞きますよ」

 

「よし、乗った!」

 

 ヒナタの代わりに俺がヤツの提案を受け入れた。これはこれで面白そうだ。俺は俺で、ヒナタに全額賭けて儲けさせて貰おう。勝負は目に見えてるが、それは自業自得だ。俺の知ったこっちゃない。

 

「ちょっと!何を勝手に…」

 

「まぁまぁ、いいじゃないか」

 

 どうせヤル気満々だろ、と耳打ちする俺。

 

「私が応援してやるのだ!」

 

 ミリムも少しワクワクしている様子だ。手に汗握りながら応援するのをやってみたかっただけだろう。

 

「お連れさんもそう言っていますし、決まりでいいですね」

 

「はぁ、仕方ないわね」

 

「ああそうだ、まだ名乗っていませんでしたね。私はエルヤー・ウズルス。『天賦』のエルヤー・ウズルスです」

 

 二回名乗りやがったぞ、コイツ。大事なことだから二回言ったのか?自信過剰なイタイ奴だな。

 

「……こやつは何故二回名乗ったのだ?あっ、もしやこれがアレか?痛々しいやつ」

 

「ぶふっ、き、聴こえるだろ?」

 

 ミリムの失言を慌て止めようとしたが、もうバレバレだった。エルヤーの眉間に皺が刻まれている。

 

「…連れが失礼。ヒナタ・サカグチだ」

 

 一見普通にしているが、ヒナタも地味に吹き出しそうになっている。肩を微妙に震わせていた。エルヤーはもう顔を真っ赤にしてご立腹だ。

 

「いいでしょう、私を笑ったことを後悔させてあげますよ!首を洗って待っていなさい!」

 

 怒りに顔を歪め、言いたいことだけ言ってエルヤーは立ち去った。

 

「お、おいあんたら、ヤバイぜ。エルヤーはトーナメントの優勝候補筆頭で、相当な腕前だぞ?今からでも謝って許してもらった方が……」

 

「今まで黙って見といて何言ってんだ。そう思うなら止めに入れよ!」

 

「む、無茶言うなよ、俺なんか一瞬で殺られっちまう…あんたら美人だし、体抱かせれば許してくr──ヒッ?」

 

「……」

 

 ったく気持ち悪いこと言うなよ。思わず想像しかけたじゃねーか。無言で般若となったヒナタの顔を見て、気の弱そうな男は立ったまま股間を濡らしていた。

 

 

 翌日。トーナメント表が大きく貼り出され、その前には人だかりができている。

 

「アイツと当たるのは決勝だな」

 

「ねえ、何かしなかった?」

 

「ま、まさかぁ」

 

「………」

 

 ヒナタが胡乱気に睨んでくる。本当に鋭いな。実は決勝までエルヤーとは当たらない様に俺がコッソリ細工していた。

 ヒナタがエルヤーと早く当たってしまうと、途中で棄権する可能性もある。優勝予想をするこのトーナメントでは途中棄権されては賭けにならないのだ。

 

 ヒナタは腰に挿した幻虹精剣(ファントムペイン)を抜くことさえ無く、背後に回り手刀で相手の意識を刈り取る。順当に勝ち上がっていった。

 対するエルヤーも、危なげなく勝ち進む。優勝候補なだけあって、その実力は他を寄せ付けない。彼も意外なことに観客女性から黄色い声援が飛ぶ位に人気があった。

 

 そして遂に二人が合間見える。

 

 ヒナタは静かに柄に手をかけ、ゆっくりと細剣を抜き取る。その動きは緩やかながら流麗で、洗練された美しさがある。初めて抜剣するヒナタを見た観客達は一気にヒートアップし、熱狂的な声援を送る。彼女はその美貌も相まって、今やその人気は鰻登りだ。戦いが始まる前からヒナタコールが巻き起こっていた。だが、元々知名度があるエルヤーへの声援も多い。大体今のところ半々、もしくはエルヤーが僅かに上と言ったところか。

 

「随分と人気のようですね。ここまで勝ち上がってきてくれたことには感謝しますよ。この手で堂々と絶望を刻んであげられますからね。命乞いするならその体で許してあげますよ?」

 

「そうか」

 

 エルヤーも構えを取り、両者が視線を交わす。大歓声の中、開始の合図がされた。




原作では自信過剰で下衆っぽい『天賦』エルヤー。墳墓の魔獣ではなく、ヒナタと戦う彼の運命や如何に?(白目)

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