異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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R15指定?
途中少しエグい表現がありますので、苦手な方はご注意ください。


#53 鮮血の魔女

「〈能力向上〉!……何をしているのです、貴女も武技を使わないのですか?」

 

 開始の合図と同時にエルヤーが武技を発動するが、何もせずに構えるヒナタを見て怪訝な表情を浮かべた。

 

「気にするな、私には使えないのでな」

 

「ふ、それでどうやってここまで勝ち上がってきたか知りませんが……卑怯だなんて思わないでくださいね!」

 

 嘲笑とともにエルヤーが突進し、そのまま刀の柄に手を掛ける。高速の突進から放つのは、鞘滑りを利用して剣を加速させ、抜き放ちざまに相手を斬りつける技、『居合い』だ。

 幾つかバリエーションのある『居合い』だが、最もオーソドックスな横薙ぎの一撃だ。突進と合わせることで、速さと威力を両立する事が出来るが、その分バランスや距離感、抜刀のタイミングが難しい。それを難なくやってのけるエルヤーはやはり天才的なセンスの持ち主と言える。

 

 次の瞬間エルヤーが瞠目する。全力というわけでもないが、これで簡単に勝負が着けられる筈だった。現に、準決勝までに対戦した相手は簡単に倒すことが出来たのだ。

 ヒナタはエルヤーがその刃を抜く前に、細剣(レイピア)の切っ先で器用に刀の柄を押さえていた。

 

 瞬間、エルヤーは考える。このまま突進の勢いで強引に押しきり間合いに飛び込むか、それとも止まるか。判断は一瞬。女の細腕だから簡単に押し込めると判断した。それと同時にヒナタが腕素早く畳み、剣を引く。思考を読まれている。そう察知したエルヤーは、咄嗟に後方へ飛び退いた。

 

「そこ!」

 

「くぅっ!」

 

 エルヤーが着地する寸前にヒナタが大きく踏み込み、尋常ではない速度の突きを放つ。エルヤーは辛うじて反応し、運良く刀で受け止める事に成功する。そのまま宙を水平に数メートル後方へと弾き飛ばされ、着地した。手にはビリビリと痺れるような衝撃。ヒナタは追撃するでもなく、元の位置で剣を構えている。

 

 観客達は二人の一瞬の高度なやり取りに、割れんばかりの歓声を上げる。まさに決勝に相応しい高度な剣術の応酬になると、誰もが期待に胸を高鳴らせていた。

 

「……」

 

(結局アイツに乗せられてしまったわね……)

 

 ヒナタがリムルの方をチラリと見ると、ミリムが胸の前で握り拳を作り、やや興奮気味の表情をしている。所持金全額をヒナタに注ぎ込んだリムルは苦笑いをしながら、何やら口だけパクパクと動かしている。

 

(「頑張れ、でも手は抜いてやれよ」か……)

 

 ヒナタは小さく息を吐き感情を見せない無表情のままエルヤーに意識を移す。

 

「……成る程、それなりにはやるようですね。仕方ありません。私も少しは本気をお見せして差し上げましょう」

 

 エルヤーは自信の笑みを浮かべたまま、強気な態度を崩さない。

 

「〈能力向上〉!行きますよ……〈縮地〉!」

 

 自身の身体能力を強化する〈能力向上〉と、合わせて使用した〈縮地〉は、まるで地面を縮めて長距離を一歩で踏み越えるが如く、高速移動を可能とする武技である。その速力は最初の突進の数倍にも及んだ。

 

「げっ、マジかよ……?」

 

「どうしたバジウッド?」

 

 闘技場の貴賓室には、一人の若い青年が椅子に座り、側に控えている立派な鎧を着込んだ、野性的な顔立ちの男に疑問を投げ掛ける。

 輝く豊かな金髪と、非常に整った美しい顔立ち。切れ長の濃い紫色をした瞳には凛とした知性の色が宿っている。お忍びで来ている為に目立たぬよう装飾の少ない地味な格好をしているが、彼こそバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。

 

 彼は今、エルヤー・ウズルスの実力をはかるために試合を見に来ている。帝国内でもその名前は聞こえており、実力があるが性格に難があるというエルヤーはどんなものか実際に見ておく必要があると思っていた。現時点では本気で臣下にするつもりはない。武勲を挙げる事を条件に騎士の中でも高待遇を約束し、王国との戦争でガゼフ・ストロノーフにぶつける捨て駒にしようと考えていた。

 

 単騎で王国戦士長と渡り合える騎士は帝国には存在しない。最強の4人、"帝国四騎士"でさえ4対1でやっと互角に近い勝負が出来るというほど、ガゼフ・ストロノーフの実力は、戦士として突出していた。

 帝国には専業の兵士が6万人いるのに比べ、王国は非常に数が少なく、ボウロロープ侯爵の持つ私兵団と王国戦士団を合わせて6千に満たない。そのため戦争時には一般の民を駆り出して帝国の3~4倍の人数を揃えてくる。毎回王国の収穫時期を狙って戦争を仕掛けることで、民兵を動員せざるを得ない王国の国力を落とさせつつ、自国の費用は貴族たちに負担させることで反逆の可能性のある者達の力を削ぐ。内外共に敵を弱らせ、皇帝の独裁体制を磐石に固める作戦は、今のところ順調である。

 しかし、ガゼフ・ストロノーフの存在が、未だ解決しきれない課題として残っていた。

 一度は帝国への勧誘を試みたが、歴代最高と謳われる程のカリスマを持つジルクニフをもってしても、彼の心を動かすことは出来なかった。どうやら本気であの凡庸な王に忠誠を誓っているようだ。

 

 ガゼフ・ストロノーフを攻略するか、或いは限定的なエリアに釘付けにして動きを封じ、王の首を取るしかないのだが、抑えることも、ましてや倒す手だても見つからない。第六位階魔法の使い手、"逸脱者"フールーダという切り札はある。彼の名を出すだけで、他国への牽制になる程の存在だ。だが万が一にも失う事となれば帝国の損失は計り知れない。それ故に、おいそれと動かすことはできないのだ。

 

 貴族派閥と王派閥で争っている王国の内部崩壊を待ってから併屯する方法もあるが、内乱で疲弊しきった民を受け入れても大して旨味がない上に、余計に管理の負担がかかる。今年か来年辺りで戦争に決着をつけ、王国を併屯するのが時期的にも、王国民の気力的にも丁度良い頃合いなのだ。

 

 使い捨てでも何でも、ガゼフ・ストロノーフに一太刀入れられそうな戦力を多く集めてぶつければ、攻略の糸口になるのではないか。エルヤー・ウズルスに限らず、使えそうな者が居れば積極的に取り込みたい。

 

「なんだ?エルヤーとやらの強さはお前が驚く程だったのか?」

 

「いえ、あー、ちょっと待っててくださいよ?今は目が離せねーんで!」

 

「あ、ああ……」

 

 主君であるジルクニフの問いに、四騎士筆頭"雷光"のバジウッド・ペシュメルは雑な物言いをしたまま、食い入るように試合を見つめる。ジルクニフもまた、叱責するでもなく苦笑いで返す。元々裏通りの住人であったバジウッドを取り立てたのはジルクニフであり、彼の口調はジルクニフに咎められたことは当時から一度もない。ジルクニフは彼に礼儀や作法等といった事を求めておらず、純粋に彼の強さ、そして物怖じせず忌憚のない意見を言ってくれる豪胆さを買っていた。

 

 この身分を問わず有能な人材を集めようとする姿勢と、貴族や親兄弟でさえも情け容赦なく無能を切り捨てる冷酷さが、貴族が恐れを為し一般の臣民から厚い信頼を寄せられる『鮮血帝』の名の所以である。

 

「──しい……」

 

 次いで声を発したのは、隣にいる青年。ジルクニフに次ぐ程の端整な容姿の彼はニンブル・アーク・デイル・アノックだ。"帝国四騎士"の一人にして、"激風"の二つ名と、伯爵位を持つ。元は男爵の家に生まれたが、彼もまた優秀な人材としてジルクニフに取り立てられ、四騎士の仲間入りを果たした男だ。

 

「うん?何か言ったか?ニンブル」

 

「……美しすぎる……っ」

 

「…ん?」

 

 ニンブルは海のように深い青い瞳を驚愕に見開き、それでいてうっとりとしているような、興奮と恍惚の入り交じった表情を浮かべていた。

 はて、彼は審美眼においても確かな筈だったが……実は男食家だったのか?そんな冗談みたいな考えが一瞬脳裏を掠めたジルクニフだったが、対戦相手が珍しい黒髪黒目の美しい女性剣士だった事を思い出す。

 

(そう言えばニンブルは姉や妹から結婚しろと圧力をかけられているんだったな……)

 

「ふふん、お前はああいう女性が好みだったのか?」

 

 試合の様子を眺めながら、ジルクニフが冗談ぽく口を開く。黒髪の女性はこの辺りの国には少ない。南方の国には黒髪黒目の人種が多くいる国があると聞くが……。

 

「あ、いえ、そういう意味ではなく……いや、確かに美しい女性ですが……」

 

「なんなら召し抱えるか?私には詳しくわからないが、決勝まで勝ち上がったのならそれなりに実力も見込めるんだろう?」

 

「いや、そりゃあ……」

 

 からかい混じりのジルクニフの言葉に返事を返したのはバジウッド。しかし、何かを言いかけて途中でやめてしまう。そう暑さを感じない室内にも関わらず、顎から滴るほどの汗を流していた。ジルクニフも何事か不穏な空気を感じるが、それをおくびにも出さず努めて落ち着いた口調を崩さずに疑問を投げる。

 

「なんだ、お前はあの女がエルヤーとやらに殺されると予測しているのか?ヤツは性格が歪んでいるらしいからな」

 

「いや、そういうわけじゃないんですが……」

 

「今のところ両者ほぼ互角といった所ですね。しかもまだ実力を隠しています。ただ……」

 

 ただ、何だというのか。歯切れの悪いバジウッドの態度と言い、一体何があるのかと、バジウッドの横顔を見る。

 

「………」

 

「……まさか……」

 

 数瞬の間にバジウッドの沈黙の意味に気付き、改めて試合を見る。彼が眼光鋭く見つめているのは天才と噂されるエルヤー・ウズルスではなく、相手の女性剣士の方だった。ニンブルも刮目し、目が離せないといった雰囲気だ。

 

 ジルクニフの目には、エルヤーが派手に攻め立て、女性剣士の方は防戦一方に見える。しかしまだ一太刀も浴びていない様子から、互角と言えないこともない。だが同時に、ジルクニフは何とも言えない違和感を感じる。それが何であるかはまだ判然としないが、あの女には何かある。そう彼の勘が告げていた。

 

 

 

 

 

 

「はぁー、はぁーっ……ば、馬鹿な……そんなはずは、そんなはずはない!私はっ!エルヤー・ウズルスだ!!天才なんだ!こんな、こんな無名の女に通じないハズはない!」

 

 試合開始から既に20分程が経過していた。驚愕しつつも怒りに顔を歪ませ、エルヤーが咆哮する。そして幾つもの武技を重ねて自己を強化してゆく。

 

「〈能力向上〉!〈能力超向上〉!〈豪腕剛撃〉!〈流水加速〉!はああぁぁぁあ!」

 

 エルヤーが不自然に盛り上がった腕を振ると、地面には不自然にへこんでいる。凄まじい剣の風圧で地面が削り取られているのだ。

 

「〈縮地改〉ぃ!」

 

 そして目にも止まらぬ、いや、観客には目にも映らぬ程の速さで地を滑り、一気にヒナタに迫る。観客が認識する事すらなくエルヤーの腕が振り下ろされ、ヒナタの身体を真っ二つに両断する。そして目に見えぬほどの無数の剣閃が、血飛沫を上げる前にヒナタの全身を散り散りに裁断して行く。

 

 

 

 

 

 ──筈だった。

 

 エルヤーがヒナタに斬りつけたと思った瞬間。ヒナタの姿が視界から消え、そして気付くと、右手首に微かな切り傷が付いている。それはじわりと皮膚から血が滲む程度の、傷とは言えない程浅いもの。しかし────

 

「ぐぎゃああぁぁぁああ!」

 

 全身を駆け巡る凄まじい激痛にエルヤーは剣を取り落とし、壊れたように叫びを上げながら転げ回る。ヒナタは無表情に冷ややかな視線で見下ろす。

 

「くそぉぉお!!何だ()()はぁ!猛毒か!?」

 

 苦しみ悶えながらも憤怒に眼を血走らせ、エルヤーが叫ぶ。まるで卑怯な手段を責めるかのような言葉にもヒナタはまるで意にも介さない。

 

「ああ、言ってなかったな。この剣は肉体だけでなく、魂にも傷をつける。この剣で6度攻撃を受けると、魂の死を迎えることになる」

 

「──っ!」

 

 試合が開始した時から変わらない、怒っているのか、悲しんでいるのか、憐れんでいるのか、全く分からない無表情。それが徐々に酷薄な笑みへと変化して行く。エルヤーは身の毛のよだつ思いで身体を強張らせた。

 

 自分が優位に立ち、反撃を与える間もなく攻めているはずだった。だが、彼女には自分の攻撃は全て完全にいなされ、受け流され、当てるどころか、その場から一歩動かす事すら出来ていなかった。初めて出会った自分を圧倒する者。彼は生まれて初めて、得体の知れない恐怖を味わった。

 

「く、くるなああああっ!」

 

 舌で唇を湿らせながら、ゆっくりと歩み寄ってくるヒナタ。それは圧倒的な強者がゆっくりと狩りを楽しむ様に似ていた。或いは彼にはヒタヒタと這い寄る、悪意にまみれた死神に見えたのかもしれない。

 取り落とした剣を拾い、一心不乱に振り回すが、まるで小さな棒切れの様に頼りなく思える。

 

 剣は一瞬ではたき落とされ、恐怖に身を震わせながら背を向けて這いずって逃げようとする。目は霞み、全身に激痛が走るが、必死に手足を動かしもがく。彼にはもう、周りを囲む観衆は目に入らない。地鳴りのような歓声も聞こえない。彼の頭にはただ恐ろしい死神から逃げる事だけしか無いのだ。

 

「ぐぎゃああぁぁぁああ!」

 

 ヒナタが這って逃げようとするエルヤーの両足と、次いで両腕を切り落とす。エルヤーが断末魔のような悲鳴が場内に木霊する。会場のボルテージは更に加熱する。糞尿を垂れ流し、傷口から血を噴き出しながら芋虫のようにバッタバッタと悶え苦しむ彼を心配し、或いは哀れむ者は一人も居なかった。

 

(何故だ……)

 

 エルヤーには才能があった。スレイン法国に生まれ、早くから剣の才を見出だされていた。しかし他者の心情を理解することが苦手で、協調性に欠けると、一部の支配者階級から疎んじられてもいた。しかしなまじ才能が有るために冷遇もし難く、腫れ物のような扱いをされて来た。

 そんな環境が彼の性格を歪め、最初は親や友人に誉められるのが嬉しくてただ続けていた剣も、いつしか自分の力を周囲に示す為だけに振るうようになっていた。

 

(何故……何故誰も、誰も私を称賛しない?私には才能があるのに。誰も私を見てくれない……?助けてくれない……?何故私に……優しくしてくれないんだ……)

 

 自身の血と糞尿にまみれ、地面を激しくのたうちながら、エルヤーは涙を流していた。

 

 彼は愛を知らなかった。愛し方も愛され方もわからなかった。強くなれば皆に愛される気がしていた。認めてくれる気がしていた。だが現実は違った。強くなっても誰も近寄っては来ないし誉めてもくれない。彼も何処かで気付いてはいた。自分は誰からも必要とはされないと。

 

 遠退いた耳に観客たちの嘲笑が微かに聴こえてくる。誰もエルヤーを応援する声はない。誰も彼を庇おうとしない。

 

「待って……下さい」

 

 もう駄目かと思ったとき、辛うじてエルヤーの耳に届いたのは、聞き覚えのあるか細い声。彼が霞む目で辛うじて捉えたのは、彼が虐げてきた、エルフの奴隷達。いつの間にか場内まで入り、エルヤーのすぐ側まで歩み寄ってきていた。

 

「お、おい、たすkぶっ?」

 

 エルヤーが助けろと口を開きかけた途端、少女が彼の鼻を蹴りつけた。

 

「何を──ぶっ、ぐふっ、き、貴様らっおぶっ」

 

 三人はエルヤーが取り囲み、横たわるエルヤーを足蹴にする。その表情には暗い愉悦の表情がありありと浮かんでいた。

 

「うふ、うふふ……」

 

 一頻り顔を蹴り続けていた少女の一人が、今度は足元側へと移動する。何度も何度も蹴られ踏みつけにされたことでエルヤーの端整であった顔は痣だらけになっていた。彼女は勢いよく助走を付け、エルヤーの股間へと爪先をめり込ませた。

 

「はぎゅっ!?」

 

 エルヤーの観客席からは「おおぅ…」と男性の悲鳴が漏れ聞こえてくる。二人も混じって玉蹴り遊びは続き、最初は汚い悲鳴をあげていたエルヤーだったが、彼女らが満足した頃には、白目を剥きピクピクと痙攣を繰り返すだけになっていた。

 

 

 

 

 

「陛下、ありゃ本気でヤバいですぜ」

 

「どちらの意味でだ」

 

「……両方ですね。もしかしたら実力の方は王国戦士長をも凌ぐかも知れませんよ」

 

「美しくも恐ろしい人ですね…」

 

 若干腰を引き前屈みになりながら答える二人の言葉を聞き、ジルクニフは自身も腰を引きつつ思案に耽る。

 

「何故あれほどの剣士が今まで知られる事がなかった……?法国の神人か?」

 

「それは考えにくいかと。かの国は秘密主義です。こんな公の場にそのような目立つ戦力を投入するはずがありません」

 

「それもそうか……あの女剣士の情報を集めろ。何処にも属していないのならば是非欲しい。だが、最悪でも敵に回すことのないよう、細心の注意を払え」

 

「「はっ!」」




ヒナタさん、鮮血帝に見つかる。
エルヤーは手足を切り落とされ、エルフの奴隷達に私刑にされました。

※エルヤーの過去・武技は盛っています。

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