異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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所変わって、またモモン&ナーベです。


#54 兆し

「………成る程、お話はわかりました」

 

「お願いできますか……?」

 

 ンフィーレア・バレアレと名乗った少年は、長く伸びた前髪の隙間から、真剣な表情で真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 モモンは思案する。条件自体は悪くない。内容的にも引き受けても良い仕事だが、その前に確認しなければならない事がある。

 

 この少年が言うには数日前、王国戦士団が街を訪れたそうだ。帝国兵に襲われた幾つかの開拓村の生き残りを保護し、この街に預けて去ったという。

 アルベドからはガゼフ・ストロノーフと交渉した内容について報告を受けており、戦士長殿がその通りに動いてくれたらしい事がわかった。あとは王都に戻ってからも何かあると言っていたが、アルベドの説明が冗長かつ難解でついていけなくなった為、途中から聞き流してしまっていた。

 だがエ・ランテルに居る分には遠く離れた王都への影響は少ないはずだから、モモンとしての行動は戦士長の動きを邪魔する様な事にはならないだろう。

 

 襲われた開拓村付近には、バレアレ氏が薬草を仕入れに行くときに懇意にしている村もあり、そこには少年の友人も居るらしい。幸か不幸か、彼の友人は戦士団が連れてきた中にはいなかったようだ。

 だが、それが無事な証拠だとは限らない。彼は友人の安否を心配し、一刻も早く友人の村へ向かいたいが、一人で街の外を出歩けるような力はない。そこで、祖母リィジーの薬草の採取を手伝うついでに、冒険者を雇って一緒に行こうという事になった、とのことだ。

 

 護衛に冒険者を付けたいというのは理解できる。街を出ればモンスターや野盗など身の危険は多い為、商人などが護衛を雇うのは常識らしい。森へ足を踏み入れて薬草の採取もするとなれば、危険度は更に高くなるのだから、薬師だけでは無理だろう。

 話を聞く限りでは別に怪しいところはないのだが、ここで一つ疑問が湧いてくる。

 

「何故、私達を指名したのですか?いきなり見ず知らずの新人を雇うより、実績のあるベテランを選ぶのが自然に思いますし、二人だけでは護衛が務まるかどうか……」

 

 護衛を雇うならば、ある程度の人数も必要であろう。いくらなんでも護衛にたった二人だけ雇うのはおかしい。それに、知り合いでもない新人の冒険者にわざわざ名指しで依頼するなど、あり得るだろうか。何か裏があるとしか思えなかった。それこそプレイヤー達とも繋がりがあるかもしれない。

 

「噂ってのは早いもんさね。実は、これまで依頼していた(モン)が別の街に移ってしまいおっての。新しいのを探さにゃならんと思っとった所へ、ちょうどお主等の噂を耳にしたと言うわけじゃよ」

 

「ええ、『とにかく凄い二人組が来たー』って興奮気味に話していました。高そうな黒い鎧を着込んだ男性と綺麗な若い女性で、因縁を付けて絡もうとした酔っ払いをあっという間にやっつけたって」

 

「ああ、昨夜の……」

 

 モモンはあの場の誰かが早速噂を広めていた事に若干の羞恥を覚える。ナーベとのアイコンタクトを取ったつもりが全く通じておらず、ナーベが思い切りやらかしてしまったという、いわば恥ずかしい失敗談である。どうせならモンスター討伐とか、もっと活躍するところを噂してほしいものだ。

 

「凄いと思いました。僕には、戦う力なんてないから……。それに、モモンさんは手持ちが少ないのにわざわざ治癒のポーションを使って相手の怪我の手当てをされたとか。そんな人ならきっと力になってくれるって、そう思ったんです」

 

(お?なんか随分都合の良い解釈をしてくれてるな。でもあれはいきなり仕掛けたこっちも悪いし、ポーションも本当はまだまだ沢山持ってるからな…)

 

「本当は怪我をさせる気はなかったのですが…仲間が怪我をさせておいて、手当てせずに放っておくのは何とも寝覚めが悪いですからね」

 

「そうですか……。やっぱりモモンさんは凄い人です」

 

 ンフィーレア少年は昨夜の一部始終を聞いて憧れの念を抱いてくれたようだ。彼の反応はすこぶる良いが、ペテルやブリタは微妙な顔で沈黙している。先程垣間見せたナーベのキツイ態度や、昨夜の現場に居合わせていたのが理由だろう。

 

「これで疑問は解消したかの?」

 

「ええ。友人想いのいいお孫さんですね。この依頼、喜んでお引き受けしましょう!」

 

(この婆さんの狙いは大体読めたしな)

 

「そうかいそうかい。じゃあ、よろしく頼むよ」

 

 ニコニコとンフィーレアの話を聞いていたリィジーであったが、「ポーションを使って」…という下りで彼女の目がキラリと光ったのを、モモンは見逃していなかった。孫のため、というのも嘘ではないだろうが、恐らくモモンが使用したポーションに興味を持っているのだろう。

 商売人は市場を常に分析し、ライバルの存在や消費者のニーズを意識するものだ。街一番と言われるくらいだから、市場調査にも力を入れているのは当然だと考えられる。もちろんプレイヤー絡みの線も捨てきれない。その際は情報を少しでも多く手に入れたい。

 

(いずれにしても、どこかで必ず接触してくるだろう。さて、どう対応したものか…)

 

 プレイヤーが絡んでいようといなかろうと、此方に有利に交渉を進められるよう、無数の可能性を想定していく。元営業職の腕の見せ所だと気合いを入れ、今のうちから対応について考えを巡らせ始めた。その後は村までの足や滞在時間、補給の確認を行い、その場は一時解散して各自の準備を始めた。

 

(まさか行き先がカルネ村とは……あの村とは縁があるなぁ。そういえばヴェルドラさん達は上手くやってるかな?今夜メッセージでも入れてみるか)

 

「……」

 

「ん、どうかしたか?」

 

 一旦宿に戻ってきたモモンとナーベ。実際にはインベントリに荷物が入っているので部屋には何も置いていないのだが、流石にそのまま出掛けるのも怪しまれるので、宿に準備をしに行く名目で戻った。

 リィジーという老婆はプレイヤーと繋がっている可能性もある。ここで改めて認識を擦り合わせ、行動方針と目的を確認しあった方が良いだろうと、昨夜のアイコンタクトの失敗からアインズは学んでいた。「言わずとも伝わってるだろう」というのはナーベラルには通じないのだ。しかし、ナーベラルの様子がなんだかおかしい。

 

「何故……私を供にお選びになったのでしょうか?」

 

「ん?……嫌だったか?」

 

「いえっ、滅相も……その、私などではなくアルベド様のような、慈悲深く聡明なお方のほうが相応しいのでは、と……」

 

「ふむ、それはな……」

 

 アルベドが慈悲深いかどうかは置いておいて、ナーベラルの質問にアインズは真摯に答えなければならないと頭を働かせる。

 

「今は私だけでなく、シャルティア、デミウルゴス、セバスにソリュシャンもナザリックの外へ出ているため、ナザリックの警備が手薄になりがちだ。しかしアルベドならばうまく空いた穴をカバーできるはずだ。アルベドの統括としての管理能力を信頼しているからこそ、私は安心して外へ打って出ることが出来るのだ」

 

「おお、やはりアルベド様を信頼しておいでなのですね」

 

 うんそうだね、とは後ろめたくて言いづらい。勿論アルベドが優秀だということは分かっているし、能力面は信用している。

 しかし、それだけではない。アルベドはナーベラルと同じく人間を下等と見下し、嫌っている。例外はあると言っていたが、その例外以外には容赦しないだろう。まさかないだろうとは思いたいが、目を離した隙に街中で殺戮パーティーでも開催された日には大変なことになってしまう。自分と同じ100LVの前衛職を止めるのは魔法職のアインズには困難極まる。その点ナーベラルは魔法職でレベル差も大きいので、まだブレーキをかけやすいと言える。

 

 何より、アルベドとの二人旅はアインズ自身、危険が危ないという事はカルネ村で既に実感しているところだった。

 

(美人だし、セクシーだし、淑女然としてるときはいいんだけど……()()()でグイグイ迫られるとどうもなぁ……皆この気持ち、わかってくれるよな?)

 

 一体誰に向けての言葉かわからないが、誰かに同意を求めたくなるのが人情というものだ。

 

「……それに引き換え私は……アインズ様のお供に相応しく無いのではと……昨日から何度もお叱りを受けて……」

 

「え?あー」

 

 ナーベラルは声を湿らせ俯いたまま肩を震わせている。余計なことを考えている場合ではなかった。

 創造主である弐式遠雷の死。馴れない人間に囲まれた環境。至高の41人と尊敬し崇めるアインズとの二人旅。

 親を亡くしてまだ間もない時に、社長と二人きりで見知らぬ土地へ長期出張に出るようなものだ。彼女への精神的負担は、想像していた以上に大きいのかもしれない。

 

(そう言えば、一条さんが何か言ってた気がするな。こんなときは……)

 

 一条が何か仕事で失敗したらしく、珍しく落ち込んでいた日があった。それで相談、というか無理矢理愚痴を聞かされたのだ。

 

(そう、こんなときは確か……)

 

「そんなことはないぞ、ナーベラル」

 

「ア、アインズ様……」

 

 アインズはナーベラルの肩に手を置き、優しく語りかけながら脳裏に()()()の思い出を甦らせる。

 

 

 

 

「先輩、黙って聞いてるだけならお人形でもできますよ?もっとこう……はぁ、もういいです。先輩にそういうの期待する方が間違ってますね。お疲れでーす」

 

「え、ちょ……」

 

 バタンッ

 

(えー、何?だってさっき黙って聞いてて欲しいって言ったじゃないか……だからちゃんと大人しく聞いてたのに……)

 

 最初は先輩として解決法などを助言しようとしたのだが、アドバイスなんか求めていないと怒り出してしまった。

 だから彼女の言う通り聞き役に徹していたのだが、それはそれでお気に召さなかったらしい。諦観混じりの溜め息を吐いて一条は帰ってしまい、翌日からは驚異的な挽回を見せ、結局自分一人で全部解決してしまった。

 

 彼女が優秀なのは間違いないのだが、意味不明な状況に巻き込まれた悟は結局どうすればよかったのかと、変な疲労感とモヤモヤだけが残ってしまったのである。

 結局一条に頭を下げて正解を聞く事ができたのだが、当時は「図太そうな一条さんでもそんなことを思うのか」と、軽く衝撃を受けたものであった。そんな思考を見抜かれて怒られたが、それはそれである。

 

 

 

 

 

(弱気な発言をしたときには『そんなことはない』って言って励ましてあげるべし、か……でもこれって言葉の選択が難しいんだよな……)

 

 否定を強く出しすぎては嘘っぽくなってしまうし、あまり親身に接しすぎても、口説いていると勘違いされかねない。

 

「んんっ、ナーベラル。私は確かにお前を何度か叱っている。だが、そもそも成長を期待していない者には叱ることすらしないだろう」

 

「え……」

 

「お前に無理をさせている事は私も承知している。だがそれも、私なりにお前の成長を期待してのことだ。きっとお前なら無事に試練を乗り越えてくれるとな」

 

(こんな感じで……ちょっとクサいか?)

 

 一条が聞いたら口説いているのかと勘違いされそうだ。その上、過去何度言われたかわからない「全くトキメキません無理ですごめんなさい」が付いてくるまである。しかし一条が特殊なだけで、ナーベラルは彼女のような酷いことにはならないだろう。

 

「な……なんと勿体無いお言葉……」

 

 泣き出してしまいそうだったナーベラルが、ポロポロと涙をこぼす。しかしその表情には希望の色が灯っていた。

 

「このナーベラル・ガンマ、アインズ様のご期待に必ずやお応え致します!」

 

「あ、ああ、頼むぞ……」

 

 キリリと表情を引き締めて臣下の礼を取り、決意を表明するナーベラル。アインズは鷹揚に頷いて見せた。

 

(……一般メイドもだけど、みんな大袈裟なんだよなぁ。だけど、俺も随分落ち着いて対処出来るようになったぞ)

 

 暢気にそんなことを考えるアインズ。カルネ村ではエンリの頭を撫でるのに結構勇気を振り絞った気がする。その後子供やアメリの頭を撫でたりした事で女子に慣れて来たんだろうか。そういえばエ・ランテルに来てからまだ一度も精神の沈静化が起きていない。リムルに色々とぶちまけたお陰で、心にゆとりが生まれたのだろうと自己の心境を考察した。

 

 ナーベに改めて冒険者モモンとナーベの目的をお復習(さら)いし、改めて組合に集合した時には、既に皆揃って待っていた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「モモンさんよぅ、二人きりで何か変なことしてたんじゃ無いよなぁ~?」

 

「っこのウj…っ!」

 

 ルクルットの軽口にナーベが過敏に反応し、キツい毒舌が飛び出すと思いきや、すんでのところで口を押さえる。

 

「……んんっ、何もありません!私の準備に手間取っただけです」

 

(お、おお、ナーベラルが我慢した……!)

 

 ナーベが初めて自分で人間への口撃を我慢した。若干怪しさはあったものの、自ら気付いて行動を改める。これは立派な成長ではなかろうか。部下の急激な成長に思いがけず嬉しい気持ちになる。擦り合わせを行った甲斐があったというものだ。

 

「へー、準備ってどんな?あっ、下着…痛っ痛い痛い!」

 

「ルクルット、何を言おうとしたんですか~?」

 

 ルクルットの失言を遮るように、ニニャが仄暗い眼光を灯した不気味な笑顔のまま、杖の先端で彼の足をグリグリと磨り潰すように痛め付けていた。

 

「いやだって、ナーベちゃんみたいな美女の事ならどんなのか気になっちゃうだろ。ほら、ペテルだってナーベちゃんがどんなパン」ルクルット!」」

 

 ルクルットは最早お約束のペテルからの拳骨と、ダインのボディーブローを貰ったことですぐに静かになった。

 

「ウチのが重ね重ねスミマセン……ああ見えて野伏としては優秀なんですよ。ただ、どうも好きな女性を無自覚に怒らせてしまう(たち)みたいでして……」

 

「は、はあ……しかし大丈夫なんですか?あれ」

 

 ぐったりと寝そべっているルクルットを見ながらモモンが尋ねると、ペテルが笑顔で答える。

 

「大丈夫ですよ。何時ものことですから」

 

「それならば、まぁ……」

 

(コイツ、ある意味凄いヤツかも…)

 

 モモンは半ば呆れつつも、全く懲りずにナーベにアタックし続けるルクルットに心の中である種の称賛を送るのだった。

 


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