異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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カルネ村です。途中ンフィーレアの視点になります。


#57 ンフィーレアの想い

「エンリ親衛隊、集合ぉおお!!」

 

「え?うおお!?」

 

「あひゃあああ!?」

 

 一行が門を潜り抜けた所で、リーダーらしきゴブリンの戦士が声を張り上げる。すると向こう側から、明らかに鍛え上げられた総勢19名もの屈強なゴブリン達が怒涛の勢いで駆けてくる。中には狼に跨がった者も居た。ブリタは自分達に向かって殺到するゴブリンを見て襲われると思い、変な悲鳴を上げて震え上がった。ルクルットも思わず声を上げ、ペテルも武器に手を掛けて身構える。

 

「整列うぅう!」

 

 しかし突撃してくるかと思ったゴブリン達は、一行の目の前で止まり、整列し始めた。そして思い思いにポーズを決める。彼らの多くは、大きく隆起した筋肉を強調し、肉体美を追及したようなポーズを取っている。知っている者が見ればボディービルのポージングだとわかるだろう。しかしそんなことを知る者は誰もいない。モモンを除いて。

 

(うわぁ……どの世界にも居るもんだなぁ)

 

 呆れと感心の入り交じった心境でゴブリン達を見ながら、打倒たっち・みーのために、武器だけでなく自身の肉体を鍛えることに余念がなかったかつてのギルドメンバーを思い出す。彼もよくリアルでは肉体美を自慢していたな、と懐かしむ。そんなモモンとは違い、その偉容に冷や汗を流すペテルたち。戦士として彼等一人一人の力量が自分と互角かそれ以上である事がペテルには理解できた。ニニャ、ルクルット、ダインもまた、同じくローブを纏った魔法職のゴブリンや、狼を駆るゴブリンライダーに自分達と同等以上の力を感じ取ったようだ。ンフィーレアとブリタは顔を蒼褪め、何をする気かと恐れ(おのの)いていた。

 

「全員揃ってえぇえ!」

 

「我ら!エンリ親衛隊!」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 ゴブリン達はニカッと歯を見せ、シャキーンとポーズを決めた。ついでに、キマったと言わんばかりのどや顔をして見せるが、ペテルたちはゴブリン達の謎の行動に呆気に取られ言葉も出せない。モモンがチラッとエンリを見ると、エンリは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 

「こりゃ……たまげたわい……」

 

 リィジーのこぼした呟きが、まさに全員の心情を代弁していた。

 

 一行を驚かせたのはこれだけではなかった。村内の地面には、どうやって用意したのか大量の石畳が敷き詰められていた。エ・ランテルにも石畳で舗装された道は幾らかあるが、それは表立った大通りだけであり、それもすべてというわけにはいかなかった。それ故にある程度まとまった雨が降ると、むき出しの土が泥濘み足を取られたり、馬車が泥濘に嵌まって立ち往生する等、酷い事になる。

 

 ところが開拓村であるカルネ村は、全面とまではいかないが殆どの家屋間を繋ぐ道に石畳が綺麗に敷き詰められている。一つ一つの大きさこそ不揃いだが、表面は平らに均されており、継ぎ目の凹凸も殆んどない。その石畳の表面には浅く細かい溝が掘られていた。雨が降った時にはその溝を雨水が伝い、脇に掘られたやや深い溝に流れ込むようになっていた。石畳の溝は水捌けを良くすると同時に滑り止めも兼ねているようである。脇の溝は幾度か合流し、深く掘られた窪地へと流れ込む。池である。

 

 襲われたと聞いていたのに、逆に大きく発展している様子に驚く一行を見て、村人達の表情は誇らしげあった。村の外周を囲む柵の作成や石を敷き詰める作業を、ゴブリン達と力を合わせて短期間でやり遂げたのだという。ゴブリンと人間が共存するなど聞いたこともなかったが、共に汗水流して働いた事で、村人とゴブリンの間にも絆が生まれたようだ。仲良さげに会話をしている。

 

「エ、エンリ?一体どうなっているの?」

 

 ンフィーレアがたまりかねたようにエンリに訊ねる。そもそもこのゴブリン達は何処から来たんだと誰もが疑問を抱いていた。それはエンリが後で説明すると言い、まずは一行が寝泊まりする事が出来る空き家屋へと案内してくれたる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうでしたか。それはお気の毒に……」

 

 エンリのお母さん、アメリおばさんの話を聞いたペテルさんが『漆黒の剣』を代表して哀悼の意を言葉にした。

 

 村が帝国の騎士に襲われていたところへ、戦士長様が国王陛下のご命令で助けに駆けつけてくれた。後発で襲ってきた騎士達の残党も、偶々通り掛かった旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)と剣士の協力を得て王国戦士団が全て討ち滅ぼしたらしい。

 

 戦士長様の推測では、王国貴族の誰かが帝国と結託して自分の暗殺を目論んでいたかもしれないとの事らしい。戦士長様は平民出身でありながら、御前試合で優勝して実力で現在の地位を勝ち取った人だ。自分達を生まれながら高貴で特別だと信じて疑わない貴族達にとって、そんな彼への不満は少なくないと思う。

 

 帝国兵は他にも周辺の開拓村を襲っていて、焼かれてしまった幾つかの他の村には申し訳無いけど、それでもカルネ村が間一髪助かった事、何よりエンリが無事だった事が嬉しい。

 

「大丈夫です。もう落ち込んでなんかいませんから」

 

 穏やかな笑顔で答えるアメリおばさんに、ペテルさんは辛そうな表情になる。家族を亡くしたばかりなのに気丈に振る舞う姿に胸が痛んだんだと思う。おじさんの事は残念だったけど、全員殺されていてもおかしくない程の状況を考えれば、助かったのは奇跡みたいなものだと思う。

 

「えっと……ご無理をなさってはいませんか?」

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます。お優しいんですね。でも、いつまでも落ち込んでいては、私達を守って死んでいった夫に顔向け出来ませんから。……ただ、ゴブリンさんが居るとはいえ我が家に男手がないのは痛手かしら」

 

 頬に手を当てて悩ましげに呟くアメリおばさん。一瞬此方を見たような……気のせいかな?

 

 ゴブリン達は、戦士長様に協力してくれた『アインズ・ウール・ゴウン』という旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)がくれたアイテムを使って、エンリが召喚したらしい。明らかに屈強なゴブリン達はエンリに従っているし、村の人達も忌避感なくゴブリンに接しているみたいだ。ネムちゃんくらいの小さな子もゴブリン達に遊び相手になってもらっているのを見た。自分の常識から外れすぎていて、正直まだ頭がついていけていない。

 

「ふむ。通りすがりの村を助け、マジックアイテムまで寄越したと。奇特な魔法詠唱者(マジックキャスター)も居たもんだね」

 

「殊勝な御仁であるな」

 

「どこぞの貴族()共にも見習ってほしいですね」

 

 お婆ちゃんの言葉に、ダインさんとニニャさんも同意する。何の関係もないただの通りがかりの村の為に危険を顧みず助けようとしてくれるなんて、凄い勇気だと思う。

 

「ちょいとそのアイテム、鑑定させてもらってもいいかの?」

 

「ええっと、鑑定するだけなら……どうぞ」

 

 リお婆ちゃんの頼みにエンリが承諾し、角笛を取り出す。余程大切にしているのか、肌身離さず持ち歩いているみたいだ。

 

「どれ……道具鑑定(アプレーザルマジックアイテム)……っ!?な…………」

 

 鑑定魔法を唱えたお婆ちゃんの様子がおかしい。ワナワナと肩を震わせ、驚愕の表情を浮かべている。

 

「ど、どうしたの、お婆ちゃん?」

 

 心配になって訊ねると、正気に戻ったお婆ちゃんは戸惑った様子でエンリに向き直る。

 

「……エンリや、これはアインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者(マジックキャスター)から貰ったんじゃったな?」

 

「え?は、はい……」

 

「……タダでかい?」

 

「あ、あの……?」

 

 お婆ちゃんの妙な雰囲気にエンリが困惑していると、お婆ちゃんが衝撃の鑑定結果を打ち明ける。

 

「この角笛は使用者に忠実に従うゴブリンの()()を呼び出すアイテムさね。……もし売れば金貨三千は下らん。少なくとも、一生金に困らんくらいの金になるじゃろうて」

 

「「「ええっ!?」」」

 

 お婆ちゃんの言葉に、エンリは驚いて大声を上げた。エンリだけじゃない。ペテルさんにブリタさん、僕だって驚きだ。ニニャさん達も声にならない驚愕の表情を浮かべている。なにしろ金貨三千もあれば、カルネ村規模の村なら数年、いや、十年分の資金よりも多いかもしれない。マジックアイテムはどれも高価なものばかりだけど、三千金貨ともなると、相当な逸品だ。現在では失われてしまった高度な魔法技術で生み出されたものかもしれない。滅びた古代都市の遺跡などから時々発掘される、聖遺物のような……。

 

「で、でも、召喚されたのは20人位で、軍勢っていうほどの大人数じゃないですよ?な、何かの間違いじゃ……?」

 

 エンリがあたふたと反論するけど、魔法の鑑定に間違いはない。にも拘らず、人数が少なかったのはきっと──

 

「多分、何か条件によって呼び出される人数が変わるんじゃないかな。場所とか、使用者の能力……軍勢を指揮する能力とかが関係しているのかも知れない」

 

 僕なりの推測に、鑑定でもそういう条件全てが分かるわけではないことをお婆ちゃんは付け加えた。第三位階魔法を使えるお婆ちゃんの鑑定でも全部はわからない。だからそのアイテムが実際どれくらい価値があるのかは想像でしかないけど、実際、モンスターを召喚する効果のあるアイテムは存在を確認されているし、魔法だってある。でも、それらの方法では、時間が経つと跡形もなく消えてしまうはずだ。なのにエンリが召喚したゴブリンは何日も消えない。これはこれまでの召喚魔法の常識を覆す、破格の効果を持つアイテムだということは僕にも分かる。

 

「て事は何か?村娘のエンリちゃんでもあんな強そうなゴブリンが20人近く召喚出来るなら、訓練された軍の指揮官とかが使えば……」

 

「その場合、規模はわかりませんが百や二百じゃないと思います……」

 

 ルクルットさんの推測を僕はおそらく、と肯定する。軍人として訓練を受けていないエンリだったから、少人数だったと考えた方が良い。時間経過で消えることのないモンスターを大量に召喚するアイテム。悪意のないエンリに忠実に従っているみたいだから脅威とは思わないけど、これがもし軍事に利用されたりしたらと思うとゾっとする。

 

「こんな途轍もない代物を通りがかっただけの村の娘にポンと渡すとは、ゴウンという魔法詠唱者は余程の大富豪か、それともこのアイテムの価値をまるで知らんかったのか……?」

 

 うむむと唸り考え込むお婆ちゃんに、エンリはひきつったような表情で、ダラダラと冷や汗を浮かべている。エンリもそんなに高価な物だとは知らなかったみたいだ。

 

「後でやっぱり返して欲しいとか言ってこないでしょうか……?」

 

 ニニャさんが心配げに尋ねる。そんな高価なアイテムを使用してしまってから返却を求められても、とても弁済出来るとは思えない。

 

「多分、それはないかと。金銭ではないですけど、対価なら支払いましたし、笛を吹く時にも立ち会って下さいました。もし返却を求められるならその時にされたと思います」

 

「成る程……。じゃあそういった心配は無いですかね」

 

 もし返却を求められたなら、僕が借金してでも……なんて思っていたけど、その必要は無いみたいだ。一体何を支払ったのかは気になるけど、あまり聞きたくない気もする。

 

「にしてもスッゲーな。通りがかりの村のためにそこまでしてくれるってのは。一体どこの大金持ちだ?」

 

「うーん、聞いたこともない名前ですし、少なくとも王国の貴族とかじゃ無さそうですね。どこか遠方から来られた方なんでしょうか?」 

 

「多分そうだと思います。ゴウン様は本当に凄い方なんですよ。魔法も凄くて、優しいんです」

 

「へえ、ナーベちゃんとどっちが凄いかな?」

 

「んんっ、それはそうと、一緒に戦ったという剣士の方も気になりますね。戦士長様とどちらが強いんでしょうか?」

 

「えっと、それは……多分、戦士長様かな、と」

 

『漆黒の剣』の皆さんがエンリにあれこれと質問を投げ掛けていく。エンリの星を宿したようなキラキラした瞳をしているのが気になるけど、僕も戦士長様と共に村を救ってくれた人達には是非会って直接お礼を伝えたいと思っている。でも彼らはすぐに村を発ってしまったらしく、既に村には居ないみたいだ。ペテルさん達も残念そうにしていた。

 

 ペテルさん達『漆黒の剣』は、モモンさんの仲間探しに可能な限り協力したいと言っていた。あちこち旅しているという凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)に話を聞けば、もしかしたら何か手がかりを掴めるかもしれないと思ったのかも。ゴウンさんか……聞いた限りでは凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだし、もしかしたら実はモモンさんの知り合い、なんて事は……。

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだー、モモンさんと少し打ち合わせする約束があるのを忘れていましたー」

 

「うむ、そ、そうだったのである」

 

「それじゃあ俺達は行くから」

 

 突然、ぎこちない口調でペテルさん達がそそくさと出ていく。打ち合わせなんて話はしてなかったと思うけど……。そう思っていると、ニニャさんが去り際にこっそり親指を立てて見せていた。どうも僕とエンリを援護しようとしてくれてるみたいだ。急すぎる展開に僕の心臓は早鐘を打ち始める。でもまだおばさんもいるし、慌てなくても──

 

「さて、私もそろそろ夕飯の支度しなくちゃ」

 

「私も手伝うよ、お母さん」

 

「あら、エンリはもう少しンフィーちゃんを手伝ってあげたら?久しぶりに会ったんだし、積もる話もあるでしょ?」

 

 手伝いを買って出たエンリに、おばさんは悪戯っぽい笑みでそう促した。僕は気持ちを見抜かれているんじゃないかと思ってドキリとした。

 

(どうしよう、いきなりエンリと二人きりなんて、心の準備が……)

 

 僕が焦っているうちにみんな出ていってしまい、部屋には僕とエンリの二人だけになった。

 

「なんだか皆慌てて出ていっちゃったね」

 

「あ、う、うん……」

 

 辛い体験をしたというのに、エンリは僕の知っているままの笑顔で微笑んでいた。

 

「今日はおばあちゃんも一緒なんだ?まだ早かったって?」

 

「あ、ううん。たまには一緒に、って思ってね」

 

「そっか。おばあちゃん孝行だね」

 

 僕は薬師として一人立ち出来るようにと、去年から薬草採取を一人でこなし始めていた。護衛の雇用や、道程の確認、薬草採取の日程感まで、自分で計画する。両親は僕が小さい頃に薬草採取に出掛けたまま帰らぬ人となった。お婆ちゃんは凄く寂しそうだったし、僕の事をそれまで以上に大事にしてくれた。それでも薬草採取は薬師とは切っても切れない関係だ。だからお婆ちゃんも心を鬼にして僕を送り出してくれていた。

 

 でも、今回は色々と事情が違う。

 

 数日前、戦士長様が街にやって来たという噂話を耳にした。近辺の開拓村を襲っていたという賊を討ち取り、既に壊滅させられた村の生き残りを連れてきていたらしい。何日か前にも戦士団の人が来ていたらしいけど、それは知らなかった。僕は最悪の想像が過り、胸に突き刺すような痛みを感じた。エンリが無事か、カルネ村はどうなったのか、周りの人に聞き込んだけど、結局わからなかった。

 

 直ぐにでもカルネ村へ向かいたかったけど、お婆ちゃんが反対した。夜の旅は危険だと。気付けば日が傾き始めていた。もし残党が残っていた場合、命の危険があると、僕の身を案じてくれるお婆ちゃんの悲しそうな表情に、僕は翌日まで出発を思い止まった。

 

 そして、モモンさんだ。彼は、ナーベさんが殴り飛ばした酔っぱらいを()()ポーションを使って治癒したという話を、酒場で居合わせたという冒険者の人が話していた。赤色のポーションは僕ら薬師にとっては特別な、『幻のポーション』だ。それを知ってか知らずか、冒険者の人は気分よさげに話していた。「伝説の英雄が生まれる」って。

 

 最初はお婆ちゃんも疑いの目を向けていたけど、そんな僕らの視線に気付いた彼が目の前に突き出してきたのが、空になったポーション瓶だった。その瓶は見たこともない細やかな装飾が施され、それだけで芸術的価値が高いようにも思えた。とても消耗品のポーションを入れる器には思えなかった。そんな見事な瓶の底には、僅かに赤い液体が残っていた。お婆ちゃんが鑑定すると、とんでもない事が分かった。

 

 本物だった。本物の赤色ポーション。僕も、お婆ちゃんでさえ目にしたのは初めてだった。

 

 通常ポーションは生成の過程でどうしても青色になる。そして時間の経過と共に効果が薄れていく。だから保存(プリザベーション)の魔法で保存期間を引き伸ばす工夫がなされている。

 

 ところが、幻の赤色ポーションは保存(プリザベーション)の魔法によらなくても、永久に劣化しない。『真なるポーションは神の血を示す』という言葉があり、血のような赤い色が特徴の完成されたポーション。薬師なら一度はその製造を夢見る。お婆ちゃんも昔から夢見てきたひとりだ。だからお婆ちゃんは狂喜し、冒険者組合に駆け込んだ。長年届き得なかった、幻の製法に迫るまたとないチャンスを逃す手はないと。僕も興味ないわけじゃないけど、やっぱりエンリが心配だった。

 

「わっ?あ、わっわっ」

 

「ンフィー!」

 

 ちょっと考え事に夢中になっていたみたいだ。気付いたらエンリが僕の顔を覗き込んでいた。ビックリした僕は後ろに大きく仰け反り倒れそうになる。エンリは咄嗟に僕の腕を掴んで引き寄せてくれた。非力な僕を軽々と。だけど勢い余った僕はエンリに身体を預ける格好になってしまう。

 

「あっ……ごごご、ごめんっ!」

 

 抱き付いてしまった僕は、頭の中が真っ白になって思わず飛び退いた。顔が熱い。エンリの方をまともに見れない。

 

「あ、うん。大丈夫?何か思い詰めたようだったけど……」

 

「だ、大丈夫っ、何でもないよ」

 

 エンリは気にしないという風に明るく声をかけてくれる。僕はこんなに狼狽えているのに、エンリは平気なようだ。それは異性として全く意識して貰えていないという事で、内心ショックを受ける。

 

(何やってるんだろうな、僕……村が襲われたときに何も出来ず、今更ノコノコやって来て。どうするつもりだったんだろう?)

 

 情けない。どうしてこうも、僕は男らしくないんだろう。エンリを守ってあげたいと思うのに、こんな調子じゃ逆に守られてしまう気さえした。弱い自分への自己嫌悪の感情に押し潰されそうになる。僕にもモモンさんみたいな力があったら……。

 

 屈託のない笑顔を向けてくれる彼女に、僕は胸が傷んだ。お父さんを亡くし、辛い目に遭ったばかりなのに、彼女は前会ったときより更に輝いていて、眩しく見えた。それに比べて今の僕はどうだ。会ったこともないアインズ・ウール・ゴウンさんに密かに嫉妬したり、ポーションの秘密に迫ろうとコソコソと真意を隠してモモンさんに近付いたり。自分は薄汚れているように感じられて吐き気がする。でも、だとしても。

 

(でも、それでも、僕は──)

 

「ぼ、僕は……!」

 

「ん?なあに?」

 

「……僕に出来ることなら何でも言って。エンリ、僕は君の助けになりたいんだ」

 

「ありがとう、ンフィー。あなたは私には勿体無い位の友人だわ」

 

大輪の華が咲くような笑顔でエンリはそう言ってくれる。彼女は僕を友人としてしか見てくれていない。それはよく分かった。でも今はこれでいい。これから彼女に相応しい立派な男になって、必ずエンリを振り向かせて見せる。

 

 

 

 

 

「ふむ、中々見事なものだな」

 

 モモンは小高い場所からカルネ村の景色を眺めていた。今丁度村人達がゴブリンの指導を受けて弓の訓練をしている。大人も、十代になったばかりくらいの子供も、並んで弓を構える。弓は村人の手作りらしく、見た目はややみすぼらしい気もするが、弓としての機能は十分に果たしている。射程はおよそ50メートルといったところか。誰もが真剣な表情で訓練に励んでいる。自分達の村は自分達の力で守るのだと、強い当事者意識を持っている。腕前も中々で、30メートル程の距離なら誰も外さない。

 

「あの程度、称賛に価するほどでは無いように思われますが?」

 

「実力の話をしているのではない。彼等は村が襲われるまでまともに弓を触ったこともなかったはずだ。しかし数日の訓練で短距離ではあるが殆ど的を外さなくなっている。自衛のために力を求めたのだ。誰の命令でもなく、自分達の意思でな。彼等の中で何かが変わったのだろう」

 

「その何か、とはどういったものなのでしょうか?」

 

「意識だ。当事者意識を持ったとでも言おうか」

 

ナーベの質問に、モモンは自信を持って即答する。仕事においても、どこに意識を置くかで大きく成果に違いが出ることを経験上知っていた。しかし、意識を変えるには何かしらのきっかけが必要でもある。

 

 人は流されやすい生き物だ。それまで襲われたことがなかったから。平穏に過ごしてきたから。何も悪いことをしていないから。だからきっとこれからも平和が続く。そう考えてしまいがちだ。しかし現実がその通りにいくとは限らない。見通しが甘ければ現実との乖離に苦しみ、大きな痛手を受けることになる。このカルネ村もそうだった。森の賢王とかいう強大な魔獣の縄張りがあるため、モンスター達は容易に足を踏み入れてはこない。現在のところはそうだが、その森の賢王もいつ死んで今の拮抗が崩れるかわからない。盛者必衰だ。如何に強くとも魔獣は魔獣。いつかはその権勢も衰えるだろう。いざその時になるまで何の対策も考えないのは、自分や大切な家族を危険に晒すことに他ならない。

 

 彼等は王国戦士長暗殺の奸計に捲き込まれたことで、自分達が見通しの甘い平和を勝手に夢想していたと身を持って知ることになった。抵抗空しくそのまま滅びる所を、すんでの所でアインズの手により救われたことは幸運な偶然だったと言える。滅びる筈だった自分達の運命を変えてくれた偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)への恩義に恥じないようにと武器を取り、柵を作った。折角救われたというのに、また何者かに襲われて滅びてしまうなどあってはならないと考えたためだ。

 

「彼等は偶然の平穏が長く続いた為に、警戒心を忘れてしまっていたのだろう。毎年帝国と戦争をしていると聞いてもどこか他人事のように考えていたはずだ。だが、騎士達に襲われたことで信じていた平穏が容易く、呆気なく壊れるものだと気づいた。そして……ん?」

 

 機嫌良くナーベに話をしている途中で、何者かの接近に気付く。

 

「おぅい、モモンさんや」

 

 モモンが振り返ると、リィジー・バレアレが手を振りながら坂を上り近付いてくる。

 

「来たか。ナーベ、ここで待機していろ。……どうしました、バレアレさん?」

 

 モモンはリィジーを出迎えるように歩み寄っていく。彼女は結構な年齢のはずだが、その足取りは年齢を感じさせない。こうして離れた所で待っていれば、向こうから仕掛けてくると考えていた。果たして予想した通りの展開になった事にモモンは気分を良くする。

 

(悪いが、無数のパターンと対策を想定済みだ。プレイヤーが関係していようとも抜かりはない。さあ、交渉開始といこうか!)

 


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