異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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遂に森の賢王登場です。


#58 森の賢王~上~

「ではよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。ひっひ、今から楽しみじゃわい!」

 

 リィジーは夢見心地で目を輝かせ、無邪気な子供のように喜んでいる。

 

「フフ、研究の事は誰にも秘密ですよ?しかし、移住についてはお一人で決めてしまって大丈夫なんですか?」

 

「心配せんでいいともさ。研究さえ出来れば誰にも言うつもりは無い。ンフィーも二つ返事で賛同するだろうさ」

 

 リィジーの用は下位治癒薬(マイナーヒーリングポーション)の件であった。使用後のポーション瓶を出し、これをどこで手に入れたかと訊ねられた。友人に譲って貰ったと答えると、今度はその友人の事を聞かれた。必死な様子に、これはちょっとハズレかも……と思いながらも理由を訊ねると、このポーションは通常の製法では作れない代物だと説明してくれた。直接会ってその製法を知りたいようだった。

 

 完全に想定内、読み通りだとモモンは頬面付兜(フルフェイス)の下でニヤリと存在しない唇を歪めた。モモンも自分で作ることは出来ないが、知識として製法は知ってはいた。専用の特殊技術(スキル)を持った者が、錬金術溶液に付与したい効果の魔法を込める。しかしそれを教える気はなかった。教えたところで出来るとは思えないし、何より折角現地のポーション職人なのだ。この世界独自の製法を見つけてほしいし、可能ならば素材もユグドラシル由来のものではなく、この世界の素材で作る事に挑戦して欲しい。

 

 そこでモモンは、あえて製法は一切知らず、友人ともペテル達に話した通り生き別れて行方知れずだと告げる。そして在庫の幾つかを渡し、それを元に製法の研究を提案した。但し、その研究成果については一切外部には極秘にする事を条件として。詳しい理由についてはリィジーが勝手に納得してくれた。こちらが尤もらしい理由付けをしなくともよくなったので助かった。

 

 どうせならば、エ・ランテルに店を持ちながらよりも、店を畳んでこのカルネ村に引っ越してきた方が研究に没頭出来ると向こうから提案してきた。いずれは何らかの理由を付けてカルネ村へ誘導したいと思っていたモモンにとってこれは渡りに船だ。想定していた以上に上手く事が運べたモモンは、脳内で盛大にガッツポーズを決めていた。

 

(実は俺って営業の才能があったのか?こんなに上手く行くなんて……出来すぎだろ)

 

「では、時期については頃合いを見て、と言うことで……」

 

「おうともさ」

 

 バレアレ薬品店は冒険者組合からも厚い信頼を得る街一番の良店であるため、いきなり街を抜けては損失が大きい。都市長あたりも引き留めてくるだろうとリィジーは懸念していた。そこで、リィジーが年齢を理由に引退し、ンフィーレアも老後の彼女を面倒見るという名目で街を離れるという事にする。そして徐々に周りの店にノウハウを渡しながら、抜けても大丈夫な状況を作り出すのだ。移住の詳細な時期についてはその進捗次第といったところだ。モモンはエ・ランテルを拠点に活動を続けるし、ちょくちょく様子を見に行くことも出来るだろう。

 

 話が大筋で纏まったところで、鼻唄でも歌い出したい程上機嫌のモモンとリィジーは、一緒に丘を下りて行く。ナーベは何も言わず、じっと観察するように後ろを追随してきた。リィジーの狙いが分かり、解決に向かったことでモモンは安堵した。

 

(これでポーション限定だが現地人にアイテム研究のアテが出来たな。しかし、まさかたった3日で見つかるとは……)

 

 これは思いがけない僥倖だが、そうそう良いことばかり続くとは限らない、とモモンは弛みかけた気を引き締めた。実際にそうそう思惑通りにはいかないのが現実である。

 

 

 

 

 

 翌朝、アメリ達が朝食を用意してくれ、『漆黒の剣』とバレアレ家の二人、ブリタ、エモット親子、モモンとナーベが一同に会し、総勢11人で食事を採る事になった。とはいってもモモンだけは食事が出来ないので目の前に食器は10人分しか並んでいないが。

 

「アインズ・ウール・ゴウンさん、ですか?」

 

「ええ、その……お会いできないかなぁ、なんて」

 

「……会ってどうするつもりですか?」

 

 ナーベがンフィーレアの言葉に反応し、やや冷気を帯びた目を向け質問を投げ掛ける。意図がわからず警戒しているようだ。

 

「エン……村を救ってくれたアインズ・ウール・ゴウンさんに、僕からもお礼を言いたいと思っているんです」

 

(今エンリって言いかけたな。分かりやすい少年だ……)

 

 モモンはンフィーレアの分かりやすい初々しさを見て、微笑ましいものを見たオッサンの気分になる。アメリを含め、エンリとネム以外のほぼ全員が生暖かい視線を送っているようだし、多分ンフィーレアの想いに気付いていないのは、まだ幼いネムを除けばエンリ本人ぐらいじゃないだろうか。

 

 自分にも彼のような純真な時期があった。今では変態鳥人間(ペロロンチーノ)の布教活動の成果か、いつの間にか色々とアブノーマルな知識がついてしまい、純真さは何処かに行ってしまった気がする。アンデッド化したことで経験値ゼロのまま戦力外となってしまったために、最早実践の機会は失ってしまっている。NPC(友人の子供)相手にそんなことをするわけにもいかないだろうし、それで良かったのかもしれないと無理矢理自分を納得させる。

 

(ペロロンチーノさんにはソッチ方面で色々と教わったというか、吹き込まれたというか……まぁ、あれはあれで楽しかったけどな……)

 

「そして、出来れば……弟子入りしたいと思っています」

 

「なっ!?」

 

 過去を懐かしんでいたモモンは不意打ちを受けた形となり、身動ぎした拍子にゴン、とテーブルに足をぶつけてしまう。幸い、上に乗っているものに被害はなく、特に周りも咎める様子はない。

 

「で、弟子入りってンフィーちゃん……ゴウン様に?」

 

 アメリが若干ひきつったような、何とも言えない表情で訊ねる。普段おっとりした雰囲気の彼女にしては珍しく慌てた様子だ。その際、一瞬だけ自分の方に視線を向けたのを感じたが、おかしなタイミングで反応したせいで変なやつと思われたのだろうか。

 

「凄い!ンフィー君、魔法詠唱者(マジックキャスター)になるの!?」

 

「こら、ネム!」

 

 エンリが無邪気にテンションを上げて喜んでいるネムにお行儀よくしなさいと窘める。皆は驚きの表情を浮かべていたが、モモンにとっても衝撃である。

 

(彼にはこのまま薬師としてリィジーとカルネ村で研究に従事してもらいたいと考えていたのに、アインズ・ウール・ゴウンに弟子入りだと!?何がどうなったらそういう結論に至るんだ?)

 

 困惑しながらナーベに目をやれば、ンフィーレアに対し不穏な視線を向けている。教えを乞おうとするンフィーレアを快く思っていないのだろうか。別に侮られたりしているわけじゃないのにおかしいな、とモモンは内心首を傾げつつ、ンフィーレアに動機を訊ねる。

 

「しかし何故、突然魔法詠唱者に?薬師の仕事は多くの命を救う事に繋がる、立派な仕事ではありませんか」

 

「僕は…これまで父が薬師だったからというだけで、将来をそれほど深く考えずに薬師になりました。でも、エン……真剣に将来の事を考えて日々を暮らし始めたこの村の人達を見て、僕もこのままじゃいけないって思ったんです」

 

 モモンの問いかけに真っ直ぐに答えるンフィーレア。その瞳は長い前髪の奥に隠れたままだが、熱意の籠った声だった。

 

「それで考えた結果が、魔法詠唱者(マジックキャスター)ですか?」

 

「はい。非力な僕にはモモンさんのような戦士にはとても向いていません。でも魔法なら……ナーベさん程とは言いませんが、向いてるんじゃないかと」

 

(つまり……好きな女の子の為に強くなりたいということか。そして戦士よりは魔法詠唱者の方が向いてるから、アインズ・ウール・ゴウンに弟子入りを……)

 

「それに、ゴウンさんは実力も人格も素晴らしい方だとエンリから聞いています。そういった方に指導を受けることが出来れば、早く実力を付けられると思いますし」

 

「ゴウン様はまた来ると仰っていたから、もしいらしたらンフィーの事をお話ししてみるね」

 

 エンリは彼の決意を応援する気のようだ。モモンは考える。このまま薬師としてではなく、魔法詠唱者として面倒を見てやった方が、ンフィーレア達をカルネ村に留めておけるんじゃないか?稀少なタレント持ちでもあることだし、いつ誰かに狙われるとも限らない。どうせなら自衛出来る力をある程度持っていて貰った方がいいだろう。いつでもナザリックが守ってやれるとも限らないし、敵対プレイヤーの手に落ちてしまうような事は避けたい。彼が強くなれば、ギルドの名をかけてまで助けたカルネ村の護り手も増える。

 

(一石二鳥だな。いやでも、それには問題が……)

 

 彼に魔法を教えてやる事が出来ない。アインズが魔法を使えるのはユグドラシルで取得していた為だ。ユグドラシルでは経験値を溜めてレベルが上がれば魔法を選択肢の中から選択するだけで覚えられた。理想のビルドを組むため取得の前提条件などを調べたりはしたが、この世界の人間の様に魔法理論を一から学び、術式を覚えて自力で獲得したものではない。謂わば貰い物のようなものなのだ。だから教えを乞われても教え方など分からない。魔物の国(テンペスト)で覚えた魔法とは術式が違うようなので、その知識が役に立つという保証もなかった。

 

 彼の本気度はどれくらいだろうか。アインズ・ウール・ゴウンに弟子入りしたいと言い出したのは、エンリの側にいる為のただの口実という可能性もある。取り敢えず思い止まって貰えないか、少し揺さぶりをかけてみたい。

 

「でも、それじゃあ、バレアレ薬品店の跡継ぎが……」

 

 ブリタが気まずそうにおずおずと口を開く。確かに冒険者にとっては、腕利きの薬師が居なくなるというのは大きな痛手であろう。『漆黒の剣』のメンバーも言葉にはしないが、不安げな表情を浮かべている。モモンもその空気に乗っかるように発言する。

 

「そうですね、優秀な薬師に跡継ぎが居ないのはまずいかもしれません。街としても損失は大きいでしょう」

 

「それでも、僕は諦められません……!」

 

 既に店を畳むことは決めていたので、何も問題はないのだが、ンフィーレアの覚悟のほどを試しておきたかった。跡取り問題を出されても食い下がろうとするンフィーレア。そんな彼に、早々に助け船が出される。

 

「あたしゃ孫がやりたいことを応援するさね。……ちょうど隠居を考えておっての。寄る年波には勝てんでな。ンフィーレアが跡を継がないなら、店は畳むよ」

 

「お婆ちゃん……ごめんね」

 

「いいんだよ。ンフィーレアが幸せになることが一番大事だからね。それと、引退するときにゃレシピを公開しようと思っとる。それがあれば、他の店のポーションも質が上がるだろうさ」

 

「っ!いいんですか?レシピは貴女が長年の研究で培ってきた秘伝のものですよね?」

 

 ポーションをはじめとした薬品の製造レシピは、それぞれの店が極秘としているのが一般的である。ペテルが驚くのも当然であった。しかしリィジーはレシピを眠らせていても仕方がないと笑い飛ばす。このやり取りを見て、モモンは彼女が赤ポーション開発にどれ程入れ込んでいるかを察した。さっき丘を休憩もなしに上りきって見せた癖に「寄る年波に勝てない」とか嘘だろ、とか突っ込んだりはしない。

 

(それまで築き上げたノウハウや地位を投げ捨ててでも、赤ポーションの研究開発をしたいということか。これが職人魂ってやつなのか?それほどまでに執着しているならば、リィジーが途中で裏切るような事もないだろう。あとはンフィーレアへの愛情もあるんだろうな)

 

 単純にポーションの研究だけでなく、孫の恋路の応援してやりたいという思いもあるんだろう。祖母の愛情を受けられるンフィーレアが、少し羨ましい。本人も動機が不純でないと言い切れないが、それなりには真剣に考えてはいるようだ。だがそれでも、だ。

 

「成る程、ンフィーレアさんの決意は固いようだし、リィジーさんもそれを応援したいと言うことですね?ならば、私達部外者がこれ以上の口出しは不粋と言うもの。ただ、懸念があるとすれば、相手に弟子入りを認めて貰えるかどうか、でしょうか」

 

 言われてみれば……と一同の表情が曇る。如何に奇特な魔法詠唱者(マジックキャスター)と言えど、いきなり訪ねてきた相手を弟子に取るだろうかという疑問に思い至ったのだ。

 

「無理は承知です。でも、何もしないうちから諦めるなんて、出来ません。貯蓄もそれなりにありますし、報酬も出来る限りお支払します。何か条件があるというなら、どうにかして満たして見せます!」

 

「おお、その粋だぜ、頑張れよ!」

 

 揺るがぬどころか更に燃えるような決意を見せるンフィーレアの肩を叩き、ルクルットがエールを送る。『漆黒の剣』の面々も、ブリタもンフィーレアを応援する雰囲気になった。これでいよいよ追い込まれたのはモモンだった。

 

(あっちゃー、もうなんか、これで断ったら俺一人悪いやつみたいな空気になりそうじゃないか。全く、こっちの事情も知らずに盛り上がりやがって……)

 

 これでアインズ・ウール・ゴウンとして、彼の前に立つわけにはいかなくなった。もしンフィーレアと顔を合わせてしまえば、弟子入りを懇願されることになる。上手い対処法を思い付くまでカルネ村には顔を出さないようにするしかない。アインズ・ウール・ゴウンとして会わなければ、「モモン」イコール「アインズ・ウール・ゴウン」とバレなければ何も問題はないだろう。

 

 そんな後ろ向きな事を考えていると、エンリがモモンをじっと見て首を傾げている。

 

「ど、どうかしましたか?エンリ・エモットさん」

 

「え、あ、いえ。何だかモモンさんの声って、何だか聞き覚えがあるような……?」

 

 瞬間、ないはずのモモンの心臓がドキリ跳ねた気がした。

 

「他人のそら似じゃないかしら?」

 

「そ、そうですよ。お会いするのは初めてですし」

 

「うぅ~ん、ですよね。あはは、すみません。気にしないでください。きっと気のせいです」

 

 モモンは内心ホッと胸を撫で下ろすが、何故かエンリの隣のアメリもホッとした表情をしている様に見えた。きっと変な事を言い出した娘を見てモモンが機嫌を損ねたりしないか心配していたに違いない。

 

「ああ~!!」

 

 突然ネムが大声をあげる。

 

(こ、今度は何だよっ!)

 

 モモンはまさか自分の正体に気付かれたのではと気が気ではない。

 

「ネム、わかっちゃったもんね~」

 

 得意気にニヤニヤと笑顔を見せるネム。

 

(話の流れからして、俺の正体に気付かれたっぽいな。そりゃそうだよなぁ、モモンガって名乗ってるし、モモンは安直過ぎだよな。しかも声も偽装してないアインズのまんまだった……)

 

 全身鎧を着ていれば素直で素朴な村人にはバレないだろうと高を括っていたモモンは自分の迂闊さを後悔した。

 

「あ、あら、なぁに?お母さんに教えて?」

 

「うん、皆には内緒だよ?」

 

 そう言ってネムがアメリに耳打ちする。ごにょごにょ……。

 

(あ、あぁ……!)

 

 耳の良いモモンにはその内容は聞こえていた。

 

「そうね。よく気づいたわネム。うふふふ」

 

 意味深気な笑みで彼女が視線を向けたのはモモン。ではなく、ンフィーレアだった。

 

(なんだ、そっちか……)

 

 つまり、ンフィーレアの気持ちに、幼いながらネムが気付いた、ということのようだ。紛らわしい、と思いながらモモンが小さく安堵のため息を吐く。と、同時にアメリも小さく溜め息を吐いていた。

 

(……まさか、アメリさんにはバレてるのか?だが、少なくともエンリには気付かれていないようだ……このまま誤魔化しきれるか?)

 

 アメリの先程までの態度を鑑みるに、思い当たるフシがある事にはある。ンフィーレアの弟子入りの話に少し慌てたような様子だったし、エンリが何か勘づきそうな時にも然り気無く話を逸らそうとしていた気がする。

 

「ああ、そういえば皆さん、そろそろ出発しなくて大丈夫ですか?」

 

 アメリの言葉で一旦お喋りは打ち切られ、食べるものが残っていた者は急いで口にかき込む。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、案内はこの俺、ルクルットに任せてくれよ」

 

 食事を終えた一行は、地図でおよその採取ポイントを確認し合い、森に入る。先導はルクルット。バレアレ家の二人を中心にして周りを守備を堅め、モモン達は最後尾を守る陣形を敷く。

 

 森の入り口へたどり着くと、幾らかのエリアは村人たちが柵を作るために伐採したのだろう、まだ新しい切株がそこかしこに見受けられる。

 

「この辺りは森の賢王の縄張りなので、余り深い方まで入らなければ危険なモンスターは殆んど居ないはずです」

 

「もし、森の賢王に出会ったら?」

 

「出会わない事を祈るしかないですね。私達ではとても敵わないでしょうから」

 

 ブリタの不安げな質問に、ペテルもこればかりは運任せだと苦笑いを浮かべる。見も蓋もない。

 

「ま、出くわす前にどれだけ早く異変に気付き撤退を開始できるかだな」

 

「まぁ、安心してください、ブリタさん。コイツ、そこ()()は信用がおけるので」

 

「ですね」

 

「であるな!」

 

「ちょ、皆酷くないか?まるで俺がそれ以外全然ダメみたいじゃねーかよ!」

 

「え、そうですけど?」

 

 余りの言われように憤慨するルクルットだったが、悪びれもせずに言われたニニャの言葉に轟沈した。

 

「くっ、覚えてやがれよ……!」

 

 そんな他愛もない話をしながら森の中を更に進むと、景色が一変する。鬱蒼と木々が覆い茂り昼間でも薄暗くなっている。天を貫かんばかりの巨木が立ち並び、多種の苔や草が影をたくさん作りそこに魔物が身を潜める、まさに人間の立ち入りを拒絶するような人外魔境である。ここからが本番だと、一行はその中を野伏(レンジャー)であるルクルットを先頭に、緊張感を保ちながらゆっくりと歩を進めて行く。

 

 モモンはその緊張感の中、ゲームではなく本物の自然が生み出す美しさに見惚れ、感嘆していた。ユグドラシルで見た自然も美しかったが、それを遥かに凌ぐスケールだ。本物の生命が織り成す無数の深緑の絨毯、上に目をやれば、空を覆い隠さんばかりの無数の枝葉が幾重にも重なっている。そして草木の独特な香りも感じられる。

 

(仮想現実は所詮仮想に過ぎない、現実には敵わないって事か。ああ、ブループラネットさんがこれ見たら狂喜乱舞しただろうなぁ)

 

 自然をこよなく愛したギルドメンバーの事を思い出しながら、森林浴気分を楽しんでいたモモンだが、そろそろ気持ちを切り換えなければならない。そろそろイベントが始まるはずだ。

 

「おい皆、取り乱さずに落ち着いて聞いてほしいんだけどよ……」

 

 声を発したルクルットのただ事ではない雰囲気に、場の緊張が一気に高まる。

 

「どうもここはさっきも通った場所みたいだ」

 

「なんだって!?」

 

「そんな!まだ十分そこそこですよ!?」

 

 ペテルとニニャが驚愕の声を上げる。それもそのはずだ。本来野伏(レンジャー)であるルクルットは方向感覚も並外れて優れているため、道を誤ったり迷子になる事など平時であれば考えられない。それが森へ入ってまだ十分そこそこで無意識に同じ道を通ってしまうのは異常事態に他ならない。それに二人は瞬時に気付いたのだ。

 

「しぃーっ」

 

 ルクルットが口許に人指し指を当て、声を落とすように指示すると、全員が慌てて口を押さえる。

 

「す、済まない」

 

「引き返すことは出来そうですか?」

 

「うんにゃ、引き返そうにも何かに無理矢理感覚を狂わされちまってる感じがする。今同じ道に来ちまってから、初めて自覚したけどな……!」

 

「……!それはまずいであるな……」

 

 撤退を検討する『漆黒の剣』だが、頼みの綱である案内役が、何らかの方法で感覚を狂わせられている。最早遭難者同然の状態だ。

 

「ふむ……幻術の類いか」

 

「!!まさか……森の賢王の仕業でしょうか?」

 

 モモンの呟きに反応し、ニニャが訊ねる。話に聞くところでは件の魔獣は魔法も扱うらしい。奴の領域(テリトリー)に誘き寄せられていた可能性を疑ったのだ。そうなると既にここは森の賢王の狩り場ではと、皆が顔を蒼ざめる。

 

「まずい、まずいぜ……!」

 

 耳を地面に付けながら、ルクルットが警告する。

 

「来るぞ……向こうからデカイ何かが」

 

 ルクルットが指差した方向に目をやるが、まだなにも見えない。鬱蒼と茂る木々に遮られ、姿を確認出来る程近くなる頃には、逃げる事などできないだろう。かといって方向感覚もわからず闇雲に森を逃げ回っても生き残れる可能性は低い。最悪、他のモンスターにも遭遇する事になる。

 

「みなさん、落ち着いて下さい。焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。打開策は必ず見つかります」

 

 モモンの落ち着き払った言葉を聞き、パニックを起こしかけていた面々はどうにか落ち着きを取り戻す。

 

「森の賢王は私が相手をしましょう。皆さんは下がって守りを固めてください」

 

 身の丈程の二本のグレートソードを抜き放ちながら、前に出るモモンの背中を見たペテルは、絶句する。

 

(なんて大きな背中なんだ……!)

 

 オーガの時にも感じた凄まじい存在感だが、改めて間近で見るその背には、戦士であるペテルですら安心感を覚える程の頼もしさがあった。

 

 モモンが剣を構えると、ヒュンっと微かな風切り音が鳴り、目に追いきれぬほどの速度で何かがモモンに襲いかかる。いち速くそれに気付いたルクルットがモモンに警告しようとするが、声を上げるより早くそれはモモンに届く。

 

 金属を無理矢理削り取るような、強烈な衝撃音が鳴り響く。モモンが剣で謎の攻撃を弾き飛ばしたのだ。弾かれたそれは長い、巨大な蛇のようなシルエットをしていた。

 

「ほう、某の不意を突いた一撃に反応し、弾き飛ばすとは。少しはやるようでござるな」

 

 何処からともなく、奇妙な声が聴こえてきた。声の主はおそらく……。

 

「お前が森の賢王か?」

 

「如何にも。我が縄張りに無断で入ったからには、ただでは返さぬでござるよ?」

 

 モモンの問い掛けに答える声の主。にらんだ通り、森の賢王のようだ。だが、未だその姿は木々に遮られ、全容が見えない。暗闇を見通す目を持ったモモンにも、僅かに毛に被われた身体の一部が見えるだけだ。

 

「王を名乗りつつも未だ姿を見せないのは、臆病者なのか?ああ、それとも恥ずかしがり屋さんかな?」

 

「ふ、言うではござらんか!ならば!我が姿に瞠目し、畏怖するがよいでござるよ!」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

「なん……だと?」

 

 遂に姿を露にした森の賢王。目撃した『漆黒の剣』をはじめとした一同も、それを一番前で見たモモンも驚愕し、喘ぐように声を洩らした。




原作とは違い、森の賢王(?)の幻術により退路を絶たれた一行は、撤退不可能な状況に追い込まれました。
彼らはモモンの活躍を間近で目撃する事になるのでしょうか?

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