異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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森の賢王との戦闘です


#59 森の賢王~下~

「あ、あれが森の賢王!?」

 

「伝説の魔獣とはこれ程であるか……!」

 

「マ、マジもんのバケモンじゃねーか!」

 

「あんなの、か、勝てる気がしない……」

 

 皆が口々に森の賢王の偉容に驚嘆の言葉を吐く。モモンもまた驚きに身を固くしていた。主に彼らとは別の種類であるが。

 

「ふふん、皆某の偉容に驚いているでござるな。お主も兜の下で驚愕の表情を浮かべているのが手に取るように分かるでござるよ?」

 

「モモンさん!全員で掛かれば可能性は……っ!」

 

 ンフィーレアが全員で挑む事を提案しようとしたその時、モモンが掌を向け、それを止める。

 

「手出しは無用!皆さんは下がっていてください!ナーベ、お前もだ!」

 

「はい」

 

「なっ!?ナーベさん!」

 

 モモンの言葉に素直に従うナーベ。冷淡にさえ思えるその行動に驚いたンフィーレアに、ナーベは冷笑を浮かべながら言葉を投げ掛ける。

 

「心配は無用です。あの程度の獣に叔父様が負けるはずがありません」

 

「で、でも……!」

 

 自信満々に言い切ったナーベの言葉を素直に信じきれないのか、尚もンフィーレアが何か言いかける。

 

「仮にあなたが加勢してなんになるの?邪魔になるだけよ。何も出来ないならせめて大人しく指を咥えて見ていなさい」

 

 冷たく蔑むようなナーベの視線と辛辣な言葉を浴びせられ、何も言い返せずンフィーレアは悔しそうに下を向く。そんな彼の肩にルクルットが手を置く。

 

「ま、そういうことだ。悔しいけど俺たちじゃモモンさんの邪魔にしかなんねー。ナーベちゃんはモモンさんと一緒に旅してきたんだ。この中で一番モモンさんの事をよく知ってる」

 

「そのナーベさんが言うんですから、信じましょう。モモンさんを」

 

「ルクルットさん、ニニャさん……そう、ですね……」

 

 そんな彼らのシリアスなやり取りを尻目に、モモンはある事が気になっていた。『漆黒の剣』の反応もそうだが、まずは目の前の魔獣に質問をぶつける。

 

「なぁ、お前の種族ってもしかして……ジャンガリアンハムスターとか言わないか?」

 

 そう、森の賢王を名乗るこの魔獣、ハムスターにそっくりであった。確かに身体は馬よりも大きく、尻尾は蛇のような鱗に覆われてはいる。それに胴廻りには不思議な模様が浮かんでいる。だが、間違いなくその身体の外見的特徴はハムスターのそれであった。『漆黒の剣』の反応が、自分の抱いた感想と余りにもギャップがある為に首を傾げたくなった程だ。

 

「そ、某の種族を知っているでござるか?某、同種族に会ったことがないでござる……お主が知っているなら、紹介しては下さらんか?子孫を残さねば生物として失格であるが故に……!」

 

「あ、いや、私が知っているのはもっとこう……小さくてな。無理だろうな、サイズ的に」

 

 モモンはそのサイズ感を掌に収まる程度のものだと説明する。それを聞いて森の賢王はガックリと項垂れてしまった。

 

「うん…なんかスマンな。期待させるようなことを言っておいて……」

 

「いいでござるよ。お主に悪気はないでござる……。さあ、気を取り直して命のやり取りを始めるでござるよ!」

 

「お前の相手は私一人だ。他の者には手を出すな」

 

「全員でかかってきても良いでござるが……その殊勝な心意気に免じて要望に応じるでござる」

 

「それはどうも」

 

(ハムスター相手に大人数で仕掛けるなんてカッコ悪いからな)

 

 内心で少しばかり失礼な事を思いつつ、モモンは礼を告げる。

 

「あの魔獣の偉容を見ても臆することなく一人で戦おうとするなんて……」

 

 そんな誰かの呟きが聞こえ、モモンは首を傾げる。

 

(偉容も何も、見た目はただのハムスターなんだけどな。何をそんなに……あ、もしかして幻術を見せているのか?流石に巨大ハムスター見てあの反応はあり得ないもんな……)

 

 モモンが思い至ったのは、幻術で虚像を見せる事でペテル達には実物よりも遥かに立派に見えている可能性だ。モモンは完全不可視化さえも見抜いてしまう目を持っている為に、お世辞にも立派には見えない実物が見えている。だが、彼等は幻術を見破れずに虚像に騙されているのだろう。

 

 実はここまでの流れは全て事前にヴェルドラ達と打ち合わせた通りであり、アウラとラミリスの協力を得ている。森の賢王と遭遇できたということは、無事にファーストコンタクトを取れたらしい。二人の姿は見えないが、今も側に隠れている筈だ。

 

 ヴェルドラに連絡を取ったとき、ラミリスと二人して退屈を持て余していると言うので、折角だから働いてもらうことにしたのだ。暇潰しといって過激な実験を始められては困るので、仕方なく。

 

 その内容は、アウラが森の賢王を発見して吐息(ブレス)の効果で一種の好戦的な興奮状態にし、ラミリスの幻術によってモモンの一行を森の賢王のもとへ誘導するというものだ。人食い大鬼(オーガ)程度を相手に無双したところで大した自慢にはならないと考えたモモンは、森の賢王との戦いを『漆黒の剣』に見せ、彼らの口からそれを語らせる事で名声に繋げるという作戦だ。伝説の魔獣というネームバリューの恩恵にあずかろうというわけだ。

 

 ヴェルドラは今のところ出番はなく、大人しく村で隠れて待機してもらっている。村の護衛もあるが、エ・ランテル冒険者達と顔を合わせる事で、余計な情報を漏洩されないためでもある。現地の人間達の情報がまだまだ少ないうえ、プレイヤーが何処に潜んでいるかも分からない現状では、出来ればナザリック、特にモモンガ・アインズ・ウール・ゴウン・ナザリックという名前は知られたくない。ヴェルドラの口の軽さは既に確認済みなので、これはやむを得ない措置、というやつだ。「秘密兵器とは然るべき時に満を持して登場するもの」などと、尤もらしい言葉で言いくるめた。営業職で培った口車にまんまと乗せられる暴風竜。相変わらずチョロかった。

 

「さあ、掛かってこい!」

 

「潔いでござるな。それでこそ命の取り合い!滾るでござるよ!」

 

 モモンが正面に剣を構える。森の賢王も後ろ足で立ち上がり、大きく広げた前足の爪が冷たく煌めいた。僅か数秒間の両者のにらみ合い。見ているペテル濃厚に圧縮されたような時間の感覚を味わい、数秒が数分にも思えた。

 

 やがて静寂を破り、両者が同時に仕掛ける。始まったのは息も吐かせぬ高速の攻防。森の賢王が鋭利な爪を振り下ろせば、モモンは片方のグレートソードでそれを受け止つつ、同時にもう一方に握った2本1対のような同形状のそれを振るう。魔獣も負けじと鋭く固い爪と伸縮する長い尻尾で応戦した。周りの木々を薙ぎ倒し、或いは粉砕し、苔()した地面を抉る二つの竜巻のように激しくぶつかり合う。

 

 魔獣は〈人間種魅了(チャームパーソン)〉や〈盲目化(ブラインドネス)〉などの魔法を次々に使用するが、そのいずれもモモンにはまるで通じないようだ。身の丈ほどの巨大な剣を己が手足のように自在に操り、巨躯の魔獣と正面から互角に切り結ぶ規格外の戦闘能力に、誰もが驚嘆と畏怖の念を抱く。

 

「モ、モモン殿は化け物か……?」

 

 ダインの喘ぐような言葉に、誰も否定の声を上げない。いや、上げられない。誰もがそれに肯定の言葉を頭に浮かべてしまっていたからだ。

 

 モモンが振るうグレートソードは、随所に細やかな意匠が施された両刃の剣で、鋒は扇形に広がっている。美術品としての価値も高そうだが、それがただの飾りではないことを一昨日目の当たりにしたばかりだ。如何に軽量化の魔法が付与されていようとも、そのサイズは明らかに両手でしか扱えないような重量になる。ペテルでも両手で持ち上げられるかどうかさえ怪しいところだ。

 

 しかしそれがモモンの豪腕にかかればどうだ。片手で、しかも2本同時に縦横無尽に振り回されている。「英雄は人外の領域に立つ」というが、まさにモモンはそこに立つ者であろう。

 

 ペテルは自分もいつかその遥かな高みにまで登り詰めたいという渇望にも似た強烈な憧れを抱く。巨大な剣が生み出す風切り音と木々が薙ぎ倒される轟音に背筋が凍る思いをしながら、拳を握りしめて食い入るように戦いを見つめていた。

 

「これで互いに一撃、でござるな」

 

「ふん……やはり幾分腕が鈍ってしまっているな」

 

 先に攻撃を当てたのはモモンだったが、その一撃は森の賢王の超硬の毛並みに阻まれ致命傷には至らず、森の賢王がお返しとばかりに尻尾の変則な攻撃により肩に一撃当てた。魔法で生み出された武具は、その使用者のレベルに応じて強力になる。100LVの魔法職が作った鎧はまるで傷が付かなかった。

 

 両者が再び向かい合い、暫しの静寂が流れる。

 

 戦いを見守るペテル達は固唾を飲んで両者を凝視していた。将来その領域に辿り付けるかどうかはさておき、これぞ英雄級という激しい戦いを、一瞬たりとも見逃すべきではないと気付いたからだ。兎にも角にも、その勇姿を目に、心に焼き付けるべきなのだ。自分達が目指す頂に立つ存在として。

 

 そして再び激しい衝突音が鳴り響く。激突の衝撃波が空気を伝わり、ペテル達の顔に、肩に、胸に叩き付けられる。

 

「くっ、衝撃波だけでも凄まじい……」

 

「あわわわ……」

 

 モモンは剣を交差してより重い一撃を繰り出し、森の賢王も両の前足を器用に使って受け止めていた。序盤の攻防とは打って変わってそのまま膠着し、押し相撲の様相になる。ギチギチと金属が軋むような音をさせながら、拮抗している。劣等種たる人間が、かの森の賢王と力比べをしようとは誰も思うハズがないだろう。瞠目するペテル達を更に驚愕させる事が起きる。

 

「ぬうぅぅ!」

 

「マ、ジかよ……?」

 

 モモンが押し始めたのだ。ジリジリと森の賢王の足が地を滑り、押し込まれていく。森の賢王は形勢の不利を覚ると、反動を着けて大きく後ろへ飛び退く。同時に尻尾でその奇妙な尻尾を十数メートル先から凪ぎ払う。その距離は届かないと思っていたのか、虚を突かれたモモンだが、超人的な反射神経で辛うじて受ける。

 

「誇るが良いでござるよ。某の前にこれ程長く立っていられた戦士は居ないでござる」

 

 森の賢王が惜しみ無い賛辞を送る。しかし、モモンは応えない。それどころか急激にやる気を失ったかのように、剣を握った両手をダラリと垂らす。

 

「戦士……?()()()()()か…?」

 

「む?戦士でなかったら何に見えるでござる?剣士でござるか?戦士も剣士も似たようなものでござろう。よもや戦意を失ったというわけでもござるまい!さあ、命の奪い合いを続けるでござるよ!」

 

 肩を落としたように見えるモモンに対し、森の賢王は戦闘の継続を促す。ところがモモンは左手に握った剣を地面に突き立て手放してしまう。

 

「どうしたでござるか!?」

 

「もういい。そろそろ決着(ケリ)を着けるぞ……」

 

 そう言ってモモンがグレートソードの柄を両手で握り締め、刀身を垂直に立てて肩口に構えた。つまり、手数を重視した二刀流ではなく、一撃に重きを置いた()()()()に切り換えたのだ。

 

「それがお主の本来の戦い方というわけでござるか!ならばこちらも──っ!?」

 

 森の賢王が言葉を紡ぐ途中で、剣を構えたモモンから濃厚な何かが放出される。30メートル以上離れた距離にいたペテルにも、間近で喉元に剣を突きつけられているかのような錯覚に陥った。他の面々も全身総毛立ち、今までに感じたことが無いほどの死を直感する恐怖を味わい、呼吸を忘れてしまうほどだった。

 

「行k「参ったでござるぅぅ!!降参でござるよ~!!」……えぇ~?」

 

 モモンが仕掛けようとした瞬間、森の賢王が仰向けにひっくり返り、腹を見せて降参を宣言したのである。一見ふんぞり返っているように見えなくもないが、獣が柔らかい腹部を見せるということは、弱点を見えるように晒して自らの命を相手に委ねるという服従の証なのだ。

 

 モモンは考えていた決め技で格好良く終わらせようと思っていたのだが、それも不発のまま終わってしまった。

 

(〈絶望のオーラⅠ〉でもやりすぎだったか……)

 

 かつて生身のたっち・みーが見せた威圧感を再現しようとしたのだが、『伝説の魔獣』と言われる森の賢王ですら、100LVプレイヤーの放つ〈絶望のオーラ〉の効果は抜群過ぎたようだ。因みに〈絶望のオーラ〉は五段階あり、Ⅰは相手に恐怖を与えて行動に著しい制限をかけ、Ⅱで恐慌状態に、Ⅲならば混乱、Ⅳで狂気、そしてⅤでは即死という効果をそれぞれ与える。

 

 モモンは森の賢王を買いかぶり過ぎていた。『賢王』とか『伝説の魔獣』とか呼ばれるくらいだから、戦士として戦うならばそれなりには手こずると思っていたし、それ以上に知識や頭脳には期待していた。だが、蓋を開けてみれば戦士に扮したモモンでも余裕を持って相手できる程度で、モモンの正体に気付く素振りも見せなかった。

 

(はぁ、気付かないにしてもさ、せめて違和感くらいは感じてくれてもいいんじゃないか?俺は魔法詠唱者(マジックキャスター)だぞ?『伝説の魔獣』かぁ。ぶっちゃけ賢王なんて名前負けじゃないか?)

 

「はぁ……まぁ、いいだろう。命は見逃してやる」

 

 ハムスターのような姿を見た時から薄々感じてはいたのだが、完全に期待外れだとガッカリしたモモンは投げやりな口調でそう告げる。

 

「ちょっとアンタ、やりすぎなのよさ」

 

 小声が頭上から聴こえ、モモンが見上げると、そこには宙に浮かんだラミリスが焦った様子でこちらを見下ろしていた。

 

「は……?」

 

 聞いていない。打ち合わせでは彼女は姿を見せることなく隠れている予定だったはずだ。それなのに目の前に姿を現したラミリスに、モモンは見られたらどうするんだと文句を言いたくなる。

 

「姫、姫えぇぇ!!」

 

「おーヨシヨシ。アタシの可愛いハムちゃん」

 

「あうう、怖かったでござるよおぉ~」

 

「うおっ?」

 

 小さなラミリスが、仰向けになった巨大ハムスターの鼻鼻を撫で回す。森の賢王は後ろ足の間から黄色い放物線を描きながらオイオイ泣く。音を立てて地面に降り注ぐ放物線から距離を取りながら、目の前で繰り広げられている茶番のような光景に、モモンは溜め息を吐きたくなった。

 

(えー、なんなのこれ?さっきまでの緊張感ある雰囲気が台無し──ん?)

 

 折角格好良く森の賢王を仕留める予定が、なんとも締まりのない感じになってしまった。先程から押し黙って呆れているであろうペテル達の方へ目を向ければ、ナーベ以外の全員が意識を失って地に倒れていた。

 

(あっれぇ~?)

 

 中には下半身から湯気が立ち上っている者も居る。最年長の御老体と、『漆黒の剣』最年少の少年魔法詠唱者(マジックキャスター)、それに鳥の巣のようなボサボサの髪をした女性冒険者……。かつて自分達がヴェルドラにやられた仕打ちを思い出す。

 

(あー、確かにこれはやり過ぎたな……)

 

「アインズ様」

 

 再び頭上から声をかけられる。やはりアウラも近くで見ていたようだ。今なら目撃される心配はないと出てきたのだろう。木の上から飛び降り、ビシッと見事な着地姿勢を決めた。

 

「アウラ、ご苦労だったな」

 

「アウラ様!」

 

 ナーベが親しげな笑顔を浮かべて駆け寄る。最初はラミリスの姿を見て固い表情を見せていたが、アウラも姿を表したことで、少し安心感が生まれたようだ。

 

「アウラ様、いつからいらっしゃったのですか?」

 

「アインズ様が森に入った時からだよ」

 

 アウラは野伏(レンジャー)職業(クラス)を納めており、本気で隠れられるとアインズでも見つけ出すのは容易ではない。近くに居るだろうとは思っていたが、姿を現すまで確認できなかった。

 

 アウラが出てきたということは、今は誰かに目撃される心配が無いと判断し、アインズはモモンの変装をやめた。本来の魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿に戻った瞬間、森の賢王が声にならない悲鳴を上げるが、無視する。

 

「そいつ、殺すなら皮を剥ぎたいなって思ってたんですけど……」

 

「ひぃ!か、皮を!?」

 

 不穏な言葉を聞き、毛を逆立てて怯える森の賢王。こうなるとただの愛玩動物にしか見えない。デカイ図体をしていながら、目を潤ませてプルプルと震えている。だが、さして生かすメリットも無いように思え、生かすも殺すも、正直どちらでも良いというのが本音だ。

 

「まぁ、な。先程命は取らないと約束したばかりなのに、いきなりそれを反故にする訳にはいかないだろう。だが、それなりに生かすことにメリットが欲しいところだな」

 

「えぇー、もういいじゃないアタシのペットって事で」

 

「ちょ、いきなり何言ってんの!?アインズ様の協力者とは聞いてるけど、そんな勝手なワガママが許されるわけないでしょ!?」

 

 いきなり脈絡もなくペット飼う宣言するラミリスに、アウラが食って掛かった。ナーベも頷き、アウラの意見を支持する。

 

「アインズ様からも、何とか言ってやってくださいよ。絶対調子に乗ってますよ、コイツ」

 

「いーじゃん別に。アタシも忙しい中手伝ってあげたんだから、それなりの報酬を貰ってもバチは当たんないと思うワケ」

 

 両者がそれぞれの言い分を捲し立てるように言い付けてくる。まるで親を味方につけようと理屈を捏ねる子供のようだ。

 

(ラミリスさん、アウラと同レベルか。いやむしろこの場合、アウラの方が大人っぽいな……)

 

 ラミリスの精神年齢に呆れつつ、魔物の国(テンペスト)では世話になったので、ここは広い心で対応する事に決めた。

 

「なら、もう少し二人に協力してもらおうかな?」

 

「えっ……?」

 

「てことは……っ!?」

 

 モモンが頷くと、アウラは意外そうな顔をし、期待に目を輝かせていたラミリスが子供のように喜びを体で表現して飛び回る。

 

「モチのロンよ!よ~し、ラミリス様にまっかせなさい!」

 

「アインズ様、ホントにいいんですか?あんなワガママ……ひゃ!?」

 

 不満げにアインズに訊ねるアウラ頭に手を置き、柔らかな髪をくしゃりと撫回してやる。

 

「お前もたまにはワガママ言ってもいいんだぞ?」

 

「えっ?で、でもぉ……」

 

 困惑するアウラに思わず苦笑してしまう。アウラもまだ子供なのだから甘えたいだろうと思い、そう言っただけなのだが、アインズに対して不敬だとか考えてしまうようだ。もっと子供らしく遠慮せずに甘えたっていいと思うのだが。

 

「お前もマーレも、まだ子供なんだ。少しくらいいいだろう。……私では少し頼りないかも知れないが」

 

 本当はぶくぶく茶釜さんに会わせてやりたい、という言葉は、言いかけて飲み込んだ。彼女が日常(リアル)の生活を捨てて此方の世界へ来てくれるかはわからない。だが、もし来てくれないとしても彼女の残した子供達(アウラとマーレ)は自分が責任を持って育てると決意している。

 

「い、いえ、そんなことっ。すっごく嬉しいです。エヘヘ」

 

 照れて少し頬を朱く染めたアウラが、はにかんだ笑顔を浮かべて、上目遣いで見上げてくる。

 

「ふふ……さて」

 

 アインズはアウラの頭から手を離すと、気を失っている冒険者達の方へ足を向ける。

 

「少々やり過ぎてしまったようだ。まさか全員気絶してしまうとは思わなかったが」

 

「……アインズ様。どうか、ご自身が規格外である事をお自覚下さい」

 

「うぐ、ま、まあ、現地の者にもユグドラシルの特殊技術(スキル)が効果を発揮する事は確認できたな」

 

 ナーベの然り気無い鋭い突っ込みに若干ショックを受ける。これではどこぞの加減を知らない竜と同じじゃないかと。適当な言い訳をして誤魔化しつつ、当分〈絶望のオーラ〉は自重しようと考えるアインズだった。

 

「うぇ、汚ったな……」

 

 数名が下半身の下に水溜まりを作っているのを見て、アウラが思わず鼻をつまむ。アウラ本人に悪意はないのだが、子供の素直さというものは時に悪意ある言葉よりも残酷である。初めての迷宮での出来事を思い出す。あの時は憤慨しリムルを責めたものだったが、今度は自分がそのリムル達と同じようなことをしてしまうとは思いもよらなかった。いずれにしても、このままにしておいては目覚めたときにお互い色々と気まずいだろう。目を覚ます前に処置が必要だ。

 

「〈清掃(クリーン)〉〈無臭(オーダレス)〉……一先ずはこれでいいか」

 

「アインズ様のお手を煩わせるとは、全くもって不快な連中です」

 

 眉根を寄せて不機嫌そうな感想を洩らすナーベ。煩わせるも何も、そもそもやらかしたのは自分だと思っているアインズは、ただの賠償行為をしただけのつもりでしかない。

 

「そう言ってやるな。彼等は今後私が冒険者として名声を得るために一役買ってくれるはずだ。どんな活躍話も、本人がしてしまうとどうしても胡散臭く聞こえがちだからな。私は街ではまだ無名の新人だ。それよりは、彼等のような他人、それも冒険者の先輩の話の方が信憑性はあるだろう。人間は見知らぬ他人の言葉より、ある程度知っている顔見知りの言葉の方が信じやすい。

 薬師には現地素材を使用したユグドラシルポーション作成の研究をしてもらう事になっている。単純な強さでは役に立たずとも、別の分野でなら使い道はある。適材適所、というやつだ」

 

「成る程~!流石アインズ様です。全部計画のうちなんですね」

 

 アインズの説明に感心した様子のアウラは、目をキラキラと輝かせていたが、そろそろ冒険者が目覚めそうな気配を察知し、アインズに挨拶をしたあと、身を隠した。一緒にラミリスを強引に引っ張って行ったが、ラミリスとは仲良くなれるだろうか?ぶくぶく茶釜はかなり仲が良かったようだし、あの二人は精神年齢的には割と近いものがあるんじゃないだろうか。

 

 そんな取り留めもないことを考えつつ、再び戦士モモンの姿に扮装する。森の賢王に目をやると、鼻をひくつかせながら怯えたようすでこちらを窺っている。動物虐待をしたかのような気分である。

 

「そんなに怯えるな。命は取らないと言っただろう?」

 

「……皮も剥いだりしないでござるか?」

 

「勿論だ」

 

 潤んだ丸い瞳が、完全に愛玩動物のそれだな、と思いながら、モモンは相手を安心させるように、穏やかな口調で答えた。それを聞いた森の賢王は、また後ろに倒れ込む。表情は良くわからないが、ふやぁ~と漏らした声は心底安心したという様子だった。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 ペテルはいつの間にか森の中で意識を失っていたことに気付き混乱しかけた。懸命に記憶を辿り、次第に冷静な思考が戻ってくる。確か、モモンと森の賢王が激しい戦闘を繰り広げていたはずだが、今は静かになっている。

 

「皆は……」

 

「気がついたようですね」

 

 背後から女性の声が掛けられ、ペテルは一瞬ドキリとしたが、すぐに聞き覚えのある声だと気付き振り返る。

 

「ナーベさん!」

 

 木にもたれ掛かって立っていたナーベは、少し不機嫌そうな表情を浮かべている。だが、彼女が不機嫌そうなのはいつもの事だなとペテルは苦笑いし、状況を確認しようと周りを見渡す。場所を移動したのか、激しい戦闘の跡は見受けられない。ここは少し木々が少なく開けた場所になっており、そこにリィジー、ンフィーレア、仲間達も寝かされているのが確認できた。

 

「我々を運んでくれたのですか?」

 

「ええ、屈伏させた森の賢王を使役して、ね」

 

 ペテルが目を見開く。聞き間違いでなければ、森の賢王を屈伏し、使役して自分達を運ばせたという事である。信じられない、という顔をしたペテルを見て、ナーベは誇らしげな表情を浮かべる。

 

「叔父様がその気になれば、あの程度の魔獣など容易く葬り去ることが出来るのです。しかし、お優しい叔父様は命を助けました」

 

「その通りでござる!」

 

「うわぁっ!?」

 

 木影から姿を現した森の賢王に驚き声を上げたペテルは、間近で見るその偉容に腰が抜けそうになるのを、辛うじて堪えることが出来た。

 

「心配は無用ですよ。和解しましたので、コイツに害意はありません。折角だから採集に協力してもらおうと思いましてね」

 

「命を助けてもらったモモン殿に精一杯恩返しするでござるよ!」

 

「そ、そうですか……は、はは……」

 

 あれほど激しい戦闘を繰り広げながら、森の賢王の協力を得ようと考え『和解』を選んだというモモン。ペテルはとんでもない事を考える人だなと半ば呆れのような感想を抱く。モモンがいなければ間違いなく全滅していたに違いない。乾いた笑いが思わず洩れてしまうのは仕方ないことだと自分を慰める。

 

 その後、次々に目覚めてはペテルと同じリアクションをする仲間達を見て、やっぱりそうなるよな、と強く共感してしまったペテルは悪くないだろう。

 

 それにしても、森の賢王の威厳に溢れた目を見て「愛嬌がある」だなんて、モモンはやっぱりとんでもない人物だと全員が思った。強者の余裕が森の賢王の力強い瞳を「可愛らしい」などといわせるのだろうか。尤も本人は、自分の感性が普通とは違う事を気にしているようだったが、そんなところがまたペテル達には魅力的に映ったのだった。




原作ではあっさり終わった森の賢王との戦いですが、モモンさんは『漆黒の剣』へのアピールと、近接戦闘の練習を兼ねてじっくりやっています。命を見逃してもらったことでモモンに恩義を感じる森の賢王ですが、ラミリスに懐いているようで、「ハムスケ」という名前は結局つけられていません。次に会う頃には……。
ヴェルドラさんは秘密兵器(いろんな意味で危険)なので、暫くまともな出番がなさそうです……。

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