異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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ナザリック地下大墳墓第八階層まで攻め込まれ、後がない『アインズ・ウール・ゴウン』。
ディアブロを庇って凶弾に倒れるリムル。
慟哭のディアブロ。


#6 決戦

 空気が、いや、この荒野全体が震えていた。震えるなんて生易しいものじゃない。第八階層まで侵攻してきた殆どが100Lvに達していたが、誰もが居竦められていた。

 それは時間にしてほんの数秒だったが、荒れ狂う衝撃波のように叩きつけられたそれに、誰もが背筋が凍る恐怖を感じた。

 

 おかしい。こんな特殊技術(スキル)は見たことも聞いたこともない。そもそも、「恐怖」のバッドステータスは、アバターの動作に影響が出るだけで、プレイヤー自身に恐怖を与えるわけではない。

 

 では、これは何だ。この心の芯から震えあがるような感情は。

 そして目の前の────衝撃波のような何かを放った、恐怖を沸き立たせるアレは。なにか、何かとんでもないものを敵に回してしまったのではないか?

 

 この時、その衝撃波の正体がディアブロの「声」であることに、誰一人として気づく事はなかった。あまりに強力過ぎて、その声が「音」として認識ができなかったのだ。

 

 

 

 ディアブロは悔やんだ。あのとき、目を閉じたことを。目を閉ざさなければ、こんなことにはきっと、ならなかったはずだ。

 

 あのとき────あの槍(ダイダロス)が放たれる瞬間、シエルが突然思念を飛ばしてきたのだ。「あれは必殺ダメージを必ず命中させる武器だ」と。

 

 あの槍(ダイダロス)はそれほどの脅威のようには感じなかったが、シエルが「必殺」で「必中」と言うのならその通りなのだろうと思った。その知識、智謀において、全幅の信頼を置いているのだ。

 

 ディアブロは戦慄すると同時に、安堵した。その矛先が敬愛する主人(リムル)ではなく、自分であったことに。逃れられぬというならこの身に受けよう、と目を閉じたのだ。

 

 らしくもない。本来なら受け止めるなり避けようとするなり抵抗をしたはずだ。「主人(リムル)が安全だ」という安堵が、らしくない思考を働かせた。

 

 悪魔は精神生命体であり、たとえ肉体が破壊されても、魂まで完全消滅しない限り、いずれ復活するのだ。ずっと主人(リムル)の側に仕えていたかったが、少しの辛抱だ。200年もすればまた復活して側に仕えられる。

 

(寂しいですが、少しの間、お別れですね……)

 

 だが、再び目を開けて見たその先には貫かれたリムルがいた。

 

(ああ、私はなんという愚かな判断を!リムル様なら私が死ぬことをお許しになるはずがないと解っていた筈なのに。なぜ私はっ────!)

 

 

 

 

 

 ディアブロは叫んだあと、俯いたまま動かず、何かを呟いたようだったが、誰もそれに気づく事はなかった。静寂に包まれた荒野はまるで時が止まったかのようだ。

 

 やがて空間に漆黒の闇が浮かび上がり、巨大な転移門(ゲート)が開かれる。闇の中から現れたのは『アインズ・ウール・ゴウン』ギルドメンバー41人。

 

 つい今しがた、全員が揃ったのだ。戦闘になればあっさりやられてしまうような、非戦闘員とも言うべきメンバーも居るのだが、誰一人座して待とうとする者は居なかった。

 

「ディアブロ」

 

 モモンガがディアブロの姿を捉えて声を掛けると、ディアブロは、ピクリとも動かないリムルの身体をそっと大事に抱き上げ、立ち上がる。瞬間。ディアブロは突然消えた。

 

 いや、そう見えただけだ。消えたと思った瞬間、モモンガのすぐ横にいた。モモンガは驚いたが、気を取り直して声をかけようとした。だがディアブロが俯いたまま抱くそれを見て固まった。

 

 遠目に見たときは何かを抱いているように見えたが分からなかった。しかし、眼前のこのスライムは間違いなくリムルだった。そう気付いた瞬間、モモンガの中で何かが弾け、侵入者(人間)達を睨み付ける。

 

「クソがぁぁぁっ!!」

 

 噴き出すような激情に、モモンガは悪態をつく。

 

「クソクソクソクソォォォ!!」

 

 地面を蹴りあげ、激しく地団駄する。烈火の如き激しい怒気を撒き散らかすように。

 

 普段は謙虚で一歩引いた気遣いのできる優しいモモンガからは想像も出来ない激昂ぶりに、ぶくぶく茶釜とやまいこは小さく悲鳴をあげる。

 

 モモンガにとってリムルはただのNPCではなかった。勝手に動き回り、態度は生意気で、勝手にギルドの消耗品を使い込んだりもされたが、そんな手のかかる子(リムル)だからこそ愛着が湧いていた。きっと妹か弟がいたらこんな感じなんだろうな、と夢想してしまうほどに。

 

 両親を早くに失くして以来、ずっと一人で暮らしてきたモモンガにとって、リムルは家族のような存在だったのだ。そのリムルが、およそ真面(まとも)とは思えない数の暴力に晒され、痛め付けられたのだ。胸中穏やかでいられるわけがなかった。

 

「……茶釜さん、すみませんがリムルを連れて少し下がっていてもらえませんか。ディアブロも下がってくれ」

 

 なんとか落ち着きを取り戻したモモンガは、何時もの口調でぶくぶく茶釜に声を掛ける。

 

「う、うん。わかった」

 

 ディアブロもその言葉に従うように、ぶくぶく茶釜にリムルを預けた。

 

(プレイヤーもNPCも、死亡した場合は身体が光になって消えていく。そうはならないって事は死んだ訳じゃないはず。

 リムルは謎が多いから、当てはまるかはわからないけど、スライムは睡眠不要だし、生きてるなら意識はあるはずで、何らかの反応があってもいいんだけどな。さて、それは一旦置いといて────)

 

『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーは改めて敵に向き直る。何人かは不意討ちを仕掛けてくるだろうと、あえて隙を見せてカウンターの準備をしていたのだが、誰も仕掛けてこなかった。それならそれで、此方から仕掛けるだけだ。

 

「お前達!生きて帰れると……いや、最早語るも埒無し。一人残らず皆殺しだ!」

 

 と、唐突に後ろから声が掛かる。

 

「モモンガ殿」

 

「……っ!?」

 

「お気持ちは嬉しいのですが、私も大人しく見ているつもりはありません。あれらの半分ほどは私がいただきましょう」

 

「え、な!?」

 

 全員が驚愕した。しかし、それはディアブロの発言の内容にではない。確かに1400人も居るプレイヤーの半数を一人で相手取るなどという発言は驚愕すべきことなのだが、今はそれどころではない。

 

 喋ったのだ。メッセージウィンドウ(テキスト)ではなく、「音声」で。

 

 ディアブロはNPCではなかったのか?実はプレイヤーだった?普段はテキストで会話していただけならば、今声を出して会話しているのも頷ける。

 

 いや、ならば傭兵として雇うことは出来ないはず。混乱しかけた思考を落ち着かせつつ、ディアブロを振り返ったモモンガは、更に驚愕した。

 

「よろしいですね?」

 

 悪魔(ディアブロ)が嗤っていたのだ。無機質な作り物の笑みではなく、背筋が凍るような恐怖を呼び起こす、まさに悪魔の笑みで。

 

 喉が一瞬でカラカラに渇くような感覚を覚え、ゴクリと無意識に喉が鳴る。

 

(一体どうなっているんだ!?いくらなんでもあり得ない。こんな悪意と殺意に満ちたような表情、作れる訳がない。どうやって────まさか本物の!?)

 

「よろしいですね?」

 

「わ、かった」

 

 ディアブロからの二度目の問いかけにモモンガは、辛うじて絞り出すように答えた。

 

 一体何が起こっているのか、未だに頭の整理がつかないが、疑問を頭の隅に追いやり、ヴィクティムを抱える。他の面々も同様に敵に意識を向け、目の前の戦いに集中する。

 

 ディアブロ一人では500人以上もの人数を相手取れるはずがない。公式チート(ワールドチャンピオン)のたっち・みーでさえ、一度に一人で相手取る事ができるのはせいぜい15人程度なのだ。だが、みすみす死なせるつもりはない。

 

 モモンガが漆黒の後光を背負い、開始の号令を掛ける。

 

「始めるぞ。鏖殺だ!」

 

 

 

 

 

 俺は突然のシエルの警告に、無意識に走り出し、気が付けばディアブロの前に立ち塞がって槍に貫かれていた。咄嗟の事に、魂暴食(スキル)で喰うとか、考える余裕がなかった。そもそも使えないかも知れなかったが。

 

 ああ、あのときと同じだな。人生最後の(前世で死んだ)ときと。あのときは田村(後輩)を通り魔から庇って背中を刺されたんだったか。生まれ変わっても似たような死に方するなんてな。

 

 ディアブロのやつ、なんて表情(シケたツラ)してんだよ。田村(あいつ)みたいな表情(カオ)しやがって。

 

 悪魔らしくないと苦笑いする。もっと激痛が走ると思っていたが、痛みは殆どなかった。痛覚は持ち合わせていないが、命に係わるダメージの場合、痛みを感じるはずなんだけどな。案外、致命傷を負って死ぬ時は、こんなものなのかもな。

 

 擬態もやめて、全身の力を抜く。安らかな気持ちで、死を迎え入れるつもりで────

 

ご主人様(マスター)

 

 お、シエルか。すまんな、こんな事になって。

 

《……》

 

 ま、生き返れるかもしれんが、もし駄目でも、また生まれ変わったら、お前と一緒だといいな。

 

ご主人様(マスター)……》

 

 ああ、アインズ・ウール・ゴウンともお別れか。何だかんだ楽しかったな。

 

ご主人様(マスター)

 

 ヴェルドラは、どうなるんだろ。俺が死ぬと一緒に死んじまうのかな?

 

ご主人様(マスター)

 

 ああ、そういやベニマルやシュナ達は大丈夫かなぁ。ディアブロもだけど、あいつら俺が死んだと知ったら後をおいかねない。

 

ご主人様(マスター)

 

 ん?なんだよ、さっきから、ご主人様(マスター)ご主人様(マスター)って。別れを惜しんで今のうちにいっぱい呼んでおこうってのか?死ぬ時はこう、心静かにだな……

 

《…………》

 

 この沈黙は呆れてるときのだな。全く、なんなんだよ。何がいいたいんだ?

 

《生きていますよ》

 

 

 …………。

 

 

《…………》

 

 

 うん?ううーん?意味がわからない。どういう事?

 

《安心してください、ご主人様(マスター)は、死んでませんよ》

 

 何か、とにかく明るいお笑い芸人みたいな言い回しだがそんな事はどうでもいい。

 

 死んでないだと?必殺の攻撃(ダイダロス)をマトモに喰らったんだぞ?必殺なんだろ?

 

《……そうは言いましたが、即死とは言っていません》

 

 じゃあ、暫く経ってから死ぬと?

 

《違います。ご主人様(マスター)は死にません》

 

 わ、わからん……。噛み砕いて分かりやすく教えてくれ。

 

《……わかりました》

 

 この……にため息を吐くようなめんどくさいと言わんばかりの雰囲気を匂わせながらも、シエルは説明してくれる。

 

《必殺となるのはあくまでプレイヤー基準での話です。HPのカンスト(頭打ち)が決まっていて、カンスト値(それ)の理論上最大ダメージを与えるのです。プレイヤーや、通常のNPCに対しては必殺となりますが、例外はあります》

 

 うむ、なるほど。つまり、プレイヤーのHPが999で頭打ち(カンスト)だとすると、ダイダロスの槍(アレ)は999ダメージ必中できるってことか。ということは、それ以上のHPの、例えばボスキャラみたいな奴には例外的に必殺でなくなるんだな?

 

《その通りです》

 

 俺のHP(生命力)はボス並みだってことか。

 

《フッご冗談を。ご主人様(マスター)ユグドラシル(この世界)のボス如きとは桁が違いますよ》

 

 え、なんか自信満々に言い放ちやがった。ゲームの中の俺ってサーバーの都合上制限がかかってるはずなんだよな。それで桁が違うとか本来の俺ってどんだけだよ?どこぞの悪の帝王か?

 

《……》

 

 ん?シエルが急に大人しくなったような……?

 

《そのようなことは……》

 

 シエルさん?何か隠してない?

 

《……黙秘しますっ》

 

 今なら怒らないよ?

 

《……。で、では……白状、します……》

 

 

 

 簡単にいうと、「能力(スキル)が制限され、Yggdrasil(この世界)から出られない」というのはある意味嘘だった。

 

 制限がかかっていたのは、このゲームの都合ではなく、シエルの仕業だったのだ。文字化けしたステータス欄も、メッセージウィンドウも、ケーキの味までシエルが世界の法則(ゲームシステム)に干渉して偽装していた。俺もディアブロもすっかり騙されていたようだ。

 

 でも、何でそんな事を?

 

《……それは……》

 

 まあ、今すぐでなくて構わない。そのうち教えてくれよな。

 

《はい。ご主人様(マスター)

 

 さて、と。

 今叫んでるディアブロを止めてやらなきゃな。放っとくと暴走して誰彼構わずぶっ殺しまくりそうだからな。

 ああ、でも何て言おう……。完全に「俺死ぬから」って顔して倒れちゃったんだよな。今さら「やっぱ平気だった」とか、どの面下げて言えば……。

 

 ああもう、覚悟を決めるか。

 しかし、死ぬ覚悟より躊躇するってどうよ?

 

「ディアブロ?」

 

「っ!」

 

 リムルを見つめるディアブロに思考接続を行った。

 

「リムル様!?よくぞ御無事で」

 

「まあな、死んだフリしてみたんだが、迫真の演技だっただろ?」

 

「クフ、クフフフ。流石はリムル様です」

 

 言えない。「俺もお前もシエルに騙されてたんだよ」なんて言えやしない。

 

「取り乱してしまい、申し訳ありません」

 

「まあ、そこまで大事に思ってくれていたなんて、その、嬉しいぞ?」

 

「くふー、勿体無いお言葉です」

 

 脳内のイメージなのに器用に恍惚の表情を浮かべて礼をする。自由なやつだ。

 

「この世界の法則は解析済みだ。制限されていた能力を解放してやる。そろそろモモンガ達も合流するだろう。俺はこのまま暫く死んだフリしておくから、一緒にひと暴れしてこい」

 

「御心のままに」

 

 思考の接続を切ると、俺たちの能力制限をシエルに解除してもらった。これで自由だ。まだ暫く死んだフリを続けるつもりだが。

 

 お、いいタイミングだな。『アインズ・ウール・ゴウン』のお出ましか。

 おや?今日はずいぶん多いな。1、2、3、……おお、全員揃ってるじゃないか。待てよ、確か全員社会人だったはず。まさか仕事放り出して来てないだろうな……?

 

 まさかゲームのためにそこまでするやつ、いないよな?俺でもそんな事はやって……た、かな?はは。

 

 まあ、俺の事はいいんだ。

 

 全員揃うと壮観だな。うん。

 

 だけど、俺たちがいなかったら41対2000なんて戦力差、どうにならないよな。ま、もしもの話なんてしてもしょうがないか。

 

 制限なしのディアブロなら一人で十分だろう。むしろやり過ぎないか心配なくらいだ。ちゃんと彼らにも見せ場を用意してやらなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 7分。モモンガの号令から、たった7分で決着がついた。2000人近くいた侵入者は瞬く間に蹴散らされたのだ。

 

 それはそれは、もう相手が可哀想になるくらいの無双ぶりだった。

 

「『ナザリック地下大墳墓』大侵攻」は、戦力面において圧倒的不利な『アインズ・ウール・ゴウン』の勝利に終わり、この戦闘は後に伝説となった。

 

 因みに、その日から数日間、運営に猛抗議のメールと電話が殺到したという。

 しかし、そこは運営、「仕様です」の一言で切って捨てられた。さすがというかなんというか。

 

 もちろん撃墜王(MVP)はディアブロだが、モモンガもまるで反則だった。なんだよ、あのワ ー ル ド(反則としか思えない)アイテム。「ダイダロスの槍」が可愛く見えるわ。

 

 ……もしかしたら、彼らだけでも結局勝っていたのかも知れないと思ったのは気のせいだろうか。

 




ディアブロ「リムル様ぁぁぁ」
リムル「し、死ぬー」
シエル《死んでませんよ?》
リムル「え」
ディアブロ「くふー」

ディアブロはwebでは騙す側でしたね。

シエル先生の企みは後に語られるかもしれません。

そして、モモンガさん。
モモンガ「クソがー!」
茶釜「モンちゃん、怒ると、ちゃんと怖いんだ・・・ドキドキ」
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