異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
一方ナザリックではあの人が……。
ナザリック地下大墳墓。
掃除が行き届き、曇りなく磨きあげられた廊下には塵一つ落ちてはいない。それは一般メイド達の日々の努力の賜物である。至高の御方の住まう場所は常にこうでなくては。満足げに笑みを浮かべながら、デミウルゴスは美しい廊下をゆっくりと歩く。
硬い靴底がカツカツと音を鳴らし、広い廊下に響き渡る以外は何も音がない静謐且つ荘厳な空間。
彼の向かう先はナザリック地下大墳墓の慈悲深き支配者、アインズの私室──
ではなく──
(やれやれ、彼女には困ったものですね……)
至高の41人の私室が並ぶ廊下の一角で、デミウルゴスは足を止める。
調査のためにナザリックを出立した彼はこの数日、頻繁に戻ってきていた。定時報告であれば〈
「おや……? 不在というわけではないと思いますが……」
デミウルゴスが訪ねているのはアルベドの私室。彼は表情に僅かに困惑の色を滲ませる。
やはり今回はこのまま任務に戻ろうかという考えが頭をもたげる。呼び出しの理由は火急の事態でもなく、防衛や管理運営に影響する重要な内容の相談があるわけでもない。
今回は──というかこれまでの数回もそうなのだが──単なる定時報告である。デミウルゴスの調査も始まったばかり。現在は慎重に調査を進めているために成果はまだ乏しく、特筆して報告すべき事もまだ無かった。
(……やはりそういうわけにも行きませんよね)
デミウルゴスは思考の迷いを振り払い、やはりアルベドに会っておくべきだと考え直す。
アインズがナザリックを出立して以来、アルベドの様子がおかしいのだ。具体的には、精神的に不安定な状態なのである。
現在ナザリック地下大墳墓は、アインズをはじめ多くの階層守護者達が任務の為にナザリックを離れている。その為防衛戦力の低下が懸念もされているが、デミウルゴス自身もまた至高の御方より直接任務を与えられ、ナザリックを離れていた。期待しているというアインズの激励の言葉は、何よりデミウルゴスの気分を高揚させ、必ずやその期待に応えて見せるとやる気の炎を燃え上がらせた。それは同じく外へと赴いているシャルティアやセバスも同じであろう。
しかしながらアルベドは、立場的にナザリックを離れる事が出来ない。ナザリックの管理運営上、必要不可欠の存在な為だ。他の守護者が出払って外で活躍する機会を得る中、留守番役を任せざるを得ないのだ。至高の御方より留守をお預かりしたナザリック地下大墳墓に万が一にも何かあってはならない。彼女自身もそれはよく理解しているはずだ。だが納得し甘受出来るかと言えば、難しい問題である。アインズの出立を見送った後にデミウルゴスが顔を合わせた時、アルベドは酷く沈んでいた。
「会えない時間が愛を育むと言いますよ?」
そんな言葉を嘯いて、主人の出立に強硬に反対していた彼女を上手く丸め込んだデミウルゴスはアインズ出立の初日から呼び戻され、アルベドから「こんなに寂しくて辛いなんて聞いていない」と涙ながらに訴えられた。
本人は管理運営に支障は出さないと言うが、心配ではある。何しろ、正妻の座を争う相手のシャルティアの事さえ、気にかけているような素振りを見せている。普段からは想像も付かない変貌ぶりだ。
(まさか統括殿があれ程繊細だとは……ライバルも居なければ居ないで物足りないということでしょうかね?)
側に寄れば喧嘩ばかりしている癖に、いざ離れればソワソワと心配そうにしているのには、さしものデミウルゴスも嘆息を禁じ得なかった。そんなに心配なら〈
しかし本人はそれを全く認めず、あくまでもアホの子──酷い言い草だが分からなくもない──が失態を仕出かさないかを案じているだけだと言い張っているので、それ以上はデミウルゴスも追求するつもりはない。
アルベドの代わりが務まる者など居ない。せめて自分と他愛もない会話でもして、少しでもアルベドの気が紛れるのならば、許す限り時間を取ろう。彼が顔を覗かせると、少しだけ嬉しそうなのだ。そんなことを考えつつ改めてノックすると、内側からドアノブが回り、ドアが開く。
「ああ、アルベド。やはり居ましたか」
「来たわねデミウルゴス。早く入って頂戴」
半ば強引に引き込まれて部屋に入ったデミウルゴスの目にまず飛び込んできたのは、大小様々な大きさのぬいぐるみ達。先日入ったときにはまだ何もなかったと記憶していたが……。主人であるアインズを象ったものが一番多いようだが、各階層の守護者のものまで揃っていた。
「いつの間にこんな……」
「全部私の手作りよ。各階層守護者全員分も作ったわ。やっぱり賑やかな方が気が紛れると思って。今後ももっと増えていく予定なの」
アルベドがデミウルゴスの溢した感嘆とも取れる呟きに楽しげに答えた。まさか彼女にこんな一面があろうとは。普段は粛々と、完璧に役目を果たす守護者統括の意外な一面を見た気がする。
「ふふ、驚いた?こう見えて裁縫に料理、洗濯、掃除。家事全般は得意なの。ああ、私がアインズ様に同行を許されたのなら、身の回りのお世話も完璧にこなせる自信があるのに。それに……それに夜だって……」
頬を染め恥じらいつつ、聞いてもいないことをアルベドが切なげに語り出した。早くも妄想の世界へとトリップしかけけている。
彼女がアインズの正妻の座を狙っている事については、デミウルゴスも一定の理解を示している。
「まあ、私としては誰がご寵愛を授かったとしても喜ぶべき事ですがね……」
「……」
デミウルゴスの言葉にアルベドが僅かに苦い表情を浮かべる。今のところシャルティアとの正妻争いは、ほぼ互角と見ているが、そこへ割って入るように急激に頭角を示している者が居た。
戦闘メイド『プレアデアス』が一人、ナーベラル・ガンマだ。一時は失態を犯した彼女であったが、御方と二人きりになったときにそのご寵愛を賜ったのではと、一般メイドの間では専らの噂になっているのだ。アルベド達にとっては面白くない話である。
ナーベラル本人は黙して語らないが、その後、人間の街へと赴くアインズの同行者に選ばれたのもまたナーベラルである。その為誤解は更に深まっていた。噂の一人歩きとは怖いものである。
それはナザリック中に通達された、アインズの「全ての者を愛している」という発言と相まって「自分達にもそのような機会を得るチャンスがあるのでは」という希望を一般メイド達に与えているようである。
デミウルゴスは事実とは違うであろうと予測を立てているが、それを指摘する事はあえてしなかった。
考えたくはないし、あり得ないとも思うが、支配者アインズにもしもの事があるかもしれない。そんな時の為に、忠義を捧げるべき後継者、つまり『お世継ぎ』を残していただくことは出来ないだろうか。そんなことを考えてしまうのはデミウルゴスに限った話ではない。
そのような考えを抱く事自体不敬では。最初はそう懸念していたコキュートスも、今や共に至高の御方の御子息にも忠義を捧げる日を夢見る一人だ。
アンデッドであるアインズが
「ナーベラルには逐一報告を入れる様に命じているけれど、そんな素振りは全くないわ。やっぱりガセだったのね……」
僅かに安堵の表情を浮かべたアルベドに、そうでしょうねと同意しつつ、デミウルゴスはため息をこらえる。そもそも最初におかしな勘繰りをしていたのはアルベドであり、デミウルゴスは初めから御方が詳細を明かさない理由はもっと別の所にあると考えていた。もし仮にナーベラルに寵愛を授けたとして、それを隠す意味など存在しない。誰も絶対的な主人であるアインズの意向に異を唱える者など居るハズがないのだ。
それについては残念に思う気持ちもなくはないが、主人たるアインズの意を正しく理解する事こそが重要である。「今は明かせない」と言われた以上、今すぐに知ることは叶わないが、いずれは知る機会を得ることができるはず。黙して語られない以上、明かせない理由が何某かあったとだけ今は理解しておけば良いだろう。無理にでも知ろうとすることは不敬となりかねない。
「それで……定時報告ですが、私からは特に何もありませんよ?昨日から進展はありませんので」
「そう。そうよね……」
デミウルゴスは不満をあえて表には出さず、淡々と告げる。こう何度も呼びつけられては与えられた任務が遅々として進まない。アルベドもそれくらいのことは分かっているだろうに、それでもアインズの不在という喪失感は耐えがたいということか。
「……アルベド。大丈夫ですか?」
「体調に問題はないわ。不調どころかむしろ……いいえ、何でもないの。気にしないで頂戴」
アルベドは何か言いかけたが、結局有耶無耶にされる。デミウルゴスには何かを我慢しているようにも見えるのだが……。
「……まぁ、困ったことがあれば言ってください。代わりの居ない統括殿に倒れられては困ります。私に出来ることなら協力しますから」
「ふふ、ありがとうデミウルゴス。やっぱり貴方はいい男ね。でも本当に大丈夫だから心配は要らないわ」
穏やかな表情でアルベドが礼を述べる。アインズの側に居るときは隠しきれない残念な女感があるが、今のような淑女然とした態度を見ていると、本当に別人のように思えてくるから不思議なものだ。一体どちらが彼女の素なのか。
「でもそうね、そうよね……少し甘えさせてもらってもいいかしら?」
「ッ!?」
アルベドの表情が急激に変化した。先程の淑女然とした柔らかな笑みが歪み、欲望を宿した目付きに変わる。デミウルゴスは彼女の変化に気付き、思わず息を呑む。
「アルベド……?い、今、何を考えているのですか?」
「あら、どうしたのデミウルゴス?そんなに警戒することないわ」
言いながら、アルベドがジリジリと然り気無く、いや、獲物を狙う獣のように距離を詰めてくる。もう表情は淑女のそれではなく……。
「くふー!」
「アルベ──どぉあ!?」
デミウルゴスは猛烈な膂力でもって壁に押さえ付けられる。アルベドがこの場で暴走するなど、完全に想定外であった。甘い淫靡な香りが鼻鼻腔を擽る。
余りのストレスに耐え兼ね、ついに気が狂ってしまったのでは。デミウルゴスがそう考えるのも仕方がない。それほどの豹変ぶり。しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。
「はぁーっ、はぁーっ♡も、もう我慢できないわっ」
カチャカチャ……
獲物を貪る野獣のように、デミウルゴスの
「まさか……アルベドっ、やめ、止めなさい!」
「いいじゃない、減るもんじゃなし、ちょっとだけ……♡」
ズルズル
「ああっ!?」。
ポロンッ
「あら、もう元気じゃない。案外小ぢんまりとしてカワイイわね……」
「ア、アルベドッ、貴女は御身のご寵愛を授かるかもしれない身ですよ?この様な……!」
デミウルゴスはかつてない──ある意味ではディアブロとの対面時以上の──危機感を感じる。内心でビッチめと精一杯罵倒しながも、必死に思い止まらせようと言葉を尽くす。片腕で腰を掴まれ、既に身動き出来ない彼に出来る精一杯の抵抗であった。
「その時の為の
デミウルゴスの懇願するような説得も虚しく、アルベドは一向に止まる気配は無かった。
ちゅば──
「ふ、くぅぉぉおお────」
「ぴゅぴゅーんっと飛~び~出~し~た~♪」*1
「飛・び……あっ、帰ってきたよ!おーい!」
歌を謡って遊んでいたエモット母娘達は、モモン達の姿を見つけ、手を振って大声で呼び掛けると、先頭のルクルットが笑顔でそれに応え、手を振り返してきた。その背には採集籠を一杯にして。
「大漁でしたよ!」
「宝の山だったのである!」
森の賢王と遭遇するも、見事屈伏させたモモンは、命を見逃す代わりに採集の協力を要請した。お陰で、その後はモンスターとの遭遇の危険もなく、抱えるほどの大きさのキノコや、珍しい輝きを示す木の皮等、様々な希少素材をかき集める事が出来た。勿論当初の目的である薬草も大量に確保済みである。
リィジーを初めみんなホクホク顔で、興奮気味に話す。
「これもモモンさんのお陰じゃな。報酬は目一杯色を付けとくよ」
「ありがとうございます」
「そんなに凄かったんですか?」
アメリが興味ありげに質問を投げ掛ける。大人になっても好奇心は衰えていないらしい。エンリとネムも目を輝かせてわくわくした表情で話に聞き入っている。
「ええ、森の賢王もですが、モモンさんも想像を絶する強さでした」
「俺らじゃバラバラに逃げ回ったとしても結局全滅だったろうな。しっかし、森の賢王に協力させようだなんて、モモンさんは発想からして違うぜ!」
「そんな……
モモンは嫌味でも社交辞令でもない誉め殺しに面映ゆい気分になるが、その態度もまさに理想の英雄だと更に誉めそやす。称賛の嵐にナーベも鼻高々といった面持ちで上機嫌な反応を示した。
「ようやく叔父様の偉大さに気づきましたか、クルクル」
「おお、ナーベちゃんが笑いかけてくれた!でも俺はクルクルじゃなくて、ルクルットだけど」
「……似たようなものでしょう?」
「んー、まぁいいか。名前で呼ぼうとしてくれただけでもメチャクチャ嬉しい~」
名前を呼び間違えるのは本来失礼に当たるのだが、ルクルットはむしろ名前で呼ぼうとしてもらえたことに歓喜を覚えたようだ。それまでがヤブカ呼ばわりだったので、確かに進歩したとは言える。ナーベにも成長が見え、モモンは嬉しくなる。
「良かったな、
「良かったですね、いっそのこと名前をクルクルに改名したらどうですか?」
「それは名案である!」
「お、オイ、お前ら勝手なこと言ってんじゃねー!」
いつものお家芸を見ながら、モモンはこれまでを振り返り、兜の下で安堵の溜め息を吐く。
(色々不安や小さな失敗もあったが、結果的には上手く運べたな……後は帰るだけか)
「ねぇねぇ、おじさんとヴェルドラさんはどっちが強いかなぁ?」
「──ッ?」
ネムに何気ない質問という名の爆弾を投下され、モモンはドキリと無いハズの心臓が跳ねた気がする。
「え、ヴェルドラさんって?」
それまで聞いたことの無い名前に、ンフィーレアが食いつく。エンリからも知らされていない人物名に、焦りを覚えている様子だ。
「その人も強いのか?」
「うん、ゴウン様のお友達で、格闘家なんだってさ。えっと……クルクルさん?」
「うん、ルクルット。ルクルットな、ネムちゃん」
既にクルクルという呼び名が定着しつつあるルクルット。子供にまでそう呼ばれては堪らないと即座に訂正する。
「あら、ヴェルドラさんはさすらいの料理人じゃないの?」
「え、そうだったの?」
ネムは格闘家と思っているようだが、アメリは料理人だと認識しているようだ。
「え、私は探求者──学者さんの事かな……?って聞いてるけど?」
「待って、結局何者なのよ、その人は?」
エンリもまた違う認識だったらしい。三人して全く違う認識の齟齬を見て、ブリタが混乱の声を上げるのも無理はない。
(一体何処を目指してるんだあの
モモンは心の中でキャラブレするぞと後で忠告しようかと思案するが、どれも嘘を言っているわけではないと思い出した。
「でも、もう旅に出ちゃったみたいですよ」
「そうでしたか……」
アメリの言葉に残念そうにするペテル。二人の対決には戦士として興味があったようだ。
「モモンさんはいい人みたいですけど、それだけじゃなくて本当に強い方なんですよね?」
「その通りです。戦えば叔父様の方が強いに決まっています」
アメリの言葉に、ナーベが当然と言わんばかりに自信満々で答える。モモンは何でお前が答えるんだと言いたかったが、それは黙っておく事にした。当初は人間の事を下等生物と言い切って見下していたナーベの成長著しい姿を見て、軽い感動すら覚えていたためだ。
「うふふ、モモンさんも大変ではありませんか?」
「え?それはどういう意味でしょう?」
アメリの意図を測りかねて、モモンが訊ねる。
「年頃のかわいい姪さんといつも一緒にいたら、恋人を作る暇も無いんじゃないかと」
「あぁ……。まあそれは仕方無いことです。姪が無事に一人立ちするまでは……」
ナーベが側に居なくても恋人なんて作れっこないだろうと思っているモモンは、逆にナーベがいる事を言い訳に出来ている事に気付いた。ここは乗っておくべきだと思い、話を合わせた。だが、ナーベが盛大にやらかす。
「ふ、心配は無用です。すでにアルベド様という方が「ちょ、お前ー!?」」
モモンは口を滑らせてしまったナーベの口を慌てて塞ぐが、時既に遅し。
「え、アレ?アルベド様、って……まさか」
エンリが気づいてしまった。
「えっ、もしかしてゴウン様なの!?」
ネムも気付いて叫びを上げ、アメリはひきつった笑顔のまま固まる。
「え?え?」
「ゴウン様って、どういう事?」
「でもモモンさんは戦士ですよ。ゴウンさんは
唐突な事に、理解が追い付かないブリタやンフィーレア。ニニャは
「申し訳ありません、アインズ様!……はっ!?」
「「「「ええー!!?」」」」
ナーベが止めの一撃を繰り出した。本人も言ってしまってから気付いたようだ。完全に詰みである。これはどうやっても誤魔化しがきかない。ここ数日で一番の衝撃に、精神の沈静化が起これども起これども追い付かない。
「あ"ー、もう……ポンコツめっ」
「あぅ……」
頭に手を当ててボソリと呟いたモモンの言葉に、ナーベは涙目でガックリと項垂れた。
「さあ、今日も気合いを入れて、しっかりお掃除しなくっちゃ」
一般メイドのフィースは一通りの清掃を終え、周りを見渡す。廊下も壁もピカピカで、どこもこれ以上掃除をする余地など無いように見えるが、確認を怠ることはない。汚れひとつ、塵の一つたりも見逃さないという強い意思の籠った目で隅々まで見渡す。
「うん、今日も完璧!あっデミウルゴス様」
「やぁ、フィース。今日も元気だね」
元気溌剌なフィースの仕事ぶりを見ていたデミウルゴスは、にこやかに笑顔で挨拶をした。フィースは頻繁に報告に訪れているというデミウルゴスに気を利かせて、アルベドが私室に居ることを伝えようとする。
「アルベド様をお探しでしょうか?」
「いや、ちょうど先程まで会っていたところだよ」
どうやら要らぬお節介だったようだ。相変わらず爽やかな笑顔がお似合いな方だと思いながら、そうですかと会釈をする。そこでふと視界に入ったデミウルゴスの脚が震えているように見えた。
「あの、デミウルゴス様?」
「いや、大したことはないよ。それにしても、統括殿には困ったね」
「あぁ……大層お元気がないとか」
フィースにはその理由に心当たりはあった。アインズが人間の街へと赴かれてから、アルベドは寂しさから元気がないという噂を耳にしていたのだ。直接顔を合わせたわけではないが。
「では私はこれで。またすぐ呼び出しが掛からなければいいんだがね……」
「行ってらっしゃいませ」
デミウルゴスは軽快な靴音を鳴らして去っていった。
「うーん、デミウルゴス様も大変なんだなぁ……。でもどうしてお疲れだったんだろう?」
疑問符を一人浮かべながら考え込んでいると、声をかけられた。
「あら、フィース。ご苦労様」
「アルベド様!」
フィースはアルベドの姿を見て、あれ、おかしいな?聞いていた話と全然違う。そんなことを思って内心困惑した。アルベドはそれはもう元気そうで、フィースの想像していた様子とは全く違うのだ。物憂げな表情を浮かべていると聞いたのに、今は優しげな慈母の微笑みを浮かべ、肌や唇は非常に艶めいている。不調どころか鼻唄でも歌い出しそうなくらい絶好調の様子だった。
(誰よ、ため息ばかりついているとか言ったのは?ピンピンしてるじゃない!)
噂なんて全くアテにならないものだと思いつつ、アルベドが元気そうで何よりだと心から安堵した。
「あら、もしかして元気が無いという噂でも流れていたかしら?」
「えっ?あのっ……」
「心配かけてしまったわね。けれど、もう大丈夫よ」
どうして噂を知っているのかと冷や汗を背中に流したフィースだったが、穏やかで慈愛に溢れたようなアルベドの表情を見て怒ってはいないようだと安心した。むしろ機嫌良さげだ。
「お元気になられて何よりです!」
「ありがとう。それでは私は執務に戻るわ。……そうそう、私の私室は今後立ち入らないようにね。色々と機密が増えそうだから」
「あ、はい!全員に通達しておきますね!」
振り反って思い出したように告げられた言葉に、フィースは元気良く返事を返した。アルベドは終始にこやかなまま立ち去っていった。
「そう言えば……デミウルゴス様がお疲れのご様子だったのはどうして?アルベド様がお元気になられたのはデミウルゴス様が何か関係しているのかな?一体どうやって……?」
唸りながらしばし頭を捻るが、フィースにはまるで検討もつかず、やがて諦めて仕事に戻った。
「よーし!頑張るぞ~!!」
マニッシュな前髪を揺らし、元気の良い声を上げながら溌剌と次の清掃場所へ移るフィースであった。
「成る程、流石は
誰も居なくなったはずの廊下にそんなため息混じりの呟きが小さく響いたが、それを聴く者は居なかった。
アインズ様ピィーンチ!
ナーベラルのポンコツがよりによってなタイミングで発揮されました。
アルベドさんは寂しがり屋設定があるので、留守番がとても辛そうです。そしてデミウルゴスはやっぱり有能です。
デミ「《悪魔の諸相:豪魔の巨◯》!」
アル「んぶっ、くふー!」
といった感じですかね……。
※◯に入る文字はご想像にお任せします。