異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
『漆黒の剣』は生き残れるか……?
「無事に帰って来ましたね!」
「いつもの街並みがなんだか懐かしく思えるわ」
「あーそれ、分かる気がするぜー」
ペテルが何故か興奮気味の面持ちで口を開くと、ブリタが疲労と安堵の混じった言葉を吐き出す。ルクルットも驚きの連続だったこの数日を振り返り、ブリタに同意した。
一行がカルネ村を出立し、無事にエ・ランテルにたどり着いた頃には既に夜の帳が下りきっていた。街は
行きの時とは違い森から距離を取って移動したため、モンスターとの戦闘は避けられた。迂回路のため若干移動距離は長かったが、それでも戦闘と比べれば危険はなく疲労も軽い。
(それにしても……)
カルネ村で正体を秘密にして欲しいと頼んだアインズは、その理由を訊ねられて答えに窮していた。まさか『アインズ・ウール・ゴウン』の悪名を知るプレイヤーを警戒しているとは言えなかった。かといって都合よく彼らを納得させられるような言い訳も思い付かず、考えながら無意識に視線をアメリに向けていた。
「もしや、ゴウン様が正体を隠さずに街へ赴いたら、この村が手薄だと思われてしまうからですか?」
「……!その通りです。察しが良いですね」
アメリの言葉を聞いて、アインズに天啓が降りた。たまたま通りがかったアインズが王国戦士長と協力して帝国兵を討ち滅ぼした話は、その場にいた全員がアメリから聞いて知っている。
(ならばそれに関連付けて、他にも別動の仲間が存在する可能性を疑っていたということにすれば……)
「他にも村を襲った騎士達の仲間が潜んで居ないとも限りません。遠くで様子を窺っていて、私が居ない隙にこの村へ何か仕掛けられては困りますからね。少々物騒な話なので、伏せておきたかったのですが……」
「まぁ、やっぱり。ゴウン様は本当に慈悲深いお方ですね。村にそこまで目をかけてくださるなんて」
思い付きの言い訳に過ぎなかったが、アメリの一言がきっかけで上手く話が繋がり、無事に着地をみた。エンリは母の察しの良さをまるで心が読めるんじゃないかと不思議そうな目で見ていた。ペテルやダインからは、通りがかりの村の発展と安寧のためにあれこれと手を尽くす人格者と誉め讃えられ、アインズは面はゆい気分を味わいつつも、仮面の下では眉をひそめていた。
(アメリさん……一体何者なんだ?現状、色々助かってはいるけど……)
アインズはアメリに微妙な違和感を覚えていた。すぐに此方の正体に気付いた上であれこれとフォローしてくれたのは有り難い。だが、辺鄙なカルネ村で生まれ育った住人にしては
(実はプレイヤーだったなんてオチは……あり得ないな。ヒナタさんが助けに入らなきゃ、あのまま騎士達に殺されていたわけだし……)
プレイヤーの事情を知るのはプレイヤー自身。もし彼女がプレイヤーだったなら先の疑問にも納得はいく。しかし、それではあの騎士達に殺される意味が分からない。もしプレイヤーなら、たとえ初心者だとしてもあの程度の雑魚に一方的にやられるはずがないのだ。
違和感と言えば、彼女にはもっと以前から妙な何かを感じていた気がするが、それが具体的に何を起因とするものかは判然としなかった。何かに興味を惹かれているのは確かなのだが……。
(……おっぱい、じゃない。ちがう、断じて違うぞ…!)
確かにアメリも立派なものを持ってはいるが、そういう目では見ていない。完全に性欲が無くなったとまでは言わないが、流石に夫を亡くしたばかりの女性に対し、そんな目を向けるようなゲスな趣味はない。
(ペロロンチーノさんも寝取りは有り得ないって言っていたしな。まぁ何にせよ、恩には恩を、だ……)
困っていたところを助けて貰ったのだし、一つ借りが出来たと言って良い。いや、持ちつ持たれつか。いずれにせよ特別庇護の対象にすべきだとアインズは判断した。休憩時にルプスレギナに〈
「では私たちはこのまま荷下ろしに向かいますね」
「私も手続きが終わったら、すぐに其方に向かいます」
ペテルとモモンとが言葉を交わし、モモンとナーベはバレアレ一行とは別方向に歩き出す。彼らが荷下ろしをしている間に先に冒険者組合へ行きモンスターの討伐報酬を換金してくる予定なのだ。ナーベはカルネ村での失態を未だに気に病んでいるようで、覇気のない暗い表情をしている。
「……もう気にするなと言っただろう?」
「は、はい。ですが……」
ポンコツ呼ばわりされたのが余程堪えたらしい。力なく垂れたポニーテールが、ションボリとした彼女の心境を物語っている。彼女にしてみれば、失態を挽回する事も出来ずおろおろするなか、全く眼中になかったアメリという人間が、アインズに誉められる程の対応をして見せたのだ。ナーベはまだ一度も誉められておらず、自分は
「弱者を侮るなと言った意味が少しは理解できたか?弱くても有能な人間は居る。お前に彼女と同じ立ち回りは出来ないだろう?」
「は、はい……」
「成長とは己の未熟な部分を知ることから始まる。それを見つめ直し、改め、同じ失敗を繰り返さないようになっていくんだ。そうやってゆっくりでも成長を積み重ねれば、今は見上げるような高みにもいつかは届くだろう。幸い私達には時間がある。気長にな」
「なんと寛大な……ありがとう、ございます。必ずや……ぐすっ必ずやご期待に沿えますよう、精進して参ります」
モモンの親身な指導にナーベは感極まり、滲ませた涙を拭いながら再び決意を新たにした。
(ふぅ、やれやれ。ナーベラル一人にここまで手を焼かされるとは。教育って大変なんだな。ていうか……俺一人で全員面倒見きれるのか、コレ?)
ひとまずナーベラルのフォローが上手くいき、胸を撫で下ろすモモン。会社では部下がいたわけでもなく、教育と言えば、後輩の一条を少しの間面倒を見たくらいだ。それも彼女が割と優秀だったので、業務に限って言えば手を焼いてはいない。それ以外の部分で強烈に印象に残っているが。
何れにせよ、既にナーベラルだけで手一杯で、とても一人ではナザリックの部下全員を面倒見きれる自信がない。いっそどうにでもなれと投げ出してしまいたくなるが、NPCたちが頼れる主人は今自分しか居ないという責任感と、いつかギルドメンバーを迎え入れたいという想いがそれを許さない。無いはずの胃が痛むような幻覚を味わいつつ、無理矢理に己を鼓舞するモモンだった。
(今は俺がやるしかないんだ。……頑張れ、俺!)
「それじゃあ、その瓶はそのままこっちの方に……」
バレアレ薬品店に到着した一行は、荷物を運び入れるために裏口へ回り、ンフィーレアがドアを開けて搬入先を案内しようとしていた。
「いやー、待ちくたびれちゃったよー」
突如誰もいないはずの部屋の奥の扉が開かれ、中から女が出てきた。店を空ける間、侵入者対策のためにリィジーの魔法が施されていたにもかかわらず、先に入っていたことになる。
「あ、貴女は?」
ンフィーレアが強い警戒の色を見せながら訊ねた。最初は誰かに留守を預けていた可能性を考えたペテルだったが、その反応を見て即座にもう一方の可能性を確信する。つまりは侵入者、しかも魔法による防御を容易くすり抜ける程の手練れである。それを瞬時に覚ったペテル達は、武器に手を掛けて身構えた。
しかし女は慌てる様子も見せず、ニヤニヤとした
「そう警戒しなくてもいいよー。キミがンフィーレア・バレアレで間違いないんだよね?んふ……お姉さんのお願い聞いて欲しーんだけどー」
「な、なんでしょうか?」
生真面目にも女の頼みとやらに耳を傾けるンフィーレア。その間ペテルたちも手出しはしない。いや、出来ないと言った方が正しい。
「キミのタレントの力で、あるアイテムを使って欲しーんだー。そのアイテムを使えばなんと!第七位階の魔法だって使えちゃうんだよねー、すごいでしょ?使ってみたくない?」
ンフィーレアの理性は、本当にそんなうまい話があるはずはないと警鐘を鳴らしている。しかし、第七位階。人類最高峰と謳われる、彼の帝国主席魔術師の第六位階よりも更に上位魔法を行使出来るという話は非常に魅力的でもあった。
「そ、それは……」
「おや、その反応は興味あるんだねー?おねーさんのお願い聞いてくれたらー、あとはそのアイテムあげちゃってもいーよー?どうするー?」
ンフィーレアの逡巡を読み取った女は更に拍車をかける。それは見る者が見れば悪意に満ちた、悪魔の囁きにも似た何かだと分かるだろう。
「……魅力的なお話ですが、お断りします」
ンフィーレアは、はっきりとした拒絶の意思を持って答えた。女は意外な返答に面食らったのか、目を見開いて驚いたがそれは一瞬。瞬時に笑みを浮かべる。
「あれれ、そう?……なら仕方ないかー。穏便に済ませようって思ってたんだけど、断られたんじゃあ……力ずくで連れて行くしかないよねー」
言いながら女の口がニタリと嗜虐的に歪んでいく。見ていたペテルの背筋にぞわりと寒いものが走った。先程から女を観察していたが、構えを取っているわけでもないのにその佇まいにはまるで隙らしいものが見つからなかった。女が浮かべていた笑みは、強者が弱者を甚振って玩具にする際に見せるようなそれであった。ペテルはそれを見た時から、本能的に女が自分達よりも明らかに格上だと感じ取っていたのだ。
「ンフィーレア、下がれ!ソイツはヤバい!」
ルクルットも同じく女の異常さを感じていたらしい。警告の声に反応してンフィーレアが足を動かそうとした瞬間、女が目にも止まらぬ速さでンフィーレアとの距離を詰め鳩尾に拳打を入れる。
「あ…ぐ…っ」
「ンフィー!」
反応する間も与えられず、ンフィーレアは呻き声を洩らしてその場に倒れ込んだ。ペテル達が彼を心配する余裕もなく、女の視線がペテル達を射抜いている。
「んふふ、拉致現場を見られちゃー生かしてはおけないなあー。しょうがないよねぇー?」
まるで誰かに言い訳するような、それでいて楽しげな女の声を聞き、ブリタは膝を震わせた。威圧感ならモモンの方が強烈だったはずだ。だが、モモンから感じた圧倒的な質量で押し潰されるような恐怖感とは質が違った。ねっとりと凶器を急所に絡み付かせてくるような別種の恐怖をこの女からは感じられたのだ。
「ニニャはブリタ連れて逃げろ!」
「え」
「お姉さんを探すという目的があるでしょう!?ここであなたが死んだら誰がお姉さんを救い出すのですか!」
「ここは任せるである!」
「み、んな……」
仲間の激励に目頭を熱くするニニャ。隠し事をしてきたという事実が彼女の胸の奥をチクリと刺す。ニニャは自分に何か出来る事はないかと思考を巡らす。
(そうだ!モモンさん!)
「ブリタさん、行ってください!時間を稼ぎます!モモンさんを……」
モモンさんを呼びに行ってください。そう言おうとしたニニャの言葉を遮り、入り口のドアが開かれる。
「ええい、何をもたついておるのだ」
「あ、カジっちゃーん。交渉決裂しちゃったー。もう殺っちゃっていーよねー?」
女はテヘペロっとおどけた様子で舌を出し、それからおぞましい肉食獣の表情へと変貌して見せた。女には仲間が居たようだ。格好から
「よくも……よくもンフィーを!」
緊迫した場の空気のなか、孫を痛め付けられたリィジーが激昂した。孫の窮地に冷静さを失いつつあるが、リィジーは超一流の薬師であると同時に、第三位階魔法の使い手でもある。王国内に於いてその腕は一流と言って良い水準である。しかしそんなリィジーをもってしても、相手が悪過ぎた。
「ファイ──がっ?」
リィジーが〈
刺突に特化したその武器は突く以外は殆んど殺傷能力がなく、得物も短いため扱いが難しいが、使い手によってはその突きで盾をも貫く貫通力を発揮する武器である。
「あっはは、チョッローい。まー、
クルクルと手元でスティレットを玩びながら、女は軽薄な笑みを浮かべる。その目は次の獲物を品定めするかのようにキョロキョロと動き回っていた。そして──
「そこの戦士君、来なよー?お姉さんが遊んであげる♪」
指名されたのはペテル。既に勝ち目のある相手ではないことは明白であった。ペテルとてリィジーが刺されたときぼんやりと突っ立っていたわけではない。警戒して身構えていたにも関わらず、ペテルの横をあっさりと女はすり抜け、リィジーを刺したのだ。仮に自身に向かってきたところで、とてもではないが反応出来る速さではなかった。
ペテルは歯噛みする。目の前の女の、尋常ならざる圧倒的な疾さ。この女もモモンと同じく英雄の領域に立つというのか。なのに……。
「ほらほらー、英雄のお姉さんが相手してあげるんだよー?これってすごくありがたーい──」
「ふざけるな!!お前なんかが英雄なワケない!!英雄なんて言葉をお前が使うな!」
気付けばペテルは自分でも驚くくらいの叫び声を張り上げていた。
英雄。それはペテルにとって特別な存在だった。子供の頃からずっと憧れてきた。冒険者になったのも、英雄憚のように冒険の旅をしたかったからだ。そしてご多分に洩れず、冒険者の厳しい現実を知った。
それでも尚、夢を諦めることなど出来ずにもがいていた。そうしているうちにいつしか似たもの同士が集まったと言うべきか、背中を預けられる仲間が出来た。共に地道な努力を重ね、着実に力を付け始めた頃、遂に出会ったのだ。真の英雄と思える人物に。だが、最初は小さな嫉妬心があった。
とても自分には手が届かないような立派な鎧を着込み、共に連れているのは誰もが振り替えるような美女。嫉妬するなと言う方が無理と言うものだ。だがそれもわずかな時間で尊敬と憧憬に変わった。
巨大な剣を縦横無尽に振り回す圧倒的な強さ、そしてそれを鼻にかけない誠実な人柄。森の賢い王との戦いを見たときの言い知れぬ興奮。弱者にも手を差し伸べる優しさと、驚く程の思慮の深さ。どれを取ってもまさに理想に描いた通りの人物だった。
ただ一つ思い描いていたのと違ったのは、
そんな自分の理想で目標となった人物と、目の前の殺人狂の女が同じ英雄という言葉で評される。これ程の侮辱はない。それはペテルの夢を、理想を罵倒し、果ては彼の尊厳を冒涜された様にさえ思えた。
「あぁ?胸糞ワリー事思い出させやがって……まー、そういうチョーシに乗った英雄気取りをプチっと返り討ちにしてやるのがまた快感なんだけどねー、えへへへぇ」
何か感じるところがあったのか、女は怒りに顔を歪めたが、すぐにまた狂気染みた嗜虐の表情に変わる。その時────
〈
「ぐお!?」
突如一条の雷光が部屋のドアを貫き、吹き飛ばす。その勢いでドアの前に陣取っていた男が前のめりに床を転げた。しかし体勢をすぐに立て直し、ドアの方へと険しい視線を向ける。
「何者だ!?」
「────適当に撃っても誰かに当たると思ったのだけど、どうやら外したようね」
「ナーベちゃん!」
「「「「…………」」」」
「「…………」」
適当に魔法放ったのかよ、等と突っ込む無粋な者はいなかったが、嬉しさで舞い上がったルクルット以外の全員の心の声はほぼ一致したようだった。
「さて、丁度いい頃合いか……?」
モモンは冒険者組合にて依頼完了の手続きとモンスターの討伐報酬受け取り終え、バレアレ薬品店へと足を向けた。組合のドアをくぐり、先に向かわせたナーベにこっそりと〈
「ア、アインズ様……」
「ん?……っと……失礼。……どうした?追い払ったのか?」
ぶつかりそうになった人を避けながらモモンは小声で会話を続ける。モモンは、ンフィーレアに渡しておいた木彫りのアイテムを通して会話を盗み聞いていた事で何者かの襲撃に気付き。ナーベを向かわせていたのだ。彼女の実力ならば多少腕の立つ夜盗程度は何とでもなると高を括っていたため、運動でストレス発散にもなるだろうと思い任せてみることにした。
「申し訳ありません……あの少年を……奪われました」
「何!?……あ、いや、何でも……んんっ、そ、それで?他にも何か被害はあるか?怪我人は?」
驚いて声のトーンが上がってしまい、モモンは周りに奇異の目を向けられながら再び訊ねる。油断してうっかり取り逃がしてしまったのだろう。この調子では他にも何かやらかしているかもしれないと不安が頭を掠める。だが、どうもナーベの様子がおかしい事に気付いた。
「く……被害……は……」
「ナーベ?……まさか怪我を……!?待っていろ、急いで向かうからな……!」
<
戦士の格好をこれ程滑稽と感じることはなかった。
(クソッ、馬鹿だ。俺は馬鹿だ……!)
ナーベは間に合いましたが、結局ンフィーレアは連れ去られました。
クレマンティーヌとカジットのコンビは純粋に強いです。守る人数が多く状況的にも厳しいと思うので、ナーベ一人では結局皆を守りきれませんでした。
クレマンティーヌ達には盛大なフラグが立ちましたが、どうなるかは……。
転移後しばらくは概ね原作に沿うような形で進んできましたが、今後はオリジナルな要素がどんどん増えていくかと思います。