異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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ナーベVSクレマンティーヌと、その後の展開です。


#63 変貌の始まり

「くっ!」

 

「ほんっとタフだねー。魔法が使えて剣もソコソコ。とても銅級(カッパー)とは思えないわー。まぁ、それでもアタシには勝てないけど」

 

 ナーベラルは何度目かの攻撃を受けて後ずさり、左肩を押さえる。ローブの男に『漆黒の剣』が、金髪の女戦士にはナーベがそれぞれ対峙している。最初の攻防が始まってから数合ぶつかっているが、複数の傷を負っているナーベに対し、ほぼ無傷の女戦士はスティレットの先端に付いた血を舐め取りながら呆れた様な表情を浮かべる。ナーベは未だ有効なダメージを与えることが出来ていないのだ。

 

「チィィ!!下等生物(バッタ)風情が……」

 

 狭い室内での戦闘に加え、自力で逃げられない冒険者達(足手まとい)を抱える状況がナーベにとって極めて不利な状況を作り上げていた。異常な疾さで襲い掛かってくる女戦士の攻撃はナーベにも捉えきれない程だった。それでも広い空間で距離を取って戦えば難なく勝てるはずなのだが、『漆黒の剣』達を捨て置いてこの場から離れる事はできない。アインズから助けるように命じられている以上、彼らを殺させるわけにはいかないのだ。

 

 禿げ頭の魔法詠唱者(マジックキャスター)は死霊系の魔法で低位のアンデッドを数体召喚してけしかけていた。ブリタがリィジーを庇い、『漆黒の剣』がアンデッドに対応しているが、凌ぐだけで手一杯、いつ戦線が崩壊してもおかしくない状況。ナーベが離れたとたんにそれが起こらないとも限らなかった。

 

 どのみち距離を取ろうとしても、女戦士が追い掛けて来る保証もなかった。そしてナーベの勝利条件は、全員を死なせずに守りきること。具体的にそう指示があったわけではないが、「助けに行ってやれ」という一言にはそれらが内包されていると解釈した。破格のタレントを持つンフィーレアを敵の手に渡さないように、など具体的に指示されていれば、さっさとンフィーレアだけを抱えて離脱していただろう。

 

 ナーベは元々接近しての直接戦闘が得意ではない。剣を振れないということはないし、力だって常人と比べればかなりある。それでも1レベル分しか戦士職を取得していないナーベでは、純粋な戦士職とは比べるべくもないほどの技量差があった。

 

 加えて女戦士は、器用に壁や天井を地面のように蹴り、四方八方から立体的に攻撃を仕掛けてくる。剣は通じず、相打ち覚悟で放った魔法も、物理法則を無視したような急加速した動きで宙返りしてかわされた。何か突破口を開かない限り、このままではジリ貧だ。

 

 ナーベは苛立ちと焦りを感じながら、女戦士の猛烈な攻撃を致命傷を受けないように凌ぐ。一対一ならば、せめて距離を取れれば、足手まといがなければ、第三位階までという使用魔法の()()がなければ……。そんなタラレバが頭をよぎるが、信頼して送り出してくれたアインズに失望されるのは何より恐ろしい。途中で投げ出すなどあり得ない。

 

 とはいえ、打開策が見つからない状況でこれ以上不利な戦いを続けてもやられるのを待つだけだ。

 

(やはり、使用魔法の制限を解除するしか……でも、それでは……)

 

 それではアインズの命令に背く事になる。激しい葛藤に苛まれるナーベ。

 

 その時、火球が放たれ、天井に当たって強烈な熱が撒き散らされる。リィジーが〈火球(ファイアボール)〉を放ったのだ。ほぼ同時にブリタが錬金術油の入った瓶を投げつけ、天井はあっという間に炎に包まれていく。天井から壁、家屋全体に燃え広がるのも時間はかからないだろう。

 

「舐め、んじゃ…ないよ、小娘が」

 

「チィィ!」

 

 不意に激しい熱量の煽りを受けた女戦士が、怒りに顔を歪めリィジー達の方へと迫る。

 

「ひっ」

 

 ブリタは思わず恐怖に身を固くする。

 スティレットを持つ手が振り上げられるが、ブリタは反応出来ない。

 女戦士はスティレットを振り下ろすように見せて、動きを止めた。つまり、フェイントを入れた。

 

 ブリタは反応出来ないのに?

 

 女戦士がフェイントを入れた相手はブリタではなく────

 

「か、はっ…」

 

 ナーベだった。

 ブリタの目の前で、後ろから女戦士に迫っていたナーベの胸に、スティレットが深々と突き刺さっていた。痛みに顔を歪めながら女戦士の手を掴もうとするナーベ。しかし──

 

「まだ終わりじゃねぇんだよぉぉおお!」

 

 嗜虐の表情を浮かべながら女戦士がスティレットを捩じり込むと、更にそこから炎が吹き上がった。

 

「ぐっ?──ああああああっ!!」

 

 身体の内側から焼かれる痛みにナーベの悲鳴が響き渡る。更に太腿を刺されたナーベは、女戦士に蹴り飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられた。

 

 女戦士は邪魔物は居なくなったとばかりに獰猛な捕食者の笑みをブリタへと向ける。

 

「クレマンティーヌよ!離脱だ!」

 

 不意に男の声がかかった。気付けば既に床以外は炎に包まれていた。早く脱出しなければ危険と判断したのだろう。クレマンティーヌと呼ばれた女戦士も、やや不満そうな顔をしながら男の言葉に従った。

 

「アハハハ、命拾いしたねー?因みにアタシ達は地下水道から街を脱出する予定なんだー。追い掛けて来るならちょっとくらいは待っててあげるかもよー?」

 

 気を失ったンフィーレアを肩に担ぎ、小馬鹿にするようなヘラヘラした顔で自分達の逃走経路を喋る女。誰も助からないと踏んでいるのだろう。アンデッドを残して二人の襲撃者は姿を消した。

 

「畜生!ナーベちゃん!」

 

「そこをどけええぇぇ!!」

 

 怒りに身を染めたペテルがアンデッド達に向かって捨て身の突貫を仕掛ける。

 

(ここで何も出来きゃ、英雄なんて夢のまた夢だ!絶対に活路を拓いてみせる!)

 

「うおおおお!〈剛腕剛撃〉!〈斬撃(スラッシュ)〉!」

 

 ペテルは極限の状況に追い込まれた事よって、眠らせていた潜在能力を引き出し新たな武技を発動することに成功する。倍以上に強化された腕力によって放たれた攻撃は今までにはない強烈な一撃となり、アンデッドを2体まとめて両断した。

 

 ペテルは初めて使用した武技の負荷に全身が悲鳴をあげ、もんどりうってその場に倒れるが、勢いで他のアンデッドの体勢を崩した。その綻びを見逃さず、ダインの持つ杖の殴打とニニャの〈魔法の矢(マジックアロー)〉が叩き込まれる。ルクルットも短剣で攻撃に加わり、そこからは一気に畳み掛け、アンデッドの掃討はあっという間に終わった。

 

 だが既に火の手は部屋全体を包み込みつつある。

 

「どうにか片付いたが、早くここを出なきゃ焼け死んじまうぞ!」

 

「動けますか、ナーベさん!」

 

 驚いたことに、あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、ナーベは生きていた。ナーベは床に両膝を付き、下を向いたままこめかみに手を当て何やらブツブツと呟いていたが、どうやら意識はある様子だ。ペテルの声に反応し、立ち上がろうとしたが、刺された脚がいうことをきかないようで、体勢を崩して床に手を着く。

 

「ナーベちゃん!」

 

「今肩を……ぐぅっ!」

 

「ペテル!大丈夫ですかっ」

 

 無理に使った武技の反動で身体に痛みが走るペテル。心配そうに声を掛けるニニャに頷いて見せるが、明らかに無理をしている。いや、無理をしているのは彼だけではない。ダインもニニャも、魔法の連続使用で魔力切れを起こしているし、ペテルとルクルットもあちこち傷だらけである。自力の脱出も難しいというのに、ナーベまで担いで行くのは困難と言わざるを得ない。

 

「行きなさい」

 

「ナーベさん!?」

 

「私一人なら何とかなるわ」

 

「駄目だ!!」

 

 状況を悟ったかのようなナーベの言葉を聞き、怒鳴ったのはルクルットだ。

 

「惚れた女を見捨てて逃げるなんて、男として有り得ねぇだろうがぁ!!心配すんなナーベちゃん。何がなんでも連れていってやるからな!!」

 

「は?何を言っているの?」

 

 ナーベは目の前のルクルットが言っている意味が分からず、素っ頓狂な声を洩らす。実際ナーベ一人なら、実際脱出することは容易なのだ。何しろ魔法で転移出来るのだから。使うところさえ見られなければ、マジックアイテムの効果だと言って適当に誤魔化すことも出来るだろう。だから彼らだけでさっさと脱出してくれた方がありがたかったのだが。

 

「自分一人だけ犠牲になろうなんて考えないでください。ナーベさんが来てくれたから、今私達の命はあるんです」

 

「今度は全員焼け死にそうですけどね」

 

「違いないである」

 

 ペテルまで何やら熱くなって語り出し、何故かニニャもダインも軽口を叩き笑顔を見せる。死が迫っている状況で気でも触れたのかと、ナーベは内心で焦りを覚える。これでは満足に守れたとは言えないのでは、との思いが脳裏によぎってしまったのである。

 

「ああ、アインズ様に叱られる……」

 

 そんなナーベの呟きをどう受け取ったのか、ペテルが同意する。

 

「そうですよ、ナーベさん。こんなところで死んではいけません。それこそモモンさんに叱られちゃいますよ?」

 

「どうせなら全員で生き延びてやろうぜ!」

 

 二人はそう言いながらナーベを担ぎ上げる。なんだか会話が全く噛み合っていないような気がする。血を多く失ったせいか思考が定まらないが、ナーベはそんなことを思いながら、何故か悪い心地はしていない自分に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 急ぎ駆け付けたモモンが辿り着いたとき、店舗兼住居となっているバレアレ薬品店からは火の手が上がっていた。木造の柱が多く使われているらしい家屋は、様々な可燃性の薬品を扱っているせいもあってか、急速に燃え広がりつつある。

 

「か、家事だ!燃えてるぞ!」

 

「バレアレさんのとこじゃねーか」

 

「おい、人を集めろ!消し止めるぞ!」

 

 多くの店がひしめき合う立地にあるとはいえ、夜のために店は多くが閉まっており、店舗に住み込んでいる人も少ないのだが、それでも火事は一大事なのである。放置すれば周りに燃え移ってどんどんと被害は大きくなるのだ。周囲に怒号や悲鳴が飛び交い始める中、店の裏口が音をたてて吹っ飛び、中からニニャが駆け出してきた。

 

「こっちです!早く!」

 

 その声に導かれるようにブリタ、リィジーを背負ったダインが続いて出てくる。

 

「ッ!……モモンさん!」

 

 モモンに気付いてブリタが駆け寄ってくる。

 

「あの娘が、ナーベちゃんが……!」

 

 ブリタが震えながら悲壮な表情で訴えかけたその時。また何かの薬品に引火したのだろう、破裂音と共に爆発が起きて窓が弾け飛んだ。ナーベはまだ中に?そう思った矢先。ペテルとルクルットに担ぎ出されて、ナーベも出てきた。その姿を見たモモンは胸に鋭い痛みを覚えた。だがそれは一瞬で、何かがプツリと切れたように、感情が瞬時に凪いでいく。

 

 目元には鋭利な刃物で付けられたと思われる深い傷があり、そこから夥しい血が流れた跡がある。他にも肩や肘、胸元、足の付け根付近にも十数ヶ所の刺し傷。意識はあるようだが、美しい白い顔は蒼醒め、眉は苦悶に歪み、一人で歩行することもままならない様子だ。仕立ての良い純白のシャツは、彼女自身の血によって真紅に染め上げられていた。

 

「ナーベさん、モモンさんが来てくれましたよ!意識をしっかり持ってください!」

 

「ナーベちゃん、頑張れ……!」

 

 ナーベを地面にゆっくりと寝かせ、自身も血と煤にまみれながらも、必死に声をかけるペテルとルクルット。モモンはその様子を数秒の間茫然と立ち尽くして見ていたが、気を取り直したのか、ナーベの方へ歩み寄る。

 

「モモンさん、ナーベちゃんは……」

 

「大丈夫です」

 

 不安げに訊ねたルクルットに、モモンは冷静な声音で応えながら、真っ赤なマントの下から赤いポーションを数本取り出し、まとめてナーベに振りかけた。すると即座に効果が発現し、瞬く間にナーベの傷が癒えていく。モモンはそれを確認する事もなく、ペテル達にも順にポーションを振り掛けていく。

 

「なっ?」

 

「す、凄え……!」

 

「驚きであるな!」

 

「こ、これがそうなのかい……!」

 

 絶大な効果を見せる赤いポーションに驚愕するペテルとルクルット。その効果を身をもって体験したリィジーも、感動に打ち震えていた。

 

「も、申し訳……」

 

 臣下の例を取って謝罪を述べようとするナーベ。しかしそれをモモンは手をあげて止める。

 

「何を謝ることがある。お前はよくやってくれた。身を挺して、皆を守ってくれたのだろ?お前を誇りに思うぞ」

 

「な、なんと勿体無いお言葉……まさに感無量d」

 

「うおおおおん!いがっだぁ!いがっだよぉぉー!ダーベ(ナーベ)ぢゃぁあん!」

 

 ナーベが感涙に咽び泣きかけたその時、突如ルクルットが号泣し始めた。よっぽどナーベに感情移入していたのか、ダバダバと涙を流して男泣きするルクルットに、流石のペテル達も頬をひきつらせ、ナーベも何故お前が泣くのと舌打ちする。

 

「さて、ンフィーレア君の件もありますが……まずは火を消しましょうか」

 

 モモンは皆にそう告げて、轟々と燃え盛るバレアレ薬品店を振り返る。ブリタやニニャには、淡々と告げられたその声音に、ナーベを傷つけられた怒りも、逆に生還に対する安堵も感じられず、やけに無機質で冷たい響きに聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 周囲の住民の協力もあって、近隣へ火が燃え移る事はなかった。とはいっても、消火に必要な量の水を用意できるわけでもなく、建物を崩すことで被害を小さくまとめただけだ。その結果、秘蔵していた薬品の製造レシピや希少な薬品類は殆んどが焼けてしまっていた。ゆっくりと確認している時間はないが、製造に必要なの器材等も軒並み壊れているだろう。

 

 リィジーにとっては長年切り盛りして暮らしてきた大切な店である。しかし感傷に浸っている暇はない。冒険者組合に急ぎ駆け込み、そこでンフィーレア誘拐の事を組合に告げた。店の方も大変だが、それよりも何よりも、今は拐われたンフィーレアの事が最優先だった。

 

 リィジーの話を聞いて事態を重く受け止めた組合長は、『漆黒の剣』とブリタ、モモン達からも詳しく事情を聴取する事にした。相手が冒険者プレートを何十枚も軽鎧に縫い付けていたとの証言があったからだ。プレートを何十枚も持っているという事は、冒険者を何十人と葬って奪い取ってきたという事であり、相応の実力が有る者を選ばなければ返り討ちにされてしまう。いたずらに死人を増やす訳にはいかない。その為少しでも情報を集め、相手に適した人選をしなければならないとの判断だった。

 

 先に『漆黒の剣』が呼ばれ、順に呼ぶからと言われてモモン達は待合室に案内された。孫の安否が気にかかり狼狽するリィジー。一心にンフィーレアの無事を願う、健気なる祖母の姿があった。

 

 モモンはそんなリィジーに、わざわざ拉致するからには利用価値を認めているからであり、直ぐに殺される訳ではないと宥め、一旦情報を整理する事にした。リィジーに頼んで地図を借りてきてもらった。

 

「さて、地下水道だったか?」

 

「はい。奴等はそう言っていました」

 

 ナーベはクレマンティーヌと呼ばれた女の言葉を思い出し、苦々しげな表情になる。

 

「ふむ、だがその言葉をそのまま信用するわけにはいかないな……」

 

 モモンは淡々とした口調で呟き、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を取り出した。中から幾つもの魔法の巻物(スクロール)を取り出していく。その数は10にも及んだ。

 

「情報系魔法対策は常識であり、当然相手も対策を取っていると想定すべきだ。ならばこちらも相応の準備が必要。それはわかるな?今回はこれくらいで良いだろう。さて、まだ棄てられていないと助かるが……ナーベ、これから順に使え」

 

 ナーベは、説明するモモンに渡された順に魔法の巻物(スクロール)を使い、魔法を発動していく。使用された魔法の巻物(スクロール)は、熱を帯びない炎に包まれ、込められた魔法を発動すると同時に灰になる。そして──

 

「〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉」

 

「どの辺りだ?」

 

「……ここです」

 

 ナーベはモモンの言葉に頷き、地図を指し示す。

 

「ここは……」

 

「墓地じゃな。ここに何が?」

 

「次はこれを」

 

 モモンはその質問には応えず、新たな魔法の巻物(スクロール)を渡し、ナーベがそれを発動する。リィジーも知らない魔法ばかりで、ほとんど展開についていけていないが、ンフィーレアの奪還のためにやってくれている事は分かるので、黙って見守る。

 

「〈千里眼(クレアボヤンス)〉……居ました」

 

「そうか、ではそれを写し出せ」

 

 ナーベが受け取ったスクロールを使うと、宙に浮いた鏡のような物に映像が写し出される。

 

「ンフィーレア!……ひぃっ!?」

 

 映像には何故か裸同然の姿になり、透けるような薄い生地の何かを羽織るンフィーレアの姿があった。両目を潰されたらしく、双眸からは血を流している。そして周りには無数のアンデッドの姿があった。数にして千は下らないだろう。

 

「成る程、〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉か。呼び出すのはいいが、操りきれるのか?これもアイテムの効果か?それともその系統のタレントでも持っているのか……」

 

「ンフィーレア!このままではンフィーレアが!」

 

 ブツブツと呟くモモンに、たまりかねて叫ぶリィジー。孫の姿を探し当てたと思ったら、その周りには大量のアンデッドに囲まれていたのである。いつアンデッドに襲われるかと気が気ではない。

 

「意識は無いようですが、まだ暫く命は無事でしょう。アンデッド達はアイテムの力で制御されているようですからね。ですが、見ての通り早急な対応が必要ですね。これらが街に溢れかえればどうなるか。組合長の所へ行きましょう」

 

「……!そ、そうじゃな……」

 

 アンデッドが街を飲み込み引き起こされるのは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。リィジーは想像して身震いしながら部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 霊廟────

 

「クソ、クソ、クソ!!」

 

「悪く思うな、クレマンティーヌよ。儂の崇高な目的をこれ以上邪魔されてはかなわん。始末できるときにしておくに限る」

 

 クレマンティーヌは霊廟を埋めつくす無数のアンデッドに囲まれ、1人応戦していた。手を組んだ筈のカジットの裏切りにあったのだ。クレマンティーヌを以前から危険視していたカジットはこの期を窺っていたのである。ナーベとの戦闘は見た目以上にクレマンティーヌを消耗させていたのだ。

 

 ナーベに大ダメージを与えた、スティレットから吹き出した炎は魔法蓄積(マジックアキュムレート)という魔法によるもので、アイテムに魔法を一つだけ込めておき、任意のタイミングで解放可能になっている。再度使用するには再び魔法を装填し直なければならないが、何度でも繰り返し使用できる便利な魔法だ。

 

 込められた魔法を、体内にスティレットを直接打ち込んだ状態で解放することで、魔法による防御膜の内側からダメージを与える事が出来るのだ。喰らったものは持ち前の耐性だけで耐えなければならない。

 

 今回は彼女が持つ4本のスティレットのうち3本が空になっている所を狙った形だ。武技を何度も連続使用したことで疲労も溜まっており、絶好の機会と言えた。

 

「覚えてやがれ、このハゲ野郎!!」

 

「ふ、貴様も儂の大目的の礎となれるのだ。喜んで贄となれ」

 

「ざっけんなクソハゲェ!」

 

 毒づきながら押し寄せるアンデッドに阻まれカジットに近付く事さえ出来ないクレマンティーヌ。怪しげな黒い石のようなものを握りしめ、カジットは背を向けて歩き出した。

 

「生きていられたらまた会うとしよう。その時は生まれ変わった儂の新しい姿を見せてやる」

 

 アンデッドに埋もれないように必死にもがくクレマンティーヌの目の前で、無情にも分厚い石の扉が閉ざされる。一体一体であればクレマンティーヌにとっては容易に片付けられる程度の雑魚ばかりでも、数百もの数で波状攻撃を仕掛けられれば、話は違って来る。クレマンティーヌも人間である以上、休み無く戦い続けられるわけではないのだ。

 

「~~ッ!クソがぁぁぁあ!!」

 

 閉ざされた空間でクレマンティーヌの叫びが虚しく木霊する。

 

「遂にだ、遂にこの時が来たぞ……」

 

 怪しく嗤うカジットの手の中で、黒い何かが脈動した。

 

 

 

 

 

「何だと!?しかし、それを一体どうやって知ったのだね?」

 

 モモンとリィジーから話を聞いた組合長は瞠目して声を上げた。ゆうに千を越えるアンデッドの集団が、墓地にひしめき合っているというのだ。その情報の信頼性を含め、懐疑的になるのは無理もない。

 

「ンフィーレア君には特殊なマジックアイテムを渡しておいたのですよ。居場所が直ぐにわかるように」

 

「……何故そのような物を渡していたのだね?」

 

 疑心を隠し慎重な面持ち疑問を向ける組合長に、モモンはあっさりと答える。

 

「彼のタレントを聞いたとき真っ先に考えたのは、悪用しようとする連中が居ないか、ということです。例えば今回のように」

 

「っ!あらかじめ予期していたというのかね?」

 

「当然です。少し考えれば誰でもそれくらいは想像できませんか?まさかこんなに早く事が起きるとは思っても見ませんでしたが」

 

 物怖じもせず事も無げに言ってのけるモモンに面食らいつつも、組合長は確かにその通りだなと納得し信用する事にしたようだ。更に有益な情報はないかと質問を重ねる。

 

「それで、相手に心当たりはないかね?」

 

「私はこの街に数日前に来たばかりです。あなた方の方がそういった心当たりはあるのでは?死霊術を使う魔法詠唱者(マジックキャスター)に。例えば、ズラ……何とか……とか」

 

「「「ズーラーノーン!!!」」」

 

 一同の声が重なる。

 

「なんたることだ……奴等の仕業だと言うのか!」

 

 組合長は机を叩き驚愕に身を震わせる。ズーラーノーンは国家規模での対応を要するとされる、途轍もない戦力の魔法詠唱者(マジックキャスター)集団なのだ。とても一都市の冒険者組合だけでは対応しきれるものではないと組合長は知っていた。

 

 エ・ランテルにはアダマンタイトはおろか、オリハルコン級の冒険者さえ居ないというのに、国家を脅かすズーラーノーンの相手など出来るはずもない。加えて現在、エ・ランテルで現役最高位の冒険者、ミスリル級の冒険者チームの一つが依頼で街を出払っており、まだ帰ってきてはいない。

 

 戦力的に余りにも心許ない。組合長の焦燥を読み取ったのか、モモンが口を開く。

 

「組合長殿、こんなときこそ冒険者の出番でしょう?まず墓地のアンデッドの対応には人数が必要です。墓地には可能な限り配置するべきです。それから住民の避難誘導もですね。低ランクの冒険者はそちらに当てるべきです」

 

「そ、その通りだな……!」

 

「リィジーさんも呼び掛けをお願いします」

 

「おうともさ!……ンフィーレアの事、アンタに任せるよ……!」

 

 矢継ぎ早に的確な指示を飛ばし始めるモモンを見ながら、組合長は自嘲する。これではどちらが組合長か分かったものではないと。

 

(しかし、そうだな。こんなときだからこそ、冒険者組合の長たる私が立ち止まってはいけないのだ…!)

 

「モモン君、実行犯についてはどうするつもりかね?聞いた話だけでも相当な実力者のようだが」

 

「それでしたら私に一案あります」

 

「おお!な、何だね?」

 

 先程から的確且つ深い洞察からくるだろう確信めいた言葉の数々に、組合長はモモンを単なる銅級の冒険者として見る事など出来なくなっていた。その堂々たる佇まいにはまるで何処かの王族の姿を幻視してしまう程だ。長として情けないとは思いつつも、彼に希望を抱かずにはいられなかった。




久々にダイジェストしてみます

クレマン「アハハー」

ペテル「英雄になるんだー!」

モモン「アレ?何も感じない……」

ルクルット「うおおおおーん!」

ナーベ「何でお前が!?」

ハゲ「喜べ」

クレマン「クソガー!」


クレマンティーヌ、このまま死んじゃう説浮上?

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