異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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謎との遭遇、そして彼女が壊れます。


#64 謎との遭遇

「はぁーっ、はぁーっ、ゴホッ、ゴホ……はは、あはははは……やった……やってやったぞコンチクショウが……!」

 

 閉じ込められた部屋の中で数百ものアンデッドの群れを倒しきったクレマンティーヌは、安堵と共に倒れ込んだ。オリハルコンでコーティングを施したミスリル製のスティレット。それを二本も使い潰してしまったのだから、如何に壮絶な死闘であったかが知れようというものだ。クレマンティーヌが大の字で倒れている下には、無数のアンデッドの残骸が敷き詰めるように積もっている。

 

「あー疲れた……。ッ!?足音?」

 

 微かに聴こえてきた足音に、クレマンティーヌは重い身体に鞭を打って上体を起こす。怪我こそ少ないが、筋肉が悲鳴をあげている。

 

「くそ、あのハゲか……?」

 

 折角アンデッド地獄を生き延びたと言うのに、今奴が戻って来たら不味い。そう直感したクレマンティーヌは脱出経路を探すが、この部屋から出られそうな所は一つしかなく、その出口の方から足音は聞こえてくる。

 

 周りは分厚い岩盤で、他に逃げられるような通路も、身を隠せるような隙間もない。加えて疲労困憊で全身の筋肉が痙攣を起こしている。だがやるしかない。半ば自棄糞気味に覚悟を決めたクレマンティーヌは、予備の新しいスティレットを抜き取り低く、低く構えた。

 

 〈能力向上〉〈能力超向上〉

 

 軋む肉体で無理矢理武技を発動し、扉が開く瞬間を待つ。空いた瞬間を狙って一撃見舞い、怯んだ隙に全速力で逃げる。これしかない。速さには自信がある。完全に(きょ)を付く事が出来れば一撃で仕留める事も出来るかもしれない。だが向こうもそれなりの危険を想定しているはず。そう甘くもないだろう事はわかっていた。だから逃げる事を最優先する。彼女は性格が歪んではいるが、狂ってはいない。実力に傲らず冷静に判断を下すだけの思考力も備えているのだ。

 

 近付いてきていた足音が止む。丁度今、扉の向こうに立っているのだろう。クレマンティーヌは限界まで引き絞られた弓の如く張り詰め、何時でも飛び掛かれる状態だ。

 

(さあ来いよ。一発お見舞いしてやる……!)

 

「ふむ、ここは……」

 

(この声、カジットじゃない…?)

 

 聞き覚えのない男の声。本来ならこんな処に居るハズがない。外は今頃アンデッドが溢れ反っているはずで、無関係の人間が入ってくる隙などないのだ。カジット達も上の霊廟で儀式を行っていたはず。運良く霊廟まで入って来られたとしても必ず鉢合わせする構造だ。だとすれば、カジットを戦闘の末に倒したか、不可視化などの隠形に長けているということになる。

 

(冒険者?ここまでアンデッドの群れを掻い潜って?この街にはそんな芸当が出来るような冒険者の情報はなかったはず。扉の向こうには誰が……?ああ、クソッ敵なのか?味方──いや、それはあり得ないか)

 

 自分に味方など誰も居ない。そう知っているのに、今さらそんな思考が何処から沸いて出てきたのかと自嘲する。

 

(色仕掛けでいくか……?男なら多少は隙が出来るだろ)

 

 自慢じゃないが見た目には自信がある。女として出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。顔立ちも整っている方だ。今は汗まみれでゾンビの汁やなんかも多少付いているが、若く白い肌は瑞々しさを保っている。まだ弱かった頃は、下衆野郎達に捕まり色々された事もあるが、現在では逆にそういった連中を人気のないところへ誘い込み、じっくりと甚振って楽しんでいる。

 

 ただ今は消耗が激しく、正面からまともにやり合うのは避けたい。裸を見せることで労せずして仕留められるのなら安いものだ。今更気にする程(うぶ)な乙女でもない。善は急げとばかりにクレマンティーヌは服を脱ぎ始める。元々露出の多い軽装の為、脱ぐのは容易だった。

 

 全裸になったクレマンティーヌは、マントで前を一部だけ隠し、出来るだけしおらしく見えるように表情を作る。マントの中には何時でも攻撃できるようにスティレットを隠し持って。

 

 やがて破壊音と共に石の扉が崩れ、男が姿を見せた。やはりクレマンティーヌには面識のない男だ。男はクレマンティーヌには目もくれず、室内を見回す。まるでその存在に気づいていないかのようだ。だが、それに文句を言う気は起こらない。それどころか、男を見た瞬間から言葉を発することさえ出来なくなっていた。ただひたすらに、祈るように、思う。

 

(見るな、頼むからこっちを見ないでくれ……アタシになんか興味を持たずに、このまま行ってくれ)

 

クレマンティーヌは息を潜め、ひたすらに願った。目に入った瞬間から、クレマンティーヌが伺い知れるだけでも絶望的なまでの実力差をヒシヒシと感じてしまったからだ。

 

(あり得ない……っこんなバケモノが王国に居るだなんて……!()()()()()()()()()()()()より強い……?いや、そんなのどっちでもいい、とにかく敵に回したらおしまいだ!)

 

 男は何かを探している様子だが、それはクレマンティーヌに対してではない事はわかる。この場に居るかもしれない誰かを探しているような、そんな雰囲気だ。幸いなことに、クレマンティーヌには路傍の石のように全く興味を示していない。

 

 一通り辺りを見回したあと、男は踵を返して歩き去ろうとする。男が遠ざかっていくのを見送りながら、クレマンティーヌが安堵のため息をつきかけたその時、からん、と握りしめていたはずのスティレットが落ちた。男がはたと足を止め、肩越しに振り返る。

 

「ふむ……一般人にしては随分()っているようだな。〈復讐者召喚(ネメシス・コール)〉」

 

 男がややハスキーな声で何かを唱えた。クレマンティーヌは信じられないものを見る事になる。

 

 

 同時期、とある洞窟────

 

「コイツ、なんなんでありんすか!?」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンもまた、未知なる存在との邂逅に驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

「本当に来るんだろうな?」

 

「来ます!」

 

 先輩冒険者に訝しげに訊ねられたペテルは確信をもって答える。召喚された無数のアンデッド達が墓地の外壁目指して押し寄せてくる頃には、既にかき集められた冒険者達が多く集まり、迎撃の態勢を整えつつあった。

 

「ん……?おい、見えたぞ!!」

 

 城壁の上で目を凝らしていた衛兵が、叫び声をあげる。

 

「マジかよ、本当に来やがった!」

 

「おー、見えた見えた。聞いちゃいたが、実際に見るととんでもねえ数だな」

 

「何だ、ビビってんのか?」

 

「はは、まさか!」

 

 準備を進めていた冒険者たちがざわめく中、組合長のプルトン・アインザックが外壁に立って檄を飛ばす。

 

「我々冒険者の使命とは何だ!それは人々をモンスターの脅威から守ることだ!我々が敗れれば、愛すべきこの街のすべてがアンデッドに奪われるだろう!我々こそがこの街の最後の砦なのだ!死んでも守りきれ!」

 

「「「おおおおおー!!」」」

 

 鬨を上げる冒険者達。元オリハルコン級冒険者の組合長が陣頭指揮を取る冒険者組合の士気は高い。骸骨(スケルトン)腐肉漁り(ガスト)食屍鬼(グール)といった低位アンデッドがひしめき合いながら一つだけ開かれた門に殺到する。が、それらに臆する者はこの場には居ない。

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)が支援魔法をかけ終え、(ゴールド)級、白金(プラチナ)級を主軸とした前衛メンバーがアンデッドの突進を受け止める。恐怖も痛みも感じないアンデッドは自らの体が砕け潰れる事も気に留めることなく突進を続けるが、集められた精鋭冒険者達が作る鉄壁の壁は容易には破れない。かといって耐え続けているだけでは圧倒的数で押し寄せて来るアンデッド達にいずれは引き潰される。

 

 壁役が突進を止めている隙に、隙間や壁の上からは次々に魔法や矢の攻撃が降り注ぎ、アンデッドを駆逐していく。この(シルバー)級以上の冒険者のみで構成された精鋭チーム達の中には『漆黒の剣』の顔もあった。

 

 ただ、ニニャの姿はこの場にない。襲撃を受けた時に負った怪我は治っているものの、魔力は戻っていない。魔力を回復させるアイテムは存在せず、時間の経過によって回復を待つしかない為だ。森司祭(ドルイド)のダインはまだ武器を取り直接戦闘が出来るが、生粋の魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャにはそれができない。組合長から戦力外とされ、悔しそうに唇を噛み締めるニニャを置いて来るしかなかったのだ。今は(アイアン)級以下の冒険者達と共に住民の避難誘導に回っているはずだ。

 

「では、ナーベ君は遊撃しつつ、様子を見て厳しそうな時はフォローに回って欲しい。頼めるかな?」

 

「……良いでしょう。〈飛行(フライ)〉」

 

 そう言ってふわりと浮かび、墓地内へと飛び立つナーベ。かなり美人だが気難しそうな印象の彼女が素直に指示に従ってくれたことに、アインザックは内心安堵する。

 

 モモンの案はアインザック自らが陣頭指揮を執り、アンデッドの墓地外への流出を阻止している間にモモンが突貫して敵首魁を討伐。アンデッド発生の元凶を元から絶ち、それから掃討戦に移るというものだ。

 

 本来ならば駆け出しである(カッパー)級の冒険者の意見をそのまま採用し、更には最も危険な地に送り込むなどありえないが、『漆黒の剣』やリィジー・バレアレの言葉を信じるなら、彼ほどの適任者は居ないということになる。

 

 時間がないため詳しい事は聞けなかったが、彼の実力を垣間見た『漆黒の剣』の話では、森の賢王さえも単身で屈伏させたらしい。その強さは間違いなく英雄の領域だと言われたときは、嘘を言っているのではと疑いたくなった。首からぶら下げているのは(カッパー)プレートなのだから。だが、相手が英雄の領域に立つ実力者であろうと、彼の勝利を確信するリィジー達の様子に、アインザックも何故だか信じてみる気になったのだ。

 

(モモン君……不思議な男だな。いきなり街の命運を背負う戦いに身を投じるというのに、気負った様子もなく、あれほど堂々としていられるとは。あんなに肝の据わった男が只者であるはずがない……。だが、君に……君たちに頼る他ないようだ。頼んだぞ)

 

 

 

 

 

 

(どうなっているんだろうな……)

 

 アンデッドの有象無象への対応を冒険者とナーベラルに任せ、墓地内部に潜む敵首魁を目指して一人突貫した事になっているアインズは、自身の心境を分析していた。

 

 ナーベラルの痛ましい姿を目にしたとき、爆発するかと思われた感情の波は一瞬で完全に凪いでしまった。それまでならば、種族特性に因って起こる感情の鎮静化にはタイムラグがあり、鎮静化されたあともチリチリと残火のように燻っていた。その仕様が変わっていなければ、あの場では少なくとも一瞬は激しい怒りに身を震わせ、或いは激昂していただろう。

 

 ところが怒りの感情はまるで沸いてこなかった。最初に起きた動揺の波も、今までとは何か違う気がしていた。感情そのものが途中で掻き消えたような感覚で、燻っているような感じもしない。今も極めて平静な精神状態が続いている。直前の胸の痛みと何か関係しているのだろうか。もしかしたら、完全に精神が異形と化し始めたのかもしれないなと分析しつつ、それ自体には恐ろしさを感じない。淡々と恐ろしい推論を立てている自分がいる。

 

 今も全く感情に波は起きず、妙に冷静に思考できている。今ならアルベドの()()()を正面から受け止め、真顔で平然と歯の浮くような口説き文句を口にしながら尻を撫で回せそうな気さえした。流石にそんな常識外れな事を実行するつもりはないが。

 

 しかし、そんなアインズにも不可解と言わざるを得ない状況というものはある。

 

 霊廟の前には、如何にもな格好をした魔法詠唱者(マジックキャスター)が数名で儀式めいたことをしている最中のはずだったのだが、アインズが到着した時には既に誰も居ないようだった。

 

 しかしよくよく辺りを調べてみると、脱ぎ捨てられたローブらしきものが地面に残っていた。ならば中身は何処へ?その疑問の答えはローブの下にあった。どす黒く腐り果てた、()()()()()()になっていたのだ。

 

「つまり……コイツらは何らかの儀式を試み、失敗した、ということか……?」

 

 状況から推理しつつ、六人の成れの果てを確認したあと、ここにはこれ以上調べるべきものはないと判断し、霊廟内部を調べに入った。

 

 万一の時のために、ナーベラルに課していた使用魔法位階の制限は()()()()()()解除することを許可している。最高で第八位階まで使用できるならば、第七位階で召喚された程度のアンデッドなど問題にならないだろう。首謀者らしき魔法詠唱者(マジックキャスター)は既に死んでいるようだし、他に隠し球があるとも思えない。ならば向こうは完全にナーベラル達に任せて良さそうだ。

 

 内部には地下へと続く階段があり、そこを降りていくとすぐにンフィーレアの姿を発見した。一旦生存を確認したところで、目的の人物を探す。

 

「例の女戦士は……あの奥か」

 

 薄暗い霊廟内でも昼間のように見通す事が出来るアインズの視線の先。奥の壁には元は扉だったのだろう、崩れた石のようなものがある。その向こう側には空間があるようで、魔法による生命探知をしたところ、反応が一つだけあった。

 不可視化を解き漆黒のローブ姿から冒険者モモンの姿に変身する。

 

「ん……?」

 

 おかしい。中には間違いなく誰かが居る。足音も消してはいないので、奥の空間にも響いて聞こえているはずだ。だと言うのに、まるで動きがない。気付いてさえいないのだろうか。圧倒的に有利な状況であったとはいえ、ナーベラルに苦戦を強いた程の手練れが、足音に全く気付かないなんて事は有り得るだろうか?

 

(この場合、気づかないフリをして待ち伏せていると考えるのが自然だな……)

 

 モモンは警戒度少しを引き上げ、そっと中の様子を伺う。

 

「これは……どういう状況だ……?」

 

 モモンは、視界に飛び込んできた意味不明な状況を見ながら呟いた。視線の先には女が一人。ボブカットの金髪に赤みがかった瞳。それらの外見的特徴が、ナーベ達から聞いたクレマンティーヌという女戦士と符合する。だが────

 

(コイツ、何で裸なんだ?変態か?アンデッドの残骸が地面に転がってるっていうのに……)

 

 こんな薄気味悪いところでよく全裸になって座ってられるな。そんな感想を懐く。アンデッドになった為か現在はこのようなおどろおどろしい場所も平然と一人歩きできるが、人間だったらどうだろう。女が平然としていられるものだろうか。

 

 そんな彼女は今、アンデッドの残骸の上に全裸で座ったまま、何処に焦点を合わせるでもなく虚空に目を泳がせていた。その表情に残忍な印象はカケラもない。

 

 なんだか聞いてた話と全然違うんだが。そう思いつつ、モモンは本人確認を取ることにした。

 

「こんばんは」

 

 声をかけると、女はモモンの方へゆっくりと視線を向ける。そしてニコリと笑顔をみせた。穢れを全く知らないかのような、無垢な表情だった。そして──

 

「おじさんだぁれ?」

 

 コテン、と首を傾げて訊ねて来る女。男の前で一糸纏わぬ裸体を晒しているというのに、その事にはまるで頓着していない様子だ。しかし、たわわに実った豊満(ワガママ)な乳房を平然と放り出してるその態度は、そういった性の羞じらいそのものを知らない幼女のようでさえある。

 

 あまりにもチグハグな外見と中身、前情報との違いのに、モモンは若干の戸惑いを覚えた。頬面付兜(フルフェイスヘルム)のスリットから、観察するべきところはしっかり観察していたが。

 

(金髪だと本当に()()()()()なのか。初めて見た。一つ勉強になったな……)

 

()()()とはどっちなのか、()()とはどうなのかは、この場では本人のみぞ知る。ちなみにあの欲求は全く沸いてこず、気恥ずかしさのような動揺もまるで感じられない。知的好奇心のみが充足感を得たようだった。

 

「私はモモン。冒険者だ。君の名前を教えてくれるかな?」

 

 モモンが先に名乗ってから女に名前を訊ねる。すると名乗った名前はやはり予想したとおりだった。

 

「クレマンティーヌ」

 

「そうか。……君はここで一体何を?」

 

 やはりコイツがそうなのか。だがナーベやペテルから聞いていた話とはまるで別人のような印象だ。考えている事を表に出さず、モモンは質問を投げ掛けた。すると女は再び首を傾けながら虚空に視線を泳がせる。何と答えるか考えているようだ。

 

「えっとねー」

 

(ふ、実は演技なんだろ……?一見無垢な表情の裏で、この場に居た言い訳を考えているというわけだ)

 

 モモンはこれが女の演技に違いないと予測し、内心で鼻を鳴らす。油断を誘って襲い掛かってくるつもりなのだろう。ペテル達の証言から推測するに、人を殺す事に快楽を見出すタイプの人間らしい。表面上はあどけない童女のような演技をしながらも、内心では残忍な殺害方法を考えているに違いない。

 

(得意武器は刺突系だったな。一見丸裸だが、近くに隠しているのか?)

 

 武器や戦闘方法についても既に情報は入手済みだ。彼女は目の前のモモンとナーベが繋がりを持っていると知らないはずだ。ナーベ達は炎に焼かれて死んでいるとさえ思っているかもしれない。だが実際は既に情報というアドバンテージを持っているモモンに対し、クレマンティーヌはモモンの事を何も知らない。

 

 骸骨(スケルトン)系のアンデッドは刺突攻撃に対して種族特性として強い耐性を持っている。()してやモモンの中身は最上位のアンデッド、死の支配者(オーバーロード)である。彼の認識ではオリハルコンと言えば比較的柔らかい金属であった。ユグドラシルの希少金属と比べれば、この世界で最上位と言われるアダマンタイトですら柔らかい方なのだ。オリハルコン程度で作られたスティレットでつつかれたところで、ダメージを受けるはずがないのだ。

 

(嘘で塗り固めてやり過ごそうとしているのだろうが、全部お見通しだぞ?全て見透かされていると知ったとき、お前はどんな絶望の色を見せてくれるんだろうな?)

 

 優位に立っているモモンの胸中に、暗い欲望が影を落とす。その無垢な顔を絶望に染め、苦痛に悶えながら必死に赦しを乞う女を、肉の一片も余すことなく蹂躙し尽くしてしまいたい。しかしそれは本人も自覚していない程度のほんの微かなもので、理性的な部分が目の前の人間の価値を冷静に値踏みする。

 

(しかしナーベに大怪我を負わせる事の出来る者が、現地人に一体どれ程いるだろうか。相性にも拠るだろうが、コイツはプレアデス位なら互角に渡り合えるのかもしれんな。ガゼフ・ストロノーフがこの辺りで最強と言われるくらいだから、この女ほどの人間はそうそういないか?となると、ここは殺して終わりにしてしまうよりも、生かして恩を売り、有効利用を考える方が価値的か……?)

 

 例えば、人間への応対を練習させる為の教材としてはどうか。ニグンも悪くないのだが、アレは狂信的な態度が過ぎるので、好き嫌いが別れる。それにガゼフ・ストロノーフ位に強いなら、ユリ辺りがついうっかり殴り飛ばしてしまったりしても死ぬことはないだろう。何らかの武技の使い手ならその仕組みを研究し、習得法を探るのも良いかもしれない。あるいは鍛えてみて、現地人がどこまで強くなれるかのサンプルとしても良いかもしれない。

 

(まぁ、コイツの態度次第だな。素直に従ってくれるなら生かすことも考えよう。だが牙を向いてくるなら……)

 

 一切容赦はしない。冷静なモモンの思考は数舜のうちに様々な算段を立てる。そうして相手の出方を待っていると、クレマンティーヌの口がへの字に曲げた。

 

「どうした、答えられないか?」

 

 答えに窮しているなと思い、モモンは少し意地悪な声を出す。それを聞いたクレマンティーヌがジワリと涙を滲ませた。

 

「分かんない……イイコで寝てたのに、起きたらここにいたの。兄様もいないし……」

 

(……は?)

 

 言いながらクレマンティーヌは目尻にジワリと涙を滲ませる。頬には既に涙を流したような跡がある事にモモンは初めて気付いた。全裸でここまで迫真の演技が出来るのなら、その面の皮の厚さにある意味敬意を抱くかもしれないが、どうやら演技ではなさそうだ。

 

「あー、わかった。わかったから泣くな」

 

言いながらモモンは片手で頭を抱える。

 

(どうなってる?どうやら嘘は言っていないみたいだが、例の女戦士はコイツで間違いないんだよな?何も覚えてないのか……?もしかして二重人格というやつか?残忍な大人の人格と無垢な子供の人格があって、何かの拍子に入れ替わるとか……)

 

「あれ……」

 

「ん、どうした?」

 

 精神が幼女化しているらしいクレマンティーヌは立ち上がって声をあげる。何か思い出したかと思ったが、そうではなかった。

 

「お顔近い。小さいおじさん」

 

「いや違う、逆だ。君が自分が思っているより大きいんだ」

 

 モモンに反論され、クレマンティーヌは一瞬キョトンとした顔をして自分の身体を見下ろす。

 

「……オッパイが大きくなってる。変なところに毛も……。いっぱい寝て大人になったのかな?」

 

 クレマンティーヌは不思議そうに大人になったらしい自分の胸を揉んだり左右から寄せてみたりと弄りまわしている。

 

「さあ、どうだろうな……?」

 

(俺に聞かれてもな。というか、体が大人になったんじゃなく、中身が子供になったんじゃないのか?)

 

そう思うがそんなツッコミを入れたところで今のコイツには理解できなさそうだと思ったので何も言わない。とりあえず服を着るように促したが、自分の大きな胸に興味を引かれているようで、ピンク色の先端を揉んだりつねってみたりと、まるで女体化した少年である。

 

(しかし、何も感じないな。こんなの見たら流石にドキッとしてもおかしくないと思うんだけど……仕草が余りにも子供っぽいからか?)

 

 何となく残念な気がしないでもないが、今更そんな欲求だけあっても仕方ないと、チラリと失ったモノの辺りを見つつ思考を切り替える。彼女が服を着るのを待って、モモンはクレマンティーヌに提案する。

 

「ここは墓地。お墓だ。アンデッドが襲ってくるかもしれないし、一人でずっとここにいるのは危ないぞ?取り敢えず、一緒に付いてくるか?」

 

「うん」

 

 何も疑うことなくそう言って素直に着いてくるクレマンティーヌ。彼女をどう扱うべきか、また、冒険者組合やナーベラルにどう説明しようか考えていると、ンフィーレアの姿を見つけて「このお兄ちゃんヘンタイさんなの」と聞いてくる。先程まで自分も全裸だったろうに。

 

「おちんち」ああ、見ちゃいかん。少し向こうを向いて目を瞑っていてくれ」……?うん」

 

 首を傾げながらも、クレマンティーヌはモモンの言葉に素直に従い、背を向けて手で目を覆う。それを確認してから本来の姿に戻った。

 

「〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉……ゴミ性能だな。〈上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)〉」

 

 ンフィーレアの額に装着されていた『叡者の額冠』を鑑定したが、デメリットが大きすぎて使い物にならないと判断し、即座に破壊を決断した。持ち帰って研究させることも一瞬考えたが、アインズ・ウール・ゴウンの名を知るリィジーから救出を頼まれたのだから、故意に失敗するわけにはいかなかった。

 

 とりあえずスケスケの恥ずかしい格好を何とかしてやろうと、真っ赤なマント(ネクロプラズミックマント)で身体を包んでやる。長さで負けただとか、太さでは勝っているだとか、俺はちゃんと剥けてたとか、今更無いものを比較するのは止めにした。ひとまずはこれで良い。ンフィーレアをマントで包んだところで〈伝言(メッセージ)〉が届き、応答する。

 

「アインズ様、今よろしいでしょうか?」

 

「エントマか?」

 

 声の主はエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。戦闘メイドプレアデス六姉妹の()()()()()である。ナザリックで留守番中のはずの彼女から連絡があるとは思っていなかった。アインズが忘れているのでなければ、少なくとも予定にはない事だ。

 

「何か急ぎの用件か?出来れば手短に頼む」

 

「はい。実は、シャルティア様が……」

 

「何……!それは確かなのか?……そうか」

 

 エントマから驚愕の報告を受け、また胸に痛みが走る。そしてやはり感情の波は起こらない。信じられないほど冷静だ。とはいえ、緊急事態である事には違いない。急ぎ事態の収拾を着け、ナザリックへ帰還せねばならない。

 

「今はこちらも手が離せない。念のためリムルにも連絡を取るよう、アルベドに伝えておけ。私も出来るだけすぐに戻るとしよう。ではな」

 

(まだコイツをどうするか決まっていないが……それは組合に任せるとしよう)

 

 クレマンティーヌの現在の価値を量り兼ねたアインズは、組合に処遇を任せることにした。はっきり言って今の子供の状態のままではナザリックにとって利用価値が認められない。元に戻る可能性がゼロではないが、戻らなかった場合はただの子供同然である。ならば組合で煮るなり焼くなり好きにしてもらおうと考えたのだ。幼児退行していようが、コイツが何人も冒険者を食い物にして来たのは事実。突き出した先でどう処分されようが自業自得だろう。

 

 アインズは再び戦士モモンに扮し、ンフィーレアを肩に担いで歩き出す。

 

「さあ行こうか」




名ゼリフの「クソがぁー!」は出てきません。
アインズ様の精神に何が起きているのでしょうか?
シャルティアが何を見たのか、クレマンティーヌの身に何が起きたのかも含め、物語の中で明かされていく予定ですが、あの計画はまだ始まったばかりです……。
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