異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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クレマンティーヌの事後処理と、あの人達の近況です。


#65 見えない歪み

骨の竜(スケリトルドラゴン)が同時に3体も出たときは流石にヤバいと思いましたが、終わってみれば死者はゼロ、完全勝利でしたね」

 

「あれがモモン君の実力……いや、その一端か。ペテル君が言っていたことは大袈裟でも何でもないと確認できたよ」

 

「あれは確かに凄まじかったな」

 

「ですよね!やっぱり、皆さんから見てもそう思いますよね!?」

 

「いや、そんな大袈裟な……」

 

 ミスリル級冒険者チーム『虹』のリーダー、モックナックが述懐し、組合長アインザックも機嫌良さげに頷いている。同じくミスリル級のチーム『天狼』のリーダー、ベロテの言葉に、ペテルも興奮した様子で同意する。モモンが認められた事をまるで自分の事のように喜んでくれるのは有り難いが、盛り上がりすぎな気がする。

 

 骨の竜(スケリトルドラゴン)。大量の骨が集まって竜を象るそのアンデッドは、魔法への完全な耐性を備えており、ありとあらゆる攻撃魔法を無効化してしまう。謂わば魔法詠唱者(マジックキャスター)にとって天敵のようなモンスターだ。3メートルを越える巨体から繰り出される攻撃も重く危険な、討伐難度にしておよそ48という難敵である。

 

 大量のアンデッドを半数以下に減らした頃、それが二体同時に現れたときには誰もが焦りを覚えた。ベロテ率いるミスリル級冒険者チーム『天狼』が巧みに翻弄して一体を引き離していき、もう一体は同じくミスリル級の『虹』が受け持ったのだが、そこへ更にもう一体現れたのだ。

 

 単体であればミスリル級冒険者チームで難なく倒せる相手だが、既に二体をそれぞれのチームが相手をしており、すぐには対応できない。三体目をどうするか。大量のアンデッドを相手に疲労が貯まっている白金(プラチナ)級以下の冒険者には少しばかり荷が重い。魔法への絶対耐性がある以上、遊撃で目覚ましい活躍を見せてきた魔法詠唱者(マジックキャスター)のナーベも、心なしか苦い表情に見えた。

 

 壁を破られれば、数が減ったとはいえまだ大量に残っているアンデッドの市街地への流入を許してしまう。戦うことが出来ない一般市民は瞬く間に殺されてしまうだろう。元オリハルコン級で現組合長のアインザック自身も既に前線で戦っており、集合する死体の巨人(ネクロ・スオーム・ジャイアント)の相手に梃子摺っていた。とてもではないが骨の竜(スケリトルドラゴン)の相手までする余裕などない。このままでは均衡が破られてしまう、誰もがそう思った矢先だった。

 

 骨の竜(スケリトルドラゴン)の頭蓋に、何処からか投げつけられた巨大な剣が突き刺さったのだ。その一撃で、骨の竜(スケリトルドラゴン)は体勢を大きく崩し、横に倒れた。そこへ上から飛び乗って、刺さった剣を頭から尻尾まで()()()一気に振り抜く黒い全身鎧の男。一人敵の本拠地へ突貫していたモモンだ。肩には赤いマントに包まれた少年を担いでいる。彼が無事戻ってきたということは、首魁は既に討たれたという証左でもある。

 

 モモンが振り返り頷きかけると、アインザックが「仕上げにかかるぞ!根性見せろよお前ら!」と号令をかけ、終わりが見えたことで疲労の色が濃かった冒険者達も目に見えて息を吹き返したのだった。

 

 あの時、モモンが駆け付けていなかったらどうなっていたか分からない。そうペテルは述懐するが、実際にはモモンが来なくても、街にアンデッドが流出する事は無かったはずだ。冒険者が対応できなくなったと判断した時点で、あとはナーベが全て片付ける予定だったからだ。

 

 因みに骨の竜(スケリトルドラゴン)の持つ魔法の絶対耐性とは、正確には第六位階以下の魔法を無効化する能力であって、全ての魔法を無効化出来るわけではない。つまりナーベラルがその気になれば、第七位階以上の魔法を行使して問題なく倒せるのだが、現地の魔法詠唱者(マジックキャスター)に第七位階の使い手は居ないようなので、絶対耐性という解釈もある意味間違いではないかもしれない。

 

 皆が手当てを終え、その多くは勝利を噛み締めながら宿へ戻ったり酒場に繰り出して行った。そんな中、モモンとナーベ、『漆黒の剣』『虹』『天狼』が冒険者組合に詰めていた。現在は組合長の部屋にそれぞれのチームリーダーが集められ、会議をしている。

 

「ではモモン君のチームの今回の活躍を加味し、ミスリル級への昇格に異論はないかな?」

 

「ええ、勿論です」

 

「俺にはオリハルコンでも良い位に思えますがね?」

 

「私もそうは思うが、流石に実績が少なすぎると下の冒険者達のやっかみがないとも限らんからな。今回はこれが限界だろう」

 

「た、確かに……」

 

 ベロテはもっと上でも構わないと言うが、アインザックの言うことも分からないではない。数日前に登録したばかりの駆け出しが、一気にミスリル級に飛び級するのだ。これだけでも前代未聞、破格の待遇と言える。それに対して嫉妬心を懐き、難癖をつけてくる者もいるかもしれない。

 

 だが、モモンとナーベの活躍ぶりは多くの冒険者仲間がその目で見ており、危ないところをナーベの魔法に救われたという者も少なくない。文句を付ける奴などそうそういるはずはないのだが、ベロテは実際にそれを見ていない者、特に()()()は黙ってないだろうなと、此処には居ないもう一つのミスリル級冒険者チームのリーダーを思い浮かべ、納得する。

 

「しかし、いきなりミスリル級なんて、私達に務まるでしょうか?まだ街の生活にも馴染んでいないのに」

 

「心配はない。君達の実力は十分に足りていると思うし、実績もすぐに着いてくるだろう。つまらない文句を言ってくるような奴は私が黙らせるさ」

 

「は、はぁ……」

 

 妙に気前の良い組合長の態度をモモンは不審に思いながら、一応社交辞令として謙遜して見せる。本当は早くアダマンタイトに昇格したいが、調子に乗ってそんなことを口にしては不遜な男だと思われ評価を下げられかねない。

 

 モモンの謙虚な姿勢を見たベロテとモックナックは好意的な目を向けてくる。どうやら効果は上々のようだ。組合長の妙な視線は気になるが、何はともあれ、モモン達のミスリル級への昇格は概ね話がまとまった。だが、大きな問題が残っていた。

 

「それで……()()はどうなっているんだね?」

 

「私も何がなんだか……突入したときには既にあの調子でして。考えられるとすれば、何らかのショックで記憶を失ってしまっているか、あるいは二つ以上の人格が何らかの切っ掛けで入れ替わる、というところでしょうか。いずれにしても、はっきりしたことは何とも……」

 

「うーむ……」

 

 そう、クレマンティーヌが問題であった。彼女の姿を見た『漆黒の剣』達は武器を握って臨戦体制を即座に取った。合流したニニャも思わず敵意を向けて杖を構え、魔法をぶっ放しかけた程だ。しかし一度は殺されかけた相手なのだから当然の反応だろう。

 

 実際に戦ったもう一人、ナーベはというと、そもそも顔をよく覚えていなかったようだ。ペテルに「襲って来たのは彼女で間違いないですよね」と聞かれ、こんな顔だったかな?と言いたげな微妙な表情を浮かべ首をかしげたときには、モモンとペテル以外にも何人かは脳裏に()()()()が思い浮かんだ事だろう。

 

 微妙に緊迫した空気を読んでか読まずか、あどけない無垢な笑顔を向けるクレマンティーヌに、『漆黒の剣』は瞠目した。あの嗜虐に歪んだ獰猛な笑みは何処へ消え失せたのかと。

 

「本人があの様子では、罪を問うのは難しいでしょうか……」

 

 ペテルがおずおずと口を開く。襲撃に遭った本人がそう言ってしまうほど、今の彼女はおかしい。いや、襲撃に遭った時も違う意味でおかしかったのだが。

 

「ああ、流石にあれではな……。ふーむ、どうしたものか……」

 

 アインザックもまさかの事態に、対応を決めあぐねる。ペテル達から聞いていた話とは余りにその人物像がかけ離れていたため、別人かと思ったほどだ。だが容姿と名前が証言と一致したため、本人で間違い無いと判断した。

 

「ただ、記憶喪失にせよ、人格交代にせよ、いつまた凶悪な殺人鬼に戻るとも限らん。万が一そうなったときにも即座に対応出来る体制にはしておきたいが、それには……」

 

 言いながらアインザックがモモンに視線を送り、他の面子からも視線が集まってくる。

 

「……私、ですか?」

 

「う、うむ。済まないが、君の下に預かって貰うのが一番良い」

 

(やっぱりそういう流れになったか……)

 

 モモンもこれは予測していた。対応に困る厄介な案件の担当を無理矢理押し付けるパターンである。処罰しないならそうなるだろうな、と思った通りの展開である。

 

 だがクレマンティーヌを預かるにしても、当面の依頼はどうするか。それは冒険者活動においては死活問題であった。依頼先に一緒に連れ回すのは如何なものか。かといって依頼を受けずに暫く籠っていられるほど金銭的な余裕もない。モンスター討伐報酬とリィジーからの依頼金だけしかないのだ、資金は心許ないと言わざるを得ない。

 

(何処かに預けようにも託児所なんてあるわけないし、あっても体は大人だ。無理だろうな……最悪、一人で依頼をこなす事になる。納得してくれれば良いが……)

 

「……分かりました。側に置いて暫く様子を見るという事ですね」

 

 良い案はすぐには浮かばないが一旦預かる他ないと判断したモモンは、彼女の身柄を引き受けることにした。記憶が戻ってくれればその時本人と交渉する事にしよう。それよりも早く話を切り上げてナザリックへ戻らなければならない。

 

「ああ、もし()に戻った場合は……」

 

「その時は、一度だけチャンスを貰えませんか?」

 

「チャンス?」

 

 モモンはここで一つの提案をした。彼女にやり直す機会を与えてはどうかというものだ。説得はモモンが行い、暴れても周囲に被害は出ないようにすると約束する。最悪の場合は殺すしかないとも言っておき、了解をとっておくのを忘れない。これなら一応ナザリックの協力者として引き入れる可能性も残せるし、ナーベも分かりやすく目的があった方がやる気が出せるはずだ。クレマンティーヌの説得が出来ないなら組合に引き渡すなり、襲い掛かってきた事にして殺しても問題はないだろう。

 

「わかった。他ならぬモモン君が言うなら、君に任せるとしよう」

 

「ありがとうございます。では、他に何もなければ、私は宿へ戻ります。彼女に新しい部屋や着替え等も用意してやらなければならないので」

 

「すまないね、頼む。ああそれと、新しいプレートは明朝以降に受け取れるようにしておく。昼前にでも組合に顔を出してくれ」

 

「分かりました。では、失礼します」

 

 モモンが一礼して部屋を後にした後、モックナックとベロテは感心した様子でドアを眺めていた。

 

「とんでもない大物新人もいたもんだな。実力は超一流、それでいて態度は謙虚で誠実……」

 

「冷静沈着で頭も切れるし、相棒は超べっぴんの魔法詠唱者(マジックキャスター)ときた。その相棒が怪我させられた相手にもあの寛大な対応。正直な所、敵う要素が見当たらないぞ……」

 

「やっぱり、先輩方でもそう思われますか?彼ならすぐにアダマンタイト級になっても不思議じゃないですよね!?」

 

 ベロテもモックナックも、地道な努力を重ね、実績を積んでミスリル級の地位にまで上り詰めたクチだが、モモンに対しては嫉妬よりも、規格外の大物といった印象を感じたようだった。ペテルは自分が見つけた宝物を自慢するかのような、誇らしい気分になる。

 

「ふふ、アダマンタイトか……我が組合から遂に輩出されるかもしれんな」

 

「彼ならあり得ますね」

 

「確かに。相棒のナーベって娘はちょっと天然っぽいが、それを押しても実力は十分にある」

 

 アダマンタイト級。それは全ての冒険者の頂点に立つ、生きる伝説のような存在だ。現在王国には二組いるが、いずれも常人離れした活躍を耳にする。モモン達も近い将来そこに名を連ねる事になるのではないか。そんな期待をこの場の誰もが寄せ、少年のようにワクワクした気持ちになっていた。

 

「我が組合に腰を据えて活動してくれると嬉しいのだが……そういえば、彼の素顔はどんなだ?」

 

 アインザックに訊ねられたペテルはそういえば見たことがないということに気付く。

 

「まだ見たことがありません。一度も……」

 

「そうなのか?数日間行動を共にしたんだろう?」

 

「ええ。ですがその、兜を脱いだところは一度も見たことがないんです。あまり素顔を見せたがらない様子でした……。何か事情があるかも知れないので、興味本位で追求するのも……」

 

 段々とペテルの声が尻すぼみになる。まだ自分達は信用して貰えていないのだろうか。自分達は彼にとってどれ程の存在だろう。自分達が勝手に舞い上がっているだけで、相手にされていないのでは。そんな寂しさのような、不安感のようなものが胸をよぎる。

 

「もしかしたら、顔は相当な不っ細工だとか?」

 

「ぷっ、それはないだろ、流石に。それなら、顔じゅう傷だらけの方があり得る」

 

「ふふ、読みが甘いな、お前達は」

 

 ベロテとモックナックが冗談のつもりなのかそんなことを言い出す。ペテルの心境を察してのことだろう。そして得意気に人差し指を立てるアインザック。

 

「こういうのはどうだ?実はモモン君は遠方の国の王侯貴族で、ナーベ君は彼の身分違いの恋人。何らかの事情で出奔し、追っ手の目を欺くため彼は顔を隠している、とかな……」

 

「組合長、意外とロマンチストだったんですね……」

 

「事情ってやっぱり駆け落ちですか?」

 

「……オホン、いずれにしてもだ」

 

 モックナック達に茶化され、アインザックが照れ臭そうに咳払いを一つして話題を切り替える。

 

「兎に角彼は十年、いや、百年に一人の逸材だ。どんな手を使ってでも引き留めておきたい。協力してくれたまえ」

 

 手放したくない人材なのは間違いないだろうが、どんな手を使っても、というのは引っ掛かる。ペテルだけでなく、ベロテとモックナックからも非難の視線が向けられ、アインザックはそれに気付いて言い直す。

 

「……言っておくが、弱味を握って脅すとかじゃないぞ?彼が満足感を得て、この街を離れたくないと思わせられるような何か。それを提供しようという意味だ」

 

「ああ、そういう……じゃあ、例の高級娼館とかどうですかね?いい女を抱けば、雄の本能的に離れがたくなるってもんじゃないですか?」

 

「弱味じゃなく、ナニを握ろうというわけか」

 

 今度はペテルが渋い顔になる。憧れの英雄が色にかまけて街に釘付けになるとか、ちょっと想像したくない。そんな人じゃないと思いたいが、同じ男である以上、男の(さが)には逆らいがたいものがあるかもしれないが。スケベな顔をしながらモモンを誘う段取りを話し始める二人。

 

「色に溺れるタイプじゃ無さそうだけどな。お前はどう思う?」

 

 苦笑いを浮かべ、小声でペテルに囁きかけるモックナック。ペテルも苦笑いで首を振り、アインザックとベロテの顔を横目でジトッっと見る。二人は自分も一緒に楽しむつもりなのか、デカイ乳に挟まれたいだとか、挟まれるなら太腿だろう等と、段々と下世話な話題をし始める。

 

「あー、俺はそろそろ行きますんで……」

 

「私も、お先に失礼します」

 

 すっかり鼻の下を伸ばして顔がスケベ親父と化した二人を呆れた目で見やりつつ、ペテルとモックナックは部屋を後にした。

 

「ありゃ絶対失敗するぞ」

 

「ですね……」

 

 アンデッド狩りがアンデッドになる、そんな言葉を浮かべつつ、二人は肩を竦めて仲間のもとへと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 宿に戻った時、クレマンティーヌは既にスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。ペテル達に殺人狂と言わしめるような残忍な性格は今の姿からはとても信じられない。そんな彼女の性格を歪めるほどの何かがあったのだろうか。性格は遺伝より育った環境が大きく影響すると死獣天朱雀が言っていた事を思い出しながら、外から聴こえてくる会話が耳に入り、やれやれと首を振る。

 

 黒髪の美女に飽き足らず、今度は金髪美女もお持ち帰りか。今夜は二人まとめて……羨ましい。酒の肴にそんな噂をしている。冒険者達はアンデッド騒ぎで駆り出されたはずだが、相も変わらず下の連中は飲んだくれているようだ。ちゃんと出動要請に応じたかさえ怪しい。

 

(アイツ等の中で、俺はどんだけ絶倫なんだろうな?実際は何かしようにも()()も無いんだけどな……)

 

 眠りこけているクレマンティーヌを追加で取った部屋へ運び込み、ベッドに寝かせる。まだ夢の中にいるだろうあどけない表情の彼女の短い金髪を撫で付けてみたが、アインズの胸中には幼子に向ける庇護欲も、女性的な身体付きに対する肉欲的なものも浮かばない。その代わりに何か、もっと別の何かが燻っているかのような、妙な感覚がある。それが何かまでは判然としないが。

 

(怒り……?悲しみ……?違うな。もっと別の何かだ。……後でゆっくり考えよう)

 

「ナーベ、お前はここでコレの様子を見ていろ。目覚めたら必要に応じて面倒を見てやるように。私は一旦ナザリックへ戻る。すぐには戻れないかもしれないが、万一私が居ない間にコレの記憶が戻ったり、他に何か困った事があれば知らせるように」

 

「は、畏まりました」

 

 一旦自分の心の中にある何かについては考えるのを止め、アインズはナーベラルに指示を出してナザリックへと帰還することにする。冒険者の設定を忘れて跪き臣下の礼を取るナーベだが、人前ではないのでそれをいちいち指摘はしなかった。元々借りていた方の部屋に入り、戦士から魔法詠唱者(マジックキャスター)に戻ったアインズは、アルベドへと〈伝言(メッセージ)〉を送る。

 

「私だ。遅くなったが、これからナザリックへ帰還する。そうだ。ん?リムルもまだか……。まあいい。ヤツと合流する前に詳細を確認する。ではな」

 

 

 

 

 

 

 所変わってバハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 

「ここの料理も中々……ヒナタも遠慮せずにもっと食べればよかったのに。なぁ、ミリム?」

 

「うむ、そうだなっ」

 

 ナザリック程ではないとはいえ、ミリムは美味しいご飯をたらふく食べられてご満悦であった。寝泊まりする場所も用意してくれるというのだから、彼はなかなか太っ腹だ。

 

「はぁ、全く。いい気なものね」

 

「別にいいじゃないか、ちょっとくらい。ヒナタが人気者になったんだし。……ちょっとしたモテ期じゃないか?」

 

「今、笑ったわね?喧嘩売ってる?そういう事でいいわよね?」

 

「いやいやいや、そんなわけないだろ?ホント、羨ましい限りだぞ?俺なんか、ナザリックじゃ敬遠されてたっていうかむしろ嫌われてたぞ?」

 

 いや、別にモテたいわけじゃないんだけどさ。嫌われるのは気持ちいいものではないのだ。どうしてああなっちゃったんだろうな……。

 

 さて分かりやすく青筋を立てて怒っているヒナタだが、俺は別に悪くないはずだ。多少ニヤニヤしてしまったのも、不可抗力というやつだ。俺達は今、皇帝直々の招きで皇城に来ている。どうしてこうなったかと言えば……。

 

 実は闘技場の試合が終わったあと、(俺からふんだくった)賞金で街で服やらマジックアイテムやらを買おうと見て回っていたんだが、エルヤーの奴隷だったエルフ達がやって来て、人目も憚らずひれ伏して「私達のご主人様になってください」と懇願してきた。

 

 ヒナタって、あんな顔もするんだな。闘技場でも同じように懇願されていたらしいけど、今度は何故か手足のないエルヤーというオマケ付きだった。要らないだろ。

 

 しかし元の主人がこんな有り様では行くあてもないと言うので、仕方なく連れて歩くことにしたのだが、手足のないエルヤーを引きずり回すのもなんだ。ズタ袋に入れて三人で引き摺ってきた時は一体なんの荷物かと思ったが、見苦しくないようにと言われて成る程と思ってしまった。

 

 しかし街中ズタ袋を引きずり回すのもなんである。中身は一応生きた人間だったわけだし。というわけで、自分で歩けるように両足と左腕だけは治してやった。感謝するかと思えばすぐさまリベンジしようとヒナタに挑み掛かり、拳で秒殺されたのには呆れを通り越して笑った。何処にでもいるよな、学習しない奴って。

 

 返り討ちに遭ったエルヤーはボコボコに腫らした顔で、エルフの女の子達と仲良く(?)ボール遊びをしていた。あれはなんていう球技なんだろうな?とりあえず、流行る気はしない。結局エルヤーは荷物に逆戻り……女の恨みは怖いな。

 

 その後も闘技場の活躍を観ていたらしい人々から黄色い声援が飛び、握手を求められ、更には帝国の有名な騎士らしいニンブルとかいうイケメンが花束を抱えてお茶(デート?)を申し込んできたりと、とにかくヒナタさんはモテモテなのだ。

 

 素っ気なくデートのお誘いをヒナタが断ったと思ったら、今度はニンブルの先輩だか上司だかのオッサンが来て、眉毛のない野性的な顔をひきつらせながら「実は会って欲しい人が……」と本題を切り出し始めたのだった。

 

 案内された場所で待っていたのはこの国の皇帝だった。彼はヒナタの戦い観て、いたく気に入ったらしく、短刀直入に自分に仕えないかと言ってきた。そしてやはりコイツもイケメンである。爽やかな笑顔の裏に野心を感じる気はするが、どこぞの腐った貴族(タヌキジジイ)共より、幾分好感が持てるな。やっぱり顔が良いと得するのか?

 

 ヒナタは誰かの下で仕える気はないとにべもなく断った。それで機嫌を損ねるかと思ったが、皇帝は「どうやら二人揃って振られてしまったな、ニンブル」と肩を竦めて笑って見せた。中々ユーモアもある。ニンブルの誘いは皇帝に会わせる為の口実かと思っていたが、実は割と本気(マジ)だったようだ。

 

 皇帝は少し考えたあと、頼みを一つ聞いて欲しいと言ってきた。それは帝国でも指折りの精鋭騎士四人に、少しでも良いから訓練を着けてやって欲しいというものだ。

 

「勿論報酬も支払う。どうだろう、短期間でも受けてくれないか?」

 

「……何が狙いだ?」

 

 ヒナタは何か裏があるのではと疑っていたのだが、相手の対応は意外な程正直なものだった。

 

「ふぅ……仕方ない。全て正直に話そう」

 

「陛下、良いんですかい!?」

 

「ああ、構わん。お前たちも出てこい。どうせ気付かれているだろうしな」

 

 皇帝の背後の壁に隠れていた二人が出てくる。どうやらここにいる四人が指折りの精鋭騎士らしい。俺もヒナタも最初から気付いていたが、自分から明かすとは思っていなかった。本当に腹を割って話すつもりのようである。腹芸も得意なんだろうが、本音を晒す大胆さも持ち合わせてるようだな。

 

「我がバハルス帝国はここ数年大きく変革中でな、誰かが腐敗した貴族を一斉に粛清したせいで、慢性的な人手不足に陥っている。だから優秀な人材は一人でも多く欲しいのだ。サカグチ、君ほどの人材ならば喉から手が出るほどな。二つ目は、ニンブルの花嫁探しだ。珍しくこいつが入れあげているようだったので、応援してやりたかった。そして三つ目は……ん?」

 

 ヒナタが少し口元を弛めたのを見て、少しは芽があるかもしれないと思ったのか、皇帝はチラリとニンブルを見る。

 

「どうやらそちらの可能性はまだある、のかな?ふふ、良かったなニンブル」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

 ニンブルも顔を赤らめながらも期待の眼差しをヒナタに向ける。

 

「なんだ?ヒナタも嬉しいなら素直に……」

 

 だが俺がそう言いかけた瞬間、ヒナタに凄い目で睨まれた。何なんだよっ。

 

「んんっ、その話はさておき、三つ目は?」

 

 ヒナタはニンブルの事は一旦棚上げして言いかけていた三つ目の理由を問いただした。

 

「あ、ああ。君達も知っているだろうが、我が帝国は今、隣国リ・エスティーゼ王国と戦争中でな。彼の国では無能な腐敗貴族どもが我が物顔で闊歩し、民を食い物にしている。まぁ、他国のやることだ。それだけならば干渉するわけにもいかないが、そこに根を張る巨大な犯罪組織が麻薬を流入させてきてな。我が国の民も苦しめられ、回収と取り締まりに躍起になっているというのが現状だ」

 

「それなら、王国に取り締まらせれば良いんじゃないのか?元から絶たないと、いつまでも根本的な解決にはならないだろ?」

 

 俺は率直に浮かんだ疑問を口にした。だがそれにはすぐに否定の回答が返ってきた。

 

「それは無理だな。有力な貴族の一部が既に奴らと親密な関係にあり、犯罪組織を取り締まるどころか……」

 

「一緒になって犯罪に手を染めていると?」

 

「……嘆かわしい事だ。腐りきっているだろう?それで無辜の民に全てしわ寄せが行っている」

 

 マジか。終わってんな。そこまでとは思っていなかったぞ。俺じゃなくてもそう思うよな?どうやらヒナタさんも静かにお怒りのご様子だ。

 

「余はそんな憐れな民を救いたいとまでは言わん。だが王国が帝国に下れば、虐げられてきた王国の民たちにも、今おかれているよりずっとマシな暮らしをさせてやれる」

 

「それで王国を打ち倒すため、戦争に手を貸せと?」

 

「出来れば王国の最大戦力に対抗できる戦力として参加して貰いたいのが本音だが、それは望んでいないんだろう?ならばせめて、ここにいる四騎士を鍛えれないかと思ってな。コイツらの実力を底上げできれば、或いは奴を一ヶ所に釘付けに出来るかもしれん。奴さえ抑えればあとは烏合の衆だ。帝国に敗北はないだろう」

 

「ガゼフ・ストロノーフか……」

 

「そうだ。周辺国家最強の戦士が向こうには居るのだ。厄介なことに、凡庸としか言い様のない王に対して並々ならぬ忠誠を誓っているらしい。彼の老王は確かに人柄は良いのだろう。それは認めるが、アレは王の器ではない。決断力が決定的に欠けている。……サカグチ。お前ならガゼフ・ストロノーフとも互角に戦える実力があると私は思っているんだが、違うか?」

 

「…………」

 

 ヒナタは沈黙し熟考する。

 

「買い被りすぎだ。だが大体話は分かった。直接戦争に参加する気はないが、稽古は引き受けてもいい。期間は一週間だ」

 

「そうか…!それは何よりだ。では早速明日から頼めるか?」

 

「わかった」

 

 ヒナタの返答に、皇帝が目を輝かせて喜ぶ。この表情は演技なのかなんなのか、全く嫌みに感じないから不思議なものだ。王侯貴族というとどうも私腹を肥やす汚い野心の持ち主という印象を持ちがちなんだが、こいつにはむしろ爽やかな印象を受ける。できる男は違うな。

 

「ところで、こちらからも頼みがあるんだけど」

 

 折角なので、俺はヒナタが兵士を鍛える交換条件に、()()()()()を皇帝にしたのだった。これで貸し借りなし。お互いにチャラだ。

 

 俺が明日から始まるイベントに胸を踊らせていると、〈伝言(メッセージ)〉が届いた。正確にはシエル先生が教えてくれたんだが。検閲して特定の相手から着信拒否みたいなこともできるということだが、別に拒否したい相手なんて居ない。……電話かよ。

 

 俺は頭の中で会話を開始する。普通は声を出して喋らないといけないようだが、俺の場合は先生のお陰でわざわざ喋らなくても会話出来るらしい。周りに気付かれないってのは便利かもな。

 

(はいはい、こちらリムル)

 

『リムル様!アルベドでございます』

 

 聞こえてきたアルベドの声は切迫感があり、不穏な何かを感じる。結構ヤバい案件っぽいな。

 

(え、もしかして何かトラブルか?)

 

『は、はい……。シャルティアが……反旗を翻しました』

 

「……へ?マジ?」

 

 ビックリして思わず声に出してしまった。ヒナタさんとミリムが怪訝な顔でこっちを見てくるが、今はそれどころではない。

 

(シャルティアって、あのシャルティアだよな?なんか不満でもあったのか?)

 

『そのような事はあり得ないとは思いますが…もしそうなら私がぶっ……ぶん殴ってやります!』

 

 今、絶対「ぶっ殺す」って言いかけたよな……。まあそれは置いといて、シャルティアが反旗を……?正直、イメージ湧かないな。モモンガの事を慕ってるように見えたし、裏切りとかだったらむしろ頭の良いデミウルゴスとかの方がしそうなイメージなんだが。勝手なイメージだけど。誰かさんみたいに反抗期的なものだろうか。

 

《………》

 

 なんか、無言の圧力を感じるな……。と、とにかく、詳しい事情を聞きたい。モモンガの事もちょっと心配だしな。

 

(モモンガはもうこの事知ってるか?)

 

「はい。アインズ様は現在冒険者として人間に扮して行動中で、詳細はお戻りになり次第ご報告する予定となっておりますが、簡潔にお伝えしたところ、そうか、と一言……」

 

(そうか。って、アレ?……そんだけ?)

 

「えっ?は、はい……」

 

 忙しかったのかもしれないけど、なんか反応がドライ過ぎやしないか?うーん、様子を見に行った方がいいかな?でもみんな俺のことあんまり歓迎してない雰囲気なんだよなぁ……。いや、今更気にしちゃ負け、だな。

 

「……リムル様?」

 

(ああ、悪い。俺ももう少ししたらそっちに向かうから。それじゃ)

 

 それだけ伝えて俺は会話を終える。気にはなるが、今すぐに出発というわけにもいかない。招いた客が突然消えたら皇帝もビックリしちゃうからな。偽装工作というやつだ。ヒナタとミリムには残って貰って俺が居ない間、誤魔化してもらいたい。

 

「俺は一回モモンガのトコに行く。二人は残っててくれ。もしかしたら、二、三日くらい戻らないかも」

 

「……彼に何かあったのか?」

 

 ヒナタが少し心配そうに聞いてくるが、あまり余計な事は話さない方がいいだろうと思い、言葉を濁す。

 

「ああ、モモンガじゃないけど、ちょっとな」

 

「モモンガが困っているのだな?ならば私も……」

 

「いや、ミリムは残ってくれ。せっかくの学園生活だ。中々無い経験だろうし、せっかくだから楽しんどけよ。俺だけで大丈夫だから」

 

「むー、分かったのだ……すぐに帰ってくるのだぞ?」

 

 俺の説得に釈然としない表情のミリムがそう言って唇を尖らせる。懐いてくれてるのは嬉しいんだが、別れ際にセンチメンタルになるとか、まるで本当に親戚の子供みたいである。

 

 しゃーないな、一応分身体を残しておくか。戦闘能力は要らないだろう。普通の人間と変わらない程度の力になるように、魔素を使って少年サイズの肉体を用意した。人間と同レベルならば、本体のサイズを削ったりしなくても簡単に作れるのだ。あとは──

 

「終わったらさっさと戻って来なさいよ。これでそう何日も誤魔化せないわ」

 

 流石、ヒナタは話がわかる。恩に着ると言って俺はナザリックへ───行く前に、ちょっとだけ寄り道していく事にした。




シャルティアが反旗を翻し、リムル様は再びナザリックへ。この辺りから物語が大きく動き始める……かもしれません。

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