異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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長閑なカルネ村の夜と思いきや……


#66 顕在化する変貌

 カルネ村。夜の帳が降りて、皆が就寝に就く頃────

 

 スパーン、と微かに遠くで何かが破裂するような音が聴こえ、エンリはふと家の外へと視線を向ける。

 

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

 身体を拭き寝間着に着替えたネムが、眠気(まなこ)でうつらうつらとしながらエンリに訊ねる。今日もたくさん遊んでもらったため、起きているのも限界に近いのだろう。なにかと勘の良い母アメリも音に気付いた様子はない。

 

「ううん、何か変な音が聴こえた気がしたんだけど、きっと気のせいよね?」

 

「うーん?私には何も聴こえなかったけれど、もしかしたらヴェルドラさん達かしら?何だか色々部屋を改装してるじゃない?」

 

 ああ、あの人ならありえるなぁとエンリは納得する。何をしているのかまでは知らないが、小さな妖精ラミリスと一緒に何かやっているらしい事だけは皆知っている。中にまで入り込んだのはネムくらいである。

 

「うん、地面を深ーく掘っててね、ずーっと階段を降りて行くと、広いお部屋にキラキラした透明な何かがたくさん……そうだ、お母さん"らぼ"って知ってる?」

 

「え、らぼ?ラボ、うーん……」

 

 少し困ったように思案するアメリ。

 

「よくわからないけど、けんきゅーしてるんだって」

 

「研究?やっぱりヴェルドラさんって学者さんだったの?」

 

 自らを「知りたがりの探求者」と言っていたヴェルドラの言葉から、学者だと思っていたエンリは、やっぱり凄い人だと感嘆する。博識で、敷石の作り方や柵の建て方等、まるで専門職のように事細かに教えてくれるのだ。

 

 かと思えば、鉄板の上で見たこともないような料理をたくさん振る舞ってくれる。信じがたいことに彼は料理人でもあった。一体どこから食材を出しているのかは分からないが、多分魔法も使えるんだな、と思っている。

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)のいない村人の魔法知識などそんないい加減なもの。ヴェルドラの人柄と、あのアインズの知り合いだということもあり、村人達からは、この人は何でもありだなという感覚で受け入れられていた。

 

「ネムは今度〝ヴェルドラりゅーとーさっぽー〟を教えてもらうんだぁ」

 

「え?それ、大丈夫なのかしら…」

 

 ネムの言葉を聞き、不安そうな表情になるアメリ。アメリをしてヴェルドラは若干の不安を抱かせる相手のようだ。

 

「お母さんは"とーさっぽー"ってなんだか知ってるの?」

 

 エンリは首を傾げながら、意味不明な言葉の意味を訊ねた。アメリは寝息をたて始めたネムの髪を愛おしそうに撫でてから、答える。

 

「多分……。でも、ネムにはまだ早いんじゃないかしら?エンリなら、習っておいたらきっと役立つわ。教えるならネムじゃなくてエンリにしてもらえるよう、明日ヴェルドラさんにお願いしてみるわね。今夜はもう寝ましょ」

 

「えっ?う、うん……」

 

 "とーさっぽー"が何なのかはさっぱり教えてくれないまま、アメリは寝入る。エンリは何か釈然としないが、明日ヴェルドラに聞けば分かる事だと思い、自分もベッドへ横になった。

 

 

 

 

 

 その頃────

 

 スパーンっ!

 

「くぅ、き貴様、叩きすぎではないか!?」

 

 スパンッ!スパーン!

 

 勝手にカルネ村の地中深くに作られたラボの中で、俺はハリセンでヴェルドラをシバき倒していた。

 

「お前、何してくれてんだよっ!!マジで貴重なやつなんだぞ!?ミリムも気に入ってんのに!」

 

「こんなもの、また集めればすぐであろう?」

 

「馬っ鹿お前!これ集めるのにドンだけ時間かけてると思ってンだ!?この瓶一杯にするのに三年もかかったんだぞ!!」

 

 空っぽになった手の平に乗るサイズの小瓶を見せ、ヴェルドラを睨み付ける。俺が大事に大事にちょっとずつ使っていたというのに、勝手に1ビン全部使い込みやがったのだ。まだ2つストックがあるが、それでもハラが立つ。食い物の恨みはコワイのだ。

 

「グヌ……みみっちい事を言うでない。替わりにこれをやる」

 

 そう言ってヴェルドラは小瓶を差し出してくる。中には琥珀色のドロドロした液体が入っていた。俺のハチミツの替わりのつもりか?

 

「はっきり言うが、俺の舌に叶うもようなものはそうそうない……ん?これは!?」

 

 味見をして驚いた。秘蔵のハチミツほどではないがかなり甘く、独特の風味がある。ヴェルドラが得意気な顔をするのは癪だが、確かに旨い。一体どこで入手したんだ?

 

「クカカ、旨かろう?この付近の森で採取してきた樹液だ。村では砂糖が高級すぎて手に入らんと聞いてな、代替品を探しておったのだ」

 

「そうか!メープルシロップだ!」

 

 ハチミツとはまた違った独特の風味はその為か。これは思わぬ掘り出し物かもしれない。甘味が高級品だっていうなら、採取量によっては村の特産品になるんじゃないか?

 

「なあ、これ、どれくらい採れるんだ?」

 

「一本の木でもそこそこ集まると思うけど、一気に採りすぎると枯れちゃうから、気を付けないとね。採れたのを煮詰めて出来上がったのが、その瓶2本分ってとこよ。まあ、採れる木は見ただけでも森に二万以上はあったから……」

 

「ふっふっふ……」

 

 ラミリスの説明を聞いて、思わず笑いが込み上げてくる。これはお金の匂いがするぞ……。

 

「ししょー、なんかリムルが悪い顔してるんだけど……」

 

「う、うむ…」

 

 不安そうにヒソヒソと会話する二人。どうせ暇なら、働いてもらおうじゃないか。なんだか俺ばかり働いてる気がするしな。

 

「……キミタチ、暇なんだよね?」

 

「えっ……いや、そ、そうでもないかも?だってホラ、色々と研究があるし?」

 

「我も漫画(バイブル)の研鑽がある故忙しい……」

 

 ラミリス達は何かを感じ取ったようだが、すでに遅い。逃がす気はないのだ。

 

「ふふーん、ヴェルドラ君?」

 

「き、貴様やっぱり何か企んでおるだろう?その呼び方をするときは決まってロクでもない事を……」

 

「そんな事ないさ。ただ、チョーッと仕事を頼まれてくれないか?そうしたら、アレの事は目を瞑ってあげようじゃないか。ん?」

 

 俺は後ろの()()を指差す。二人は隠していたつもりだろうが、俺が気付かないわけがない。焦って冷や汗を流す二人。どうする?と顔を見合わせて相談しているようだ。

 

「そうか?忙しいなら仕方ないな?じゃあ、ヴェルザードさんかヴェルグリンドさんに来てもr「クァハハハ!!我が盟友の頼みを断るわけがなかろう!?任せておけ!何をすればよいのだ?」ほほぅ。ラミリスは忙しいんだっけ?」

 

「も、モチロン、アタシも協力するであります!」

 

 姉の名を出した途端に態度をコロッと変えて協力的な姿勢を見せるヴェルドラ。やっぱり持つべきは友だよな、うん。

 

 と言うわけで、二人には快く俺の依頼を受けて貰えた。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ行くかな?余り目立つなよ?」

 

「わ、分かっておるわ」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 一応無茶をしないように釘を刺しておいたが、効果があるかは微妙である。今のところヴェルドラ達は大きな問題を起こしてはいない様だったし、そろそろナザリックへ行くかな。

 

(モモンガもすぐには抜けれないっぽかったし、そろそろ頃合いだろ)

 

 俺はナザリックへ向けて転位するのだった。

 

 

 

 

 

 一方、リムルより早くナザリックへ戻ってきたアインズは、即座にアルベドに子細を確認した。シャルティアが反旗を翻したとするアルベドの根拠は、玉座にて確認したマスターソース。定時連絡が途絶え、音信不通となったシャルティアの状況を確認しようとしたのがきっかけだった。

 

 マスターソースにはNPC達の名前だけでなく、状態異常も確認できる。死亡した場合は名前のあった場所が空欄に、精神支配にあったなどの場合は、名前が赤く表示されるのだ。

 

 精神支配の多くは精神系魔法による状態異常の一つだが、アルベドにとっては「反旗を翻した」つまり裏切ったということになるようだ。そう決めつけるのは早計だとアインズは思ったが、そう判断するのも自然かもしれない。

 

 何故ならシャルティアは吸血鬼の真祖(トゥルーヴァンパイア)であり、広義におけるアンデッドに属する。アンデッドは種族特性として精神異常完全無効の能力を持っているのだ。

 

 そのシャルティアが精神支配等受けるなど、ユグドラシルの常識に当てはめればあり得ない。

 

 いずれにしても場所を特定し、シャルティアに接触を図らなければ始まらない。第五階層の氷結牢獄にいるアルベドの姉、ニグレドに協力を得てシャルティアの居場所を確認した。ニグレドは情報系魔法に特化したNPCだ。場所の特定は然程難しい事ではなかった。だが……。

 

「……戦闘を行ったのか?」

 

「そのようですね」

 

 アインズがアルベドを伴って現場へ赴き、発見されたシャルティアは、いつもの黒いボールガウンではなく、赤い全身鎧に身を包んでいた。手には神話級(ゴッズ)の槍。シャルティアの本気の戦闘用装備だ。そして彼女を中心に破壊跡も見られた。つまり、シャルティアに本気の武装をさせるだけの相手が居たということになる。

 

「シャルティアは動かないな。どうしたんだ?まるで……まさか本当に精神支配にあっているのか?」

 

 ユグドラシル時代の精神支配したモンスターの待機状態を思い出したアインズは、やはり精神支配されている可能性が濃厚だと考えた。ゆっくりと目の前まで近付き、声をかけるも、シャルティアは俯いたまま反応を全くしない。

 

 アインズの呼び掛けを無視したとアルベドが激昂しかけるのを宥める。精神支配にあっているなら、目の前の相手が何者であろうと、術者以外の言葉は聞き入れないと説明する。そして疑念は確信に変わった。アインズはある指輪を取り出す。

 

「アインズ様、その指輪は一体……?」

 

「シューティングスター。超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉をペナルティ無しで三回使用可能にする、()()()()アイテムだ」

 

 超位魔法は通常の魔法とは違い、MPの消費なく使用でき、強力な効果を発揮する一方、リキャストタイムを短縮できなかったり、隙だらけになるといったデメリットの他にも、経験値を消費するものがある。〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉も、そんな経験値消費タイプの超位魔法である。

 

 アインズがシューティング・スターを「超々レア」と言うのは、ランクの話ではなく、課金ガチャの当たりアイテムだからだ。アインズ自身、ボーナスを全部注ぎ込んでようやく一つゲットできた貴重品であった。

 

 因みに脳筋な女教師がたった一回で当てたときには叫びながら転げ回った程悔しがった、思い出深い品だ。

 

 今回それを使ってまでシャルティアを精神支配から解き放とうというのだ。アルベドはそんな貴重品を使ってまでシャルティアを救おうとするアインズに感動していたが、アインズは最悪の状況を予測していた。

 

「これで支配が解ければ良いが、もし……」

 

「……もし?」

 

 そうでなければ厄介だ。超位魔法をも越える力。そんなもので思い当たるのはユグドラシルに於いて一つしかない。この世界特有のタレントという可能性も無くはないが、それはそれで厄介だ。

 

 つまり、世界級。世界級(ワールド)アイテム、或いはそれに並び得る程の力を持つ何かである。アインズはそれを口にはすることなく、〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を発動した。

 

 発動と同時に、脳内に流れ込んできた魔法の仕様は、浮かび上がった選択肢の中から選ぶというゲーム時仕様よりも便利で汎用性のあるものだった。文字通り願った事を叶える事が出来るのだ。

 

「シャルティアにかけられた状態異常を全て解除せよ!」

 

 だがしかし。願いを込めたと同時に、浮かび上がっていた魔法陣は崩れ去り、願いが叶う事はなかった。つまり失敗。それを悟ったと同時に、アインズは即座にアルベドの肩を掴み転位した。罠を警戒してである。

 

 一人が隙だらけの状況を装って囮になり、近寄ってきたプレイヤーを囲い込んでしまうというPK手段は、『アインズ・ウール・ゴウン』もよく使っていた。PKにある程度慣れたプレイヤーなら、使ってきても何ら不思議ではない。

 

「アインズ様…?」

 

「追撃を警戒せよ!」

 

 突然の事にアルベドはまさかこんなところで求められるだなんて……と妄想が暴走しかけるが、アインズの言葉を受け即座に気を引き締めて身構える。そのまま五秒…十秒…何も起こらないまま数十秒が経ち、一旦警戒を解いた。

 

「……どうなっている?罠ではなかったのか?」

 

「如何いたしましょう、アインズ様?」

 

「ナザリックに戻るぞ。宝物殿に行く」

 

 戸惑いがちに指示を仰いだアルベドに、アインズは即答した。

 

 宝物殿に向かうに当たり、プレアデスの中からユリとシズを呼び出し同行させる。ナザリックに待機している中で、入り口へ入った途端に襲い来る致死の猛毒の霧にアイテム無しで耐えられるのは、首無し騎士(デュラハン)、つまりアンデッドのユリと自動人形(オートマトン)のシズしかいない。

 

 合言葉を使って奥へ進むにつれ、無造作に積み上げられた金貨が文字通り山となっており、その山の中には、剣や冠など幾つもの装備品が埋もれているのが見えてくる。メイドとしての矜持がそれを見過ごせないのか、ユリが金貨の山に微妙な視線を向けていた。

 

 しかしそれもわずかの事。整理しない理由が理解できたのだ。整理棚には既に金貨に埋もれているもの以上の貴重な品々が目一杯陳列されているのだ。最早棚には置けるスペースがない。金貨に埋まったままのものはそれらに比べれば大した価値がなく、雑な扱いをするのも仕方がないと納得してしまった。

 

 宝物殿の奥にはアインズの作成したNPCが領域守護者がいる。アルベドも名前だけは知っているが実際に会ったことは無い。

 

(パンドラズ・アクター、か。……やっぱり創造主であるアインズ様にどこか似ているのかしら?くふ、ちょっとドキドキしちゃうわね)

 

 アインズの作成したNPCに会えるとあって、アルベドは密かに期待に胸を膨らませていた。

 

「!?」

 

 通路を抜けて少し開けた空間に出た一行を迎え入れたのは、蛸を人型にしたような姿を持つ異形だった。ソファに腰掛け、待機していたそれを見た瞬間、アルベドが声を上げる。

 

「タブラ・スマラグディナ様!?」

 

 姿を消したはずの自らの創造主が登場した事にアルベドは驚いたが、すぐに違和感に気付く。

 

「いえ、偽物ね。いくら気配を真似ようとも、自分を創造してくださったお方を間違えたりはしないわ」

 

 ユリとシズが前に出て構えを取る。対する偽物は首を傾げるだけで何も言わない。緊迫感が一気に膨れ上がり、一触即発の空気になる中、声を発したのはアインズだった。

 

「もう良い、パンドラズ・アクター。元に戻れ」

 

 アインズの言葉に反応し、ぐにょりと変形したかと思うと、人形を再び形成した。その顔は、目と口の位置に三つの穴が開いただけの埴輪のような顔をしていた。ピンク色の肌で、耳も鼻もない。服装はいわゆる軍服である。サーコートを羽織り、片方だけ腕を通しているのは洒落た着崩しのつもりだろうか。

 

「ようこそ、私の創造主たる、んん~、アインズ様!」

 

(うわ……)

 

 アルベドが内心でそんな声をあげるのも無理はない。格好を着けたがりなのか、鬱陶しい位のオーバーアクションでもって敬礼をして見せるそいつを見て最初に思ったのは、「イタいヤツ」である。百年の恋も冷めるようなガッカリした心境だったが、アルベドはアインズに不敬になる事を危惧し、努めてそれを表情には出さないように気を付けていた。

 

「アルベド、お前はパンドラズ・アクターに改名の事を連絡していたのか?」

 

「いいえ。私から連絡は──ッ!?」

 

 アルベドは戦慄する。おかしいのだ。外界から隔離され、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでなければ転位出来ないこの宝物殿にいるはずの彼が、何故モモンガではなくアインズと呼ぶのか。

 

 改名したことはアルベドが連絡しなければ知る由も無いはずの情報。それを持っている事になる。アインズが伝えたのでもない。となると、可能性としては指輪を下肢されているマーレだが、無許可で勝手に宝物殿に入り込むとは思えない。

 

「と言うことはアイツか。全く……」

 

「えっ?」

 

 瞬時に誰が教えたのか分かったらしいアインズは、溜め息混じりによくわからないことを事を口走る。アインズにアイツと呼ばれる人物から予測し、ようやくその人物に思い当たる。

 

(確かに、あのお方なら、あり得なくはないわね……)

 

 然もありなん、といった表情で一人納得するアルベドを見てユリが怪訝そうな顔をしているが、アインズはそれを見ないふりをしておく。今は説明している時間が惜しい。

 

「パンドラズ・アクター。今日はワールドアイテムを取りに来た」

 

「おお、ワ~~ルドアイテム!

世界を変えるぅっ!!強大なチカラ!

至高のうぉんかたがた(御 方 々)の偉大さのあ・か・し!!

……ナザリックの最奥に眠r」「パンドラズ・アクターよ!」あ、ハイ?」

 

 芝居掛かった大袈裟なポーズを取りながら、オペラ歌手の様な独特の喋り方をしていたパンドラズ・アクターだが、途中でアインズが割って入った。既にアルベドだけでなくユリとシズも珍獣を見る様な目でパンドラズ・アクターを見ている。

 

「んんっ……今は急いでいる。その口調は冗長に過ぎるので今度にしてくれないか?」

 

 淡々と告げるアインズの言葉に、残念そうにしながらも、パンドラズ・アクターはビシッと敬礼して了解の意を示す。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神の望みとあらば)!」

 

「…………うへぁぁ」

 

 シズが堪らず無表情のまま変な言葉を洩らす。それを無視するように、アインズはアルベドに指示を出す。

 

「アルベド、パンドラズ・アクターに指輪を預けろ」

 

「……えっ?」

 

「指輪を持ったまま奥に入ると排除する罠が仕掛けられているのだ」

 

 アインズの説明に渋々指輪を預けることにしたアルベドだが、指輪を乗せたパンドラズ・アクターの持つ白布から手を離さず、パンドラと綱引き状態になっている。

 

「くっ、なんという馬鹿力(パワー)……ではなくて、統括殿?……はやく手を離してください」

 

「私の、私の指輪……くぅぅっ」

 

 涙目でなおも食い下がるアルベドが、置いていくぞとアインズに言われて漸く手を離す。パンドラは急に手を離されたことで体勢を崩しながらも、指輪を落とすことなく無事に仕舞い終え、主人達を見送った。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、リムル様」

 

「お待ちしておりましたぁ~」

 

 俺がナザリック地下大墳墓の上層、地上に着いてすぐに出迎えてくれたのは、プレアデスの一人エントマと、一般メイドだった。

 

 長い金髪ロングで、胸元を少し強調したようなタイプのメイド服をしているこの娘は確か、シクスス。だったかな?声を聞いてふと思ったが、声がシュナに似てる気がする。ていうか、シュナが別人みたいな喋り方をしてるって感じだ。そう思うとなんか新鮮だな。

 

 それは置いておいて、すぐにモモンガの居場所を聞く。

 

「いよーっす。モモンガは今どこに居るんだ?」

 

「アインズ様は今宝物殿に向かわれているはずです。お戻りになるまで玉z「わかった。じゃ、行くわ」……えっ?あ」

 

 言いながら俺は宝物殿に転位する。転位直前に二人が何か面食らったような様子だったが、まぁ大丈夫だろう。対転位用の結界が張ってあるが、強引に破って宝物殿に転位した。別に金庫破りしに来た訳じゃない。緊急なんだから、しょうがないよな?

 

「これはこれはリィームル様!あなた様もお越しになられるとはっ!」

 

「よ、よお。モモンガ来てるか?」

 

 パンドラズ・アクターに会うのは()()()だが、正直コイツの妙なテンションにはちょっと着いていけない。コイツには悪いけど、モモンガが黒歴史だって言ってここに閉じ籠らせるのも分かる気がする。

 

「んんアインズ様でしたら、アルベド殿を伴い、この奥へと向かわれました!ワ~ルドアイテムを取りに!」

 

「お、おお、そっか。サンキュー」

 

 このオーバーアクション何とかならんのかな、とか思いつつもそこには触れずに俺は奥へと向かう。アルベドはどう思ったのかな?やっぱり引いたよな。モモンガも羞恥に悶えたはず……。

 

「リムル様?」

 

 通路の最奥の手前で、ユリとシズが待機していた。モモンガ達はこの奥らしい。この二人もアイツに会ったんだな。

 

「パンドラズ・アクターには会ったか?」

 

「あ、は、はい……」

 

「…………会った」

 

 二人の微妙な空気で察した俺は、それ以上聞く気にはなれなかった。とりあえずここでモモンガを待つか。今更だが、宝物殿に部外者が入るのはあまり良くないよな。せめて一番奥には入らないようにしよう……。

 

 しかし会話がないな…。と思っていると、ユリが誰かから〈伝言(メッセージ)〉を受け取ったらしい。こめかみに指を当てて話し出す。

 

「ええ、ご苦労様。え?リムル様ならもう宝物殿に……えっ……?」

 

「ん?俺がどうかしたか?」

 

「それが……」

 

 〈伝言(メッセージ)〉の相手はエントマだったらしい。転位用の指輪を用意していたのに、俺が受け取らずに何処かへ転位していったので探していたらしい。悪いことをしてしまったな。

 

「指輪も使わず、一体どうやって此処へ……?」

 

「うん?俺は何処へでも転位できるからな、その気になれば。……普段は行儀悪いからそんなことはしないぞ?」

 

 ユリがそういう問題ではないと言いたげな顔をしている。シズからも心なしかじっとりとした視線を感じるが、出来るものは出来るのだから仕方ない。

 

「ま、まぁ細かいことは気にすんな。おっ、モモンガが戻ってきたみたいだぞ?」

 

 俺の言葉に背筋を伸ばして待機する二人。その立ち姿はやっぱり優秀なメイドって感じだよな。

 

「来たか、リムル」

 

「シャルティアの件は本当なのか?原因は?」

 

 俺は開口一番にモモンガに訊いた。遠回しに訊いても仕方がない。

 

「何者かによる精神支配だ。未知のタレントかもしれんが、恐らく世界級(ワールド)アイテムだろうな」

 

「!」

 

 世界級(ワールド)アイテム。ユグドラシルのチートみたいなアイテムだったな。完全耐性を持っているはずのシャルティアが洗脳されたのも、そういうレベルの強力なアイテムによるものなら納得はいく。俺がいない間にそんなことになってるとは。シャルティアは今どうしてるんだろう?洗脳をかけたヤツにいいように操られてるんだろうか。

 

「シャルティアは何故か森の中で発見された。洗脳したヤツも今のところ近くには居ない。どうなっているんだかな……」

 

 先生、どう思う?

 

《確定ではありませんが、シャルティア・ブラッドフォールンが抵抗し、術者が予想外の深傷を負ったなど、それ以上洗脳の継続が難しいと判断する何らかの事情により、やむなく撤退した可能性が最も高いでしょう》

 

 ということは、相手はアイテム頼みで実力自体はシャルティアの方が上だったってことか?

 

《予測の域は出ませんが、その可能性は高いと言えます》

 

「うーん、シャルティアが直前で反撃して、術者が重傷を負ったとか?」

 

「ふむ……そういう見方もあるか。可能性の一つとして考慮に入れておこう」

 

 やけに冷静だな、モモンガのヤツ。モモンガの落ち着き払った態度に、俺は妙な違和感を覚えた。きっと精神抑制が働いているのかな。俺なんか、ミリムが洗脳されたって聞いたときには切れたからな。あとでそれは演技だったって気付いたんだが。

 

「ところでお前、以前も宝物殿に勝手に入ったな?パンドラに改名の事を言ったのはお前だろ?」

 

「う、バレたか。いや、ちょっと金を貸して貰おうと思ってさ。あ、ちゃんとさっき返してきたぞ?」

 

「やはりそうだったか。全く、そういう問題ではないのだがな。まぁ、転位を制限しているナザリックの中に、しかも宝物殿にまで指輪を使わずに自由に転位出来る奴なんて、お前くらいだろうな……」

 

 よかった。モモンガは怒ってないみたいだ。が、ユリ達の視線が痛い。さっさと話題を変えてしまおう。

 

「それで、お前はどうするつもりなんだ?世界級(ワールド)アイテムまでわざわざ持ち出してきて」

 

世界級(ワールド)アイテムに対抗するには、世界級(ワールド)アイテムしかない。洗脳を逃れるため、これを守護者に持たせるつもりだ。そして……」

 

 今ふと気付いたが、後ろでアルベドが何やら浮かない表情をしている。モモンガが何か無茶をしようとしていて、それを心配してるんだろうか?そう思ったのだが────

 

「シャルティアを殺す」

 

「……えっ、今何て言った?」

 

 一瞬モモンガの言った事が理解できなかった。

 

「シャルティアを殺すと言ったんだ。守護者とアルベド、それに私でかかればそう難しい事ではない」

 

「そうじゃねーっての!お前は納得してんのかよ!」

 

「……他に取れる選択肢がない。いや、正確には、世界級(ワールド)アイテムの中でも破格の性能を持つ"二十"の一つを使えば、洗脳を解けるかもしれないが、消費型でな。使用後再び何処かに出現する可能性を考えると、今使うのは余計なリスクを高める事になりかねない。だから一旦殺して復活させる事で洗脳が解ける事に賭ける。納得はいかんが、やるしかないだろう」

 

 なるほど、コイツなりに考えた結果、苦渋の決断をしたというわけか。納得はいかないが、理屈はわかった。俺が口出し出来るような事じゃないのかもな。

 

「それと今後、この世界の人間は基本的に滅ぼしてしまうつもりだ」

 

「は?何でそんなことに──」

 

 これには驚いた。いくらなんでも、そこまでやるか?実行犯に直接報復をするだけなら分かるが、人類を滅ぼすだなんて言い出すとは思わなかった。

 

「全てとは言わん。一部の有能な者だけ残せば良い。スレイン法国は完全に消し去るがな。どうせ今回もスレイン法国なのだろ?奴らは存在そのものが不愉快なのだ。今後も同じような事が繰り返されんとも限らん。そうなる前に、先に手を打つべきだろうと思ってな。ついでに王国のゴミ共も一掃してスッキリしてしまおうというわけだ」

 

 そんなことしたら、お前のギルドメンバー達はどうなるんだ?人間を殆んど滅ぼしたと知ったら何て思うか。

 

「おいおい、お前────ん?」

 

ご主人様(マスター)。モモンガは────》

 

 シエルの言葉に俺は驚愕した。マジかよ、そういうことか!なら、やることは一つだな。

 

「おい、モモンガ。ちょっと付いてこい」

 

「今は緊急事態だ、後に──」

 

「緊急事態はお前の方だ。今のお前はおかしい。とにかく行くぞ!」

 

 俺はモモンガの言葉を遮り、強引に連れて行く事にする。早くしないと取り返しのつかない事になるかもしれないのだ。

 

「リムル様!アインズ様は一体……?」

 

 アルベドが酷く不安そうな表情で見つめてくる。モモンガの不穏な変化に気付いて不安になっているんだろう。シズとユリも困惑した様子だ。

 

「安心しろ。俺が何とかしてやる。それと、今の話は無かったことにしておけ。シャルティアの事も、人間の事も全部な」

 

「わかりました。ですが、どちらへ行かれるのですか?」

 

「リアルだ」

 

 俺は不敵に微笑んで見せ、リアルへと時空間転位した。




と言うわけで、いざリアルへ。
ナザリックが異世界へ転位してから交じわりが殆んど無かった転スラとオバロの世界線が遂に交わり始めます。多分……。

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