異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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リアルへ行ったアインズ様が帰ってきます。はやっ



#67 謎の少女と国堕とし

(ああ、行ってしまわれた……)

 

 急遽アインズ様と共に"リアル"に行くと言い出したリムル様をお引き留めする事も出来ないまま、宝物殿に残された私は、大きな不安と、後悔にも似た感情に苛まれていた。

 

『リアル』。至高の御方々がそう呼ばれる、御方々の住まう神の世界。私達の知らない世界。そこに、お二人は向かわれた。アインズ様の為だとリムル様は仰っていたけれど。

 

 お帰りになられてからのアインズ様は、ナザリックを離れる前とは何かが違った。ナーベラルを罰することにあれほど不快感を露にされたというのに、シャルティアが洗脳にあった時はただ淡々と対処するのみ。そこに何の感情も抱いておられないかのようだった。

 

 最初は感情を押し隠しておられるのかと思ったけれど、そうではなかったみたい。「皆を愛している」そう仰って下さった時の幸福感とは逆に、私達への興味を失われてしまったのではないかという今のアインズ様の態度に、言い知れない焦燥感と絶望感がじわじわと押し寄せてきた。まるで、御方の中で何かが急に変わられてしまったような……。

 

(最奥でアインズ様が呟いたあのお言葉……あれは一体どういう意味だったのかしら……?)

 

『そうか。憎悪……そうなのか……』

 

 あのお言葉の意図するところははっきりとはわからなかったけれど、なにか恐ろしい事の前触れのような、そんな背筋が寒くなる思いがした。

 

 最奥には至高の御方々の御姿を象ったアヴァターラが鎮座していた。これが侵入者を撃退する最後のトラップ。私はそれを見た時、言い知れない不安を覚えた。

 

 41人分全て揃ってはいなかったけれど、殆んどの方々がアヴァターラとして並ぶ姿。全てアインズ様がお作りになられたそれらは、形こそ無骨ながら、愛情を込めて一体一体お作りになられたことが伝わってきた。そして、アインズ様はそこを『霊廟』と仰った。そのお言葉の意味するところはつまり……。

 

(イヤ……嫌よ。考えたくないわ。想像なんてできないもの。至高の御方々がお亡くなりになっただなんて……)

 

 恐ろしい想像を掻き消そうとするも、どうしても消えてくれない。そこに佇む物言わぬ群像(アヴァターラ)達が、何よりも強い説得力をもって語っているように思えて、拭いようのない不安に押し潰されそうになる。いつかアインズ様も……。そんな最悪の想像だけは、必死に考えないようにしていた。本当にそうなってしまいそうで、恐かったから。

 

(アインズ様……このままお帰りにならないなんて、そんなこと、ありませんわよね……?)

 

 創造主が遺したあの言葉が、再び脳裏に浮かぶ。

 

『それは破滅の扉か──』

 

 恐ろしい。急に足下がグラついて視界が歪む。考えれば考えるほど不安が湧き出て来て、悪いことばかり想像してしまう。

 

「……様。アルベド様!」

 

「えっ?」

 

 ふと見れば、ユリ・アルファが心配そうに此方を見ていた。思考に沈んでしまい、私はユリが呼び掛けていたのに気付かなかったみたい。

 

「どうなさったのですか?お顔色が優れませんが……」

 

「え、ええ、大丈夫。何でもないわ」

 

 守護者統括たる私が弱腰になっていては、周りにも余計な不安を伝播させるだけ。不安を噛み殺し、かろうじて笑みを浮かべた。

 

(今私のすべき事はお二方の帰還を信じ、準備を整えてお待ちする事だわ。必ず……必ずご帰還下さい。モモンガ様)

 

「お二人のご帰還を信じましょう。そう、信じるのよ!私達は今私達に出来ることを!」

 

「はっ!」

 

「…………了解!」

 

 私は弱気になっていた心を叩き出すように、決然と強い言葉で指令を出した。ユリとシズも、その言葉に呼応して強く頷く。

 

「おお、統~括殿!お戻りになりましたか!!おや?アインズ様とご一緒では?」

 

 最奥で起きていた事を知らない彼は、またしてもうるさい声と身ぶり手振りで大仰に出迎えてくる。しかし彼はナザリック地下大墳墓の財政面に於ける最高責任者。凡庸な頭脳で務まるはずがない。この一見ダサい動きもきっと道化のように演じて見せているだけに違いない。

 

 そんな彼は、この宝物殿最奥にある霊廟の秘密を何処まで理解っているのかしら。いずれにしても今後連携は必要になってくるし、彼の知恵を借りるべきだと私の頭脳は弾き出す。

 

(それにしても、演技だと分かってはいても思わずイラッと来てしまうわ……流石は演者(アクター)というべきかしら)

 

「シズ、貴女に私の指輪を一時的に貸すから先に戻りなさい。私はパンドラズ・アクターと今後の話を協議しなければならないの」

 

「はっ」

 

「了解………アルベド様、手を離してくれないと……」

 

「あっ、つい……」

 

 余りにも離れがたくて、指輪から中々指が離れてくれなかったわ。断腸の思いでどうにか指輪から手を離した私は戻っていく二人の背中を見送ってから、パンドラズ・アクターに顔を向ける。

 

「パンドラズ・アクター、貴方の知恵を貸して頂戴」

 

「勿っ論!ですともっ!統括殿」

 

「いよーっす!」

 

「!?」

 

 背後からあのお声を掛けられて振り向けば、やはりそこにはつい先程リアルへと赴かれたハズのリムル様。そしてアインズ様のお姿も。

 

「こぉれはアインズ様、リムル様!お戻りになられたのですね!」

 

「うっ……あ、ああ……」

 

「ぷふ、相変わらず元気だな?」

 

(……まだ数分しか経っていないわ。何か忘れ物でもなさったのかしら?)

 

 そして再び"リアル"へと赴かれる。私がそう思っていると、アインズ様がこちらへお顔を向けられた。

 

「アルベド。お前には心配をかけたようだが、もう大丈夫だ」

 

「あ……」

 

 とろけてしまいそうな程に柔和な、アインズ様のお声。玉座で忠誠を誓ったあのときの威厳に満ちた声でも、先程までの感情を感じさせないような冷たいお声でもない。何処までも沈んでいく原初なる深淵の闇を思わせる、深く暖かな慈愛に満ちた響き。

 

(この短時間に一体何が?アインズ様のステキ度が格段にアップされているわ!……ではなくて、お声から感じられる雰囲気が先程と、いいえ、ナザリックを出立される前とも違う……)

 

 僅か数分の間に何があったのか、それは分からない。けれど、間違いなく今のアインズ様は何かが決定的に違うと確信できる。

 

「はい……はい……!お帰りなさいませ。アインズ様、リムル様……!」

 

 胸を満たす深い安堵。そして込み上げる歓喜に声を震わせながら、跪づき頭を垂れる。でもせっかくの感動に水を差すかのように、私が感涙するその後ろでうるさい身ぶり手振りでアイツが動き出した。

 

「アインズ様!そちらのっ!ぅお嬢~さんは!……一体、どのようなご関係でしょうか?」

 

「…っ!」

 

 今までお二人に気を取られていて気が付かなかった。アインズ様の背に隠れるように立っていた存在が、恐る恐る、といった様子で顔を覗かせていた。

 

 お二方の気配がお強くて全く目立たなかったというのもあるけれど、そうでなくても余りに陰が薄く、お二人と並ぶと微かな気配しか感じられない。塵か埃程度の存在感とでもいえばいいかしら。本当に取るに足らない、警戒するまでもないような存在に思えた。

 

 ただ、初めて見るはずなのに、何処かで知っているような、懐かしいような。そんな不思議な雰囲気を醸す、若い人間の少女。

 

 ナザリックの最奥たる宝物殿に部外者が立ち入る。それは本来有り得てはならない事だけれど、状況から考えて、御方が招き入れられた事は明白。やはりそれらを見抜いているのか、宝物殿の守護者パンドラズ・アクターも敵意を向けてはいない。

 

(アインズ様の裾を掴むだなんて、いい度胸してるじゃない……。でも今露骨に不快感を見せては、アインズ様の不況を買ってしまう恐れがあるわ。パンドラズ・アクターが言うように、まずはアインズ様とこの女の関係性を確かめる必要があるわね……!)

 

 内に秘めた嫉妬心をおくびにも出さず、アルベドもまたアインズに質問を投げ掛ける。

 

「アインズ様。守護者統括として、是非私も教えていただきたく存じます。どのような待遇で迎えれば良いでしょうか?」

 

「是~非にっ!」

 

「くぉ……あ、ああ。そう、そうだな……!パンドラ、お前には色々言いたいことがあるが、まずはこっちが優先だ」

 

(……もしやアインズ様はパンドラズ・アクターを苦手としていらっしゃるのかしら?いま、後退りしかけたような……)

 

 まさかそんなはずないわよね、アインズ様御自身が御創造なされたのだもの。そんな些細な疑問を浮かべた私に、アインズ様はお言葉を告げられた。

 

「彼女は、あー、何というか……いや、やはり詳しい紹介は後にしよう。シャルティアを救い出した後、皆を玉座に集めて紹介するとしよう。一旦は最優先の庇護対象と思っておいてくれ。くれぐれも丁重にな」

 

「畏まりました」

 

「うむ。次は……ちょーっとお前こっち来ーい!」

 

「あ、え?あの~、アレ?」

 

 アインズ様は鷹揚に頷かれた後、パンドラズ・アクターを引き摺って部屋の隅へと行かれて、何やらヒソヒソと話をしているみたいだけれどよく聞こえないわね。そして──

 

(……えっ?)

 

 パンドラズ・アクターが何か言ったかと思ったら、突然アインズ様が壁を背にした奴のハニワのような顔の横に手を着く。そして壁に手を着いたまま、段々と顔が近付いていき、くっ付きそうに……。

 

(うそ……っ?アインズ様が、く、く、口付けを?)

 

「お、おーい、何やってんだ?」

 

「ん?ただ話をしているだけだがどうかしたか?」

 

「いや、ここから見るとまるでキスでも迫ってるような絵面なんだけど……」

 

「はぁっ!?」

 

 リムル様の指摘に、アインズ様が慌ててパンドラズ・アクターから距離を取る。

 

「い、いきなり何を言い出すんだお前っ!?どこをどうみたらそうなるんだ!?」

 

「だって壁ドンして顔を近付けるから……。お前、そっちのシュミとかないよな?」

 

「そんな風に見えたのはお前だけだろ?アルベド、お前にはどう見えた?」

 

 額を押さえて呆れたご様子のアインズ様に訊ねられ、私は率直にお答えする。

 

「僭越ながら私にもそのように……。ですが、もし私がパンドラズ・アクターの立場でしたら瞳を閉じて待つのではなく、あえて唇を突きだし自分から迎え入れr「うん、判った。もういい、私が悪かった」あ、ハイ……」

 

「……ともかく誤解だ。断じて、そう断じて()()()()()()()()はない。どうか安心してほしい」

 

 言下に疑惑を否定されたアインズ様。私がホッと胸を撫で下ろしていると、少女も安堵の表情を浮かべていた。私の女の勘はその意味するところを鋭く察知する。

 

(……そう。お前もアインズ様を……浅ましいわね。そのように貧相な身体しか持たない分際で、アインズ様に懸想を抱くなど。いいわ、私が身の程というものを分からせてあげる……)

 

 庇護の対象なので直接的な手段は取れないけれど、自分からアインズ様に相応しくないと気付かせ諦めるように誘導する位は出来る。彼女自身が選択するのだから、何も問題はないわ。

 

 このときはそんな事を思っていた。このときはまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 つかつかと硬質な靴音を鳴らし、二人の悪魔が廊下を歩く。

 

「今回は私まで、ですか。何があったのでしょう?」

 

「理由はアルベドに聞いてください」

 

 〈伝言(メッセージ)〉が来たときには正直「またか」という思いがよぎったが、それも無理からぬ事。あの寂しがり屋の相手は誰かがしなければならない。マーレではまだ幼いし、セバスは王国で商人としてのアンダーカバーを作るためにナザリックを離れている。結局デミウルゴスが対応するしかない事だとは理解していた。

 

 しかし本当に緊急事態であると言われれば急ぎ帰還を果たさねばならない。ディアブロまで一緒に戻ってきて欲しいというのだから、本当にそうなのだろう。ただ、事前に簡単にでも内容くらいは教えて欲しかった。

 

「只今戻りました。……初めまして、で良いでしょうか?」

 

 デミウルゴスが帰還次第直行を命じられた部屋へと戻ると、そこにはアルベドとコキュートス、そして見知らぬ少女の姿があった。一見ただの人間にしか見えないが、リムルの前例があるため安易に決めつけることは出来ない。

 

「おや、貴女はもしや……」

 

 デミウルゴスが慎重に対応を考えていると、ディアブロには心当たりがあったのか、意味深気な言葉を溢した。しかし少女が慌てたように口に人差し指を当てるジェスチャーをして、言葉の続きを止める。どうやら二人は面識があるようだ。

 

「クフフフ、やはり。しかしこれはまた興味深い状態ですね……」

 

 ディアブロが目を細めて笑みを浮かべている。その意味するところは不明だが、只者では無さそうだ。

 

「アインズ様とリムル様がお連れになったのよ。彼女についてはアインズ様御自身が皆を集めてご紹介されるそうだから、今私達が触れるべきではないわね」

 

 表情と口調は穏やかだが何となく不機嫌そうに答えたアルベドにデミウルゴスはそうですか、と一言だけ返し、少女を改めて観察する。

 

年の頃は人間で言えば十代半ばを過ぎたくらいだろうか。黒目勝ちで伏し目がちなその少女からは特に強者らしい覇気は感じない。

 

 少女は緊張しているのか、それとも怯えているのか。心細そうな表情で時折チラチラと視線を向けてくる。妙に興味を惹かれるのはアインズ様がお連れになったせいか、はたまたディアブロの意味深な態度のせいか。しかし今は緊急事態のはず。アルベドが呼びつけたここに一緒に居るということは、この少女も何らか関係することなのだろうと当たりをつける。

 

「それで、緊急事態とはどのような?」

 

「シャルティアが精神支配にあったの。恐らく世界級(ワールド)アイテムによるものよ」

 

「なっ!?それは本当なのですか!」

 

「信ジ難イ事ダガ、事実ダ。シャルティアハ精神支配ヲ受ケテイル。現在ハ命令ヲ受ケテイナイノカ、ウゴキヲ全クミセテイナイ」

 

 驚愕するデミウルゴスに、コキュートスは事実だと述べる。アルベドからその経緯を聞き、実際にシャルティアの姿を映したクリスタルモニターを見れば、デミウルゴスも納得するしかなかった。確かにそれ以外に考えられない。精神作用に完全耐性を持つシャルティアが精神支配されるなど、世界級(ワールド)アイテムを除いて他に考え付かない。

 

 世界級(ワールド)アイテム。ユグドラシルに200種だけ存在する、全てのアイテムの頂点で、どれもが常軌を逸した破格の性能を持つと耳にしたことがある。しかし、まさかそれを所持し、使用してくるような危険な輩がこの世界に存在しようとは。

 

「では、これからシャルティアを討つということですか。編成はどのように?」

 

「ちょうど今、アインズ様が冒険者としてシャルティアのもとに向かっている所よ」

 

 冒険者として、という言葉にデミウルゴスは嫌な予感がする。護衛は誰が?シャルティアと戦うのであれば、アンダーカバーである冒険者の相棒役として付いているナーベラルではレベル差がありすぎて戦力にならないだろう。

 

 守護者の中でシャルティアに対抗しうる前衛と言えば、アルベドかコキュートスだが、二人ともここに座っている。嫌な汗がデミウルゴスの額を流れた。

 

「では護衛は一体誰が?アウラなり、マーレなりが側に────」

 

「居ないわ。今アインズ様のお側にいるのはナーベラルと、一緒についてきた冒険者の人間達だけのはずよ。アウラとマーレには他のプレイヤーの干渉がないか、周囲の警戒に当たらせているわ」

 

「……アルベド。貴女は自分が何を言っているか解っているのですか?とても正気の沙汰とは思えませんが」

 

 デミウルゴスは額に青筋を立てて噴き出しそうな怒りを噛み殺すように静かに声を震わせた。しかしアルベドは表情を変えないまま、穏やかな笑みを崩さずに答える。

 

「アインズ様とリムル様が「全て任せろ」と仰ったのよ。お二人から連名でそう言われた以上、私がそこに口を挟む余地はないわ」

 

「……指を咥えて見ていろと?我々はナザリック地下大墳墓の守護者なのですよ?客将という立場のリムル(彼女)ではなく、我々こそお側に付いて供に戦うと具申すべきでしょう!貴女だって、アインズ様が冒険者として人間の町に潜入するときには自分も付いていくとあれほど強硬に反対していたではありませんか!それが何故!?」

 

 何故、あっさりと引き下がって、落ち着いて座ってなどいられるのか。デミウルゴスはらしくもなく声を荒らげた。ふるる、と少女が肩を震わせるが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「アインズ様の纏う雰囲気には、気負いも悲壮もなかった。それは絶対の自信の現れに私には見えたわ」

 

「たったそれだけの不確かなものを信じたというのですか?アインズ様が明らかに不利なはずだとわかっているでしょう!一体何を根拠にそんな悠長なことをッ!」

 

 デミウルゴスの意見は尤もである。死霊系魔法を得意とするアインズにとって、同じくアンデッドであるシャルティアには効果的ダメージは期待出来ない。しかもシャルティアは神官戦士(クレリック)職業(クラス)を修めている。アンデッドであるアインズにとっては天敵とも云うべき最悪の相性なのだ。

 

 武装面ではアインズに軍配が上がるだろうが、相性込みで考えるならば、勝算はかなり贔屓目に見積もっても4割を割り込むだろう。事実、アルベドもコキュートスも同様にアインズが不利と見積もっていた。

 

「お二人はホンの少しの間()()()()へと赴かれたの。そして再びお戻りになった時、明らかにアインズ様の纏う空気が違っていたわ。そう、以前にも増して神々しく、慈悲に満ち満ちて、そして……くふー」

 

 そう言いながら紅潮した頬に手を当て、うっとりとした表情を浮かべるアルベド。まるで憧れの男性を夢想する少女のような表情である。

 

「それはあくまで貴方の主観に過ぎないでしょう。その言葉をそのまま信じるわけにはいきませんね!」

 

「デミウルゴス。何処へ行くつもり?」

 

 デミウルゴスは背を向けて歩き出そうとするが、それをアルベドが呼び止める。その声は冷静さを保ったままだ。

 

「私の配下を動かします。例え命令に反したとし──ッ」

 

 しかし、足を踏み出したデミウルゴスの行く手を、コキュートスの持つ刀が阻む。それは武人建御雷が彼に下賜した神話級の武器、「斬神刀皇」であった。

 

「……そういうことですか。呼びつけて直ぐにここへ来るように言ったのは、ここへ釘付けにするため」

 

「ええ、手出しは一切無用。リムル様も今別動で準備を進められているはずよ。そしてシャルティアを()()()()()()。そう仰ったわ」

 

「クフフフ、リムル様がそう仰ったのであれば、私もここで大人しく成り行きを見守る他ありませんね。なに、心配はいりませんとも」

 

「その保証が何処にある!!ディアブロ!貴方は自分の主が心配ではないというのですか!!」

 

 アルベドの言葉にディアブロは直ぐに納得した様子だったが、デミウルゴスはそうはいかない。遂に激昂してディアブロに喰って掛かる。

 

「口を慎みなさい……!」

 

「…ッ!」

 

 瞬間、不機嫌そうに眉を顰めたディアブロから、強烈な怒気が洩れ出した。デミウルゴスを始め、コキュートスとアルベドにも緊張が走る。しかしそれは一瞬で、直ぐに緊迫した空気が弛緩していく。ディアブロが少女に気を遣い、怒気を納めたからだ。

 

「おっと、失礼しました。貴女には少しばかり負担が大きすぎましたね」

 

 デミウルゴスは意外そうな顔をする。彼が人間に気を遣うそぶりなど初めて見たからだ。アルベドの隣に座っていた少女は滝のような汗を流して肩を震わせていた。アルベドは少女を背に庇うような素振りを見せつつも、その口角は僅かにつり上がっている。

 

「心配……そんなものは不要です。私如きに心配されるほど、あの御方は弱くはありませんので。むしろ、リムル様が「任せろ」と仰ったのに、私がその身を案じるなどとあっては不敬に当たります」

 

「………!」

 

 デミウルゴスはハッとする。お前は自分の主人を信用できないのか、そう言われているような気がした。この悪魔(ディアブロ)は主人を心配する気が無いのではない。心配など不要と断ずるまでに、主人に対し全幅の、絶対の信頼を寄せているのだ。

 

 主を信頼せよ。それは理解はできる。しかし、デミウルゴスはそれでも不安を消しきれない。いつかアインズも他の至高の41人と同じように、自分の知らぬ世界へと行ってしまうのではないか。ずっとそんな不安が彼を苛んでいたのだ。だからこそ他の誰より世継ぎを待望していた。

 

「私とてすぐにでもリムル様のお側に馳せ参じたい所ですよ。あのお方のご活躍をこの目で拝見したいですからねえ……クフフフフ……」

 

「アインズ様の()()()なお姿を()()()()……くふ……」

 

 二人して恍惚の表情を浮かべ、視線を何もない中空に向けるディアブロとアルベド。それにしてもアルベドが口にする科白がやけに生々しく聞こえてしまうのは気のせいだろうか。意外とこの二人は似たところがあるのかもしれない。

 

「……」

 

 振り上げた拳の下ろしどころを失ったデミウルゴスは、胸に憤懣を溜めたままどしりと乱暴にソファに腰掛け、八つ当たり気味に啖呵を切った。

 

「もしアインズ様に何かあったら、貴女には守護者統括の座を降りて貰いますからね」

 

「アルベドノ地位ハ至高ノ御方々ガオ決メニナッタコト。ソレハ不敬ダゾ、デミウルゴス」

 

 コキュートスがガチリと顎を鳴らし冷気を吐く。それだけで室内の温度が冷え込んだ気がする。しかしアルベドは余裕の笑みを浮かべたまま答えた。

 

「そうね、その時は潔くそうするわ。……ところで、無理をなさらず他の部屋でお休みになられては?」

 

 先程から震えている少女は既に顔面を蒼白に染めていた。その姿を見兼ねたようにアルベドは遠回しに退室を促すが、少女は首を縦には振らなかった。表面上は心配げな表情を浮かべて訊ねたアルベドを、黙ったまま真っ直ぐに見つめ返す。その瞳には、この場に残りたいという強い意志が誰の目にも見てとれた。

 

 アルベドは呆れたようにため息をつく。

 

「私はあなたの庇護を一任されています。それ以上はお体に障ると判断した場合、力ずくでもご退室いただきますのでそのおつもりで……」

 

 デミウルゴスはアルベドの態度に違和感があることに気付いた。それはほんの些細なものではあったが、アルベドが少女を快く思っていないと理解するには充分だった。

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合は朝から騒然としていた。この近辺で幅を利かせている盗賊『死を撒く剣団』の塒へ調査に向かったた者が、明け方に火急の知らせを持って帰ってきたからだ。

 

『死を撒く剣団』とは、この辺りに居付いている傭兵崩れの盗賊達で、(ゴールド)級や白金(プラチナ)級の冒険者も返り討ちにあった、危険な盗賊集団である。

 

 しかし火急の知らせとは、その『死を撒く剣団』についての情報ではない。調査対象の塒の近くで、恐ろしく強大な魔法を操り、見たこともない真っ赤な武装をした、謎の吸血鬼(ヴァンパイア)が暴れる姿を目撃したというものだ。

 

 その情報は冒険者組合長から都市長まで伝わり、大至急ミスリル級冒険者4チームが集められるに至った。ナーベラルから呼び出しの知らせを受けたアインズは、モモンとして組合に顔を出す事になったのだった。

 

「申し訳ない。遅くなってしまいました」

 

「新参がいきなり重役出勤とはどういうつもりだ、あぁ?何様のつもりだお前は?」

 

 遅れて最後に集まったモモンに対し、開口一番罵倒を浴びせてきたのは、モモンが初めて会うチーム『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジ。昨夜のアンデッド事件には別の依頼で街を離れていた為に参加していなかった。彼はあっという間にミスリル級にランクアップしたモモンに対し、激しい嫉妬の念を抱いていたのだった。

 

 その場にいた他の全員がイグヴァルジの態度に反感を抱きモモンの肩を持とうとしたが、動いたのはモモンだった。

 

「遅れたのはあなたの仰る通り私の落ち度です。改めて謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

 モモンが頭を下げると、アインザックやモックナックは何もそこまでしなくてもという雰囲気になったが、こういうケジメは大事ですからとモモンはあえて譲らなかった。

 

 丁寧に腰を折って謝罪されたイグヴァルジの方は面白くない。貶めてやろうと文句をつけようとすればするほどモモンの人格は際立ち、対照的に自分の立場が悪くなるカラクリに気付いたのだ。

 

「ちっ……まぁ、次から気を付けてくれりゃそれでいいけどよ……」

 

 結局それ以上追及することも出来ず、イグヴァルジは苦虫を噛み潰したような表情で怒りの矛を収めるしかなかった。

 

 組合長の話を聞いてアインズは顔を顰めた。情報は完全にシャルティアの容姿まで一致していたのだ。武装した姿を目撃されていたのは想定外である。何かと戦っていた様子だったとあるが、肝心の相手の情報は全く無かった。容姿とはいかずともシャルティアを洗脳した相手について何らかの情報が得られないかと期待していたが何も出てこず、『死を撒く剣団』という盗賊団の塒には見るも無惨な惨殺死体が数多く発見された事だけが分かっている。

 

(まずいなぁ。多分シャルティアがやったんだろうけど、悪人が相手とはいえ人間を殺戮した危険な存在と看做される可能性が高いか……)

 

「放置か討伐か……一体どちらが正解だと思うね?」

 

 丸々と太ったエ・ランテルの都市長パナソレイ・グルーゼ・ロッテンマイアが真剣な表情で組合長に訊ねる。

 

 普段は「ぷひー、ぷひー」と、豚のように鼻を鳴らして道化を演じ、相手がどんな態度をするか観察する意地悪な性格をしているのだが、今はそんな余裕もないらしい。

 

 何しろ、只でさえ高い身体能力と驚異的な回復力を備えた吸血鬼(ヴァンパイア)という厄介なモンスターが、高度な魔法を操り、見るからに強力な武装までしているというのだから、その脅威度は計り知れない。

 

 誰もが伝説に語られる『国堕とし』という存在を連想してしまう。『国堕とし』とは恐ろしく強大な力を持つ吸血鬼(ヴァンパイア)で、単騎で国を滅ぼした事もあるという。お伽噺では13英雄の手によって討伐されたらしいが、その再来を思わせる危険な存在が、このエ・ランテルの目と鼻の先で発見されたのだ。

 

 対応を誤れば国家存亡の危機に直結する故に、誰も口を開けないまま長い沈黙が場を支配する。

 

(……もうそろそろいいんじゃないか?)

 

 モモンが今絶好のタイミングだぞと思っていると、計ったかのように部屋のドアがノックされる。ドアを開けて顔を覗かせたのは受付嬢。その表情は何か焦っているような様子だ。

 

「あの、く、組合長。今すぐにお会いしたいという貴族様がいらっしゃっています」

 

「私にかね?…すまないが今はとても相手をしている余裕はない。用件だけ伺って一旦お引き取り願いたまえ。後日直接私が伺う事にする」

 

 逼迫した状況の為、そのように指示を出したアインザック。それで貴族の機嫌を損ねる可能性もあるが、国家存亡の危機に比べれば大した事ではない。だが、受付嬢は何故か下がろうとしない。一同が怪訝に思っていると、受付嬢がおずおずと口を開いた。

 

「そ、それが……ご用件は例の吸血鬼に関する事だそうです」

 

「何だと!?」

 

 ガタっ、と音を立てて立ち上がるアインザック。もし有益な情報を貰えるのならば、会っておくべきだろう。しかし情報を手に入れるのがやけに早いのが気掛かりでもある。数秒の逡巡の後、受付嬢に指示を出す。

 

「ひとまずこの部屋へ案内したまえ。それで、名はなんという方かな?」

 

「あ、はい。アインズ・ウール・ゴウン様とおっしゃる方です」




とりあえず元に戻った(?)アインズ様。リアルへ行って何があったのかは、また後程描いていくつもりです。謎の少女については4人の中でディアブロだけが知っています。

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