異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
「じゃるでぃあ"ぁぁぁっ!よぐ頑張っだねぇぇぇっ」
「アウラ、マーレ、ご苦労様」
「デミウルゴス、よくやったぞ」
『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーは侵入者を撃破したあと、ゆっくり勝利の余韻に浸る事なく、その多くがログアウトしていった。全員多忙な社会人ギルドの悲しい事情だ。残ったギルドンバーは、モモンガ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、たっち・みー、ウルベルトの五名。彼らは、倒された守護者達を復活させるために玉座の間へと集まっていた。
膨大な金貨を積み上げ、上の階層から順に復活させていく。通常は死亡すると、復活時に
ぶくぶく茶釜、ウルベルトも、自身の作り出したNPCに労いの言葉を掛ける。物言わぬNPCへの彼らの愛情の深さを物語っていた。
そして第八階層のヴィクティムまで復活させたところで、五人の視線がディアブロ────その腕に抱かれた
モモンガはマスターソースを確認する。マスターソースにはギルドの所属する者の名前が網羅され、状態異常も表示される。死亡すると名前があった所が一時的に空欄になるのだ。
モモンガはマスターソースに名前が表示されていることに安堵すると共に、あることに気付く。設定欄の文字化けが無くなっていたのだ。以前見たときはとにかく文字化けだらけでまともに文章として読めるものではなかったが、いつの間にか読める文章になっている。
(あれ、文字化けが解消されて……って長っ)
膨大な量のテキスト。リムルの情報がこれでもかと詰め込んである。
(えーっと……「異世界で生まれ、進化した竜魔粘性星神体であり、
あまりの長さに全部読むのは諦めて、今度はステータスを確認する。
(あれ?うーん?)
ユグドラシルのステータスはHP、MP、物理攻撃、物理防御、素早さ、魔法攻撃、魔法防御、総合耐性、特殊の9つの要素に割り振られる。
そして、どんなにLvを上げても全てのステータスを同時にMAXにすることは出来ず、装備を充実しても全ての属性に完全な耐性をつけることはできない。種族特有のペナルティー等も同様だ。
だが、リムルは全てのステータスが測定不能となっている。これは能力が高すぎて計測不可能という意味か、それとも何らかのデータの不具合で表示できないのか。
続いて習得魔法とスキルを見る。
魔法
竜種魔法、上位精霊召喚、上位悪魔召喚、原初の魔法
能力:虚空之神、豊穣之王、万能感知、大魔王覇気、万能変身、法則支配、属性変換、思念支配、未来予測
耐性:物理攻撃、自然影響、状態異常、精神攻撃無効
(えー、何だろう虚空の神って。大魔王覇気?なんか凄そうだけど、そんなスキル見たことも聞いたこともないし。はあ、もうなにがなんだか……)
ステータスはマトモな表示とは思えず、スキルも魔法もユグドラシルでは聞いたことの無いようなものばかり。結局分かったのは「人間にも友好的な異世界の魔王」という設定らしい、ということぐらいだった。
ディアブロのも見ようかと思ったが、どうせ読めても意味不明な内容が書いてあるんだろう。直接聞いた方が良さそうだ、と思い直す。
「モモンガさん、何かありましたか?」
たっち・みーから声が掛かる。マスターソースを見るのに随分夢中になっていたらしい。
「あ、いえ、何でも……」
「そうですか?それで、どうですか?」
「あ、はい、死亡していないのは間違いないみたいです」
「そうですか。でも、全然動きませんね」
普段は四六時中落ち着きなく動き回っていたのに、ディアブロの腕のなかでピクリとも動かない。モモンガとペロロンチーノは心配そうに、たっち・みーとウルベルトが一種の緊張感を持って見つめている。
彼らは何者なのか?あり得ないほどの自由な行動、精巧な動き、どこまでも成り立つ会話。そして声を発したディアブロ。まず間違いなくNPCではないだろう。
となると、プレイヤーなのだろうか。だが、先の戦闘で見せた圧倒的な強さはどんなに戦闘特化のビルドを組み、充実した装備でプレイヤースキルが高くても不可能に思える。
ディアブロは魔法も武器も使わず肉弾戦だけで
そんな彼の正体について、ある可能性が浮かび上がり、モモンガを含む全員がその答えに思い至った。
不正に端末を改造し、ゲームバランスを壊したり、希少なアイテムを量産し
そういう輩は発見され次第運営に通報され、アカウントを抹消される。極めて悪質な場合は刑事訴訟になることもある。
いかに『アインズ・ウール・ゴウン』が悪名高きギルドだからといって、不正改造に手を出す者はいない。皆、あくまでゲームのルールに則って「悪」を
野良のNPCだと思って迎え入れたキャラクターが、実は
それが明るみになれば、ギルド外のプレイヤー達には白い目を向けられ、普段理不尽な癖に不正に対しては厳しい運営からも何らかのペナルティーを受ける可能性がある。ギルド解体になりかねない程の危機だ。
仮にディアブロが
メンバー達の中で疑惑が深まり、誰も口には出さないが緊張を含んだ空気が漂い始める中で、モモンガだけは、そうであってほしくないと願っていた。もしそうだとしても、そんな犯罪紛いのことを止めさせて、また一緒に楽しい時間を共有出来ないか、と。
モモンガにとっては、最早リムルはそれほど大きな存在になっていたのだ。それがNPCでなく、同じ人間だとしたら尚更である。
しかし同時に、何とも名状し難い違和感のようなものも感じていた。あのとき、ディアブロのおぞましい表情に気付いたのはモモンガだけだった。あれを単なる
重い沈黙の中、モモンガが意を決してディアブロに問い始める。皆も思っているであろう、疑惑について。
対するディアブロは涼しげな態度を崩さない。
「成る程、皆さんの疑問や心配はご尤もですし、説明して差し上げても良いのですが……知れば後悔するかも知れませんよ?」
ディアブロはテキストではなく肉声で語りだす。表情も生々しいほどにリアルで、とても作られたデータには見えない。
ギルドメンバーは八階層でディアブロが喋ったのは気のせいでも勘違いでもなかったと改めて確認し、疑惑が確信へと変わっていった。だが、それは勘違いでもあった。
「ディアブロ」
突如聞こえた女性らしき声に、四人はぶくぶく茶釜を振り返る。
『アインズ・ウール・ゴウン』に女性メンバーは三人。ぶくぶく茶釜、やまいこ、餡ころもっちもちだ。そして今この場に残っているのはぶくぶく茶釜だけ。弟のペロロンチーノにまで見つめられたぶくぶく茶釜は、プルンプルンと粘体の頭を動かして答える。
「え、違うよ?……てかなんでお前までこっち見てんだ、愚弟が」
ついでに弟に毒づいていた。四人はピンクの肉棒が先端の方を左右に捩る姿に「うわ……」と思いながらも、確かに彼女の声とは違うよなと思い直す。「で、ですよねぇ」とペロロンチーノが震え声で返す。
では今の声の主は一体?少しの沈黙のあと、五人全員の思考が一致した。
まさか────
その時、リムルがディアブロの手から滑り落ちた。同時に、形状を変え始め、人型を取る。その姿は、これまで見慣れていた少女ではなく、大人の女性のそれであった。
「その事なんだが」
人型になったリムルが声を発する。やはり、先程の声はリムルで間違いないようだ。動揺は殆ど無かった。ディアブロが普通に喋れるのならリムルもそれができても不思議ではない。
「俺に考えがある。もし、君たちが真実を知りたいと思い、その勇気があるなら、外で会わないか?都合は合わせる。そうでないならここでお別れだが」
「成る程、リムル様はお優しいのですね」
訳知り顔で言うディアブロをよそに、五人は黙り混んだ。もし目の前の二人が犯罪組織かなにかの一員だった場合、
「俺は、会います」
沈黙を破ったのは、モモンガだった。
「モモンガさん!」
たっち・みーが慌てて反対しようとするが、モモンガの性格を彼は理解していた。一度決断したことは絶対に反故にせず、必ずやり抜こうとする。よく言えば誠実で責任感が強い。悪く言えば頑固者だった。
「お願いします、皆さん、どうか俺一人で会わせてください」
頭を下げ必死に頼み込むモモンガに、もう止められない事を四人は悟った。
「……もしもの時は、すぐに連絡を下さい」
たっちは警察官だ。危険な目に会うかも知れない彼を放ってなど置けない。本来なら自分も同席すべきと思うのだが、こんなにも必死に頼み込む彼の願いを無下にも出来ない。ならばせめてと、緊急連絡先を教える事にしたのだ。
モモンガは知りたかった。彼らが何者なのか。目的は何なのか。共に過ごした時間をどう思っているのか。
たとえ危険だと言われようが、その想いを止めることは出来なかった。
こうして次の週末、
モモンガ「チートなの?」
ディアブロ「知らない方が良いことも・・・」
リムル「外で会わないか?」