異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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今回は少し難産でした。
VSシャルティア開始です。


#70 対決

「さて……みんな見えなくなったな」

 

 吸血鬼が目撃された場所へと向かったのは、パンドラズ・アクター扮するアインズと、『漆黒』と呼ばれるようになった冒険者コンビのモモンとナーベ。そしてミスリル級のチーム『虹』『天狼』『クラルグラ』の各リーダー達。

 

 多少移動している事を考慮して、目撃場所から離れた位置からはある程度離れた距離から警戒しながら進んだが、どうやら殆ど移動はしていないようであった。

 案内が終わり、現在冒険者達は一旦引き返して、あらかじめ決めておいた場所で待機してもらっている。

 

 最初は遠くからでも戦いを見届けたいと言っていたのだが、相手は転移魔法を使うことを告げ、目の届かない所へと待避してもらった。視認できる場所にいては距離などあって無いようなものだと実際にパンドラズ・アクターが転移して見せれば、それ以上食い下がろうというものはいなかった。

 

「てゆーか、お前……最後のほう、ちょっと地が出てたよな……?」

 

「何も問題はありませんとも!アインズ様!」

 

 彼らと同行中、パンドラの動きが段々と仰々しくなり始めている気がしていたアインズは、パンドラズ・アクターを責めるような口調で訊ねると、堂々と開き直った。実際そういう動きを見せても冒険者たちが訝しむ様子はなく、寧ろ彼の優雅な所作を感嘆する様子だったため、パンドラは段々と身振り手振りが大きくなっていた。早い話が調子に乗っているのだ。

 

「はぁ、全く……ま、まあいい……今後は気を付けろよ」

 

「はっ!」

 

「その格好で敬礼はやめろっ!」

 

 溜め息をついて額に手を当てるアインズに、アインズ姿のまま敬礼をするパンドラズ・アクター。思わず声が大きくなってしまった。

 

 ひとまず、同行した彼らに偽装のための作り話(カバーストーリー)を垂れ流す事は出来たし、冒険者達もそれを信じているようだったので、作戦は今のところ上々と言ったところだろう。

 

 因みにシャルティアは預かっている友人の娘と言う設定で、かつてはズーラーノーンに拐われて儀式で吸血鬼にされてしまったことになっている。アインズの様々な研究の成果で、どうにか自我を取り戻したが、昨日何者かによって精神支配に遭い、今に至るという事にした。

 

 アンデッドに精神支配は通じないはずだと流石に最初は半信半疑であったようだが、モモンがスレイン法国の秘宝ならば出来るかも知れないと仄めかした事で、信憑性は一気に増したようだ。

 

 スレイン法国にとっては完全にただの言い掛かりかもしれないが、陽光聖典は幾らか帰してやったし、王国とは殆ど国交がないのだ。多少王国内で悪評が立っても目をつぶってほしいものだ。文句を言われたら誤解だったと改めて話し、真犯人についてはそのままうやむやにしてしまえば良い。

 

 本当にスレイン法国の仕業という可能性も無くはないが、その時はその時。何かしらの償いをしてもらうつもりだ。誠意ある謝罪を見せれば実行犯の引き渡しだけで許してやる事も吝かではない。

 

 とにかく、今シャルティアは操られているだけで、本来は人間に積極的に害を為さない。そう周囲に思わせる事が大事なのだ。それが今後彼女の活動範囲、引いてはナザリックの面々の人間たちへの関わり方を左右することにもなっていくだろう。

 

「あれは一体……!?」

 

「成る程、影武者ですか」

 

「そうそう、説明し忘れていたわね。あれはパンドラズ・アクター。アインズ様が御創造された、宝物殿の領域守護者で、アインズ様だけでなく至高の41人全員のお姿に変身することが可能。能力の方も御方々には劣るけれど、殆ど使えるそうよ」

 

 アインズと冒険者モモンが並んでいる光景を見て困惑するデミウルゴス達に、ディアブロが予想した通りだとアルベドが説明する。

 

「成る程。確かに影武者にはうってつけかもしれませんが……」

 

「同行できなかったのは私も同じよ。こればかりは代わりが出来ないから仕方ない事だけれど、それでも嫉妬してしまうわね……」

 

 同行を許された彼に対するデミウルゴスの気持ちは分かるとアルベドが言葉にし、やや悔しそうな表情を浮かべている。ここへ来たとき、彼女が不機嫌そうにしていた理由の一つがデミウルゴスにはわかった気がした。

 

 パンドラズ・アクターが、自らの創造主の側に控えることが出来るという幸福な境遇にある事に、羨望と嫉妬の感情がどうしても沸いてしまうのだ。デミウルゴスだって自らの造物主、ウルベルト・アレイン・オードルの側に居られるとなれば、それだけでえも言われぬ幸福感に満たされ、毎日ウキウキしてしまうであろう。

 

「パンドラ、頼む」

 

「お任せをっ」

 

 〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉〈上位幸運(グレーター・ラック)〉〈不屈(インドミタビリティ)〉〈虚偽情報・生命(フォールスデータ・ライフ)〉〈虚偽情報・魔力(フォールス・データ・マナ)〉〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉〈上位硬化(グレーター・ハードニング)〉……

 

 シャルティアの目の前まで来た鎧姿のアインズに、パンドラズ・アクターが無数の補助魔法をこれでもかというほど掛けていく。

 

(やっぱり明確な敵対行動と看做さなければ攻撃してこないか。……まるでゲームだな)

 

 ……〈自由(フリーダム)〉〈天界の気(ヘブンリー・オーラ)〉〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)

 

「こんなものでしょうか」

 

「ああ、ご苦労」

 

 言いながら、アインズは飾り気の無い腕輪のような物を取り出す。それは彼女がくれた、ボイス入りの腕時計である。

 

『時間を設定するよ~』

 

 ピッピッと何度か操作音を鳴らすと、腕時計から幼女のような声が響く。

 

「もしや、ぶくぶく茶釜様のお声ですか?」

 

「ん?ああ、よくわかったな。彼女からの貰い物なんだ。……しかし、何でこの時計はボイスをカット出来ないかな」

 

「お声を消すなど勿体無い!是非宝物殿へと「駄目だ」……」

 

 残念そうに肩を落とすパンドラズ・アクターをアインズは無視して準備を進める。実際にはクリエイトツールを使えば簡単にボイスのカットは出来てしまうのだが、本当にそんな事をする気は無い。

 

 ただ、人前でロリボイスが鳴り響くのは恥ずかしいものがある。流石に格好だけでもそう言っておかなくては、ロリコン疑惑をかけられかねない。こっそり隠しボイスを何度も聞いているだなんて誰にも知られるわけにはいかない。

 

(宝物殿に預けるなど以ての外だ。パンドラズ・アクターが色々弄くり回して、()()ボイスが聴かれてしまう危険な予感しかしないッ!やっぱり自分で持っておくのが一番だな)

 

「……そんなに落ち込むなよ。安心しろ、ボイスはカットしない」

 

「おお、有り難き……!」

 

「もう下がっていいぞ。後は私()に任せておけ」

 

 パンドラズ・アクターが完全不可視化を使って姿を消したのを確認し、アインズは一度ゆっくりと両手を拡げて閉じる。まるで深呼吸をするかのような動作だ。

 

「さあ、いくぞシャルティア!」

 

 アインズは高く高く飛び上がり、その到達点は数十メートルに達した。

 

「……始マッタナ」

 

 クリスタルモニターを通じてその様子を見守っていコキュートスが静かに声を上げる。戦いはアインズが飛び上がっての一撃によって火蓋が切って落とされ、応戦するシャルティアと、現在も息もつかさぬ近接戦を繰り広げている。

 

「やはりアインズ様は戦士モモンに扮したまま戦いを初められましたね」

 

「ええ、魔法詠唱者(マジックキャスター)として対峙すれば前衛の居ないアインズ様に不利。戦士の姿を取って防御を固め、シャルティアのリソースを削ると共に、魔力消費を抑える作戦のようね」

 

 冒険者達から見えなくなっても一向に鎧を脱がないアインズを見て、もしや戦士として戦うつもりなのではと予想していた。

 

 確かに魔法詠唱者(マジックキャスター)よりも物理面においては戦士の方が防御に優れていると考えられ、接近戦での不利を少し埋められるだろう。しかしそれだけでは勝てるはずがない。戦士としては30レベル程度のステータスしかないのだ。普通にやりあっては勝ちの目などない。そのステータス差を縮める為に、戦士化の魔法を使用することも、もちろん予想していた。

 

 ただ、戦士化の魔法は使用効果中は他の殆どの魔法が使用できなくなり、魔法で作り出した装備は剥がれ落ちてしまう筈だ。となれば、今着ている鎧は恐らく鍛冶長に予め作らせたものだろう。

 

「コキュートス。アインズ様の勝率は?」

 

 アルベドの問いに、コキュートスは少し考えてから答える。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)トシテ戦ウナラバ3対7デシャルティア、戦士トシテ戦ッテモ殆ド変ワラナイ……イズレニセヨシャルティア有利ハ動カナイダロウ」

 

 戦士化に頼らなければならないアインズとは違い、魔法も近接戦闘もバランス良くこなせるシャルティア。流石に純粋な戦士までとはいかないが、ステータスだけ戦士と対等になったアインズではやはり勝ち目が薄いというのがコキュートスの出した結論だった。

 

「……」

 

「そう。では刮目して見ましょう。不利をはねのけて勝利を手にするアインズ様の勇姿を」

 

 余りにも不利な見積もりを聞き、デミウルゴスは表情を歪めるが、アルベドは余裕の態度を崩さないままだ。先のパンドラズ・アクターの件といい、デミウルゴスの知らない何かがある気がして、少しばかり面白くない。

 

 と、目の前のテーブルに何かが置かれる。少女が焼き菓子らしい物の入った器を差し出してきたのだ。

 

 気を遣ってくれているつもりかもしれないが、正直デミウルゴスとしては失笑して鼻白んでしまいそうな行動だ。しかし少女は仮にもアインズが連れてきた客人。少女の厚意を無碍にするのはアインズの意に背くのでは。そう懸念したデミウルゴスは、彼女の厚意を受け取っておく事にした。

 

「……折角なのでいただくとしましょうか」

 

「クフフ、では私が直々に紅茶を入れて差し上げましょう」

 

 主人であるアインズが戦いに身を投じているというのに、ディアブロまで呑気に紅茶を入れだす。緊張感がないとは思うのだが、それを咎める気にはならなかった。彼は主を信頼しきっているだけなのだから。むしろソワソワとしてしまう自分が狭量に思えてくる。

 

「ム……!」

 

「何かありましたか、コキュートス?」

 

 不意にガチンと顎を鳴らすコキュートス。こういうときに鳴らすのは彼が疑問抱いたときの癖である事をデミウルゴスは知っていた。

 

「オカシイ……アインズ様ハ純粋ナ魔法詠唱者(マジックキャスター)ノハズ……」

 

「そうね。それが何か?」

 

 アルベドはその言葉を肯定し、言葉の続きを促す。

 

「純粋ナ魔法詠唱者(マジックキャスター)デアルアインズ様ガ、戦士職ヲ修メテイルシャルティアト、何故コウモ互角ニ斬リ結ベル……?」

 

「それは戦士化の──」

 

「チガウ!」

 

 アルベドの言いかけた言葉を、そこが疑問なのではないとコキュートスが否定する。

 

「確カニ戦士化ノ魔法デ、ステータス差ハ埋メラレルダロウ。イヤ、ソレデモアインズ様ノ方ガ動キハ遅ク感ジル……」

 

「た、確かに……!」

 

 本来ならば、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるアインズより、戦士職を修めているシャルティアの方が、特殊技術(スキル)も使えるし、得意な近接戦において有利に戦えるはず。見る限りではアインズよりもシャルティアの方が僅かに動きも速く見え、戦士職でないアインズは一方的に押されていてもおかしくない。

 

 にも拘らず、アインズは今純粋な戦士とも遜色ない程の戦いぶりで、互角の様相を見せているのだ。

 

「これが経験の力なの……?」

 

「どういうことです?」

 

 アルベドの呟きにデミウルゴスが反応する。彼もコキュートスの指摘には納得し驚きを感じていたが、その要因は思い浮かばなかった。

 

「アインズ様は仰ったわ。私達と至高の御方々では実戦経験に天と地程の差があると。単に全ての能力を使えるという事と、能力を十全に使いこなせる事とでは全く意味が違うとも……」

 

「つまり……?」

 

「クフフフ、至極簡単な事です。実戦で培った経験そのものが、瞬間瞬間に最善の行動を選び出し、反射よりも先に体を動かす。それが時に単純な能力差や相性の不利さえも覆し得ると言うことですよ」

 

「……そういうことよ」

 

 ディアブロにオイシイところを全部言われてしまい、やや眉を顰めながらアルベドは同意した。尚もディアブロは愉しげに言葉を続ける。

 

「まあ、今の彼はそれだけではないようですがねぇ…クフフフフ、実に面白い」

 

 興味深そうに二人の戦いを見つめるディアブロ。まるで好物の獲物を見るような獰猛さを感じさせる魔の両目が、デミウルゴスに別の不安を抱かせる。

 

「ご安心下さい。手を出したりはしませんとも」

 

 そう言って微笑むディアブロだが、アルベドは少しばかり胡乱げな視線を送っている。彼個人に対する信用はあまりないようだ。出会い方が違えば、もっと別の可能性もあったかもしれないのだが。

 

「あら……意外といけるわね」

 

 焼き菓子を口にしてアルベドが感想を口にすると、少女は安心したような笑みを見せた。どうやら彼女が作ったらしい。表面に出さないようにしながら、内心では少女に悪感情を抱いているアルベド。デミウルゴスはそれを見抜いていながら咎めはせず観察する。

 

 もしアルベドが彼女を手にかけようとするなら流石に止めなければならないが、アルベドもその辺りは心得ているようで、手を出す気は無いようだ。ならば特に口を挟む必要はないだろうと判断した。何かの拍子に少女の真価、或いは正体を垣間見ることが出来れば尚良いが。そんな打算も働かせつつ、デミウルゴスは改めてモニター越しの戦いに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 戦い始めてから10分程経っただろうか。互いに攻撃を当てて多少のダメージは与えているが、未だ決定的な差は生じていない。

 

 シャルティアの表情には余裕がある。アインズは二本のグレートソードだけでなく蹴りや虚実も織り混ぜた手数の多さで反撃の隙を与えないようにしてきたが、シャルティアも徐々に適応し始め、まだ数回だが反撃に成功していた。

 

「流石はアインズ様。戦士としてもこれ程戦えるとは。そんなアインズ様を殺さなければならないだなんて」

 

「適応が早いな……ふ、しかし、殺そうとしている相手に様付けか?」

 

「これは異な事を。至高の41人のまとめ役であらせられるアインズ様をそう呼ぶのは当然の事」

 

 アインズの呼び掛けにシャルティアは答えた。そこにはしっかりとした彼女の意思があるように見える。だが────

 

「今のお前の主人は誰だ?」

 

「私の主人は──あれ?どうして私はアインズ様と戦って……攻撃されたから殺す……?」

 

 シャルティアは自分でも何故戦うのかよくわかっていないのか、首をかしげて疑問を呟く。そして開き直ったように答えを返した。

 

「よくわかりんせんが、攻撃されたからには殺さなくてはなりませんえ」

 

「そうか。わかった」

 

(とりあえず、お前の状態はな……。リムルの方はまだ時間がかかるのか?……ん)

 

《解析は終わったぞ。あとは──》

 

 解析にはまだ時間がかかるだろうかと思っていた時、丁度リムルの声が脳に響いた。了解の印にアインズは小さく頷く。

 シャルティアはそれに気付くそぶりはなく、アインズに余裕の笑みを浮かべたまま言葉を投げかける。

 

「何故戦士として挑んで来られたのかは分かりませんが、そのままで私には勝てるとでも?」

 

「そう思うなら、さっさと全力で仕掛けてきたらどうだ?格の違いというやつを体で教えてやるぞ?」

 

 シャルティアはアインズの不自然なまでの挑発的な言葉に逡巡する。

 

(アインズ様は用心深く冷静なお方。一体何を狙っているのかまでは分からないけれど、あの自信満々な態度は絶対に何かがある証拠。迂闊に飛び込むのは愚策か……)

 

「挑発して思い通りに行動させようとしたって、そうはいきません。それでは罠だと教えて下さっているようなものですよ?」

 

 〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)

 

 シャルティアは慎重を期してアインズの挑発に乗らず、アインズのHPとMPを確認する。

 

(なんて膨大な魔力……!一体どうやってこれほどの魔力を……?ん、少しずつ減り続けている?)

 

 可視化された魔力にシャルティアは目を見張るが、同時にそれがかなりの速度で目減りし続けているのを確認し、口元を緩ませる。先程の挑発的な態度は恐らくは長期戦を避けるためのものだ。つまり──

 

「戦士化の魔法は随分燃費が悪いようですねぇ。内心焦っておいでなのでは?そういうことなら、こちらは時間をかけてやらせていただくとしましょう」

 

「ちっ、いつになく慎重だな……だがっ!さっさと決着を着ければいいだけの事だ!」

 

 アインズは思い通りにいかない事に苛立ちを見せながら、シャルティアに詰め寄る。宙へと舞い上がり、距離を取るシャルティア。それを追ってアインズも飛び上がる。魔法ではなく、〈飛行(フライ)〉の魔法が込められたマジックアイテムを使用してだ。本体の姿なら魔法で飛ぶのだが、今のようなときは意外に重宝する。

 

「あはははは!魔力消費を抑える為に必死ですねぇ!」

 

「うるさいっ」

 

 アインズが苛立ち紛れに黒い珠を投げつけると、シャルティアはそれをスポイトランスではたき落とす。どういった効果があったのかは不明だが、特に何事もなくそのまま地面に落ちたようだ。

 

「ちっ……かわしてくれると踏んでたんだが……」

 

「うっふふふ、それは残念でしたねぇ」

 

 どうやら回避した場合に何らかの効果を発揮するものだったらしい。恐らく行動阻害の類いだろう。だがタネがわれてしまえば何ということはない。シャルティアは沸き上がる愉悦に頬を緩める。アインズが戸惑いを見せているということは、自分が智謀の塊であるアインズの想定を上回っていたということなのだから。

 

(ああ、アインズ様……。スポイトランスの回復効果を恐れて、私の前に盾となるシモベを召喚できないだなんて。結局は自ら戦士として立つしかないとお考えになったようですね。なんてお(いたわ)しい……)

 

 シャルティアはアインズの攻撃を巧みに捌きながら、愛しいものを見るような目でその漆黒の兜を眺める。今アインズが自分を懸命に追いかけてくるというのが嬉しくてたまらない。まるでじゃれあう恋人同士だ。

 

 そんな思いを抱きながらも、殺すことには全く疑問も躊躇いもしないという、ある種矛盾した思考にはまるで自覚がないようだ。

 

「ならば!これでどうだ!」

 

 アインズが今度は先程よりもかなり大きな珠をインベントリから出し、力任せに投げつける。その大きさは直径にして1メートル程ある。

 

(大きければ臆して回避するとでも思ったか!)

 

 シャルティアは不敵な笑みを保ったまま、スポイトランスを横薙ぎに払う。しかし黒い珠はスポイトランスが触れる前にひとりでに割れた。

 

 黒い珠はアイテムではなかった。一つの大きな塊となっていたそれは、小さな()()の集合体だった。自ら分散した()()()は、全てがそれぞれに意思を持ってシャルティアに纏わり付く。

 

「ひぃぃやあああああああああ!?」

 

 そう、恐怖公の眷属達(ゴキブリ)である。彼らは普段自分達の守護領域である黒棺(ブラック・ボックス)からほとんど出ることがない。恐怖公は眷属を無限に召喚可能であるが、ユグドラシルでは一定時間で消えていったはずの眷属が消えず、とんでもない密度になってしまっていた。そこで今回活躍の場を与えるとして、外に出してやったのである。

 

「いやぁあああああ!や、止め、やめてええええ!!あっ、コラ、鎧の中に入ってくるなあああ!!」

 

 数万の小さな大群は、シャルティアの身体中を這い回る。全身覆われてしまったシャルティアは完全にパニックに陥り、盛大に悲鳴を上げながら空中でジタバタと暴れて振り払おうとしている。彼女が冷静であれば対処法はあるのだが、今はそれどころではないようだ。

 

(うわぁ……中身そうなってたのか)

 

 実際投げつけたアインズにとっても中々にリアルでエグい光景である。が、自分でやっておいて引くのはナシだろう。内心でドン引きしながらも、少し強気な言葉で格好をつけることにする。

 

「私からのちょっとしたサプライズ・プレゼントだ。気に入ってもらえたかな?」

 

「はまなっけるっむわぁあああ!」

 

 〈朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)〉!

 〈朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)〉!

 〈朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)〉!

 〈朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)〉!

 

「ヴァーミリオン……あ……っ」

 

 シャルティアは錯乱して自分ごとG達へと魔法を乱発したかと思うと、プツンとスイッチが切れたロボットのように動きが止まる。

 

「お、おーい、シャルティア……?」

 

「────くも…………よくもよくもよくもぉぉおお!」

 

 シャルティアは涙を滲ませながらも、完全に怒り心頭の様子である。

 

「もう許さない!!お望み通り全力で叩き潰してらやぅぅうううああ!!!」

 

 怒りに身を染めたシャルティアの前に白く光る塊が現れ、徐々に人型を取り始める。〈死せる勇者の魂(エインヘリヤル)〉だ。魔法やスキルは使えないが、シャルティアと同じ姿とステータスを持つ被造物(コンストラクト)で、云わば「もう一人のシャルティア」だ。

 

「遂に来たか……!」

 

 それで終わりではない。更には吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)吸血蝙蝠(ヴァンパイア・バット)古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)など眷属をありったけ召喚する。

 

(まずはエインヘリヤルをどうにかしないとな。……やばっ!?)

 

 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)〉〈朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)〉!

 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)〉〈輝光(ブリリアント・レイディアンス)〉!

 

「があああああっ!」

 

 猛火が吹き荒れたかと思えば、間髪入れずに今度は眩いばかりの光の柱が立ち上り、アインズを包み込む。最早先程までの余裕も慎重さの欠片も何もない。時間単位のダメージレコードでも狙うかの如く、後先考えない苛烈な猛攻である。

 

 エインヘリヤルが突進し、体重の乗った突きを見舞う。シャルティア自身もそこへ加わり二人掛かりで挟撃を仕掛け、畳み掛ける様に攻め立てる。空へと逃れようとするアインズの前に眷属達が立ち塞がり、逃走を許さない。背中から清浄投擲槍を撃ち込み、堕ちてくるアインズを再び二人掛かりで攻め立てる。

 

 一人に対する圧倒的な数の暴力。見る間にアインズは追い込まれ、抵抗する間も無く一方的に削られていく。

 

 それが何秒続いたか。暫くして落ち着きを取り戻したシャルティアが攻撃の手を止め、一旦距離を取る。

 

「アインズ様!」

 

「ムウウウッ!」

 

 周りを取り囲む眷属の隙間から、鎧をあちこちひしゃげさせたアインズがよろよろと身体を起こす姿を確認し、思わず悲鳴のような叫びを上げるアルベド。コキュートスも危機感から唸りと共に冷気を吐き出す。このままではアインズがやられてしまう。誰もが最悪の未来を想像してしまい、平静を保っていられなかった。ただ一人、いや、二人を除いて。

 

「いいえ、勝負はこれからです」

 

「!?」

 

「何ダ……!?」

 

「あ、あれは一体……」

 

 突如アインズの身体から光が発せられ、眩い光の中に包まれる。それは彼自身にとどまらず、周囲を取り巻いていた眷属達にまで拡がりを見せた。

 

「クフ、クフフフ。成る程、()()を会得しましたか……。どうやら彼も切り札を切ったようですねぇ」

 

 ディアブロは訳知り顔で唇を吊り上げた。

 

 

 

 

 

『モモンガおにいちゃん、設定した時間が経過したよぉ♪』

 

 腕時計から幼女のような声が響く。

 

「ぶくぶく……茶釜様?」

 

 突然聴こえてきた懐かしい声で我に返ったシャルティアは、攻撃の手を止めてアインズから離れる。

 

「……思ったより時間が経っていたようだな。シャルティア、今の攻撃は見事だった。あと少し続いていたら、流石の私も……危ない所だったぞ」

 

 ゆっくりと身を起こしながら、アインズが称賛の言葉を贈る。その声音にはアンデッドは感じないはずの疲労が滲んでいた。

 

「アインズ様も、ここまでよく戦われました。ですが、そろそろ終わりにしましょう。最後に言い残したことはありますか?」

 

 シャルティアは可視化したアインズの魔力と体力が底をつきかけているのを確認しながら、自身の勝利を確信した。これ以上は戦士化を維持できず、魔法ももう殆んど行使できないだろう。戦士職を修めていない純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)のアインズでは、肉弾戦が出来るシャルティアとは勝負になり得ない。大勢は既に決したのだ。

 

「一つだけ聞こう。……何時からだ?」

 

「え?……何の事でしょうか?」

 

 アインズの質問の意味が分からず、聞き返すシャルティア。絶体絶命の危機に直面した至高の御方がひれ伏し、みっともなく命乞いする姿を期待していたが、そのような気配は微塵もない。逆に潔く散ろうという諦観、そういったものとも違う、妙に落ち着いたアインズの態度に、違和感を覚え始める。何かがおかしい。

 

「お前はいつから、私が戦士化していると思っていたんだ?」

 

「ふ、ふふ……何を言い出すかと思えば。最初からに決まっています」

 

 そうでなければおかしい。自分と渡り合うには少なくとも戦士化が必須。それによる魔力の減衰もシャルティアは確認しているのだから。だからアインズが何故そんなことを聞くのか、理解できない。出来ないが、妙な胸騒ぎがする。

 

「その証拠に、貴方様の魔力は常に減り続けて今はもう……ッ!?」

 

 シャルティアが改めて確認すると、尽きかけていたはずのアインズの魔力は、膨大な量に増えていた。最初に見たときよりも遥かに多い。

 

「うそっ!?あり得ない……っ」

 

「クックック、本当に面白いように偽の情報に踊らされてくれたな。さて、これから私の本当の力を見せてやるとしよう。しかとその目に刻むがいい!」

 

 瞬間、視界を埋め尽くすような眩い光がアインズを、シャルティアを、そして周囲を包み込む。

 

 光が収まると、そこには青年が立っていた。

 深い闇を思わせる黒い髪と黒い瞳。その表情は優しげで、春の木漏れ日のような暖かみを感じる。

 

「さあ、第2ラウンド開始と行こうか」

 

 漆黒のローブに身を包んだ青年が、穏やかな笑みを浮かべ宣言した。


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