異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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VSシャルティア第2ラウンドです


#71 失墜する戦乙女(ヴァルキュリア)

「あれは……アインズ様、なのよね?」

 

 アルベドはモニターを見ながら困惑の表情で呟いた。

 確かめるまでもない。普段着ている神話級(ゴッズ)のローブを纏っているし、状況から考えれば、本人で間違いないはずだ。

 しかしそれでも、まるで別人を見ているかのような錯覚をしそうになる。

 

 何故なら、皮一つ付いてない白磁の骨だったはずの身体が肉に覆われ、肌も髪も表情もある今のアインズは、人間にしか見えないからだ。

 もう見た目からして別人どころか別種族だ。コキュートスとデミウルゴスも戸惑いを隠せず、唖然とした表情で固まっていた。

 

「クフフフ。彼は間違いなくリムル様の友人、モモンガですとも。尤も、()()()()とは少し印象が変わりましたがねぇ」

 

 誰にともなく発したアルベドの言葉を肯定したのはディアブロだった。その言葉に反応して、少女も少し頬を赤らめてコクコクと頷く。アルベドとデミウルゴスは瞠目し、コキュートスも小さく唸った。

 

(私達の知らないアインズ様の秘密を知っている?……面白くないわね)

 

 胸中に沸き上がる嫉妬の感情に歯軋りしそうになるのを堪えながら、アルベドはそれを表に出さないよう努めて平静を装った。少女はアインズから最重要の庇護対象と指定されている。ディアブロの時のように、攻撃を仕掛けるような愚は絶対に犯すわけにはいかない。

 

 ただ、ナザリックに敵対していない事は間違いないとしても、アルベドの恋敵(天敵)とならないとは限らない。少女の様子から、()()()姿()以外にも至高の御方について何かを知っている事は間違いない。

 

 しかしそれよりも今はシャルティアだ。モニターを見ると、シャルティアもアインズの変貌にはかなり面食らっている様子で、赤い目を見開いて驚きの表情を張り付けて口を動かしていた。音声は届かないので二人の会話の内容までは分からないが、アインズはシャルティアを挑発しているらしい。

 

 そして、アインズの背に巨大な時計の文字盤と針が具現する。何かの特殊技術(スキル)の発動だろう、しかし具体的にはどのようなものか、アルベドもデミウルゴスも、コキュートスも知らない。ディアブロも知らないならば、知る者はこの場にはいない。そのはずだった。

 

 と、アインズの特殊技術(スキル)発動を目にした少女が焦ったように身じろぎした。その表情から何かを心配している様子だが、それはつまり、あの能力について何かを知っているということである。

 

 シャルティアは厳しい表情を浮かべ、ゴソゴソとインベントリから何かを取り出していた。その間にエインヘリヤルは猛然とアインズに向かって突進し、眷属も魔法を雨の如く降らせる。

 

 しかしその全てが効果を為さない。アインズは魔法詠唱者(マジックキャスター)とは思えない驚異的な体捌きでエインヘリヤルの攻撃を巧みにいなし、或いは紙一重でかわす。最も接近戦を得意とするセバスでさえ、あの動きを捉えきるのは容易ではないだろう。

 

 眷属達の魔法はレベル差が大きすぎるためか、被弾してもまるでダメージを受けた様子はない。流石に反撃をする余裕までは無いようだが、エインヘリヤルを最優先して回避に徹する事で、見事なまでにダメージを最小限に抑えていた。

 

 シャルティアは眉を顰めながら近くに残した眷属をスポイトランスで貫いていく。スポイトランスは与えたダメージに応じて自身の体力を回復する効果を持っている。攻撃と同時に回復を出来る凶悪な性能を持つ武器で、眷属をポーション代わりにしているのだ。

 

 デミウルゴスは疑問を抱く。急ぎ体力を全快にする事を目論んでいるようだが、何故エインヘリヤルと一緒に攻撃を仕掛けないのか。先程はそれで圧倒的に押していたのだから、回復に時間を割かずとも攻めれば押しきれるように思えたのだ。今もアインズの戦いぶりは、危うい綱渡りのようにさえ見える。

 

 しかし、その疑問に対する答えはすぐに理解させられた。

 

 アインズの時計の針が一周した瞬間、彼の周り全ての空気が、死を迎えたのだ。眷属達だけでなく、草木、土、生命を持たないエインヘリヤルでさえも例外ではない。

 効果範囲にあった存在を根こそぎ殺し尽くし、半径百メートルが命一つ存在しない砂漠と化したのだ。

 

 アインズ以外に唯一残ったのはシャルティアただ一人。おそらくシャルティアは事前にあの特殊技術(スキル)について知っていて何らかのアイテムを使用して難を逃れたのだろう。でなければおそらくシャルティアも今頃は──

 

「なん、という……!」

 

「コ、コレガ……アインズ様ノ御力……」

 

「アインズ様の切り札がこれ程だなんて」

 

 三者三様に驚きと感嘆の言葉を口にする。その効果だけ見ても凶悪な力であることに違いないが、最も効果的なタイミングを図ったかのように使うその計算高さにはデミウルゴスは震撼していた。

 エインヘリヤルと眷属の同時召喚からの近接戦。それはシャルティアにとっても取っておきの戦術だったはずだ。近接戦がまともに出来ない魔法詠唱者(マジックキャスター)に対しては特に効果が高いはずだった。

 

 しかし戦力が一気に集まるということは、同時にまとめて始末するチャンスでもあったわけだ。アインズはこの展開を見越していたとしか思えない。

 

(つまり、始めから予想して……?いや、まさか……?)

 

「全て事前に計画へと織り込み済みで、こうなるように誘導していたのでしょうね……。おそらく、ここまでの全てがアインズ様の(たなごころ)の上……」

 

 アルベドも同じ答えに思い至ったようだ。来るかどうかも分からない事態を予想して切り札を使わず温存しておいたのではない。ここまでの戦い全てが、こうなるための布石、計画の一部だったというのだ。一手間違えばまるで結果は違っていたかもしれないというのに。

 

「アインズ様ノ一手デ勝負ハ一気ニ五分マデ縺レ込ンダ」

 

 3割程だった勝率が、一手で互角に跳ね上がる。それ程に先程の一手は効果が大きかったのだ。シャルティアの切り札とも言える死せる勇者の魂(エインヘリヤル)と、同時に眷属さえも一網打尽にし、数の優位を完全に封じた。後はシャルティア一人を残すだけ。しかも自分の魔力は殆んど温存したままで、だ。

 シャルティアもある程度魔力を残し、体力は全快しているだろう。しかし、切り札を残している状態と比べれば、心理的な余裕はまるで違ってくる。

 

 シャルティアもそれは痛感しているようで──

 

 

 

 

 

「くっ……やってくれましたね。お陰で眷属達は全て失ってしまいました」

 

「これで私が本物だと信じてくれただろ?」

 

 悔しげな表情を浮かべるシャルティアに対し、アインズはまるで小さな子供に向けるように優しく語りかけた。最初は半信半疑で戸惑っていたシャルティアも、この力を見せられては納得するしかなかった。

 

「勝てないと思ったら降参してもいいんだぞ?」

 

「まさか!勝負はこれからですよ。切り札を封じられたとはいえ、私のHPは満タン。魔法も特殊技術(スキル)も残っています。まだ私の有利は揺らぎません」

 

 シャルティアも切り札を封じられた事は認めるが、それだけだと強気に言葉を紡ぐ。まだ敗けと認める気は毛頭ない。確かに今の一手でシャルティアの優位性はかなり失ってしまったが、それでもまだ五分以上の勝ち目はあるはずなのだ。

 

 まして勝負が完全に決まっていないうちに降参など、彼女自身のプライドが許さなかった。

 

 そんなシャルティアの思考を理解した上で、全てを受け止めるようにアインズは構える。

 

「そう言うと思ったさ。やってみるといい」

 

 穏やかにゆっくりと両腕を開くその姿は、抱擁に飛び込んでくる娘を受け止めようとするかのようである。

 

「その余裕の顔も今に絶望に染めて差し上げますよ。では…………行かせて頂きます!」

 

 表情に自信を宿らせたシャルティアが突進を試みる。魔法詠唱者(マジックキャスター)であるアインズに魔法戦を挑んでは流石に分が悪いと踏んで、接近戦を仕掛けたのだ。その判断自体は間違ってはいない。ただ一つ間違っているとしたら、それは────

 

 シャルティアが全力で突き出したスポイトランスは紙一重でかわされ、アインズが懐──シャルティアの槍の有効攻撃圏より内側──に潜り込みながら掌を翳す。

 

「んなっ!?」

 

 "霊子砲(ホーリーカノン)"

 

 

 

 

 

 

「馬鹿ナ!?」

 

 モニター越しに二人の戦いを見守っていたコキュートスが叫びを上げた。純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)の戦いとは、戦士職相手には極力距離を取って戦うのが定石であることは最早常識である。接近を許せばあっという間に攻撃に晒され、多大なダメージを受ける事が確定してしまうからだ。

 

 だというのに、今アインズは逆にシャルティアの懐に潜り込み至近距離で攻撃魔法を見舞ったのだ。魔法詠唱者(マジックキャスター)が接近戦で戦士職と渡り合おうなど、完全に常識の範疇を外れているのである。

 

「クフ、クフフフフフ……それでこそリムル様が見込んだ男。また随分と鍛え上げてきたものです。私も平和ボケしている場合ではないかもしれませんねぇ」

 

 ディアブロは危険な雰囲気を漂わせ、実に愉しげに嗤っている。主人であるリムルが優しい性格のために普段は過度な殺戮は我慢しているが、彼は本来、血沸き肉踊るような戦いに悦びを見出だす種類の悪魔なのだ。

 

 主人が何の気紛れか、友の一人に選んだ男。最初はなんの事はない、()()()()()であった。しかし何の因果か、異世界へと転移しアンデッドとなった(人間を辞めた)。そして今の彼はディアブロも目を見張る程に成長している。このままいけば……

 

(クフフフ、流石はリムル様。あの時、既にここまで見越しておられたのですねっ!?まったく、貴方というお方は……)

 

「……コノ勝負、アインズ様ノ勝チダ」

 

 気味が悪いくらいに満面の笑みを浮かべるディアブロを尻目に、コキュートスが早々にアインズの勝利を確信する。

 

「な、何故です?貴方は先程五分だと言ったばかりではありませんか。それに、私にはまだ勝敗は遠いところにあるように思えるのですが……」

 

 デミウルゴスは抱いた疑問を率直にぶつけた。勝負は五分だったはずだ。アルベドは困惑気味ながらもコキュートスの言葉を否定できなかった。

 

 もしアインズがディアブロに匹敵する実力を持っているのだとしたら、如何に階層守護者最強を誇るシャルティアが相手であろうとも、まともな勝負になると思えなかったからだ。

 

 未だ腑に落ちない表情のデミウルゴスに、コキュートスは静かな興奮と共に口を開く。

 

「見テイルトイイ。アインズ様ノ常軌ヲ逸シタ戦イブリヲ……!」

 

 

 

 

 

 

 

「くぅっ!」

 

 アインズの掌から飛び出した閃光がシャルティアのどてっ腹を貫く。シャルティアは声を洩らし、咄嗟に後方に跳びながら自身の被害を確認する。

 

(くっ、まさか距離を取らずに逆に懐に入り込んで来るなんて……!)

 

 アインズの対応力の高さに驚嘆するシャルティア。てっきり距離を取ろうと逃げ回ると踏んでいた為に、簡単に不意を突かれてしまった。

 

(それにしても今のは一体?こんな魔法は初めて見たけど、神聖属性……?アインズ様は死霊系統の魔法が得意だったはず。こんな魔法まで習得されていたとは……)

 

「接近すれば私が嫌がって逃げると思ったか?」

 

 修得魔法の多様さに驚くシャルティアに、アインズが変わらぬ穏やかな表情で告げる。

 

「離れていて良いのか?」

 

「は、しまっ──!」

 

 近付くことで魔法を使わせないつもりが、逆に距離が離れてしまった事で、アインズが魔法を詠唱する十分な時間を与えてしまった。

 

 "破滅の炎(ニュークリアフレイム)"

 

 天をも焼き焦がすような猛烈な光と熱がシャルティアの身を焼く。核の炎を具現するそれは、人間ならば遠くから光を直接目にするだけで失明するほどの凶悪な威力であった。

 

「あがぁあああっ!」

 

(たった一撃で何という威力……!しかもまた私の知らない魔法……)

 

 〈大致死(グレーターリーサル)

 

 片目と肌の一部が炭化したシャルティアがたまらず魔法で回復をはかる。アンデッドは通常の治癒魔法ではダメージを受けてしまうので、負のダメージを与える〈大致死〉で回復するのだ。回復したシャルティアがアインズを睨み付けると、更に追撃で魔法が飛んでくる。

 

 〈魔法九重(ノナプレット)最強化(マキシマイズマジック)〉!

 〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉!

 

「はああッ!?」

 

 〈現断〉とは、ワールドチャンピオンの技〈次元断切(ワールドブレイク)〉が一人のプレイヤーとしてあまりにも強すぎて非難轟々となったが為に、それと似た魔法を追加することで運営がバランスを取ろうと補填された強力な魔法だ。その威力はアインズの習得している位階魔法凡そ七百二十の中でも最強クラスと言える。

 

 それが同時に()()も放たれ、シャルティアに襲いかかる。空間ごと切り裂かれたシャルティアは鮮血を吹き出した。

 

「うぎあああっ!」

 

 〈現断〉自体は軌道さえ見切れば全くかわせないという訳ではない。ただ、シャルティアは驚いて反応が遅れてしまった。魔法の多重詠唱は三つまでしか存在しないはずなのだから。

 

 しかし、ズタズタになったシャルティアの身体が時間を巻き戻すかのように血飛沫もろとも元通りに戻っていく。今度はアインズが驚きの反応を見せる。

 

「なんだと!?……何をした!」

 

「ふ、ふふ……特殊技術(スキル)ですよ。私にこんな特殊技術(スキル)が有るなんてご存じでしたか?」

 

「チッ、初めて見るな……」

 

 シャルティアはアインズの悔しげな反応に活路を見出だす。知らない特殊技術(スキル)には流石に対策は取れない。未だ使用していない特殊技術(スキル)は対策されていない可能性も充分にあるということだ。

 

(攻めて攻めて攻めまくって、魔法を打たせる隙も与えない!)

 

(……って考えてる顔だな。よし、これも作戦通りっ)

 

 アインズは完全にシャルティアが術中に嵌まっている事に安堵しながら、それはおくびにも出すことはない。

 

 先程の反応はただの(ブラフ)であり、実はシャルティアの設定はほぼ丸暗記している。自身が創造したパンドラズ・アクターの次くらいに詳しいという自負があった。

 

 良き友人であるペロロンチーノが、生前に何度も熱心に語って聞かせてくれたのだ。忘れられようはずがない。

 

「取って置きだったんだが、これは中々に厄介そうだな……」

 

 わざと眉を少し顰め、不機嫌を滲ませた表情を作る。これでシャルティアは接近戦を挑んでくるはずだ。後は温存している特殊技術(スキル)を盛大に消費してくれれば仕上げは近い。

 

 

 

 

 

 モモンガの作戦は完全に当たった。シャルティアは接近戦を挑み、特殊技術(スキル)を惜しみ無く次々に使い尽くしていく。モモンガは落ち着いていて、致命的な攻撃だけは受けないように猛攻を凌いでいた。

 

 特殊技術(スキル)と魔法を使わせ、リソースを極力削る。

 これがシャルティアの洗脳を解く条件の一つ目だった。

 二つ目は体力を極限まで削り、瀕死に追い込むこと。

 その二つの条件を満たすことが、シャルティアの洗脳を解くためには必須なのだ。

 

 それにしてもモモンガのヤツ、やっぱり演技力は半端じゃないな。事前に作戦を打ち合わせてなければ、俺まで一緒に騙されてモモンガが苦戦していると思っていたかもしれない。

 

ご主人様(マスター)もモモンガに演技指導を受けてみては?》

 

 どうやら他人に厳しいシエル先生でも太鼓判を押す程らしい。確かに俺よりよっぽど魔王然としていて、威厳ありげだ。素直にそう思う。

 

 それはさておき、俺が演技指導?ムリだろ、俺は根っからの大根だぞ?

 

《では、格好いいポーズだけでも……》

 

 お、おおん……。

 先生、やけに推してくるな。まあ、素人が一人で考えるより、プロのモモンガに教わった方が俺も魔王として威厳ありげに振る舞えるようになるかも知れない。

 いや、アイツも元々一般人だったか。やっぱ大事なのはセンスなのか……?うーん……。

 

 本気で演技の指導を頼もうか悩みだした俺は、心のメモに一応書き込んでおくことにしたのだった。

 

 

 

 

 

「くっ……」

 

(回数に制限のある特殊技術(スキル)を全て使い尽くしても、倒れない……でもまだ私の魔力は残っているし、スポイトランスの効果を考えれば、充分に戦える。アインズ様の魔力もかなり消費したはず。もう少し……)

 

 近接戦においてもシャルティアが決定的な優位を奪えない程に善戦するアインズ。純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)のはずなのに、シャルティアの突進をものともせず至近距離でバンバン魔法を放ってくるのだ。しかも、魔法を九つも多重詠唱するという離れ業まで使って見せた。

 

 全く常識破りも甚だしいとシャルティアは呆れにも似た感想を抱く。同時に、これが至高の41人の纏め役の隠された実力かと感動もしていた。

 

(自分の持てる全ての力を余すところなく使い切って漸く勝負になるかどうか。本当にアインズ様は実力の底が知れない)

 

 そして、そんなアインズに挑むのは、心踊るほど楽しかった。いつの間にか笑みを浮かべていたシャルティアには、楽しげに叫ぶ。

 

「アインズ様、今度は魔法戦と行きましょう!」

 

「いいだろう。近接戦闘はお前に半歩譲ったが、魔法ではそうはいかんぞ?」

 

 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)

 〈輝光(ブリリアントレイディアンス)

 

 〈魔法九重化(ノナプレットマジック)

 〈無闇(トゥルーダーク)

 

「ぐぎぎ……」

 

「くっ…ぐうううっ!」

 

 神聖属性が効くかは試してみるまで賭けだったが、弱点全てに完全に対策することは出来ないので、どこかに穴はあると踏んでいたシャルティア。いち早く弱点を確認できたことに気色を浮かべる。大きく体勢を崩したアインズに対して、九重詠唱とはいえ闇属性魔法ではシャルティアは大したダメージは受けていない。

 

(よしっ、今のは間違いなく与えたダメージは私の方が大きい。それにアインズ様は立て続けに魔法を使っていたので、もうそろそろ半分は切っているはず……)

 

 多重詠唱された魔法の威力は危険だが、その分魔力消費も激しいはずだ。魔力さえ尽きれば魔法詠唱者(マジックキャスター)である以上、シャルティアほどは肉弾戦では戦えないはず。物理戦で決定打を持たないアインズをじっくりと倒しにかかれる。

 

 そう期待して体力と魔力を確認したシャルティアは、またも驚愕することになった。

 

「な、何で……!」

 

 体力が思いの外減っていないのだ。更に驚く事には、魔力は減っていないどころか、()()増えていた。あり得ない事象に戦慄を覚える。

 

「い、一体何がどうなって……ッ?」

 

「ふふ、魔法戦で負けないと言った理由が分かったか?私の魔力は減らないのだよ」

 

「そんなの……っ」

 

 卑怯だといいかけた言葉をシャルティアは飲み込んだ。シャルティアの知る限り、時間経過以外に魔力回復手段は存在しないはずだ。一体どんなカラクリがあるのか知らないが、何か仕掛けがあるに違いない。鮮血の貯蔵庫のように、何かで魔力を代替しているのかもしれない。

 

(それを見破る事が出来れば……)

 

 しかし、シャルティアの思考を読み取るが如く、アインズは言葉の続きを紡いだ。

 

「減らないというのは語弊があるな。()()()()()で、空間に飛散した魔力を再びかき集めているのだよ。お前からも少しずついただいているんだが、気付いていたか?」

 

 アインズにそう説明され、普段より使用した魔法に対して魔力消費が多かった事に気付く。それはつまり──

 

「一応魔法の使用とタイミングを合わせていたが、魔力を奪われたという自覚はなかったようだな。ではこれならどうだ?」

 

「うっ……?」

 

(身体から魔力が漏れ出すような虚脱感……!本当に奪われている!?まずいまずいまずいまずい!)

 

 焦り始めるシャルティアを尻目に、アインズはいつの間にか取りだした武器を構える。

 

 それは太陽の輝きを宿す弓、『羿弓(ゲイ・ボウ)』であった。

 

「それは…っ、ペロロンチーノ様の!いつの間に……いや、何故それを持っている!?」

 

「宝物殿に保管していたんだ。ペロロンチーノさんの残してくれた、大切な遺品だからな」

 

「!?」

 

 アインズの言い放った「遺品」という言葉に、シャルティアは一瞬何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかったと言った方が良い。嫌な汗が背中を流れるような感覚。

 

「そんな、遺品だなんて。それではまるで、まるで……」

 

「そうだ」

 

「っ!……何かの冗談、ですよね……?」

 

 シャルティアは涙を大きな瞳一杯に溜め、懇願するように訊ねる。そんな事あるはずがない。違うと言って欲しいと。

 

 しかし無情にも、シャルティアが一番聞きたくない言葉を淡々と告げるアインズ。

 

「ペロロンチーノは死んだ」

 

 残酷な言葉だった。不安を抱えながらも、姿を見せなくなった創造主の帰りをひたすらに信じ待ち続けてきた彼女に対して、あまりにも非情な仕打ちだ。表情を失ったシャルティアの赤い瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

 

「う……そ、だ…………嘘だっ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だだあああああ!!」

 

 シャルティアはその事実を受け止めきれず、涙を流しながらアインズへと突貫する。しかし、アインズがそれを許すことはなく────

 

「あああああああっ!」

 

 羿弓(ゲイ・ボウ)から放たれた属性攻撃の塊のような矢が、シャルティアを容赦なく貫いた。

 

「蘇生も不可能だ。どうあがいても、彼を助けることは叶わなかった」

 

「うぅぅぅっ……だあっ!」

 

 再び立ち上がり向かっていくシャルティアだが、冷静さはまるでない。駄々をこねる子供のようにがむしゃらに真っ直ぐ突っ込んで行くだけだ。そんな無策な突進では、有利に戦えるはずの接近戦に持ち込もうにも、接近すら許してはもらえない。

 

 彼女の創造主たるペロロンチーノの羿弓(ゲイ・ボウ)が放つ弾幕が、流星のように降り注ぎ、シャルティアの身体を幾度となく貫いた。

 

「あ、うぐ……ペロロン、チーノ様……」

 

(どうして…どうして私を置いて行ってしまわれたのですか?どうして私をお連れ下さらなかったのですかっ!?)

 

 仰向けに倒れたまま嘆き悲しむシャルティアの身体はもうボロボロで、脇腹には穴が空き、腕もまともに動かない。鎧の背につけられた翼も片方は完全に失われている。足首が折れて爪先があらぬ方向に向かっているが、それを気にするでもなくシャルティアはヨロヨロと立ち上がった。

 

(私は……私は……要らない子だったのですか……?)

 

 何故いま自分が戦っているのか、ペロロンチーノの死を知りもせず、ただひたすらに帰りを待ち続けた自分は、一体なんだったのか。立ち上がりはしたものの、戦意は既にない。

 

 しかし、そんなシャルティアに再び羿弓(ゲイ・ボウ)を構えるアインズ。見れば彼もまた涙を流していた。

 

(アインズ様……何故あなた様も涙を……?ああ、私を憐れんで、ペロロンチーノ様のもとへ送って下さろうというのですね。なんと慈悲深い御方……)

 

 シャルティアは両腕を拡げ、立ったまま目を閉じた。魔力は全て奪われ、体力も極限にまで削られている。抗う術は最早無い。それを拒むつもりもない。

 

 ペロロンチーノの死をアインズに告げられなければ、それを知ることさえなく永遠にでも待ち続けた事だろう。これで本当に敬愛する創造主(ペロロンチーノさま)と同じ所へ行ける。そう信じ、シャルティアは再会を夢見ながらその時を待った。

 

(ペロロンチーノ様、今私も逝きます……)

 

「待たせたな」

 

 ふと、シャルティアの耳に誰かの声が響いた気がした。




ディアブロさん以外は完全にシリアスモードですはい。

シャルティアにカミングアウトし、支配者は哭く。
真実を知り、希望を見失ったシャルティアは……。

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